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どうしてもあなたに抱かれたい! 叔父(仮)に極限まで愛されるキケンな恋 3

第三話

「うん、ファイリングはそれでいいよ。丁度キリもいいし、今日はこの辺で終わろうか。上がっていいよ。お疲れ様」
「ご指導ありがとうございました。では、お先に失礼します」
 指導係の松木(まつき)チーフに頭を下げて、結香は十八時ピッタリにタイムカードを押すと、ロッカーに向かった。
 大手広告代理店クレアスの関西支社に就職して一ヶ月の結香は、ただ今絶賛新人研修中。一任されている仕事なんてまだない。ゆっくりと業務に触れさせてもらっているところだ。
 クレアス関西支社はテレビCMと新聞広告、それからネット広告が主柱だ。
『あー、その三社ならクレアス一択だな。打ち合わせに行ったことあるけど、クレアスはかなり穏やかな社風でさ。広告代理店なんてどこも結構ピリピリしてんだけど、あそこはそんなことなかったな。結香にも合ってると思うぞ。人多くて、成果主義ではあるんだが、中の人は働きやすいって。だから離職率が少ないんだよ。新卒の採用人数は多くないから、せっかく内定もらってるならクレアスにしときな』
 結香がクレアスに就職を決めたのは、晟のこのアドバイスがあったからだ。
 晟はコンサルという職業柄、多種多様な会社に出入りしているし、ツテがある。結香の就職活動もこうして相談に乗ってくれたのだ。
「作案システムが、AI搭載で大型アップデートするってよ。さっき本社から通達来た。連休明けから使えるって」
「自動作案システムという名の手動作案システムがついに。どんくらい賢くなんの? あんまり賢くなったら堀川(ほりかわ)チーフが泣くんじゃね? あの人、作案に命賭けてるから」
 すれ違う先輩方の会話にフムフムと聞き耳を立てる。テレビCMの放送枠を決める自動作案システムについては研修で習った。日々AIが広告の効果を測定して大量のデータを作っているらしい。広告の中でもテレビCMは花形だ。紙やネット広告もいいが、CM枠を華麗に売り買いする様には憧れる。もちろん、まだ新人の結香は担当すらできないのだが。
(早く仕事覚えて、叔父さんと取り引きできるようになったらカッコいいだろうな~)
 自分の成長っぷりを晟に見せたい気持ちがある。きっと喜んでくれるし、なにより仕事中の晟を間近で見られるチャンス。実現できるまで仕事を頑張りたい。
「おつ~。ゆいちゃんも終わり? 一緒帰ろー」
「たまちゃんお疲れ様~。終わったよ。帰ろ~」
 更衣室に先いた、同期の田丸(たまる)からの声かけに頷く。田丸は同じ部署に配属されてからの付き合いだが、とても人懐っこく話しやすい女の子で、同期の中では一番仲がいい。たまちゃん、ゆいちゃんと呼び合う間柄だ。
「明日からやっと連休だね。四月は必死だったから、正直あっと言う間だったー」
 そう言う田丸に「わかる~わかる~」と、同意しながら、ふたりでエレベーターが来るのを待っていると、背後から声をかけられた。
「緒方さん! お疲れ様! 今帰り?」
 振り返ってみれば、男性同期の林(はやし)がいる。彼も入社してからの付き合いだ。ちなみに下の名前は覚えていない。背が高くて気さくな印象の好青年である。
「あ、林くん。お疲れ様です」
 結香が微笑みながらペコリと会釈すると、林はうっすらと頬を赤らめた。
「ちょっとちょっとー。あたしもいるんですけどぉ?」
 結香の横で唇を尖らせる田丸を見付けて、林は「悪ぃ悪ぃ」と苦笑いしている。
「俺も終わったんだ。一緒に帰っていい?」
 断る理由はない。どうせみんな同じ駅へと向かうのだから。
「もちろん」
 オフィスの外に出ると夕陽が眩しい。駅へと続く道を歩きながら、入社一ヶ月目を乗り切った自分たちを讃え合う雑談に興じる。
「一ヶ月お疲れ様飲み会とかどう? これから」
「やだぁ~林くんったら急すぎ」
(えっ、やだ。絶対無理。明日からゴールデンウィークだから早く帰りたい。今日の夜から叔父さんの部屋に居座る計画なんだから!)
