極甘な恩返し 恋愛スキルゼロな私がハイスペ外科医と結婚いたします 1
「恩返しをしたいなら、結婚してもらおうかな」
──外科医師、朝比奈透はユーモアのある人物である。
それを知っているので、高橋和沙も受けて立った。
「わかりました。どーんとこい、ですっ」
こぶしで胸を叩き、意気揚々と頼もしい返し。そのあとふたりでアハハと笑いあったので、この流れは完全に冗談として処理されていた。
「では、この件については後日改めて。そうですね……明日、いかがです?」
恩返しの内容について話したいのだろう。そう解釈し、和沙は快諾する。
「明日ですか? 午前中に保育園のシフトが入っているので、午後からだと助かります。先生は?」
「俺は当直明け。寝不足の顔していくのも失礼なので、午後からにしましょう。アフタヌーンティーとフレンチのディナー、どちらがいいですか?」
「なんですか、その究極の選択はっ。そんな値段が張りそうなもの、わたし、どちらも食べたことありませんよ」
「本当に? それは誘い甲斐があるな。あっ、値段とか、気にしないで俺に任せておいて」
「そんなこと言っていいんですか? わたし、けっこう食べますよ~」
「どーんとこい、だ」
時間外で人の姿もなくなった病院のロビーにふたりの笑い声が響く。
和沙は気分がよかった。
かわいい甥っ子の手術は成功したし、執刀してくれた透はとてもいい人だ。「絶対に恩返ししますね!」と張りきったら、「結婚してもらおうかな」などと冗談を言う。
アフタヌーンティーとかフレンチのディナーとか魅惑的な言葉を使ってはいたが、おそらくカフェでお茶をしながら「恩返し」の内容を決めてくれるといったところだろう。
(でも本当に、いい先生でよかったな)
……イケメンだし。を、付け加え、和沙は好みのイケメン顔を眺める。
この世に生を受けて二十四年。男性から誘いを受けたことなど皆無に等しい。
記念すべき初めてのお誘いが好みのイケメンで、好感度大の男性だなんて、なんてラッキーなのだろう。
明日のカフェでのお茶代は、もちろん和沙が払おうと決める。
三十二歳の優秀な外科医と事業型保育施設の保育士では、収入に雲泥の差があるのはわかっている。和沙が「払います」と口にするのは、おこがましいどころか失礼にあたるのかもしれない。
それでも、これはお礼の一環だと言えば、きっと透は「ではお言葉に甘えますね」と言って微笑んでくれるに違いない。
(本当に、いい先生でよかったな)
じんわりとしたあたたかさを胸に抱く。
そして和沙は、翌日、透に会った──。
予想は大幅に外れ、前を通りかかったことしかない高級フレンチレストランに連れてこられた。うろたえる和沙に、透はにこやかに言ったのだ。
「式はいつにしましょうか? 俺としては、ふたりでじっくり計画を練って、楽しい式にしたい」
今夜の彼も微笑みが素敵なイケメンだ。思わず見惚れそうになるが、「式」という不可解な言葉のせいで気持ちがこもらない。
「お互いの家を行き来することを考えれば、すぐにでも一緒に住むほうがいい。俺のマンションなら広いし、和沙も今のアパートより通勤に便利だ。なんなら、式の相談と一緒に新居探しをしてもいい」
さらっと、ごく自然に呼び捨てにされてしまった。
兄や園児ではない男性に呼び捨てにされるなんて、それも親しみを込めたいい声で呼ばれてしまうなんて、夢のようなシチュエーションのはずなのに。
それさえも、ドキドキするどころか変な動悸で胸の奥が重苦しい。
「もちろん、壮太君も一緒で大丈夫。彼専用の部屋も用意できるから、心配しないで」
わけあって一緒に住んでいる姉の子ども、壮太も一緒で構わないという心の広さ。おまけにひとり部屋を用意してくれるとは。
六歳児にひとり部屋……なんという贅沢。五人きょうだいの末っ子である和沙がひとり部屋になったのは、就職してひとり暮らしになってからだ。
「秋には母親が戻ってくると聞いたから、挙式はそのころがいいかな。やっぱり和沙のお兄さんお姉さん、みんなに参列してもらいたいし」
「待ってっ、待ってくださいっ、先生っ」
いい人だ。
ほんっとうに、いい人だ。
しかし、このまま話を進めてはいけない。
和沙は中腰になり、片手を透に向けて伸ばす。ストップと言わんばかりに手のひらを立てた。
すると、その手を透が両手で包みこんだのだ。
「『わたしにできることなら、なんでもします』と言ってくれただろう? 嬉しかった、ありがとう」
記憶から掘り起こされる昨日の自分。
壮太の手術が成功して、最高にいい気分だった。嬉しさと感謝の気持ちが最高潮に盛り上がったまま、透に言ったのである。
『恩返しがしたいんです! わたしにできることなら、なんでもします』
(どうして「わたしにできることなら」とか「なんでも」とか、調子のいいことを言っちゃったのかなぁ、わたしはぁ!!!!!)
