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愛獄 絶対的支配者に快感を刻まれる蜜夜 2

第二話


 何ぞ須いん 世を恋いて常に死ぬのを憂うるを ──白居易 『放言』五首 其の五


 東京都江東区有明のウォーターフロントに建ち並ぶタワーマンションの一室。その最上階に、上野美琴は居住している。
 齢十九、あと数時間後に二十歳になる女性が暮らすには、過ぎたマンションだった。
 むろん美琴の名義ではない。設備はもちろん、調度品も一級品のものばかりが揃うこの部屋の主は別にいる。美琴はただ、居候させてもらっている身に過ぎない。
 窓際へ歩み寄り、磨き上げられた掃き出し窓から景色を眺める。高層階から見る景色はすでに見慣れたものになっていたが、それでも飽きることはなかった。
 かつて、“死”を意識していた生活から助け出してくれた男は、その後、衣服を、住居を、食物を与えてくれた。今の美琴があるのは、間違いなく彼──五十土眞臣のおかげだ。
 出会ってから十年、眞臣は、本当の親よりも大切に扱ってくれた。
 女癖が悪い父親に愛想を尽かした母親が蒸発してから、美琴の生活は崩れていった。気が向いたときに食事を与えられ、父親の機嫌が悪ければ殴られる日々。
 そんな状況が一変したのは、今から十年前。寒い冬の日のことだった。
 関東最大派閥である清流会、葛城組の組員だった父親は、金庫番の目を盗んで組の金を持ち逃げした。
 愛人と高飛びする予定だったらしく、しばらくは見つからないと高を括っていたようだが、その日のうちに眞臣の手によって捕まってしまった。
 父親を見たのは、あの薄汚いアパートの部屋が最後だ。その後どうなったのか美琴が聞くことも、眞臣が語ることもなかった。
 自分が受けた仕打ちを考えれば、父親に同情はしない。ただひとつ感謝するとすれば、父親の愚かな行動によって眞臣と出会った。それだけだ。
 美琴を保護した眞臣は、まず病院に連れていってくれた。衰弱していたため退院までに一ヵ月を要したが、入院費用のすべては彼が負担してくれた。退院後はこのマンションで生活するよう手配をし、そばに置いてくれている。この十年間、ずっと。
 四ヵ月後の三月に、美琴は短大を卒業する。しかし、進路を決めかねていた。十年前の約束があるからだ。
 それは、美琴が退院して眞臣の暮らすマンションへ連れてこられた日に告げられた。
『あなたに覚悟があるのなら、今の生活から救ってあげましょう』
『覚悟……?』
『二十歳になるまでは、あなたの生活のすべてを面倒見ます。その代わりに、二十歳になったら私の所有物になるんです。私はどちらでも構いませんよ』
 眞臣から選択を迫られたのは、都内に雪がちらついていた十二月。折しも、美琴の誕生日のことだった。
 彼がなぜそんな提案をしたのか、当時の美琴にはわからなかった。
 実の親にすら必要とされなかった自分に、所有されるほどの価値があるとは思えない。ましてや相手は、父親を圧倒的な力でねじ伏せた男だ。父親とは違う種類の人間なのだと、幼いながらに感じていた。
 けれど、凍えそうなほど寒かったアパートの前で“死”を意識した美琴にとっては、些細なことだった。眞臣がどのような人間だろうとどうでもいい。誰もが美琴のことなど気にも留めなかったのに、唯一この男だけが声をかけてくれたのだから。
『わたし……あなたの、所有物に、なります』
 何をすればいいのかわからぬまま、辿々しい口調でそう言えば、眞臣は双眸をかすかに細めた。
『子どものあなたができることは限られています。まず、自分を大事に扱いなさい。よく食べてよく学ぶこと。守れますか?』
 眞臣の言葉に、首を傾げた。まるで、“普通の”子どものように過ごせばいいと言われている気がしたからだ。
