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おまえしか欲しくない 美形御曹司の愛は少しばかり重めです!?  1

第一話

 夢を見た。子どもの頃の懐かしい夢を。
『相沢(あいざわ)の名前ってへん! それ名前じゃないだろ!』
『相沢さんの名前ってなんて読むの? ……プッ。やだぁ、おかしいー』
 私はクラスメイトたちから、名前のことでしょっちゅうからかわれていた。
 クラスメイトだけではなく大人たちも、私のキラキラネームを聞いた人は、十人中九人は驚いたり笑ったりと似たような反応を示した。
 昔の私は短気でお転婆で手が早かったため、クラスメイトに大嫌いな名前のことでからかわれたら、平手で黙らせていた。
 そのたびに担任や学年主任の先生に怒られ、私は泣きながら大人たちに抗議した。
『だって名前のことで笑われたくないもん! あいつら名前で呼ばないでって言っても呼んでくるのよ! それに先生だって私の名前、へんだって思ってるでしょ! 私の名前を聞いて先生が笑ったの、知ってるんだから!』
 私の名前は美力――美しい力と書いて「びゅーてぃぱわあ」と読む。フルネームは相沢美力――あいざわびゅーてぃぱわあ、だ。……ふざけている。何がびゅーてぃぱわあだ、正しくはビューティフルパワーでしょうが。ちくしょう。
 物心ついたときから何度このキラキラネームで笑われ、からかわれ、いじめられたか。
 そのたびに私は泣きながら相手に飛びかかって怪我を負わせ、大人に怒られてはキラキラネームをつけた母親を心から恨んだ。
 だから私は小学校二年生になる頃から、自分のことを「ミカ」と名乗っていた。美力を強引にミカと読んだのだ。
 当時の担任の先生は私の気持ちを慮ったのか、「ミカちゃん」と呼んでくれた。他の生徒は名字で呼んでいたから、やっぱり配慮してくれたのだと思う。
 私は普通の名前で呼ばれるのが本当に嬉しくて、それほど親しくないクラスメイトにも「私のこと、ミカって呼んでね!」と言い続けた。
 けれど小学校三年生に進級したとき、同じクラスになったやたらと顔がいい男子は、私を嘲笑いながら言い放った。
『ミカなんて本当の名前じゃないだろ、嘘つき! ちゃんとびゅーてぃぱわあですって言えよ! おーい、聞いてる? びゅーてぃぱわあちゃん!』
 その瞬間、私は奴に飛び蹴りをかましていた。怒りと渾身の力を振り絞ったキックは奴の腹に命中し、その体は教室の隅へ吹っ飛んでいった。
 ……まさかあんなに飛んでいくとは思わなかった。
 奴はゲエゲエと胃の中のものを吐き出し、私は担任と保健室の先生にしこたま怒られ、保護者を呼び出す大問題になった。
 さすがに反省した私は、奴にも彼のご両親にも先生たちにも真摯に謝った。でもただ謝るだけじゃなかった。
『暴力を振るったことは本当にごめんなさい。もう二度としません。でもあんただって私に言葉の暴力を振るったよね。私が名前を呼ばれるのが大嫌いって知ってて、わざと名前を呼んで馬鹿にしたでしょ。それは謝ってよ』
 奴はお綺麗な顔を、涙と鼻水でグショグショにしながら謝ってくれた。
 ちょっと顔がいいからって女子にモテまくって調子に乗っていた奴は、それ以降、私にも他のクラスメイトにも上から目線で話しかけることはなくなった。
 そして私は飛び蹴りをかます乱暴者として、一時期クラスメイトから遠巻きにされた。仲良くしてくれる幼馴染みがいたから、全然平気だったけど。
 ただ、この件によって私は小学校に通う間、「びゅーてぃぱわあちゃん」なんて一度も呼ばれることはなかった。
 そしてなぜか、飛び蹴りをかましたクラスメイト――明義(あきよし)と親友になった。
 彼とはその後、同じクラスになることは一度もなかったけど、バドミントン部に入ったら明義も入部していたり、生徒会で一緒になったりと接点が増えて、少しずつ仲良くなっていった。いつの間にか飛び蹴り事件も笑って話せるようになったから、不思議な縁だなぁと子ども心に思ったものである。
 小学校卒業後、明義は親の再婚で引っ越してしまい、進学先も別々になって、もう会うことはないだろうと少し寂しかった。
 でもなぜか中学生になっても明義から連絡が来て、一緒にバドミントンの練習をしたり、勉強をしたりと全然縁が切れなかった。
 高校受験では偶然にも志望校が明義と同じで、再びクラスメイトになったときは心底驚いて互いに笑い合った。
 さらに不思議なことに大学まで同じで、さすがに就職先は違ったけど、社会人になってもずっと腐れ縁が続いていた。
 そんなこと、飛び蹴りをかました頃の私に言っても、絶対に信じないだろう。
