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憧れの旦那様は私専属ストーカー!? イケメン御曹司の重すぎる求愛 2

第二話

 翌日のお昼には、私は全ての家財道具と共に、久遠さんの家に引っ越した。
 久遠さんの自宅は白金にある五階建て高級マンションの最上階にあった。日当たりのいい3LDKで、想像していたよりずっと広い。
 私に与えられた部屋は、今まで住んでいた部屋が物置に感じるぐらいうんと広かった。持ってきた荷物を入れて貰っても、まだまだ余裕がある。
 私がこんな広い家に住むなんて……。
 なんだか実感が湧かなくて、足元がフワフワしてるみたいだ。
 それにしても白金と私の家は随分距離がある。
 じゃあ、どうして家の近所で、バッタリ会ってたんだろう。
 あの辺に知り合いがいたとか?
「……これで、終わりっと」
 持ってきた荷物は、私が開封されたくないもの以外は全て引っ越し業者さんが開封して、綺麗にしまってくれたので、あっという間に終わった。
 見られたくなかった下着類を自分で開封してしまい終え、リビングにいる久遠さんのところに行く。
「久遠さん、無事に終わりました」
「お疲れ様。デリバリーで飲み物とちょっとした甘い物を頼んでおいたから、休憩にしない?」
「わあ、ありがとうございます」
 温かいミルクティーと桜のシフォンケーキが用意されていた。どちらも大好きだ。
「五十鈴ちゃんは、コーヒーよりも紅茶が好きで、その中でもミルクティーが好きだったよね。春はシーズンが終わるまで桜系のスイーツを必ず食べてるからこれにしてみたけど、大丈夫だったかな?」
「はい、すごく嬉しいメニューです」
「よかった」
 あれ? でも、なんで久遠さんがそんなことを知っているんだろう。
 あ、そっか、きっと杏奈ちゃんから聞いたんだ。
「いただきます」
 ミルクティーとシフォンケーキの甘さが、疲れた身体に染み渡る。
「んん~……っ……! 美味しいです。桜って、本当にいい香りですよね」
「そうだね。俺も桜の香り、大好きだよ」
 やっぱり、久遠さんとは好みが合うなぁ……。
「久遠さん、せっかくのお休みなのに手伝って貰っちゃってすみません。ありがとうございました」
「夫なんだから当然だよ……と言いたいところだけど、俺、全然手伝ってないよ。五十鈴ちゃん、結局ほとんど自分で梱包しちゃってたし、大変だったでしょ? 無理することなかったんだよ?」
「いえ、なんか申し訳なくて……あの、一緒に住むにあたって、色々ルールとか教えていただけたら」
「そんなのないから、好きに過ごして。あ、そうだ。一つだけいい?」
「なんでしょうか」
「五十鈴ちゃん、ベッドを持ってきてくれたと思うんだけど、夜眠る時は、一緒の部屋で寝たいな」
「い、一緒……に!?」
「うん、もうすでにベッドは用意してあるから」
 〝ベッド〟〝夫婦〟その単語を意識し、顔が熱くなる。
 そうだよね。夫婦になったんだもん。夜の生活だってあるわけで……あっ! いや! 久遠さんはそういうことを言ってるんじゃなくて、ただ一緒に眠ろうって言っただけで……! でも、夫婦になった男と女が一緒に寝るということは、そういうことだよね!?
 ああ! 変に意識してきちゃった。
「わ、わかりました」
「寝相はいい方だから、安心して」
「私も多分大丈夫だと思います。ベッドから落ちたことは、一度もないので」
「そうなんだ。まあ、五十鈴ちゃんに蹴られるのは大歓迎だけど」
「蹴りませんよ。多分」
 誰かと寝たことなんて修学旅行の時ぐらいしかないけど、多分大丈夫なはず……うん!
「スマホの電源は切ったまま?」
「あ、そういえば、切ったままです」
 バタバタしてたから、電源を切ったままなのをすっかり忘れてた。
「引っ越したってことをご両親に伝えた方がいいかもしれないね。訪ねてきて、次の入居者の人とトラブルになったら大変だし」
「そうですね。そのあたり、全然気が回りませんでした。後でメッセージを送っておきます」
「後、そのー……」
「はい?」
 久遠さんが少し気まずそうにするので、思わず首を傾げた。
 どうしたんだろう。
「五十鈴ちゃんが結婚させられそうだった男のことなんだけど……」
「あ、大弦ですか?」
「……いいなぁ、呼び捨てなんだ」
 久遠さんが子供のように唇を尖らせて、拗ねた表情を浮かべる。
 もしかして、嫉妬してる!?
