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あなたはタイプじゃありません! 大好きだった美少年の幼なじみがマッチョな変貌を遂げて熱烈に迫ってきます 3

第三話

 

 十二時半にはいつも込み合っている病院の食堂が、今日は十分早く来たので、まだ席に余裕があった。
 うどんの載ったトレイを置いた瞬間、昨日の出来事が脳裏に蘇る。
 頬を叩いた手の感触。怜央の真剣な目。そして、薬指に残ったあの指輪。
「こんなの捨ててやる!」と思ったけど、指輪は見るからに高価そうで、もとが貧乏性の私は捨てることもできずにいた。
 怜央にばかり振り回されている事実に、腹の底がムカムカしてくる。
「ほんと腹立つ!」
「え、なにがですかぁ?」
 目の前の春奈が、箸を止めて首をかしげる。
 しまった。声に出てた。
「ごめん、怜央の話。昨日、実家にいたんだよ。それで、ちょっと色々あってさ」
「あのマッチョなお兄さんの友だちでもあるんでしたっけ。いいな~イケメン、細マッチョ、碧眼! 一体、あんな完璧な肉体のどこに不満があるんですか!」
「不満だらけよ!」
 むしろ、いいところが一つも思いつかない。
 あ、でも……子どもたちの指導はすごく上手かった。そこだけは認める。
「だからぁ、具体的にどこが不満なんですか?」
「人の気持ちとか考えずに、自分の気持ちだけ押し付けてくるところかな」
「それは、好きだからしょうがないですよぉ。たっつんを落とす時だって、私は押して押して押しましたし。っていうか先輩、元カレのときも押されて付き合ったじゃないですか。怜央さんと何が違うんです?」
「元カレは普通の恋愛だったけど、怜央のは……なんていうか、本気に感じられない」
「つまり、遊ばれてるようで腹が立つと?」
「そう、かな。いや、やっぱ本気でも困る。本気の方がもっと困る!」
 春奈は「なるほどー!」と、分かっているのかいないのか曖昧な笑顔で二度頷く。
 たぶん分かってないな。
「まぁでも、好きな人と再会できたのは事実でしょう? しかもみこ先輩もなんだかんだ気にしてたし、あっちはあっちで熱烈に思ってくれてて。一度くらいは手合わせしてもらってから考えればいいじゃないですか」
「やっぱ空手で本気で戦った方がいいかな。イライラしてたし、ちょうどいいわよね」
「なんで空手で戦うんですか! 違いますってぇ。セックスですよ、セックス!」
「ぶふぅっ!」
 飲もうとしたお茶を盛大に吹き出しかけた。いや、ちょっと吹いた。
「な、なに言ってるの……バカなの!? するわけないでしょ!」
「してみたら分かることだってありますよ? 本気かどうかとかね」
 その言葉に、箸を持つ手が止まった。
 怜央の本心?
 彼は無茶苦茶でどこか心が読めない。
 そもそも普通なら、二十年も誰か一人を思い続けるわけないし。でも私だって、あそこまで熱烈でないにしても二十年忘れてなかったんだから、人のことは言えないけど。いや、でもなぁ……。
 私は息をのんで、春奈を見つめた。
「……したら、本当に分かるものなのかな?」
「たぶん。少なくとも私は、分かるつもりです」
 頼りないけど、私には未知の世界だから否定はできない。
 そんな時、いつものように乙藤がトレイをもって現れた。
「怜央の話か?」
「乙藤先生、そうなんですよ! みこ先輩、やっぱり怜央さんが気になるみたいでぇ!」
「そんなことない!」
「そうだぞ。みこは儚い美少年フェチだ。怜央は今や全然タイプじゃないだろ。タイプ外だよな、みこ?」
 乙藤の冷静な分析に、ちょっとカチンときたけど、まあ間違ってはいない。私は苦笑いで頷いた。
 すると春奈がテーブルに身を乗り出し、
「もったいなーい! せっかくの最高スペックをみすみす捨てるなんて!」
 と大声で叫んだ。そう言われても困る。
 スペックも筋肉もどうでもいいからこそ、指輪だけは早く返さなきゃいけない。
 それだけ決意して、私は残っていたうどんを一気にかき込んだ。
 ……なのに、ふいに昨日の昼のお吸い物の香りがよぎる。怜央が作った、あの柚子の香りの……。それと同時に怜央の笑顔が浮かぶ。
 いや、なに思い出してるのよ。
 思考を無理やりごまかして、私は箸を置いた。

 その日の勤務を終えてから、私は涼くんの病室へ向かった。病室の前にいた彼の叔父にお辞儀をして中に入る。
 涼くんは本が好きで、いつも何かしら読んでいて、今日は『白鯨』のようだ。
 小学生が読むには、ちょっと難易度が高すぎない?
