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転生OLですが、(ちょっとえっちな)乙女ゲームの世界で推しにぐいぐい迫られてます

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本価格:770(税込)

電子書籍価格:--円(税込)

  • 本販売日:
    2021/12/04
    ISBN:
    978-4-8296-8467-2
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書籍紹介

いきなりだけど結婚しよう

「身体の相性は最高に釣り合ってるよ」転生したアダルト系乙女ゲームの世界で、最推しキャラ・天王寺蓮に迫られるなんて!? 巧みな指と舌に翻弄され、敏感な身体から蜜があふれ出す。こんなに感じてしまうのは、相手が大好きな蓮だから――。結衣の知るゲームとは微妙に違うこの世界だけれど、愛し愛される幸せを知って、彼と幸せになりたいと願い……! 転生溺愛物語!

ジャンル:
現代 | ファンタジー
キャラ属性:
クール
シチュエーション:
甘々・溺愛 | お風呂・温泉
登場人物紹介

天王寺蓮(てんのうじれん)

アダルト系乙女ゲームの登場人物で、攻略対象の一人。ハイスペックなイケメンだけれど、不憫なルートが多い。結衣の最推し。

星空結衣(ほしぞらゆい)

もともと地味なOLだったが、乙女ゲームのヒロインに転生していた!? 早速最推しの蓮に会うイベントが発生し、奮起するが……。

立ち読み

 人間はうっかり死んでしまうことがある。

 雨上がりの空は鈍い灰色。
 アスファルトの道路は濡れて黒いまま。
 カツカツと音をさせて歩くと右足の膝がかくんと崩れる。
「……痛っ」
 転びかけて慌てて体勢を立て直すと、片足に違和感を覚えるが、なにが変なのかがすぐにわからない。数歩歩いてから、やっぱりおかしいと屈み込んで右足を眺める。
「あっちゃー」
 どうやら靴のヒールが取れてしまったようだ。
 靴を片足脱いで裏に返すと、踵が根もとからぽっきりと折れてなくなっている。
 結衣は、ため息を零し、つぶやいた。
「ついてないなあ。今日は厄日だよー」
 薄曇りの空を見上げ、道の端のガードレールに腰かける。
 バス停までもうしばらく歩かないとならなそうだし、この場所にはタクシーなんて来ない。
 片側一車線の狭い道で、歩道らしい歩道もなくて、ガードレールのすぐ下は崖。
 ぶぅんというエンジン音が近づいて来る。
 ──トラック?
 ふと視線を上げたときには、もうトラックは自分のすぐ側で──。
「……っ」
 悲鳴を上げる暇くらいはあった気がするから、たぶん叫んだのだけれど──そのあたりのことは結衣はまったく覚えていないのだ。
 ただ気づけば自分はトラックにはね飛ばされて崖下に転がっていって──。

 その後の記憶はただひたすらの闇。

 

 

 

