今夜は君を帰さない モテすぎ医師の一途な独占欲に甘く囚われて 3
松田の家は、本当に駅からすぐの場所にあった。
(わ、いいところ……)
美晴は思わず心の中で呟く。
すぐ側に繁華街の賑わいがあるとは思えないほど静かな一角に建つマンションはまだ新しい。淡いグレーの外壁は汚れひとつなく、ガラス張りのエントランスも隅々まで整えられている。外観、エントランスの雰囲気、どれをとっても、美晴の暮らしているアパートとは明らかに違う。
(ここに住んでいるって……一体どんな仕事してるんだろう。っていうか私、彼のフルネームすら聞いてないんだ)
今こうして、一緒にいることが不思議じゃない程度に会話を重ねたはずなのに。
一歩踏み込んで見えていなかった彼のリアルが露わになると、途端に戸惑いが湧き上がってくる。
(名前どころか、年齢も、知らない)
松田について美晴が知っていること。仕事はシフト制で、忙しいけどやりがいはある。趣味は旅行と言いたいところだけど仕事が忙しく全然行けないから地方のクラフトビールを取り寄せるのにハマった。本当は現地に行って飲みたい――改めて考えてみると本当に少ない。
(……そんな人の家に来るなんて、ほんと、私らしくない)
これまでの美晴では考えられなさすぎて、思わず苦笑してしまう。
けれど、決して後悔しているわけではなかった。
(でも……こういう『らしくなさ』って、ちょっとだけ楽しい)
今日一日で、たくさんの「初めて」を経験した。一緒に笑ったビール、自然に出た自分の話、近づいた距離感。そして、触れたことで自覚した……期待。
(こんなこと、なかったな。今までの私には)
もしかしたら、気まぐれに知らない場所に踏み込むのは、ただ「危険」だとか「軽率」だとかではないのかもしれない。
(冒険って、こういうこと、なのかも)
当然、ここから始まることが全てよいことであるとは限らないし、後悔するかもしれない。
でも今、松田と一緒にいたい。
それが美晴の素直な気持ちだった。
自分の気持ちに、感情に、正直になれたことを驚きながらも、美晴はどこか戸惑いを楽しみ始めていた。
導かれた部屋は思いのほか広かった。廊下の扉を数えた感じでは、ファミリー向けの3LDKのようだ。しかし玄関には彼の痕跡しかなく、どうやら住んでいるのは松田ひとりらしいとどことなく察する。
「どうぞ」
「お邪魔、します」
通されたリビングは一見整っていた。しかし散らかるほど物がないという方が正しいかもしれない。
三人掛けの大きなソファの上には少しくたびれたブランケットがくしゃりと丸めてあり、ローテーブルにはテレビのリモコンと充電ケーブルに繋がれたタブレットが置かれている。あとはテレビと、空気清浄機。明るい木目のフローリングにはラグもなく、人によっては殺風景と感じるかもしれなかった。
「ごめんね、散らかってて。今、コーヒー淹れるから、座ってて」
「あの、お構いなく」
「コーヒー、苦手? カフェオレにもできるよ。それか飲み足りなかったらお酒もあるし」
「じゃあ、カフェオレで」
お酒はもう十分だ。だって頬が熱い。でもそれはきっとお酒だけのせいではない。
「砂糖はどうする?」
「あ、なしでお願いします」
「了解。ソファで待ってて」
松田は上着を脱ぐとそれをダイニングセットに投げた。リビングとひと続きになったダイニングキッチンのカウンターに接するように置かれたダイニングテーブルには今投げた上着だけでなく、DMや投げ込みチラシが無造作に積まれていて、あまり使っている形跡がない。
キッチンカウンターには数種類のコーヒーミルやハンドドリッパーが並んでいた。
美晴は言われた通りソファの端に腰かけ、コーヒーを用意する松田を眺める。慣れているのだろう、とても手際がよかった。
「コーヒー、お好きなんですか?」
「まあね」
そう言うと松田はカウンターに並ぶ道具に視線を向け苦笑する。
「見てわかる通り、ハマると道具とか一気に揃えちゃうタイプ。これでも引っ越しでだいぶ処分したんだけどね」
「もしかして引っ越してきたばかりなんですか?」
だとしたらこのがらんとした雰囲気にも納得だ。
「うん、一週間前に。ここ社宅でさ、僕ひとりなんだけどファミリータイプしか空いてなくて、正直持て余しているところ」
「そうなんですね」
(こんないい物件を社宅にできる会社って、何系?)
