コワモテ御曹司は可愛すぎる童顔妻を一生溺愛したい! 2
第二話
タクシーが到着したのは、東京都目黒区にある中目黒から歩いてもそうかからない閑静な住宅街だった。
タクシーを降りると、目の前にはうちとは比べものにならないほどの豪邸が建っている。
いよいよだとそのお屋敷を見上げて、唾を呑み込む。
(挨拶くらいは……ちゃんとしないと。大丈夫、男の人ばかりじゃないんだから。二人で話すわけでもないんだし)
それにしても、この豪邸を見る限り、やはり結婚相手が茉子でなければいけない理由はまったくないように思う。
正面にはガレージのシャッターが下りており、高く白い外壁で遮られていた。来客用の駐車スペースなのかガレージの前は車が二台ほどとめられるようになっていて、ガレージ横にアプローチがある。アプローチの右側には中庭が見えた。
右足と右手が両方一緒に出そうなほど緊張しつつアプローチを進むと、両開きドアが見えてくる。両親もさすがに少し緊張しているのか、インターフォンを押し、言葉なく佇む。そう待たずに応答があり、中から年配の女性が出てきた。
「ようこそお越しくださいました。皆様、茉子さんに会うのを楽しみにしていらっしゃいますよ」
「お招きありがとうございます」
母が挨拶をし、父と茉子も揃って頭を下げた。
どうやら女性はこの家で働くお手伝いさんらしい。埃一つ落ちていない広々とした玄関で靴を脱ぎ、廊下をしずしずと歩く。
正面のドアを開けると、広いリビングに両親と同世代の男女が一組、若い男性が一人ソファーに腰かけていた。あれが紀野家長男の柊司だろう。
茉子はこちらを見ている男性から咄嗟にぱっと目を背けて、室内を見回した。
リビングとダイニングキッチンは部屋として分かれておらず、仕切りのような壁一枚に隔てられているため相当広く感じられる。
L字型ソファーは十人ほどが座れるくらい大きく、囲うように置かれた重厚なローテーブルは大理石で造られているのか白く艶がある。
「お待たせして申し訳ございません。娘の茉子です」
母に肘で軽く小突かれ、茉子はびくりと肩を震わせた。男性の方を見ないように、女性にだけ視線を合わせて頭を下げた。
「さ、坂下……茉子、です。よろしくお願いいたします」
「厳つい男たちにこんな風に迎えられたら緊張するわよね。楽に座ってね」
「は、はい」
ソファーを勧められて、両親に挟まれる形で腰かけた。まさか自分を逃がさないようにするためではと勘繰ってしまいそうになる。斜め向かいに腰かける柊司もまた、両親に挟まれて座っているのでそれに合わせただけだろうが。
(正面じゃないから、顔を見ないで済むけど……この人と結婚は無理だよ。怖いもん)
先程、ちらりと柊司の顔を見て、茉子はもう限界を感じていた。
柊司は男性らしい逞しい体つきに厳つい顔立ちをしており、茉子がもっとも苦手とするタイプだったのだ。それに、足の長さからかなりの長身であることも窺える。
太い眉にヒゲが似合いそうな骨張った顎。無造作な黒髪は短すぎず切りそろえられている。硬そうな黒髪はうねりもなく真っ直ぐだ。厳ついながらも、顔の造形はかなり整っており、女性にモテるであろうことは想像に難くない。
だからこそ余計に『なんで私?』という疑問が大きくなる。
「ほら、柊司も固まってないで挨拶をしなさい」
茉子の男性嫌いが聞いていた以上だと思ったのか、柊司の母が嘆息しつつ息子を見た。
(相手が私で……柊司さんのお母さん、がっかりしただろうな……)
がっかりしてくれた方がいいのだが、失望や落胆の感情を向けられると、自分がどこまでもだめな人間であるような気がして落ち込んでしまう。
「……はい。紀野、柊司と申します」
柊司はその場に立ち上がって、茉子に向かって頭を下げた。
