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それでもずっと、あなただけ 初恋幼馴染みの一途な求愛 3

第三話


「嬉しいわぁ~! 結衣ちゃんが本当の娘になってくれたなんて!」
 玄関を上がってすぐ甲高い歓声で迎えてくれたのは、充樹の母、美沙子だ。
 結衣が面食らっていると、ぎゅうぎゅうと抱き締められて、さらに両手を取られぶんぶんと上下に振られる。
 充樹からプロポーズされて二週間。すでに結衣は充樹と入籍を済ませていた。充樹が言っていた通り、電話で結婚を伝えても反対するどころかこのテンションで祝いの言葉を述べられ、結衣は拍子抜けしてしまった。
 義正の仕事の都合がなかなかつかず、今日ようやく挨拶に来られたのだ。
「母さん、その辺にしといてくれ。結衣の手が取れる」
「取れるわけないじゃないの。まったく充樹ったら、冷めてるわねぇ。京子さ~ん! 結衣ちゃんが好きな『Boite à bijoux』のケーキを出して~!」
 美沙子は結衣の手を取ったまま、スキップでもしそうな様子でリビングへのドアを開けた。そこには普段は忙しくあまり顔を合わせない、充樹の父、義正の姿もあった。
「結衣ちゃん、久しぶり。よく来たね」
 義正はラフなシャツとズボンという格好で、本を読んでいた。
「はい、お邪魔します」
「そんな堅苦しい挨拶はいいから、ほら、座って座って」
 美沙子に話を遮られた義正は苦笑しながらも頷いた。ここまでテンションの高い妻にはなにを言っても無駄だと思ったのかもしれない。
「あの、これ……皆さんで」
 結衣が紙袋に入った菓子を差しだすと、美沙子は拗ねたように唇を尖らせた。
「も~家族なんだから、気にしなくていいのに。でも、ありがとうね」
 昔のように頭を撫でられて、面映ゆい気持ちになる。亡くなった母の親友だったというだけなのに、美沙子には本当に幼い頃からよくしてもらっている。
 六人掛けのテーブルで、義正と美沙子が並び、その向かいに充樹と結衣が座った。この家に来るときの指定席は幼い頃からずっと変わっていない。麻衣がいるときも、充樹、結衣、麻衣という並びだったのだ。
「結婚の報告に来たんだろう?」
 義正が切りだすと、充樹が頷いた。
「あぁ、結衣と結婚した。引っ越しはまだだけど、俺のマンションに二人で住むから」
「二人ともおめでとうね。結衣ちゃん、充樹のことをよろしくね」
 美沙子に微笑まれて、結婚に実感が湧く。
 入籍したと言っても、充樹との関係は以前となにも変わっておらず、朝、目が覚めるたびに「もしかしたら夢だったのかも」と思ってしまうくらいだ。
「はい……でも、今さらですが本当によかったんでしょうか。叔父にあんな大金を払うなんて。それに、高津フードサービスの件も、ご迷惑をおかけしてすみません」
 結衣が謝ると、美沙子は困ったように義正と顔を見合わせた。
 手続きはまだだと聞くが、高津フードサービスは藤澤ホールディングスの子会社の一つとなる予定だ。父の代からいる取締役たちは、和広が去り、かなり喜んでいたという。
「結衣ちゃんは謝らなくていいの。もともとね、麻衣ちゃんか結衣ちゃんに頼まれたらそうするつもりだったのよ」
「でも」
「義正さんも私も、今でもあの人たちのしたことは許していないの。それにね、結衣ちゃんと充樹の結婚と、あの人たちのことは無関係でしょ」
 美沙子は、結衣に言い聞かせるようにそう言った。
「あいつらは俺がなんとかするから、結衣は気にするな」
「そうよ。充樹に任せておきなさい。結衣ちゃんは自分の幸せのことを考えるの。ああいう人たちの扱いは、義正さんが充樹にしっかり教えたもの、ね?」
 美沙子が義正に目を向け、二人は顔を見合わせて手を取り合った。
「……はい」
 美沙子の優しさに心を打たれる。叔父夫婦に引き取られてからも自分が真っ直ぐに生きてこられたのは、藤澤家の人々のおかげだ。
「そういえば麻衣ちゃんには結婚のこと伝えたのよね? 今日は来られなかったの?」
 美沙子がしんみりとした雰囲気を変えるように両手をぱんと慣らして、結衣に尋ねた。
「そうなんです。お姉ちゃん、結婚式の準備で土日は忙しくなっちゃったみたいで。でも、充樹くんとの結婚を伝えたら喜んでくれました。あ、義正さんと美沙子さんに、結婚式に来てほしいって言ってましたよ」
「もちろんよ! 楽しみにしてるわ、ね、あなた!」
「あぁ……麻衣ちゃんの結婚式か……」
 義正が涙を滲ませてぼそりとこぼすと、充樹が呆れた目を向けた。
「想像して泣くなよ。来年には俺らの結婚式にも出るんだから」
「仕方ないだろう。麻衣ちゃんも結衣ちゃんも、こんなに小さい頃から知ってるんだぞ! 稔くんと浩美(ひろみ)さんが生きてたらな……どんなに嬉しかったか。ドレス姿を二人に見せてやりたかったよ……」
 義正はそう言いながら、ぐすぐすと泣き始めた。
 おそらく麻衣か結衣のウェディングドレス姿を想像したのだろう。こうなるとなかなか泣き止まないので、雰囲気を変えるべく美沙子が明るい声を出した。
「引っ越しはまだよね? 新居に足りないものはない? あ、そうそう! 京子さんの娘さんがハウスキーパーのお仕事をしているみたいなのよ。専属で来てもらえるように頼んでおく? 家事をしながら働くのは大変でしょう?」
 京子の娘は四十代の主婦で、子育てに手が離れたため就職先を探していたのだという。ハウスキーパーの会社に登録をしているが、自分の母のように専属で働けるところを探していたらしい。