「えっ! あ、いえ! それは小さい頃から知ってるなので、自然とそう呼ぶようになっただけです」
「俺も呼び捨てがいいな」
「えっ」
「久遠って呼んで欲しい」
 『天賀谷常務』から『久遠さん』になって、とうとう『久遠』に……一日の間に何度も呼び方が変わるなんて思ってもみなかった。
「わかりました。えっと、久遠……?」
「うんっ」
 久遠は嬉しそうに笑う。
「えっと、それで大弦が何か……」
「あ、そうだ。その五十鈴ちゃんを小さい頃から知ってる羨ましい男とは、連絡を取ってるの?」
 本名より長い呼び方になってる……。
「いえ、親に言われて一応連絡先は交換してるんですけど、ブロックしてるんです。相手はプライドが高くて、自分からメッセージを送ってくることはまずないタイプなのでバレてないと思います」
「そっか、よかった」
「よかった?」
「連絡を取り合っていて、何か問題があるわけじゃないんだ。ただ、俺が嫉妬深いから、連絡を取り合ってなくて嬉しいなって意味」
「な、なるほど……」
 まさか、こんなに想われてるなんて……。
 久遠さん……じゃなかった、久遠は一体、私なんかのどこが好きなんだろう。
 身体が温まってくると、寝不足も手伝って眠くなってきた。瞼が重くて、気を抜くと眠ってしまいそうだ。
「眠い?」
「あ、いえ……」
「無理しないで。昨日、引っ越しの準備で全然寝れてないんじゃない? 夕食まで休んできたら? 夕食はどこかで外食するか、デリバリーを取るかしようか」
「はい、ありがとうございます……じゃあ、食べ終わったら少しだけ休ませてください」
「うん、そうして」
 ミルクティーと桜のシフォンケーキを美味しくいただき、歯を磨いてベッドに入った。
 スマホで目覚ましアラームをかけよう。あ、その前にお父さんにメッセージを送っておこうかな。
 スマホの電源を入れると、「親を馬鹿にするな」「親に無許可で結婚するなんて許さない」「今まで育ててやった恩を忘れたのか?」という山のような罵倒のメッセージが届いていて、思わず「うわぁ」と声が出た。
 今まではいつ自分の生活が脅かされるかわからなくて怯えていたけれど、私は久遠と結婚したから、もう大丈夫なんだ……。
 ああ、解放感がすごい。「やったー!」と声を上げたくなる。
 なんてメッセージを送ろう。
「えーっと……」
 シンプルな方がいいよね。
 色々考えて『引っ越しました。もうあの家にはいないので、来ても会えません。落ち着いたらこちらから連絡をします』と書いて送った。着信攻めにされたらかなわないので、サイレントモードにしておく。
「はー……もう、限界っ!」
 アラームをセットして、ごろりと寝そべった。
 あ……そういえば、同じ寝室を使ってって言われてたんだっけ……でも、それは夜だけだよね? 一人で寝るんだし、自分の部屋でいいよね?
 もう、瞼が重くて開けていられない。
 起きたら全部夢だった……なんてことないよね?
 そんなことを考えながら寝たせいか、家に連れ戻される悪夢を見てしまった。


 ひと眠りした後に、デリバリーで色々取って、久遠と夕食を済ませた。
 食べながら生活についてのことを話した。これからの食事やお弁当は私が作る。たまには他人の作ったものが食べたいので、そういう時はお休みさせて貰う。
 暮らしていく中でかかるお金は、全て久遠が出してくれるので、私のお給料は全額自分のために使っていいそうだ。
 申し訳なさすぎるから私も出したいと言ったけれど、そこは受け入れて貰えなかった。
 入浴を終えた私は、次に入る久遠に声をかけにきたのだけど……。
 久遠の部屋って、どこ?
 当てずっぽうで手近な部屋をノックしたら、「はーい」と返事がきた。
「五十鈴ちゃん、あったまった?」
「はい、いいお湯でした。次どうぞ」
 久遠がドアを開けてくれる。綺麗な彼の顔を見て、スッピンなのが恥ずかしくなって俯く。
「五十鈴ちゃんの入ったお湯に入れるなんて嬉しいな」
「変な言い方しないでくださいよ。お湯抜いちゃいますよ?」
 ん…………!?
