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禁断 ある御曹司の危険な愛

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書籍紹介

ようやく手に入れた、俺のシンデレラ

「僕からは離れられないよ」濃密なキスに肌がぞくりと粟立つ。
恋人同士だった侑吾と美弥だが、彼が実の兄だと知り――。
関係を断つべきなのに、激しい愛撫に身体は悦び、淫らな蜜を滴らせて。
「君は僕のものだ。誰にも邪魔させない」
最奥を鋭く突き上げられれば、彼への想いは一層強くなる。
昼も夜も抱き潰され、心身共に彼に隷属してゆく。
歪な愛の行き着く先は……。

ジャンル:
現代
キャラ属性:
社長・セレブ
シチュエーション:
近親相姦 | 玉の輿・身分差 | SM・監禁・調教
登場人物紹介

水澤侑吾(みずさわゆうご)

大企業の御曹司。美弥とは恋人同士だったが、父から美弥が血の繋がった妹だと告げられる。その父が亡くなり、なんとしても美弥を取り戻そうとする。以前は誠実で優しい男だった。

松田美弥(まつだみや)

母子家庭で育った。きまじめな性格。侑吾の父と母が不倫した末に生まれたと知り、彼の前から姿をくらましたが、見つかってしまう。侑吾のマンションにつれていかれて……。

立ち読み

 一緒に逃げようと、彼は言った。
 その言葉に愕然とし、美弥は緩々と首を横に振る。
 できるわけがないという台詞は、声にすることも叶わなかった。
 もしも眼前の男と手を取り合って逃亡したとしても、問題は一つも解決しやしない。どちらにしても二人が犯した罪は、永遠に消えないのに。
 仮に全て捨てて、その先に何があると言うのか。
 救いや幸福があるとは、到底思えなかった。二人の辿り着く場所は、今よりもっと苦しみしかないだろう。
 互いに傷つけ合い、摩耗するだけ。いずれは疲れ果てて死んだように生きる未来以外、思い描けなかった。
 何故なら既に二人は大罪を犯している。永遠に拭い去れない烙印が、目には見えなくても押されていることを美弥は知っていた。
 それを隠して平然と『普通の人』を演じられるほど、自分は強かになりきれない。どうしたってこれまで培ってきた常識や倫理観が邪魔をした。
 たとえ、一瞬でも男の言葉に喜びを覚えたとしても──いや、だからこそ彼の手を取ることは絶対に選べない。選んではならなかった。
 唯一の身内であった母を亡くし、天涯孤独の美弥と、彼は立場が違う。
 男は将来を嘱望された人だ。継ぐべき大きな会社もある。それはつまり、彼の肩には大勢の人間の生活や人生がかかっているという意味に他ならなかった。
 全部放り出して消えても、代わりがいる自分とは比べることすらおこがましい。価値が段違いなのだと、美弥は思考が纏まらない頭で結論づけた。
 頷かない女に焦れたのか、彼が『何も心配することはない』と口にする。
 自信に満ち溢れた瞳はこんな時でも揺らぐことなく、『ひょっとしたら彼の言う通りかもしれない』と美弥に幻想を抱かせた。
 冷静に考えれば、そんなはずはないのに。
