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目覚めたら、爆モテ御曹司と結婚してました!? ワンナイトのつもりが幼なじみの全力溺愛が止まりません! 2

第二話


 確かに、誰がどう見てもイケメンだ。
 悪口世界大会一位の人間が彼の容姿を全力で貶してもどこ吹く風でいられるだろうし、許嫁一筋だったころの葵ですら、ときどき、どきっとしてしまったくらい、顔だけはいい。
 ──でも、たった四、五年社会に揉まれただけで、こんなに印象って変わるもの……?
 男前が上がった、とでも言うのだろうか。
 自信に満ちた佇まいに加えて、もともと優れていた体格はさらに迫力が増しているし、男性の色香とでもいうのか、フェロモンがダダ漏れだ。
「何だよ、んな見つめて。あ。やっと俺の美貌に気付いたか?」
「えっ……、いや、ちがっ……っていうか! 音沙汰なかったのに、急に何!? 同級生から海外駐在してるらしいとか聞いたけど、なんで……」
「えっと。その前に……寒いから入れてくれる?」
「あー……うん、まあ九条くんなら……。狭いけど、どうぞ」
 スリッパを出すと、蓮司がくるりと室内を見渡した。
「おー、すご。インテリアとか照明、オシャレで雰囲気あるなー。これ自分でレイアウトしたの? アロマっぽいいい香りもするし……なんか、葵って感じ?」
「はいはい。言っておくけど、今日は特別だからね。ここは完全に女の子のための空間で、男性のお客様は入れてないの」
 開業したてのころ、恋愛が思うようにいかず血迷った男性クライアントに言い寄られたことがあり、それ以降男性からの相談はホテルのラウンジやビデオ通話に切り替えた。
「え。もしかして女性専用の相談所? サイトにはそんなこと書いてなかったけど」
「男性のお客様もいるけど……あ、椅子はその、折りたたみのやつ使って」
「おっけー」
 デスクスペースへ案内し、壁に立てかけた椅子を視線で示す。それから小さなキッチンに立ち、ケトルでお湯を沸かした。
「っていうか、どこにも事務所の住所載せてないのに。一体誰から聞いたの?」
「あー。つい先月日本戻ったんだけどさ、中高の同級生で同じ大学入った男友達が飲み会開いてくれて。そしたら葵と連絡取ってる女の子も来てたんだよね」
「あ~~……なるほどね……」
 中高時代の共通の友人の顔が、何人か浮かぶ。開業直後、友人に『もし興味のありそうな人がいたら、宣伝お願い!』と名刺を渡していたのだ。今も気にかけてくれているのだと思うとありがたい。
「あ。言っておくけど、コーヒーしかないからね」
「お、葵コーヒー飲めるようになったの? 前は甘いミルクティーばっか飲んでたのに」
「うわぁ……相変わらず、女の子のことは何でも覚えてるね」
「じゃなくて、大好きな葵のことだからだって」
「あはは、出た出た」
 懐かしさに笑うと、背後から「はは……葵はそうくるよな」と乾いた呟きが聞こえた。
「ところで……この衝立の向こうって、接客ブース? そっちで話そうぜ」
「だーめ。悩める女性のための、神聖な場所なの。九条くんはお客様じゃないでしょ」
「いやいや、相談に来たんだけど?」
「え? 何の……?」
 マグカップにドリップパックをセットしつつ、なんとなく、ちらっと左手の薬指を盗み見る。
 ──あ、九条くんもまだ、結婚してないんだ……。
 最近、男性不信について深刻に悩んでいるせいか、つい『私もまだ焦らなくて大丈夫かな』なんて自分の救いに結びつけてしまったことが情けない。
「何のって……えーっと……結婚? 幸せ家族計画、みたいな?」
「はあ……」
 蓮司らしからぬ答えに、ぬるい相槌を打つ。
 ──あー……でもそういえば、高校時代……。
 葵が許嫁の存在を打ち明け、将来の理想のデートを並べ立て、『九条くんには夢とかないの?』と聞いたとき、
『普通に結婚して、子どもは女の子と男の子一人ずつで、庭付きの家で、たまにホームパーティーなんか開いて……ってくらいしかないなぁ』
 なんてことを言っていたなと思い出す。
「ほら、俺らもう二十七じゃん? 久々に実家に帰ったら『いつまでフラフラしてるんだ? いい人はいないのか?』って親父に心配されてさー。兄貴は二人とも結婚してるし、上司にまで『結婚は考えてないのか?』って聞かれたり……。いまどき出世のために結婚? とは思うけど、世間体っていうか? 飲み会でも子持ちの奴と会話あわせんの難しかったり、やっぱ結婚してたほうがいろいろ都合がいいなって」
「はあ……」
 葵は沸いたお湯をドリップパックに注ぎ、また曖昧な相槌を打った。
 日々、真剣に恋に悩む人を応援している葵としては、『一人前の男になるため、家族持ちという最低限のステータスが欲しい』と言われても、全く同意する気になれない。
 ──まあ動機はどうあれ、九条くんが結婚を語るなんて……本気で焦ってるのかな?