 そう、目が覚めたら彼が目の前で眠っているなんて、私たちがそんな仲になるなんて、あの頃だけじゃなく今だってあり得ない――


 懐かしい夢だったと感慨深く思うミカは、同じベッドにいる眉目秀麗な幼馴染み――明義を見ながら、これも夢だろうなと現実逃避していた。
 夢なら早く醒めないかなとぼんやりしつつ、憎らしいほど整った美貌を凝視する。
 八歳の頃に出会った彼は当時から整った顔立ちで、二十八歳になる現在では正統派美男子と評されるほどのイケメンだ。
 すっぴんのくせにシミ一つない滑らかな肌も、左右対称の完璧な容姿も、文句のつけようがないほど美しい。
 この顔を見てしまうと、巷でイケメンだとちやほやされる男なんて「レベルが足りなすぎる」とか思ってしまう。
 ――まあ私は見慣れちゃってるから、明義はイケメンとは思うけど普通の男性と変わらないのよね。
 だから明義に友情以外の気持ちはない。なので彼とベッドで寝ている状況が理解できなかった。今まで明義から「部屋で飲むか?」と誘われたことはあったけれど、頷いたことは一度もない。
 それが今や部屋飲みをすっ飛ばし、裸のお付き合いをしてしまったらしい。
 ――夢から醒めない……いや本当はわかってたんだけど、夢だと思いたかった。
 ミカは自分が何も着ていないことを肌で感じ取っていた。接触冷感のブランケットと素肌が密着していると。自分はパジャマも下着も着ずに寝る趣味はないのに。
 しかも脚の付け根が……生まれてこのかた、ずっと未使用だったあそこがジンジンする。
 自分は二十八歳になっても経験がない高齢処女だが、さすがに今の状況と体の状態で昨夜何が起きたのかは予想できる。
 まったく記憶はないが。
 ――やっちゃった……しかも明義と。なんでこうなるのよ、失恋したばっかりで……
 情けない思いで視線をそろそろと動かせば、カーテンの隅から淡い光が滲んでいる。その光の弱さから、夜が明けたばかりではと察せられた。
 だんだん明瞭になる室内は見たことがない内装だ。家具は大きなベッドにチェスト、背の低い本棚ぐらいしか置かれておらず、自分が暮らす1Kの単身用マンション一室と同じぐらい広い。
 ホテルではなく誰かの寝室といった感じなので、明義の部屋だろう。たぶん。
 ――ヤバい。昨夜のこと、全然思い出せない。
 彼と飲んだのは覚えている。昨日は自分たちの幼馴染みの結婚式で、二次会にも参加した後、一人になるのがつらくて明義を飲みに誘った。
 彼の行きつけとかいうバーで、最初は大人しく飲んでいた記憶がある。でも酔いが回るにつれて愚痴をこぼし、カクテルを頼み続けた。
『そこらへんでやめておけ。おまえ、そんなに酒は強くないだろ』
『いいじゃない。飲みたいのよぉ』
『わかったわかった。まずは水を飲め……ってそれ俺の水割り!』
 明義は何度も止めてくれた。究極に面倒くさい酔っぱらいの相手を、辛抱強く付き合ってくれた。
 それなのに自制できない自分が、許容量を超えるアルコールを摂取して――
 心の中で、「ぐおおおおおぉっ!」と呪詛の声を上げる。もちろん呪う相手は自分だ。本当は大声で罵りたかったが、明義を起こしたくないので必死にこらえた。それぐらいの理性は戻っている。
 ――酔ったあげくに幼馴染みとヤっちゃうなんてドラマじゃないんだから! 明義も拒否してよ! まさか明義の方が襲ってきたんじゃ……ってごめんなさい。絶対にそれはないわ。
 すぐに自ら否定したのは、彼と二十年近くある付き合いの中、一度も色恋めいた雰囲気になったことがないせいだ。
 何しろ明義はモデルか俳優並みのイケメンだ。顔がいい男なら東京にいっぱいいるものの、彼ほど〝美しい〟と感じる美男子は珍しい。
 独特の色気と雰囲気があって、無視しようとしても自然と視線が惹きつけられる、らしい。自分はわからないが。
 しかも身長は確か百八十五センチと高く、趣味でジムに通っているそうで弱々しいところがない。雰囲気そのものが頼もしい。
 ちょっと不愛想で表情筋が動かないけれど、話してみれば誠実な人柄だとわかるはず。
 やや人間離れした魅力の持ち主だ。
 彼が高校生のとき、芸能事務所の社長からスカウトされたのも知っている。本人は断っていたが。
 それに対して自分は、メイクを頑張ってそこそこ可愛くなるレベルだ。まったく釣り合っていない。
 まあ釣り合いたいとも思わないので、ごく普通の友人として連絡を取り合ってきた。だからこのような関係になる要素はかけらもないのだ。
 ということは、昨夜一人になりたくなかった自分が、気の置けない親友をヤケ酒に付き合わせ、調子に乗って飲みすぎたあげく……
 ――私が誘ったの? 処女なのに?