 彼が静かにページをめくっている姿は夕日に包まれていた。白いシーツの上の小さな手が動くのが見える。
 見ているだけで、守らなきゃな、と思う。
 ふいに涼くんが私の気配に気づいたのか、顔を上げ、本をそっと閉じた。
「涼くん、調子はどう? 元気?」
 まだ声は出せない涼くんは、こくんと頷いて微笑む。
「そっか、元気でよかった」
 彼は枕元の棚から紙を取り出し、鉛筆を走らせた。
【みこは?】
「うん、とっても元気。涼くんに会えたからもっと元気になったよ」
 私は微笑みを返しながら、ふいに今日の昼に見た光景を思い出して口にした。
「そういえば今日もね、乙藤先生がお見舞いに来た女の子にいないいないばあして泣かれてたんだよ。それで先生まで泣きそうになってた」
 涼くんは肩を揺らして笑う。
 私たちの共通の話題は、大抵が本か、担当医の乙藤の話だった。
 乙藤は日々、ネタを提供してくれるので実にありがたい。
「乙藤先生って昔から知ってるけど、女の子より男の子に好かれるタイプなんだ。ガキ大将でね」
【そうぞうできる】
「やっぱり?」
 涼くんは目を細めて笑う。その仕草があまりに穏やかで、見ているだけで胸がきゅっとなる。
【みこ、いつもかえりにきてくれてありがとう】
「あたりまえだよ~。私が会いたくて来てるんだから」
 彼の担当医は乙藤、担当看護師は春奈だ。
 でも私は、最初に出会った日からどうしても涼くんが気になってしまい、お願いして顔を出させてもらっている。
 彼には叔父しかいない。
 母親は幼い頃に亡くなり、父親も最近亡くなったばかりだと聞いた。
 私も母を早くに、そして父を高校の時に亡くした。
 似た境遇に、どうしても放っておけなかった。
 乙藤は最初、眉をひそめていたけど、春奈は笑って言った。
『もちろん顔を出してもらっていいに決まってますよ~! 私も頑張るんで、いつか涼くんの声、聞きましょうね!』
 それから私は、ほぼ毎日、帰り際に涼くんの病室に立ち寄るようになった。
 本の話をしたり、今日あった出来事を話したり。それだけだけど、少しでも彼の気持ちを軽くできたらと思っていた。
 それに涼くんと話していると、私の方も気持ちが落ち着く。
 なんていうか、昔の怜央と話しているみたいで……。『守らなきゃ』って思っているうちは、私は強く、そして安定していられるのかもしれない。
「じゃあ、また明日ね」
 そう言って部屋を出る。
 廊下を曲がったところで、涼くんの叔父と、もう一人の男性を見てしまい顔をしかめた。
 諸悪の根源。怜央だ。
 なんでここにいるの!?
 ふいに指輪のことが脳裏をよぎった。そうだ、あれは自宅に置いてきたんだ。持ってきていれば、ここで返せたのに!
 悔しさを噛みしめつつ、私は深呼吸して看護師モードをオンにした。
 顔の筋肉を整えて、声を張る。
「こんなところで何をしてるんですか! 剣持さんは退院しましたよね!?」
「美琴の居場所を聞いてただけだよ。それに、今日は経過観察で診察に来いって言われてたから」
 落ち着いた声。堂々とした態度。私とは対照的に、腹が立つほど冷静だ。
「とにかく、関係者以外はこのフロア立ち入り禁止です!」
 そう言いながら、思わず怜央の腕を掴む。
「わ、大胆っ」
「誤解を招く言い方をしないで!」
 誰かに見られたら本当に誤解される。
 私はそのまま怜央を引っ張って、外来の待合室まで連行した。

 待合室に着くなり、私は最大のヒソヒソ声を出した。
「それより、指輪。勝手にあんなもの嵌めないでくださいよ!」
「あぁ、気づいた? やっとできてさ。特別にオーダーしたんだ。裏に名前も彫ったんだよ」
「なに勝手に彫ってるんですか! と、とにかく今度、実家に返しに行きますから! まだいるんですよね?」
「いるけど……指輪はあげたものだから、美琴が持っておいてよ」
「いりません! っていうか、もらう義理もないです!」
「でも、結婚するんだから必要だろ? 退院の時、指のサイズを手で測ったんだけど、ピッタリでよかった」
 そう言って、怜央は楽しそうに笑う。
 そういえば退院時、突然左手を握られたのを思い出す。
 器用すぎる! あれでどうやってぴったりのサイズが計れるのよ! 言っている内容が完全におかしい。
「だから結婚はしないって何度も言ってます。指輪は絶対返しますから!」
 怒鳴る私を見て、怜央は不思議そうに首を傾げた。
「美琴、どうしたの? 何か怒ってる?」
「怒ってるに決まってるでしょ。誰が勝手に指輪なんて買ってはめてくるんですか! とにかく結婚しないから、指輪は返させてください。あんな高そうなもの、私が持ってる方が変です!」
「えー、どうして。すごく似合ってたのに」
「そういう問題じゃないの!」
 もうダメだ、沸点を超えた。
 返したいだけなのに、なぜか返させてもらえない。普通、こんなことある?
 少なくとも私は、こんな話を周りから聞いたことがない。
 私が眉を寄せていると、怜央が一歩近づいてくる。
 距離がやけに近い。呼吸が聞こえそうな距離だ。
「……美琴はさ、指輪、どうしても返したいの?」
「はい。どうしても返したいです。そもそも、もうあなたに会いたくないですし」
 言い切った瞬間、怜央の表情がほんの少しだけ曇った。
 その眉の下がり方が、昔の怜央にそっくりで……胸の奥がちくりと痛んだ。
「や、やめてください、その顔」
「顔?」
「昔の、怜央の、顔」
 昔の彼は、いつもあんな顔で私を見上げていた。
 守ってあげたい、そう思ってしまう顔だった。
 怜央は少し考えたあと、ふっと笑って言った。
「そうだ。指輪、そんなに返したいなら……勝負しよう」
「は?」
「正々堂々、武道で勝負。もし美琴が勝ったら指輪は返してくれてもいい。それに、もう俺は美琴の前に現れない。道場もすぐ出て行くから」
 もう現れない?
 それは、ずっと望んでいたはずの言葉なのに、不思議と心のどこかが冷たくなる。
 怜央の声が静かに続いた。
「そのかわり、俺が勝ったら、美琴は俺のお願いを一つ聞いてよ」
「お願いって……?」
「やっぱり、結婚かな」
 やっぱりかーーーっ!