「そうだな、頼むか」
「えっ!」
 どうする、と充樹に目を向けられて、慌てて首を横に振った。
 ハウスキーパーを頼むなんて、自分の価値観とは遠過ぎる。それに、両親が亡くなってから、家事は姉妹の仕事だったため、料理も掃除も慣れているのだ。
 藤澤家の人々にとってはこれが普通なのだとわかっていても、充樹の金銭的な負担を考えるとすぐには頷けない。
「いえっ、家事はもともとやっていましたから、全然大変じゃありませんし……」
「俺の仕事が遅いときは、結衣の負担が増えるだろ? それに、仕事としてやりたいって言う人がいるんだから任せよう」
「……本当に、いいのかな」
「いいんだよ、その分、二人で過ごす時間を大事にしよう」
 充樹の指先がくすぐるように頬に触れた。
「二人で……そうだよね」
 今までも二人きりでいるのは珍しくもなかったが、幼馴染みの域を出ない関係だった。これからは夫婦として二人で過ごしていくのだ。そう思うと、期待に胸が弾む。
「そうよ、翔子(しょうこ)さんはうちでも一時期働いてくれていたのよ。信用できる人だから大丈夫。じゃあ、頼んでおくわね。京子さん、いいわよね?」
 四人分のお茶と食事をテーブルに運んできた京子は、優しげな目で結衣を見つめながら口を開いた。
「もちろんです。もう話は通してありますから、いつからでも大丈夫ですよ。娘も喜びます。充樹さん、結衣さん、よろしくお願いしますね」
 そして、あれよあれよという間に、専属ハウスキーパーの話が進み、あとは引っ越しを待つだけとなった。


 そうして一ヶ月が経ち、梅雨が終わり、本格的な夏日がやって来た。
 今日はかなり気温が高く、引っ越し業者のスタッフも額に汗を滲ませながら、家具を運んでいる。
 結衣は窓の近くに立ち、遠くの景色をぼうっと見渡した。三十階から真下を見下ろすと車が米粒のように見える。恐ろしく高い。
 リビングは一面がはめ殺し窓となっている。高所恐怖症の人はここには住めないなと考えながら、結衣は室内を見回した。
 ハウスキーパーの翔子は、平日のみの勤務と決まったが、日曜日の今日も特別に引っ越しの手伝いをしてくれていて、結衣はなにもすることがない。
 藤澤家から大量にもらった皿の片付けを手伝おうと思ったが、邪魔になりそうなので引き下がった。逆に気遣われてしまい、テーブルには翔子の入れてくれた紅茶と菓子がある。
 一応、片付けのことも考えて、明日は有休を取っておいたのだが、その必要もなかったかもしれない。
(どうしよう……やることがない)
 結衣の荷物を運ぶだけだからか、あっという間に引っ越しが終わり、業者が点検を終えて帰っていった。結衣は今日から充樹とここで二人で暮らすのだ。
「結衣、飯、来たぞ」
 玄関でケータリングを受け取った充樹が、料理をテーブルに置いた。翔子には、自分の分は気にしないでほしいと言われている。
「あ、うん」
 仕事をしている人の横で食事をするのは気が引けたが、こういった環境に慣れている充樹は気にもしない。
 料理は近くのホテルの直営レストランから取り寄せたようだ。
 皿には、綺麗に盛りつけられたシーフードサラダや、一口サイズに切られ串に刺さったステーキ、フライ、サンドウィッチに寿司と多種多様な料理が並べられている。とても二人では食べきれないだろう。
「量、多くない?」
「そうだな。翔子さん、これ少し持って帰る?」
 充樹が聞くと、キッチンに立つ翔子が嬉しそうに頷いた。
「よろしいんですか? 助かります」
「もちろん」
「じゃあ、翔子さんの分をわけるね」
 結衣はプラスチック容器におかずを適当に入れていき、入りきらなくなったところで蓋を閉めて、二つ目の容器に入れていく。その量に翔子は目をぱちくりとさせていたが、テーブルに並べられた大量の料理に合点がいった様子で笑いをこらえる。
「翔子さん、キリのいいところで終わっていいよ。休日なのに来てもらってるし。結衣の荷物の中で急ぐものはもう片付け終わったよね」
「そうですね……結衣さんのお着替えはクローゼットに入れましたし、シャンプー類も大丈夫のはず……。では、お食事は明日の昼食からご用意させていただきますね。あと、なにか気になる点がありましたらメモに残しておいていただけますか?」
 翔子が、充樹と結衣に目を向けて言った。
「はい、ありがとうございます。これ、ちょっと多くなってしまったけど、大丈夫ですか?」
 結衣がビニール袋を手渡しながら礼を言うと、翔子は穏やかな顔で笑みを深めた。
「夫がたくさん食べるので助かります。では、私はお暇させてもらいますね」
「あぁ、お疲れ様。明日の月曜日、俺と結衣は休みを取ってるから、寝てたら寝室の掃除はいいよ」
 充樹の言葉で、新しく購入した寝室の大きなベッドを思い出してしまった結衣は、唇をきゅっと噛みしめ、平静を装った。
 結衣は、玄関まで翔子を見送り、リビングに戻る。
 広い部屋で充樹と二人きりなのだと思うと、妙に意識してしまう。入籍したと言っても、昨日まで結衣は寮暮らしで、充樹はこのマンションで一人暮らしだった。
 入籍は呆気なく済んだものの、役所や銀行の名義変更や会社への届け出、引っ越しの準備で土日は忙しく、充樹とゆっくりと会う時間がなかったのだ。
「腹減っただろ。食おう」
「うん、お箸ある?」
「あぁ」
 充樹は皿と箸を食器棚から取り出し、自分と結衣の前に置いた。向かい合わせに座り、二人で手を合わせる。
「いただきます。美味しそう」
「ローストビーフ好きだろ。ほら、サンドウィッチも」