 蓮司は、日本を代表する総合不動産ディベロッパーであり、コングロマリットで有名な九条グループの御曹司だ。五人兄弟の三男とはいえ、周囲の圧が強いのかもしれない。
「で、さっき言った飲み会で『親が結婚しろってうるさくて』ってぼやいたら葵の名刺くれたから、来てみたわけ」
「いや、女の子口説きまくって、モテモテだったじゃん」
「あれは全部冗談だろ」
「またまた。残酷だなぁ……。冗談っぽく受け流しながら意識してた女子、山ほどいたし。今だって相手は即見つかるでしょ……。あ。仕事って、今何してるの?」
「うわ、あからさまに話逸らされた!」
「じゃなくて。よっぽど女子ウケしない仕事? でもたしか、超大手入ってたよね?」
「ああ、そゆこと。親父んとこ。九条地所だよ。こないだまで海外事業企画部ってとこでスペインのオフィス開発してた。プロジェクト一段落してこっち戻って、今は投資マネジメント事業部で海外担当してる」
「さらっと言うけど……それって、超出世コースってやつじゃない?」
「んま、デキる男ですから?」
 はじめてちょこっと尊敬したのに台無しだ。謙遜されても、らしくなさすぎて困惑するけれど、謎のウインクはやめてほしい。
「でもさ~~、モテすぎてモテないんだよな~~~~」
「はあ……? あのさぁ、世の婚活中の男性にぶん殴られるよ……?」
「まあ確かに、スペイン美女にもモテモテだったし? 帰国したら即女の子から『食事いこ~?』って誘いいっぱいきたんだけど、」
「入れ食いじゃん!」
「最後まで聞けって。なんていうかなー、女の子も年齢相応に打算があるというか、下心を感じるっていうか? 顔と肩書きと金だけ見てるのかなーみたいな?」
「そりゃ、命張って子ども産むかもしれないんだし、結婚となったらいろいろ考えるよ。むしろこの歳で何も考えてなかったらヤバいでしょ。贅沢言いすぎ!」
 呆れまじりにコーヒーカップを手渡し、デスクチェアに浅く腰掛ける。
 でも蓮司はコーヒーそっちのけに、身を乗り出してきた。
「いや冗談じゃなくて、マジで、ガチで悩んでて」
「だとしても……悪いけど、基本的に知り合いの相談は受けないって決めてるの」
「んじゃ仕事じゃなくてプライベートで相談乗って?」
「それならなおさら、真面目な相談しか受けません!」
「そっかあ。んじゃメシいこ」
「はぁあ!? なんでそうなる!?」
「俺、明日リモート勤務でフレックスだから余裕あるし、葵は定休日だろ? 美味いとこ連れてくから」
「そういうことじゃなくて!」
「いーじゃん、久々だし、葵がどうしてたかも聞きたいし」
「……それは……」
 蓮司だって、葵の左手を見れば一目瞭然。許嫁とうまくいかなかったことには気付いているはずだ。
「それに、俺のことも気になるだろー? もともとイケメンだったのに、なんでさらにイケメンの二乗みたいなことになっちゃったのか」
「…………、別にそこは気にならないですけど……」
「帰国したとき、いつも行くお気に入りのホテルのバーがあるんだけど、そこにする?」
「ホテルのバー……? いつもそこで女の子口説いてるわけ……?」
「いやいや、想像力逞しすぎ! 普通にカクテルが美味いんだって。んじゃ寒いし鍋とか? 今から予約できるとこあるかな」
 勝手にスマホで店を調べ始めた蓮司を前に、葵はマグカップで口元を隠して笑った。
 昔からこうだ。
 どんなに冷たくあしらっても、放課後は図書室にきて、自習中の葵に話しかけてきた。
『駅前にできたパフェのお店行ってみない?』
『違う違う、デートじゃなくて! 他の子は部活あるからーって振られちゃって』
『一人とか寒いじゃん? 奢るから! な! ほら行くぞ!』
 ──やっぱ、中身は昔と変わらないなー。
 ──愛嬌があって憎めないというか、学校中で人気者だったの、納得ではあるんだよね……。
 異性として意識したら地獄を見るのだろうが、葵にとっては世界一恋愛対象から遠い男だ。男性不信が発動しようがないのも気楽だった。
 ──……。もしかしたら、九条くんなら……婚約破棄のこと、笑い飛ばしてくれるのかも……。
 あの日のことは、どんなに親しい友人にも、
『うまくいかなかったんだー、まあ十何年ぶりに会った相手だし、当然だよねー』
 と軽いノリで打ち明けるのが精一杯だった。
 本気で子ども染みた理想を信じて傷ついたことが恥ずかしかったし、気遣わせるのも申し訳なくて。
 ──クライアントさんも、辛い過去を打ち明けただけで変わる人、かなりいるし。
 ──ぜーんぶ吐き出したら、男性不信も和らいで、恋に積極的になれたりして? 