『どうして……』
 疑問が口から零れる。しかし眞臣は、その反応こそ意外だというように目を眇めた。
『私は、物も人間も相応の価値を求めます。所有物になると決意したからには、あなたも私が手元に置くにふさわしい振る舞いや教養を身につけなさい』
 口調は丁寧なのに、眞臣の言葉には圧があった。生きる意味を見出せず、自分は無価値な存在だと思っている美琴にとって、揺るぎない彼の有りようは眩しかった。
『わかりました……頑張ります』
『いい返事ですね。では、さっそくあなたに質問します。名前は?』
 問いかけられた美琴は、目を瞬かせる。もうとっくに知っているはずなのに、なぜ改めて尋ねるのだろう。疑問が顔に出ていたのか、眞臣は『自己紹介は基本ですよ』と、美麗な顔に笑みを刻んだ。
『私の名前は覚えていますね?』
『いかづち……まさおみさん……』
『よくできました』
 伸びてきた手に、美琴の身体が反射的に強張った。父親に暴力を振るわれた記憶が身体に残っているのだ。
 けれど眞臣は特に何も言わず、美琴の頭を撫でた。
 優しいぬくもりだった。そんなふうに触れられるのは初めてで、なぜか息ができないほど胸が苦しくなった。
『うえの、みこと……です』
 絞り出すように名を告げると、眞臣がその場に膝をつき、美琴と視線を合わせた。
『私のことは、眞臣と呼んでください。……美琴、これからあなたの庇護者は私です。覚えておくように』
 その言葉は、美琴にとって初めて与えられた生きる指針だった。だから、眞臣の提案を受け入れた。
“所有物”が何を意味する言葉なのかを考えなかったわけではない。ただ、いつか死ぬのなら、この綺麗な男のそばで終われるのなら、それでもいいと思ったのである。
 誕生日を迎えるたびに、美琴はあの日の会話を思い出す。
 眞臣と“約束”を交わしたあの日から、美琴の世界は少しずつ変わっていった。そして年齢を重ねるほどに、その約束は大きな意味を持つようになっていた。
(所有物になるってことは……あの人に抱かれるということ)
 その意味を理解したのは、中学を卒業するころだった。眞臣の『仕事仲間』である日藤耕三(ひとうこうぞう)の妻・美千代(みちよ)から教えられたのだ。
 美琴を引き取ったあと、眞臣は、『女性の相談相手が必要だろう』と、日藤の妻を紹介してくれた。四十代後半の彼女は気っぷのいい女性で、閉じこもりがちな美琴の面倒をよく見てくれた。
『美琴ちゃんは、もうこの年で将来を決めているのね。すごいわ』
 十五歳の春。美千代にしみじみと言われたが、何のことかわからず首を傾げた。すると彼女は、眞臣から聞いているのだと教えてくれた。
『五十土さんの所有物ってことは、あの人の女になって囲われるのよ。そのときのために、女を磨いておかないとね』
 そのとき美琴は、初めて“所有物”という言葉の意味を知った。けれど、不思議と嫌悪感はなかった。眞臣のそばにいられるのなら、それでいいと思った。
 いつの間にか、美琴の中で眞臣への感情は、恩や感謝だけでは言い表せないものになっていた。
 彼はこの十年間、一度も美琴へ性的な関心を向けなかった。時に父親のように、または兄のように、美琴を守り育ててくれた。
 だが、どれほど大切にされても、眞臣と美琴に血の繋がりはない。赤の他人だ。そして美琴は、誰かから向けられる好意を、まだ完全に信じられずにいる。そんな価値が、自分にあるとは思えなかったから。
(眞臣さんは、今のわたしをどう思っているんだろう)
 彼の所有物にふさわしい人間になれたと、自惚れるつもりはない。それでも、この十年間、美琴は必死だった。
 小学校すらまともに通っていなかった自分が、最初に始めたのは小学一年生の勉強だった。そこから努力を重ね、中学でも高校でも上位の成績を取れるまでになった。
