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初恋の君を離さない 3

第三話

「はぁ……っん!」
 自分の唇から信じられないほど甘い声が出た。
 服の下にある肋骨のあたりを、大きな手が撫でただけだというのに、なんでこんなに、と初芽は戸惑う。
「そんな可愛い声、今までどこに隠してた?」
 は、と息を詰めた初が背に手を這わせ、初芽の下着のホックを外すと、胸元の締め付けが緩んだ。胸がどうしようもなく早鐘を打っていたのもあり、少しだけ楽になった気がしたがそうではなかった。
「あっ……」
 また声が出てしまい、慌てて唇を閉じる。初の手が、そんなに大きくない初芽の胸の膨らみを、下から上へとゆっくり揉み上げた。
 初の手は、指の形も爪の形も綺麗だ。高校生の頃からずっと見ていたから知っている。
 その美しい手が、初芽に触れ、胸を揉み、その隆起した先端を指先で転がす。
 初芽はまだ脱がされていないスカートを掴んで、下腹部まで心臓になったような心地になっていた。勝手に脚が縮まり、上にいる初の腰を両足で挟んでしまう。
「さな、いく……っん」
 名を呼ぶと、彼は唇を重ねてくる。舌がすぐに搦め捕られ、水音が聞こえてくる。
 初芽は経験がないわけではない。けれど、舌を入れるキスは好きではなかった。卑猥に舐られるような、濡れた感触が嫌いだった。
 でも、初のキスは全然違った。
 舌先がゆっくりと初芽の舌を転がし、時に上顎を撫でるようにされ、ゆっくりと官能を引き出されるようだった。
「キスは好き?」
 唇を触れさせながらそう言う初に、初芽は答える。
「好きじゃ、なかった、けど」
「けど?」
 クスッと笑った初が下唇を吸うように口付けをし、チュ、と小さく音を立てた。上唇も同じようにされ、少し彼の口が離れたところで、声を出す。
「私、変かも」
「気持ちいい?」
 その問いに答える前に、初が二つの指で乳房の隆起を挟みながら、ゆっくりと回すように揉んだ。
「服、脱がすよ?」
 彼はブラウスとキャミソール、そしてブラジャーを一気にたくし上げ、初芽の首元を通して取り去ろうとする。
「……っ」
 首からブラウスなどを抜かれ、両手からすべてを取り去られると、纏うものが何もない肌に部屋の空気が触れた。
 初芽は顔を横に向け、両手を胸元に無意識に寄せていた。その両手を彼がゆっくりと開き、初の目の前に裸の胸が晒される。
「……真井君」
 恥ずかしい。初芽の裸の胸を見て、どう思っているだろう。胸は小さい方で、自信なんかない。
「綺麗だ。ずっと、こうしたかった」
 初は初芽の両手から手を離し、胸の間に手を這わせる。ふるっと、勝手に身体が震え、潤んだ目をキュッと閉じた。
 布が擦れる音が聞こえ、薄目を開ける。初はシャツと下着を脱いで、上半身裸になった。細身だが筋肉のついた綺麗な上半身だった。
 初芽はそれを見て、息を詰める。初と目が合うと、彼は微かに唇に笑みを浮かべ、初芽のスカートを脱がせていく。
 再び覆い被さってきた初は、初芽の胸に触れたあと、そこに顔を伏せた。
「は……ぁ」
 初芽の乳首を吸い、そのあとまるで食べるように、口に含んだ。舌先が胸の隆起を転がし、水音を立てて離れると、反対の胸も同じようにされる。
 すべて比べてしまう。
 初めての時も同じことをされたのに、まるで違う触れ方だ。割と痛く乳房を掴んだ元彼に対し、初の触り方は優しく、初芽の官能を引き出す。
 だから余計に、身体が震え、知らずに腰が揺れていた。
「初芽……可愛い」
 どこが、と思って小さく首を振ると、彼の指がショーツの中へ入ってくる。
「可愛いよ、初芽ちゃん……もう、結構濡れてるね」