 思わず顔を上げると、久遠の綺麗な顔の後ろにあるとんでもない光景に気付き、私は目を見開いた。
 なんと、壁一面に私のポスターサイズの写真が大量に貼ってあったのだ。
「な……っ……な……っ……な……っ」
 言葉が出てこない。
 何これ!? なんなの!?
「ん? どうしたの?」
「あ、あれ……あれあれ……」
 まだ言葉が出てこなかったのでポスターを指さすと、久遠はにっこり笑った。
「この写真のこと? 我ながら、よく撮れてると思ってるんだ。まあ、モデルがいいからだけどね」
「いや! そういうことじゃなくて!」
 とんでもない返答に刺激されたのか、ようやく言葉が出てきた。
「これはどういうことですか! なんで私の写真が貼ってあるんですかっ!」
 よくよく見ると、全部隠し撮りだった。社食でオムライスを食べている私、仕事をする私、駅から家に向かっている私、コンビニでお菓子を買う私……。
「好きだからだよ」
 久遠はにっこり笑って、当然だと言うように答えた。
 部屋の中にはオシャレなインテリアの他に、謎の物が置いてある。空のお菓子の袋、紙パックジュース、ペットボトル……。
 なんでゴミなんて取ってあるんだろう。あ、しかも、私の好きなお菓子とジュースばかりだ。本当に食べ物の好みがあうなぁ。
「あの、これ捨てないんですか?」
「捨てないよ。五十鈴ちゃんが食べたり、飲んだりしたものだし」
「…………え!?」
 耳を疑った。
「正確に言うと、ゴミをいただいたんだけど」
「はぁ!?」
 そういえば、どれも覚えがあるものばかりだ。社食で久遠と相席になった時に、捨てておくと言って持って行ったもの。
 まさか、取っておくなんて……! ていうか、好みが合うんじゃなくて、私のものだったんじゃない! はっ! ま、まさか……。
「あの、もしかして、社食でよく頼むメニューが私と被ってたのは……」
「ああ、五十鈴ちゃんが頼んだものを見て、俺も頼んでたんだ。一緒のメニューが食べたいからね」
「えぇぇ……」
 よく見ると、私が結構前にリサイクルショップに売った服もあった。しかもトルソーに飾られている。
「こ、この服……」
「ああ、俺のコレクションの一つだよ。五十鈴ちゃんがリサイクルショップに売った服を買い取ったんだ。誰か他の人の手に渡らなくてよかったよ」
「え、なんで私がリサイクルショップに売ったこと、知ってるんですか!?」
「何を売るのか気になって、見ていたからだよ」
 頭の中に、ある単語が思い浮かぶ。
 これって……いや、でも、久遠のように地位や名誉のある人が、そんなことをするはずがない。
「……あ、あの、もしかして……久遠が私の近所にいたのって、何か用があったんですか?」
「え? 五十鈴ちゃんに偶然を装って会うためだけど?」
「いやっ! ストーカーじゃないですか!」
 そんなことをするはずがないと思ったけど、もうこれしかないでしょう! ストーカーだよ!
「そうだね」
「認めちゃうんです!?」
「事実だからね」
「じ、事実って……」
 ストーカーされてたっていうのに、なぜか不思議と気持ち悪いとは思わなかった。
 久遠は御曹司で、こんなにも容姿に恵まれていて、仕事もできて、人望もあるすごい人だ。きっと欲しい物はなんでも手に入るはず。
 それなのに、どうして私なんかにこだわるの?
 気持ち悪さよりも、むしろそこが気になってしまう。
「あのー……とりあえず、飲食物は捨ててください」
「えっ! なんで!?」
「当たり前じゃないですか。衛生的によくないですよ」
「そんな……」
「本人がいるんだから、そんなのいらないじゃないですか」
「…………いる」
「いらないですよね?」
 久遠の声のボリュームを遥かに上回る大きな声で、威圧するように確認した。
 今はまだ大丈夫そうでも、いつかカビが生えるに違いない。早く捨てなくては……。
 ゴミ袋を持ってきて飲食物系を捨てていくと、久遠が悲しそうな悲鳴を上げる。
「あの、やりづらいのでお風呂に入って来て貰えます?」
「大事な物、捨てない?」
「飲食物系以外は捨てないので、安心してください」
「本当に?」
「本当ですから、ほら、早く行ってください」
 久遠は何度も振り返りながら、渋々バスルームに行った。
「よし、早く終わらせよう」
 そこまで量は多くなかったから、すぐ終わった。広い部屋をグルリと見回し、捨て忘れがないかチェックする。
 しっかし、すごい量の写真……。
 映りが悪いものもあって、剥がしたい衝動に駆られたけど、約束を破るわけにいかないのでそのままにしておく。
 部屋中私のことだらけにするなんて、すごい情熱……。
 どうして私のことを、そんなに好きになってくれたんだろう。
 ゴミをまとめて、寝室へ移動した。
 場所は知らなかったけど、3LDKで、そのうち二つは私と久遠の部屋だから、残る一室が寝室なのだろう。
「わっ! おっきい……」
 広い部屋の真ん中に、大きなベッドがドンと置いてある。
 これ、キングサイズベッドっていうのかな?
