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エリートパイロットは身代わり妻を離さない 2

第二話

 穂香が滞在しているホテルはヤケクソ旅らしく四つ星ホテルと奮発してはいるものの、シングルの部屋だからそれほど広くない。
 小さなリビングセットと、ベッドがダブルサイズくらいあるのは救いだ。身長の高い彼でも余裕で横になれるだろう。
 彼が取っていたホテルの部屋のほうが広いのに穂香の部屋にしたのは、多分明日が彼の帰国日だからだ。
 おそらく穂香が寝ている早朝のうちに出て行くつもりなのだ。
「どうぞ、狭くてごめんなさい」
 鍵を開け、彼を招き入れた。
 ──まだ時間は早いし、まずは座って、ゆっくりお酒を飲み直してもらおうかな。
 お酒はフロントに頼めばいいのか。来る途中で買ってこればよかったもしれない。
 コートを脱いでバッグをベッドサイドのテーブルに置いた途端、背後からのびてきた腕に捕らわれた。
 ぎゅうっと抱きすくめられて、彼の吐息が髪にかかるのを感じる。
「穂香……きみが忘れられない夜にしてもいいのかな?」
 名前を呼ばれたことで、さらに胸がキュンと高鳴った。
 自分から誘ったものの、穂香の恋愛経験値は低い。これから始まることを考えれば、ドキドキしすぎて知らずに体が震えている。
 けれど穂香の経験した相手は例の詐欺師で、体の記憶から抹消したい過去である。パリのシンデレラにしてくれた彼に上書きしてもらえたら、たいそうしあわせな経験になるだろう。
「お、思い出なので……忘れられないものを、是非……」
「ん、震えてるね? 意外に初心なのかな。あんなに大胆な誘いをしたのに?」
 くるんと体の向きを変えられた穂香のメガネが彼の手でスッと外され、ベッドサイドテーブルの上に置かれた。それほど近眼ではない自分の目に、彼の熱っぽい表情がはっきりと映る。
 いつの間にか彼もコートを脱いで藍色のニット姿になっていた。
「穂香は綺麗な目をしてるね。メガネで隠しているのがもったいないくらいだ」
 褒め言葉を口にして目を見つめながら、穂香のカーディガンを脱がしてくれる。
 昼間は爽やかな王子さま然としていたけれど、獣のような色香を放つ今の彼を見れば、改めて男性だと感じる。
 穂香に欲情している、甘くて切ない男の顔。
 ──うれしい。
「そんなこと、男の人に言われたの初めて」
 地味な性格と容姿だから自力で恋人も見つけられない女。そんな自分だから、たとえ体を重ねる前の社交辞令だとしても、褒め言葉にときめきを抑えられない。
「それは、今まで出会った男たちに見る目がないってことだな」
「その、最初に言っときますね。私の経験はものすごく少ないので……っ」
 言い終わらないうちに、重ねられた唇に動きを封じられた。一瞬触れただけの柔らかいそれが離れるとゆっくり口角を上げる。
「分かった。でも今更〝待った〟はナシだよ」
「もちろん……後悔もしないから」
 見惚れるほどに素敵な人。多分、多くの女性に好かれている人。その彼が、今だけは自分のものだ。
 会社と家を往復するだけの毎日を過ごしていた地味なOLだった。日本では決して経験することのできない、夢のような夜。
 ──フランスに来て、よかった……。
「それなら、遠慮はしない」
 彼の指に顎を掬い取られて、再度唇が重なった。やさしく合わされていたそれにふいに強く上唇を吸われ、驚く間に彼の舌が入り込んでくる。
「っ……」
 歯列をなぞる彼に導かれてそっと隙間を開けると、舌裏をやさしく舐められて気持ちよさに熱い息が漏れる。
「ふっ……ん……ん、ふっ」
 自然なリードで絡められる舌は、蕩けるような甘さを提供してくる。
 ──こんなにキスが気持ちいいなんて……。
 背の高い彼の首に腕を回してうっとりと目をつむると、より深く口中を蹂躙される。舌先で上あごをくすぐられ、腰が砕けるような震えに襲われた。