思っていた通り背が高い。茉子は彼の頭が少し近づいてきたことが恐ろしくて、思わず仰け反った。その拍子に柊司とばっちり目が合ってしまう。
(ひぅぅぅぅ~っ、やっぱり怖いぃぃぃ)
目の前の彼と茉子の身長差は三十センチ以上ある。それだけでも怖いのに、まるで怒っているように見える鋭い目に見据えられて、すでに逃げ帰りたくなった。
「茉子さんは、とても可愛らしいですね」
柊司のその言葉に茉子はぴきりと固まる。
“可愛い”は茉子にとって男性から言われる中で一番嫌いな言葉だ。息を荒くしながら可愛いねと言って近づいてきた変態を思い出してしまうから。
挨拶を終えたばかりで逃げ帰るわけにはいかない。けれど、笑顔なんてとても作れそうになかった。
「……そう、ですか」
茉子のテンションが明らかに低いのはわかっただろう。もしかしたら、この反応だけで柊司は茉子に嫌気が差したのではないか。
しかし、そんな期待は柊司の母──郁子(いくこ)によって裏切られる。
「ふふっ、まさか柊司が女性に向かって、可愛いなんて言う日が来るとはねぇ」
「そういえば、柊司くんはあまり女性が得意ではないとか?」
茉子の張り詰めた雰囲気を感じ取ったのか、母も会話に加わった。
「そうなのよ。ほら、まずこの見た目で怖がられるでしょう。愛想がいい方でもないし、口が上手いわけでもないし。今まで女性の影なんて一つもなかったんだから。それなのにお義母さまが決めた結婚相手が茉子さんだって知るや否や、態度を一変させるんだもの。私たちも驚いたのよ」
柊司が茉子にだけは興味を抱いたため、事情は違っても自分の子を心配していた紀野家にとって、この顔合わせは願ってもなかったようだ。
茉子にとっては不幸でしかないが、柊司が態度を一変させた理由が知りたい。茉子の視線を感じてか、母がその答えをくれた。
「あぁ、柊司くんはね、茉子と高校が同じだったんですって。今、二十八歳だから茉子が一年のときに三年よね? 茉子は覚えてない?」
母に聞かれ茉子は驚いて顔を上げた。すると、またもやこちらを見ている柊司と目が合ってしまう。茉子は慌てて自分の膝に視線を落とす。
「そこまで話したことはないので、茉子さんはおそらく俺を覚えていないかと。自分が一方的に茉子さんに片思いをしていただけなので」
「まぁ! うちの茉子に片思いっ!? どんなところを好きに?」
「それは……あの、茉子さん本人にお伝えできたらと」
怖くて視線を上げられないままだが、柊司の口調から照れた様子が伝わってくる。
(高校のとき私を好きに? でも私、この人を知らないけど)
茉子は、男を変態扱いする失礼な女だと言われ、男子たちに嫌われていたのだ。学年が違うからその噂を知らないのかもしれないが、自分に好かれる要素があるとは思えない。
「そういえばね、柊司くん、元警察官僚なんですって~かっこいいわよね」
母が嬉しそうに柊司を褒めそやすと、その言葉を受けて柊司の父──義巳(よしみ)Fが言葉を引き継いだ。
「あぁ、柊司が警察庁にいたのは二年前までだがね」
キノホテルは現在、義巳が社長を務めている。義巳は、兄弟のどちらかが紀野グループを継いでくれればいいと考えていたらしい。
自分は社長という柄ではないと長男の柊司が官僚の道を選んだため、次男の逸生が紀野グループ後継者となったわけだが、逸生が結婚を機に妻の家の養子に入ってしまい、柊司にお鉢が回ってきたとか。現在は専務取締役と運営部部長を兼任し、跡継ぎとしての教育を受けているところだという。
「柊司は昔から正義感が強くて、よく電車内で痴漢を捕まえていたから。それで警察の仕事に興味を持ったようだ」
義巳の言葉で、高校時代、通学中に痴漢に遭ったときのことが脳裏に蘇ってくる。
二人の男性が茉子を閉じ込めるように立っており、身体を動かすこともできなかった。怖くて、声も出せない自分が惨めで、どうして女に生まれてしまったのかと自分自身を呪いながら耐えていたとき。