 たとえ世界の果てまで行っても、現実は一つも変わらない。覆らない事実が、厳然と横たわるのみだ。
 そこから目を逸らして、図太く浅ましく生きられるかどうかの差。
 残念ながら美弥には無理だと、己自身が誰よりも理解していた。
 自分の倫理観をこれ以上は騙せない。更に、彼が美弥を選んで失うだろうものの大きさを考えれば、容易に頷けるはずはなかった。
『誰も僕たちを知らないところへ行こう。そうすれば──』
 少なくとも後ろ指をさされはしない。けれど、おそらく一生後悔はつき纏う。いずれ心に巣くった後ろめたさが、美弥を壊してゆくに決まっていた。
 いや、それよりも怖いのは──
 ──きっと貴方もおかしくなってしまう……
 今、突拍子もない提案をしている時点で、たぶん彼は少なからず均衡を崩しているのだと思った。ぎりぎり崖っぷちで留まっているに過ぎない危うい状態だ。あと少し背中を押されれば──共にケダモノに成り果てる。
 それが何よりも美弥は嫌だった。
 堕ちるのは自分だけで充分。それさえ尻込みしている。
 ならば、選べる選択肢は一つしかない。
 一週間以内に必ず迎えに行くから待っていろと力強く約束してくれた男に微笑んで、美弥は曖昧に首を振った。
 横にも縦にも、どちらとも取れるよう僅かに動かした頭を彼はどう解釈したのか、ほっと息を吐いている。
 握られていた手を抜き取れば、自分の指先がひどく冷えていることに気がついた。
 待っているとは、嘘でも言えない。
 だがもともと饒舌ではない美弥が明確な返事をしなくても、彼はさほど不思議に思わなかったらしい。むしろ、同意してくれたのだと微塵も疑っていない様子に、良心が痛んだ。
 ──ごめんなさい……
 できるだけ早く、数日中に姿を消さなければならない。
 どうせ手放して惜しい荷物は多くないから、荷造りに時間はかからないだろう。問題は職場への連絡だが──それも、大したことではないと美弥は思い直した。
 ブラックな労働条件でも文句一つ言わず勤めてきた美弥は、会社にとって便利な社員かもしれない。しかしいくらでも替えが利く駒でしかなかった。特別な資格もいらない事務作業を担当する、いてもいなくても大差がない、その程度のパートだ。
 上司には多少文句と嫌味は言われると思うけれど、聞き流せば済む話だった。
 ──借家の大家さんには、急に出て行くことを謝らなくちゃ……
 美弥には友人や知人は極端に少なく、挨拶しなければならない相手は数える程度しかいない。それでも、不義理を働くのだと思えば気は重かった。
 しかし決断を覆すつもりは毛頭ない。
 自分は準備が整い次第、ここを去る。そして二度と帰らない。
 仕事も、人との繋がりも、私物も全て切り捨てて置いてゆく。
 そうでもしなければ、目の前にいる男から離れることができないと、美弥は知っていた。
 鈍りそうになる決意を懸命に奮い立たせ、笑顔で彼を見送れた自分を褒めてやりたい。
 掻き集めた理性と根性は、これまで生きてきた二十三年間の全てを絞り尽くした気分だった。
 さようなら。愛しい人。この世の誰よりも愛している。
 だからこそ──彼の手を取ることは永遠にない。
 彼の背中を目に焼きつけて、美弥は己の罪深さに天を仰いだ。