基本的に病院しか知らない美晴にはまったく想像がつかない。詮索するつもりはなかったが、彼のプライベートな空間にいると嫌でもあれこれ考えてしまう。
「ごめん、お待たせ」
声をかけられ振り返ると、松田がキッチンからふたつのマグカップを手にして戻ってくるところだった。
「はい、こっちがカフェオレ。ミルク多めにしてみた」
松田が差し出した厚みのある陶器製のマットな黒のマグからは、ふわりとコーヒーの芳ばしい香りと共に湯気が立ち上っている。
「ありがとうございます」
なみなみとカフェオレで満たされたマグを美晴は慎重に受け取り、両手で包み込む。その温かさと香りに、少しほっとした。
「来客用ないから、普段使いのマグでごめん」
「いいえ、そっちも可愛いですね」
対する松田のマグはぽってりとした形の、青と黄色のツートンカラーだ。
「ありがと。見かけるとつい買っちゃうんだよね」
言いながら松田はブランケットを押しやり、美晴の座っている端の反対側に座る。
(うわっ)
柔らかな座面越しに松田の存在を感じて、美晴はどぎまぎしてしまう。
バーでもタクシーでも隣に座っていたのに。なんなら距離はさっきよりも離れているのに。なぜか今が一番近くに感じる。
そのせいだろうか、美晴の身体が勝手に緊張し始めた。
「でもひとりだと基本一個しか買わないからみんなデザインバラバラ」
「その時気に入ったものを買っていくと、そうなっちゃいますよね」
ふうふうと息を吹きかけ、ひと口飲む。するとコーヒーのほろ苦さとミルクのまろやかな風味が舌を優しく温めてくれる。それでも一度強張った身体は元に戻らない。
「美味しい」
「よかった」
思わず零れた美晴の感想に、松田はほっとしたように笑った。
「あの、さ。……緊張、してる?」
「……して、ます」
出会ったばかりの男性の家にいることよりも、松田とこんな風に近くにいることの方を美晴は強く意識していた。
怖いわけではない。戸惑い、羞恥、そして少しのいたたまれなさ……色んな感情が混ざってどうしたらいいのかわからない。
「そっか。……僕も」
松田はそう言うと、自分のマグに口をつける。彼はブラックなのだろう。湯気に混じって少しビターな香りが漂ってくる。
「緊張するんですか? 松田さんでも?」
その容姿、バーでの様子、さらに美晴を自宅までいざなったスマートな振舞いから考えれば、異性との付き合いに慣れているとしか見えない。
けれど美晴が松田を見ると、彼はひどく真剣な表情だった。
「うん。ぶっちゃけ、梶原さんが今ここにいることが、ちょっと信じられてない」
「……なんで?」
「なんとなく。夢みたいっていうか。……僕、変なこと言ってます?」
「……ちょっとだけ。だって私がいるのが信じられないなんて」
美晴が笑うと、松田も小さく笑う。
何度も合わせたその笑顔が、強張った空気を柔らかくほぐしていく。
「……私ちゃんとここにいますよ?」
自然に零れた言葉は、松田を安心させるためだけではなく、自分へ言い聞かせるためでもあった。成り行きというだけではない。ちゃんと美晴は自分で選んで、ここにいる。
「うん」
松田は頷くと、美晴のすぐ隣に座り直す。ソファのクッションが沈み、ふたりの間に合った距離がぐっと近づく。
それでも、マグを持つ手は互いの間にあり、ほんの少し心のクッションにもなっていた。
「近いですね」
美晴はぽつりと呟いた。
恥ずかしいのか、照れくさいのか、それとも――。自分でもこれと表せない感情が胸をぎゅうぎゅうと圧迫してきて、うまく息ができなくなる。
余計なことを言えばそれが零れてしまいそうで、美晴は目を伏せる。
「うん。……近いね」
マグの縁から立ち上る湯気が、ふたりの間の空気をゆるやかに繋げていく。
言葉が静かに落ちて消えて、そのあとに沈黙が降りた。けれど、この沈黙は気まずいどころか不思議と温かい。
(こういうの、天使が通ったっていうんだっけ?)