 皿の上にどんどん料理を載せられて、変わらない過保護っぷりに笑いが漏れる。
 付き合いが長い分、夫婦になってもすぐに変化はない。一緒に暮らしていれば、少しずつ一人の女性として見てもらえる日が来るだろうか。とはいえ経験不足で、どうすれば彼を振り向かせられるかなど欠片もわからないが。
「自分で取れるってば。充樹くんも食べて」
「……けっこう美味いな、でも店で食べるより味は落ちるか」
「そう? 十分美味しいよ。ところで本当によかったの? ハウスキーパーなんて頼んで。私の方が早く帰ってくるだろうし、ご飯なら作れるよ。そりゃ、翔子さんみたいなプロと比べられちゃうと困るけど」
「言っただろ、二人でゆっくりしたいって。お前がやりたいって言うなら、休日に二人で料理しよう。それに、今さら断ったら翔子さんが困るぞ」
「それはそうだけど……私を甘やかし過ぎじゃない?」
「いいんだよ。結衣は、中学からずっと家事をやらされてきたんだ。高校に入学したあとは毎日アルバイトでさらに忙しくなっただろう。だから、自由な時間でお前が昔できなかったことをしてほしい」
「昔、できなかったこと……」
 だから、充樹は家事はやらなくていいと言ったのかと腑に落ちた。結衣たち姉妹の育ってきた環境を知っているから、ハウスキーパーを頼もうと言ってくれたのだ。あの家で家事をするのが苦痛だったことも知られている。
 たしかに充樹の言う通り、学生時代、友人付き合いはほとんどできず、家事に明け暮れていた。彼らのためにする洗濯も掃除も料理も苦痛だったのはたしかだ。
「そう言われても、働いてからは比較的自由にしてたし……あ」
 充樹のためなら自然となにかしたいという気持ちになるのだが。そう考えて、ふと、ずいぶんとやっていないイベントを思い出した。
「なにかあるか?」
「私たちの誕生日とかクリスマスをね、家で一緒にお祝いしたい」
 両親が亡くなってから、麻衣と結衣の生活はがらりと変わってしまった。
 それまで、記念日を高津家と藤澤家でお祝いするのも珍しくなかったのに、姉妹の誕生日も、充樹の誕生日もクリスマスも、イベントごとは自分たちの生活から消えた。
 誰かの誕生日の日がたまたま家庭教師の日と重なったときに、ケーキを一緒に食べるくらいで、プレゼントを選ぶ余裕も時間もなくなってしまった。
 充樹のためにプレゼントを選んで、料理を作って、一緒に食べて……そんな日を過ごしたかった。両親が生きていた頃、そうしていたみたいに。
 クリスマスには朝からたくさんの料理を仕込んで、バレンタインにはチョコレートを作りたい。それを言うと、充樹は痛ましいような顔をして目を細めた。おそらく、結衣の両親が生きていた頃のことを思い出したのだろう。
「大人になってからは、服とかバッグとかをプレゼントしてくれたよね。それも、もちろん嬉しかったの。でも……昔みたいに過ごしたいなってずっと思ってた」
 結衣にあまり物欲がないことを知っているからか、充樹からの誕生日プレゼントは自分では絶対に買わないようなブランド品の服や服飾品が多かった。
 六年にも及ぶ叔父夫妻との生活の中で、結衣の心は少しずつ摩耗していたのだろう。
 あの頃はなにかをほしいと願ったところで手に入らなかったし、手に入ったところで奪われてしまうのもわかっていた。だから、最初から諦め、望むのをやめたのだ。
 幼い頃に植えつけられたトラウマはなかなか消えず、今でもあまり物を欲しいとは思わない。大事なものを失うのがすごく怖いから。
「結婚したんだし、それくらい毎年できるだろ。じゃあ、来年の結衣の誕生日は俺が作るか。代わりに結婚記念日は外食しよう」
「そっか、結婚記念日もあるんだね。楽しみな予定がいっぱい」
「あぁ、そうだ……ちょっと待ってろ」
 充樹は席を立ち、書斎として使用する予定の部屋に入っていった。なにかを手に戻ってくると、四角い箱のようなものをテーブルに置く。
「先週、仕事帰りに引き取ってきた」
 リボンを解き箱を開けると、エンゲージリングが入っていた。彼はそれを手に取り、結衣の左手の薬指に嵌める。
 エンゲージリングを用意するとは聞いていた。けれど、もともとアクセサリーをする習慣はなかったし、すぐに結婚指輪をするのなら必要ないのではと答えたのだ。これ以上充樹に負担を強いるのはいやだったから。それに対して彼はなにも言わなかった。
「買ってくれてたんだね」
 センターのダイヤモンドは大きいが、マリッジリングと重ねづけしてもいいように考えられたデザインだった。
「……あの家にいた頃、お母さんからもらったネックレスとか、大事なものは全部叔母さんに売られちゃったから、ピアスとかネックレスとかしてる友だちを羨ましいって思っても、どうせ叶わないって諦めてたの。今まで思い出しもしなかったんだけど。嬉しい……充樹くん、ありがとう」
「あのばばぁ、ほんとクソだな」
 吐き捨てるような充樹の言葉に笑いが漏れる。
「初めてするアクセサリーが、充樹くんからもらったエンゲージリングなの。夢みたい」
 左の手の甲を宙に上げ、うっとりと見つめていると、その手を取られて指が絡まる。
「夢じゃない。ほら、あとこれも」
 充樹が部屋の鍵をテーブルに置いた。
「あ、この部屋の? そうだよね、忘れてた」
 結衣は、引っ越しでなくさないようにとポケットに入れておいたキーホルダーを取り出した。充樹が驚いたように結衣の手にあるキーホルダーを凝視する。
「それ、まだ持ってたのか?」
「うん、宝物だもん。だいぶ汚れちゃったけどね。これだけは死守したの」