 私は思わず叫びそうになり、必死で息をのんだ。
 お願いとか言いながら、最初からそれしか考えてないじゃない!
「け、結婚はだめですよ! 戸籍に関することじゃないですか。個人の話じゃないから」
「美琴、俺に勝てないと思ってるの?」
 挑発するような言葉に、反射的にムッとする。
「勝ちますよ。絶対勝てます! でも結婚は、二人の問題じゃなくて、家族の問題じゃないですか。そんなの二人の勝負で決めるのはルール違反です」
「えぇ……」
 怜央が、あからさまに不満げな顔をする。
 この人は一体何を考えてるのだろう。
 そういえば結婚も離婚も気軽にする国もあるって聞いたことがある。そういう感覚で言ってるのかもしれない。
 でもここは日本。私だってできれば結婚は何度もしたくないし、そもそも結婚を賭けで決めるつもりはない。
「……戸籍に関すること以外なら、何でもいいです」
「本当に、何でも?」
「女に二言はありません」
 言い切ってやった。
 怜央は少しの間私の目をじっと見て、ゆっくりと頷いた。
「……分かった」
 ようやく話が通じたことに胸をなで下ろす。
 まぁ、そもそも私が勝つつもりだし、何を条件にされても関係ない……と思った矢先、怜央が穏やかな笑みを浮かべたまま口を開いた。
「じゃあ、俺が勝ったら、美琴を抱きたい」
「……は?」
「個人の話だから、いいよね」
「だ、抱きたいって……?」
「つまり、美琴とセックスしたいってこと」
 静かな待合室に、爆弾みたいな言葉が落ちた。
 え、ちょっと待って。今、セックスって言った? 怜央が? セックスって!?
 その内容と、怜央が性的な言葉を放った事実に私は想像以上に動揺した。
「な、なんでそうなるのよ!」
「だって結婚以外はなんでもいいって言ったじゃん。約束したよね?」
「で、でもそれは!」
「美琴、女に二言はないんじゃなかったの? 『戸籍に関すること以外なら、何でもいいです』とも言ったよ?」
 挑発的な笑みを浮かべる怜央。
 私が言った『何でも』を、ここぞとばかりに利用してくるとは。
「でも、ほら。美琴が勝てばいいだけだから。相手は俺なんだよ?」
 怜央は穏やかに、子どもをあやすような口調で言う。
 それは確かにそうだ。相手は怜央。私だって空手をずっとやってきたし、数々の大会で優勝した。
 本気でやれば、怜央になら勝てるはず。……たぶん。
 いや、勝てる。勝つ。
 一抹の不安を押し殺して、私は勢いよく頷いた。
「いいですよ。その勝負、受けて立ちます」
 言ってしまってから、少し後悔した。
 私の言葉を聞いた怜央の目が、嬉しそうにきらめいたからだ。

 決戦の地は、桜沢道場だった。
 怜央はさっきまで誰かと電話していたけれど、私はそんなことお構いなしにサクサクと準備運動を始めた。
 身体をほぐしながら、無心で呼吸を整える。
 この勝負に負けたら、とんでもない約束を実行しなきゃいけない。絶対に、絶対に負けられない。
 怜央の電話が終わると、すぐに互いに向かい合った。
 私は緊張の息を吐いた。対して、怜央はのんびりとした声で言う。
「いつからでもいいよ」
 その余裕、完全に舐めてる。ムッとしながらも、私は構えを取った。
 舐めてる方が痛い目を見るのは鉄則だ。
 これは私にとって、指輪を返すための戦いであり、何よりも、平和な生活を取り戻すための真剣な戦いなのだ。
「先手必勝!」
 突きを放った瞬間、怜央の身体がふわりと流れた。まるで風だ。
 動きを読まれている。そう感じた。
 怜央はそのまま私の腕が伸びきるより早く、左手で私の手首を捕らえる。すぐに振り払おうとしたけれど……。
 何これ。動けない。
 柔らかいのに抗えない力を感じる。さらに怜央に引かれると体勢は一瞬で崩れ、床に叩きつけられたわけでもないのに、左腕だけで軽々と制圧された。
 息を詰めたまま、私はこれ以上の抵抗が無意味だと悟る。圧倒的な力の差を知らされる。
 身体は痛くないのに、頭ではっきり理解させられた。
 ――私は怜央には勝てない。
 それが分かると思いのほかショックで頭が真っ白になった。
「美琴?」
「……ま、負けました」
 しぼり出すように言葉が漏れた。
 唇をきゅっと噛んでいると、怜央は私を優しく立ち上がらせて、目の前で小さく礼をした。その静かな所作が余計に悔しい。
 おそらく怜央は最初から、力の差を分かっていた。
 勝負の間、彼が使ったのは左腕だけだったのだから。
 私は全力だったのに、彼は全然本気じゃなかった。顔を上げると、怜央は穏やかに微笑んだ。
「俺の勝ちだね」
 ……そうだ。完全に負けた。
 泣くほどのことじゃないはずなのに、目の奥が熱くなる。
 これが、悔しさってやつなのか。
 そして、さらにまずいことを思い出した。
 あの約束だ。
 なんだかんだ昔の怜央はすごく優しかったから、きっとあの約束は冗談だと言い出してくれるのではないか? と頭をよぎった。
 いや、そもそもあんな約束を本気で実行しようとするなんてことは、ないよね……。
 私が納得しかけた瞬間、視界がふわりと浮いた。
「――え?」
 怜央に抱き上げられていたのだ。しかも、お姫様抱っこ。
「な、なに!? ちょっと下ろして!」
 怜央はまったく動じず、そのまま堂々と道場を出る。外に出た瞬間、思わず息をのんだ。
 なぜかタクシーが待っている。
「ちょ、ちょっと待って! なんでタクシーがここに――」
「勝つのは分かってたから、呼んでおいた」
「勝負の前から!?」
 段取り済みって!