どこの国の言い回しだっただろうか。ふわふわした頭では思い出せない。
「梶原さん」
名を呼ばれ、顔を上げると視線が絡んだ。
「あ……」
その瞬間、空気が変わる。
美晴の心臓が、急に忙しなく動き始める。
「……今夜は帰らないでって言ったら、困る?」
真剣な眼差しとは裏腹に、優しさと切なさをたっぷりと含んだその声は、問いかけというより願いのようだった。
美晴が答えられぬまま黙っていても、視線は外れない。ただ、互いの眼差しだけが混ざり合う。窓の外の喧騒は遠く、ふたりきりの部屋は静かだった。それなのに美晴の耳には、早鐘を打つ己の心臓の音が大きく響いてくる。
(心臓の音が、聞こえてしまいそう)
頭の中はまだ、まとまっていない。けれど心はもう、こんなにもわかりやすく答えを出している。
美晴は持っていたマグをそっとローテーブルに置いた。松田がせっかく淹れてくれたカフェオレだけれど、口にする余裕はもうどこにもなかったから。
これ以上、湯気に隠れてはいられない。ふたりを隔てるものを手放すことで、もう一歩、彼に近づきたい。
美晴の行動を見た松田も、自分のマグを置いた。
もはや遮るものは、何もない。それを認識した途端、絡み合ったままの眼差しに、色がつく。何かが始まる気配が、湯気のように立ち上る。
ややあって松田がもどかしそうに口を開いた。
「……下の名を、教えてほしい。僕は、大我(たいが)」
「……美晴、です」
「美晴……」
名前を呼ばれた瞬間、美晴は胸が締め付けられる感覚がした。けれど、目はそらせない。
そろそろと伸びてきた大我の手が、ゆっくりと美晴の髪に触れる。指先で耳の横の髪を払いながら、頬の輪郭をなぞる。
その触れ方があまりにも優しくて、また美晴の胸は締め付けられる。
「キス、しても、いい?」
さらなる触れ合いへの許しを求める問いは、言葉というより、懇願だった。
「……はい」
願っているのは、美晴も同じ。だから小さく応じ、目を閉じた。
頬を大我の指が滑り、頤に触れる。そっと仰のけられた次の瞬間。
柔らかく、しかしはっきりと唇が重なった。
コーヒーの匂いがする口づけは深くもなく、長くもなく、けれど確かなぬくもりを感じた。
それは美晴の心に火を灯した。灯火はやがて情熱を燃やす火種になる。
触れた唇が離れた後、余韻を残したまま大我は低い声で言う。
「……ありがとう」
「こちら、こそ」
「この続きは……別の場所でしない? ……美晴さんが、許してくれるなら、だけど」
大我の声は、途中で少しだけトーンが落ちる。その口調はねだるというにはあまりに不器用で、優しすぎた。
けれどそれがかえって、美晴の心を温かくする。
(……可愛い)
大人の男性に抱くにはちょっと申し訳ない感想が、なぜか一番に浮かぶ。さらにそのあとにじわじわとこみ上げてきたのは、この人をもっとちゃんと好きになりたいという衝動だった。
「もちろんです」
答えた美晴の声は、自分でも驚くほど素直で、迷いがなかった。この気持ちが零れてしまわないうちに、美晴はそっと身を近づける。
そして大我の頬に、自分から唇を寄せた。
美晴の唇が頬を離れると、大我は一瞬だけ目を閉じた。ゆっくりと息を吐いて、それから、ふっと笑う。
「なんか今、めちゃくちゃ幸せかも」
「ほっぺにキス、だけで?」
「うん。チューだけで」
「チュー」という言葉を口にした瞬間、大我はほんの少し唇を突き出して、いたずらっぽく笑みをきらめかせた。その表情に美晴の胸が高鳴る。
(ほんと、可愛い)
いや、可愛いなんて、そんな言葉だけじゃ足りない。美晴は思考が一瞬で溶けて、暴れ出したくなるような衝動に置き換わるのを感じた。
こんな衝動は今まで経験がない。美晴は叫び出したい気持ちを押し殺し、思わず身体をもじもじとよじらせる。
「私も……幸せ」
身の内で暴れる愛しさをなんとか宥めて甘える風に身を預ければ、優しく肩を抱かれる。見た目よりもがっしりとした腕は、頼もしいなんて表現が生ぬるく感じるほどたくましい。
肩にまわされた腕、背中に感じる広さ、厚い胸板、どれも日常的に気にかけていなければ培われないものだ。
(すごい、バランスがいい)
作業療法士として、日々人に触れているからこそ、わかる。強さと柔軟さが共存していて、支える力も包む力もある、強い肉体。
(いい身体してるなぁ……なんて、患者さんには絶対言えないのに)