 今年のゴールデンウィークは土日も含めて五連休。晟も休みを取ると言っていたし、彼に自分を女として意識してもらうために費やすと決めている。まずは以前からあたためていた〝晟の部屋にお酒を持ち込み、酔っ払ってお泊まりさせてもらう作戦〟を今夜辺りに決行するつもりだ。同期とのコミュニケーションは大事だが、そういうのはランチタイムとかにお願いしたい。
 にっこにこの笑顔でお断りすると、「だよねー」と林が笑いながら頭を掻いた。
「ゴールデンウィークはさ、なんか予定あるの?」
 林の質問に元気よく手を上げたのは田丸。
「ハイハイハイ! あたしは彼氏と野外フェスに行くんだー! いいでしょ」
「抽選当たったの!? すっごい! チケット争奪戦だって聞いたよ」
 毎年この時期に開催されているフェスだが、過去最高のチケット申込数だったとニュースになっていたっけ。結香が純粋に驚いていると、田丸はふたりがかりでアタックかけたのだと誇らしげに胸を張った。
「へぇ? 田丸さん、彼氏いたんだ?」
 意外そうに林が目を丸くするから、田丸はニヤニヤと笑いながら自分の口元を隠した。
「ウフフ、魅力的なあたしを狙ってたらごめんねぇ。チミはあたしの好みじゃない」
「え、なんでそーなんの? ま、いいや。緒方さんは?」
「わたしは――」
 にゃにゃん♪
 林に話を振られて答えようとしたとき、結香のスマートフォンが鳴った。晟かもしれない。そう思って素早く画面を見てみれば、甘川青年の名前が表示されいる。
(うわぁ……またメッセ来た……)
「もしかして……彼氏、さんから?」
 そんなことを言ってくる林に苦笑いして肩を竦めた。甘川を彼氏と思われるのは心外だ。でもまぁ、それらしい男がいると思わせておいたほうが楽ではある。プライベートに探りを入れられるのは御免だから。
「いや、そんなんじゃないんだけど。叔父に紹介された人で。まだ一回しか会ったことないんだけどね。叔父の知り合いで社長の息子さんだとかで、なんか叔父はこの人のこと気に入ってるみたいで……」
 甘川青年には返信せずに、説明しながらスマートフォンを通勤バッグにしまった。
「社長の息子……」
「おーっと林選手、ちょっと探りを入れてみたつもりが、いきなりボディブローを喰らってしまったぁ! ゆいちゃんのご家族がゆいちゃんの彼氏に求めるスペックは高いようだ。どうする林! 負けるな林!! もっとアピールするんだ! 行け!」
「そーゆーのやめてくんない!?」
「やだなぁ~彼氏持ちたまちゃんからのアドバイスだよぉ、チミ」
(うーん。アピールされても困るんだけどなぁ)
 林は結構頻繁に話しかけてくる。人生のほとんどを片想いに費やしているだけはあって、彼が自分との距離を詰めたそうにしていることに結香は気付いてはいる。けれど同時に、一定の距離から相手を近付けさせないあしらいにも馴れているのだ。それは結香が晟から常日頃されていることだから。
 結香がニコニコしていると、軽く咳払いした林が話を振ってきた。
「緒方さんの予定は?」
「わたしは家族と過ごすの」
 これ以上ない健全な予定に、林の顔がちょっとホッとしたものに変わる。
「実家に帰るのかな?」
 実家に帰るのはお盆であって、ゴールデンウィークには帰らないのだが、そこは馬鹿正直に答えることはせずに笑っておいた。
「叔父さんの家にも行くし。だいたいそんな感じかなー」
(あ、でも叔父さんとデートするのもいいなぁ~。ドライブもいいし、お願いしたら連れてってくれるだろうし、お願いしよっかな)
 五日もあるんだ。〝晟の部屋にお酒を持ち込み、酔っ払ってお泊まりさせてもらう作戦〟を決行しても、その事の成否にかかわらず、一日くらい遊びに行くのも悪くない。
 そうしてダラダラと話して駅が近くなった頃、パーキングに駐まっている見覚えのある車が結香の目を引いた。黒にもグレーにも見えるダークメタルのハイエンドスポーツカーは、晟の愛車だ。いつも乗せてもらっているから間違えようもない。普段この駅には来ないはずなのに珍しい。目を凝らしてみれば、運転席に座ったスーツ姿の晟がいる。
(叔父さんじゃーん! 寝てる……?)