 こうなった流れがさっぱり想像できない。
 ……想像できないものの現実は自分が誘った可能性が高いので、明義に会わせる顔がなかった。
 彼を起こさないよう、静かに体を起こして辺りを見回す。
 カーペットが敷かれた床には、昨日着ていたパーティードレスや下着、彼のスーツが散らばっていた。
 二人して服を脱ぎながらベッドにもつれ込んだ……と思わせる散らかりように、ミカはひどい頭痛を感じる。
 申し訳ないけれど明義が起きる前に帰らせてもらおう。そう考えてベッドから下りようとした途端、腹部に男の腕が巻きついて背後に引き倒された。
「ぎゃあ!」
「……まだ早いだろ。寝てろよ」
 初めて聞くかすれた色っぽい声にミカは息を呑む。しかも自分の背面と彼の前面が密着して、お尻に硬い棒状の感触があった。
 再び悲鳴を上げそうになるのを、歯を食いしばって抑え込む。
 これはアレだ。女にはない男だけが持つモノ。それがギンギンに硬く勃ち上がってこちらの肌を押してくる。
 そして怖ろしいことに初めて触れた感触のはずが、触ったことがあると本能が悟っていた。体は覚えているらしい。
 つまり間違いなく彼とセックスしたのだ。その記憶がないまま自覚してしまい泣きたくなる。
「あ、の……もう、帰る、から……」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ……」
 ――私たちはエッチした翌朝、甘い雰囲気で過ごすような関係じゃないもの。
 との言葉は口にしづらいので言わなかったが、なぜか背後から不機嫌そうなため息が吐き出された。しかも腹部に巻きついた腕に力が込められる。
 背面だけでなくお腹でも彼の素肌を感じて、ミカは声にならない悲鳴を漏らしながら目をぎゅっと閉じた。
 明義が唇をミカの耳元へ寄せる。
「あれだけ俺を味わっておきながら、つれないじゃないか……」
 その言葉の意味より、吹き込まれた艶声の色香に心臓が跳ね上がる。
 同時に頭の奥で何かが閃いた気がした。昨夜はこんなふうに囁かれて、彼の腕の中で身悶えたと。
 その瞬間、カッと全身が発熱したみたいに熱くなる。しかも腰が疼いて、体の奥から脚の付け根へ何かが垂れ落ちる感覚まであった。
「やだぁ……」
「何が嫌?」
 明義が甘い誘惑の声で囁きながら、右の手のひらをミカの乳房へと移す。彼の大きな手にちょうど収まるサイズの膨らみが、優しく根元から揉みしだかれた。
「あ……っ」
 胸部から広がる形容しがたい感覚が、気持ちいいと、快感であると自分は知っている。昨夜の記憶はないままでも、本当に肉体が覚えていた。
 だから男の指先が胸の尖りを引っかいても、左手が脚の付け根へ滑り下りても、大した抵抗もできずに愛撫を受け入れてしまう。
「あんっ、だっ、め……うぅん……っ」
「駄目なのか? 夕べはさんざんヤっただろ」
「言わないで……はぁんっ、覚えて、ないの……」
「覚えてない? 本当に?」
 やや苛立った声を漏らす明義が、膨らみかけた蜜芯を指先でカリカリと刺激してきた。
「あっあっ」
 もどかしくてぬるい快感が局部からじんじんと広がっていく。たったそれだけでミカの体から抵抗しようとする力が抜けた。
「こうやってたくさん可愛がったのに、忘れたなんて嘘だろ? ……なあ、本当は覚えてるんじゃないのか……?」
 いちいち色っぽい声で囁いてくるから、恋愛経験がゼロのミカには刺激が強すぎて混乱する。
 明義に正面から迫られてもその美貌にときめくことはないが、初めて聞く甘い声に心が疼いて彼に従いたいと思ってしまう。
「だって、本当に……あんっ、思い出せないの……あぁっ」
「それなら、こうしていたら思い出すかもな」
 言うやいなや、親指と人差し指で蜜芯をつまんでこすり合わせてくる。しかもそこはいつの間にか、ぬるぬるとした蜜でコーティングされていた。
「あっ、だめっ」
「昨日いっぱいヤったから濡れやすいな。ちょうどいい」
「や、なん、で……」
 セックスのときに濡れるという知識はさすがに持っている。でも恋人でもない男に触れられて、すぐに愛液を垂らすなんて信じられない。
 呆然としていたが、彼の指が蜜口を撫でる感覚に腰が痺れて我に返った。