 ──なんだかんだ、夢見がちなダメ女だったのを一番知ってるのは九条くんだし。
 ──それが馬鹿なことだって、ず~~っと忠告してくれてた、唯一の人だし……。
 それに蓮司と一緒に帰れば、万が一また小林と出くわしても、『予定があるので!』と振り切れそうな気がする。
「ラッキー、天気悪いから、どこも空いてそ。ほら、何食いたい? 中華でもフレンチでも、葵の好きなやつ」
「いーよ、わかった。負けました。行こっか」
「やった! ……って、何笑ってるんだよ?」
「だって中学のころはスイーツとかハンバーガーだったのに、バーだのフレンチだの……大人になったんだなぁ~、って」
「おう、ずっと言ってただろ、将来有望だぞーって」
 フレンチで将来有望、というのは全くわからない。
 でも昔と同じくだらないノリは、やっぱり楽しかった。
「駅前に居酒屋いくつかあるし、適当に入ろ」
「えっ……居酒屋デートなんて、超親密なカップルが行くやつじゃん!?」
「……デートじゃないから。旧友と親交を温めるだけ」
「相変わらず手厳しいなぁ」
「そっちこそ、都合良く前向きすぎ」
 いくつか店の目星をつけて事務所を出ると、蓮司は傘を持っていないのをいいことに、
「雪も降ってるし、相合傘チャンス!」
 なんてすり寄ってきたけれど、もちろん葵は真顔で予備のビニール傘を手渡した。
「さっむ……雪で電車止まっちゃったら大変だし、やっぱり食事はまた今度に……」
「あ! なら俺んちくる? ここからそんな遠くないし」
「泊まらないよ!?」
「まだそっちは誘ってないが!?」
「まだって何!?!?」
 蓮司といると、笑いが絶えない。
 くだらない応酬をかわしつつオフィス街を抜けると、駅前の繁華街が近付いてくる。
 蓮司が「どーしよっか、やっぱ鍋系?」と見下ろしてきたとき──。
「あれ、葵? また会うなんて、すごい偶然だな」
「っ……」
 偶然、三度も出くわすなんて、ありえるだろうか。
 ──もしかして、先月も先週も待ち伏せされてた? でもなんで……。
 足早に近付いて来る小林を見て、蓮司が視線で、『誰?』と問いかけてくる。
 顔を見ただけで動悸が始まって、声が出ない。そのまま通り過ぎたかったのに──。
「おい、待てよ、無視?」
 小林の腕が伸びてきてビクリと一歩引くと、蓮司がさりげなくあいだに入って、彼を横目に睨んだ。
「えっと? 知り合い?」
「……う、うん、ちょっと、……」
「ちょっとって?」
「いや……く、九条くん、行こ」
「あ~、そういうこと。このあいだはまだ俺に気のあるふりしたくせに、他の男にも媚び売ってんの?」
「……え……?」
 前回会ったときも、『二度も会うなんて本当に偶然かな? 本当は俺に会いたかったんじゃない?』『俺のこと引きずってたりした?』なんて言われて頭が真っ白になったけれど、今日はその比ではない。
「もしかして男遊びに目覚めた? 今はヤりまくりってわけ?」
 付き合っていたころ、どうして、こんなことを言う人だと気付けなかったのだろう。
 言い返したいのに、うまく言葉が出てこない自分が情けない。
「あ~……あんたさぁ、葵と、どういう関係?」
 はっと蓮司を見上げた。目が据わっている。
「どういうって。元婚約者だけど?」
“元婚約者”というワードを、偉そうに言える心理がわからない。
 蓮司から『マジ? こいつが?』という視線を受けて──マジだよ、この男だよ、と泣きたくなりながら頷く。
 いっそ、今ここで『うわー、だから言ったじゃん!』とげらげら笑い飛ばしてほしい。
 そう願ったとき──。
「ひぇ、っ!?」