 じっとして動かないから仮眠でもしているんだろうかと思ったら、グレーのワイシャツを着た初老に近い男の人が車の助手席の窓をノックしているのが見えた。晟はドアを開けてその人を乗せている。車をすぐに発進させることはしないで、ふたりは話し込んでいるようだった。
 もし相手が女だったら、晟に電話するなり、現場に乗り込むなりする結香だが、自分の祖父と変わらない年齢の、しかも男の人を警戒する理由がない。
(仕事の人と待ち合わせでもしてたのかな? お仕事してる叔父さんカッコいい!)
 どこにいてもこの目は晟を見付けてしまう。仕事中のレアな晟を目撃できてちょっとお得な気分を味わいながら、結香は駅の地下道へと入った。


 電車に揺られて三十分。駅から徒歩十五分の立地にある十二階建てのマンションが、結香と晟の住み処だ。十階以上がファミリー向けで他は単身向けとなっている。単身向けの間取りは、オール1LDKと単純ながらも、部屋は広めだし駐車場もあるので人気の物件だ。だが、軽とファミリーカーが並ぶ駐車場で、晟のハイエンドスポーツカーはかなり目立つ。こんな車に乗れる晟ならば、駅近のオシャンティーな高層マンションくらいが住居としては妥当なんだろうが、彼は独立したときからこのマンションに住み続けていた。
(叔父さんが広いマンションに住んでたら、わたし絶対一緒に住まわせてもらうんだけどなー)
 駅に併設されたスーパーでふたりぶんの食材を買って帰宅した結香は、自分の部屋の鍵を開けながら、内心唇を尖らせた。
 たぶん、そんな結香の目論見なんて彼にバレているんだろう。そして結香(娘)が晟(叔父)と一緒に住むことを反対する両親ではないから余計に。だから彼は広い部屋に引っ越さない。
 晟の引く線を疎ましく思いながら、結香はシャワーを浴びた。全身を綺麗に洗って髪を乾かし、キャミソールとショートパンツの部屋着に着替える。この部屋着は最近買ったばかりで露出度高め。色っぽい格好でお酒を飲みつつ晟に迫る作戦だ。もちろんノーブラである。
(我ながらめっちゃかわいい。これなら叔父さんも悩殺でしょ!)
 姿見の前でポーズを取りながら、ウインクなんかしてみる。自分の可愛さには絶対的な自信がある結香である。なぜなら晟が可愛い可愛いと言ってくれるのだから可愛いのだ。
 胸元に香水をシュッと吹きかけるのも忘れない。大学生の頃に晟が買ってくれたリンゴとピオニーの香りだ。容器も可愛いし、なにより晟が買ってくれた物だからお気に入りで、未だに毎日使っている。
 結香は控えめにメイクをして、肩にパーカーを引っ掛けると晟の部屋へと向かった。夕飯の食材と共に買った缶チューハイも忘れない。非常階段をトントンと下りながら、身を乗り出して駐車場を見てみる。
(よし、まだ叔父さん帰ってないっぽい)
 合い鍵はあるが、またロックをかけられたらたまらない。晟より先に彼の部屋に侵入するのはマスト。
 晟の部屋に侵入した結香は、早速キッチンに立った。今日のメインメニューはつくねをハンバーグ風にアレンジ。初めてのレシピだったが、シンプルだから美味しくできた気がする。おつまみにもなるはず。
 時計を見ると、二十一時を過ぎたところ。
(今日は帰りが遅いみたいだね)
 普段は十九時には帰宅していることが多い晟だ。駅前のコインパーキングで見かけたときはまだ仕事中だったようだし、連休前だから今日は仕事が長引いているのかもしれない。晟のぶんの夕飯はラップしておこう。
「ま、そろそろ帰ってくるでしょ。よしっ! 飲んじゃいますか!」
 結香はキンキンに冷えたチューハイを冷蔵庫から取り出した。アルコール度数も四%と低いのだが、結香はアルコールが得意ではないから、これくらいでもほんのりと赤くなってしまう。しかし〝酔っ払って眠ってからのお泊まり〟が今日の目的だからこれでいいのだ。なんなら、晟が帰ってくる前に寝てしまったっていい。酔った結香を晟が外に放り出すわけがないんだから。
「今日は絶対に帰らないんだからね」
 料理を並べたローテーブルの前に陣取って、グラスにチューハイを注ぐ。薄い琥珀色が綺麗だ。甘い匂いもする。
 十八歳でした最初の告白から五年。躱され続けた結香にも意地がある。それにこの作戦は結構イケる気がしているのだ。
 くぴっとグラスに口を付けて――すぐさま顔を顰めた。
「んー喉がヒリヒリする。おいしくない」
 すぐにつくねハンバーグで口直し。やっぱりお酒は苦手だ。いい匂いだし飲みやすそうなのに全然減らない。コレを酔うほど飲むのはなかなかの苦行かもしれない。
 結香がちびちびとひとり酒盛りを初めて十分程経った頃、ガチャリと玄関の鍵が開いた。
(叔父さんが帰ってきた!)