「和沙」
己を責める叫びは、耳に心地よい声に変換される。透に意識が集中すると、間髪を容れず爆弾が落ちた。
「いい家庭を作って、幸せになろう」
真っ白になった頭に、透の言葉が高速で回る。固まった和沙を見つめ、彼はさらなる追撃を加えた。
「俺でも、いいよね?」
「もっ、もちろんです!」
なんとなく彼が悲しそうな顔をしているように見えて、反射的に返事をしてしまう。直後、透は嬉しそうに破顔したのだ。
(この顔はヤバい!)
と、思ったときにはもう遅い。釣られるように、和沙もにっこりと笑顔を作っていた。
──人の、嬉しそうな顔に弱い……。
これはもう、結婚決定ではないか。
(あれ? なんでこうなった?)
透の嬉しそうな顔にほだされながら、和沙は、ここまでに至った経緯の記憶をたどった。
「ほら壮太、早く鞄持って、靴履いてっ」
小さな子どもに「早く」と急かしてはいけない。
多くの育児書や子どもに関する本で、そんなアドバイスを多く読んだし大学の講義でも内容を覚えてしまうほど聞いた。
わかっている。わかっているのだ。が、本当に急いでいるとき、そんな理想は吹っ飛んでしまう。
「テーブルに置いてあったハンカチとティッシュ持った? ああっ、いいや、持ってなかったらわたしの渡すよ、とにかく早く靴履いてっ」
口うるさく子どもを急かす親は批判されがちではあるが、世の親たちは言いたいに違いない。「だって、急いでるんだから仕方がないでしょう!」と。
──現に、親ではないうえに子どもと接する仕事をしている和沙だって、口にしてしまうのだ。
しかしあまり口うるさく言っていると、高い確率で反撃にあう。
朝からこれだけ急かされたら、小さな子どもだって感情的になるだろう。うろたえてしまう子、癇癪を起こす子だっている。
──とは、限らない……。
「だいじょうぶだよ、かずちゃん。おうちを出る時間はいつもと変わらないから、バスに間に合うよ」
つま先をこんこんっと打ちつけながら靴を履き、園のベレー帽をきゅっと直す。あふれる笑顔は百点満点。
和沙の甥、高橋壮太は先日六歳になったばかりとは思えないほど落ち着いている。
「かずちゃん、朝、少しねぼうしたからあせってるだけだよ。朝ごはんもおいしかったし、髪型もバッチリ、今日もかわいいから安心して。おちついて、ねっ?」
話しながら和沙の腕をポンポンッと叩き、玄関のドアを開ける。先に出てドアを押さえながら、諭すような「ねっ?」の笑顔。
ときどき、この子は人生何周目なのだろうと思うことがある……。
母親である長女の美沙に言わせれば「壮太はイケショタだな!」だそうだ。
ドアのカギを回しながら自分なりに改心する。今朝はいつもより三十分遅く起きてしまい、確かに焦っていた。
それでも朝食はシッカリと作り、壮太と一緒に食べて、出勤するためにいつもどおりの身支度をした。
これがもし和沙ひとりならば起きる時間はもっと遅かっただろうし、買い置きの菓子パンひとつで朝食を済ませ、髪も手早くまとめただけでアパートを飛び出していたと思う。
すべてはかわいい甥っ子のため。
かわいいかわいい、目の中に入れても痛くない……実際に入れたら痛いとは思うが、その前に目になんか入らない、でもずっと視界に留めておきたいくらいかわいい甥っ子、壮太のため。
まだ六歳の甥っ子に、生活習慣の悪い例を見せてはいけない。
姉の海外赴任が決まったとき、「預けるなら和沙だな。一番しっかりしてるし、教育上悪影響もなさそうだし」と兄たちを差し置いて絶大な信頼をもらったのだ。
姉の期待に応えるためにも、手は抜けないのである。