「んふぅ……ん、んっ……」
 ──どうしよう、立っていられないかも。
 思わず彼の首に体重をかけると、片腕でしっかり背中が支えられた。
 夢中になって溺れる行為は、恥ずかしさも緊張も忘れさせてくれる。
 ピチャ……ネチョッ……。
 唾液を交換し合う水音が甘美な波動を伴って穂香の耳に届く。いつしか穂香も積極的に彼の舌を吸っていた。
 片手で数えられるほどの経験しかないけれど、異国の夜がもたらす刹那的なムードが穂香を大胆にさせてくれる。
 背を支えていた彼の手が腰に下りるとまもなく、スカートが細いウェストからはらりと床に落とされた。
 ついでブラウスの裾から入り込んだ彼の手のひらが無防備な背中をサラサラと撫でる。
 くすぐったくも心地いいそれに身を任せると、胸を締め付けていた下着のホックが小さな音を立てて外れ、布に覆われていたふくらみがふわっと解放された。
「ん……」
 キスをされたまま、気づけば穂香の体はベッドマットに沈んでいた。
 唇から彼のぬくもりが離れ、そっと目を開けると蠱惑的に濡れた彼の瞳が間近にあって頬に熱が集まる。
 ──なんて色っぽいの。
 そう感じる間に視界から消えた彼のそれが、穂香の耳朶を甘噛みした。耳輪を吸われて舌で弄られる。彼の吐息が耳をくすぐって、首筋も腰もゾクゾク震えてしまう。
「あ……耳……だめ」
「弱いの?」
 そう問いかけてくる彼の声も甘美な刺激になる。
「そんな……知ら……ない……」
「そう? 知っておくといいよ。穂香は耳が弱点みたいだ」
 いたずらっぽく言う彼の声は媚薬だ。気持ちよさに抵抗しようとする力を奪ってしまう。穂香は身を任せて翻弄されるしかない。
「や……あっ」
 悠人は耳穴をくすぐりながら、片手でブラウスのボタンがプチプチと外し始めている。
 穂香は愛撫に堪えるのが精いっぱいで、今の自分がどんな格好をしているのか知る由もなく……。
 彼の舌がデコルテに下りていったときには、胸を覆うものはなにもなくなっていた。電気を消してと頼む余裕もない。
 素肌をさらけ出す時はいつも暗くしていたのに、今は恥ずかしくない。
 体を起こして穂香の肌を見つめる彼の視線も、抱かれたいという破廉恥な自分の欲望も、パリの夜がベールに包んでくれる。異国の地の魔法は強力だ。
 それでも自分を見つめる彼の目がふと細められて、その色香の凄まじさに頬が赤く染まっていた。
 たまらずに頬を隠して目を逸らした。
「そんなに見ないで……」
「どうして? 綺麗だよ」
 暖色系の間接照明に照らされる穂香の肌は白く艶めかしく、悠人の情欲を昂らせている。
 綺麗な稜線を描くふたつのふくらみの頂点にある蕾は、つつましくも淡いピンク色で彩られていた。穂香には自覚がないが、布を纏わぬ肌は多くの男性が好む色を成している。
「細いのに、わりと胸が大きいね」
「え……私は、脱いだらスゴイ系なので?」
 照れから茶化すと、悠人はクスッと笑う。
「やっぱりきみは面白い人だ」
 その笑顔は色気にまみれていて、同じことを言っていた昼間の爽やかさは欠片もない。どんなに紳士的な男性でも夜は野獣化するのだ。
 そっと伸びてきた彼の手が胸のふくらみに触れてすーっと稜線をたどる。指先が蕾を掠めていき、穂香の体がピクッと跳ねた。
 柔らかい肌は悠人の手の中で自在に姿を変えている。
 キスだけで蕩けさせられた穂香は、彼に思うがままにされる悦びと期待が自然に高まっていった。
 胸の谷間を舌が這い、両胸の色づいた先端の輪を指の腹でそっと擦られる。蕾を避けて撫でる指先が少しじれったい。
 けれど気遣うようなやさしいタッチから彼の性格が垣間見えて、悠人と夜を過ごすのを決めたのは良い選択だったと改めて思う。
 もっと、と懇願するように見つめれば、穂香の様子を見ていた彼の指がするっと先端を擦った。
「あっ……きもちいぃ……」
 知らずに声をだしていたようで、悠人の口角が満足そうにすぅっと上がる。