 座ってみると、とんでもなく座り心地がいい。
「うわ……すごいっ!」
 座っただけでこんなすごいんじゃ、寝そべったらどうなっちゃうの!?
 恐る恐る寝そべってみると、想像を遥かに超える寝心地だった。
「うわわわ……すご……っ」
 気持ちいいー……っ!
 ……って、感動してる場合じゃない。
 これからここに、お風呂上がりの久遠が来る。そして今日は結婚して、初めて一緒に暮らした日!
 つまり、新婚初夜!
 間接照明がいい感じの雰囲気を出していて、なんだかソワソワしてしまう。普段はなんとも思わないティッシュボックスが、とても卑猥に見えてくる。
 わ、私、今日……しちゃうのかな!?
 恋愛経験がない私は、当然そんな経験はない。男の人と手を繋いだことすらない。
 それなのに、いきなり初夜だなんて……! ドキドキしてきちゃった。私の心臓、耐えられるかな!?
 いや、でも、まだエッチするとは限らないよね。そうだよね。
 寝そべってグルグル考えているうちに、眠くなってくる。さっき仮眠を取ったとはいえ、一日の睡眠時間には足りていないわけだから当然だ。
 いや、久遠が来る前に寝るのはないでしょう! ちゃんと起きてないと……ああ、でも眠い。眠すぎる。瞼が重くて、目を開けてられない。
 少しだけ休もうと瞼を閉じたが最後、私は夢の世界へ旅立ってしまった。
 どれくらい経ったんだろう。パシャッという音が聞こえた気がして、ハッと目を覚ました。
 あれ……?
 目を開けると、久遠が私を見下ろしていた。スマホを構えている。
 なんでスマホ?
「起こしちゃったね。ごめん」
 寝起きの目でぼんやり久遠を見ていると、またパシャッという音が聞こえた。
 今のってもしかして……いや、もしかしなくてもシャッター音じゃない!?
「…………あっ! やだ、寝顔撮りました!?」
「うん、可愛いから」
「そんなの可愛いわけないじゃないですかっ! 消してくださいよっ」
「やだ。貴重なワンシーンだからね」
「ちっとも貴重じゃありませんよ」
 手を伸ばすと、久遠さんは自分の枕の下にスマホをサッと隠す。
「ふふ、大きくプリントして、部屋の一番目立つところに貼ろう」
「なんですか! その拷問は! やめてくださいっ!」
 必死に抗議しても、久遠はニコッと微笑むだけだ。
 ニコッ! じゃないの! ニコッじゃ!