(あの先輩が、助けてくれた……)
同じ学校の背の高い男子生徒だ。
眉間にしわを寄せて怒ったような先輩の顔があまりに恐ろしくて、助けてもらったのに礼も言えずに逃げてしまったのだが、しばらくして学校でその先輩に話しかけられたのだ。彼は男子生徒にからかわれている茉子を案じてくれた。
(先生に怒られてるときも、さりげなく、助けてくれたよね)
男性に関わる記憶の中で、茉子にとって彼との出会いが唯一のいい思い出だ。先輩にとっては、困っていた茉子を通りすがりに助けた程度だと思うが、何度も救われた。
(すごく、背が高かった気がする)
卒業式の日に勇気を振り絞って感謝を伝えたものの、茉子は彼の名前も知らないし、今となっては顔もよく思い出せない。
(お礼を言ったっていうか、言い逃げした感じだけど)
茉子は視線だけを上げて、柊司をもう一度見た。
(……そんなわけないか)
茉子は一瞬、頭に浮かんだ可能性を振り払う。
「立派ですねぇ」
「いえ……たまたまです。俺は背が高いので、周囲がよく見えるというだけで。もっと女性が守られる社会になればいいと、それがきっかけで警察の道に進みましたが」
ようやく男性のいる空間に慣れてきたため、茉子はそっと顔を上げて柊司を盗み見た。すると、またもや目が合い汗が噴きでてくる。もしかして、ここに来たときからずっと見られていたのだろうか。
(男の人に見られるのも、苦手なのに……)
父と母のためだ。せめて顔合わせくらいは頑張らねばアスレックスの未来はない。茉子は己を叱咤し、強張った顔をなんとか前に向ける。
「茉子さんは、幼稚園の先生なんですよね?」
すると、柊司が茉子に話を振ってきた。
「……は、はいっ」
急に話しかけられたせいで声がみっともないほど震える。
(あぁ、また思いっきり目を逸らしちゃった……)
アスレックスを助けるためにこの場を設けてくれた紀野家に対して、ここに来てからの自分の態度は、どう考えても失礼すぎる。
茉子だって普通に喋れるものならそうしたいのだ。でも、両親がそばにいても、初めて会う男性と親しく話すのは難しい。
「……す、すみません……私」
小さく謝罪の言葉を口にすると、柊司が言葉を続けた。
「謝らないで大丈夫ですから。高校時代はあなたと話す機会がほとんどありませんでした。だから俺は、こうして茉子さんに会えるだけで嬉しいんです。男が怖いと聞いています。辛ければ、黙っていても大丈夫です」
そう優しく声をかけられ、茉子の目に涙がじわりと滲む。
(なにもしていないのに怯えるなって怒らないんだ)
失礼な態度を取ったのに、それでいいと言ってくれるなんて。
茉子の態度にいい気分はしないはずなのに。
そういえば、あの先輩も『謝らなくていい』と茉子に言ってくれた。まさか、この人がそうなのだろうか。そんな偶然があるのか。
(でも……私がまともに男性と会話できないって、もうわかったよね? 高校の頃から片思いには驚いたけど、さすがに結婚は躊躇するはず……)
茉子は恐る恐る顔を上げた。よく柊司を見れば、厳つく強面でありながらも、目を細めると近づきにくさがほんの少し薄れると気づく。
「好きな人に見つめられると照れますね」
柊司はそう言ってぽりぽりと頭をかいた。
瞬間、茉子の頬が真っ赤に染まる。
(好きな人だなんて……っ)
柊司は実際に茉子と会い、話をしても、こんな自分にがっかりしていないらしい。
「いくらでも見てください。一言、二言でも茉子さんと話ができたら嬉しいです」
彼の母は柊司を“愛想がいい方ではない”と言っていたし、たしかに表情が顔に出るタイプではないのだろうが、彼の発する言葉には思いやりが込められていて、茉子を不快に思っていないのだけは伝わってくる。
(話ができたらって、それだけ? それだけで嬉しいの?)