「まって……んっ、きのう、どっちが、その、こういうこと、始めたの……?」
「ん? ベッドに誘ったのは俺かおまえかってことか?」
「……うん」
 酔った勢いで親友を押し倒した可能性は高いが、泥酔した女が成人男性、しかも大柄な明義をどうにかできたなんて思えない。
 まだ、彼がミカを寝室へ引っ張り込んだと言われた方が信憑性がある。……それだと罪悪感も少しは薄くなるのに。
 明義がくすっと耳元で笑った。
「さあ? どっちだろうな?」
「え!」
 なんで教えてくれないのかと驚いて振り向いたとき、明義と目が合った。
 その途端、見たことがない熱を孕んだ瞳に射貫かれ、呼吸が止まりそうになる。しかも端整な顔は、とてもお腹が空いて凶暴さが抑えきれないといった表情だった。
 声だけじゃなく何もかも初めて知る明義に、これが女を抱くときの彼なのかと、驚きと恐れで硬直する。
 ミカが動けない隙に、明義が唇を塞いできた。
 しかもすぐに顔を傾け、まるで言葉を封じるかのように隙間なく密着して舌を差し込んでくる。
「んんーっ」
 逃げようとしても顎をガッチリとつかまれて動かせず、互いの舌を絡ませて根元からまんべんなく舐められる。自分とは違う体温と味が口いっぱいに広がって、思考がぐちゃぐちゃになっていく。
「はぅ……ふぅっ、ん……んあぁ……」
 ぬめる硬い舌が、歯の一粒一粒をまさぐって口蓋まで舐め上げる。ミカがもがいても片腕で抱き締めて、すみずみまで口腔を蹂躙してくる。
 明義が満足して唇を解放した頃になると、ミカはもう涙目だった。
「はぁっ、ファーストキス、なのに……」
 明義がミカの首筋に顔を埋め、おかしそうに笑い出した。
「そんなもん、昨夜のうちに済ませただろ」
 しかもべろりと肌を舐めてくるから、下腹部がじぃんと妖しく疼いた。
 恋人でもない男に舐められるなんて気持ち悪いと思うはずなのに、なぜかお腹の奥がもの足りないと感じてしまい、ウズウズする。
 彼にお腹の奥まで侵されたせいかもしれない。
 そう思った直後、男の節くれ立つ長い指が、つぷっと蜜口に埋められた。
「ああ……っ!」
「ん、熱い」
「やっ、こんな、だめぇ……」
「まだ言ってるのか。もうすでに何回もヤったんだぞ」
「だって……あぁんっ、おぼえて、ない、くふうぅ……っ」
 鉤(かぎ)状に曲げた指をゆっくりと抜き差しされる。それだけで媚肉が優しく掘られ、えも言われぬ気持ちよさがほとばしった。
 快楽に呑まれそうになるが、これ以上は流されたくなくて歯を食いしばって踏みとどまる。恋人でもない親友と酔った勢いで間違いを起こし、さらにそれを続けようなんて、自分の倫理観では受け入れられない。
 こんな爛れた関係など、精神衛生上よろしくない。
 絶対に後悔する。
 ――だってセフレみたいじゃない! 明義ならそういう女性なんて作ろうと思ったらいくらでも作れるでしょ! 手近なところで済ませようとしないでよ!
 それなのに強く抵抗できないのは、たぶん体が彼に落ちているからだ。全身、表面どころか芯まで愛されて、彼に刻まれた快楽に染まりきっている。このまま流されてしまえば、もっと大きな悦楽を味わえると体が従順になってしまう。
 逃げたいのに逃げられない。……逃げたくない。
 矛盾する意識に頭が沸騰しそうになる。
 呻きながら身悶えていたら、いつの間にかうつ伏せになっていた。
 このとき指を抜かれて明義が体を起こす気配があった。ようやくやめてくれたとホッとした瞬間、勢いよくお尻を持ち上げられる。
「きゃああぁっ!」
 びしょ濡れの局部を彼に見せつけている体勢になった。あまりの羞恥に思考が停止して体も硬直する。
 その直後。
「はあぁんっ」
 ずぶずぶと二本の指が根元まで沈められる。ぴちゅっ、と蜜の塊が押し出されて糸を引きながらシーツに垂れ落ちた。
「やっぱり狭いな。でもちゃんと入ったから心配するな」
「しっ、心配って、してない……あっ! あぁっ、だめっ、それぇ、あっ、あっ、あっ」
 明義が指全体を使って媚肉を拡げ、くちゅくちゅと音を立てて蜜を練るようにまさぐってくる。手首を回転しつつ隘路のすみずみまで、小刻みに揺らしては刺激を植えつけた。