 すりすりと愛撫を続ける彼の指から舌に変わり、右胸の蕾がぺろりと舐められて甘い息が漏れた。
「はぁ……はあぁっ」
 柔らかい山の上に芽吹いた蕾は、チロチロと動く赤い舌先で自在に転がされている。自分の肌が王子さま然とした彼の欲望に応えているところを想像すると、さらに興奮して体の芯が熱を持ってしまう。
 ジュワ……と染み出た蜜で下着が濡れるのを感じていた。
 彼は蕾を食べるかの如く口に含み、ちゅっと吸う。左胸の蕾はきゅっと摘ままれて、疼痛を伴う快感にシーツを掴んで堪える。
 けれど容赦なく愛撫は続く。舌でやさしく転がされつつも、甘噛みされて強い刺激を送られれば、穂香の背がさらなる快感を求めて自然にしなっていた。
「ああぁ、はあぁっ」
 ──私が、こんなに感じるなんて……。
 胸だけで息が荒くなるならば、秘部に触れられたらどうなってしまうのか。彼ならば、穂香の知らない高みへと導いてくれるかもしれない。
「敏感なんだね。ここはどうかな?」
 手がショーツのクロッチに伸び、布越しに割れ目をつるりと撫でる。隠された花芽をツンと突かれて、電流が流れたような刺激に再度腰が浮いた。
「あぁんっ」
 期待にたがわぬ気持ちよさに穂香の目に涙が滲む。
 穂香の身に纏っていた最後の布は、悠人の手によって足先からするりと床に落とされていた。一糸まとわぬ脚の間に悠人が顔を埋めるのを見て、思わず手が伸びる。
 ──そういえば、お風呂に入ってない! 今更だけど!
「まっ……あぁっ」
 伸ばした手は彼に捕らえられ、拒否の言葉は花芽を舐められた快感でかき消された。
「あっ、やっ……それ……あぁっ」
 左右に動く舌に花芽を嬲られ、胸とは比べ物にならない快感に身もだえしてしまう。
 経験したことのない感覚が襲ってきて、彼の舌に花芽を弾かれるたびに穂香の体がピクピクと反応する。
「あぁ、あっ、だめぇ……変になる……やあっ、それ以上したら……やあぁぁ」
 期待はしていたけれど、いざそうなると未経験の領域に踏み込むのが少し怖い。容赦なく花芽を嬲られて、苦しさから穂香の目に再び涙が滲んだ。
「待ったはナシの約束だ。苦しいなら、ほら、一度イクといい」
 舌で弾いていた花芽をジュッと吸われ、じわじわ溜っていた熱が一気に高まった。穂香の体が恍惚に震え、高まる一方だった熱は足先から抜けていくようだった。
 ──イクって、こんなふうなんだ……。
 虚ろな目に映る悠人の顔が近づいてきて、唇をちゅっと吸われる。
「まだ先があるよ。多分、これ以上かな?」
「これよりも、上……?」
 涙が出るほどの快感を味わっていたのに、それ以上のもの、とは……怖いような、知りたいような。
 ──でも、今夜は特別な夜だから。
 パリの魔力にかかったシンデレラは、なにをしてもきっといい思い出を作ることができる。そう望んで、悠人に一夜の恋人になってもらったのだ。
 初めて達した余韻が残る割れ目を、悠人の指がゆっくりと上下に這う。さんざん快感を教え込まれた花芽に当たって、体がぴくんと反応した。
「……あっ」
「もう十分に濡れて、俺を受け入れる準備ができてるね。でも、その前に……」
 愛液が溢れてぬるぬると滑るそこに悠人の指がそっとあてがわれ、ゆっくりと中に沈められていった。
 指が入ってくる異物感はあるものの、過去の少ない経験にあったような痛みは皆無だ。
 ──それどころか気持ちいい、なんて……。
 彼は穂香の感じる部分を探すかのように中で指を動かしている。奥まで到達させるとフッと魅惑的に微笑んで、ぐりっと指の腹で擦った。
「あっはあぁん……」
 突如もたらされた熱を伴う快感に穂香の背がくんっとしなり、形の良い胸がぷるんと揺れる。
「ここかな……?」
 問いかけながら悠人の指は止まることなく、そこをぐりぐりと攻め続けている。
 なにが〝ここ〟なのか。穂香にはよくわからないけれど、生み出される熱に翻弄されながらうわごとのように答えた。
