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憧れ上司の推しは、私でした!? 隠れVtuberは絶倫課長に二次元でも三次元でも溺愛されています 1

第一話

 

 


 ──私には、秘密がある……。

 新商品の企画会議が始まって、一時間が経った。
 まだ、終わらないのかな。集中できないよ……でも、企画は十個以上出てるし、今までいくつも選ばれてる松田さんのもある。私のが選ばれる可能性は低いよね。だって、今まで一度も選ばれたことないし。
 うう~……でも、期待しちゃう! 望みを捨てられない! 選ばれたい! 私の企画、商品化して欲しい!
 私の名前は、前川花梨。大学を卒業して、この大手食品会社『明芳製菓』に就職し、企画課に配属されてから三年が経つ。
 お菓子が大好きで、企画課に入りたいと思っていたから、すごく嬉しかった。
 スーパーやコンビニの棚に自分の企画した商品が並ぶかもしれないと思ったら、もう楽しみで、楽しみで!
 期待と希望で胸を膨らませながら、企画を何度も出し続けているけれど、私のはまだ一度も採用されたことがない。
 私って、才能ないのかな……。
 ……はっ! いけない。ちゃんと仕事に集中しなくちゃ。お茶でも飲んで、ちょっとリラックスを……。
 マグカップに手を伸ばすと、力加減を誤ってこぼしてしまう。
「あっ……あぁぁぁぁっ!」
「うげっ! 前川、何やってんだよ。ティッシュ、ティッシュ! あぁぁっ!」
 自身の机からティッシュを引き抜き、その拍子に積み重ねてあった書類を雪崩にした彼は、同期の沢森修二くんだ。
 よく言えば気さくな性格で、悪く言えばお調子者。学生時代は絶対カースト上位にいて、みんなから好かれていたんだろうなっていう感じだ。
「沢森くんっ! 机周りは片付けなさいって、いつも言ってあるでしょっ!」
「高木先輩、すみません! おい、前川のせいで怒られただろ」
「ええっ!? 私のせい? 机が汚いのは、沢森くんのせいじゃないっ!」
「うーわ、冷たいヤツだな。ほら、ティッシュ」
「ありがと」
「企画会議始まってからソワソワしっぱなしじゃん。少しは落ち着けよ?」
 う……バレてる。
「わかってるけど、緊張しちゃって……」
「ま、選ばれるのは、オレのなんだからさ。そんな身構えてると、ガッカリするぞ?」
 肩をポンと叩かれた。
 は、腹立つ~!
 私は選ばれたことがないけど、沢森くんは二回選ばれたことがあるから、余計にっ!
「なーんてなっ! 疲れるし、もう少し肩の力抜けよ。あ、そうだ。飴やるよ」
「ありがとう……わあ、桃のだ。嬉しい」
「ずーっとポケットに入ってたから、賞味期限がいつかわかんないけどな」
「えっ! いらないっ! 返すっ!」
「せっかくあげたのに、そんなこと言うなよな~!」
「じゃあ、沢森くんが食べてみてよっ!」
 私たちのやり取りを見て、先輩たちが笑う。
「二人、面白すぎ」
「見ていて飽きないよ。てか、絶対食わない方がいいぞ」
 飲み会になると、先輩たちから「沢森くんと、付き合わないの?」なんて言われるけど、沢森くんはただの気の合う同期だ。
 それに、私の好きな人は──。
「お、会議終わったみたいだな」
 オフィスに一人の男性が入ってくる。
 皺一つないグレーのスーツを完璧に着こなす端正なスタイル、背筋の伸びた立ち姿はまるでモデルみたい。
「京極課長、会議終わったんですか?」
 沢森くんが声をかけると、「ああ」と短く答える。
 冷静な眼差しを縁取る黒縁眼鏡。その奥に覗く瞳の鋭さも、低い声もうっとりするほど魅力的なこの人は、企画課課長の京極一真さん。三十五歳で、私の好きな人だ。
 うう、カッコいい……!