ふっと笑いそうになる。でもそれくらい安心して身を預けられると思った。
それに触れた美晴はぬくもりとたくましさに安堵すると共に、同じくらい身体の奥がざわつく感覚もあった。それは間違いなく期待であった。
「……移動しようか」
囁かれた大我の声は熱情を含んでいて、自覚してしまった美晴の期待を否が応でもかきたててくる。
「……はい」
美晴が頷くと、大我は美晴の手を取り立ち上がる。そのまま連れられて寝室に続く扉を開けると、空気がまた変わった。
(きっと、これが最後だ)
人と人を隔てるいくつもの膜を、ふたりで一緒に取り去ってきた。そしてこれから最後の一枚を手放すのだ。
大我の寝室は、中央にダブルサイズのベッドとその脇に読書灯があるだけのシンプルなものだった。けれどダウンライトが照らす少し乱れたままの布団が、生々しい夜の気配を漂わせている。
これから行われる密やかな行為を受け止める場所を見て、美晴の頬が熱くなってしまう。
閉まり切っていないカーテンから、見慣れぬ夜景がのぞいている。ここは自分のテリトリーではない。そんな場所で今からすべてをさらけ出す。
「美晴さん」
名前を呼ばれただけで、美晴の身体に甘い痺れが走る。
「……おいで」
大我に招かれるがまま、美晴はその腕の中に自ら囚われ、目を閉じた。
一度目は、重なるだけだった。コーヒー味の優しいキス。
二度目は、美晴から頬へ触れた。衝動と愛しさが混じったキス。
そして、今、三度目のキスは、官能のスイッチを入れるためのキスだ。
「ん……ぁ……」
極上のスイーツを分け合うような口づけに、美晴はすぐさま夢中になる。
ためらうことなく大我から差し入れられた舌に応じれば、触れ合っている箇所から快感がじわりと滲んだ。
大我の舌は優しく、しかし巧みに美晴を探り、暴いていく。身体の内側で絡む感触とそこで混ざり合う互いの熱は、美晴から思考能力を奪っていく。
「んふ……ぁん……」
鼻から抜ける音が、ひどく甘く、みっともない。けれどこの口づけを止めたいとは思わなかった。
何度も角度を変え、より激しく深く、繰り返されるキスに溺れながら、美晴はふと毎夜見る夢を思い出す。
(落ちる)
閉じた瞼の暗闇の中、足元にぽかりと穴が開いた、そんな錯覚に陥る。
「ぁ……っ」
「おっと」
途端に美晴の身体から力が抜けて、膝がかくりと折れた。その場にくずおれそうになった美晴を大我が抱き留める。
「ベッド、行こう」
「ん……」
ほんの数歩進むことすら忘れていた事実に驚きながら、美晴は大我に導かれるままベッドに横たわる。すると間髪を容れずにまた唇が降ってきた。
「ぁん……はふ……んん……っ」
一度絡まり深まってしまった口づけは、そう容易にはほどけない。はふはふと呼吸を分け合いながらふたりは互いの服を脱がしていく。
(あ、下着)
今日はどんな下着を身に着けていただろうか。そんな不安が一瞬美晴の頭を過る。そのほんのわずかな懸念を大我は見逃さなかった。
「ん? どうした?」
「んん、なんでもない、です」
「そう? 何かあったら言って」
「何かあったら、止めてくれるんですか?」
「……努力、します」
うっと一瞬大我は答えに詰まる。けれど絞り出すようにそう言った。
「大丈夫ですよ」
大我の優しさに美晴は思わず笑ってしまう。実際大我の手で取り払われてしまうと、下着のことなどもう気にならなかった。
生まれたままの姿にされベッドに寝転がった美晴に、大我がゆっくりと身を傾けてきた。その体格のよさに改めて驚いてしまう。
(うわ……)
顔の横にたくましい腕をつかれる。ベッドのスプリングがぎしりと鳴ると、まだ触れられてもいないのに抱きしめられている。そんな感覚になる。
重ならないぎりぎりの距離で見つめ合う。
(あつ、い)
自分が映る大我の瞳から注がれる視線が熱すぎて、まるで焦げてしまいそうだ。
「……怖い?」
大我の問いかけは、気遣いと確認が混ざった優しい声色だった。
「大丈夫、です」
怖いわけじゃない。ただ、あまりにも大我の眼差しが熱すぎるだけだ。
素直に頷いた美晴を見て、大我はほっとしたように表情を少し緩めた。
「できるだけ優しくする。……だから、美晴さんも少しだけ協力して」
「協力……ですか?」