「あっ……イイ、そこ……すごく……あぁぁっ」
 悠人の指が激しく動き、溢れる蜜がグチュグチュと音を立てる。その淫靡な響きは穂香の興奮を煽って、ますます感度を高めていった。
「俺の指でもイってくれ」
 それでも経験の浅い穂香にはうまく頂点まで上り詰めることができない。高まっていくばかりの熱を持て余し、シーツや枕を掴んで喘ぎ声を上げるしかなかった。
「あっ、だめ……あぁ、ああっ、で、できないっ」
「ん、仕方ないな。それならこれでどうかな?」
 色っぽい声でささやき、蜜が溢れ出る奥を攻めながら、濡れそぼった花芽を指できゅっと摘まんだ。
「ああぁぁぁぁっ……」
 刹那、体の中に稲妻が走ったような衝撃を受けた穂香はあっけなく頂点に達していた。背を反らして恍惚に濡れた目で天井を見つめる。子宮のあたりがドクンドクンと波打っていた。
 ──これが……中でイクってことなの……。
 処女喪失から数えて三回目。痛いばかりだった過去のセックスはなんだったのか。詐欺師はほんとうに最低の男だったようだ。
「悠人さん……ありがとう」
 つい感謝の言葉を口にする。
 悠人は穂香の涙で濡れる目にキスを落とし、ニッと微笑んだ。
「お礼はまだ先。次はもっと感じてもらうよ」
 彼は乱暴気味に服を脱ぎ捨てている。ただ一つ残された衣類、黒色のボクサーパンツの前は大きく膨らんでいて、程よく締まっている腹筋と相まって眩しいほどの色香を放っていた。
 そのパンツを脱いだ彼の股間には、しっかり反り立つ立派なモノがある。おへそが隠れるほどに長くて太いそれが、今から穂香の中に入るのだ。
 ──ど、どうしよ……。
 こんなの照れずに直視できない。
「悠人さんも、脱いだらスゴイ系ね?」
 穂香の上に覆いかぶさってくる彼の上半身は程よい筋肉がついていて、セクシーな魅力がある。
 仏語堪能でイケメンな上にスタイル抜群で、やさしくてセックスが上手。完璧の上をいくような人だ。
「いや、きみには負けるよ」
 ふわっと笑う彼は綺麗で、ほんとうにこの世に存在してるのか怪しささえ感じる。地味で情けない穂香を助け、夜まで付き合ってくれたのだ。普通ならば断るだろうに。
 ──ひょっとして、私を不憫に思ったフランスの神が遣わした……。
「天使なの?」
 心の声がだだ漏れていて、ハッと口を押さえるも遅く。キョトンとしてる彼の表情を見て顔が熱くなった。
「あはは、今からきみの乱れるところを堪能しようとしてるんだ。こんなエッチな天使はいないだろう」
 最大の色っぽい場面なのに、笑われてしまった。
 しかし笑顔は爽やかだけれど、彼の行動は官能にまみれている。穂香の脚を大きく開いて割れ目に剛直をあてがい、溢れる蜜を纏わせるように上下に動かしていた。
「天使じゃない。きみにとって俺は、淫魔かな」
 剛直の先で花芽をくりんくりんと嬲られれば、収まりかけていた熱が一気に戻った。
「っ……ぁんん……それ、ぃやぁ……」
 足先は震え、さきほど指で達せられたところがジンジンして、彼が入ってくるのを今か今かと待ちこがれている。
 ──私の体がエッチになってる。
 割れ目を撫でるのをやめた彼の肉棒が蜜の溢れる穴でピタリと止まり、ズッ……ズッ……とゆっくり中に入ってきた。
 狭い道を押し広げる彼の太いそれは、穂香の感じるところを余すところなく擦って進んでいき、とんでもない充足感と圧迫感と快感が同時に穂香を襲う。
 指とは比べ物にならない。熱量の高さは想像以上で、穂香の理性が吹き飛んでしまっていた。
「あっ……はあぁ……」
 奥まで到達したのを感じて穂香の中がきゅうっと締まる。それでも貪欲に快感を求めて自分から腰を動かし、さらに深くまで導いていた。
「う……ゴメン、ちょっと、余裕がないかも」
 どちらかと言えばしれっとした表情で愛撫していた彼が、今は眉間にしわを寄せて辛そうにしている。
 早期終了宣言?