 初めは見た目がドストライクすぎて一目惚れ! 憧れとして見ていた。でも、関わっていくうちに内面も好きになった。
 一見厳しそうなんだけど、面倒見が良くて、すごく優しい。
 企画課で働きたい! と熱望していた割に、いざ配属されてみると私は良いアイディアを一つも出せずにうんうん唸っていた。
 京極課長は、そんな私を根気強く指導した。どんなものからインスピレーションを受けるのか、自分が初めて企画を出した時の経験や、過去の先輩たちはどうだったか等、京極課長の話は、どれもためになる話ばかりだった。
 そしてようやく捻り出した企画を会議に出し、当然のごとく却下されて落ち込んだ時には励まし、忙しいのに自分の時間を削って、企画の反省会を開いて改善点を教えてくれた。
 今思うと、恥ずかしすぎる。でも、京極課長は決して馬鹿にすることも、呆れることもなく、私と真剣に向き合ったのだった。
 そういうところが、外見以上にとても好き。
 もちろん女性社員からの人気が高くて、他の課の子から「京極課長が上司で羨ましい~!」と毎日のように言われる。
「それで、結果は!? オレの激スッパハードグミですよね!?」
「沢森くんのは、残念ながら選ばれなかった」
「そんな~」
「でも、すごく良いアイディアだった」
「じゃあ、誰が選ばれたんですか? やっぱ、松田さんですか?」
 すると、京極課長がこちらを向いて、目が合う。
 あっ! 目が……。
 気恥ずかしくて逸らしたくなる。でも、ここで目線を避けるのは、変に思われそうなのでやめた。
「前川さん」
「えっ」
 名前を呼ばれるとは思わなくて、声が裏返った。
 ま、まさか……。
「前川さん、キミの企画が選ばれたよ。よく頑張ったな」
「……っっっっ……」
 驚きと感動で、声が出ない。
「動画サイトで流行っているASMRに着想を得て、音を重視した新食感のグミ、非常に好評だった」
「よかったじゃん! ずっと頑張ってたもんな! おめでと!」
 沢森くんが、背中をバシバシ叩いてくる。
「おめでとう! 前川さん!」
「前川さん、おめでとう!」
「はい、ありがとうございます……っ」
 嬉しすぎて、涙が出てきた。すると京極課長がハンカチを差し出してくれる。
「沢森くんの言う通り、すごく頑張ってきたことを俺も知っている。本当によかったな。まだまだ詰めるところはあるが、製品化のために週明けから頑張っていこう」
「はいっ……!」
 ハンカチを顔に近付けると、爽やかな柑橘系の香水の匂いがふわりとする。
 いい匂い……この香り、大好き。
「洗ってお返ししますね」
「気にしなくていい」
「いえ! とんでもないです! ちゃんとさせてください」
 洗って、何かお菓子を添えて返そう。
 ああ、自分の企画が選ばれるって、こんなにも嬉しいんだ。夢でも見てるみたい!
 ううん、浮かれすぎていてもダメだ。企画が選ばれても、商品化に辿り着けない場合だってあるんだから!
 ドキドキ高鳴る心臓を押さえて、また仕事に戻る。
「なあ、オレ、今日定時に上がれそうなんだよ。前川は?」
「私も今日は定時に上がれそうだけど」
 あ、きっと、飲みに誘われる。
「じゃ、金曜だし、お祝いに飲みに行こうぜ! 奢ってやるよ」
「あー……ごめん! 今日は予定があるから、早く帰らないとなの!」
「また用事かよ~! もしかして、オレと飲みたくないから避けてないか? だったら、傷付くんですけど?」
「いやいや! 違うの! 毎週金曜の夜は、絶対に外せない用事があるの! だから、ごめんっ!」
「ほーん、なんか習い事でもしてんのか?」
「う、うん、そんなとこ」
「なんの?」
 ふ、深く突っ込まないで~……!