「あのー……すごく不思議なんですが、どうして私みたいな田舎者なんかを……その……す、好きになってくれたんですか?」
「いやいや! 『なんか』じゃないよ。五十鈴ちゃんは、誰よりも素晴らしい女性だよ。それに五十鈴ちゃんの生まれたところ、色々調べてみたんだけど、すっごくいいところだと思うよ。挨拶に行くのが楽しみだよね」
 すごい勢いで言われた。
「あ、ありがとうございます。でも、私、自分の素晴らしいところが、よくわからないんですが……」
「自分のことって、よくわからないって言うよね。じゃあ、俺が教えてあげるよ」
「お願いします……」
 自分のいいところを教えて貰うだなんて、なんだかとても気恥ずかしい。
「五十鈴ちゃんは、すごく可愛くて、美人で、仕事に一生懸命ですごいなと思ってるよ。企画が通らなくて落ち込んでも、また次の企画を出すために頑張る姿勢とかすごく尊敬するし、真剣な顔を見てるとドキッとする」
「えっ……えっ……」
 想像を遥かに超える褒め具合だったものだから、何て言っていいかわからない。顔が熱い。多分今、赤くなってると思う。
「そうだ。俺が五十鈴ちゃんを好きになった理由をまだ話してなかったよね」
「あっ……それ、知りたかったです」
「俺ってさ、天賀谷製菓の跡取りでしょ? だからどんなに成果を出しても、陰で七光りだって言われててさ。それでポピグミチョがヒットした時も散々言われて、かなり頑張って考えた案だったから、結構落ち込んで。あー……俺って、一生自分の頑張りを認めて貰えないんだーと思ってたんだ」
 有名な家に生まれた人って、それはそれで大変なんだな……。
 久遠の苦悩が伝わってきて、胸が苦しくなる。
「でも、ある日、五十鈴ちゃんが俺のお菓子をすごく褒めてるのを偶然見かけたことがあって」
「え? エレベーターで会った時じゃなくてですか?」
「うん、あれより前だよ。社食に行ったら、ポピグミチョを美味しそうに食べてる子がいて、それが五十鈴ちゃんだった」
「ええっ」
「坂西さんも一緒だったよ。『ポピグミチョ、大好きっ! ずっと食べてるんだ』って言ってくれてた」
 いつのことだろう。ポピグミチョは本当にお気にいりで、いつでも持ち歩いて食べているから見当が付かない。
「すごく嬉しかったんだ。ああ、本当に俺の企画したお菓子を好きだって言ってくれる子が、いるんだって。好評だって話は聞いてたんだけど、実際に見聞きするのは初めてだったから」
「そうだったんですね」
 久遠を元気づけられたなら、声に出しておいてよかった。
「うん、エレベーターの中で紹介して貰った時、初耳みたいな顔して話をしたけど、実は知ってた。本人から直接伝えて貰えるのは、偶然見かけた時とは別の嬉しさがあったよ」
「大好きなお菓子を実際に企画した方にお会いできて、すごく興奮して語っちゃったので恥ずかしいです……」
「俺はものすごく嬉しかったよ。最初にポピグミチョを好きだって言ってたのを聞いた時から意識してたけど、それでさらに気になってストーキングするようになったんだよね」
「もう、ストーキングしてたこと隠さないんですね」
「いや、だって、事実だからね」
 清々しい顔で言われた。
「それから俺って、昔から顔立ちのせいか、態度のせいか、女性慣れしてるように思われる……って言うか、オブラートに包まずに言うと女好きに見られるんだ。本当はそんなことないから、そう思われるのがすごく嫌で」
 あ、そういえば、久遠は女好きだって噂をあちこちで聞いたことがある。でも、違うんだ。
「七光りとか、女好きとか、色々言われて大変ですね……」
「大人なのに気にしちゃって情けないんだけどね。でも、五十鈴ちゃんが俺のこと庇ってくれてるのを偶然聞くことができて」
「そんなことありました?」
「うん、他部署交流会で、営業部の女の子が、俺のことを毎日女をとっかえひっかえしてるって噂だって言ってたんだ。でも、五十鈴ちゃんは『噂は苦手です。そんなの本人に聞いてみないとわからないじゃないですか』って言ってくれたんだ。他部署とはいえ、相手は先輩にあたる立場の人だったから、後々困ることもあるかもしれないのに、そうやって親しくもない俺のことを庇ってくれて嬉しかった。その時のことを動画に残せなかったのが、すごく今でも心残りだよ」
 そういうキッカケで私を好きになってくれたんだ。
「いや、お酒が入ってたのもあって、思っていたことを口にしちゃっただけです。私、田舎出身って言ったじゃないですか? 田舎って酷いんですよ。何かちょっとでも目新しいことをすると、噂になるんですよ」
「目新しいこと?」
「例えばですけど……少し派手な服を着ているだけで、悪い男と付き合ってるんじゃないかって噂が立ちます」
「え、それは酷い」
「そうなんです。でも、それが酷いっていう感覚がなくて、普通なんですよね。だから、嫌なんです。実際に小さい頃から何度も嫌な目にあっているので、噂が大っ嫌いなんです。実際に見てもいないのに、根も葉もない誰かの想像を事実のように話すなんて、愚かの極みですよっ!」
 思わず熱弁してしまうと、久遠がこちらをジッと見ていた。
「はっ! な、なんか、すみません。熱く語っちゃって……」