美晴は大我の意図が掴めず、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「私、何をすれば……?」
戸惑いを露わに問い返した美晴に、大我は苦笑する。
「……美晴さんは自覚なさすぎる。そんな顔で真面目に聞かれたら……余計に、煽られるんだけど」
次の瞬間、ベッドのスプリングが軋む。近づいてきた唇によって塞がれ、美晴の反論は奪われた。
「ん、ん……ぁあ……っ!」
先ほど溺れたキスとは、まったく違うキスだった。遠慮なくねじ込まれた舌が、我が物顔で美晴の口腔を暴いていく。歯列をなぞり、口蓋を撫で、舌を絡められると、美晴の身体がびくびくと弾んだ。
たった三度のキスで、すべてが把握されてしまったのだろうか。美晴がそんな風に考えてしまうほど大我の口づけは的確に快感の火を灯していく。
「ん……んん……っ!」
強く吸われて、美晴の頭に霞がかかってくる。酸素が足りないのか、それとも嵐のごとく襲いかかってきた快感に侵されているのか。はたまたその両方か。
いずれにせよたまらなくて、美晴は大我に縋りついた。
「……ほら、そうやって僕を煽る」
すると口づけをほどいた大我が、美晴の耳元で困った様子で囁く。欲望を露わにした大我の声と艶めいた吐息を感じただけで美晴は身体を震わせてしまう。
「煽って、なんか……」
美晴は反論しようとしたものの、尖った唇から零れた声はどこか甘えかすれてしまう。
「うん。美晴さんはそんなつもりないよね」
大我は小さく笑って、美晴の頬を撫でる。
「だからこれは、僕の問題。……いっぱい君を可愛がらせて」
「はうぅっ!」
囁きの余韻を待たずに温かく湿った大我の舌が耳に差し込まれる。その濡れた音と艶めいた音に美晴は身体を跳ねさせる。
「あっ、ま、待ってぇ」
まるで音と熱と感触を頭へ直に注がれているような錯覚に陥り、美晴は身もだえる。
「ん、ここ、好きみたいだね。覚えた」
甘い声を吐き出した美晴に大我は微笑んだ。そして唇はゆったりと美晴の首筋を辿り、鎖骨へと這っていく。その儚くけれど甘く湿った感触に戦慄いてしまう。
「……ぁん、んっ」
汗と口づけでしっとりと濡れた肌がざわめく。
身動きするたびに静かに沈み込むシーツから、美晴は柑橘に似た香りをふと感じた。爽やかでありながら芯のある香り。
(大我さんの、香りだ)
クラフトビールではなく、コーヒーでもなく、彼自身が日常的に纏う香りは、このまま息を止めていたくなるほど、心を預けられるものだった。
「あぁ……んっ!」
大我の大きな手が、美晴の柔らかなふくらみに触れた。つんと上を向いた先端に指先が触れると、大きな声が出た。
「あぁん、んん……っ!」
片方の先端は唇と舌で、そしてもう片方は指で触れられて、あまりの快感に美晴は身体を馳せさせる。期待で膨れ尖った部分をつま先で弾かれ、熱い口に含まれながら強く吸われると、もう美晴は声を堪えることが出来ない。
あまりにも鮮やかすぎる快感の波に溺れそうになり、美晴は必死になって大我にしがみつく。美晴を沈めるのも助けるのも、目の前にいる彼次第だ。
「あうぅっ」
不意にきゅっと強く先端を指で押しつぶされ、美晴の目の前にちかちかと光が瞬いた。
「ど、してぇ……?」
思わず漏れた美晴の問いかけに、彼女を味わうことに夢中になっていた大我の動きが止まる。
「どうして……私の気持ちいいところ、わかっちゃう、の?」
出会ったのは、数時間前。
通じ合ったのはつい先ほど。
触れ合ったのは、今。
それなのに大我の指と唇によって、美晴はこれまでお付き合いした相手とのどの行為よりも昂り快感を覚えている。
(わたしが、へんだから?)
誰かと抱き合うこと自体ずいぶん久しぶりだからか、何も知らない初心者に逆戻りしたみたいだ。
「美晴さん……」
美晴の言葉にどうしたことか大我は一瞬、何かを堪えるように強く目をつぶる。そしてすぐに変わった彼の表情は、甘く蕩けていた。
「ヤバい……」
「え……?」
「僕で気持ちよくなってくれるの、めちゃくちゃ嬉しい」
「えっ、えっ」
「もっと気持ちよくなって」
「あっ、そこ、あぁぁ……っ」
美晴の肌を撫でていた大我の手が、素早く下肢へと向かう。密やかなくさむらをかきわけその指が触れたのは、美晴の秘密の場所だった。
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