「はぁっ、んっ、あっ、はぁっ、はっ、あぁっ」
「気持ちいい?」
 彼が空いた手で、こちらの太ももをいやらしく触りながら聞いてくる。
 しかしミカは秘部から断続的に駆け抜ける快楽に脳が痺れて、すぐには答えられなかった。
「わ、わかん、ない……っ」
 本当にわからない。幼馴染みによって処女を捨てたことも、今も彼に嬲られていることも、逃げようとして逃げられないことも、全然理解できない。
 どうしてこうなったのか。
「……確かここらへんが気持ちいいって啼いたんだよな」
 明義が思案するような口調で呟きながら、子宮口近くにあるお腹側の媚肉を何度もこすってくる。
「あっあっ! それっ、いやあぁ……っ」
「嫌じゃない。気持ちいい、だろ」
「だめぇっ、ほんとっ、だめっ、まってぇ……あああぁっ!」
 彼の指先が泣き処をかすめたため、膣路がきゅうーっと指を締めつける。おかげで媚肉越しに指の動きがわかるほどだ。
「ああ、やっぱりここだよな」
 明義が笑った気配を感じたのと同時に、彼の指が反応のよかった箇所を重点的に刺激してくる。
 生理痛みたいな重くてだるい感覚が、腰にぶわっと広がって途切れない。蜜路がよりいっそう指を締めつけているのを感じて、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「やだやだぁっ、あっ、あぁー……」
 軽い絶頂感に襲われて、ぷしゅっ、ぷしゅっ、と小さく蜜が噴き出した。
 ミカはボロボロと涙をこぼしながら、枕を千切りそうなほど強く握り締め、カバーの布地に噛みついて食い縛る。
 昨夜のことを思い出せないミカは意識だけ処女のままなので、快楽は毒であり、行為は甘い拷問だ。心がバラバラになりそう。
 なのに明義は容赦なく追い詰めてくる。
「気持ちいいって言ってみな。……言わないなら言わせるぞ」
 先ほどより腫れた肉の粒を指で押し潰してきた。
「んんーっ!」
 ミカの白くて形のいい尻が、びくびくと何度か跳ね上がる。内と外から、耐えがたい刺激が止まらなくて悲鳴を上げた。
「やあぁっ、もっ、ああっ! まっておねがいほんとだめぇ……っ!」
「ほら、気持ちいいって言えるだろ?」
 明義が秘粒の包皮を剥いて直接指で扱き、蜜路に挿れた指で泣き処を執拗にこすってくる。
 昨日まで生娘だったミカに耐える術はない。すぐさま屈服した。
「き、もち、いぃ……」
「聞こえない」
 男の指が蜜芯を強めにつかんで指ですり合わせる。
「んんんっ! やぁっ、はああぁっ!」
「んー、気持ちよくない?」
 明義が両手を動かしたまま尻の柔肉に口づけ、軽く歯を立てる。
 局部以外の刺激に体が震え上がり、ごぷっと蜜の塊があふれて水音がさらに卑猥になった。
「ああっ! かんじゃ、やぁ……」
「駄目か? 夕べはおっぱいを噛むたびにおまえのナカが締まって、めちゃくちゃ気持ちよかったのに」
 記憶にない己の痴態を指摘されて、顔どころか耳まで熱くなる。しかも親友が乳房に噛みついている姿を想像してしまい、お腹の奥がきゅんきゅんして膣道が蠢く。
 ……どうやら彼の言うことは本当らしい。居たたまれない。
「すごい、締まった。気持ちいいのか?」
「きっ、きもち、いぃ……っ」
「うん、よく言えました。もっといっぱい気持ちよくなろうな」
 これ以上の快感があるのかとミカが朦朧としながら思ったとき、出し挿れする指の動きが速くなった。
 しかも指の根元まで挿れた際に、子宮口を優しく刺激してくる。もちろん左手は陰核を嬲り続けたまま。
 気持ちよすぎてミカの全身が総毛立ち、ぶわっと汗が噴き出してくる。意味をなさない悲鳴が止まらなくなり、口を閉じられず垂れた涎が枕に吸い込まれた。
 視界にチカチカと星が舞って目を開けているのに何も見えず、心臓が壊れそうなほど激しい鼓動を叩く。明義の手管によって瀬戸際まで追い詰められ、崖っぷちで爪先立ちする気分になった。
 もう耐えられない。
「ひっ! あっ、んあっ、ああっ、ああぁ――……っ!」
 大きく仰け反って犬みたいな姿で嬌声を上げる。溜め込んだ快楽という名の激情が一気に解き放たれ、頭が真っ白になった。