 タイムカードを押してスーパーを出ると、路面には水たまりがいくつもできていた。
 乏しい外灯を映し、空気はどんよりと湿っている。
 雨が止んでいたのは幸いだ。いつもなら折り畳み傘を所持しているけれど、先日愛用のものが壊れてしまったせいで、まだ降り続いているなら今夜は濡れて帰るつもりだった。
 松田美弥は水たまりを避けながら、暗い道を一人歩く。
 田舎の夜は都会と違い、闇が濃く喧騒から程遠い。足どりは自然と急いだものになった。
 大通りまで出れば交通量が増えるので、多少はホッとできる。しかし従業員用の駐車場はスーパーからやや離れている上にひと気がない場所にあるため、警戒するに越したことはなかった。
 ──まだ明るい時間に、車を移動できればよかったんだけど……
 美弥が働くスーパーでは、従業員が通勤に使っている車をある程度の時間になれば、お客様用スペースの片隅に移動してもいいことになっていた。
 過去、何度か痴漢騒ぎがあったせいだ。
 だが今夜は閉店間近まで客足が途切れることがなく、何だかんだと忙しくて、抜け出せる時間がなかった。
 結局、閉店業務を終えるまで美弥は車を移動する余裕もなくて、こうして暗がりの中、小走りで駐車場へ向かっている。
 しかも運が悪いことに、今日は他に車通勤の同僚がいない。
 共に閉店作業に当たっていたアルバイトの男子学生は、自転車でさっさと帰ってしまった。それにあまり親しくもない彼に、駐車場までついてきてくれと言えるほど、美弥は押しが強くない。
 ──最近は痴漢騒ぎを聞かないから、大丈夫だと思うけど……
 それでも、単純に闇が濃いのはあまり気分がいいものではなかった。
 とにかく早く帰ろう。家に戻ったら、まずシャワーを浴びて、ゆっくり休みたい。
 そんなことを考えながら、夕飯用に購入しておいた総菜が入ったエコバッグを美弥が持ち直した時。
「──不用心だな」
 誰もいないと思っていた物陰から男の声が聞こえ、反射的に身が竦んだ。
 自分に向け告げられた言葉かどうかも判然としない。けれど、美弥の足を止めさせるには、充分だった。
 何故ならこの三年間、一度も忘れたことがない声だったから。
 記憶から消してしまいたくてもできなくて、許されないと分かっていても、数えきれないくらい反芻した声。
 低く滑らかで、澄んだ美声。耳を擽られている気分になる、心地いい声音の持ち主を、美弥が間違うはずがなかった。
「……っ、何、で……」
 外灯の光を背負って佇む男が、一歩こちらに踏み出した。
 未だ、その男の顔は見えない。完全に闇に沈んで黒々とした影法師同然だった。だが、シルエットのみ見ても、彼の脚が非常に長く、身長が高いことが窺える。
 素晴らしく均整が取れた体軀は、さながらモデルかスポーツ選手のようだ。貧弱さが全く感じられない辺り、鍛えてもいるのだろう。
 優雅な足の運びは、見惚れるほど美しかった。
 ドッドッと美弥の心音が乱れる。口から心臓が飛び出しそうなほど、激しく打ち鳴らしていた。
 まさかという思いと、何故という疑問。
 三年前、二人の縁は完全に途切れたはず。
 こちらから強引に関係を断ち切ったのだから、間違いない。不誠実にも、美弥は逃げ出すことで全てにピリオドを打ったのだ。
 しかし永久に会うことはないと信じていた相手が、今ここにいる。
 目にしている現実が信じられず、瞬くことも忘れたまま美弥はその場に立ち尽くした。
 肩にかけていた鞄がずるりと落ちても、欠片も気にならない。そんなことは心底どうでもいい。
 ただ逃げなければ、と頭のどこかが指令を下した。けれどピクリとも動かない身体は役立たずだ。喘ぐように息を継ぐ以外、美弥にはできることは何もなかった。
 瞬きすらも、瞼が凍りついて忘れている。男が長い脚で近づいてくるのを、呆然と見守るだけ。
 やがて彼の顔が、認識できる距離になるまで。
「──店のオーナーは、従業員の身の安全にもっと配慮した方がいい。最近はどこも物騒な事件が多いんだから、何かあってからでは遅いだろう」
 このスーパーの店長はとてもいい人で、本来なら暗くなる前に車の移動は許されているのだと反論したい。今夜はたまたま、タイミングが合わなかっただけ。
 そう主張しなければ、あらぬ批判を店長が受けてしまう。美弥はどうにか唇を震わせたものの──声は出てこなかった。