「沢森くん、そういえば、この前の出張の経費は、ちゃんと申請したか?」
 課長に声をかけられ、沢森くんは「あっ」と声を上げた。
「ヤベッ! まだでした」
「もう締め日ギリギリだ。早めに頼む」
「すみません! すぐやりますっ!」
 沢森くんが申請作業に集中するのを見て、安堵する。
 助かった~……今度聞かれても困らないように、ちゃんと言い訳を考えておこう。
 定時で仕事を終えた私は、スーパーで買い物を済ませて自宅へ急いだ。
 駅から徒歩十分、築十五年オートロックつきのワンルームの我が家へ到着。一息つきたいところだけど、時間はあっという間に過ぎる。二十二時から大切な用事があるし、諸々早く済ませないと。
 シャワーを浴びて、簡単にご飯を食べて、二十一時半には防音室の中にあるパソコンの前に座って機材のチェックを始めた。
「よし、オッケー! SNSに宣伝流して……と」
 毎週金曜二十二時、私は違う人間になれる。
 配信開始ボタンを押し、いつもよりも高い声を出す。
「ジュエリーボックスのみんなー! 今日もキラキラしてる!? 石宮ダイヤだよー! 一週間お疲れ様! 大変だった? 面白いことあった? 今日は楽しんでいってねっ!」
 画面にはピンクの髪をした可愛い女の子のイラストが表示され、私の動きに合わせて顔や手足が動く。
 ちなみに石宮ダイヤというのは、人間の世界に憧れていたダイヤモンドが、お金持ちのマダムのジュエリーボックスの中から飛び出したら、神様がVtuberにしてくれた……という設定だ。
 そして見に来てくれる視聴者のことを“ジュエリーボックスのみんな”と呼んでいる。
 右側には『キラキラできませんでした!』『今日のために生きてきたよ!』『なんも面白いことない』等の視聴者のコメントが流れている。
「キラキラできなかったー? えーっ! どうしたの? 何かあった? 『今日のために生きてきたよ!』ってありがとーっ! 私も今日のために頑張ったよーっ! 『なんも面白いことない』? なになに? 元気ないじゃーん! じゃ、今日は一緒に盛り上がろ~っ!」
 視聴者のコメントを拾いながら、配信を進めていく。
 私、前川花梨の秘密……それは、内緒でVtuberをしていることだ。
 幼い頃からアイドルになることが夢だった。テレビに映るアイドルたちはキラキラ輝いていて、楽しそう。
 私もこの子たちみたいにキラキラしたい! 輝いてみたい!
 でも、私は容姿も歌も平均、秀でた才能もなければ、努力して能力が伸びることもなかった。アイドルオーディションに応募しても、書類選考すら通ることができない。
 応募するたびに自信が潰されて、テレビでアイドルたちを見ることが辛くなってきていたある日のこと──。
「前川さんって、アイドルになりたいらしいよ」
「ええ? アイドルー? マジ? 大人しくて、どっちかっていうと目立たないじゃん。そんなタイプに見えないけど」
 中学二年生の秋、私は忘れ物を取りに放課後の教室に戻ろうとしていた。
 その時、残っていたクラスの目立つタイプの女子が、私の話をしているのを偶然聞いてしまったのだ。
「マジだって! うちのママが、前川さんのお母さんと友達で、前川さんのお母さんから聞いたんだって。アイドルオーディションに頑張って応募してるらしいよ!」
「えっ! マジ!? で、どうなの?」
「全部書類選考落ちだってー!」
「きゃはははっ! うけるんだけどっ!」
 女子たちがドッと笑うと同時に、顔がカァッと熱くなった。こんなの聞きたくないのに、足が動かない。
「ま、前川さんレベルじゃ納得だけど」
「そそそ、もっと可愛くないと、アイドルなんて無理っしょ! 中学生なんだから、そろそろ現実見ろって感じ」
 そこまで聞いたところで、ようやく足を動かすことができた。なんなら息も止まっていたかもしれない。
 私は一目散に廊下を走り、学校を出た。家に帰ったらすぐお母さんに泣きながら抗議し、部屋にこもってさらに泣いた。
 笑い声がいつまでも耳に残って、離れない。夢を土足で踏みつけられたみたいだった。そして心はポッキリと折れてしまった。
 お母さんは「アイドルはもっと悪口を言われてるんだよ! これくらいでめげてどうするの」と言ったけれど、傷付いた心は元には戻らなかった。
 Vtuberになった今は、誹謗中傷も受けるし、お母さんの言っていたことの意味もわかるようになった。
 でも、思春期に受けた傷は大きかった。今でもあの時の夢を見る。
 アイドルの夢を諦めて過ごし、私は高校生になった。ある日、コンビニで飲み物を買おうとした時、私はそれと出会った。
「何、このキャラ、可愛いっ!」
 いつも飲む炭酸飲料のラベルに、赤い髪の可愛いキャラのイラストがプリントされていた。調べるとそれがVtuberだということがわかった。