 臀部を上げていることができなくてふらつくと、明義がそっとミカの肢体を横たえ、仰向けにさせる。
 覆いかぶさって口づけてきた。
「はぅ……」
 口内にもぐり込んできた舌が自分の舌に絡みつく。まるでこちらの舌を食べるかのようにすり合わせ、吸いついては甘噛みしてきた。
 密度の濃いキスは息苦しいのに、どこか甘さを感じさせるから無意識に自分も舌を絡めてしまう。
「あふっ、ちゅ……ん……はぁ……」
 明義から唾液が流れ込んで溺れそうだ。必死に口づけの合間に飲み下すけれど、普段なら気持ち悪いと思う行為さえ甘くて、少しも嫌だと思わない。
 それは一線を越えてしまったせいなのか。それとも長い付き合いがある親友が相手だからなのか。
 今までセクハラしてきた男たちには、嫌悪と吐き気を覚えていたのに。
 このとき彼の右手が乳房を揉みしだいてきた。ぴくっと体が震えたのと同時に唇が離れていく。
「なあ、続き、いいだろ?」
 唇が触れ合いそうなほど近くで囁いてくる。いや、実際に少しかすめている。しかも逃がさないと言いたげに左腕で抱き締めてくる。
 ふわりと男の人の香りと汗の匂いを強く感じて、よけいに胸の高鳴りが止まらない。
「いいって、何が……」
「おまえのナカに挿れたい」
 明義が右手で下腹部を撫でてくる。意味を悟って心臓がばくばくと跳ね上がった。
「まって……」
「なんで? 夕べは俺を咥えて離さなかったのに」
「くっ、くわえてって……」
 高齢処女でも知識は無駄にあるため、昨夜自分が彼に何をしたか妄想して、ミカは顔を真っ赤にした。
 その様子に、明義は悪辣に微笑むとミカの耳へ唇を寄せ、下腹部を指先で少しだけ押し込む。
「ここで、俺のをしゃぶってくれただろ。いっぱい」
 囁きながら指の腹を草叢(くさむら)へ下ろし、ツゥーッと一本の線を描く。ここに男の分身が入っていたのだと思い出させるように。
 ミカは卑猥な仕草と、耳に吹き込まれる情欲の声に、喉の奥から悲鳴を漏らした。
「わかんないわよぉ……」
「冷たいこと言うなよ。思い出させてやるから、頷いてくれ」
 明義が耳朶をはむはむと甘噛みして、蠱惑的な声を注いでくる。ついでとばかりに指で肉びらをまさぐり、蜜芯を撫でて快楽を植えつける。
「あっ、だめぇ……」
「頷いてくれよ、ミカ」
 指の第一関節だけ女の入り口に沈めて、ちゅぷちゅぷと蜜をかき混ぜるように小さく動かしてくる。
 それは気持ちいいけれど何かもの足りなくて、素知らぬ顔ができるほど弱くはなくて、じりじりと焦燥感で心が炙られるようだった。
 このままイエスと言うまで、ぬるい刺激を延々と刻まれそうだ。唇を引き結んで甘い責め苦に耐えるものの、しばらくすれば耐えきれずに喘いでしまう。
「ミカ……そんなに嫌か?」
 ちゅっと口づけた明義が瞳を覗き込んでくる。彼の欲情した目にちょっとだけ悲しげな雰囲気を感じるから、母性本能を直撃されてクラッときた。
 経験値レベルマックスのイケメンに迫られたうえ、こんなふうに甘えられたら女は絶対に絆される。
 ものすごく愛されていると勘違いする。
 でも自分は意識のみ処女のままで、長年好きだった男に失恋したばかりで、幼馴染みの親友とセフレになるつもりはなくて――
 このときどこからかアラーム音が鳴り響いた。
「チッ、時間切れか」
 明義が忌々しそうに舌打ちをして離れていく。ミカは消えていく体温を寂しいと思った瞬間、慌てて首を振って反省した。
 ――最後までヤらなくてよかったじゃない。
 すでに失っているが貞操を守れたという安堵で、胸を押さえつつ息を吐く。でもやっぱり喪失感が消えないから、きゅっと唇を引き結んで知らんぷりをした。
「――ミカ」
 いつの間にか明義が、床に落ちていたスマートフォンのアラームを止めていた。視線を彼に向けたミカは、悲鳴を上げてブランケットを頭からかぶった。
「ちょおぉっ、何か着て!」
 全裸でこちらを向いているため局部が丸見えだ。しかも一物が元気よく勃ち上がっている。
 初めて見る興奮した男の象徴に、目が回る気分だった。
 ――なんなのアレ、赤黒くて上向いてて、めちゃくちゃおっきい! あんなのが体の中に入ってたって嘘でしょ!
