憧れ上司の推しは、私でした!? 隠れVtuberは絶倫課長に二次元でも三次元でも溺愛されています 2
自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「か、課長はコーヒーに砂糖とミルクは入れるんですか?」
「いや、ブラックだ」
知ってる! だって、コーヒーを飲む時、チェックしてたもん! でも、知ってるなんて気持ち悪がられるだろうから、知らないふりをして聞いた。
「そうなんですね。私はたくさん入れないと飲めないんです。苦くて」
ど、どうしよう。コーヒー淹れ終わっちゃう。二人きりになれるチャンスなんてなかなかないよ。どうしよう。どうしよ……。
頭の中が、真っ白になった。
「あ、あの……Vtuberって、知ってます?」
とうとう切り出しちゃった~~~~!
「ん? あ、ああ、詳しくないが、一応は……まあ、最近はニュースなどでも話題になっているからな」
なんだか、ちょっと動揺している……ような? 私が疑心暗鬼になっているせいで、そう見えるのかな?
「私、実は……最近ハマッてるんですよね」
「そうなのか。誰だ? と言っても、俺はあまり詳しくないから、わからないと思うが」
ダイヤに繋げるチャンス!
「事務所とかに入ってない個人勢なんですけど、石宮ダイヤって子が好きで……」
「ダイヤたんを知っているのか!?」
京極課長が目を見開き、大きな声を出した。
「えっ」
「……っ! す、すまない」
ハッとした様子で口に手を当てた京極課長は、私から目を逸らす。
ダイヤたんとは、私のあだ名だ。他にもダイヤン、ダイダイなどがある。
個人勢で一般的に知られているとは言えない石宮ダイヤのあだ名を知っているということは、やっぱりあのファンメールは、京極課長……!?
「オレもコーヒー飲んどくか~って、満員御礼っすね!」
その時、沢森くんが入ってきた。
ああっ! いいところで……っ!
「私、終わったから、ごゆっくり……」
「お、おう? さっきよりも元気ないな」
「コーヒー飲んだら復活するから大丈夫……」
次、二人きりになれる機会はいつくるかな。うう、気になる。早く話したい。
「朝一は、やはりコーヒーを飲みたくなるな。俺も出るから、使うといい」
「あざっす!」
席に戻って、コーヒーを一口飲む。
「うぐ……苦っ!」
動揺して砂糖とミルク入れ忘れちゃった。貰ってこよう。
席を立とうとしたその時、京極課長が砂糖とミルクと付箋を私の机に置いた。
「前川さん、忘れ物だ」
「あっ! ありがとうございます」
京極課長、私が砂糖とミルク入れるって覚えてくれてたんだ。
「今日は前川さんの企画について、みんなで会議をするからな。頑張ってくれ」
「は、はいっ」
この付箋はなんだろう。
ドキドキしながら確かめると、『金曜日以外、空いている日はあるだろうか。先ほどの件について詳しく話したい。二人きりで食事でもどうだろう。京極』という文と、メッセージアプリのIDが書かれていた。
「……っ!!!!!!」
二人きりで話せる……! ていうか初めて二人きりで食事!?
早速IDを登録してメッセージを送りたいけど、就業中だ。それはまずい。
私はソワソワしながら仕事をし、昼休みに入ったところでトイレに駆け込んだ。
「なんて送ろう……えーっと、えーーっと……」
シンプルに『お疲れ様です。私も色々聞きたいなと思っていました。今週いつでも大丈夫です』と打って、メッセージを送った。
「よしっ!」
今週、京極課長と食事に行けちゃうかもしれないんだ! すごく楽しみっ! あのファンメール、京極課長で確定だよね!?
本名でメールを出すあたり、真面目な課長らしい。あんまりネット文化に詳しくないのかな?
とりあえず社食に行って昼食を済ませようかと思ったら、すぐに既読がついた。
「あっ!」
え、くる!? 返信くるっ!?
ドキドキして待っていると、『じゃあ、急だけど、今日の夜はどうだろう』とメッセージが来た。
えっ! きょ、今日!? 今日、もう行けちゃうの!? ああっ! オシャレしてくればよかった!
いや、デートとかじゃないんだから、いつも通りの格好じゃなきゃ変だよね。これでいいんだ。うんっ!
もちろんお誘いを受け、私はフワフワした気分でトイレを後にした。昼食もなんだか喉を通らずに、ずっと心臓の音が速い。
嬉しい。早く定時にならないかな……。
定時後、私と京極課長は会社から少し離れた駅で待ち合わせをし、お店に向かった。
うちの会社は個人間で飲みに行くことを禁止していないけれど、同じ課内、異性と二人きりで……となれば、周りに付き合っているのかと勘繰られてしまうからだろう。
レストランは京極課長が予約してくれた。
照明が抑えられた店内は黒を基調としていて、美術館みたいな雰囲気だ。店内にはカーテンがついた個室が並んでいる。
ドキドキしっぱなしで、ちょっと息が苦しい。
私と京極課長は向かい合わせに座った。
今、私、京極課長のプライベートな時間を貰っちゃってるんだ。すごい。こんなことになるなんて!