 真っ暗な闇の底でメロディが鳴り響く。
 目覚ましの音だ。
 結衣は目を開けてしばし白いクロスが貼られた天井を凝視していた。
 ──ここは何処だっけ。
 ついさっきまで曇天の空を眺めて途方に暮れていたような気がするけれど、夢だったらしい。
 ドライブデートの途中で長いつきあいの彼氏に二股されていたのが発覚し、喧嘩をして、車から降りて山道を歩いていたら事故に遭ったという最悪な夢だった。
「ユイ、おはようございますー」
 枕元で声がして、ぎょっとして半身を起こす。
 タオルケットを胸元に抱きしめてそっと視線を向けると、声を発したのは、ヒューマノイドロボットだ。大きさは結衣の腰の高さくらい。LEDの丸い目がピカピカと青い色で瞬いている。その光の点灯に合わせて人工の合成音でロボットが話す。
「今日は九月五日日曜日、休日です。今朝の気温は二十二度。天気は晴れ。ネオトウキョウの最高気温予想は二十八度です。今日のユイの予定は特にインプットされておりません。もう少し寝ますか?」
 ときどきたどたどしくなるけれど基本は流暢な話しぶりだ。「寝ますか?」のところで物問いたげに首を傾げるのが、愛らしく思えなくもない。
「……ロボット……だよね?」
「ユイ、ボクは傷つきました。ボクはロボットですがユイがつけてくれた名前があるのに」
 目の点滅が速くなり、青い光の丸い目尻がすーっと下がっていって泣き顔になる。しゅんとうなだれる。
「名前……あ、そうだ。名前ね。レンレン……そう、レンレンッ」
 覚えているわけじゃないのに、どうしてか何百回となくその名前を呼び続けていたみたいにするっと口をついて出る。
 ──レンレン? レンレンでいいんだよね?
 腑に落ちず、首を傾げてしまうが、結衣に呼ばれたレンレンの目はぱちっと瞬いてからハートの形になった。
「そうです。ユイ。ボクはレンレン」
「うん」
 そうだった。
 ──このヒューマノイドロボットは、私のためのスケジュール管理ロボットで。
 毎朝、結衣をアラームで起こしてくれて、一日のスケジュールを口頭で確認してくれる。
 別に珍しいものではない、政府支給品の無印のスケジュールロボットだ。成人になった国民に個別に配布されるもので、だから大人になって以降の結衣の日々のほぼすべてを見守ってくれているそんなマシンで……。
「それで……私は……」
 私は星空結衣で、商社勤めのOLで、二十四歳。
 ここはネオトウキョウシティ2021。
 今日は日曜で朝寝坊してだらだらと過ごす予定で。
 ぽろぽろとひとつずつ、自分自身にまつわる記憶がどこからともなく立ち上がる。
 ただ、すべてが曖昧でまるで曇り硝子越しに景色を見ているかのようだ。
 どこまでが夢で、どこからが現実かがわからない。夢のなかで、トラックにぶつかって飛ばされて崖下に落ちていったときの衝撃があまりにも濃厚に身体と脳に染みついていて、それ以前の自分の毎日の記憶濃度が薄まったというか。
 現実世界と夢世界が混じりあってぐるぐると攪拌されてしまったので混乱しているというか。
 考え込んで首を捻ると、結衣の様子を見たレンレンも腕組みをして結衣のポーズを真似て「むーっ」と言った。
「むーって……なに」
 ちょっとかわいいな。
 と、思ったのと同時に──いきなり部屋のドアが大きな音をさせて開いた。
 驚いて開いたドアを見ると、人形のような見た目の派手な化粧をした女の子が結衣に突進してくる。
「結衣ーっ、休みだからって寝坊禁止だよっ。今日はヨシくんの頼みで映画のエキストラに行くから一緒にって昨夜言ったよね〜。忘れちゃったの?」
 飛びつくみたいにベッドにジャンプして乗っかって、まくし立てる。
 びっくりするくらい美声である。甘えてくるような愛らしい声で、滑舌がよくて、するすると耳に滑り込んでくる。
「え……」
 結衣のすぐ目の前で、金髪の縦ロールがふわふわと揺れている。
 二重のぱっちりとした大きな目に青いシャドウ。黒くて太めのアイライン。目の下にはぷっくりと涙袋。マスカラを塗った睫はバシバシに太くて長く、形のいい唇に濃厚ピンクの口紅。きらきらした粉が顔全体にかかっている。
 ──この特徴的な髪型と化粧。そしてなによりこの声っ!?