 それは少しばかり……いや、かなり残念である。ようやく彼と繋がることができたところなのに、穂香が動いたせいかもしれない。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫。淫魔らしく、すぐに終わらせるつもりないから」
 蠱惑的な声で言う彼の目は獣のそれで、辛さから立ち直っているように見える。穂香はごくりと喉を鳴らした。
 期待と覚悟を胸に抱いたとき、彼の腰がぐんっと動いた。いったん腰を引いてズンッと奥を突いてくる。
「ああんっ」
 突かれた衝撃でぷるんと揺れた胸のふくらみを悠人の手がワシッと掴み、腰を動かしながらやわやわと揉み、指先で蕾を擦った。
「あっ……あっ、そんなこと……あぁぁ」
 胸へのやさしい愛撫と、もっとも感じる部分を強く擦っては引く猛々しい彼の肉棒。繰り返し波のように訪れる強い快感に、穂香の全身がとろとろに溶かされていく。
 花芽への愛撫のときはシーツを掴んでいた手も力なくベッドマットに投げ出され、官能の渦に意識を投じてただただ快感に身を任せる。
「あぁっ、はぁぁ、あっ」
 そうすれば、すぐに限界を超えた熱がはじけて飛んでしまった。
「やあぁあ、イク、イッっちゃうぅ……」
 ぴくぴくとお腹を痙攣させる穂香を見つめ、悠人の動きが止まるけれど、すぐに容赦なく腰を動かし始めた。
「あ、あ、ま、待って。まだ」
 慌てて口にすると、彼は動きを止めて穂香の唇にキスを落とした。
「待ったはナシ。忘れられない夜にすると言っただろう。淫魔が導く限界は、こんなもんじゃないよ?」
 悠人はなんともつややかな微笑みを浮かべて恐ろしいことを言う。
 おののく穂香に「冗談だよ」と笑うものの、花芽をつまんで捏ねながら円を描くように腰を動かし、奥の感じる部分を剛直の先で強く抉った。
 熱くしびれるような恍惚が穂香を襲う。
「あぁぁぁ」
 はぁはぁと息を乱して、涙目で悠人を見つめる。
 三度目の経験でこんなに感じさせられるなんて、思ってもいなかった。穂香の選択は間違っていない。
「疲れた?」
 穂香の汗ばんだ頬にそっと触れて優しい声を出す彼に、横に首を振って見せる。
「今度は俺もイクから。ゴメン、もう少し付き合ってくれ」
 言うや否や、穂香の太ももをぐっとベッドマットに押し付け、腰を激しく動かした。子宮の壁をズンズン突かれ、今までにない高熱が送り込まれてくる。
 打ち付ける激しさで穂香の体が上下に動き、胸がぷるぷる揺れる。思わず股間に両手を伸ばすと、ぱっと手首を掴まれた。
 上下に動いていた体が止まると剛直がさらに深く届いて、快感がいや増す。まるで全身が性感帯になったかのように熱く蕩けている。
 快感で染まった脳裏に浮かぶ上り詰める先に、白い光が弾けて見えた。
「ああっんっ、は、あ、悠人さん……はあああっ、もう、もう、だめぇぇ……」
「俺も……くぅっ……」
 穂香が達した瞬間、うめき声を上げた悠人の肉棒が抜かれ、白い肌の上に白濁した精を放った。
 悠人は恍惚に酔う肌をやさしく拭いたあと、ベッドに寝転んで穂香の体を腕の中に入れた。
「シャワーは明日浴びればいいよ。俺もそうするから。おやすみ」
「うん、おやすみなさい……」
 何度も絶頂に導かれた身体は限界を超えていて、穂香はすぐに意識を手放していた。


 悠人とのめくるめく夜を過ごした二日後、穂香は帰国の途に就いていた。定刻より少し遅く飛び立った飛行機はパリの街からどんどん離れていった。
 ──ほんとに、夢のようなことだったなぁ。
 まさか自分があんなふうに男性を誘うことができるなんて、冷静になってみれば恥ずかしくてたまらない。
 彼は一夜を共にした翌日も、やさしく対応してくれた。
 電車の乗り方、観光地での詐欺注意、凱旋門の上り方、お勧めのレストランまで、それは詳しくメモにまとめて穂香に渡してくれたのだ。