 見た目や振る舞いも充分に気をつけた。美千代から助言を受け、それらをひとつずつ身につけていった。その甲斐あって、外見は明確な変化を遂げた。
 背中で揺れる艶やかな黒髪に、女性らしい胸元のふくらみと腰のくびれ──美琴の身体つきは年齢とともに整い、周囲から視線を向けられることも増えた。大きな瞳は印象に残るらしく、美千代からは冗談めかして『こぼれ落ちそうね』と言われたこともあった。
 しかし、どれだけ他人に褒めそやされようと眞臣に気に入ってもらえなければ無意味だった。美琴に“生”を与えてくれた彼の恩に報いる──そのための努力なのだから。
 窓の外に広がる夜景を眺めながら物思いに耽っていると、リビングのドアが開いた。振り返ると、この部屋の主である眞臣が、ケーキの箱を手に立っている。
「おかえりなさい、眞臣さん」
 すぐさま彼に歩み寄ると、大きな箱を差し出された。
「少し遅くなりましたが、ケーキを食べましょうか」
「ありがとうございます。準備しますね」
 美琴は箱を受け取り、先ほどまで考えていたことを意識の隅へ追いやった。
 眞臣は、同居してからずっと美琴の誕生日を祝ってくれている。この日だけは必ず彼が選んだケーキをふたりで食べる。それが、いつの間にか恒例になっていた。
 箱を開けると、中にはホールケーキが入っていた。チョコレートで覆われたケーキの中心には、“ハッピーバースデー美琴”と英字で書かれたプレートが載っている。
 この世に生まれたことを祝ってくれるのは、眞臣と日藤夫妻だけだ。美琴は彼らに出会えた幸運に感謝しつつ、ケーキを切り分ける。
(でも……眞臣さんの気持ち次第では、わたしはもうそばに置いてもらえない)
 それだけは嫌だった。眞臣は自分のすべてであり、彼と一緒にいられなければ生きている意味がない。彼のいない未来を想像するだけで、胸の奥に不安が広がった。
 コーヒーとケーキをトレイに載せてリビングへ戻ると、眞臣はソファで寛いでいた。
 コートを脱ぎ、スーツのボタンをいくつか外した姿は、仕事中の隙のない雰囲気とは違っている。長い脚を組み、背もたれに寄りかかる姿は気怠げで、つい見入ってしまう。
「お待たせしました」
 美琴は慣れた所作で眞臣の前にケーキとコーヒーを置き、隣に腰を下ろす。
 こうして隣に座ることを特別だと思うようになったのは、いつからだったのか。はっきりしたきっかけは覚えていない。けれど、眞臣と過ごす時間が増えるほど、彼への気持ちは少しずつ形を変えていった。今では、ひとりで抱えるには大きすぎるほどだ。
「では、いただきましょうか」
「はい」
 眞臣の声を合図に、ケーキに手を伸ばす。ちらりと隣を見ると、彼はいつものように無駄のない仕草でフォークを動かしている。何をしていても様になる人だと思っていたところで、視線に気づいたのか、眞臣と目が合った。
「あなたも、もう二十歳になるんですね。進路がまだ決まっていないようですが、何かやりたいことがあるなら言いなさい。選択肢を用意することくらいはできます」
「わたしの望みは、眞臣さんの役に立つことです」
 自分でも驚くほど自然に出た言葉だった。
 やりたいことなど、考えたことはない。美琴が望むものはひとつ、ずっと眞臣のそばに置いてもらうことだ。だから大学も、四年制ではなく短大を選んだ。すべては、二十歳という節目を迎えたあと、約束どおり彼の所有物になるために。
 けれど、卒業後の進路を決めかねている理由は、それだけではなかった。
 眞臣の所有物になるということは、これまでのような自由な生活を続けていいのか。それとも、彼のために別の生き方を選ぶべきなのか。まだ答えが出ていなかった。
「……そうですか。それなら、まずは選択肢を見ておきなさい」