 派手な出で立ちに負けないあくの強い美形の顔立ちと、小柄ながらナイスバディで、やたらと誰に対しても距離感つめすぎでゼロレンジなのに、不思議と誰からも拒まれないという──現実にこんな奴いないだろとみんなに言われていた──。
「あなたは……星野こじか……通称バンビッ!?」
 星野こじかは──伝説の十八禁ゲームに出てくるお助けキャラだ。
「ということは、ここって──『星空姫と夜の王子たち』の世界ってこと? そういえばこの部屋の様子とかレンレンとか、知ってる。この手抜きなわりにベッドだけは気合いの入ってる部屋のスチル、覚えてる」
『星空姫と夜の王子たち』は、略して『星姫』と呼ばれていた女性向けの十八禁アダルトゲームである。
 その名前がぽんっと脳裏に浮かび、あとはずるずるとさまざまな情報が一気に脳内に溢れ出てきた。
 女性向けゲームでBLではないアダルトカテゴリのものは売れない、と長く業界的に言われていたなかで異例の大ヒットをした伝説のエロゲーだ。
 主人公は、客観的に見てどこといって取り柄のない、真面目で素直なだけが取り柄の女の子。しかしその凡庸な女の子が、さまざまなタイプのイケメンたちを落としていく。
 いや『落とされていく』といったほうが正しいのかも。
 とにかく主人公はあっというまに恋に落ちるし、ちょっとでも相手のラブメーターを上昇させると怒濤の勢いで十八禁のシーンに突入する。エロゲーなので。
 相手が落ちた瞬間からが勝負といった感じで美味しいシーンとスチルが増えていき、蕩けそうなほどの美声でものすごい恥ずかしくなるような台詞をささやかれまくるので、ヘッドフォンなしでは遊べない。
 そんな、自分が好きだった乙女系アダルトゲームのなかで、さんざんお世話になったのは、いま目の前にいる──バンビこと星野こじかだった。
 主人公はバンビとルームシェアをし、恋愛相談のみならず生活全般の悩みを聞いてもらっていたし、すべての男性キャラはバンビを通して出会っていたし、ありとあらゆる情報がバンビから得られたのである。
 一時期は親の顔より多くバンビの顔を拝み、親と会話しない日はあってもバンビとチャットしない日はなかったというくらい世話になっていた。
 ──ん? 一時期は……って、なんだ?
 自分にのしかかってきているバンビの重みに、頬に触れる金髪縦ロールの感触。シャンプーのいい匂い。
 これは現実っぽいけれど、でも自分がよく遊んだゲーム世界と共通で。
「なに、結衣。スチルって?」
 バンビが言う。
「えっ……やだ。やっぱり、いい声。バンビちゃんさすがプロだよね。生で聞くとその声、女の私でも、きゅんってなる」
「はあ? 生で聞くとってなに……あと、どうしていきなり“ちゃん”づけ?」
 バンビがいぶかしげに結衣を見返し、
「結衣、気持ち悪いよ。突然」
 と続けた。
 毒虫に対して罵るみたいな声だった。その言い方が、また、なんというかプロ。たぶんこれはある種の性癖を持つリスナーにとってはご褒美である。
「ごめん……」
「なに赤くなってんの。ちょっとおかしいよ、結衣。大丈夫?」
「あの……いや、大丈夫じゃないかも。待って」
 待ってと言ったらバンビが待った。
 定番だけれどここは自分で自分の腕をぎゅっと抓ってみるというのをやってみよう。頬を抓るほうがいいのかもしれないが、頬だと跡がつくし、十代だったらいざ知らず二十四歳だと残った跡がなかなか消えなくなってきているので。
 右手でぎゅむっと左腕を抓る。
「痛い……な。あれ?」
「なにやってんの。いつまで寝ぼけてるのよ、もう」
 バンビが目をつり上げて結衣の頬を容赦なく摘んで引っ張った。
 デコラティブなネイルを施された鋭い爪が結衣の頬に突き刺さる。
 とても──痛い。ぴきーんとなるくらい、痛い。
「い、痛いっ。なにすんのよっバンビ」
 つまりこれは──夢じゃないってこと!?
「いいから、結衣。早く起きてよ。あんたの大好きな天王寺蓮が主演の映画のエキストラなんだからさあ。昨夜は絶対に絶対になにが起きてもエキストラには行くからって息巻いてたでしょ?」
「……天王寺蓮って」
「あんたの推しでしょ。ドラマに映画に写真集に雑誌にって全部追いかけてる憧れの王子さま。──あたしは二次元にしか興味ないから立体化されたザ・王子さまには心のち○こは勃たないけどさ」
「こ……心の。なんて言い方するのっ、バンビ」