 結衣はキーホルダーを持ち上げ、軽く揺らした。ガラスと金属パーツが揺れて、ちゃりんと軽い金属音を立てる。
 これは、結衣が小学生の頃に、麻衣と充樹が作ってくれたキーホルダーだ。学生時代は鞄の中に入れていたため、すでにメッキが剥がれて全体的に黒ずんでいる。
 イニシャル部分もあちこちひび割れたように傷がついており、とても状態がいいとは言えない。結衣以外の誰にもこれの価値はわからない。だからこそ、あの頃も叔父夫婦に売られたり捨てられたりせずに済んだのだ。
「懐かしいな。なぁ、それ、しばらく借りてもいいか?」
「え、鍵につけようと思ってたんだよ」
「わかってるって。ちょっとの間だから」
「まぁいいけど」
 結衣は鍵をなくさないようにバッグにしまって、キーホルダーを充樹に渡した。彼はそれをハンカチに包みテーブルに置いた。しばらくの間、ハンカチに包んだキーホルダーをじっと見つめ、ふっと表情を和らげる。
「充樹くん?」
 結衣が聞くと、彼はおもむろに結衣の手を掴み、手の甲に唇を落とす。
「ほんと俺、お前のそういうところが好き」
 かっと頬に熱が走り、一瞬にして全身から汗が噴きでる。
 充樹の甘さには慣れているし、可愛いとか好きという言葉を投げかけるのも彼にとっては普通のことだ。けれど、それが幼馴染みとしての言葉ならば、である。今の彼は、たしかな情欲を孕んでおり、こんな目を向けられたのはあの夜以来だった。
「お前は? うそでもいいから、俺を好きって言って」
 指先に充樹の息遣いが触れて、見せつけるように唇に含まれる。情事を思わせるその一連の動作にますます心臓の音がうるさく鳴り響き、声にならない声が漏れた。
「あ……ぅ」
「ゆーい」
 含みのあるような笑みを向けられて、動揺が胸を突く。こくりと喉を鳴らすと、ますます意味ありげに見つめられた。
「す、好き」
 いつものような口調で言ったつもりだったのに、そうはならなかった。声が情けないほどに震えてしまう。目を逸らしたいのにそうできない。
「俺も好きだよ」
 妙に甘ったるい、それでいていつもとは違う雰囲気に呑まれそうだ。
 今まで知らなかった充樹の男の部分を見せられて、どうしていいかわからない。まさか自分がこれほど男性への免疫がないとは思っていなかった。
「結衣」
「……な、に」
 知識として知っているのと、経験するのでは天と地ほどの差がある。額や頬へのキスがどれだけお子様レベルかを思い知らされた。
「お前がいやでも……もう遠慮はしないから」
 悲しくもないのに涙が溢れそうで、もはや彼がなにを言っているかなど頭に入ってこない。とりあえずこの場から逃げるしかない、と判断した結衣は彼の手を振りほどき、テーブルのゴミを片付けるべく即座に立ち上がった。
「ご、ごちそうさま! 私……あの、これ! 片付けるね!」
 真っ赤な顔を隠しながら、充樹に背を向ける。
 食べ終えた皿をシンクに置き、水を流した。彼に触れられた指先が熱くてたまらない。入籍したとは言え、自分たちはまだ唇へのキスもしていない。
 考えなかったわけではない。当然、そういうことも覚悟の上で入籍した。彼の気持ちがどうでも、結衣は充樹に触れられたいと、抱かれたいと、ずっと思っていたから。
(でも、でも……あんなにエロいなんて聞いてない……っ!)
 ずっと充樹にお子様扱いされていた理由がわかった気がする。
 お前にはまだ早いと彼が言うわけだ。あんなキスにも満たないキス程度で動揺していたら、きっとその先になど進めないのだろう。
 水を出しっぱなしにしていると、ふいに後ろから伸びてきた手に蛇口を止められる。
「こら、逃げるなよ」
 真後ろから声をかけられて、気づいたときには充樹の腕に閉じ込められていた。
「に、逃げてない!」
「どうかな……夫婦になったんだし、これくらいで動揺してたら先が持たないぞ」
 背後から回された腕に腰を引き寄せられて、充樹の唇がうなじに触れた。ちゅっと軽い水音が響き、熱いなにかが肌を這う。
「……っ」
「結衣、こっち向いて」
「やだ」
「これくらい、いつもしてただろ?」
「こんなにエッチじゃなかったもん!」
 充樹の舌がうなじを這い、腰に回された手が妖しく動く。腰の曲線に沿って手が下ろされ、太腿の前を撫で回される。
「これからもっとエッチなことするんだよ。俺、結衣を前によくここまで我慢したよな。ほら、こっち向け」
 どういう意味と聞く前に、身体が反転し、後頭部を引き寄せられて唇が塞がれた。
「んんっ」
 充樹の唇は驚くほど熱かった。
(うそ……キスしてる……充樹くんと)
 初めてのキスに驚いて固まっている間に、啄むように何度も唇を押し当てられ、息を吐くタイミングで割れ目を舌で突かれた。
 ちゅっと軽い水音が立ち、充樹の舌が唇をこじ開けるようにゆっくりと入れられた。ぎゅっとキツく噛みしめていると、優しく歯茎を舐められる。
「はぁ……っ」
 他人に口腔を舐められるという初めての経験に驚きながらも、まるで色を塗り替えられていくようにその心地好さで頭の中が真っ白に染まっていった。
 身体から力が抜けて、噛みしめていた歯が開く。その隙間から舌が滑り込み、奥で縮めていた舌を搦め取り、舐め回された。彼の唾液が口腔に溢れ、ちゅく、ちゅくと恥ずかしい音が響く。唾液の混ざり合うようなその音を聞けば、なぜだか気分が高揚し身体が熱くなってくる。
「ふ、ぁっ、ん、んっ」
 生々しい舌に翻弄されていると、身体がどろどろに蕩けてしまいそうな感覚がお腹の奥から広がっていく。どうしていいかわからないまま舌の周りを舐められ、先端を啜られる。口の中をかき混ぜられるたびに唾液がどっと溢れて、それを美味しそうに飲み干された。