 クスッと笑って、初はショーツをずらしていく。
 すべてが露わになっていくと余計に恥ずかしくなり、初芽はキュッと目を閉じた。
 濡れているのが自分でもわかる。
「こんなの、初めて……」
「どうして? 君の彼氏だった人も、こうして繋がったんでしょ?」
 片方の足首からショーツを抜かれ、初の綺麗な指が、初芽のソコに触れる。
「こんな風になったことなくて……痛くて……っあ!」
 ズッと長い指が入ってくる。初芽はビクリと身体を揺らした。
「あっ、あっ、あっ……っんぅ」
 初の指が、初芽の中で抽挿を始める。指はすぐに二本に増え、濡れた音が耳に響く。
「痛くない? 平気?」
 優しい声で気遣われる。何度もコクコクと頷いて、どうしようもないほどお腹の奥が、まるでグルグル動いているかのように感じる。
「狭いね……嬉しい」
「は……っあ、あっ……もう、ダメ、やめて……っん!」
 やめて欲しいけれど、初の指は初芽の内壁を執拗に押してくる。身体が戦慄き、首を振る。
 なのに、もっとして欲しい。
「イク? いいよ、イって、初芽ちゃん」
「い……いく、ってなに……っ」
「わかるよ、すぐだ」
 初の指の抽挿が速くなり、唇が初芽の胸に吸い付く。乳首を強く吸われ、軽く歯を立てられたとき、初芽の中は限界を迎えた。
「あっ! ダメ、もう……っやあ!」
 勝手に腰が反り、初芽は忙しない呼吸を吐き出す。
 腹の底の興奮が収まらず、どうしたらいいかわからない。
 濡れた音を立てながらゆっくりと指を引き抜かれた。初は初芽を見て微笑み、初芽の中を蹂躙していた指先をペロリと舐めた。
「イったね、初芽……もう、君の中、トロトロだ」
 嬉しそうに言いながら、指先を初芽の身体の隙間に軽く入れ、それから上へとなぞり上げて、そこの尖りを軽く摘まんだ。
「あっ!」
 クスッと笑った初は、手を伸ばした。涙ぐんだ目を向ければ、その手には四角のパッケージがあった。いったいどこに置いてあったのだろう。彼は噛み切って封を開け、膝立ちになり、前を寛げていたパンツと下着を下げ、コンドームを身に着けた。
 男の人のそれは知っている。大きくて中に入らないと思うくらいのモノだ。
 初のは記憶のそれよりずっと大きくて、痛かったあの時を思い、怖くなる。
「怖いから、やだ……」
「痛くしない」
「そんなの無理……絶対、痛いから……」
 半泣きのような情けない声を出して、初芽は腰を引いた。
 そうすると、彼は初芽の足の間に顔を伏せて、舌で秘めた部分を舐め上げた。
「あ……っは!」
 たった一度そうされただけで、初芽の身体はグズグズだ。
「すごく濡れてる。ゆっくりするし……痛くしないから」
 そう言ってまた彼はソコを唇を開けて舐めた。シャワーも浴びていないことを思うと、いたたまれなかった。けれどそんな戸惑いはすぐに霧散してしまう。
 舌が初芽の中に入って、中を少しだけかき回した。それから舌先がグリッと尖りを転がす。
「ダメ……っんぅ」
「平気そうだね」
 顔を上げた彼は、自身の腰を初芽に近づけた。それからゆっくりと押し上げるような動きで、初芽の身体の隙間に自身を入れてくる。
「は……っあ、あぁ……っん」
 知らずに声を上げてしまう。
 彼のは本当に大きくて、初芽の中をこれ以上ないくらい満たしてくる。
 脚を縮め、なんでこうなっているかわからないくらい、まるでそこが心臓にでもなったかのように脈打つ下腹部を持て余す。
 初の背に手を回し、知らずギュッと抱きしめていた。
「ああ……すぐに、イキそう」
 彼はじっくり時間をかけて初芽の中にすべてを収め、そのまま一度腰を揺すり上げた。
「はっ……は……っあ」
「好きだ、すごく……初芽」
