蜜よりあまい政略結婚
パーフェクトダーリンは新妻をかわいがりすぎる

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- 本販売日:
- 2021/06/04
- 電子書籍販売日:
- 2021/06/04
- ISBN:
- 978-4-8296-8448-1
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旦那さまは独占欲が増し増しなんです!
幼い頃から許婚だった貴大が大好きな愛莉。いよいよ待ちに待った、新婚生活が始まった! でも完璧な旦那さまに自分がふさわしいのか不安がよぎる……。「ありのままの愛莉が好きだよ」いつもの優しくて紳士的な彼とは違う、欲望を孕んだ眼差し。灼熱の塊に最奥を拓かれれば、悦楽に喘いでしまう。夜ごと与えられる甘い刺激にトロトロに蕩けて。最高に幸せな政略結婚!

桐生貴大(きりゅうたかひろ)
総合化学メーカー・桐生化成の専務取締役。愛莉が幼い頃から許婚の関係だった。仕事中はクールで威厳があり、社員たちは畏怖と羨望の眼差しを向けている。妻の愛莉のことが可愛くて仕方ない。

桐生愛莉(きりゅうあいり)
貴大の妻。老舗の製薬会社社長の一人娘。貴大のことが大好きで、一緒に暮らすのを心待ちにしていた。彼が働いている姿を鑑賞したい目的もあり、桐生化成に勤めている。仕事も家事も前向きに頑張る努力家。
大きな人。それが、第一印象だった。
「愛莉、お前の未来の夫だよ」
「おっと……?」
目の前に立つ人を指し示した祖父の正雄が口にしたのは、そんな耳慣れない言葉だったものだから……私清宮愛莉は思わず首を傾げてしまった。
なにしろ咄嗟に思い浮かんだのはクジラのキャラクターのスナック菓子だ。しかし尊敬する祖父が人を紹介する際にわざわざあだ名で呼ぶことなどない。
おっと……、そうだ、夫だ。
見知った菓子のパッケージを頭から追い出し、相応しい漢字と音をなんとか組み合わせる。
子供の日常に「夫」というワードはめったに使われる類の単語ではない。しかしすぐに思い至れたのは、比較的最近読んだ本の中に登場した漢字だったからだ。
……夫って、結婚相手のことだよね。
ようやく意味を理解した私はここでようやく気づく。
祖父が、自分の夫だと目の前の大きな人を紹介したことに。
「初めまして、桐生貴大といいます。愛莉さん」
朗らかな挨拶をしてくれた男の人はどう見ても大人の男の人だった。もちろん、父やたまに顔を合わせる祖父の部下よりも若いとは思う。
しかし大人の男性の年齢を正確に推し量るのは、まだ私には難しかった。
「し、清宮愛莉です。あの、私の名前……」
名前で呼びかけられて戸惑う私に、貴大と名乗った青年は優しく微笑んだ。
「あなたのおじいさまから聞いています」
「そ、そうですか」
小柄な私はぐうっと首を反らさなければ、背の高い彼の顔を見られない。そんなこちらの様子を見て、貴大さんは膝を曲げ視線を合わせてくれた。
……テレビの中の人みたい。
貴大さんの整った顔を見て、そんなことを思う。だって同級生の中でも流行に敏感な子たちが夢中になっている、明るく歌って踊るアイドルより、ずっと格好いい。
そんなことを思ったのは、貴大さんがきちんと私と目を合わせ、微笑んでくれたからかもしれない。
加えて年上の人で、私のことを「ちゃん」ではなく「さん」づけで呼ぶ人は、目の前の人が初めてだった。
「将来、あなたと結婚したいと思っています」
「けっこん、ですか?」
大人のような男の人からの突然の申し出に、私は問うことしかできなかった。
私はまだ、恋を知らなかった。