 知識として知っていたものと現実は全然違う。いま見た事実を忘れたいと思うのに、瞼を閉じても脳裏に映像が浮かんで消えてくれない。
 ミカが動揺しまくる様子に、明義は呆れた声を漏らした。
「おいおい、今さらだろ」
「だから覚えてないんだってば!」
「それは残念」
 キシッとベッドが揺れて、彼が座ったのだとわかり身を固くする。
 ブランケットをはぎ取られないよう強く握り締めたとき、布越しに頭部を撫でられるのを感じた。今まで明義にそのようなことをされた覚えがないためギョッとする。
「俺は今日、早めに出るけど、おまえは大丈夫か?」
 そういえば本日は月曜日、平日だ。
「……今、何時?」
「六時」
「それなら大丈夫」
 今日はフレックスを利用して午前十時に出社となっている。一度自宅に帰って身支度をする時間は十分あった。
 ミカはラグジュアリーホテルに勤務するホテリエだ。この業界の休みは基本的に平日となるが、ミカが所属する営業部の販売企画課はオフィスワークなので、勤務体制はサラリーマンとほぼ同じになる。
 とはいえ自分が企画した宴会・婚礼商品の確認で、土日に出勤する場合もある。
 昨日は幼馴染みの結婚式に参加するため、半年も前から『この日は出勤できません』と上司に伝えていた。
「次の休みは土曜日?」
「あ、えっと、土曜はブライダル相談会に出るから、木曜日が代休」
「木曜は無理だな。じゃあ、今夜おまえの家に行く」
「は?」
 ミカの脳内で疑問符がいくつも浮かび上がる。
 今まで自分がこの部屋へ来なかったように、彼もまたミカの一人暮らしの部屋へ押しかけて来ることはなかった。
 なんでうちに来るの? とブランケットの中で呆然としていたら、ぺたぺたと足音が遠ざかってドアが開閉する音が響く。
 そっとブランケットから顔を出すと明義はいなかった。
 この部屋は防音対策でもしているのか、外の音があまり聞こえてこなくてとても静かだ。そんな部屋に一人でいると、やはり夢でも見ていたのかとベッドに座り込んでボーッとしてしまう。
 そこそこ時間がたっていたのか、気づけばシャワーを浴びたらしい明義が戻ってきた。バスローブを着てタオルで髪をふいている。
 自分はいまだに全裸なので、焦りながら再びブランケットの中にもぐり込んだ。
 明義が着替えているような音を布越しに聞いていると、彼が話しかけてくる。
「ミカ、この部屋はオートロックだから戸締りは気にするな」
「うん……」
「風呂やキッチンは好きなように使ってくれ。冷蔵庫に作り置きの総菜とかあるから、好きなものを食べていいから」
「いえいえいえっ! 着替えたらお暇します!」
「送ってやれなくてすまない」
 再びブランケット越しに頭部を撫でられて、明義が部屋を去っていく気配がした。ミカはかなりの間を開けてからブランケットの外をうかがう。
 しん、と再び静かになった部屋を見回し、ブランケットをかぶっておそるおそるドアを開けてみる。
 そこは左右に伸びる長い廊下で、やはり人の気配はしない。本当に明義は仕事へ行ったようだ。
 ――うん、帰ろう!
 ミカは慌てて床に散らばっている服を集め、大急ぎで着替え始める。しかしブラジャーだけが見つからず、ベッドの下ものぞいてみたが見当たらなかった。
 まさかと思いつつゴミ箱をチェックしたが、見るんじゃなかったと後悔する。
 ――あっ、あれって使用済みのゴムよね。三つあった気がするんですけど!
 つまり最低でも三回はセックスしたという証拠を見つけてしまい、羞恥と後悔で気絶しそうになった。
 もうブラジャーどころではない。
 泣きそうになりながらノーブラでパーティードレスを着て、転がっていたバッグを拾ってメイクを直し、部屋を飛び出した。
「わっ、すごい」
 部屋の外は、まるでホテルみたいに整えられた広い内廊下だった。
 木を使ったナチュラルな内装で、照明の使い方がとてもおしゃれだと思う。安らぎを感じさせるデザインが素晴らしい。
 精神的余裕があればマンション内を見学したいほどだが、一秒でも早くここから離れたいためエレベーターで一階に下りる。
 ――こういうハイクラスマンションって、コンシェルジュがいる場合が多いわよね。できれば無視してほしいけど。
 メイクはボロボロで、ブラをつけていないためパーティーバッグを胸に抱き締めて隠している。
 自分は絶対、住人に見えないだろう。不審者として呼び止められたらどうしよう、と脇下に冷や汗が滲む。
 エントランスに出ると、予想通りコンシェルジュカウンターらしきところに、スーツを着た壮年の男性が立っていた。
 その人はミカと目が合うと、「おはようございます。いってらっしゃいませ」と爽やかな笑顔で挨拶してくれる。その表情には不審者を観察する気配など微塵もない。
 なのでミカも営業スマイルを浮かべて挨拶すると、足早に通り過ぎた。
 驚いたのはラウンジと思われる広いスペースが二ヶ所もあることだ。共有施設が半端く豪華で感心する。
 建物の外に出たら、やたらと長いエントランスアプローチを歩いてようやく敷地の外に出た。
 ――ここってどこだろう。以前明義から、渋谷区に住んでるって聞いたことはあるけど。
 スマートフォンで地図を表示すると確かに渋谷区で、すぐ近くには高級住宅地や商業地区があった。しかも駅まですごく近い。
 東京都心の一等地である。
「さすがセレブ!」