「好きなものを頼むといい」
「あ、ありがとうございます」
ど、どうしよう。緊張しすぎて、メニュー表の内容が目を滑って全然頭に入ってこない。
薄暗いところで見る京極課長はなんだか色っぽくて、テーブルの上に置かれた手がゴツゴツしてるとか、血管が浮いてるとか、指の形が綺麗とか、結構深爪なんだ……とか思ってしまう。
「こ、これとか、どうでしょうか……」
「ああ、美味しそうだな」
もう、頭が回らないから、適当に選んだ。お酒も頼ませて貰った。素面じゃ緊張して上手く話せそうにない。
美味しそうな料理が運ばれてきた。
崩すのが勿体ないぐらい綺麗に盛り付けられたスナップエンドウとラディッシュと生ハムのサラダ、ウニといくらが載った濃厚なクリームパスタは、キャビアと金粉が飾られている。焼き立てのパンはおかわり自由だと言われた。
いつもなら全部平らげた上に、パンもたくさん食べられるだろうけれど、今は完食できるかも危うい。
パスタにしなきゃよかった! の、伸びる~~……っ!
私も緊張しているけれど、京極課長も相当緊張していそうだった。メニューを見ずに、私と同じものを頼んでいたし、食事じゃなくてお酒ばかり進んでるし……。
「……それで、その、さっき給湯室で話したことなんだが……」
「は、はい」
き、きた~~……っ!
「気持ち悪いかもしれないが、俺はダイヤた……いや、石宮ダイヤのファンなんだ」
くっ! 京極課長が私のファン……! しかも面と向かって言って貰えるなんて、嬉しすぎる……っ!
「いえ! 気持ち悪くなんてないです。というか、ダイヤちゃんのファンって、男女の割合半々なんですよ」
「そうなのか? いや、でも、なんだか恥ずかしくてな……」
京極課長の頬がわずかに染まるのが、暗くてもわかった。
かっっっっ……可愛い! いつもカッコいいのに、すごく可愛いんですけど!?
「Vtuberに詳しくないって言ってましたけど、実は詳しいんですか?」
他にも推してる子はいるのかな? いたら……嫉妬しちゃうかも。
「いや、ニュースを見て存在は知っていたが、詳しくはない。ダイヤた……石宮ダイヤのファンになったのも最近で、一年ほど前からなんだ」
「あの、ダイヤたんって呼んで大丈夫ですよ。その、私も……ファン仲間ですし」
私もフルネームで言われるより、あだ名で呼んで貰えた方が嬉しい。なんか特別な感じがするしっ!
「あ、ああ、じゃあ、遠慮なく……ダイヤたんと呼ばせて貰う」
「はいっ!」
京極課長の顔が、見る見るうちに真っ赤になっていく。耳まで赤い。
「……ああ、駄目だな。こういう話を誰かとするのは、初めてなんだ。しかも、部下となんて……ものすごく恥ずかしくなってきた」
京極課長はグラスのお酒を一気に呷る。
照れている課長は本当に可愛くて、胸の中がキュンキュンしてしまう。
「そんなの気にしないでくださいっ! 同じファン仲間じゃないですかっ!」
でも、私がダイヤ本人なのに、嘘を吐いてファンを装っているというのは、なんだか罪悪感がある。
「ああ、ありがとう……もう一杯、頼ませてくれ。素面ではとても話せない」
「大丈夫ですか? 無理しないでくださいね?」
「酒は強い方だから、平気だ。だからこそ酔えなくて、素面から抜け出せないというか……困ったものだな」
苦笑いを浮かべ、グラスを置いた。
「お酒は強い方がなんとなく得な感じがしていましたけど、強いと大変なこともあるんですね」
「そうだな。潰れることはないから、まあ、普段は強い方が便利かもしれない」
新しいお酒が来たところで、京極課長が話を続ける。
「一年ほど前に、料理動画を見ながら、ウトウトしてしまったんだ。そしたら自動再生でダイヤたんの動画が流れてきて、その声があんまりにも、その……すごく可愛くてだな。目が覚めたんだ」
か、可愛い……!?
メールにはそんな直接的な言葉は書かれていなかったから、照れて顔が熱くなる。
「そっ……そう、だったんですね……」
ああっ! 録音したい! 録音して何度も聞き返したいよぉ……!