だから結婚など遠い先の話どころか、今祖父から言われるまで、想像すらしていなかった。ただ、私には縁がなくても、同級生の女の子たちの話には恋の話がちらほら見え隠れしているのは、もちろん知っていた。
誰かが誰かを好きで、あの子とあの子は付き合っている……なんて話題は、小学四年生ともなるともう珍しくはない。私が好んで読む漫画や小説などの物語の中にも、素敵な恋が描かれていたから、憧れはあった。
ただ同級生の恋も、物語の中の恋も、相手は同じクラスの男子か、せいぜいひとつふたつ年上の子。どう見てもうんと年上の男性を、そんな対象として見たことはない。
……それなのに、胸がどきんと大きく跳ねたのがわかった。
後から気づいたそれは、生まれて初めてのときめきだった。
知らず頬を赤くした私に、貴大さんはまた微笑む。
「誰よりも大切にしますから、僕を好きになってくれませんか?」
「……わかりません」
恐る恐る、けれど正直に答えた。
まず貴大と名乗ったこの大きな人がどんな人かまるで知らないのだ。
祖父が連れてきた人だから、少なくとも悪い人ではないとは思う。整った顔立ちや優しい態度から考えれば、いい人、なのだろう。
「そうかぁ。じゃあ愛莉さんに好きになってもらえるように、僕はうんと努力しなければね」
貴大さんは怒るどころか、楽しそうに笑いながらそう言った。
「……好きになってもらうのに、努力が必要なのですか?」
私にとって好きな人とは、家族と友達だ。
けれど家族は生まれた時からずっと側にいるし、友達も習い事や学校で出会って一緒に遊んでいるうちに自然とお互いに好きになっていた。そこに努力なんて存在しない。
「それは……」
「これは愛莉に一本取られたな」
問いかけに口ごもった貴大さんを、祖父が呵々と笑う。
「しかし何事にも努力は必要なのだよ、愛莉。ずっと同じ場所にいることですら、走り続けなければ叶わない」
祖父の言いたいことを咄嗟に理解できず、私は戸惑いつつ首を傾げた。
……ずっと同じ場所にいたいのならじっとしていればいいのに。
祖父はよく難しい言い回しをするので、きっと違う意味があるのだろう。
そんな風に自分を納得させた私の頭を、祖父は優しく撫でながら問いかけてきた。
「では、どうすればいいと思う?」
目の前の大きな人を好きになる方法。そんなのは決まっている。
「一緒に遊んでいたらきっとすぐに仲良くなれるわ」
それこそ努力などしなくても、一緒に遊べばもう友達だ。
もう四年生ともなれば学校の先生が言うように、みんながみんな仲良くできるわけじゃないことはわかっていた。クラスにはひとりやふたり、気の合わない子もいる。それでも、何かを一緒にやっている時──特に遊んでいる時は、それなりに上手くやれるものなのだ。
「じゃあ、愛莉さん。僕と遊んでくれますか?」
「はい」
好きとか、結婚とか、そういうことはまだよくわからない。
だけど仲良くなることは、悪いことじゃないだろう。
「ではこれから、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
差し出された大きな大人の人の手を、私は握り返した。
……このひとと、仲良く、ずっと一緒にいられたらいいな。
ぼんやりとそう思ったことが、全ての始まりだった。
使い慣れぬ洗面台の鏡に映る自分の顔を、私、桐生愛莉は真剣に見つめていた。
念入りにブローした髪はさらりと肩を覆い、ミネラルファンデーションで整えた肌はしっとりと艶やかに見える。頬は自然に上気しているようにほんのりピンクのチークを差してある。練習に練習を重ねたさりげない「すっぴん風メイク」だ。
そして身に着けている寝間着のルームワンピースは、爽やかな水色。襟ぐりと前開きのボタンに沿ってピンタックとレースが入った少し可愛さを残したシンプルなデザインだ。