 思わず声を上げてしまい、慌てて周りに人がいないことを確認してから小走りで駅に向かった。

 四十分ほどで部屋に帰ってきたミカは、扉の鍵をかけた途端、安堵で玄関に崩れ落ちそうになった。
 気力を振り絞ってシャワーを浴び、メイクを落として髪も洗う。部屋着に着替えてベッドへ倒れ込んだ。
「疲れた……」
 まさか二十年来の親友と、酔った勢いで一夜の過ちを犯すとは……。今でも長い夢を見ているだけだと思いたいのに、現実がそれを許さない。
「どうしよう……」
 明義はまったく動揺しておらず、このようなシチュエーションに慣れているようだった。
 しかし高齢処女の自分は当然ながら初めてで、今後、彼とどのような態度で接すればいいかわからない。
 なぜこうなったのか、思い出せるものなら思い出したかった。
「やっぱり私が誘ったの? ……ああ、思い出せない。でも思い出したいぃ……」
 身悶えしながら、日曜日の記憶を朝から思い返してみる。昨日は幼馴染み――田上沙綾(たがみさや)と、高松豊(たかまつゆたか)の結婚式だった。
 二人とは、なんと生まれる前からの付き合いがある。
 三人の実家は同じ区画に建つ建売住宅であるため、それぞれの母親はお腹が大きかった頃から親交があった。
 そしてミカは、新郎の豊をずっと好きだった。
 彼と沙綾ぐらいなのだ。己のキラキラネームを笑いもせず、からかいもせず、馬鹿にもしなかったのは。
 沙綾と豊はミカの名前を、「そういうもの」ととらえており、保育園の頃は名前を呼ばれたくないミカのために、名字の相沢から「あいちゃん」と呼んでくれた。
 名前のことでネガティブな思考にはまったときも、いつだってはげましてくれた。
 自分の中で沙綾と豊は別格だ。とても大切で大好きな幼馴染み。
 だからこそ豊を意識するようになった。
 でも昔の自分は短気で手が早く、名前をからかってきたクラスメイトとしょっちゅう喧嘩しているような女子で、豊はミカのことを男友達と思っている節があった。
 いつしか彼は沙綾の方を好きになっていた。
 沙綾は華やかな容姿をしており、昔から男子にモテまくっていた。女の自分でも惚れ惚れするぐらい可愛い。……中身はやや辛口だが。
 彼女は外見に似合わず言いたいことをはっきり言う性格で、見た目で近寄ってきた男子は舌鋒(ぜっぽう)の鋭さに逃げていくことがほとんどだ。その性格が原因で女子と揉めることも多い。
 でも優しくて思いやりが深いところもあり、ミカはそんな沙綾が大好きで、それは豊も同じだ。彼はずっと沙綾を見つめていた。
 しかも豊はちょっと鈍感のため、ミカの気持ちに気づかず沙綾への恋愛相談をしてくるほどで。
 よく明義が呆れたように言ってきた。
『もう豊のこと諦めたら? あいつは沙綾しか見ていないし、おまえはあいつの好みから外れてるだろ』
 そんなこと、幼馴染みの自分が一番よくわかっている。
 でも進級するたびに、自己紹介でキラキラネームに噴き出す男子を見ていると、名前のことで一度も笑わなかった豊を思い出して諦められなかった。
 二人とは高校進学の際に離れ離れになったけれど、家が隣同士だからしょっちゅう顔を合わせていた。
 ……もうその頃には沙綾も豊のことが好きだったのに、聡い彼女はミカの気持ちを優先して、ずっと豊の告白を断っていた。このまま友人でいたいと。
 しかしポジティブ思考の豊はまったくめげず、『じゃあ沙綾が俺のこと好きになってくれるまで待つよ!』と諦めなかった。
 二人が交際を始めたのは社会人になってからで、豊が海外へ赴任したのがきっかけだ。
 慣れない環境で精神的に参っていた彼のもとへ、沙綾がはげましに行ったときに結ばれたらしい。
 渡航前に沙綾は、『豊のいる国へ一緒に遊びに行かない?』と誘ってくれた。
 しかし当時のミカは沖縄のリゾートホテルへ配属になっていたため、土日休みの会社員の沙綾と休日を合わせることは難しかった。……何より弱っている豊が求めているのは沙綾だとわかっていたから、同行はできなかった。
 豊が、『沙綾と付き合うことになったよ!』と嬉しそうに報告してきたときはひっそり泣いたけれど、ずっと幼馴染みに遠慮していた沙綾が素直になれてよかった。
 ――私のせいで沙綾が恋を諦めなくて、二人が交際に至って、本当によかった。
 失恋したのはすごく悲しいけれど、同じぐらい大切な幼馴染みたちが幸せになったのは嬉しかった。
 この気持ちは嘘じゃない。
 ただ、二十年近くも抱き続けた想いは自分の一部になっているようで、結婚式が終わって二次会が終了したとき、どうしても一人になりたくなかった。
 でも新郎への想いなんて、誰かに吐き出せるものじゃない。どうしようかと思っていたときに明義と目が合った。
『ミカ、三次会もやるそうだけど、おまえはどうする?』
 彼なら自分の報われない恋も知っている。だからちょうどいいとサシ飲みに誘った。
 そして――
「……思いっきり私が悪いじゃん。わかってたけど」
 肝心の部屋に行く流れが思い出せないものの、明義が自分を誘ったとは思えない。今回のことはこちらに責任がある。
「明義に顔向けできない……」
 申し訳ないが今後は会わないようにしたい。酔ったうえでの過ちを忘れたい。
 しかしそこでハッとする。
「今夜、うちに来るとか言ってなかった?」
 ブラジャーの紛失と使用済み避妊具に慌てふためいて忘れていた。
 会わす顔がない相手と何を話せばいいのかと、再び落ち込んだ……