「はいはい。あなたの王子さまを汚してしまって申し訳ない。さ、立って。それで顔洗ってメイクして着替えてピシッとして。最推しの相手を拝みに行くのに、だらしない格好なんて、神が許してもこのバンビちゃんが許さない。二次元も三次元も四次元であっても推しに対する作法は共通よ」
 そうだった。
 バンビは明るいアニメオタクで二次元のアイドルに夢中なのだ。
 そして一方、結衣は『星姫』のなかでは天王寺蓮という俳優に夢中であり──。
 ──リアルな私の最推しキャラも天王寺蓮で。
「……ちょっと待って。もしかしてこれって、さんざん読んだあれじゃない?」
 つぶやいたらバンビが「もう待たない」と即答し結衣の腕を引っ張って立ち上がらせる。
「トラックに轢かれてゲーム世界に転生するっていう、定番の……」
 しかしバンビは結衣の言葉を聞いてはくれなかった。
 結衣は、追い立てられるように部屋を出て洗面台に向かう。
 そして、鏡のなかの自分の顔を見て、確信する。
 主人公なのに、主人公であることを主張しない、かわいいが、特徴のない顔立ち。
 内巻きにしたおとなしめの茶髪のボブスタイルの髪型も、嫌みがない。
 どこからどう見ても、星空結衣だ。
 ──どうやら私、エロゲーの世界に転生しちゃったみたい。
 何故また『星姫』なんだ。もっと普通に乙女ゲームだってやってきたのにと思わなくもなかったが、そんなことはこの際どうでもいい。
 ぽかんとして立ち尽くしていたら、バンビから歯ブラシを口に突っ込まれた。「ふが」と情けない声を上げる結衣を置き去りに、バンビが洗面所を出ていった。
 仕方なく、しゃかしゃかと歯を磨くうちにしっかりと頭が覚醒していく。
 天王寺蓮の映画のエキストラに出向くのは、蓮との初遭遇イベントで、これはゲームの序盤である。人数が足りないからと、バンビの幼なじみであるヨシくん経由で依頼された。降って湧いたスペシャルな一日。ステータス的にはまだ誰とのラブフラグも確立しておらず、突出して好感度が上がっていない状態のはず。
「よし。わかった」
 なにひとつわかっていないのに、結衣はそうひとりごちた。これが現実であっても、あるいは痛覚のある夢であっても、どちらでもかまわない。いま結衣が目指すのは自分の最推しキャラである天王寺蓮と無事に知り合うことだ。
 どうしてかというと──。
「蓮は『星姫』のアイスドールにして、不憫王子の異名をほしいままにした、最凶キャラだもんなあ」
 攻略対象からはずれ、主人公との恋が成就しないと、すべてのルートで自滅エンドとなるかわいそうなキャラなのである。
 それだけじゃなく、恋愛が成就すると今度は自分たち以外は全員死滅で世界を滅ぼしてしまうという“こんな欝展開のハッピーエンドあるの!?”という制作者(神)に黒い十字架を背負わされたとんでもキャラなのだった。
 欝展開ハッピーエンドの引き金は、主人公である星空結衣が、蓮のファンであるストーカーに襲われること。もちろん主人公は危機一髪で殺害は免れるのだが、自分のせいで最愛の恋人が危険な目に遭ってしまったため蓮の主人公への保護欲が強くなり──実は潜在的に持っていた異能の力が発現してしまうという超展開。
 蓮は、結衣が被害に遭うことで、超大な力を持つ能力者となってしまい主人公と自分以外の人間は「不要」と判断し全人類を破滅させる。
 ──いきなり魔王になっちゃうのよね、蓮だけ……。
「突拍子もない展開が癖になるって、それで流行ったエロゲーだし、おもしろいからどうしようもないんだけどさ。主人公と結ばれなかったらどのルートでも破滅に突き進むのつらかったし、結ばれたら異能の力で世界が滅びるっていうの、あれは私にとってもトラウマだったんだよなあ。蓮以外はわりとまっとうなルートなのに何故か蓮だけは全部不幸……」
 だが、それがいい。
 欝展開で打ちのめされた挙げ句に“アイスドールの泣き声と泣き顔がかわいそうでかわいらしくて美味しいです!!”だったのは確かで。
「守りたい。あの泣き顔」
 つぶやいたら、バンビが洗面所のドアを開ける。
「いつまで顔洗ってるのよ。早くしなよー。愛しの天王寺蓮を生でひと目見たいって言ったの、結衣なんだからねー」
「はーい。ごめん。すぐ支度するー」
 結衣は慌てて化粧水で肌を整え、寝癖を直すためにドライヤーに手をのばした。