とはいえ、まじまじと鏡を見つめたからといって、生まれてこのかた二十三年付き合ってきた顔が急に変わるわけじゃない。
「目がどうにも、ねぇ……」
瞳は少し大きめだと思う。でも幅の広い二重と少し垂れた目尻のせいで、どこか間の抜けた印象が強いのだ。いつもはアイラインで頑張って誤魔化しているけれど、「すっぴん風メイク」のアイラインではカバーできない。
その上ぷくりと膨れた頬が丸顔を強調していて、成人してもうそれなりに経つというのにどこか幼さが抜け切らない。頑張って小顔マッサージとかやってみても、全然びくともしない頑固さだ。
体型もぽちゃぽちゃしていて、必死でジムに通ってもどこか締まりがない。
可愛いと言えば聞こえはいいけれど、童顔で、全体的に年相応には見えない。それが他人から見た私の正直な印象だと思う。
「……はぁ」
我ながら色気のかけらもない。ため息も出るというものだ。
……それでも、今夜。今夜だけは綺麗になりたかった。
なにしろ今夜は、結婚して初めて夫と迎える夜なのだから。
顔の造作はどうしようもなくても、せめて身支度くらいは完璧に……と思ってしまうのは、新妻としてはごく自然な願いだと思う。
「やっぱり、もっと大人っぽいものがよかったかしら……」
よくよく吟味して選んだはずの寝間着が、やけに子供っぽく見えてしまうのは、すっぴん風メイクがあまりにも上手くなりすぎてしまったせいかもしれない。
「……あと少しだけ」
これが最後、と薄くリップグロスを塗る。健康的なピンク色になった唇を噛むように合わせ、「これで、よし」と小さく呟いた。
もうすぐ私は、自分だけのものではなくなる。
既に彼は、寝室で私の訪れを待っているのだから。
高鳴る鼓動を宥めつつ寝室へ向かう。
「心臓破裂しそう……」
この日を自分自身待ち望んでいたはずなのに、いざその時が来るとただただ緊張してしまって、どうしたらいいかわからない。
「あ……」
余計なことを考えていたせいか、つい寝室のドアをノックしてしまいそうになって、思わず苦笑した。今日から暮らし始めたばかりの家を、まだ自分のテリトリーであると認識できていないのかもしれない。しっかりしなくっちゃ。
頬をぱちんと叩いて気合を入れ直し、ようやく寝室のドアを開ける。
既に部屋の電気は落とされ、読書灯で照らされた場所だけが、まるで闇から切り取られたように白く光っていた。
「遅かったね」
私の夫──桐生貴大は、枕を背にしてベッドに足を投げ出し、本を読んでいた。
「そ、そう?」
私よりも先に風呂を済ませ寝室に入った彼は、当然寝間着姿である。なんの変哲もない、グレーのスウェットの上下だ。
端正な顔と理知的な雰囲気は、そんなラフな姿でも全く損なわれていない。
けれどここ数年見慣れたスーツ姿とは違う寛いだ恰好と態度に、思わず頬を赤らめ見とれてしまう。
ある意味それは予想していた姿である。しかし初めて目にした貴大さんの寝間着姿は、私にとって破壊力抜群だった。
ただラフな恰好だからよいというわけではない。常ならば隙なくセットされているはずの髪も今は洗ったままで下ろされ、黒縁の眼鏡をかけている。普段貴大さんはコンタクトを使用しているので、この眼鏡姿を見るのも、また初めてだったのだ!
やだ、黒縁眼鏡、素敵すぎる!
内心の動揺が身体に伝わったのか、ただでさえ速まっていた私の心臓の動きがさらに激しくなる。
夫の新たな一面といえば、それまでなのだけど、自分が知っていたのは、彼のパブリックな部分に過ぎなかったと思い知らされた気分だ。
どんなに近くにいても、別々の家に帰っていた以上、知らない面があるのは当然なのに。戸籍のみならず寝室までも共にするこれからは──彼のプライベートを思う存分知ることができるのだ。
ああ、私の旦那様は、なんて素敵なんだろう!