 すると久遠が、私の頭を撫でてくる。
「えっ! なんですか?」
「大変な思いをしてきたんだなと思って。頑張ってきて偉いよ」
「いえ、そんな……」
 偉い……だなんて、そんなことを言って貰えたのは初めてだ。
「自分が嫌な思いをしたから、俺にはそんな思いをさせないようにって庇ってくれたんだね。ありがとう。すごく嬉しい」
「……っ」
 照れくさくて、なんだか胸の中をフワフワの羽根でくすぐられているような感じがする。
 でも、それが心地いい――……。でも……。
「あの、どうして、ずっとストーキングをしてたんですか? 好きなら、告白とかしてくれたらよかったじゃないですか」
「いや、俺の立場で告白なんてしたら、五十鈴ちゃんに気持ちがなくても断りにくいんじゃないかなと思って。それにそこを気にせずに振られたら、それはそれで立ち直れなそうだったからさ」
 こんなに好意を寄せてくれているだなんて思わなかった。なんだかまだ実感が湧かない。
「でも、こうして五十鈴ちゃんと結婚できるなんてラッキーだよ……なんて、五十鈴ちゃんは大変な思いをしているのに、こんなこと言ったらよくないね」
「あ、いえ、そんな。気にしないでください……あの……」
「ん?」
「なんか普通の夫婦と違って変な感じで結婚しちゃいましたけど、これからどうかよろしくお願いします」
 お辞儀して頭を上げると、チュッと唇を重ねられた。
「!」
「あ、ごめん。可愛くて、つい……」
 は、初めてキス……しちゃった。
「い、いえ」
 久遠の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
 女好きじゃないとはいえ、素晴らしい人なのだから普通の人よりは恋愛経験が豊富なんじゃないかな? と思っていたけれど、実はそうでもない? むしろピュア?
「……もっとしていい?」
 真っ赤な顔で尋ねられた。
 なんだか、可愛いかも……。
 私が頷くのを見届けた久遠は、私を抱き寄せるとまた唇にキスしてきた。
「ん……っ」
 角度を変えながら唇を重ねられる。
 あ……柔らかい。なんだろう。すごく、気持ちいい。
 自分の指で唇に触れてもなんとも感じないのに、久遠の唇が触れるとこんなにも気持ちいいのが不思議だ。
 心の中でキスの感想を述べていると、唇を割って舌が入ってきた。
「んんっ!」
 長い舌が別の生き物みたいに動いて、私の咥内を隅々までなぞってくる。
 もっとしてもいいって……キスじゃなくて、ディープキスも含まれてたの!?
「……っ……ン…………ふ…………んん…………っ」
 口の中をなぞられると、さっきとは別の気持ちよさが襲ってきた。
 頭が、おかしくなっちゃいそう……。
 驚いて奥に引っ込んでいた舌は、なぞられているうちにとろけて、自然と前に出てくる。久遠の舌とぶつかった瞬間、ヌルリと絡められた。
「んんっ……」
 口の中を弄られるのも気持ちよかったけど、舌を絡められるのもすごくいい。
 頭がぼんやりしてきた……。
 前言撤回! ピュアな人にこんなテクニックがあるわけない!
 お腹の奥がズクズクと疼いて、ショーツの中がぐっしょり濡れていく。
 普通、キスだけでこんな風になる!?
「んぅ……んん……」
 自分の身体の変化に驚きながら、私は久遠のキスを夢中になって受け止めた。
 キスがこんなに気持ちいいだなんて驚きだ。じゃあ、これ以上のことをしたら、どうなっちゃうの!?
 そんなことを考えていたら、久遠の舌が出ていった。
 あ、終わっちゃう……。
 目を開けると、久遠が幸せそうに微笑んでいた。
「五十鈴ちゃんの唇、すごく柔らかい」
 そんな台詞を言えちゃうあたり、やっぱりピュアじゃない。
 とっかえひっかえはしてないけど、経験豊富……なのかな?
「す、すみません。私、初めてで……なんか、どうしていいかわからなくて……」
「えっ! 初めて?」
 ものすごく驚いている様子だ。
 この歳で経験がないのをおかしいと思われてるのかな……。
「地元では大弦と将来結婚するって決められてたので、恋愛なんてできなかったんです。そもそも大弦のご機嫌を取るために、私に嫌がらせしてくるような人たちばかりだったので、好きな人ができるどころか、むしろ大嫌いでしたし……」
「嫌がらせされてたの!?」
 さっきまでの微笑みから一変し、久遠の表情が険しくなる。
「そうなんですよ。本当に幼稚なんです」
「大弦と取り巻きを八つ裂きにしてやりたいよ……」
 本気にしか聞こえない声音と表情だった。
 両親は、波風を立てないように我慢しなさいとしか言わなかった。だから、こうして怒ってくれる人は初めてだ。
「怒ってくれてありがとうございます」
「当然だ」
 なんだろう……。
 すごく胸の中があたたかくて、満たされていくのを感じる。
「でも、地元に相手がいなくても、東京に出てきてからはいくらでも相手がいたんじゃないの? 五十鈴ちゃんほどの人なら、誰だって五十鈴ちゃんのことを好きになるだろうし」
「いやいやいや、それはないです」
「謙虚なんだね」
 謙遜したわけじゃない! 久遠の目に、私はどれだけ素晴らしい人に映っているの!?