 泣きそうになった私を軽々と抱えたままそこまで行き、怜央は私をタクシーのシートに押し込んだ。そして彼も当然のように隣に座る。
 ドアが閉まり、タクシーが静かに発進する。
 車体が揺れるたびに、私の心臓が跳ねる。
 まさか、本気であの約束を実行する気? いや、まさか怜央に限ってそんなことはないよね?

 しかし、着いた先にそびえ立っていたのは、ものすごく大きくて綺麗な高級ホテルだった。
 タクシーのドアを開けて外に出された瞬間、私は呆然と立ち尽くす。
「二人の最初の夜が道場なんて全然ロマンチックじゃないだろ? ちゃんとスイートルームを取ってあるから」
 怜央は、まるでカフェを予約したみたいな気軽さで言ってのけた。
「そ、そんな簡単にこんなホテルのスイートなんて取れるわけ――」
「運よく空いてたんだ。勝負の前に予約も済ませておいた。ほら、勝負の前に電話してたでしょ」
「だからその『勝負の前』って言い方やめて! 用意周到すぎる」
 勝負の前から勝つつもりでいた怜央の徹底ぶりにも腹が立つ。
「当たり前でしょ。さ、女に二言はないよね? 美琴。今度こそ、約束は守ってもらうよ?」
 怜央の満面の笑みに、私は頭を抱えた。
 ここまで来てもなお、『あんな約束、冗談だよ』なんて、優しく言ってくれることをうっすら期待していたのに、その気配はまったくない。
「れ、怜央……本気なの?」
「うん。本気だよ」
 静かに、ためらいもなく、青い瞳がまっすぐ私を見つめる。
 あの頃、弱くて儚かった少年の面影はもうどこにもない。
 代わりに目の前に立っているのは、迷いなく私を抱こうとする男だった。
 喉の奥がやけに乾く。息を吸うたびに、空気が甘くまとわりつくようで苦しい。
 なのに私の胸は、痛いほどドキドキと早鐘をついていた。


 初めてできた彼氏と別れたあの日から、私はもう誰かと付き合ったり、まして結婚なんてしないと思っていた。
 男の人に女性として見られることに身体が拒絶してしまったから。
 でも、なぜだろう。
 これから怜央とそういうことをする、という段になった時、不思議と嫌悪感みたいなものはなかった。
 むしろ、胸の奥がざわざわして落ち着かない。
 それが何なのか、自分でも分からない。
「で、でもさ。怜央、私なんて抱いても楽しくないよ? 魅力とか、女性らしさとか全然ないし。私が男なら私を選ばないもん」
「なんでそんなことを言うの?」
 怜央は私の手を握ったまま、まっすぐな声で言った。
「俺は美琴を抱きたいのに」
 ストレートすぎて息が止まる。恥ずかしさと戸惑いで、視線のやり場がない。顔が熱い。耳の先まで熱い。
「……俺、シャワーを浴びてくるから」
 広い部屋に入るなり、怜央は私の手をそっと離し歩き出したと思ったら、ぴたりと足を止めて振り返った。
「約束を反故にするつもりなら、帰っていいよ」
 彼は挑発するような言葉と視線を私に向け、私を置いてスタスタと一人シャワーを浴びに行ってしまう。
 そのまま、バスルームのドアが静かに閉まった。
 ――ここまで連れてきておいて、ここで選ばせるのか。
 怒りとも困惑ともつかない感情で、私はその場に立ち尽くした。
 勝負の結果とはいえ、こんな約束まで守らなきゃいけないなんて。でも、『負けたら約束を守る』と決めたのは、私だ。
 悶々と考えながら、部屋の入口付近をうろうろと行き来する。
 怜央って、本当に何を考えてるんだろう。
 結婚したいってしつこく言ってきたと思えば、急に姿を消して。再会したと思えば指輪を渡してきて、今度はセックスしたいって――。
 少なくとも昔は怜央の考えていることが多少は分かっているつもりだった。でも、今は全然分からない。
 ――してみたら分かることだってありますよ? 本気かどうかとかね。
 春奈の声が頭をよぎる。
 ……本気かどうか、なんて、そこまでしてみないと分からないものなの?
 結局私は、こういうことを一度もした経験がないから、こんなに分からないことだらけなのだろうか……。
 でも、もし、これで怜央の本心が本当に分かるんだとしたら?
 考えるのに疲れて、もういっそ、このドアを開けて帰ってしまえばいいと思った。怜央もいいって言ってたんだから。
 思わず部屋のノブに手をかける。
 このまま開けて帰れば、もう二度と怜央に会うこともなくなる。……なのに、なぜかノブを掴む手に力が入らなかった。
 どうして? 約束を破りたくないから? それとも、見た目は全然変わってしまっても相手が怜央だから?