 Vtuberのことを調べるたびに、どんどん目の前が輝いていく。
「機材さえ揃えれば、誰でもなれるんだ。事務所に所属しなくても、選ばれなくても、誰でも、自分の理想の姿でアイドルになれる……!」
 その日のうちにバイトに応募し、それから頑張って資金を貯めた。
 割と早く機材は揃ったけれど、自分の理想のキャラクターを作って貰うには、結構な金額がかかる。
 初めはフリー素材で配信の練習をして、さらにバイトに励んだ。ようやく理想のキャラクターを手に入れたのは大学一年生の時だった。
 私はVtuber石宮ダイヤとしてデビューを果たした。初めは数名しかいなかった登録者も今では一万人に増えている。
 一万人も私の活動を見守ってくれているなんて、本当に嬉しい。
「今日は告知通り、歌配信するよ。あ、久しぶりに来てくれた人がビックリしてる~! あはは! そうだよね。昔は歌配信やらなかったもんね。でもでも、実はようやく去年、防音室を手に入れたの! だから、歌えるんだ~!」
 避けられない特別な予定が入らない限りは、毎週金曜日の二十二時から二時間の配信を続けている。
 私が利用している配信サイトは、ライブ中の配信者に、お金を支払って応援するシステムがあって、大学生の時はその機能を使ってお金を頂いていた。でも、現在はその機能はOFFにしている。明芳製菓は副業禁止だからだ。
 Vtuber活動に、仕事に……とすごく忙しい。でも、充実してる。とても楽しい。
 私がこの活動をしているのは、内緒だ。親しい友達にも話していないし、今後も他言するつもりはない。
 昔みたいに、話のネタに使われて笑われるのは嫌だ。一生懸命活動しているからこそ、余計に……。
「あっという間に二時間経っちゃったね。みんな、最後まで見てくれてありがとう。また来週金曜日にねっ! おつかれキラキラ~★」
 締めの挨拶を言い、配信終了ボタンを押して深呼吸する。
 はあ~……今日も楽しかった。
 深夜だけど、気持ちが昂っているから、ちっとも眠くない。水分補給をしながら、私はすぐにSNSやメールフォームをチェックする。
 配信の感想やファンアートなどが送られてきていて、嬉しさで口元が綻ぶ。
 どんなに疲れていても、こういう反応を貰えると元気になるんだよね。
 もちろん、好意的な反応ばかりじゃない。中にはマイナスなメッセージが送られてくることもある。それなりに落ち込むけれど、温かい言葉が悲しい気持ちを消してくれる。
「………………んっ!?」
 メールフォームに書かれた名前を見て、私は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「か、課長……?」
 差出人の名前に『京極一真』とある。件名には「初めてメールします」と書かれていた。
 う、嘘でしょ? でも、『京極』って名前、珍しいし……ま、まさか、課長にVtuberやってることがバレたとか!?
 パソコンの前で狼狽えてしまう。心臓が嫌な音を立てて脈打ち、メールをなかなか開封できない。
「ど、どうしよう……」
 いやいやいや、このままじゃいけないでしょ! 勇気を出して見てみないと!
 何度か深呼吸をし、メールを開いた。
『石宮ダイヤ様
 初めてメールをします。私はあなたのファンの京極一真と申します。一年ほど前に動画サイトを開いていたところ、そのまま眠ってしまい、自動再生していたためにあなたの動画が再生されました。
 素晴らしい声に誘われて目が覚め、画面を見ると、とても愛らしいキャラクターが映し出されていました。それがあなたを知るキッカケとなった出来事です。
 そこから過去の動画やライブのアーカイブをすべて拝見しました。あなたを見ていると、元気を貰える。疲れも吹き飛びます。毎週金曜の配信は私の生きがいです。どうしても感謝と激励を伝えたく、メールをお送りしました。これからも応援しております。  京極一真』
 純粋なファンメールだった~~!
 というか、この硬い文章……すごく、京極課長っぽくない!? やっぱり、京極課長なの!? 憧れの京極課長が私のファン!? いや、でも、普通本名でファンメール送る? ハンドルネーム使わない? あ、これがハンドルネーム!? いや、でも、こんな偶然ある!? やっぱり京極課長本人なんじゃない!?
 確かめてみたい……!
 今すぐメールに返信したくなった。けれど、別人だったらマズい。個人情報を伝えることになってしまう……。
 というか、そもそも私がVtuberをやっていることは誰にも秘密なのだから、本人だったとしてもアウトだ。
 でも、絶対に知りたい……! どうにかして確かめられないかな?