 切ない声を出しながら、これ以上ないほどに色っぽい目をして初が言った。
 一度目を閉じ、開けたときの色を湛えた綺麗な目。いつも美しく少し冷たい印象を与える彼に、エロティックさを感じる。
「痛くないでしょ?」
 クスッと笑った彼に、小さく頷く。圧迫感はすごいけど、痛みはない。優しく、ゆっくりしてくれたから。
「初めから僕にしておけばよかったんだ。バカだな、初芽ちゃん」
 は、と息を吐きながら、彼は自身のモノで抽挿を始めた。入ったものが少し出ていき、それからまた入ってきて奥をグッと押す。
 そのまま腰を押し上げられると堪らなくて、初芽は声を抑えきれなかった。
「は……はっ……っあ、あっ、あぁ……っはぅ」
 今日はセックスをするなんて思いもしなかった。初の誕生日に彼の家に行っただけだった。
 なのに、痛くて全然ダメだった今までの行為など、セックスではないと思わされた。
 あの日のセックスは何だったのだろう、と思うほどの快感に溺れそうになる。
「気持ちいい?」
 彼は挿入したまま初芽をゆっくりと抱き起こし、向かい合うように座る。
 自分の身体の重みでより結合が深くなり、初にしがみついた。
「気持ちいい、真井君……」
 こんなこと知らなかったし、彼とこうしている今が、信じられない。
「ほんと、気持ちよさそうだ」
 少し目元を緩めた初はそう言って、初芽の前髪をかき分ける。
「……動くね」
 初は初芽の頬に優しく触れたあと、腰を突き上げてきた。
 何度もそうされて、互いの吐息が交じり合う。初芽は、これまでにないほど自分のソコが濡れそぼり、初が動くたびに淫らな音が聞こえてくるのを、恥ずかしいと思う。
 こんなことになって初はどう思っているのだろうか。ずっと高校のころから好きだった目の前の彼を見る。
「今までにないほど、君が近い」
 そう言って微笑みながら、初芽の背中をゆっくりとベッドに戻した。
 彼は初芽の両膝に手を置き、突き上げてくる。そのピッチはさっきより速くて、初芽は中を出入りする硬い初に、どうしようもなく感じていた。
「や……あっ……ダメ、さな、いく……っ」
「イキそうならイって……僕も、イク、から」
 そう言って彼は、初芽の身体の横に手をついた。
 初も初芽も、これ以上ないほど息が上がっている。初芽は知らずに彼の腕の下から背に手を回していた。そうすると、初は初芽を抱きしめながら、腰を揺り動かす。
 もう何も考えられない。
 ずっと好きだった、モデルとして世界的に活躍をしている真井初と、こんなことをするなんてありえない──といういつもの遠慮した考えなど、全くなかった。
 初の情熱を受け止めながら、ああこんなに私のこと、と思う気持ちだって湧き上がってくる。
「あ、あっ! もう……っ」
 初芽に限界が来て、彼に強くしがみつくと、彼もまた最奥に自身のモノを届かせてくる。
「んん……っ」
 彼が少し呻くように声を出した時には、初芽は達していて。
 それから小刻みに身体を揺すられて、初は動きを止めた。
 起き上がった彼は、胸を上下させ忙しない息を吐いていた。髪の毛を掻き上げ、初芽の下腹部に手を這わせたかと思うと、胸を揉み上げながら、そのままキスをする。
「ん……っふ」
 一度舌を絡め、それから初は自身をゆっくりと初芽から抜いていく。
 コンドームをパチンと音を立てて取ったのを見て、初が中で達したのがわかった。
 初芽はそれがゴミ箱に投げ入れられるのを見たあと、目を閉じる。
 ずっと好きだった。でもなんで、こんな急にしてしまったんだろう。
 後悔はないけれど、と思いながらそのまま目を閉じていると、意識が沈み始めて目を開けられなくなってしまい。
 初のベッドの上で、余韻を残しながら眠ってしまったのだった。