 混乱しているせいで、上手く言葉が纏まらない。
 この場にいるはずがない、いてはいけない人の出現に、すっかり狼狽している。
 会いたかったと漏らす本音を強引に抑えつけ、『何故』『どうして』と疑問だらけの頭はすっかり機能停止していた。
「──久し振りだね、美弥。……会いたかったよ」
 まるで三年間の空白などないかのような自然な微笑みを向けられ、動揺するなという方が無理がある。
 あまりにもかつてと同じ調子で接してくる彼の様子に、ひょっとしたら己の記憶の方が間違っているのかと訝ったけれど、そんなわけはなかった。
 三年前、二十三歳だった美弥は、彼──水澤侑吾を捨て、夜逃げ同然に姿を消したのだから。
「何で……」
 必死で絞り出した言葉はそれだけ。まるで幼子のように同じ単語しか紡げない。本当は聞きたいことが山ほどあるのに、口から出てくるのはたった数音が精一杯だった。
「人間、完璧に失踪するのは、意外と難しいんだよ。顔や名前を変えたり、山に籠って世捨て人にでもなったりしない限りはね。どうしたって人と関わり、痕跡を残すものだ」
 さも何でもないことのように彼は肩を竦めたが、自分の意思で姿を消した人間を見つけ出すのは、そう簡単な話ではないだろう。
 警察や興信所でも、追いきれない場合もあるのだ。個人の権限だけで失踪者を容易に見つけ出せるとは考えられなかった。
 いや、可能なのか。水澤家の力を使えば。
 美弥はゴクリと喉を鳴らした。
 今更、侑吾が自分に会いに来る理由は何だ。二人の仲はもう完全に終わったはず。仮に彼がそう思っていなくても──どうにもならない。やり直すことは絶対に不可能だった。
 自分たちが再び恋人同士になることは、永遠にない。もしも互いに心を残しているとしても──無理なのだ。
 じりっと美弥が後退った分、侑吾が一歩足を踏み出す。彼の方が歩幅が広く、二人の距離はたちまち近づいた。
 今はもう、手を伸ばせば届く近さ。あと一歩にじり寄られれば──抱きしめられそうでもあった。
「……私が急に消えたことを、怒っているんですか……?」
 間近に侑吾が迫ったため、彼の表情が暗がりでもはっきりと見て取れた。記憶と寸分違わない、秀麗な美貌。
 すっきりとした切れ長の瞳に、意志の強そうな眉。日本人にしては高い鼻梁。聡明さを象徴する上品な口元。
 それら全てが、美弥の心を掻き乱した。
 清潔感のある整った顔立ちは、かつてのまま。けれど、少し痩せたと感じる。
 顎のラインが三年前よりも鋭角的になり、双眸は鋭さを増していた。昔も不屈さを示す力強さがあったが、今はそれがより強調されている気がする。
 ひょっとしたら、以前なら綻んでいた侑吾の唇が、きつく引き結ばれているからかもしれなかった。
 柔らかかった雰囲気が消え失せて、ひたすらに冷徹な空気が漂っている。美弥にも感じ取れる寒々しい気配は、ひと気のない暗闇に立つ女を委縮させるのに充分だった。
 どんな理由があったにしろ、自分が彼を捨てたのは事実だ。最後まで惜しみない愛情を傾けてくれた侑吾の手を振り払い、きちんと別れを告げないまま姿をくらませたのは、不誠実な行為に決まっていた。
 そのことを責められるなら、甘んじて受け入れよう。彼にはその権利がある。
 だが──あの時の美弥に、他に何ができたと言うのか。
 無力で八方塞がりだった自分には、『逃げる』以外選べる道など一つもなかった。
 どれだけ愛していても、一緒にはいられない。さりとて別れるつもりはないと侑吾に宣言されては、流されてしまいそうな自分自身が恐ろしかった。
 これ以上、罪を犯したくない。そして、彼にも犯させたくない。
 愛する人を、人道に反するケダモノに堕としたくはなかったから。
「……怒っている、というのは少し違うかな。何故僕を信じてくれないんだと、もどかしくはあったけどね。怒りはどちらかと言えば、自分自身に対してだ。あの時、美弥を安心させて守りきれなかった己への──」
「え……」
 てっきり侑吾は美弥に対して恨み辛みをぶつけにきたのかと思ったが、そうではないらしい。
 では今更、こんなところまで捜して会いに来た理由は何なのか。
 まさか再会を喜んでお終いなわけがない。偶然は、もっとあり得なかった。
 地方都市からやや離れた、田舎町。