十歳年上の貴大さんは、私からすればただの「結婚相手」ではない。
初恋の人で、ずっと憧れていた大好きで特別な相手だ。
初めて見る一面に興奮するのも、これから迎えるであろうひと時を思い緊張するのもある意味仕方ない。
「どうしたの?」
本を閉じた貴大さんに問いかけられ、はっと我に返る。
「お、遅くなって、ごめんなさい」
待たせた自覚はあるので、私は慌てて頭を下げた。けれど貴大さんは本をヘッドボードへ置きながらふふっと優しく微笑む。
「女の人の身支度には時間がかかるものだ」
それに、と貴大さんは続ける。
「私のために、綺麗にしてくれたのだろう?」
その少し低いのにとてもよく通る声は、私の耳に優しく甘く響いた。
「……はい」
今日これから、私たちは本当に結ばれる。
この日が来るのをどれだけ待ち焦がれただろう。
貴大さんを思って過ごした日々を思い出し、私は熱い息を吐いた。
私たちが出会ったのは、十三年前。
当時私は小学四年生、十歳。
対する貴大さんは当時二十歳の大学生。
その年の差は、十歳。
恋愛感情など生まれるわけがない。特に貴大さんからすれば、私はただの子供でしかなかっただろう。私の方にしたって、大学生なんておじさんとまでいかなくとも、自分とは違う大人でしかなかった。
そんな私たちが婚約したのは、私の祖父が戦前から続く老舗の製薬会社のトップであり、貴大さんは総合化学メーカーの後継者であったから。
……つまり、将来の合併を見据えた政略的な婚約以外の何物でもなかった。
政略結婚である以上、私の意思はあまり関係がなかった。私と違い、成人して分別もある年齢だった貴大さんにしても、私と結婚することが会社を継ぐ条件だと言われれば、断ることは難しかっただろうと思う。
……そんな始まりだったけれど、私は成長するにつれ、ごく自然に貴大さんに恋をした。
貴大さんのスマートで整った外見だけでも、好意を抱くには十分だったと思う。
でもそれ以上に好きになったのは、貴大さんが私に対して、ずっと優しく気遣いに溢れた態度でいてくれたからだ。
貴大さんは私を「小さな女の子」として扱わなかった。
常に、対等な「女性」として扱ってくれた。
小学校高学年なんて、大人の言い分を頭から信じるほど素直ではなく、さりとて半人前とするにはあまりにもまだ心もとない。けれど自意識だけは半人前どころか一人前。そんな微妙な年ごろだ。ある意味とても扱いづらい時期でもある。
でも、思春期の入り口に立ったばかりの小さな女の子の自尊心を、貴大さんは守り、大いに満たしてくれた。
それだけでなく、貴大さんはいつも私を優しく「愛莉さん」と呼び、望んだことをなんでも叶えてくれた。
例えば可愛らしい雑貨を扱う店に連れて行ってくれたり、テーマパークで夜まで遊んで花火を見せてくれたり、プリントシールの撮影に付き合ってくれたり……些細なことばかりだけど、どれも過保護な親が許してくれなかったことだったから、凄く嬉しかった。
格好良くて、優しくて、素敵で、私のことを大切に扱ってくれる。
そんな人を、好きにならずにいられるだろうか。
正直、比べる方が間違っているとは思うけれど、同級生や年齢の近い男子は子供っぽくて乱暴で目移りする機会すらなかった私は、ずっとずっと、貴大さんのことだけが好きだ。
……でも、貴大さんは、どうなのだろう。
正直、今でも彼の気持ちはわからないままだ。
婚約中、私は何度も世間一般の恋人同士のように付き合いたいと強請った。
高校生くらいになれば、年上の男性と付き合っている同級生の話もちらほら耳にした。法律的にも、同意があればもう関係を持つことは罪ではない。何より私たちはただの恋人同士ではなく、婚約していたわけだし。
でも何度願っても貴大さんは常に紳士的な態度を崩さなかった。
いや、ある意味頑なであったとさえ、言える。
成人して学生の衣を脱ぎ、社会に出て立派に会社勤めをするようになってからも、触れ合いといえば手を繋ぐことやごく短い時間の抱擁くらい。口づけすら散々強請ってほんの数回だけだったのだ。
だからずっと、不安だった。
それこそ、これから結ばれるはずの、今になっても。
正式な夫婦になるまで、私を守ってくれていたと、わかっていても。
「あの、私のこと、好きですか?」
「なんだい、やぶから棒に」
貴大さんは少し驚いたように瞠目すると、優しく微笑んだ。それはもはや見慣れた馴染んだ笑顔で、私の胸はきゅんと締め付けられる。
「教えてください。……私のこと、好きですか?」
「でなければ、こうして今同じ家には住んでいないと思うが」
「そうじゃなくて……」