怯えるなと怒られることも覚悟していた茉子は、ようやく肩から力が抜けた。
「一言、二言でいいなら……」
茉子が小さくそう言うと、柊司の顔にぱぁっと花開くような喜色が浮かんだ。
(そんなに、喜ぶの?)
隣に座る母は、茉子が柊司と話していることに驚き、邪魔をしないように口元を手で塞いでいる。
「茉子さんは、休日、家ではどうやって過ごしているのですか?」
「えっと、ピアノの、練習をしたり、裁縫とか工作をしたり、子どもが好きなキャラの、絵を描いたり……しています」
茉子は休日も滅多に外に出ない。すると趣味はどうしても室内で行えることに限られてしまうが、特に不便やストレスを感じていなかった。むしろ部屋にいると落ち着く。
たまに仲のいい友人やいとこと会うときは、彼らが茉子を気遣い、自転車で動ける範囲内に出てきてくれる。
「茉子さんがピアノを弾いているところも可愛いでしょうね」
ふたたび“可愛い”と言われて、茉子は口元を引き攣らせた。柊司はそれに気づいているのかいないのか、優しげに目を細めたままこちらを見てくる。
可愛いと言われるのは困るが、柊司は、茉子に話しかけていながら、茉子からの返答を無理に求めてこない。せっかく話しかけてやっているのだから、なにか話せと言ってこない。それがありがたかった。
「あなたと、こんな風に話ができる日が来るとは、思わなかったです」
柊司は感動したように目を伏せて、深く息を吐ききった。茉子を見つめる目は潤んでおり、耳が赤く染まっている。
「……はぁ、可愛すぎてしんど」
柊司の口から思わずこぼれ出た言葉は、しっかりと茉子の耳に届いていた。どうしてだかわからないが、ものすごく神聖視されているような気がして恥ずかしい。
(なんでそんなに、可愛いとか……しんどいとか。変な人)
胸の奥がむず痒くなって、頬が熱くなっていく。彼の独り言のようなものだとわかるから、返事をするのもおかしい。
ただ、柊司が茉子からの返事を求めていなくとも、これ以上柊司に喋らせ続けると自分への賛美ばかりが出てきそうで、なんだかいたたまれなかった。
「しゅ、柊司さんっ」
思わず茉子は口を開いていた。
「はい」
話しかけたのはいいが、なにを話すかを決めていたわけではなく、咄嗟に出た言葉だったため、それ以上言葉が続かなかった。すると。
「茉子さんが、俺の名前を……」
柊司は「くっ」と小さく呻き声を漏らして、目元を手で覆った。
(嘘でしょう! 名前を呼んだくらいで感動しないで……っ)
照れくささから茉子がなんとも言えない顔で彼を見ると、柊司は決まりが悪そうに眉根を寄せていた。不機嫌そうなその顔は茉子が一番苦手としている表情のはずなのに、どうしてか彼への恐怖心は徐々に薄れている。
「あ、あの……もう一回、だめですか?」
柊司は申し訳なさそうに言葉を濁す。
「……えっと、なにをですか?」
「名前を」
もしかして彼は、もう一度名前を呼んでほしい、と言っているのか。
「柊司、さん?」
いざ名前を呼ぶとなると、なんだか照れる。茉子がちらっと彼の顔を見ると、柊司の身体がぐらぐらと揺れた。
「上目遣い……可愛すぎ」
彼は大きな手で顔を覆ったまま、ソファーにもたれかかっている。郁子はそんな息子の姿に深くため息をつき、やれやれと言いたげに柊司を叩いた。
柊司の見た目と言葉のギャップに驚いたからか。茉子は彼の言う“可愛い”に戸惑いはするものの、さほど嫌悪感を覚えなくなっていた。
「……柊司、しっかりなさい」
我に返った柊司は、キリッとした顔に戻り勢いよく身体を起こすと、ふたたび茉子をじっと見つめてくる。