 適度に不便で、適度に開けた小さな町は、女一人住み着いても、さほど話題にはならない。都会ほど無関心でないけれど、ひどく干渉してくるわけでもなく、良くも悪くも静かだ。
 贅沢を望まなければ、慎ましくひっそりとした生活を営める程度の仕事はある。そんな町だった。
 水澤家唯一の跡取り息子である侑吾が、ふらりと立ち寄るなど考えられない場所。彼には都会の喧騒か、休暇で訪れるリゾート地がよく似合う。
 こんな、スーパーの駐車場──それも劣化したアスファルトの隙間から雑草が顔を覗かせているようなところは、似つかわしくなかった。
「貴方は何も……悪くありません……」
 そしてたぶん、厳密に言えば美弥も悪くない。
 誰にも咎はなく、しいて挙げるなら、あまりにも残酷な運命に踊らされただけだ。
 自分も、侑吾も。
「そう言ってくれると、嬉しいな。美弥」
 うっとりと微笑む彼はあまりにも優美で、駄目だと分かっていて尚、目を奪われる。
 侑吾の呼び声が甘く響き、夜を震わせた。それとも美弥の身体が戦慄いたから、そう感じたのか。
 湿った空気が甘く艶めく。トロリと肌に纏わりつく感覚すらあり、上手く息が吸えない。
 美弥は視線を惑わせ、更にもう一歩接近してくる侑吾を見つめることしかできなかった。
 完全に、彼の間合いだ。たとえすぐに身を翻し駆け出したところで、捕まってしまうと分かる。
 逃亡する機会を逸したのだと、美弥はようやく気がついた。
「……ぁ……」
「迎えに来たよ、美弥。遅くなってすまない」
 三年の空白を飛び越えて、侑吾が双眸を細めた。笑顔と呼ぶにはどこか歪で、影を纏わせた表情に、美弥は瞠目する。
 彼は、こんな笑い方をする人だっただろうか。いや、自分の知る限り、穏やかで優しい微笑が主だったと思う。
 思い出の中にある侑吾とは似ても似つかない表情が、美弥を混乱させた。
 酷薄そうな唇は、歪められていると表現した方が近い。三日月形になった瞳の奥は、冷ややかな光を湛えていた。
 何よりも侑吾の醸し出す空気が、信じ難いほど凍りついている。
 怜悧な刃物めいた眼差しを突きつけられ、美弥の全身に冷たい汗が浮いた。
 ──この人は、誰……?
 自分の知っている水澤侑吾ではない。彼は、こんなに冷徹な空気を漂わせてはいなかった。
 動物が好きで、誰にでも親切な好青年だったはず。普段は物静かでも、好きなものを目にすると瞳を輝かせる、素朴な一面もあった。
 そんな侑吾だからこそ、美弥も惹かれずにはいられなかったのだ。
 けれど今、眼前にいる男はまるで違った。
 笑みこそ貼りつけてはいるものの、全く温かみが感じられない。全て作り物であるかのような、空々しさだけがあった。
「わ、私……」
「あんまり長く待たせたから、拗ねているのか? 悪かった。本当はもっと早く来たかったが、これが精一杯急いだ結果なんだ。許してほしい」
 蒼白になって顔を横に振る美弥に何を思ったのか、侑吾が小首を傾げる。すると彼の前髪がさらりと額に落ちかかった。
「……っ」
 刹那、男の双眸に揺らいだ昏い光を、見間違いだとは到底思えない。
 じっとこちらを凝視する視線は、決して逸らされることがなく、少しでも美弥が逃亡しようとすれば、あっという間に捕らえられるのは間違いなかった。
 その上で、急所に牙が突き立てられる妄想が、生々しく思い浮かぶ。
 たった三年。もう三年。いくらでも言いようはある。
 だが一つだけ確かなのは美弥がこの間、侑吾を待っていたわけではないということだ。
 忘れたことは一日もなくても──待ってはいけない人だった。
 しかし美弥が待っていたことを疑っていない口調で謝られたものだから、言葉が継げなくなる。
 否、何を言っても届かない──そんな気がした。
「……っ、待って、違う。違うんです……っ」
 彼の手がこちらに伸ばされ、触れられる直前に美弥は辛うじて呪縛から逃れた。飛び退り、ぎりぎり侑吾の手を躱す。
 だが、それがいけなかったらしい。
「美弥?」
 明らかに温度が下がった声音で名前を呼ばれ、背筋が戦慄いた。
 地雷を踏んだ。何かを誤った。それが何かは分からなくても、自分が間違えたことははっきり自覚できる。冷や汗が、背中を伝い落ちた。

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