「ん、はぁ……む、ぅ……っ」
 身体から力が抜けて、充樹にもたれかかった。
「気持ちいい?」
 逞しい腕に受け止められ、問いに肯定する代わりに充樹をうっとりと仰ぎ見た。彼の瞳に自分が映っている。それが嬉しくて、自分からキスをねだるように顔を近づけた。
「気持ちいいと、そういう顔するんだな」
 低い声に煽られるように、腰からぞくぞくとした痺れが生まれる。うっすらと目を開けて充樹を見つめると、興奮したように赤らんだ目がすぐ近くにあった。
「もっと?」
「ん」
 結衣は小さく頷くと、充樹のシャツに縋りつく。嬉しそうに結衣の身体を受け止めた充樹が、ますます身体を密着させて唇を貪った。
「結衣も、舌、出して」
 上唇と下唇をねっとりと舐めながら囁かれ、なにも考えられず彼の言いなりになってしまう。おずおずと差しだした舌を美味しそうにしゃぶられ、舌先を擦り合わせるように先端をちろちろと弄られる。
「ふっ、ぁ……っ、ん、む」
 腰を強く引き寄せられると、下半身が密着し、硬いなにかが押し当てられる。それが昂った彼のものだと察し、全身がかっと火照る。
「そ、れ……ん」
「お前に触れたくて、たまらなかったんだよ」
 自分に興奮してくれている、それが嬉しかった。
 麻衣に似ているから、そんな頭の片隅にあった不安ごと快感に流されてしまったようで、もはや彼の身体の熱さしか感じ取ることができない。
「ん……っ」
 名残惜しげに唇が離されると、濡れた唇を指先で拭われた。
 荒くなった呼吸はなかなか治まらない。充樹に身体中を弄られる、そんなあられもない自分の姿を想像して、頬が真っ赤に染まっていく。
 一度落ち着きたくて、突っ張るように腕を伸ばせば、強引とも言える力強さで抱き締められる。
「結衣……頼むから、俺を拒絶するな」
 拒絶などしていないのに、懇願するように言われて、思わず充樹の首に抱きついた。
「拒絶なんて、しない。充樹くんに、触ってほしいって、ずっと思ってたから」
 素直な思いを吐露すると、噛みつくように唇が塞がれた。
「んん~っ」
「今日は最後までしない。だから、触らせて」
 腰の辺りに置かれた充樹の手がスカートの上から臀部を撫でるように動く。徐々にスカートが捲り上げられ、太腿の裏側を何度も撫でさすられた。
 同時に反対側の手のひらがシャツの内側から入り込み、ブラジャー越しに胸の膨らみを持ち上げる。大きいとは言いがたい胸は簡単に彼の手のひらに収まってしまう。
「でも、あのっ、胸は……おっきく、ないから……」
 恥じらうように言うと、充樹は楽しげに口元を緩ませながら、背中のホックを外す。直に胸を包み込まれて、押し回すように触れられた。
「俺が今、どんなに舞い上がってるか、お前にはわからないだろうな」
 充樹は手のひらを動かしながら、中心に色づく実を指先で弾いた。
「あぁっ」
 ぴりぴりと痺れるような疼きが先端から生まれて、思わず鼻に掛かった甘い声を漏らしてしまう。すると彼は、執拗に乳首ばかりを弄ってくる。
 おかしな声を聞かれるのがいやで唇を噛みしめていると、キツく閉じた口を舌でノックされる。
「声、我慢するなよ。聞きたい」
「やだ、恥ずかしい」
「じゃあ、もっと気持ち良くする」
 彼は乳輪を指で掠めるように弄りながら、乳首をも捏ね回した。そのたびに腰をびくびくと震わせる結衣を楽しげに見つめて、声を出させようと愛撫を繰り返した。
「ほら、勃ってきた。ころころしてる」
 乳首を指の腹で転がされて、爪弾かれる。自分で触れてもなんとも思わない部分が、彼の手に掛かると、身体ごと作り替えられてしまったかのように性感帯に変わってしまう。
 胸を弄りながらも、もう一方の手で臀部や太腿を妖しく撫でられる心地好さに包まれ、身体が燃え立つように熱くなる。
「はぁ……はぁ、はっ」
 胸から生まれた快感が腰を重くして、秘めた部分がひどく落ち着かない。むず痒いような、切ないような感覚が続き、結衣は無意識に腰をくねらせた。
 手の動きは次第に大胆になっていき、先端を摘まみ、扱くように上下に動かされる。甘い痺れが絶え間なくやって来て、いよいよ声が抑えられなくなってくる。
「あぁぁっ、はっ……ん、んっ」
 思わず漏れでた声は驚くほどに艶めかしく、恥ずかしさのあまり声を漏らさぬように結衣は自分から唇を押しつけた。
「可愛いな」
 キスの合間に囁かれる声は熱っぽく、今まで聞いた充樹のどの声とも違っていた。高校時代に見たあの告白のときの声とも。
 まるで愛されているかのように錯覚してしまう。自分は麻衣の代わりでしかないことを忘れそうになる。
 臀部の辺りを彷徨っていた彼の手が太腿の前側を摩り、足の付け根に辿り着いた。
「や……っ」
 思わず身体を硬くすると、大丈夫だとばかりに口づけが贈られる。そして、ショーツのあとを辿る指が、閉じた足の間に触れた。薄く生えた恥毛の上を布越しにくすぐるように弄られ、下腹部が妙に疼いて落ち着かなくなる。
「そこ、くすぐったい……から、や」
「ちょっとだけ我慢して」
 充樹はショーツの上からなにかを探るように指を動かし、閉じた秘裂を撫でる。何度も前後に撫でられていくうちに、自然と彼の手を受け入れるように足が開き、ますますむず痒さが強くなった。たまらずに腰をくねらせると、ズボンの膨らみを擦ってしまい、まるで自分から誘っているみたいでとてつもなく恥ずかしい。
「どうせなら、一緒に触ろうか」