 悶々としていたら、突然バスルームの扉が開いた。
 出てきたのは、濡れた髪を無造作に撫でつけた怜央。
 改めて彼の身体を見つめてしまう。
 厚みのある胸板からしなやかに締まった腰へと流れるラインは、バスローブ越しにも無駄がないのが分かって、腕には鍛えられた筋肉が浮かんでいた。
 昔の怜央の線の細さなんて、どこにもない。唯一変わらないのはその碧眼だけだ。
 今や別の生き物みたいに、強く、静かに目の前にいる男の人。
 私は息をすることさえ忘れて彼の姿を見つめていた。
 怜央はホッとしたように息を吐く。
「帰らなかったんだ」
 その表情には安堵が混じっていた。
 どうしてそんな顔をするのか、分からない。
「約束だから」
 そう答えると、怜央は小さく笑った。
「約束だから、か……。そうだよね。美琴はそういう人だよね。……でも、結婚の約束は守ってくれるつもりはないんだよね」
 なぜ、いつもそこに絡めてくるの。
「だって、そういう約束じゃないもん! 私はただ、怜央を守りたかっただけなの!」
「そうだっただろうね」
 怜央はゆっくりと頷く。
「俺をいつも美琴が守ってくれた。美琴は、守りたいって気持ちがすごく強かったから」
「そうだよ。怜央は弱くて、すぐいじめられて、泣きそうな顔ばっかりしてたから……ずっと守ってあげたいと思ってたの。あの日だってそう。だからあんなことを言った。一生守ってあげるなんて……」
 なのに、今の彼にはそんなもの全然必要ない。つい唇を噛んだ。
 その瞬間、道場でのときと同じようにひょいと抱き上げられる。
「ちょっと!」
 抗議する声が裏返るほど、あっさりと持ち上げられた。
 昔の怜央は私より小さくて、私が怪我した彼をおんぶしたことだってあるのに……今は、立場がまるで逆だ。
 力の差どころか、もうかなわないと知らされているみたいで悔しい。さっきの勝負だって同じ。
 なんでこんなに変わっちゃったの?
 怜央は私をベッドに下ろすと、当たり前のように自身のバスローブの紐を解いた。その所作があまりに自然で、私は反射的に息をのむ。
 そして目の前には、怜央の裸の上半身。
 空手道場に生まれたこともあって、男性の上半身なんて見慣れていると思っていた。
 だけど、今、目の前の怜央の上半身は、これまで見てきたどれとも全然違った。筋肉が均等についていて、ただついているだけじゃなくて……。
 動くたびに筋が流れるように光る。それは力強さではなく、美しさだった。
 ――すごく、綺麗……。
 自分でも信じられないけれど、思わず見惚れていた。
 これを見た今なら春奈の筋肉談義に一晩つき合えそうだ。
「幻滅した?」
 怜央が静かに問う。その目は冗談めかしているのに、どこか真剣だ。
「い、いや、別に」
 それどころか、心臓が変な音を立てているのを隠すのに必死だった。
 怜央はそっと私の髪を撫でる。
「ごめんね。あの頃の、線の細い自分にはもう戻れないんだ。儚くて、守ってあげたくなるような男性が好きなんだよね?」
「知ってたの?」
「知ってたっていうか、戻ってきてから乙藤くんが教えてくれた」
「乙藤め……」
 思わず低く唸る。
 いつの間に仲良くなったの? 昔は犬猿の仲だったくせに。
 でも、嘘じゃない。本当に私はあの頃の儚い怜央みたいな人ばかり好きになってきた。
 怜央は私の額にそっとキスを落とす。
 そのまま唇が離れて、彼の笑みがすぐ近くに見える。
「今の俺が怖いなら、逃げてもいいよ。追いかけるのには慣れてるから」
「怖くないし……逃げないよ」
「さっきは逃げようか悩んでたくせに」
「見てたの!?」
 恥ずかしさで顔が一気に熱くなる。
「それは怜央が昔と全然変わった顔と姿で突然現れて、しかもわけの分からないことばっかり言うから!」
「突然じゃないよ」
 怜央の声が少しだけ強くなった。
「俺はあの約束をずっと覚えてた。そのためにずっとやってきた。俺にとっては、やっとなんだ」
 怜央の青い瞳が、燃えるように熱く見える。
「少しずるくても、こうして手に入れたかった」
 その言葉が終わってすぐ唇が重なった。
 思考が止まる。世界が音を失って二人だけの世界になる。
「ふっ……」
 唇が離れる瞬間、呼吸の仕方を忘れていた。
 前の彼氏とのキスとは、まるで違う。
 あの時は早く終わってほしかった。嫌悪感ばかり募って、自分が女であることを呪った。
 でも今は、違う。
 怜央にキスされることが嫌じゃない。むしろ、もっと……と願っている自分がいる。
 どうして。どうしてこんなにも、違うんだろう。
 唇を離すなり、怜央が低くつぶやいた。
「本当に逃げないの?」
「逃げないってば」
 自分でも驚くほど、声が震えなかった。
 むしろ私は今、この先になにがあるか知りたいとさえ思っている。
 ――してみたら、分かるのかもしれない。
 彼の本心がどんなものなのか。遊びなのか、それとも……。
 考えるより先に、両手が動いた。
 怜央の頬に触れる。
 あぁ、彼も熱いんだ。その熱を直に確かめるように、今度は私から顔を寄せた。
「ンッ……」
 唇が重なる。
 怜央の唇は、見た目よりずっと柔らかく、そして熱い。彼の熱がそのまま体の奥まで伝わってくるのが心地いい。
「美琴」
 少し驚いたように怜央が私の名前を呼ぶ。
 その表情が一瞬だけ、あの頃の怜央と重なって見えた。
 線が細くて、泣き虫で、私が守らなきゃと思っていた少年。