 クローゼットのなかから一番かわいいワンピースを選んで着替え、気合いを入れてバンビと出かける。どんな格好をしても隣にバンビがいるかぎり、どうしたって「並」という印象を与える外見なので、インパクトは狙わない。
 九月のネオトウキョウの街を歩くと、秋風が頬を撫でていく。
 名前にネオがついているが、結衣がもともと知っている東京の街とこれといって変化はない。車が空を飛んでるわけでもないし、ビルのなかにある東京タワーも見慣れたものだ。ただ、そういえばネオトウキョウには何故かスカイツリーは建っていない。制作者(神)が東京タワーには憧れがあるが、スカイツリーはあまり好きじゃないというのが理由だった。
 それから街のあちこちに一定間隔で、かつての公衆電話ボックスに似た大きさの光り輝くアクリル透明ボックスが置かれている。『星姫』のゲーム内で、そこがセーブポイントになっていて、そこから自室にいるレンレンに連絡し、今日のこの後のスケジュールを確認したり、最新情報を聞いたり、明日の予定を組み込んだりしていた。
「ちょっと待ってて。レンレンに連絡しとく」
 そう言ってボックスに入る。旧式の公衆電話機に似た機械にスマホをかざすとピッという音がして、セーブ終了。連絡事項やスケジュール変更は特になし。
 深く考えずともそういった一連の動作ができるのは、転生前のこの身体がずっと同じことをやり続けていたからだろう。身体が覚えているというやつだ。
 その後、バンビに連れていかれたのは東京タワーである。
 結衣が頼まれているのは、東京タワーでの撮影のエキストラなのだ。集合場所は東京タワーの真下だ。事前に渡された紙には名前と年齢と連絡先が記載されている。封筒に入ったそれを撮影スタッフが回収し、かわりに手のひらサイズのシールを渡される。
「このシール、見えるところに貼っとくか、すぐ出せるように持っててください。これ持ってるとエキストラさんだってわかるから追い出されないんで。あ、だけど貼っちゃったときは、本番でカメラまわすときに映ったら困るから“本番です”って言ったら剥がしてね」
 愛想よく言われ「はい。ありがとうございます」と頭を下げて、すぐにワンピースの胸元にぺたりと貼付する。天王寺蓮の撮影風景を近くで見る機会なのだ。瞬きですら惜しいと思っているのだから、万が一にでも「出てってください」と注意されるのは避けたい。
 結衣の後ろで同じくシールをもらったバンビは、持っていた小さなバッグのなかにするっと仕舞う。
「バンビ、貼っちゃったほうがいいよ。バッグに入れるとバンビはなんでも見失っちゃうから」
 たしかそのせいでバンビは、エキストラではないのに紛れ込んだ天王寺蓮のファンと見なされて撮影前に外に出されてしまうはず。
「うんー。だけどさ、このシャツ、こないだ買ったばかりのお気に入りなんだよね。シールつけたら剥がしたときに毛羽だっちゃうじゃん」
 推しアイドルは二次元で、メンバーカラーは若草色。緑でもなく、黄緑でもない、絶妙な色合いなのだ。この色のシャツはキャラグッズとして販売されている以外で見ることはあまりない。
「そう……だよね、バンビの推しキャラの色だもんね」
 そもそもがバンビは天王寺蓮を好きでも嫌いでもないのだ。結衣につきあってくれているだけなので、撮影にも興味がない。
「あ、わかってくれてた。結衣のそういうところ本当に好きー」