 充樹はそう言うなり、自分のベルトを引き抜き、ズボンの前を寛げた。
 穿いている下着をずり下げると、浅黒い肉棒がぶるりと飛びだした。凶悪なまでに大きいそれは腹につきそうなほど反り返っており、男性器を初めて見る結衣は、目を逸らすこともできずに凝視してしまう。
「結衣、そこまで見られるとさすがに照れる」
「ご、ごめっ」
「これから好きなだけ見せるし、触るんだから、いいけどな」
 彼は結衣の手を引くと、天を向いた亀頭に触れさせ、包み込むように竿を握らせた。
「え、え……えぇっ」
 どういう状況かもよくわかっていない結衣は、彼のものを握りしめたまま素っ頓狂な声を上げる。されるがままに握ってしまったが、どうすればいいかなどわかるはずもない。
 すると、充樹は、結衣の手を包んだまま、表面を覆う薄皮を扱くように上下に動かした。
 手の中にある性器が先ほどよりも張り詰め、充樹の口から熱っぽい息が漏れた。
「ん……っ」
 充樹は夢中になって手を動かしながら、反対側の利き手で先ほどと同じように足の間を撫でてくる。爪でかりかりと引っ掻くように秘裂を撫でられ、膣に不可思議な痺れが走る。身体の奥がもどかしく、もっと激しく弄ってほしくなる。
「はぁ、あっ、ん……っ」
 たまらずに首を仰け反らせて、喘ぎ声を漏らすと、ますます指の動きが速まった。秘裂の端にある小さな実を指の腹で転がすように捏ね回し、硬い爪で引っ掻くように弄られる。
「あぁっん、は、あ、あっ」
 硬く凝る淫芽を爪弾かれ、腰がびくびくと跳ねた。指の腹で押し回したり、軽く潰してみたりしながら、結衣の反応を見つつ指を動かされる。
「ん、それ……気持ち、いっ、あっ」
 その指の動きが気持ち良くてたまらず、声が抑えられなくなる。爪の先が淫芽の上を掠めるたびに、下腹部の奥がきゅっと引き締まり、なにかが溢れた。
 ショーツが肌に貼りつき、そこがしっとりと濡れているのがわかった。
「あぁ、ここも勃ってきた。本当にこんなに硬くなるんだな」
 感動しきったように言う彼の言葉を不思議な思いで聞いていた。けれど、それを聞き返す余裕はなく、口を開けばよがり声になってしまうのを止められない。
 その間も、肉棒を包む手の動きは止まらない。いつの間にか、彼の下肢からじゅ、じゅっと卑猥な水音が聞こえて、手のひらが濡れていた。
「結衣……気持ちいい……っ」
 彼の荒々しい息遣いが耳のすぐそばで聞こえれば、その声に煽られるように身体が昂り、熱を持て余してしまう。早くどうにかしてほしくて、結衣は無意識に腰を揺らしていた。
「結衣も、濡れてる」
 ショーツのクロッチをずらされ、隙間から指を入れられる。指で秘裂をなぞられると、ぬるりと滑るような感覚がする。同時に、くちゅっと淫音が響き、それが自分の身体から出たものだと知ると、言いようのない羞恥に襲われる。
「言わないで」
「なんで、嬉しいのに。俺の手で感じてくれてるんだろ」
 彼に抱かれる準備をしているのだとわかってはいても、まさか自分の身体がこんな風に変化するとは思ってもいなかったのだ。
「なぁ、どれが気持ちいい? ここ、こうやって擦るのと、爪でこりこりするの」
 充樹はそう言いながら、つんと尖った淫芽を指の腹でくるくると転がし、爪で引っ掻いた。そこを弄られるだけで、身体中の神経が集まってしまったかのようにびりびりと痺れ、足の間に力を入れていても、とろりと蜜が溢れてしまう。それが充樹の指を濡らしているのだと思うと、興奮してしまう自分もいて、余計にいたたまれなかった。
「ん、あぁっ」
「どっちもいい?」
 撫でたり、引っ掻いたりを交互にされて、結衣は充樹にもたれかかりながら、全身をぶるりと震わせた。はしたないほどの蜜が充樹の手を濡らしてしまっている。
「すげ、こんなに濡れるんだ」
 まるで、初めて女性の身体に触れたような言い方が気に掛かる。
「充樹くん……こういうの、慣れて、ないの?」
「慣れてるわけないだろ。お前が初めてだよ」
 その言葉に安心するより驚くが、どうしてと理由を考えようにも、充樹の手に翻弄されてしまい叶わない。
 ただ、誰とも比べられることはないのだと思うと、安堵の気持ちが込み上げてきた。
「私も、充樹くんが、初めて」
「知ってる。俺以外の男がお前に触れるなんて、許せるわけがないだろう」
 もしかしたら、結衣に近づく男性に嫉妬してくれていたのかもしれないと期待してしまう。結衣の存在が彼の心を少しでも揺らしていたなら嬉しかった。
 湧き上がる喜びに身体が反応したのか、蜜口が彼の指を欲するようにヒクついた。
 秘裂をゆるゆると撫でている充樹もそれに気づいたらしく、耳元で息を吐くような笑い声が聞こえた。
「ここ、どろどろ」
 興奮しきった充樹の声に反応するように、蜜壺がいやらしく口を開けて、つんつんと触れてくる指先に吸いつく。軽くかき混ぜられるだけで、くちゅりと淫音が響いた。そんな自身の反応が信じがたいのに、もっとと彼の指を欲してしまう。
「もっとよく見せて」
「え……っ、きゃ」
 充樹は、結衣の身体をひょいと持ち上げ、キッチンカウンターに座らせた。濡れて肌に貼りついたショーツを足から引き抜き、膝を押し開く。
「やだ、だめ、見ちゃ」
 手で足の間を隠すが、それが余計に彼を煽ったのか、男らしい喉仏が上下に動き、閉じようとする足を強く掴まれる。
「あー、やばい、すげぇ興奮する」
 足を広げながらも、彼の股間に視線が吸い寄せられてしまう。充樹の興奮を表すように、雁首が濡れ光っており、肉茎をぐっしょりと濡らしている。