京極課長はものすごく恥ずかしそうだ。お酒はまだ回っていないらしい。
「どんな顔をしているんだろうと思って画面を見たら、アニメのキャラクターが動いていて、これがVtuberというものか……と思って。いや、すごいな。あれは実際の人間が瞬きしたり、口を動かしたりすると、同じ動きをするんだろう?」
「はい、カメラが認識して連動するんです」
「すごい技術だ……それでだな。見ていたら、すっかり夢中になってしまって……過去の動画やアーカイブも全部見た」
「そ、そうなんですね。えっと、私も見てますっ!」
メールの内容と同じ! やっぱりあのメールをくれたのは、京極課長だったんだ。
うわ、嬉しすぎる……!
「特にどの動画が好きなんだ? あ、動画はたまにしか上げていないからな。ライブ配信のアーカイブでもいい」
「えっ!? そ、そうですね……」
自分でやっていて、一番お気に入りなのは……。
「かなり昔なんですけど、二十歳になって初めてお酒を飲んだ時の配信ですね。なんだかテンションがあがっちゃいました」
「わかる! あれは可愛かったな!」
か、可愛いって思ってくれたなんて……。
ときめきすぎて、胸が苦しい。
「甘いお酒から挑戦すればいいのに、ビールを選んだものだから、苦味に苦しんで……でも、残さず飲もうとして偉かった。あれは五年前だから、今は二十五歳なのか。そういえば、キミと同じ歳じゃないか?」
ヤ、ヤバい! 私に結びついてしまう!
「そ、そうなんですよ~! だからこそ、親近感が湧いちゃって」
「ああ、そうだな。同世代で頑張っている人がいると、応援したくなるものだ」
ふぅ、誤魔化せた……。
「京極課長は、どの動画が好きなんですか?」
「そうだな。俺は半年前にやった特別企画のお悩み相談の回が一番好きだ。視聴者の気持ちに寄り添って、真剣に悩みを聞くダイヤたんはすごくよかった。彼女が誠実で、真面目な性格をしているのが伝わってきた」
京極課長は腕を組み、うんうんと頷く。
て、照れる……。
「それから、オリジナル曲もよかったな。既存の曲かと思ったが、まさかオリジナル曲だなんて。個人でもああいったものが作れるとは驚いた。三曲あってどれも好きだが、特に好きなのは最近の曲だな。ダンスもいい」
去年の冬のボーナスをつぎ込んで作った曲だ。うわぁ、嬉しい……!
私的にはかなり思い切った金額で、すごく勇気を振り絞った。ダンスも頑張った。
まさかその曲を京極課長が聞いてくれるなんて……! 人生って何が起きるかわからないものだ。
「と、とってもよかったですよね」
自分の曲を知らないふりして褒めるのって、すごく恥ずかしい!
「ああ、本当に。毎日聴いているぐらいだ」
「毎日!?」
「すごく元気になれる曲だからな。ダイヤたんは、配信も面白いし、歌も上手で多才だと感心する」
ううっ! そんなことないです! 上手く聞こえるのは、プロに頼んで編集して貰ったからなんです~~~!!!!
ちなみに私の生歌は、そこまで上手くない。普通だ。だからこそアイドルを目指していた時代は、一次選考すら通らなかった。
「実はだな……この前、初めてダイヤたんにメールをしたんだ」
「え、えぇっ! そうだったんですか!?」
知ってる! 本人だから! ああ、驚く演技、ちゃんとできてるかな!?
「失礼がないように心がけたが、俺はVtuberの文化について詳しくないから、本当に大丈夫かイマイチ不安なんだ。もしよかったら、見てくれないか?」
「は、はい、私でよければ」
京極課長は送信ボックスに入っていたメールを見せてくる。画面には確かに私に送られてきた文章と同じものが映し出されていた。
「とても丁寧なメールだと思います。ダイヤちゃんもすごく喜んでると思います」
「そ、そうか」
京極課長は「よかった……」と安堵し、胸を撫でおろす。
「あの、ただ……」
「問題があったか!?」
「いえ! 問題はないんですけど、本名でメールを送るのは珍しいなと思いました」
「そうなのか? 本名じゃないと失礼かと思ったんだが、違うのか?」
「失礼じゃないですよ。ただ、大体の人はハンドルネームを使って送ります」
「なるほど、そうだったのか……ということは、悪目立ちをしてしまった可能性があるな。失敗した……」
京極課長はしょんぼりし、頭を抱えた。
ああっ! 悲しませちゃった……!
「いえ! とんでもない。珍しいなと思うぐらいだと思います」
言わなければよかったかな。でも、京極課長が今後別のVtuberを推す時、また本名で送ったらアレだし。
他のVtuber……。
私に飽きて他のVtuberを推す姿を想像したら、胸が苦しくなる。
うう、やだ~~……っ! 京極課長には、ずっとダイヤだけを推していて欲しい!