 眞臣は短く返すと、テーブルの上に置かれていた封筒を美琴に差し出した。
 封筒を受け取り、中身を確認する。そこには、いくつかの企業名と、それぞれの仕事内容がまとめられていた。
「あなたの性格を考えると、環境が大きく変わりすぎる場所は向かないでしょう。生活の基盤を整えながら、少しずつ外の世界へ出ていける場所を選んでいます」
 眞臣の言葉を聞きながら、美琴は書類へ視線を落とした。どれも、自分には過ぎるほど立派な企業ばかりだった。
 それでも、美琴の気持ちは決まっていた。
「いりません。……二十歳になったら、“所有物”になると約束しました」
「そういえば、そんなこともありましたね」
 眞臣は今思い出したとでも言うように、ふ、と口元を歪ませた。
「あんな戯れ言を真に受けていたとはね」
「え……」
「いいですか、美琴。短大を出るまでの間は面倒を見ますが、卒業後は就職して自立しなさい。それがお互いのためです」
 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
 眞臣との約束だけを支えに、この十年間を生きてきた。勉強も、生活も、自分自身を変える努力も、すべては、いつか彼の隣に立つためだった。
「っ、わたしには……“相応の価値”がないからですか?」
 眞臣は、物も人も相応の価値を求めると言っていた。
 ならば、自分はまだ足りないのだろうか。どれほど努力しても、彼が求める存在にはなれなかったのだろうか。
 しかし彼は、緩く首を左右に振ると、自身の髪を掻き上げた。
「違います。あなたはこの十年で、知識も教養も身につけた。私の庇護がなくても、もう充分に独り立ちできる」
 言い聞かせるような穏やかな声だった。
 その言葉が嬉しくないわけではない。むしろ、積み重ねてきた努力を眞臣が認めてくれたことは、素直に嬉しかった。
 しかし、彼が望んでいるのは、美琴が自分から離れて生きることだった。
「この話はこれで終わりです。明日は仕事が休みなので、誕生日プレゼントを買いに出かけましょうか」
 話を切り上げようとした眞臣に、美琴は髪が乱れるのも構わずかぶりを振る。
「プレゼントはいりません。わたしを……眞臣さんのそばに置いてください」
 美琴の願いはただひとつだけだった。だがそれは、目の前にいる男の許しを得られなければ叶わない。
「好き、なんです」
 自分の口から出た言葉に、美琴自身が驚く。
 けれど、一度溢れた想いは止められなかった。
「眞臣さんのそばにいられないなら、今まで生きてきた意味がありません」
 しばらく美琴を見つめた眞臣は、ため息交じりに肩を竦めた。
「チンピラの父親に人生を狂わされておいて、極道のそばにいたいなんて馬鹿な子に育てた覚えはないんですけどね」
 眞臣は、関東最大派閥である清流会に属する葛城(かつらぎ)組の若頭だ。その事実を知ったのは、一緒に暮らし始めてしばらく経ったころ、中学に進学する時期のことだった。
 当時の眞臣は、まだ若頭補佐という立場だった。それでも、そのことを彼自身の口から告げられたとき、美琴は驚かなかった。幼いながらも、父親が普通の仕事をしている人間でなかったことは理解していた。そして、眞臣が父親とは比べものにならないほど大きな存在であることも感じ取っていた。
 彼は極道の世界を美琴に見せることはなかったが、後になって美千代から聞かされた。眞臣はその世界では知らぬ者はいないほど名の通った人物なのだと。
 ──だが。
「眞臣さんが極道かどうかは関係ありません」
 十年前、アパートの部屋の前で膝を抱えながら、死んだほうが楽だと思った。
 体中から力が抜け落ち、気力も体温も奪われていく。そんなときにこの男が施してくれた優しさに、命を、心を救われた。この感情は、どんな育てられ方をしたとしても変わらないと断言できる。