 やっぱりこの人は怜央なんだ。見た目が変わっても、怜央であることは変わらないんだ。だから――。
「怜央……。私が、スる」
 自分でも驚くほど自然に言葉が出た。再び唇を重ね、身体を起こして怜央と向かい合う。
 相手は怜央だ。それを意識した途端、こんなことをしているのに不思議と心が落ち着いてきた。
 このまま私が主導権を握れば、最後まで落ち着いてできる――そんな気さえした。
 経験はないけど、知識ならある。相手はあの怜央。怖くは、ない。
 ……そう思った瞬間だった。
 怜央が私の頬に手を添え、まっすぐに私の瞳を捕らえる。
「だめ。それじゃ意味がない」
 次の瞬間、怜央の手が私の背を押し、視界がふっと傾いた。
 天井と交互に見える男の顔に、さっき見せた昔の面影などすべて消え去る。怜央から激しいキスをされた。
「ふっ……!」
 熱い舌が、私の口内を這い回る。歯列をなぞり、奥から舌を絡めるように吸い上げてくる。
 鼻で息をしてみるもどうしても苦しくて、口から熱い息が漏れる。なのに、それすら許さないように、キスは止まらない。
「ふぅっ……んっ……」
 私も怜央のキスを拒否することなく必死に応じていた。
 いつしか遠くを走る車の音さえも、ぴちゃぴちゃという水音にかき消されていく。
 深いキスをされながら、怜央の指が耳に触れる。大事そうにその輪郭をなぞる。
 少し硬い指先がやけにリアルで、キスも含めてすべてが怜央を『ただの男の人』だと印象付けていくようだ。
「んんっ……」
 そのうちキスの刺激で、身体がじんわりと熱を帯びだす。
 頭がぼーっとするのは怜央のせいだ。足の間がむずむずして、なんだか少し濡れているように感じるのも怜央のせい。
 つながれた手は、いつの間にか私の顔の横に置かれ、ピクリとも動かせない。
 勝負で圧倒的な力の差を感じたが、やはりもう怜央の力は私より強い。
 怜央が強くなってしまったことが悔しくて、悲しかったのに、不思議と彼の強さに安心感が混ざる。こんなのは初めてだ。
 怜央が首筋に、鎖骨に口づけながら、手を服の中に入れる。体が強張っても、少し強引に触れられた。
「あっ……怜央……」
「だめ、もう止まらない」
 そう宣言しなくても、彼の行動や仕草で分かる。
 きっと彼は止まる気はない。それで私もよかった。
 簡単に服を脱がされ、ブラジャーまではぎとられる。まったく色気がないデザインだったけど、それどころではないような性急な仕草に少しだけホッとする。
 いつの間にか立ち上がった乳首を指の間に挟んで軽く摘ままれた。
 もう片方は、彼の口内に。
「ひゃっ……!」
 我ながら色気もない声。だけど、彼はさらに熱い舌で先端を含み、吸い上げた。もう片方は、摘まんでは離しを繰り返し、優しく擦られている。
「あぁっ……うんっ! やっ……ぅん!」
 自分の体が、わけもなくびくびくと跳ねる。
 どうしたらいいのか分からなくて、なんとか声を止めようとしたけれど、そうすればするほど、息に乗っていやらしい声が漏れるのが自分の耳に聞こえた。
「あぁ、かわいいな……」
 怜央が低い声でつぶやく。
 それは周りにとっては褒め言葉でも、こと、私にとっては褒め言葉ではない。
「かわいいなんて、いわないでよ! ……ふぁっ!」
「かわいいよ? ここがピンとたってるのも、気持ちいいって教えてくれてるんだよね」
「違っ! ……やあぁっ……!」
 硬い指先が胸の先端を優しく擦り続ける。口に含まれた先端は軽く噛まれて、舌先で舐められていた。
 誰よりもかわいかった怜央にかわいいなんて言われて、翻弄されて、それが余計に快感を高めていくような気がする。
 怜央はもう片方の手でお臍の周りを軽く撫でながら、やっと唇を胸から離してくれた。
 ほっとしたのもつかの間、次は体中にキスを落としていく。少しきつめに、軽い痛みを感じるほどに。
「や、あっ……なに?」
「痛い?」
「少し……でも、大丈夫っ……」
「ごめん。でも、自分の跡をちゃんと残しておきたいんだ。これが現実か不安で……」
 怜央のキスは、体をくまなく通って太ももに達した。
 彼は容赦なく、内ももを撫でキスを落としていった。
「怜央っ、ンッ……、や……」
 さっきからずっと下肢がじわじわと熱を持っている。それは怜央が触れるたびに、ひどくなってきていた。
 濡れるのは挿入時に痛みを感じないためと聞いたことがある。ならきっともう十分大丈夫なくらいだろう。
 もういっそ早く入れてくれたら、これ以上恥ずかしい想いもしなくていいのに……。
「も、怜央ッ……早く、入れて」
「美琴……」
 驚いたように怜央の動きが止まる。
 そしてこちらを見た彼の青い瞳が赤く、強く、燃えているようだった。
「怜央?」
「それ、誰に教えてもらったの? もう最後までしてたんだ。前の彼? 確かすぐに別れたよね」
「なんでそんなこと知って……」
 乙藤とも兄とも接触のある怜央のことだ。それもきっとどこかで聞いたのだろう。
 しかし、彼がこんなにも不快感をあらわにするのを、帰ってきて……いや、昔も含めて初めて見た。
「俺、嫉妬でおかしくなりそうだ」
 その言葉にぞくっと背中が冷える。
 次の瞬間には、ショーツが引き抜かれた。
「あっ……!」
 さっきまで自分をまたいでいたはずなのに、今は私の両太ももの間に怜央の体がある。
