『規格外』な年下御曹司にめちゃめちゃ愛し尽くされてます! 一途なスパダリの甘くて淫らなご奉仕 2
第二話
「大変、大ッ変、申し訳ございませんでした……ッ!」
閉店間際のカフェに、悲痛な謝罪が響き渡った。
まばらに残っている客の視線を感じつつ、千尋はテーブルに額がつきそうなほど頭を下げ、肩を丸める。
間接照明を駆使した一流高級店から、大衆向けの明るいチェーン店という落差に、夢から覚めたような心地だ。
でも、彼は筋金入りの〝箱入り御曹司〟だった。
あるまじき無礼を受けたというのに、余裕たっぷりに構えて――でもその余裕が、余計に千尋を居た堪れなくさせる。
「ええと。改めて説明していただけますか? あなたを追いかけていた男との話を聞いて、なんとなく経緯は想像がつきましたが……。一体どうしてこうなったのか、詳しい事情をお聞かせいただきたいです」
「はい……はい、ええ、もちろんです。あの……私、藤原千尋と申します。和美とは小学校の頃からの親友で」
これ以上偽るつもりはないと証明するために、千尋は、しおしおと仕事用の名刺を差し出した。
〝手作りロールケーキとコーヒーのお店
カフェ万里(ばんり) オーナー 藤原千尋〟
彼は受け取った名刺に目を落とすと、おもむろにスマホを取り出し、何やら操作して、じっと千尋の顔を見つめてきた。
「あ、あの……? あっ、ごめんなさい、電源を切っておきます……!」
ハンドバッグの中でスマホが震え、慌ててバッグを探った途端、着信が止んだ。
「試してすみません。今度は、嘘ではないようですね。本物の電話番号が書かれた名刺みたいです」
「っ……! も、もちろんです……! もう、これ以上嘘なんて……」
和美からは、『父の会社に影響が出ないとも限らないから、絶対に神崎さんにはバレないで』と言われていたことを思い出す。もう、生きた心地がしない。
「念のためですよ。この後、連絡がつかなくなったら困りますし」
輝良は自分のスマホをテーブルに伏せて置くと、視線で話の続きを促してきた。
――『この後』って……。
――やっぱり、すぐに許すつもりはない、ってことだよね……。
――こうなったら、なんとしてでも温情を勝ち取らないと。
――神崎さんに人の心があれば、きっと同情の余地があると思ってもらえるはず……。
「ええと、長い経緯になりますが……」
そう前置きをすると、彼は『続けて』とでも言うように首を縦に振って、傾聴の姿勢を見せた。
「和美は中学の頃から幼馴染みの男の子と付き合っていたんです。それはもう、傍目に見ても、相思相愛のお似合いのカップルで。でも……こういう表現は気が進みませんが、和美のお父さんは、とても選民意識の強い方らしくて――」
和美曰く、父親は虚栄心の塊のようで。
『中流家庭の男なんて、絶対に許さない』
そう宣告されて、社会人になってしばらくすると、父親の選んだ男と強引に見合いをさせられるようになった。
そのたび、相手の希望に沿わない女を演じてかわしてきたが、先月とうとう、最愛の彼との間に子供ができてしまったのだ。
『きっと父は堕ろせって言うわ。私から彼を遠ざけるために、彼に何をするか……。お互い、他の人なんて考えられない。こんなことに巻き込みたくないけど……お願い、助けて。千尋しか頼れる友達がいないの』
散々悩んだ末の決断だったのだろう。
泣き腫らした目で頼まれて、人助けを信条としている千尋は、『もっと早く言ってよ!』と二つ返事で引き受けた。
千尋を頼ってくれたのは、親友であることが最大の理由だろうが、と同時に、そこそこ著名な弁護士一族ながらも、セレブ文化や政治的駆け引きにうんざりしている庶民派だからかもしれない。
「和美は……ギリギリまで父親への説得を頑張ってましたし、妊娠がわかったときも、母親に頼んで父親の反応を探ってもらったらしいんですが。『もし妊娠なんてしたら堕ろさせるに決まってるだろう!』って息巻いていたらしくて。しかも、そんな探りを入れたせいか、最近は付き人をつけられて、行動を見張られていたんです。彼に会えないどころか、産婦人科に行くのも避けるようになって……それで……」
どうあっても譲れないのは、和美の幸せだ。
自分のせいで輝良の怒りが和美へ向かうことだけは、なんとしてでも避けねばならない。