 突然蓮司に、腰を抱き寄せられた。
 傘同士がぶつかって葵のほうが弾かれて、相合傘の形になる。
「元婚約者って、つまり赤の他人ですよね? 悪いけど、今は俺の女なんで。用があるなら俺が聞きますけど」
 ぎょっとして見上げると、ぱちん、とウインクを返される。
 はじめて、蓮司の軽薄なノリに感謝した。
「ああ? 結婚してるわけでもないんだろ? 偉そうに」
 小林は忌々しげに蓮司を睨み付け、意味不明なことを言った。まさか元婚約者の自分のほうが、現恋人より格上とでも思っているのだろうか。
「葵、お前騙されやすいから気をつけろよ。こいつに捨てられたら、いつでも話聞くから。俺以上に葵をわかってる男なんていないし、寂しくなったらいつでも連絡して」
「……、は……、……?」
 葵が理解する前に、小林は颯爽と駅のほうへ流れる人混みに消えていく。
「……えっと。あれが『ずっと私を待っててくれてるの』って言ってた、運命の許嫁?」
 腰に回されていた蓮司の手が離れると、へなへなと膝から力が抜けそうになって、なんとか踏ん張る。
「はは……認めたくないけど……。と、とにかくありがと、ほんと助かった……チャラいの、役に立つこともあるんだね」
「おっ。俺に感謝するの、珍しいじゃん?」
 茶化した言い方は、気遣いだとわかった。だって目が全然笑っていない。本気で心配そうに見下ろされると、余計にいたたまれなくなる。
「……まあ、私もいろいろあったんだよね。話すと長くなるから……、あ~も~~……今晩は、とことん飲むの付き合ってもらおうかな!」
「いくらだって付き合うけど……ん~、あいつのせいで、外で楽しくメシ! って感じじゃなくなっちゃったな」
「ご、ごめん。そんな気遣わないで。むしろ笑い飛ばしてほしいくらいで、」
「でもやっぱ外は……駅のほうもやけに人が溜まってるし、電車止まってるのかも」
 目を凝らすと、改札口に近い広場は妙に人だかりができていた。その上、雪はさらに重く、激しくなりつつある。
「俺、料理得意なんだよね。マンションもこっから徒歩圏内で。だから……えーっと……まあ、葵がよければ……」
 女性を誘うのは慣れているに違いないのに、蓮司らしからぬ歯切れの悪さに目を瞬いた。
「うちでメシ食う? 超もてなすよ。駐在中に覚えたスペイン料理!」
「……なんか、びっくり」
「え、何が」
「九条くんにも、デリカシー? あるんだなぁって」
「あのなー、俺のこと何だと思ってんだ」
「……、……一応聞くけど、恋人とかいない?」
「えっ、うわ! 男として意識してくれてる!?」
「じゃなくて! 変な誤解されて、修羅場はごめんだもん」
「ああ、なんだ……いるわけないだろ。日本戻ったばっかで、婚活希望の男だぞ」
「遠距離で付き合ってたりとか」
「ないない。まー確かに、海の向こうで俺に焦がれて枕を濡らしてる女は山といるかも? ……んな目で見るな、冗談だって。万が一電車止まって帰れなくなっても、俺はソファーに寝て、ベッド譲るし。泊まるの嫌だったら、メシのあと、一緒にホテル探すよ」
 なんだかんだ、紳士らしい。
 立ち止まっている二人の横を、帰路を急ぐ人々が小走りに駆けていく。
 おそらく、タクシーはもう捕まらないだろう。ホテルも満室かもしれない。
 なにより、今一人で家に帰ったら……昔の、嫌なことばかり考えてしまいそうで。
「じゃあ……お邪魔しようかな」
「おう。料理男子ってところ見せて、株上げるチャンス!」
 ──もうこの歳じゃ、“男子”って言わないよ。
 そう突っ込みたかったけれど、今だけは素直に、「楽しみにしてる」と頷いた。