はっきりとした答えが返ってこないことに、少し苛立ってしまう。好意は、あるのだと思う。でも、私が求めているのは、違う「好き」だ。
上手い言葉が見つからない私に、貴大さんは手を差し出した。
「さあ、こちらにおいで」
誤魔化されたのかもしれないけれど、差し出された手を拒む理由はない。私はそっと、貴大さんの手に自分の手を重ねた。
「きゃっ!」
途端、急にその手を引かれ、私はバランスを崩してベッドに座る貴大さんの胸の中に倒れ込んだ。
「もうっ、何するんですか……っ!」
危ないでしょう、とつい頬を膨らませてしまう。
けれど貴大さんの顔を見た瞬間、言葉を失ってしまった。
なぜなら彼の双眸がかつてないほど真剣に……私を見つめていたから。
「こうして愛莉と抱き合う日を、ずっと待っていたよ」
「貴大、さん……」
いつもの優しいものよりも、少し切実なものを含んだ声色に胸が跳ねた。
「愛莉……。私の可愛い奥さん」
僅かに傾けた顔が、静かに近づいてくる。それが何を意味するのかを察して……私は息を詰めてぎゅっと強く目を閉じた。
閉じた視界の中、柔らかな感触が唇に押し当てられる。
「……っ!」
その感触を反芻する間もなく優しく唇が食まれ、私は思わず身体を強張らせた。
触れるだけの口づけなら、これまでも何度か経験がある。
けれどその先に進もうとするのは、初めてだったから。
ところが、私が腕の中で固まったことに気づくと、貴大さんの唇はあっさりと離れていってしまう。
「あ……」
理由を問うように目を開ければ、貴大さんはいつものように優しく微笑んでいる。
駄目。
私は咄嗟に首を横に振った。貴大さんが次に何を言うか、わかっていたから。
「……今日は、ここまでにしておこう」
ああ、まただ。
ぎゅっと無意識のうちに唇を噛んでいた。
貴大さんは私が怯えるような様子を見せると、すぐに手を離してしまう。
常に私を優先する態度や申し出が、貴大さんの優しさからであることは、もちろん理解している。
それでも、今夜は受け入れ難かった。
「嫌です!」
「無理はしない方がいい。愛莉の準備が整うまで、私はいくらでも待てるよ」
「嫌だと言いました! 私はもう待てません!」
子供のように、私は声を張り上げた。
出会った頃はあれこれとお願いばかりしていたけれど、それなりに成長してからはわがままを言わないようにしていた。
十も年上の彼に似合う女になるために、ずっとずっと背伸びしてきたのだ。
「だいたい、もう私たちとっくに夫婦になっているじゃないですか!」
実のところ入籍は三年前、私が二十歳の時に済ませている。そのため、書類上の日付だけで判断すれば、私たちはとっくに「新婚」ではない。
初夜が三年も先延ばしにされてきたのは、当時私がまだ学生だったこと、そしてこの結婚を決めた私の祖父が亡くなり、喪中であったのが原因だ。
晴れて私は大学を卒業して就職もしたし、祖父の三回忌も無事終わった。
貴大さんと私の仕事のタイミングを見計らい、今更家を出ることを渋りだした親を説得し、結婚式はまだだけど、ようやく本当の夫婦となるべく本日同居を開始したのだ。
明日は日曜日。多少夜更かししてもなんの問題もない。
もう、何も私たちを邪魔するものは、ないはずだ。
「……私はずっと貴大さんの妻になると心に決めてきました! もう待てません!」
「だが、怖いんだろう?」
私の震える身体を、貴大さんは優しく抱き寄せる。
「怖いです」
しかしそれは、口づけよりも先に進むことを恐れているのではない。
「……貴大さんに、がっかりされるんじゃないかって」
全てを晒した結果、愛する夫に失望されることが不安で、何よりも怖いのだ。
「……そんなことを気にしていたのか」
貴大さんは呟くなり喉を鳴らすように笑った。
「本当に、私の奥さんは可愛いな」
「……もう、私子供じゃありません」
からかうような口ぶりと頭を撫でる優しい手に、つい私は頬を膨らませてしまう。そんな私を見てまた貴大さんは声を上げて笑った。
「貴大さんっ!」
彼から見ればこちらの行動など全てが微笑ましく可愛いものになってしまうのだろう。わかっていても、また私は子供のように唇を尖らせてしまう。
「知っているよ。……私はずっと愛莉を見てきたからね」
「あっ……」
私の髪をすいていた指が、するりと項を撫でた。その儚い感触に、なぜか身体がびくりと反応してしまう。
「もうとっくに私の中で愛莉は子供なんかじゃないよ」
耳元で、甘く貴大さんが囁く。

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