 その日はなかなか眠れなかった。そして土日もソワソワして落ち着かず、とうとう月曜日がやってきた。
「おはようございますー……」
「おはよー……って、前川、なんか顔疲れてんぞ!?」
 私の顔を見た沢森くんが、ギョッとする。
「え、そう?」
「わかった。土日、結構遊んだな?」
「あーうん、あはは、そんな感じかも」
 あれから何度も京極課長の疑いがある人のメールを見直し、SNSアカウントがないか調べたり、(残念ながら発見できなかった)もう一度メールが送られてこないか何度も確認したりして過ごした。だから体力的には疲れてなくても、精神的なヒットポイントはすり減ってるかも。
「で、誰と?」
「え?」
「さては、彼氏だな?」
「いやいや、私、今は彼氏いないし」
『今は』という部分を強調してしまった。怪しいかな。
 そう、実は今まで彼氏ができたことがない。だって学生時代はバイトが忙しかったし、Vtuber始めてからは活動が忙しくて、恋愛に目を向ける余裕なんてなかったし!
 気が付けば「彼氏いたことないんですよね」……と正直に言うには、恥ずかしい年齢になった。
「ふ、ふ~ん、そうなんだ」
 う……っ! なんか、変な雰囲気! 怪しまれてるのかな!?
「う、うん、はは……あ、あ~……コーヒーでも淹れてこようかな」
「あ、ああ、そうしろよ。目も覚めるしな」
 バッグを置いてパソコンを立ち上げ、逃げるように給湯室へ急いだ。
 Vtuber活動のことばかり考えていた私が、初めて素敵だなって思ったのが京極課長だったんだよね。
 企画課に配属されて、初めて京極課長を見た時は、なんてカッコいい人なんだろうって衝撃を受けた。
 でも、ちょっと鋭い印象があったから怖くもあって、ミスしたらどうしようって怯えてたけれど、京極課長はとても優しかった。
 覚えられなくて何度も同じことを聞いてしまい、謝ったら「気にしなくていい。何度でも聞いて構わない」って言って、ミスをした時もしっかりフォローし、今後同じミスをしないための対策法を一緒に考えてくれた。
 落ち込んでいる人にはお菓子やジュースを差し入れしたり、誰かが体調が悪いといち早く気が付いて、休めるように気を配ってくれたりする。
 一緒に過ごしていくうちに、課長は冷たく見えるけれど、本当は誰よりも優しい人なんだってわかった。そんな京極課長は、男女問わず社員から人気が高い。
 ちなみにバレンタインデーには、とんでもない数のチョコレートを貰っている。私もどさくさに紛れて渡した。でも、あれだけの量を貰ってたし、絶対食べきれなかっただろうな~……。
 最初はカッコいいと思っていただけだった。でも、京極課長のことを知るほど、彼のことばかりを考えるようになって、気が付いたら“好き”という言葉がピッタリハマることに気が付いた。
 ということで私は、現在かなり遅い初恋を体験しているわけだ。
 その京極課長が私のファンかもしれないって、かなり嬉しい……! すごく確かめたい。けれど、冷静になって考えると、違った時の自分の感情をどう扱えばいい?
 今はものすごくテンションが上がっていて、なんでもできちゃいそうな気分……だけど、違ったら?
 私は自分の正体を明かすつもりはないのだから、このまま曖昧にしておいた方が自分のテンションを保つためにもいいんじゃない?
 ああ、なんて保守的な考え……!
 コーヒーを淹れたら気持ちを切り替えなくちゃ。通った企画の修正もしていかないといけないし、他にも仕事は山積み。こんな浮ついた心じゃミスしちゃう。
 マグカップにコーヒーを注いでいると、誰かが入ってきた。
「おはよう」
「お、おはようございますっ!」
 入ってきたのは、課長だった。
「京極課長もコーヒーですか?」
「ああ、使用中だったな。出直す」
「い、いえ! 課長のマグカップ、これでしたよね。注ぎますよ」
「ありがとう」
 にっこり微笑まれると、キュンとする。
 京極課長に笑いかけられちゃった! はぁぁ……今日は良い一日になりそう。
 青くてシンプルなマグカップが、課長のものだ。三年間変わっていない。
「京極課長って、青が好きなんですか?」
「いや、そういうわけじゃない。昔、会社のビンゴ大会で貰ったものだ」
「えっ! そうなんですね」
 ビンゴ大会で貰ったものを大事に使ってるの、可愛いぃぃ……っ!
 またキュンとしてしまい、足をバタバタ動かしたくなる衝動を堪える。
 自分のを注ぎ終え、今度は課長のマグカップにコーヒーを注ぐ。
 今なら二人きり……あのメールのことを聞き出すチャンス! でも、なんて? どうやって切り出す!?