 いやらしいと思うのに、己の興奮も高まってしまい、蜜口からたらりと垂れた愛液がカウンターを濡らしていく。
「結衣、後ろに手をついておけよ」
 彼はそう言うなりしゃがみ込んで膝立ちになると、結衣の足の間に顔を寄せた。その動作があまりにスムーズだったため、なにをしているのかと問う間もなく、ざらりとした舌が敏感な部分に触れる。
「ひゃ、あっ、な……やだ……なにしてるのっ」
「なにって、舐めるだけだ。俺に触れられることに慣れてくれ。それに、解しておかないとあとが辛いだろう」
 足の間から顔を上げた充樹は、見せつけるように舌を突きだし、赤く腫れ上がった淫芽の先端をぺろりと舐めた。
 たしかに、ある程度は慣れておいた方がいいのかもしれないが、キッチンカウンターの上で足を左右に開き、陰部を好きな人にマジマジと見られている羞恥心に耐えられない。
「ここ、キッチン……っ、んあっ」
「あとで掃除するから」
 充樹は、溢れる愛液を舐め取ると、利き手の指を蜜口の浅瀬に忍ばせた。ちゅぷっと愛液を弾かせながら、ゆっくりと指を抜き差しする。その間も、舌の動きは止まらない。包皮を捲り上げ、真っ赤に腫れた花芽を舌の上で転がした。
「あぁっ!」
 背中が仰け反り、腰がびくびくと震える。ざらついた舌で舐められる感覚が気持ち良過ぎて、快感に呑み込まれそうだ。
 結衣は荒々しい息を吐きだし、うっすらと目を開けて、自分の股間に顔を埋める充樹を見つめた。
「充樹く……っ、それ、気持ちいい」
 結衣が言うと、充樹の舌の動きがますます激しさを増していく。唾液にまみれた花芽を口に含まれ、ちゅうっと啜られる。媚肉を擦り上げるように指を小刻みに揺らしながら、隘路を進んでいく。キツく閉じていた陰道を押し広げながら抜き差しすると、悦んでいるかのように収縮し、大量の蜜を溢れさせる。
「吸うのと、舌で舐めるの、どっちがいい」
 充樹は、小さな芽を唇で挟み、ちゅっと啜った。続けて、勃起した淫芽を舌で軽く突く。たったそれだけの軽い刺激に、結衣の腰がびくびくと跳ねる。
「ふぁっ……ん」
「どっちも良さそうだけど」
 結衣は蕩けきった目を向けて、こくりと唾を飲み込んだ。
「どっちも好き……指も、一緒がいい」
 充樹は嬉しそうに口角を上げて、ふたたび秘裂に顔を寄せた。舌を激しく動かされ、くちゅ、ぬちゅっと絶え間なく淫音が立つ。勃起した花芽を唇と舌で挟み、上下に扱かれると、深く重い快感が波のようにやって来て、頭が真っ白に染まっていく。
「ひ、ぁっ、あぁっ、ン……や、だめっ……なんか、きちゃう」
 全身が小刻みに震えて、耐えきれないほどの凄絶な快感が次から次へと押し寄せてきた。息が詰まり苦しいのに、どうにもならない。身体が強張り、激しい呼吸が繰り返される。
「アァっ、あ、あっ、もう」
 開いた膝ががくがくと震える。媚肉を巻きこむように指の腹で内壁を擦り上げられて、そのたびに大量の愛液が溢れでる。根元まで押し込んだ指を抜けるぎりぎりまで引き抜き、また押し込む。激しい抽送で追い詰められると、もう声が止められない。
 いよいよなにかの限界がやって来て、荒々しい息がはくはくと漏れる。荒れ狂う大波に備えるように、カウンターの上で立てたつま先がぴんと張り詰めた。
「んぁぁっ!」
 そして、淫芽をひときわ強く啜られた次の瞬間、頭の中でなにかが弾けて、全身の血が激しく沸き立つほどの衝撃が迫る。結衣は、甲高い嬌声を上げながら背中を弓なりにしならせ、頭の中でどくどくと鳴り響く鼓動を聞いていた。
「ひぁっ、あ、待って……だめ、もう、触っちゃ、や」
 全身が小刻みに痙攣し、足の間から大量の蜜が噴き上がる。
 充樹は溢れる愛液を美味しそうに舐め取り、ゆっくりと指を動かし続けた。いつの間にか一本だった指が二本に増やされている。
「達った? 中、めちゃくちゃうねってる」
 彼の声は新しいおもちゃをもらったときのように楽しそうだった。こちらは初めての絶頂にそれどころではないと言うのに。
「充樹くんのバカ。私ばっかり恥ずかしいのやだ。ここで翔子さんが料理するのに。キッチンに来るたびに思い出しちゃったらどうするの」
 顔を真っ赤にして訴えると、それでも彼は嬉しそうに破顔する。
「いいな、それ」
「全然、よくない」
「そうか? お前が俺のことを考えてくれるなら嬉しいよ」
 きっと充樹には想像もつかないくらい、彼のことばかり考えている。
「考えてるよ……最近は、充樹くんのことばっかり、考えてる」
 充樹に抱きつくことで顔を隠してそう言うと、下肢に昂った彼のものがあたる。自分は達したけれど、これで終わりではないのだ。
 少しの緊張と共に顔を上げて、決意を込めて口を開く。
「挿れて、いいよ。結婚したんだし……あの、男の人って、そのままじゃ辛いって聞くし」
「今日は最後までしないって言っただろ。毎日触るから、早く俺に慣れてくれ」
 触れるだけのキスを贈られて、緊張で強張った肩から力が抜けた。
 充樹に抱かれたいと思っていたのに、初めて見た男性器に怖じ気づいてしまったのだ。おそらく充樹は、気づいていたに違いない。
 充樹は乱れた結衣の服を直して、カウンターから下ろした。
 結衣の身体は慣れない快感にいっぱいっぱいだったようで、かくりと膝から崩れ落ちそうになる。
「あっぶね。大丈夫か?」
 充樹が支えてくれたおかげで転ばずに済んだが、たった一度達しただけで腰砕けになってしまう自分が情けなかった。
「ご、ごめん……ありがとう」
「ベッドに運ぶ?」
「そこまでじゃないよ! ちょっとふらついただけ。あんなの、初めてだったから……仕方ないでしょ」