「わたしにとって、眞臣さんとの約束は生きるための支えでした。それをなかったことにされるなら……生きてきた意味が、わからなくなります」
 美琴の発言に、眞臣が瞠目する。
 眞臣の言葉には、これまで一度も逆らわなかった。欲しいものを尋ねられても、行きたい場所を聞かれても、我が儘を言ったことはない。嫌われたくなかったからだ。だからこそ、今だけは譲れなかった。
「いいでしょう。誕生日プレゼント代わりに、あなたの願いを叶えます」
 眞臣の視線が、ちらりと壁掛け時計に向く。いつの間にか、時計の針は午前零時を過ぎていた。つまり、美琴の誕生日当日だ。
 眞臣は立ち上がると、美琴の手を引いた。その足でリビングを出て、寝室へ向かう。
 マンションは4LDKで、美琴には一室が与えられていた。残る部屋は眞臣の寝室と書斎で、いずれも普段は立ち入ることを許されていない。
 彼は美琴を振り返ると、寝室のドアを開けた。
「どうぞ」
「……あの」
 何かを確認したかった。けれど、何を尋ねればいいのか、美琴自身にもわからない。
「あなたが考えていたのは、こういうことでしょう?」
 眞臣は艶然と微笑むと、強引に美琴の二の腕を掴み、ベッドへ引き倒した。
「あなたの望みどおり、私の所有物にしてあげましょう。ただし、期間は大学を卒業するまでの三ヵ月の間だけです」
「え……」
「可愛がってあげますよ。私なりのやり方でね」
 スーツの上着とベストを脱いだ眞臣は、ネクタイを緩めながら美琴の身体を跨いだ。眼鏡を外し、膝立ちで見下ろしてくる酷薄な瞳にドキリとする。
 口調はいつもどおりに慇懃だが、今までの彼とは明らかに違う。どこがどうと説明できない変化を肌で感じた。
(眞臣さんのそばにいられるなら、何をされたっていい)
 提示された期限は、あまりにも短かった。それでも、今この瞬間、彼が自分を拒んでいないことだけが救いだった。
「よろしく、お願いします」
 自分でも不器用な言葉だと思う。でも美琴にはそれ以外の伝え方がわからなかった。
 眞臣は静かに視線を逸らし、美琴のシャツを左右に引き裂いた。ボタンが転げ落ちるのも構わずに、露わになった胸のふくらみに視線を据える。
「ずいぶんと育っていますね。あのころの面影はどこへ行ったのやら」
 眞臣の揶揄めいた言葉で、肌が一気に熱を帯びた。
 当時と比べれば身体つきが変化しているのは当然だ。しかし、改めて口にされると、羞恥だけが突き上げてくる。
 彼は乱暴なしぐさでブラを押し上げ、揺れる頂を指で挟んだ。
「あっ……」
 思いがけず強い力で擦られて、小さく声が漏れる。眞臣はそんな反応を愉しむように、両手で左右の胸に刺激を加えた。
「……へえ? 予想以上にいい反応をしてくれますね」
 どこか感嘆したように言いながら、眞臣は美琴の胸の弾力を堪能する。両の手に余るたわわな乳房に指を食い込ませたかと思うと、乳首を引っ張って指の腹で擦り立てた。
 初めて性的に触れられ、その感覚にぞくぞくする。
 眞臣が自分の身体を気に入ってくれたなら嬉しい。ようやく彼との約束が果たされることが、何よりも嬉しかった。
「ああ、乳首が勃ってきましたね。なかなか感度もいいようだ。あなたは自分で慰めたことはありますか?」
「な……い、です……んぅ」
「では、一から仕込んであげましょうか」
 眞臣は言いながら、乳房へ顔を寄せた。双丘を中央に寄せると、勃起している乳首へ舌を這わせる。
「んっ……」
 生暖かく湿った舌先が、硬くなった乳首に巻き付く。理知的な彼の表情はまったく崩れていないのに、舌の動きはやけに淫靡だった。唾液をたっぷりと纏わせ、焦らすように乳暈を湿らせながら、もう片方では指で存分に乳首を抓る。