 驚いて脚を閉じようとしても、手ですらかなわなかった力は、脚でかなうはずがない。
 怜央は私の足首をもって開かせ、その間にじっと視線を落とした。
「み、見ないで!」
 そんなところ、自分でも見たことがないところだ。
「どうして?」
「どうしてって……」
 恥ずかしいからに決まっている。むしろそれ以外に何がある。
 そう言おうとしたら怜央が言葉を重ねた。
「ずっと見たいと思っていたよ。美琴の全部」
 それこそ、どうして? だ。
「私、誰かの体を隅々まで見たいなんて思ったことはないッ。怜央、おかしいよ」
「おかしいかな。まぁ、おかしいよね。こんなにずっと美琴だけが好きだったなんてさ。なのに、美琴は彼氏も作って、俺のことなんて忘れてた?」
 そう言って、怜央は節くれだった指を一本、濡れた中に差し込んだ。
 ものすごい圧迫感に息が詰まる。
「ふぁぁっ……! やぁっ……怖い!」
「あぁ、ヌルヌルで飲み込まれていくのに、どうしてこんなに狭いんだろう。ここに入れたことがあるんじゃないの? 『早く入れて』なんて経験ないと言えないよね?」
 指は、中でクチクチと音を立てながら暴れ回る。
 それでやっと、彼が何を怒っているか分かった。
 怜央は、私に経験があると思っている。それに怒っているのだ。
「ちがっ……あぁっ……ちがう!」
「何が?」
「してないっ。……んっ……前の彼氏とはっ、やぁっ、キスしかしてない! こんなこと、してないの!」
 叫んだ瞬間、指の動きがピタリと止まった。そして、長い指が引き抜かれる。
「ひゃうっ……!」
「本当に?」
「なんでそんな嘘つかなきゃいけないのよ……。私、誰ともしたことない。『早く』って言ったのも、恥ずかしいからに決まってるでしょ!」
「誰のものにもなってなかったんだ……よかった……」
 怜央の機嫌は一気に直り、唇をくっつけたと思えばすぐに舌が中に入って来た。
「ふっ……ぅんっ……」
「ごめん、美琴。今度は絶対ゆっくりするから」
 それよりも、恥ずかしいからとにかく早く終わらせてほしいのだけど。
 次はもう、怜央はすぐに指を差し入れず、悪戯をするように割れ目をなぞった。
「ん、はぁっ……!」
「最初だもんね。ゆっくり慣らしていこう」
 クチクチと濡れた音が響いて、直接的な刺激が全身を駆け抜けていく。
「んっ……あぁっ……やぁっ……!」
「かわいい、美琴」
「はっ……ンッ! だから、かわいく、ん……ないってばぁっ……」
「美琴は自分の体を知らないだけだよ。ほら、ここには小さな蕾がある。すごくかわいいんだよ」
 ふいうちのように、割れ目の上の小さな尖りを指で押しつぶされた。
「ひゃぁっ……! や、そこ、いや!」
「どうして? 気持ちよさそうな顔してるよ」
「くぅっ……あぁっ!」
 割れ目から零れた蜜を指ですくって、花芯に塗り付ける。そして指で挟もうとされるたび、にゅるにゅると突起は逃げた。
 その刺激がきつくて、泣きそうになる。
 だけど、彼はそれをやめてくれることはない。摘まむたび、小さく指を動かして震わせていく。
「ここが気持ちいいのは、女の人も同じなんだね。俺もさ、いつも美琴を想像して自分のものに触れてた。いつか美琴と一つになりたいってずっと思ってきたから」
 私の中に昔の怜央が残っていて、そんな言葉は彼にそぐわないと脳が拒否しているようで想像がつかない。
 なのに、私の体は勝手に彼の指使いに反応して、入口がヒクヒクとわななく。
「粒が少し硬くなってきたね。苦しそうだから、ここの薄い皮から出してあげる」
「なに言って……ひゃっ! あ……あ、アンッ!」
 硬くなった花芯の上の皮を持ち上げる。濡れた指は容赦なく、剝き出しにされた突起を弄りこね回した。
「だめ、あっ……やぁっ……あっ……も、それ、だめ!」
「ダメじゃないよ。イきそう? イッていいよ」
 蕾を捏ねながら、怜央は微笑む。
 彼が何を言っているのか、分からない。だけど、どんどんどこかに追いつめられていくことだけは分かる。
 武道でも、仕事でも、これまでこんなに追いつめられる感覚を持ったことはないのに。
 彼は一定の速度で小さな突起を上下に扱く。
 ゆっくりした動きなのに、逃げることもできずに、熱い息と嬌声だけが口から漏れていた。そのときだった。
「あうっ……ぅんっ、ぁぁあっ!」
 身体の奥からぞわっと深い快感が昇って、頭のてっぺんで弾ける。
 全身が一瞬硬くなり、目の前がチカチカする。意識が遠のいてすぐに力が抜けた。
 少しして、はぁ、はぁ、と自分の乱れた息が耳に届く。
「達したね」
 怜央は愉しそうに微笑むと、先程まで私の下半身に触れていた指をぺろりと舐める。
 そんな彼の仕草に絶句した。
「な、なにして……!」
「ん? ちゃんと味わっておきたいから」
「なんで! やだ!」
 私の声も聞こえないように、彼は自身の指をゆっくり舐め上げる。彼の舌が彼の指を這う仕草だけでやけに妖艶だ。
 私は慌てて怜央の手を取ろうとしたけれど、逆にその手を取られてしまった。
「邪魔しないで」
「おかしい! 怜央は、おかしいよ。そんなの怜央がしちゃだめ……」
 こんなことをされてなお、昔の怜央が今の怜央に時々重なってしまう。
 あの儚くてかわいくて素直で優しかった怜央が、あろうことか、そんなものを舐めるなんて……。怪我だって舐めるのを戸惑って止めたくらいなのに。
 ショックで言葉を出せずにいると、一通り舐め終えた怜央がすっと目を細くする。