「こっちに来たら、恋愛をしてみたいとは思ってました。でも、全然好きな人ができなくて……長年大弦やその取り巻きたちに嫌がらせをされていたせいか、男の人を好きになるどころか、身構えちゃってできませんでした」
「やっぱり八つ裂きにしたいけど、結果的に五十鈴ちゃんを悪い虫から遠ざけていた……と思えば、感謝すべき?」
「悪い虫って……」
「ああ……でも、やっぱり腹が立つな」
 久遠が何か葛藤してる……。
「俺に対しても身構えちゃうかな?」
「あっ! いえ、久遠にだけは、前からそんな感じにはならないんです」
「えっ! 本当に?」
「はい、柔らかい話し方と表情だからですかね」
「いや、運命の赤い糸で結ばれてるからじゃないかな?」
 久遠は小指を出し、チュッとキスした。綺麗な顔だから絵になっていて、つい見惚れてしまいそうになる。
「ふふ、また、そんなことを言って」
 私が笑うと、久遠は長い指で私の小指をなぞった。
「冗談じゃないんだけどな」
 真っ直ぐに目を見つめて言われると、心臓がドキドキ速くなる。
「初めてのキスの感想、聞いてもいい?」
「えっ……」
「うん?」
「そ、そんなこと言うんですか?」
「あ……下手だった?」
 久遠がしょんぼりするのを見て、ギクッとする。
 どうしよう! 誤解させちゃった!
「下手なんかじゃないです!」
「じゃあ、どうだった?」
「えっと、お、思ってたよりも柔らかくて……き、気持ちよかった……です。触れてるだけの時もよかったけど、深いのは……もっと」
 は、恥ずかしい……!
「そっか、よかった」
 私の顔もそうだと思うけど、久遠の顔はかなり赤い。
 ピュアなんだか、慣れてるんだか……。
「ねえ、もっとしていいかな?」
「えっ! あっ……は、はい、大丈夫……です」
 聞かれると恥ずかしいから、黙ってして欲しい……。
 また久遠の顔が近付いてきて、私はギュッと目を瞑った。再び久遠の唇が触れると、甘い快感がやってくる。
 ああ、やっぱり、すごく気持ちいい……。
 キスの快感に夢中になっている私の胸に、久遠の手が触れた。
「んんっ!」
 や、やっぱり、キスだけじゃ終わらないよね!?
 久遠の手が、ゆっくりと動き始める。
 きゃ~~……!
 久遠にも伝わってないかな!? ってぐらい、心臓が速く、大きく脈打つ。ドキドキどころか、バクバクいってる。
「……っ……ン……ふ……んん……っ」
 胸に指が食い込むたびに、声が出てしまう。
 恥ずかしいのに、止められない。
 なんかくすぐったくて、でも、気持ちいい……。
 寝る前でブラを付けていないから、触れられていると久遠の熱がじんわりと伝わってくる。
 揉まれているうちに、胸の先端が尖っていくのがわかった。
 あ……ち、乳首が……。
 久遠もそのことに気が付いたみたいで、そこを指でカリカリ刺激してくる。
「んん……っ!」
 ああっ! そこ、弄られると、くすぐったいっていうか、むず痒いっていうか……なんか変になりそう!