「だから……私が和美を唆したんです! もちろん、神崎さんにはこんな事情は関係ありませんし、和美へのお怒りも当然だと思います。でも彼女は妊娠中で、体調が良くなくて。すでにたくさんのことが負担になっているので……。お願いです、和美を追い詰める類いのことだけは、勘弁してください。もちろん、さっきのお食事代や行き帰りのお車代に加えて、私にできる範囲の誠意はお見せします! そ、そんなに貯金はないですけど、何でもいたしますので……!」
全てを語り終え、頭を下げ続けたが、輝良は何の反応も示さなかった。
ちらり、と視線だけで盗み見る。
彼は何やら千尋の話を噛み締めているような面持ちで、じっと手元のコーヒーを見下ろしていた。
さっきは店の薄暗い雰囲気も相まって魅力が増して見えるのかと思ったが、今の明るい店内は、輝良の容姿は完璧で、一切の欠点がないことを証明していた。
整った顔立ちには神聖ささえ漂っていて、千尋は震えながら審判のときを待つ。
「つまり……さっきのお見合い中の態度は、全て、演技だったんですね?」
「はい……。本当に申し訳ございません……」
笑顔で人当たりの良かった輝良から受ける静かな圧は、声を荒らげて責められるよりも堪えるものがある。
首が痛んでもなお頭を下げ続けていると、〝すんっ〟という、空気を擦り合わせた音が聞こえた。
――……? 〝すんっ〟?
訝しく思って顔を上げると――輝良がポケットから出したハンカチを、目元にあてるところだった。
「和美さんは、本当の純愛を手に入れたんですね……」
「……はい……?」
今度こそはっきり、ぐすっと洟を啜る音がした。
顔からハンカチが離れると、微かに目元が潤んでいる。
輝良は、まるで和美の恋愛に思いを馳せるように遠い目で、ガラス越しに大通りを眺めて言った。
「きっと、どんな欠点も愛し抜ける、素敵なカップルなんだろうなぁ……」
「……はあ……」
輝良は、再びハンカチで目元を拭う。
――ど、どういう情緒ですか?
――ちょっと、メンタルが不安定な人なのかな……???
それで、思い出した。
今回の計画を和美と話し合ったとき、彼女は、
『お相手の神崎さんって方、「なんで私とお見合い?」ってくらいの超超エリートなんだけど……。お見合い後、ことごとく破談になっていることで有名らしくて。私、今までずっとお見合い相手に嫌われるように振る舞ってきたから、もうワケありな人しかお見合いを受けてくれなくなってるのかも。千尋ちゃん、気をつけてね? もし変な人だったら、私のことなんて気にせず、すぐ逃げて……!』
と言って、不安そうにしていたのだ。
もしかしたら相当な変わり者なのかもしれない。
――ああ~~……いろいろ不安定な人だから、縁談も断られまくってるとか?
――さっきの会話がテンプレートだったのも、ちょっと変わってるって見破られないようにするため?
――それとも……純愛に憧れとか、拘りがあるのかな?
――いやでも、お見合いで結婚相手探してるのに……?
一体どう反応すべきか、目まぐるしく頭を働かせていると。
「あの、俺……もっと、藤原さんを知りたいです」
「は……はいっ?」
「その、藤原さん、とても魅力的な方だなと思って」
「……、……は……?」
思わず眉間に皺が寄り、間抜けな声が出た。
「だって……ご友人のためにあんな演技をして、危険も顧みずに……。最悪、さっき藤原さんを追いかけていた男に危害を加えられていた可能性もありますよね? 今だって俺の対応次第では、どうなっていたかわからないわけで。普通はできません、そんなこと」
「そ……そう……かもしれませんね……」
それは半ば、脅しに聞こえた。
つまり、
『お前の弱みは握っているんだ、俺の気持ち一つで地の底まで落とせるんだぞ』
というような。
そして実際、輝良は堂々と取引を持ちかけてきた。
「なので。もう一度、お会いしていただけませんか?」
「え……」
「さっき、啖呵を切っている姿を見て……素の藤原さんに、興味を持ったので」
これは、嫌味と嫌がらせと仕返しだ。
お見合いで手堅い結婚相手を探している御曹司が、こんな詐欺女を口説くわけがない。
「あー……っと……? な、何が目的、なのでしょうか……? もう少しはっきり、わかりやすく言っていただけると……」
「俺、口説いています」
「は?」
「もう一度俺と、お見合い――いえ、普通にデートしていただけませんか?」
――な、何なの? どういうつもり?