 ☆

 初と二人きりになるのは、今回が初めてではなかった──と、初芽は眠っていながらも思い出していた。

『方向一緒だから、一緒に帰らない?』
 モデルをしている初は仕事が忙しくないときは学校に来て、いつも通り授業を受けていた。単位はきちんととって卒業したい、と所属する事務所に言っていたらしく、初は昼からであってもできるだけ学校に通っていた。
 初とは家の方向が一緒で、路線ももちろん同じだったから、一乃と一世と別れ、二人で帰ったことが一度だけある。
 以後は彼の仕事のため、学校に迎えが来たり、早退したりなどで、一緒に帰ったことはなかった。
 たまたま一緒に帰れたあの奇跡の時間を、初芽は胸の奥に宝物のように記憶している。
『初芽ちゃんは、どんな曲が好き?』
 音楽は聞かない方で、何と答えたらいいかわからなかった。彼はスマホに曲をたくさん入れているらしく、指先ではじくようにスクロールすると、ダーッとたくさんの曲名が画面を流れた。
『私は本を読む方が好き、だから』
 好きな本を読み返したり、一気に読んでもう一度見たりするのが好きだった。それをしている間は本に思いを馳せることができるし、登場人物の心に入り込むような気がして、とても貴重な時間となるのだ。
『そっか、僕はこの曲が好きなんだ』
 そう言って初芽にイヤホンの片方を差し出す。初芽はその時、躊躇うように彼の指先からイヤホンを取った。
 初芽はそんなに喋らないから、きっと手持無沙汰なのだろうと思った。
 イヤホンを耳に着けると、初は初芽の顔を見て微笑んだ。特別である彼の、自分に向けられる笑顔が嬉しくて初芽も小さく微笑み返した。
 彼がいつも使っているイヤホンを耳に着けていると思ったら、耳が熱くなってしまったのを覚えている。その時に流れていたのは有名な男性アーティストが歌う、桜にちなんだ歌だった。
 曲は一応知っていたけれど、この時の初芽の耳には、歌の歌詞なんてちっとも頭に入ってこなかった。一緒の時間を共有しているのに、聞こえてくるのは周りの雑音ばかりで。
『ねえ、あれって真井初君じゃない? 高校の制服、もそうだし……普通に電車に乗ってるんだぁ』
『隣にいる小さい子、彼女かな? 似合わなくない?』
 彼のイヤホンを借りていることに緊張もしていたけれど、初を垣間見た人が話している内容も聞こえてきて、それがとても気になった。
 初芽は当時も今も、良くも悪くも普通だった。なんにも特徴も、特技もない地味な人間。十代の頃なんて、長男長女会のみんながすごいから、コンプレックスの塊のようだった。
『僕は今、初芽ちゃんの友達だから。ごめん、気にしないで』
 そう言って、強張った顔の初芽を見てくれたのを覚えている。
 友達の特権で、イヤホンを借りているが、このイヤホンを借りたい人はきっとたくさんいる。そう思った瞬間だった。
 けれど、きっぱりと今は初芽の友達だと言った彼に、初芽はむちゃくちゃキュンとしてしまい、学生鞄をギュッと握りしめた──。
 初は昔から素敵な人だった。
 だからって、いくら好きだとはいえ、こんなことになるとは思いもしなかった。
 初芽は女で、初は男なのだから、全くありえない話ではなかったのかもしれないとも思うけれど、友達の距離で充分、良かったのだから。

 


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