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『規格外』な年下御曹司にめちゃめちゃ愛し尽くされてます! 一途なスパダリの甘くて淫らなご奉仕 3

第三話


 遡ること、約二時間前。
「それで、和美さんのご趣味は……?」
 神崎輝良は額に脂汗を滲ませながら、向かいの見合い相手――このときはまだ、和美だと思い込んでいた――に、笑顔を向けた。
 胃が痛い。
 自社の胃薬を飲んできたが、全く効き目がない。開発部門に苦情を入れたい。
 が、不調の原因は明白だ。
 今まで出会った女性たちに、何度も絶望を与えられ、自己肯定感を焼き払われ、トラウマを植え付けられてきたのである。
「私は、茶道とお琴を少々……」
〝箱入り娘テンプレート集〟のような回答を前に、輝良は腹部を抱えて、椅子の上で蹲りたくなった。
 いや、テンプレートなのは、ファッションもそうだ。
 露出を抑えつつも女性性を前面に押し出した、ひらひらしたワンピース。
 ハイブランドのバッグと腕時計。
 耳や首元には小ぶりのアクセサリー。
 清楚さを前面に押し出した印象は、今まで輝良に絶望を与えてきたお見合い女性と全く同じだ。
 ――同年代の女性ばかりとお見合いしてきたから、四つ年上の女性ならあるいは……なんて期待したけど。
 ――やっぱり駄目だ……きっと彼女も、お付き合いまで進んで、俺のア(、)レ(、)を知ったら、ものすごく軽蔑した顔で、手の平を返して……。
 深い心の傷となっている〝別れの原因〟を思い出して、胃がさらにキリキリと痛む。
 ――だ、駄目だ駄目だ、今に集中しろ……!
 ――思い込みで相手の反応を決めつけるなんて失礼だ。それに、振られてばかりでもう後がないし。
 ――今回でダメなら、潔く結婚を諦めるって、決意してきただろ!
 ――とにかく、初対面は嫌われないように、無難な会話を繋げて……。
「それは素敵ですね。お茶は表と裏、どちらですか?」
「えっ……………………、ええと、……お、表千家、ですかね……?」
 和美は、大分間を空けて応えた。
 額に滲む汗に気付かれていないのは、店の照明が控え目なおかげだろうか。それとも、彼女も緊張しているのか。
 輝良は前髪を流すふりで、指先で額の汗を拭った。
「ああ、私の母もそうなんですよ。自宅に先生をお招きして教わっていて。どちらの先生に師事なさっているんですか?」
「えーっ……と……!」
 和美は困惑している。どうやら返答を間違えたらしい。
 この、距離感を探り合う空気が本当に苦手だ。
 ――もしかして、趣味の話は気が進まないのかな。
 ――それとも今の質問で、俺の浅い知識がバレたのか……。
 それにしても、なぜ箱入りのお嬢様は漏れなく、茶道や華道や日本舞踊やらを習っているのか。
 いまどき、お茶やお琴に造詣が深い男なんて、そういないだろう。話を広げる難易度が高すぎる。
 ――参った……全然手応えがない……。
 ――手元に何度も視線を落として時計を気にしてるみたいだし。何の話を振っても心ここにあらずって感じだし。
 ――やっぱり、俺に問題があるって噂が広がってるせいか?