「行こう、かずちゃん」
すぐに壮太が手を繋いでくる。これも「危ないからお外を歩くときは手を繋ごうね」と教えた成果……だと思う。
「かずちゃん、急いでいるからって、黄色で走っちゃダメだよ。ぼく、ちゃんと手をつないでおくからね。あぶないからね」
「……はい」
教えた成果は出ている。ただし、あわてんぼうの叔母を抑えるという名目で。
(まあいいか、かわいいから)
大人に向かって生意気な、とは思わない。むしろ“壮太かわいいポイント”が音をたてて上がっていく。
和沙の“かわいい”は、壮太に限って発動されるものではない。もともと子ども好きなのだ。
保育士になったのも子ども好きが高じてのこと。
長女の美沙を筆頭に兄が三人、五人きょうだいの末っ子として生まれた和沙は、姉と兄たちにずいぶんとかわいがられて育った。
従兄弟なども男ばかりだったせいか、伯父伯母や祖父母にもかわいがられたのだ。
小さなころから蝶よ花よと育てられたら我が儘になるのでは、という考えもあるが、和沙はその恩に報いるかのように、自分より年下の子をかわいがるようになった。
小学生の頃は新入生のお世話係、下級生の指導や遊び相手も引き受けた。中学高校のときには児童館や託児所のボランティアにも参加した。
大学で資格を取り、幼稚園を一年経験してから今の保育園に転職を決める。理由は、子どもたちといろいろなかかわり方をしてみたいから。
今の勤め先【あさひな保育園】は事業型保育施設で、【朝比奈総合病院】に併設している。
メインでの受け入れは病院に従事している親の子どもだが、壮太のように特殊な事情を持つ子どももいる。
「そういえば壮太、昨日からやってる似顔絵だけどさ……」
無事バス停に到着し、三人ほど並んでいる最後尾で足を止める。軽くかがんで壮太と目を合わせた。
「やっぱり、ママの顔描いてあげなよ。ほら、時期も時期だしさ」
「えー、ぼく、かずちゃんを描くって決めたし。もう描きはじめてるから、このままでいいよ」
「でも、お友だちはお母さんを描いている子ばかりでしょう?」
バスが停留所に停まる気配がして、いったん話は終わる。手をつないで乗りこむ際、「……描いたって、お母さんは見にこれないし……」と呟く声が聞こえ、これ以上同じ話題には触れられなかった。
姉の美沙はシングルマザーで、証券会社のトレーダーだ。
昨年から、一年の予定で海外赴任中である。赴任地に壮太を連れていくことができず、帰国するまで和沙が預かることになった。
和沙もあさひな保育園に転職したところだったし、園長に確認したところ壮太を園に受け入れてもらえるとのことだったので、今はこうして一緒に登園降園している。
先日、お絵かきの時間にお題が出た。
母の日用の“お母さんの絵”もしくは“いつも一緒にいる人の絵”である。
園児たちの絵は病院のロビーに展示されることになっていて、長く通院している高齢者などは毎年楽しみにしてくれているのだ。
そのため園側としても“お母さんの絵”で統一したいところなのだが、それぞれの事情で母親を描けない園児もいるのだ。
父親や祖父母、和沙のような叔母や叔父、描けない子が出ないよう“いつも一緒にいる人の絵”という選択肢がある。
壮太は母親を描けないわけではない。顔も覚えているし、ときどき電話で話す。それでも、和沙を描くという。
一緒に暮らしているから気を使っているのかと思ったのだ。しかし……。
────描いたって、お母さんは見にこれないし……。
壮太は、美沙に見てもらいたいのだ。写真や動画で送るのではなく、実際に展示してあるものを、目の前で。