「あぅっ……」
 人生で初めて出た甘ったるい自分の声に羞恥を覚えながらも、眞臣に触れられる悦びに抗えない。
 身体の奥底が熱を持ち、じんじんと疼いてくる。それはどんどん大きくなっていき、美琴は浅く息を吐き出してシーツを握りしめた。
(胸に触れられるだけで、こんなに気持ちいいなんて……)
 眞臣から愛撫を施されているから、心も身体も悦んでいる。他の男では、こんな気持ちにはなれないだろう。
 しばらく胸を愛撫していた彼は、ふと顔を上げた。
「足を開きなさい、美琴」
「え……」
「何をするかは、知っているんでしょう?」
 試すような眼差しに、鼓動が高鳴る。ここで少しでも嫌がったりすれば、すぐに愛撫を止めてしまうに違いない。
 これは、ただ身体を求められているだけではない。彼のものになる覚悟があるのか──そう問われている気がした。
 震えそうになる息を飲み込み、美琴はゆっくりと足を開いた。シーツを踏みしめる感触が、妙にはっきりと伝わってくる。
 身体を起こした眞臣の気配に、美琴の鼓動はさらに速くなっていた。
「下着が濡れて透けていますよ。どうしてでしょうね」
 揶揄するように言うと、眞臣が美琴と視線を合わせた。
「恥ずかしい部分が私に見えるように、自分で下着をずらしなさい」
「っ……」
「できなければ、それでも構いませんよ」
 自身の首からネクタイを引き抜いた眞臣は立ち上がり、まず腕から時計を、そのあとにワイシャツのボタンを外していった。その間も、美琴からは目を逸らさない。
 美琴もまた、彼から視線を外さずに、ゆっくりとショーツを脇へずらしていった。空気に触れた恥部がぴくりと動き、蜜路から愛液がとろとろと零れた。
「そのまま、自分の太ももを両手で押さえなさい」
 眞臣に命じられたとおり、自分の恥部を見せつけるように太ももの裏を自分で押さえた。自分自身の意思で応えようとするほど、胸の奥にある緊張と期待が膨らんでいく。
(眞臣さんにわたしを見てもらうためなら、なんでもできる)
 そんな想いが胸を満たす。
 羞恥に耐えながら見つめ続けていると、眞臣は袖口のボタンを外し、シャツを脱ぎ捨てた。
 瞬間、美琴は息をのんで眞臣の背後にある大きな鏡を見つめる。
 男の背中には、墨一色のカラス彫りの刺青が入っていた。図柄は鳳凰。『礼記』にある四霊の瑞獣のうちの一体だ。
(綺麗……)
 麒麟、霊亀、応龍とともに四霊に名を連ねる鳳凰は、五色の羽毛を持ち、頭は鶏、首は蛇、その尾は魚のような鳥だとされている。瑞鳥としても有名なその姿が、眞臣の背中に彫られていた。
 葛城組『御三家』と呼ばれる幹部の一翼を担う眞臣は、『梟雄』の異名があるという。残忍で荒々しいという意味を持つ言葉だが、怜悧な容貌に反して凶暴な面を持つ男への畏怖と嘲りでつけられた名のようだ。
 刺青もそうだが、普段のスーツ姿からは想像できないほど筋肉質だった。こうして見れば見るほど、この男が裏社会の人間なのだという現実が突きつけられる。
「そういえば、あなたには見せたことはありませんでしたね」
 美琴の視線に気づいた眞臣が薄く笑った。
「あなたが所有物になりたいと言った男は、極道の世界にどっぷり浸かっている男です。せいぜい逃げなかったことを後悔しなさい」
「あ……っ」
 ふたたびベッドの上に戻った眞臣は、美琴に足を押さえさせたまま割れ目を押し開いた。空気の揺れに震える恥部に舌を沈ませ、淫らな蜜に濡れた花弁を舐めていく。
「ン、あぁっ」
 抱かれるときにどういう行為をするのか、知らなかったわけじゃない。けれど、頭で理解していた以上の快感に襲われていた。彼の顔が自分の恥部に埋まっていると思うと、それだけでどうにかなりそうになる。