――実はまだ私の話を信じてなくて、本気で反省してるか試されてる、とか?
――あ! もしかして、お詫びに一発ヤらせろってこと?
――だとしたら、普通にデート、って?
――今すぐホテルに誘わないのはなんで?
が、どれも口にはできなかった。
なにせ、千尋はやらかした側だ。
もし彼が本気で怒ったら、和美を探し出し、父親に居場所を告げ、二人の仲を引き裂いて、さらには、千尋が二年かけて少しずつ育ててきたカフェを廃業に追い込むことなんて、わけもないだろう。
「何でも……してくれるんですよね?」
「……!」
返答に困っていると、首を傾げて、顔を覗き込まれる。
困惑しかないのに、輝良は名案でも思いついたように、顔を明るくした。
「ああ、そうだ、二人きりが躊躇われるようでしたら、来週クリスマスパーティーを開くので、ぜひいらしてください! 他に人がいたら、少しは気楽ですよね?」
「ぱ……パーティー……」
どうやら、二人きりの空間に連れ込むのが目的ではないらしい、が。
千尋は、富裕層のパーティーが大嫌いだ。
弁護士一族の家系に生まれたがゆえに、幼い頃から両親に連れ回されてあちこちのパーティーに参加してきたが、そこにいるのは人脈作りや政治をする人ばかりだ。
それにパーティーでなくたって、デートなんてとんでもない。
「でも……あの、口説くって、どこまで本気で仰っているのか、よくわかりませんが……私、平気で人を騙す女ですよ? 仕事第一で、結婚にも子供にも、一切興味ありませんし! それに、えーっと、そう、ものすごく自由奔放だから……! う、浮気だってしちゃうかも!?」
「……浮気……」
輝良は一瞬、ぎょっとしたようだ。
彼がお見合いをしてきた生粋のお嬢様からは、とても出てこない言葉だからだろう。
しめた、とさらにネガティブなプレゼンを続けてみる。
「そう! 浮気です! 私、貞淑とはほど遠くて、男好きですし? 何股もかけたり、いっぱい遊んできたっていうか? 神崎さんのようなハイスペックな男性には、まっっっったく相応しくありませんので!」
「……そう、ですか……」
本当は男性経験なんてないし、『嘘なんてつきません』と言った口で嘘をつくのは抵抗がないわけでもなかったが、変に期待を持たせる方が残酷だ。
輝良は神妙な面持ちでしばらく考え込んでいたが、ふと自嘲すると、
「でも、逆にそのくらいの方が、いいのかもしれません」
なんて呟き、狙いとは真逆の評価をされた。
「藤原さんはやっぱり、優しい方なんですね」
「は……?」
「だって、わざわざそんな、自分を貶めることを言う必要はないのに……。相手を心から気遣わないと、そんな台詞は出てこないと思います」
気遣ってませんが!?!?
あなたとのデートが嫌なだけですが!?!?
そんな内心の突っ込みに気付くこともなく、輝良は優雅な仕草でコーヒーを一口飲んだ。
チェーン店の冷え切ったコーヒーなんて絶対に美味しくないと思うのに、カップに隠れていた彼の口元には穏やかな笑みが滲んでいる。
その後も、
「一時期ヤりまくってたんですよね」
「酷いときは三股かけちゃいました」
「浮気に全く抵抗がなくて。頭のネジがちょっと外れてるのかも」
なんて必死に作り話をし、〝ろくでもない女〟プレゼンを試みた。
が――。
輝良は、檻に閉じ込められた猫が暴れるのを見守るようににこにこと頷き、
「一回、口説くチャンスをいただけるだけで構いませんから。それでお断りされたら、諦めます。今回のことも、綺麗に水に流しますから」
と押し切られてしまった。
結局、どんなに抵抗したところで、千尋に選択権なんてないのだ。
「では詳細は、改めてご連絡しますね」
輝良はそう言って、満面の笑みで千尋の名刺を見つめた。