「おかえりなさーい!」
 玄関まで走って出迎えに行き、そのままに勢いで晟に飛びつく。が、そんな結香をヒョイッと避けて、晟は顔を顰めた。そして素早く玄関ドアを閉めて結香に向き直る。
「おま、なんて格好してんだ! まさかその格好でここまで来たんじゃないだろうな?」
 ギロッと睨まれるが怖くもなんともない。それより彼が自分を見てくれるほうが嬉しかった。やっぱりこのキャミソールとショートパンツの組み合わせは正解だったのだ。結香の思考は常にポジティブだ。
「可愛いでしょ?」
 むにゅっとノーブラの胸を寄せてみる。それと同時に晟の眉根も寄った。そして結香の横を素通りして部屋に入っていく。
「人前に出る格好じゃないだろ。みっともないって言ってん――ちょっと待て。もしかして、おまえ飲んでるのか?」
 作戦がバレて気まずい。結香は目を逸らしながら誤魔化し笑いを浮かべた。
「えへへ」
「…………」
 晟はローテーブルの上に並んだ料理と、グラスに注がれたチューハイにチラリと目をやって、呆れたようにため息をついた。
「なに考えてんだ。服貸してやるから着ろ。送るから帰れ」
「んな格好、マンションの中でもひとりで帰せるか。襲われるぞ」とブツブツ言いながら晟はクローゼットを開けて黒いTシャツを取ると、結香に向かって投げてきた。そのシャツを受け取りはしたものの、結香は素直に着るつもりなんてない。露出多めのこの格好で、晟がいつもと違う反応をくれたのだから、今日こそは彼に自分を女として意識してもらうチャンス。
「やだ。酔って帰れない~」
「嘘つけ。言うほど飲んでないのわかってんだぞ。そもそもろくに飲めないだろ。今日は送ってやるから」
 キーケースと財布、スマートフォン、それから腕時計を淡々とシェルフに並べてジャケットを脱ぐ晟は、振り返ってもくれず、取り付く島もない。それでも結香はめげなかった。
「絶対帰らない。お泊まりするもん。連休中ずっと一緒にいるもん」
「はぁッ!?」
 素っ頓狂な声を上げて振り返る晟に飛びつく。彼の腕を取ると、ギュッとしがみ付いて、結香は胸の内からあふれる気持ちのままにキラキラした視線を向けた。
「叔父さんもお休みでしょ? わたし叔父さんと一緒にいたい。同期のたまちゃんが彼氏とフェス行くんだって~。いいな、いいな。ゆいもどっか行きたいなぁ。叔父さん、連れてって~」
 べったり甘えてくっつくと、ふいっと目が逸らされる。
「そういうのは彼氏に言えって。明日から連休だろ? 俺なんかにかまってないで、彼氏ん家に泊まれ」
(またそういうこと言う!)
 彼氏だって? 彼氏なんかいない。彼氏になってほしいのは晟なのに。結香はムッとして唇を尖らせた。
「わたしが好きなのは叔父さんなの! わかってよ……本当に愛してるの。わたしを愛して!」
「やめろ! これ以上言うな! 人の気も知らねぇで……おまえは!」
 一度は結香を見た晟だったが、吐き捨てながら手を振りほどく。
 初めてだった。晟に手を振りほどかれたのは。それが信じられなくて、結香は悲痛な声を上げた。
「叔父さんっ」
 縋り付こうとした手を逆に取られ、そのままベッドに放り投げられた。
「ひゃっ」
 手にしていた晟のシャツを床に落とし、ベッドの上でバウンドする。
 驚いた結香が目を開けたときには、晟が伸し掛かってきていた。結香の両手を掴み、腰を跨いで馬乗りになって押さえ込む。突然のことに目を見開いて息を呑む結香を、晟が怒りの形相で怒鳴り付けてきた。
「男煽るのもいい加減にしろ! このままヤられても文句言えねぇぞおまえ!」
 本気で怒っている晟にドキドキする。諭すように叱られることはあっても、怒られることはなかった結香だ。彼がこんなに感情をあらわにするなんて。
(それって、わたしになにも感じないわけじゃないってことだよね?)