(やっぱり寂しいのかな)
母親と離れ離れなのだ。寂しくないはずがない。気丈に振舞っていたって、壮太はまだ六歳の子どもなのだから。
ほどほどに空いている早朝のバス、うしろから二番目の席に並んで座り、窓側で外を眺める壮太に目をやる。
ぼんやりとして少し元気がないように見えるのは気のせいだろうか。そういえば朝食も小食気味だった。
絵の話なんかしてしまったから、母親を思いだしたのかもしれない。
胸がぎゅんっとしてしまった和沙は、思うままに壮太の頭をくりくりと撫でる。いい感じにかぶっていた帽子が大きくずれてしまったせいか、とてもいやそうな顔をされてしまった。
……和沙は思う。
(ええぇっ、壮太っ、いやそうな顔もかわいいっ! こういうのを“ぎゃんかわ”っていうんでしょっ!)
──自覚のある叔母馬鹿である。
保育園の正門は、病院の裏手、職員駐車場側に位置している。
車を降りて一直線なので、子どもを預けている病院の職員にとっては便利な配置だ。
「おはようございますー、はーい、お預かりしますねー」
長閑な声であいさつをしつつ母親から受け取るのは、一歳三ヶ月の女の子。いつもおしゃぶりを咥えながらにっこり笑ってくれる、愛嬌のあるかわいらしい子だ。
「あれ?」
しかし今日はいつもと違う。笑顔がないうえに、おでこには赤ちゃん用の冷却ジェルシートが貼ってある。
「あみちゃん、お熱ですか?」
母親に問うと、わずかに困った顔をする。
気持ちはわかる。いくら病院と併設しているとはいえ病気とわかる子供を預かるわけにはいかない。預けられないとなれば、母親は仕事を休まなくてはならない。
「昨夜微熱を出したんですけど、今朝は下がっているんですよ。ただ、あみがおでこのシートを気に入ってしまって、箱から出して貼りたがったので貼ってあげたんです」
顔色も普通だし、首をさわっても熱があるようには感じない。あみに笑いかけるといつもの半分くらいの笑顔が返ってきたので、昨夜の微熱で体力がないだけかもしれない。
「わかりました。注意して様子を見ていますね。なにか様子がおかしかったり熱があったらすぐにご連絡をします」
「お願いします。もし連絡がきたらすぐにお迎えにこられるように師長にも話しておきますから」
母親は安心した顔で病院の職員玄関へ向かう。和沙も園内に連れていってくれる職員に事情を話し、あみを渡した。
あさひな保育園の保護者は話がしやすい。子どもに心配な点があれば、なにかあった場合の対応策をきちんと考えていてくれる。
(親の都合で、高熱があっても置いていくようなことしないもんね……)
ふと、いやな思い出がよぎり、急いでそれをしまいこむ。と、暗い気分を吹き飛ばしてくれそうな元気な声が聞こえた。
「かずさせんせいー!!」
ハッと駐車場に顔を向ける。駐車場で車を降り、手を振りながらダッシュしてくる男の子が見える。
その子に向かって走り出した和沙は、両手を広げて迎え撃つ。
「竜星くーん、おはよぉー!」
「せんせー!」
気づいてもらえたのが嬉しいのか、竜星はぴょーんと飛び跳ね、再びダッシュ。しかし和沙のほうが早い、竜星が駐車場を出る前に確保した。
「つーかまえたっ」
「つかまったぁ!」
楽しげに笑う竜星を抱き上げる。テンションが上がって足をバタバタさせる六歳男児を腕に、必死に足を踏ん張った。
(重いっ)
標準的な六歳男児が重いことは、壮太と一緒にいる手前もちろんわかっている。それでも竜星を迎え撃ち、さらに抱き上げたのには訳があるのだ。