 バンビが結衣に抱きついて、結衣も「わからいでか。バンビがどれだけあのキャラが好きか常日頃から聞いて知ってるからねー」と腕をまわして言い返す。このあたりはいつものお約束事項だ。バンビと結衣が仲良しすぎて、もしかして百合ルートもあり得るのではと、そっち系の同人誌が出回っていたくらいである。
 そうやって、女の子同士できゃあきゃあ盛り上がっていたら──。
「天王寺さんはいりまーす」
 スタッフの男性が大声でそう言った。
「やばい」
 いよいよ天王寺蓮がこの場にやって来る。
「結衣、気絶しないでよ」
「しない。もったいない。正気を保って蓮さまをガン見します」
 ぶんぶんと首を縦に振り、深呼吸する。
 スタッフが人払いをして作った空間に、なにかきらきらしたものが現れた──と思ったら、それが天王寺蓮だった。
 とにもかくにも美形なので、常に花びらと花を背負って登場するのが彼なのだ。
 ──なのに、なんてこった。
 花が背景にない。そして光も背負ってない。
 どうやら本当に転生しちゃったみたいと把握したのは、蓮の背景を見たこの瞬間だ。
 もしも夢だとしたら、自分の推しの背景にこんな手抜きはしない。初登場で光の加工を入れないなんてあり得ない。
 だったら、ここってリアル世界に違いない。
 推しが花を背負って登場しないということに呆然とする。が、花などなくても蓮は麗しい。
 ただ普通に歩いているのに、その一挙一動すべてが絵になるってどういうことだ。
 蓮は、母が英国人で父が日本人なので、西洋人と東洋人のいいとこどりのルックスなのである。
 さらさらの髪はプラチナブロンド。くっきりとした綺麗な二重の目は鳶色。高い鼻梁に形のいい薄い唇。横顔がパーフェクトで顎から首にかけてのラインは切り絵にして美術館に飾りたいくらい。男性ののど仏に対する愛はないが、こと天王寺蓮ならばのど仏の丸みすらもたまらないし、宝石に喩えたい。というか、絶対にのどにも仏がいる。のどに仏がいて、瞳に天使が宿って、全身には妖精が魔法の粉をかけて祝福していて、神に愛されてこの世に生まれ落ちた造形美。
「やばいやばいやばいやばい……。バンビ」
 結衣はがしっとバンビの腕を掴む。誰かにしがみついていないとそのまま倒れてしまいそうだった。
「二次元が立体化して画面から飛び出したらここまでの破壊力ですかっ。どうしよう。私の推しって顔が! いい!!」
「はいはい。つーかさ、あんたの推し、二次元じゃねーから」
「ん……んんんっ」
 結衣は、唇を噛みしめて推しの顔面を享受する。目のなかに飛び込んでくる彼の美しさを表現できる言葉などこの世にあるはずがない。同じ世界で呼吸をしているということは、彼の吐いた二酸化炭素を自分が口から吸い込んでいるということなので、生きているだけで常時、間接キス──。
「……やばい」
 これが同次元に生きるということか。毎日、気づかぬうちに間接キス。
「召される……かもしれない」
「おいっ。気をしっかり持て。傷は浅いぞ」
 バンビが結衣の肩を掴んでがくがくと揺さぶった。
「傷は浅くない……けど。もっと深い傷であっても蓮になら許す」
 自然と両手をあわせて拝んでしまった結衣を、天王寺蓮が冷たい目で一瞥して通り過ぎていく。
 ──さすがアイスドール。
 足もとを歩く蟻のことなど一顧だにしないという、その目つき、ご褒美です。
 口には出さず脳内でつぶやいて、にこにこと笑う結衣の様子に、周囲にいたエキストラたちが少し怯んだ顔で後ずさっていった。

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