 だったらそれでいい。晟が自分に欲情してくれるのなら、なんだってする。女として見てほしい……抱き締めてほしいし、キスしてほしい。セックスだって……初めても最後も晟がいい。晟にしか抱かれたくない。触れられたくない。
 姪っ子じゃない、彼の特別な女として愛されたいのだ。
「いいよ。叔父さんにならなにされても」
 微笑む結香とは対照的に、晟の顔はくしゃりと歪んだ。
「は……いつまでそう言ってられる?」
 結香の手首を掴む晟の力が強くなる。彼は脅しているつもりなのかもしれないが、全然怖くない。だってこれは結香が望んだことだから。それに相手は晟だ。
「叔父さん、大好き。叔父さんもわたしのこと好きでしょ?」
「…………」
 晟の瞳が熱を灯しながらグラグラと揺れて、結香に近付いてくる。そのとき、彼のスーツからいつもと違う匂いがした。
「叔父さんから煙草の匂いがする。なんかヘン。いつもと違う叔父さんみたい」
「…………」
 クスクスと笑っている結香から手を離し、晟がシュッとネクタイをほどく。彼はそのネクタイを結香の両手首に巻き付けると、そのまま縛り上げて――
「叔父さん?」
「……なにされてもいいんだろ」
 冷えた声だ。結香の声に応えた晟の瞳は、色も光も消えている。結香はいきなり乳房を鷲掴みにされていた。
「ぅっ!」
 絞り上げるような強すぎる力に眉が寄る。でもいやとは言わなかった。晟は結香が逃げることを望んでいる。縛ったり、わざと痛くしたりして、怖がらせているに違いない。
(叔父さん……叔父さんに触ってもらえるなら、わたし……)
 ニコッと笑ってみせると、晟の目はますます鋭くなって怖くなる。
 彼は無言で結香のショートパンツに両手をかけると、一気にショーツごと引きずり下ろした。
「っ!」
 いきなり膝まで脱がされてカアッと顔に熱が上がる。確かに晟に抱かれたくてしかたない結香だが、初めてなことには変わりない。
(恥ずかしいっ!)
 羞恥心に身悶えながらギュッと目を閉じる。でもその目は次の瞬間、驚きと苦悶に見開かれていた。
「ひゃぁあっ!?」
 身体の中に鋭い熱が突き刺さって仰け反る。
 晟がいきなり結香の中に指を挿(い)れてきたのだ。濡れることを覚える前に、強引に中を広げられて身体が硬直する。ギチギチと引っ掛かる指が苦しい。
 心のどこかで結香は、晟が自分にこういうことをするとは思っていなかったのだ。
 いつもより露出の多い格好をしたから、叱られるのもわかる。男を挑発してはいけないと身を以て教えようとする晟の考えもわかる。でも、こういうことは今までなかった。
(叔父さん……わたしのこと意識してくれた……?)