 充樹の腕の中で顔を上げて言うと、機嫌の良さそうな笑みが返される。
「あぁ……もしかして、達ったのも初めてだった? お前、自分でしないの?」
 小さく笑われ耳元で囁かれる。
「そういうっ、そういうこと聞く!?」
 結衣は涙ぐんだ目を向けて、身体を震わせた。
 抱き締められたり、額や頬にキスをされたりすることはあっても平然としていられたのは、充樹の態度や言葉に性的な欲求が含まれていなかったからだと気づく。
 興奮した充樹の息遣いや声を思い出してしまうと、抱き締められただけでもう、前のようには戻れない。
「聞くよ。結衣のことならなんでも知りたい。教えて」
「やだ」
「教えて、なぁ」
「……」
 充樹の唇が瞼や目尻に触れる。その心地好さにうっとりと目を細める。恥ずかしくてたまらないのに、求められると応えてしまう。
「……自分で触っても、気持ち良くない。充樹くんが、してくれたみたいに、ならないから」
 聞き取れるかどうかわからないほど小さな声で呟くと、顔中にキスの雨が降ってきた。愛おしむような口づけに包まれて幸せだと思うたびに、こういう風に麻衣を甘やかしたかったのだと突きつけられる。
 自分が麻衣と少しも似ていなかったなら、愛されているかもしれないと期待もできただろう。だが、鏡を見れば、双子のようにそっくりの顔がそこにあるのだ。
「じゃあ俺が毎日、気持ち良くしてやる」
 腰を引き寄せられて、足の間に滾った肉茎を挟まれる。
「ひゃあっ」
「お前が可愛いことばかり言うから、たまらなくなってきた。なぁ……挿れないから、ちょっとだけ、ここ貸して」
 つるりとした亀頭で秘裂をつんと突かれた。首を傾げつつ頷くと、足の間に挟んだ陰茎が前後に揺らされる。
 雁首の張りだした部分で秘裂を擦り上げられて、そのずりずりと動く感触が指とはまた違った心地好さを生み出してくる。
「ん……っ」
 思わず、甘ったるい声を上げながら充樹の肩にしがみつくと、叩きつけるような動きで腰を揺らされた。亀頭の尖りが小さな芽を擦り上げるたびに新たな愛液が溢れ出し、くちゅ、ぬちゅっと卑猥な音を立てる。泡立つ愛液が摩擦をなくし、ぬるぬると足の間を滑る感触が気持ち良くてたまらない。
「気持ちいい……結衣っ」
 彼は興奮しきった声を上げながら、抽送のスピードを上げていく。結衣の腰をがっしり掴み、下生えが触れあうほど密着する。空っぽの隘路が彼を求めて収縮し、蜜口を擦られるたびに吸いつくような動きを見せた。
 充樹は気持ち良さそうに目を細めて、荒々しく息を吐きだした。もっと気持ち良くなってほしくて、ねだるように彼を見上げる。
「充樹く……っ、キス、したい」
 自分から顔を近づけると、食らいつくようなキスを贈られる。じゅっと舌を吸われ、口腔を舐め回されて、後戻りできないほど興奮が高まっていく。
「お前、今、すっげぇエロい顔してる」
「はっ……あ、だって……っ」
「もっと見せて」
 熱に浮かされて、なにも考えられない。結衣は、彼がそうするように、舌の周りをくるくると舐めて、ちゅっと啜ってみた。
「ん……っ」
 すると、足の間に挟んだ肉塊がはち切れんばかりに膨れ上がり、充樹の口から漏れる息遣いがますます荒々しさを増した。
「あーすごくいい、これ、もう出そう」
 ぐりぐりと淫芽を擦り上げながら、激しく腰を打ちつけられて、結衣もまた追い詰められていく。足の間でかき混ぜられた先走りと愛液がぬちゅ、ぐちゃっと音を立てて、太腿から流れ落ちていった。膨れ上がった花芽ごと硬い陰茎でごりごりと擦られるのが、たまらなく気持ちいい。
「あぁ、ぅ……ッ、ン、はっ、あぁっ」
「こりこりしてるとこ、俺ので擦られるの、気持ちいい?」
 結衣の興奮もピークに達して、恥ずかしくて口にできないような言葉も簡単に受け入れられてしまう。
「ん、そこ、ぐりぐりされるの、好き……気持ちい、もう……っ、達っちゃう」
「一緒に達こう」
 充樹はそう言うなり身体をますます密着させると、結衣の細腰をがっしりと固定して、素早く小刻みに腰を揺らし始めた。
「あぁっ、あ、はぁっ、んぁあぁっ!」
 切羽詰まった喘ぎ声が、腰を揺らす動きに合わせて途切れがちに漏れた。敏感な部分をぐりぐりと容赦なく責め立てられて、全身がぶるりと震え上がる。
「ひ、あぁっ!」
 迫りくる絶頂の予感に身体が強張った。足の間にぎゅっと力を込めたせいで彼を締めつけてしまったのか、欲情した彼の声が耳に届いた。
「はっ、も……ほんと、たまんねぇ」
「……っ!」
 頭が真っ白に染まり、声にならない声を上げながら絶頂に達すると、ほとんど同時に腰をぶるりと震わせた充樹が、足の間に生温かい精を迸らせた。
 全身が小刻みに震えて、絶頂の余韻がなかなか去っていかない。結衣は、肩で息をしながら、ぐったりと充樹にもたれかかる。
「また、しような」
 充樹は大きいままの肉茎を足の間から引きずり出すと、涙に濡れた結衣の頬を舌で舐めた。醒めやらない興奮を宥めるように深く息を吐きだす。
「うん」
 結衣は充樹の胸に顔を埋めて、息を吐いた。身体は疲れきっているが、まだ離れがたかった。
 もう少しだけこうしていたい、そんな結衣の胸のうちを見透かしたように、彼の腕はなかなか離れていかなかった。
 今、この瞬間だけは同じ気持ちでいられたら。そんな願いを抱きながら、結衣は彼の背中に腕を回したのだった。

 


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