 どんな女性も虜にする見目と経歴を持つにもかかわらず、成婚に至らない原因は、輝良自身にあった。
『うっわ、何それ。エグ……』
 大学生時代、初めてできた恋人にそう言われて拒絶された瞬間は、今でも忘れられない。
 高校まで男子校で、家族以外の女性の扱いに不慣れながらも、とうとう初体験のときを迎えて――心臓が破裂しそうになりつつ、お互い服を脱いだ直後のことだった。
 彼女はぎょっとした顔で輝良の下腹部を見ると、唇の端を引き攣らせて――鼻で笑ったのだ。
 彼女は、男に慣れているみたいだった。
 輝良は、それがどういう意味の笑いかもわからないまま、傷ついた。
 さらに、それまで可愛らしく振る舞っていた彼女は、突如手の平を返して、
『いやー……悪いけど、その大きさは無理……。グロすぎだって。流血沙汰だよ』
 と言って、逃げるように、脱いだばかりの服を身につけはじめたのだ。
 輝良はその光景を、裸で、呆然と眺めていた。
『てか今までの感じからして、全然女慣れしてないよね? 童貞ってただでさえ余裕なくて、ガツガツ腰振るだけで痛いから、そのくらいの覚悟はしてきたけどさぁ……』
 まさか、こんなことで終わりになるだなんて思わなかった。
 そして彼女は、最後にこう言ってトドメを刺した。
『私、セックスでも満足したいから……ごめん。輝良顔いいし、私もはじめは顔で惹かれたから、すぐ次の彼女できるよ』
 もちろん、修学旅行の入浴や、プールの授業の着替えで、自分のそ(、)れ(、)が平均よりも大きいらしい、と自覚を持つ機会はあった。
 けれどまさか、女性にとっては凶器同然で、恐怖を与えてしまうだなんて、想像もしたことがなかったのだ。
 体調不良の時はいつだって自社製品を愛用してきたが、もちろん、こんな悩みに効く薬はない。
 ともあれ、それ以来、
 ――脱いだら、きっとまた拒絶される。
 ――俺の身体は、女性を怖がらせて、傷つける。
 というトラウマに捕らわれて、女性を避けるようになってしまった。
 付き合わなければ。
 そういう状況にならなければ、傷つくことはない。
 でも、神崎一族の長男だ。
 十三歳の頃に父が病で亡くなり、今は叔父が経営を担っているが、叔父夫婦に子供はいない。いずれ直系の輝良が、そして輝良の子供が会社を継ぐことになる。
 少なくとも父は生前、そう信じて疑わなかった。
 もし結婚せず、子供ができなかったら、次にプレッシャーを背負うのは二人の妹だ。
 彼女たちには、自由に恋愛を楽しんで、好きな男性と一緒になってほしい。
 出産にプレッシャーや罪悪感なんて、感じさせたくない。
 何より、早くに夫を亡くし、自分と妹を育ててくれた母を喜ばせてあげたい。
 大学を卒業してそんな責任感が日増しに強まり、女性を避けてばかりではいけないと思いはじめた矢先、神崎製薬の会長を務める祖父から、
『早く結婚して、母親を安心させてやりなさい。俺も早く曾孫を見たい』
 と女性を紹介された。
 ――そうだ、お見合い結婚で、あらかじめ子供を希望していると知った上でなら、子作りで強いる身体への負担も、なんとか受け入れてもらえるかもしれない……!
 そんな希望を抱いて、祖父の提案を受けた。
 もちろん、同じ轍は踏みたくない。
 初めての恋人に振られたとき、
『私もはじめは顔で惹かれたから、すぐ次の彼女できるよ』
 と言われたことを思い出し、容姿で判断をしない女性と出会うため、事前の写真交換は断った。
 また、入籍後に身体の相性が原因で離婚――なんて悲惨な事態を避けるため、仲人を挟んでの堅苦しい形式は避けた。
 まずは気軽に二人で会って、自然な付き合いを経て、身体を確認してもらった上での結婚が、双方のためだと考えたのだ。
 そして、健全なお付き合いまでは、すぐに辿り着けた。
 でも結局、最後は同じだった。
 いざ大事な場面がやってくると、相手はそそくさと脱いだばかりの服を身につけて、
『ごめんなさい……この先のことは考えさせてください』
『具合が悪くなってきたので、今日はこのへんで……』
『ちょっと……その、体格の違いが……』
 なんて、あからさまに態度を変えてきた。
 中には、『そんなの無理です……っ』と泣き出す子までいた。
 自分の習慣や悪癖なら、改善の努力ができる。
 でも、下半身の大きさは無理だ。
 日に日に身体への嫌悪が募り、コンプレックスが膨れ上がった。
 ――世の中の男は、なんでデカい方がいいなんて信じてるんだ?