 おかげで何事もなくパリ観光を楽しめた。
 あれほど親身になってくれても、悠人は穂香の連絡先を聞かなかった。だから、こちらからも尋ねることはしていない。
 あの人はパリの王子さまであり、天使でもある淫魔だ。
 キラキラした思い出が手に入っただけで十分である。ネガティブな出来事の全部が上書きされて、ポジティブに前へ進んでいけるのだから。
 ──でも、これからどうしようかな。
 無職だから仕事探しを始めなければいけないが、今は就職難の時代だ。これと言って特技のない穂香に就職先があるのだろうか。
 いっそ実家に戻ろうかと思うが、帰って両親にわけを聞かれたら叱られて、きっと見合いを勧められるに違いない。
 特に父は穂香の結婚に対する関心が強いのだ。今はまだ結婚したくない。
【間もなく当機は……】
 機長のアナウンスが始まった。もうすぐ日本に到着するという。
 しばらくして空港に着き、穂香はのんびりと飛行機から降りた。ほんの少しの間日本を離れていただけなのに、あたりに漂う空気がやけに懐かしい。
 手荷物受取所でスーツケースを受け取り税関検査を済ませた穂香の前に、黒服を着た男性が現れたので驚いて立ち止まった。
「如月穂香さんですね」
「はい、そうですが……」
「お話があります。こちらにきてください」
 丁寧な口調とは裏腹に、腕を取られてギョッとする。空港の警備員だろうか。
 ──また変な疑いをかけられたの? とことんついてない……。
 二十八年の人生の中で、ここ最近だけ悪いことが凝縮されているようだ。
「私、なにもしてませんよ?」
「存じています」
「それなら腕を離してください」
「絶対に逃げられてはいけないと命令を受けておりますので、失礼ながら腕を掴んでおります」
 丁寧な口調ながらも厳しい表情を崩さない。
「どういうこと?」
「私はお連れするのみですので」
「逃げませんので、離してください」
 そう言って、なんとか手を解放してもらった。
 なかばあきらめ気味に従ってついていくとスタッフオンリーのスペースに入っていき、立派なドアの前で立ち止まった。プレートには『JSL』と煌びやかなロゴがある。
 JSLといえば穂香が乗ってきた飛行機のジャパンスカイラインだ。古くからある大きな航空会社で、就航数は業界でトップを誇ると聞いたことがある。
 黒服がドアをノックしてすぐに応答があり、穂香に中に入るように促してくる。
 なんの用なのか不明だが、済ませなければ家に帰れそうもない。穂香はスーツケースをゴロゴロ転がし、部屋の中に入った。
「失礼します」
 立派なソファセットがある応接室のようなところだ。奥には大きなデスクがある。
 そのデスクにいる壮年の男性が穂香を見た途端、驚いたように立ち上がった。
「これは……ほんとうだ。少し工夫すればいい」
「はい?」
 ──工夫って、なにを?
 きょとんとする穂香に、壮年の男性がソファに座るよう勧めた。
「不躾にすみません。間もなくフライトを終えた息子がきますので、少々お待ちください。飲み物は緑茶でいいですか?」
「え、は……はい」
 ──フライトを終えた息子って、もしかしてパイロット? それともパーサー?
 どうして〝息子〟を待っていなければならないのか。首をかしげ、呈されたお茶を眺めた。ほかほかと上がる湯気から日本茶の香りが漂ってくる。
 おかげで少しだけ落ち着いてきた。
「遅くなってすみません。お待たせしました」
 慌てた様子なれども静かに部屋に入ってきた男性を見て、今度は穂香が席を立った。
「息子って……ええっ!? えっ?」
「穂香さん、お久しぶりです」
 黒のダブルのジャケット、袖には三本のラインがある。機長は四本線で三本線は副操縦士だと聞いたことがある。
「は、悠人さん!?」