 花弁を唇に含んだ眞臣は、そこを吸いながら陰核を親指の腹で丁寧に撫で上げた。刹那、腰の芯から全身が激しく波打ち、美琴はたまらずに自分の内股へと爪を立てる。
(な、に……? どうして、こんなに熱いの……っ)
 美琴は、自分自身の身体に次々と巻き起こる変化を理解できずに狼狽する。
 彼のわずかな触れ方ひとつで、肉芽から抗いがたい快楽が体内の奥底へと渦を巻いて広がっていく。意思とは全く無関係に愛液が溢れ出し、痺れるような熱が皮膚一枚を過敏に変えていく。
 けっして不快なわけではない。ただ、自分のなかに眠っていた未知の衝動が暴き出されていくような感覚が、言いようのない恐怖と甘い感情を同時に運んできた。
(こんな格好、恥ずかしいのに……もっとしてほしいなんて)
「ま、眞臣……さ……ぁあっ」
 肉芽を指で揺さぶられ、蜜孔から透明な淫汁が流れ落ちる。尻穴を伝ってシーツに染み込んでいき、まるで粗相をしてしまったかのようだ。
「は……これはまた、ずいぶんと漏れていますね。そんなに此処をいじられるのが好いんですか?」
「……気持ち、よくて……でも、恥ずかしい……です」
「恥ずかしいと感じるということは、あなたはいじめられるのが好きなんですね」
「え……んぁっ!」
 突如、淫蕾を強く摘ままれ、一瞬で全身が愉悦に染まる。蜜孔はぴくぴくと痙攣し、ひどくもどかしい想いを味わった。身体の奥底がいやらしく震え、血液が煮立っているかのように熱くなる。
「夜の間中、達きっぱなしにしてあげましょうか。それとも、達く寸前で何度もおあずけするのも楽しそうですねえ」
 乱れる美琴とは対照的に、眞臣はどこまでも冷静だった。
 彼にそのつもりがなかったのに、自分の願いを無理に受け入れてもらったのだから、当然なのかもしれない。
 それでも、美琴は少しでも眞臣に認めてもらいたいと思ってしまう。
「わ……わたしは、何か……しなくても、いいんですか……?」
 自分ばかりが与えられているようで、申し訳なさが胸に残った。しかし眞臣は、不愉快そうに目を細めた。
「男に奉仕する手管をどこかで覚えたとでも?」
「ち……違います……っ」
 ただ、こうして彼に委ねているだけでいいのか、不安になっただけだ。花芽をぐりぐりと押し擦られながらもそう告げると、美琴の戸惑いを見透かしたように、眞臣は小さく息を吐く。
「よけいなことは考えなくていい。あなたはただ、私の手で喘いでいなさい」
 彼の指が包皮を剥くように肉芽を擦り立てた。蜜液をまぶしながら加減せず快感の塊を刺激され、小刻みに内股が震える。それでも命じられたとおりに自分の足をしっかり押さえていると、今度は肉芽に舌を這わせられた。
「ひっ、ぁあ……ッ」
 充血して膨れたそこを、ねっとりと舐め上げられる。小さな肉粒を弄ばれるとなぜこうも身体が熱く疼くのか、理屈などまったくわからなかった。
 ただ、美琴は本能的に理解している。相手が眞臣だからこそ、自分の身体はこんなにも敏感に反応してしまうのだと。
「あ……っ、んっ……」
 声を漏らすたびに、眞臣が切れ長の目を伏せ、上目遣いに見据えてくる。その眼差しに甘さは微塵もなく、観察するかのような冷たさがあった。
 それでも、美琴にとっては構わなかった。この美しく傲慢な男の瞳に、今、自分だけが映し出されていると思うだけで、胸の奥から喜悦がとめどなく溢れ返っていく。
 先ほどまでいじくられていた乳首は物欲しげに勃ち上がり、花蕾を舐められるとなぜか胸までも疼きが増す。快感が塗り重ねられていき、ぞくぞくと悪寒に似た何かが下肢から全身を伝っていく。
「んぁっ、何……漏れちゃ……ッ」
 花蕾を唇で挟まれて吸引され、美琴は恐怖に戦いた。剥き出しにされた花芯を集中的に攻められているせいで、なぜか抗いがたい尿意が急激にせり上がってくる。
(このままじゃ……!)