 ――俺は……俺は、こいつのせいで……。
 ――とにかく、今頑張らないと、俺は一生独り身で、童貞で……。
 もう後がない。
 祖父と縁のある企業の重役たちの間では、
『神崎家の跡取りは〝ワケあり〟なんじゃないか』
 と噂が広がり、今ではお見合いを受けてくれる女性がなかなか現れなくなってしまったのだ。
 自分が恥をかくだけなら、まだいい。
 でも、見合い相手を紹介してくれた祖父の顔にも泥を塗っている気がする。
 それに祖父も、息子を早く失ったために、孫を待ち望んでいる様子だ。なのに輝良には、
『まあ、こればかりは、縁と相性だからな……また必ず紹介するから。待っていなさい』
 と慰めて、あちこち手を尽くしてくれているのが居た堪れない。
 だから、今日こそチャンスを掴んで、この婚活を最後にすると決めてきたのだけれど。
 食事が終わるまで、和美は心ここにあらずといった表情だった。
 しかも最後は、腕時計にちらりと視線をやるなり、
「すみません、実は私、ちょっとこの後用事がありまして」
 と立ち上がって、輝良が会計で慌てている間に、逃げるように去っていった。
 身体以外の理由で振られたことのない輝良は、テーブルに肘を突き、両手で顔を覆った。
「なんで……何がいけなかったんだ? やっぱり焦りって伝わるものなのか? いや、趣味がお菓子作りだって言ったのが敗因か……やっぱり女々しい趣味は隠しておいた方が……。もしくはもう、見るからに女運のない感じが漂ってるのかも……」
 ――っていうか、今日で最後のお見合いのつもりだったけど。
 ――本当にこれで最後なのか……?
 一人反省会という名の沼に陥りかけ、ぶるぶると頭を横に振って、勢いよく立ち上がる。
「あーもう! ジム行って筋トレして帰ろう! 筋肉は全てを解決してくれる!!」
 が、店の出入り口で彼女のイヤリングを拾った。
 急いでいたから、コートを着たときに落としたのかもしれない。
 和美に届けるべくすぐ外に出ると、彼女は黒ずくめの男に追われていた。
 犯罪染みた光景にぞっとして、慌てて追いかけたのだが――。
「ほら! もう逃げも隠れもしないから、よーく見なさい!」
 朗々と通る声に度肝を抜かれた。
 狭い路地の、曲がり角の向こうへ首を伸ばし、目を凝らす。
 暗いし遠いし、顔はよく見えない。
 きっと、いや、絶対に別人だ。
 だって、お見合い中の、細くて今にも消え入りそうな声帯から、あんな声が出てくるわけがない。
 でも――。
「私は和美の親友、藤原千尋よ。和美に頼まれて、駆け落ちに協力したの」
 月明かりの下。
 和美が――いや、悪漢(?)と対峙している知らない女が、得意げに腕を組むシルエットが、青白く浮かび上がる。
 自分よりも大きな男を前に、一歩も怯まない。
 小気味よく啖呵を切る千尋の勇姿に釘付けになって――全身に電流が走った。
 こんな無謀で怖いもの知らずな女性、見たことがない。
 まるでドラマのワンシーンのようで、手に汗を握って見守っていると、男が踵を返し、こちらへ走ってきた。
 彼は輝良の横を素通りし、店の方へ引き返していく。
「ちょっと、人の話は最後まで聞きなさいよっ! っていうか、今から探したって、無駄だからねーーっ!」
 元気いっぱいの声を振りまくと、千尋は、お見合いのときの控えめな笑みからは想像もつかない、晴れ晴れと輝く笑顔で、足取り軽くこちらへ歩いてくる。
「は~~! やっぱり人助けって最っ高!! 一日一善どころか、十善したっていいくらい!帰ったら最高級のハワイコナ開けちゃおっかな? じっくり挽いて、ネルドリップで……」