駐車場と正門のあいだには幅が広い通路がある。遊歩道なので車は通らない。駐車場から子どもが飛び出しても危険はないが、走って怪我をする可能性は十分にあるのだ。
それなので、駐車場から保護者の手を離れて走ってしまう園児に関しては、通路に出る前に迎え撃つことにしている。
「こら竜星、和沙先生が重たいだろう。下りろっ」
笑いながら車を降り、注意をうながすのは竜星の父親である。
「あっ、高杉先生、おはようございます」
「おはようございます、今日も元気だね」
人のいい笑顔で歩いてくる、イケメン外科医と評判の高杉医師。三十六歳、シングルファザーである。……なぜ年齢まで知っているかといえば、ちょっとした理由があるのだ。
高杉は笑顔のまま和沙から竜星を引きはがして立たせる。それがいやだったようで、竜星の頬がぷくっとふくらんだ。
「なんだよー、自分は女に抱きつけないからうらやましいんだろう! 抱きついたら“せくはら”だもんな!」
「セクハラって……、竜星ぇ、どこでそんな言葉を覚えてくるんだ?」
「壮太におしえてもらった」
「えええっ!」
驚きの声をあげてしまったのは和沙である。和沙曰く、「うちの壮太はそんな言葉は使いません!」状態だ。
「壮太に意味をおしえてもらった! でも、おとなのまえで使ったらだめだよって!」
「へーえ」
感心する高杉に、感動する和沙。
(そう、そうなんだ! うちの壮太はそういった気遣いができる子! 知ってる! 知ってたっ!)
──自覚のある叔母馬鹿。
「せんせー、壮太は?」
「お部屋にいるはず。竜星くんも行こうか」
「うん!」
繋げとばかりに手を差し出してくる。その手を取って高杉に会釈をしてから、一緒に正門へ向かった。
「先生に迷惑をかけるんじゃないぞー」
思いだしたようにかけられる言葉に応え、竜星は軽く振り向いて手を振る。
ときにちょっとマセた口をきくが、かわいい笑顔で手を振っているのを見ると父親が好きなのだとわかって微笑ましい気持ちになる。
正門前に戻ると、同僚が仁王立ちで待ち構えていた。
「りゅーせぇいくんっ、千菜美先生とお部屋に行こうかー」
「えーっ」
「なにっ? なにその反応、先生寂しいぞっ」
塩対応をされようと笑って壮太に手を差し出す、同僚の千菜美は和沙のふたつ年上で二十六歳だ。
専門学校の保育課を卒業後、あさひな保育園の保育士になった。保育士歴六年目、頼もしい先輩である。
「竜星君連れていくね。和沙先生はあちらの対応が終わったら、引き続きよろしく~」
「あちら?」
ひらひらと手を振りながら歩いていく千菜美と竜星から目を移すと、校門の内側で軽く手を上げる男性の姿があった。
「おはよう、和沙先生」
朝比奈総合病院の外科医師、朝比奈透である。
歳は三十二歳。若いだけあってパワフルで明るく人当たりもいい、優秀な外科医だ。担当患者のみならず彼を慕う患者は多い。手術を拒み続けていた患者が透とお茶を飲みながら話をした直後、手術にGOを出したというのは有名な話。
また、スラリとした長身に嫌味なくらい白衣が似合う美丈夫の男前で、病院内外の女性に注目を浴びているとか。
独身、彼女なし。多分なし。本人が「いない」と言っているので、それを信じるのならばいない。
決定的なのは、この朝比奈総合病院院長の次男。
これでモテないはずがない。彼は天に二物も三物も与えられた人間なのだ。
──以上、情報提供者は千菜美である。
「おはようございます。朝比奈先生」
今日もイケメンですね、と胸の裡で付け加え笑顔で迎える。整いすぎていて戸惑わないこともないが、基本的に人懐っこい雰囲気が好みの顔ではある。
すると、その好みの顔をぐっと近づけられた。