 彼の目の前で粗相をしてしまう──。それまで内股を押さえていた手が反射的に眞臣の肩を掴み、必死になって腰を左右に振って逃れようとする。しかし、美琴の抵抗など意にも介さず、彼は両の内股を押さえつけたまま、じゅぷ、と音を立てて肉芽を貪り吸った。
「いやっ……ぁああっ」
 瞬間、ぶわりと汗が吹き出て目の前が白く塗りつぶされた。子宮が収縮し、心臓がありえない速さで拍動している。
 全身が弛緩して視界がぐにゃりと歪む。すると、恥部から濡れた唇を離した男が、端整な目を伏せて美琴を見下ろした。
 自身の唇についた愛液をゆっくりと舐め取るその淫靡な仕草に胸が跳ねたとき、まだ絶頂の余韻に震える膣内へ容赦なく指が挿入された。
「あぁっ」
「絶頂したばかりだからか、難なく入りますね。こんなにも、いやらしく指に吸い付いてくる。これなら、慣らさずに挿入してもいいくらいだ」
 眞臣はまるで触診でもするような手つきで、美琴の膣内で指を動かした。節くれ立った指が旋回するたび、媚肉がきゅうきゅうと収斂する。
(気が遠く、なる……)
 性的に触れられるのも、ましてや絶頂を迎えるのも初めてだった美琴には、今自分の身体に何が起きているのか理解できなかった。ただ、眞臣に触れられている場所のすべてが燃えるように熱を帯び、身体が思うように動かなくなっていく。
「聞こえますか? あなたのいやらしい音が。ここで私を受け入れるんです」
「ひ、ぁっ」
 愛蜜をたっぷりと滴らせる肉襞を指で押し擦られ、喉の奥から切ない空気が漏れ出す。次々と重ねて与えられる快感に、胎内は負荷を訴えていた。
 それでも、眞臣のすることに異を唱えられない。少しでも嫌がれば、この男は自分を手放してしまうかもしれないからだ。
「やめるなら今のうちですよ? 美琴」
「い……や。続けて、くださ……」
「まったく。愚かですね」
 呆れたように呟いた眞臣は、蜜孔に指を埋めたまま空いている手を胸に伸ばした。
「そういえば、しばらくこちらを可愛がっていませんでしたね」
 告げるが早いか、硬く勃起した乳首が容赦なくねじり上げられる。下腹部の快感に意識を集中させていた美琴は、あまりの衝撃に腰を大きく撥ね上げて悶絶した。
「んぁっ、ああ……ッ」
 痛みを感じる手前の絶妙な力加減で胸を捏ね回されたかと思えば、直後に淫孔を再度かき混ぜられ、腰がベッドから浮き上がる。
 眞臣はどこにどう触れれば美琴の官能を支配できるかを熟知していた。
 自分でさえわからない身体の反応をすべて掌握されるのは嬉しい。しかし、途切れることのない淫悦ばかりを与え続けられ、ひどく苦しくなってくる。
「は……ぁっ、ん、あっ」
 絶え間なく艶声を漏らしている唇が、空気を求めるように半開きになる。今の自分はさぞだらしのない顔をしているに違いない。わずかに羞恥が脳裏を過るも、彼の指が媚肉の敏感な部分に触れると、思考が霧散するほどの衝撃に襲われた。
「っ、ぁ……!」
 びくん、と熱を帯びた内壁が大きく波打ち、痙攣した。
 美琴の身体が起こした細かな変化を指先で感じ取った眞臣は、まさに絶対的な捕食者の顔で、美しく嗤った。