 ――ああ、俺は、この女性(ひと)がいい。
 天啓だった。
 疑問はなかった。
 なぜなら、なかなか結婚まで辿り着けず、既婚の友人に〝結婚相手と出会ったときの第一印象〟を聞き回っていたとき、
『なんとなく、あーこの人と結婚するだろうなと思ったんだよね』
 と言った人が少なくなかった。
 そんなことが本当にあるのか。
 一体どうやったらわかるのだ。
 後からそう思い込んでいるだけじゃないのか。
 なんて訝しく思っていたけれど、とうとう、自分にもそんな女性が現れたのだ。
 ――今まで誰とも上手くいかなかったのも、彼女に出会うためだったんだ。
 ――ずっと童貞なのも、彼女と最高の初体験をするためで……。
 まあ、それはいささか都合の良すぎる妄想だったかもしれないが――。
 とにかく、運命の相手なのだと、理解(わか)った。
 でも彼女は、違ったらしい。
 輝良が話しかけると、暗い中でもわかるほど真っ青になって――。
「大変、大ッ変、申し訳ございませんでした……ッ!」
 と、カフェで向かい合うなり、額をテーブルにぶつける勢いで頭を下げてきた。
 全てを白状し、しおしおと小さくなった彼女に、黒ずくめの男を追い返したときの威勢の良さは、見る影もない。
 が、彼女の話を聞いて、ますます運命の確信を深めた。
 親友の純愛のためにあんな危険を冒すなんて、今までの淑やかな令嬢たちとは似ても似つかない。
 話を聞けば聞くほど、彼女の義理堅さと、勇気と、まっすぐな心にぐんぐん惹かれていく。
 善行を果たしながらも、しょんぼりと肩を落とす姿は愛らしくて――年上なのに、抱き締めて、守って、尽くしたい気持ちを掻き立てられる。
「あの、俺……もっと、藤原さんを知りたいです」
「は……はいっ?」
「その、藤原さん、とても魅力的な方だなと思って」
「……、……は……?」
 そんなストレートな誘い文句が出たのは初めてで、自分で自分に驚いた。
 千尋の行動を目の当たりにした影響かもしれない。
 あんな勇気ある姿を見て、感化されないわけがない。
 彼女と一緒になったら、人生がより豊かで素晴らしいものになっていくに違いない。
 一方千尋は、目の前に運命の相手がいるなんて全く気付いていないようだった。
 なんとか強引に次の約束を取り付け、店を出て、恐縮する千尋をタクシーに乗せてやり、重ねてデートの約束して見送った。
 二台目のタクシーに乗り込んですぐ、彼女の名刺を取り出した。

〝カフェ万里 オーナー 藤原千尋〟

 ――経営者、ってことかな。
 ――すごいなぁ……飲食店の経営は、かなり厳しいらしいのに。
 ――やっぱり、今までお見合いしてきた女性とは、全然違う……。
 彼女の名前を目にするだけで、頬が緩む。
 ぽかんと口を開けて、少し間抜けな顔で見上げてきた顔を思い出して、ますます愛しさが込み上げる。
 ――もっと、藤原さんの……いや、千尋さんの素の顔を見てみたい。お見合い中の、演技をしてる姿じゃなくて……。
 ――俺のことも、知ってほしい。家族だって紹介したいし、俺の作ったケーキ、食べてほしいし。
 ――それに……いつか。
 ――いつかもっと関係が進んだら、俺の悩みも……。
 運命を感じた彼女にまで拒絶されたら、そのときは、もう何もかも諦めがつく気がした。
 弱みに付け込んで口説くなんて、どうかしていると思う。
 でも、耐え難いほどの胃痛は、完全に消えていた。

 


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