「まだ美琴の中には、昔の弱い俺がいるんだね。やっぱりそうか」
 私の脚の間にいた怜央は、そう呟き膝を割るように手を太ももの裏に差し込んだ。
 一瞬暴れようと足を動かしたものの、抵抗は無駄に終わり、軽々両脚を怜央の肩に乗せられる。
 何が起こるのか、想像もできなかった。
 怜央は私のお尻を少しだけ持ち上げ、その後、すぐに中心に口を付けたのだ。
「やっ、怜央、だめ、だめだめだめーーー! あぁっ……ンッ!」
 容赦なく、怜央は先程散々弄っていた場所を舐め始めた。
 最初は割れ目に沿って舌で下から上に舐め、さらに突起を口に含む。
 チロチロと舌先で舐められていることが信じられないのに、先程以上の刺激が全身を駆け抜けていく。
「やぁっ……あっ……はぁっん……!」
 暴れたいのに、全然力が入らない。
 そして少しでも足を動かせば、お仕置きとばかりに蕾を吸う力が強くなった。
「ひゃぁ! ンッ、あ……はぁ……!」
 がくがくと身体が震える。今度は突然の絶頂だった。
 だけど怜央は容赦しないとばかりに、止めることなくぴちゃぴちゃと卑猥な音を立てながら吸い上げ続ける。
「あぁっ……はっ……ンッ……」
 どんどん快感の渦に巻き込まれ、思考がぼんやりとしてくる。そのうち気持ちよさが脳も身体も支配した。
「んっ……あぁっ……も! ……ぅううん!」
「あぁ、またイッたね。イくのに慣れてきた?」
「やぁっ……」
 ただひたすらに、彼の舌の動きに翻弄されて、私は何度も絶頂を迎えるしかなかった。
 気づけば足も震えている。
「も……何度も、いったから……も、いいっ……」
「そうだね、こうして舐めてると美琴がイくのがよく分かる。本当にかわいいけど、今のままじゃ最後まで持たないか……」
 呟くように言って、やっと唇を離してくれたと思えば、次はそっと指が入り込む。
「ぅんっ……!」
「痛い? ごめんね、俺の指、長くて太いから……美琴には少しきついよね?」
 そう言いながらも、指で中を探るように回す。
 さっきより痛さはないが、圧迫感はまだひどい。
「美琴のここ、こんなに濡らしてもやっぱりすごくキツい。指をぎゅうって咥えて離そうとしない」
「んっ……やぁっ……、抜いて」
「だめだよ。慣らさないと痛い思いをするからね。まぁ、慣らしても、痛いとは思うんだけど」
 最後に不吉な言葉を放って、彼はそれを続けた。

「あっ……やっ……はぁ……」
 最初は圧迫感に耐えるための呼吸だったのに、少しずつ違う声が混じる。
 彼は何度か指を抜きさしした後、指を入れたまま上の花芯に唇を寄せた。
「んんんっ……! 怜央、だめっ……はうっ!」
 中の指が暴れ、そして花芯はピチャピチャと舐められ、どんどん私を追いつめる。ぐっちゅぐちゅと指を出し入れされているうちに頭がくらくらした。
 快感がせりあがって来た瞬間、指がぐっと中の手前を押す。
「やめ、それ……」
「やめない。ちゃんと中で俺の指を感じて。ここに俺自身を入れたいんだから」
「むりっ、あんっ……! あぁああっ……!」
 体が震えたと思ったら目の前が明るく瞬く。とうとう指が入ったまま、先程以上の絶頂に達してしまったのだ。
 ガクッと力が抜けた私は、肩で息をしながら怜央を見つめる。
 怜央は優しく微笑んで、それから汗をかいた私の髪を撫でた。
「うまくイけたね」
 目の前がぼんやりする。
 ――この人は……大人の男性なんだ。
 先程から恥ずかしいところをさらしすぎたせいなのか、もう昔の怜央は重ならない。
「怜央……。も、限界。これ以上、イッたら最後までもたない……」
「美琴……」
 怜央がちゅ、と私の唇にキスを落とした後、「分かったよ」と言って、最後に残っていた自分のトランクスに手をかけた。
 そして取り出したのは、怜央の陰茎――。
「ひっ! な、なにそれ!」
「ごめんね。驚かしたよね……」
 怜央は申し訳なさそうに眉を下げた。
 私はそれを初めて見たけど、絶対おかしい。何だあれは……。
 そそりたつ彼の肉棒は、信じられない大きさと長さだった。
 あれを、あそこに入れる……知識としては知っているが、どう考えてもおかしいと思う。
 強い敵に向かっていく時、私は緊張しない。むしろワクワクするタイプなのに、これはダメだ。絶対だめ。本能が私に無理だと告げている。
「怜央、それはちょっと……なんていうか、予想外と言うか、むり……」
 ごく、と唾をのんで腰を引こうとしたら、怜央が私の腰をガシッと掴み、目を細める。
「美琴は強いから大丈夫だよね?」
「う……」
 いや、それ強いとか関係ないと思いますけど……。
 いくら空手が強くても、それはまた別次元の強さ。しかも私の性的な経験値は、レベル1以下。断る理由を探ろうと視線をきょろきょろと動かす。
「でもぉ……」
「それとも、美琴は勝負の上の約束まで破るの……?」
 ずるい……! 最初は逃げてもいいって言ってたくせに!
 泣きたくなったところで、怜央は小さく眉を下げた。
「ずっと美琴と一つになりたいと思っていたんだ。だから入れさせて? ……大丈夫、無理はしない。何かあったら俺が絶対に責任を取るから」
 何かって何がある想定なんだ。
 少々不吉なことを言いながら、彼は私を再度押し倒し、唇を重ねた。


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