「茉子さん」
「は、はい!」
茉子は思わず柊司に合わせて居住まいを正した。急に話しかけられて驚いたわけではなく、どうしてか先程から彼に見つめられると、妙に落ち着かなくなる。
「さすがに、この顔と身長はどうにもなりませんが……なるべく、あなたを怖がらせないように、必要以上に近づかないようにします。あなたの許しがあるまでは指一本触れないと誓います。誓約書を書いてもいい。あなたが恐れるすべてのものから俺が守ります。どうか、俺との結婚を考えてはいただけないでしょうか」
彼は両膝に手を置き、がばっと頭を下げた。
「あ、あの、頭を上げてくださいっ」
「はい」
柊司は茉子に言われるがまま、今度も勢いよく頭を上げた。
茉子は、隣に座る両親を見る。茉子が結婚しなければ、アスレックスは倒産するかもしれない。自分の決断が会社の未来を左右するなんて考えたくもない。それでも。
(悪い人じゃないのは、なんとなくわかるけど……結婚なんて、やっぱり無理だよ。だから、ちゃんと自分の口で伝えないと)
ほかの方法でアスレックスを助けてもらえないか、茉子も頭を下げて頼むしかない。
「私は柊司さんに選んでもらえるような女じゃありません。男の人が怖くて、電車にも乗れない臆病者です。夜道を歩くのがいやだから、駅から徒歩一分のマンションに住んでいます。男性に道を聞かれただけで悲鳴を上げて逃げたこともあります……私なんかと結婚するより……もっと普通の女性の方がいいと、思います。ごめんなさい」
両親を助けられない情けなさと、自己嫌悪で顔を上げていられず、膝の上で両手を握りしめる。
男性に道を聞かれ悲鳴を上げたせいで、周囲にいた人がその男性を変質者だと勘違いし警察沙汰になった。男性からは責め立てられ警察からは呆れた目を向けられた。
両親が一緒に謝罪してくれたが、こんな面倒な自分と結婚したいと言ってくれる優しい柊司なら、もっといい人と巡り合えると思う。
「それだけあなたは、怖い思いをしてきたんでしょう?」
「え……?」
気づけば柊司が目の前で膝を突き、労るようにそっと茉子の指先を握る。
茉子は恐怖も忘れて、ただただ驚いていた。
「電車に乗れなくなるほど、夜道を歩けなくなるほど怖い思いをしたんでしょう。それはあなたのせいじゃない。だから、私なんかと自分を貶めないでください」
怖いのに不思議と怖くなくて、触れてほしくないのに彼の手の温かさが嬉しくて、どうしてか涙が溢れそうになった。
茉子の目に涙が滲んでいるのを見た柊司が、慌てたように両手を挙げた。
「すみませんっ……触れないと言ったそばから触れてしまって! 手を洗いますか? その前に離れないとっ」
転びそうになりながら、ソファーに戻る柊司を見て、茉子は思わず噴きだしてしまった。
「大丈夫、です。そう言ってくれて、ありがとうございます」
茉子は先程触れられた手を開き、戸惑いながら視線を落とす。
(手にさわられて、驚いたけど、そこまで怖くなかった……どうしてだろう)
そう考えて、はたと気づく。
(あぁ、そっか……初めてだったんだ。怖かったんだねって、共感してくれた男の人)
その程度のことでと呆れもせず、そんな男ばかりじゃないと窘めもせず、男に失礼だと憤りもしなかった。彼は茉子の恐怖をそのまま受け止めてくれたのだ。
それが思っていた以上に嬉しく、茉子の心に深く刺さった。
「茉子が、男の人と普通に話しているの、初めて見たわ」
「うん……そうだね」
感動したように言う母と父の言葉で、茉子はようやく我に返った。