 ただ胸を揉まれている時とは別の快感がやってきて、秘部がますます潤むのを感じた。
「五十鈴ちゃんの胸、すごく柔らかいね。それに、着やせするのかな? 見た目よりも大きく感じる」
「そ、そう……ですか?」
「うん……あぁぁ……」
 久遠は私の胸を揉みながら、うめき声をあげた。
「えっ! ど、どうしたんですか?」
「いや、五十鈴ちゃんの胸に触ることができるなんて、夢みたいで……」
「へ、変なこと言わないでくださいよ」
「いや、だって本当に感動して……しかも、想像を遥かに超える触り心地だし」
「そ、想像って……なんでそんなの、考えて……」
「え? もちろん、オナニーする時のおかず……」
「いや、やっぱり言わなくていいです」
 久遠の言葉を途中で遮った。
 久遠の一人でする時のおかずが、まさか私だったとは……。
「おかずは、いつも五十鈴ちゃんだよ」
「言わなくていいって言ってるじゃないですかっ!」
「そこはハッキリさせておかないとね」
 力強く言われた。
「ハッキリさせたい理由がわからないんですが……」
 胸の先端を指先で弄られ、私はビクッと身体を揺らす。
「ぁ……っ」
「五十鈴ちゃんにしか興味がないって、わかっていて貰いたかったんだ。もちろん、今までも、これからも」
 指先でクリクリ転がされていると、胸の先端がさらに硬くなっていく。
「ん……っ……んんっ」
 さっきよりも、敏感になってる気がする。
「乳首が起(た)ってるね。感じてくれてるのかな? 嬉しいな」
「そ、そういうこと、言わないでくださ……っ……ン……」
「恥ずかしい?」
「当たり前じゃないですか……」
 私の答えを聞いて、久遠が嬉しそうに笑う。
「可愛いなぁ」
「……っ……か、からかわないでください」
「からかってないよ。本当に可愛いんだ」
 両方の胸の先端をキュッと抓まれ、大きな声が出てしまう。
「あぁんっ!」
 自分のものとは思えないとても恥ずかしい声で、思わず口を手でふさぐ。
「ああ、可愛い声だなぁ……録音したいよ。五十鈴ちゃんは、乳首を弄られるのは好き?」
「……っ……わ、わかんない……です……ぁっ……んんっ」
「そっか、初めてだから、まだわかんないよね」
 久遠は耳に唇を寄せ、胸の先端を弄りながら、囁くように言ってくる。耳に息がかかると、濡れた膣口がキュゥッと収縮するのを感じた。
「んっ」
「あれ、もしかして、耳……弱い?」
 耳朶を軽く噛まれたら、背筋からお腹の奥にかけてゾクゾクッと痺れ、また膣口が収縮する。
「ぁ……っ……み、耳、噛まないでくださ……っ」
「ふふ、弱いんだね。五十鈴ちゃんの性感帯を見つけられて嬉しいな。もっと見つけて、気持ちよくしてあげるからね」
 胸の先端や耳を可愛がられ続けているうちに、頭がぼんやりしてきた。でも、それと相反するように身体の感覚はハッキリとしてすごく敏感になっている。
 わずかな刺激を与えられただけで、大げさなぐらい身体が反応してしまう。
「五十鈴ちゃんの裸、見たいな。脱がせてもいい?」
 まだ返事をしていないのに、久遠の指は私のパジャマのボタンを掴んでいた。
「あ……じゃあ、真っ暗に……」
「ダメ、電気を消したら、見えなくなっちゃうよ」
「えぇぇ……」
 普通に見られるのならまだしも、こんな風に言われたらなんだか余計に恥ずかしくなる。
「嫌?」
「嫌と言うか、恥ずかしくて……」
「あ、そっか、大丈夫だよ。俺も脱ぐから」
「え?」
「五十鈴ちゃんだけ脱がせるなんて不公平なことはしないよ。俺も全裸になるから安心して」
 久遠はニコッと笑って、自分のパジャマのボタンを外していく。
 いやいやいや! 安心の意味がわからない!
「え、ちょっ……あのっ」
 私が戸惑って何も言えずにいるうちに、久遠は上半身裸になった。想像していたよりも、ずっと筋肉質だ。
 すごいっ! 鍛えてるのかな!?
 引き締まった上半身に見惚れていると、久遠はボトムスと下着を同時に掴み、ずり下ろす。
 大きくなった久遠のアレが、ブルンと飛び出した。
「きゃあああっ!」
 初めて見た男性の大事な部分に衝撃を受け、私は思わず声を上げてしまう。
「あれ、そんなに喜んで貰えるなんて思わなかったな」
「よ……っ……喜んでませんっ! これは悲鳴ですっ! いきなり脱がないでくださいよっ! しかも、脱ぐの早すぎです!」
「だって、五十鈴ちゃんが見たいって言うから……」
「捏造しないでください! 言ってませんよ!」
 男の人って、あんな風になってるんだ!? なんか想像よりもずっと大きくて、不思議な形をしてる……!
 すぐに目を逸らしたから一瞬しか見ていないけれど、強烈すぎて目に焼き付いていた。
 すると久遠の指が、再び私のパジャマのボタンを掴んだ。