 指だけで終わるのかもしれないが、それでもいつもと違う晟の態度に、心は歓喜に沸く。
「チッ……これだから処女は面倒くせぇ……」
「!」
 そう晟は毒突くと、中に挿れた指を引き抜いた。その声が本当に面倒くさそうで、ツキンと胸が痛くなる。でも初めてでどうすればいいのかわからない。
 結香の脚に引っ掛かっていたショートパンツとショーツを毟るように取った晟は、自分の指を軽く舐めて唾液をまとわせ、結香の中に再び指を押し込んできた。
「ひぅ、あ……あ……っ!」
 指を挿れられ、身体の中を掻き回される苦しさに呻きながらずり上がる。内側からくる圧迫感なんて未知の感覚に身体が自然と震えた。
 そんな結香の腰を掴んで押さえ付けながら、晟は指の数を増やしてきた。乱暴に指を出し挿れされて擦られた中が苦しくて辛い。でも唾液で濡らされたぶん、さっきより深く入ってくる。
(もっと、ゆっくり……して……もらえたら……)
「お、じさん……」
 結香が泣きそうになりながら見つめた晟は、自分のベルトのバックルを片手で外しながら腰を浮かせているところだった。
「全然濡れねぇな。いっぺん、中出ししたらマシになるだろ」
「……?」
 頭が追いつかない。
(叔父さん? なにを――)
 押さえ付けられていた身体が突如横に転がされて、腰を持ち上げられる。結香の足首を掴んで開かせ、脚の間に晟が身体を捩じ込んで――
 さっきまで指を挿れられていた処女穴に、鋭い痛みが走った。
「ッ!?」
 グググ……ッと無理やり身体が内側から押し開かれて、引き裂かれていくような痛みに、見開いた目から涙がポロポロとあふれてきた。
「は……ッ。は……ァあ……ううぅ……」
 今まで体験したことのない痛みが身体の中に刻み込まれて、次から次に涙が流れてくる。初めては痛いと聞いていたけれど、こんなに痛いなんて思わなかった。
「ううぅ……ぐずっ……ひぅ……おじさん……いたいよぉ……」
 ネクタイで縛られた両手を胸元に引き寄せ、結香は泣きながら丸くなった。身体が異様に熱い。でもシーツに涙が吸い込まれて冷たい。
「それぐらい我慢しろ」
「あぅ……ひぃんっ! ううぅ……いたい……いたい、ああぅ……」
 逃げようとする結香の腰は晟の両手で押さえ付けられ、グググ……っと強引に中を穿たれる。痛くて苦しくて熱い。無理やり擦られてギチギチと広げられる。
 いつも結香を抱き締めてくれていた晟が、今は結香を押さえ付ける。
 結香が痛いと泣いたら、いつも必ず助けてくれていた晟が、今は結香に痛みを与える。
 でもこれが男女の交わりだというのなら、耐えたかった。
(叔父さん……好き……)
 怯えきった処女肉は、強制的に男を咥え込まされる。硬く、太い物が、強大な熱を以て結香を串刺しにした。
「あ――……」
 ズプン――……蛙のように脚を開いた格好で、後ろから奥まで貫かれた結香はただ泣くことしかできなかった。苦しくて痛い。でもこの圧迫感と痛みが、自分の身体の中に挿れられた物のカタチを鮮明にする。
(叔父さんと、えっち……してる……)
 初めてを大好きな人に捧げて嬉しいはずなのに、思ったより痛くて涙がとまらない。
 抱き締めてほしい。身体がバラバラになりそうなくらいに辛いけど、大好きな晟にギュッと抱き締めてもらえたら……きっと大丈夫になるから。
「叔父さん……ぎゅうして……」
 涙に濡れた瞳を背後の晟に向けた。でも涙と電気の光で晟の表情(かお)が見えない。シャツを脱いでいるのはわかるけれど。もぞもぞと手を伸ばそうとして、結香は自分が縛られていたことを思い出した。
「あ……――はぁぅっ!!」
 突然腰を打ち付けられて、目の前に火花が散る。晟は優しく抱き締めるどころか、結香の尻肉を掴んで、未熟な処女肉を犯しはじめたのだ。
「ああっ! まって、まって叔父さんっ、まってぇ、あっ、あっ、ひぃっ! いっぅ!」
 ただでさえ太い凶器でずりゅずりゅっと強引に中を擦られて苦しいのに、感じたこともない奥をズンッと突き上げられて目を剥く。一瞬トンだ意識を引き戻したのは、晟の容赦ないピストンだった。
「んうううぅ~~う!」
 ごすごすと連続で奥を突かれて、じゅわぁっと中が濡れた。そうしたら晟が、抜け落ちそうになるほど引き抜いて、そのまま一気に奥まで入ってくる。大きすぎる晟の凶器に、結香の小さな身体は翻弄されるしかない。頭も身体も揺さぶられる。
「あぅ! いっ……まっ、て、んぅ……もっとゆっくり、ひうっ! く……うう、ふっ……ひぁああん!」
「おまえ、うるさい。ちょっと黙れ」
 後ろから晟の手が伸びてきて、結香の口を塞ぐ。結香は制御できない声を懸命に噛み殺しながら、ブルブルと震えていた。結香の目からあふれた涙が、晟の手を濡らす。
 優しい叔父にではなく、自分を犯す強い男に、女の身体が反応して濡れていく――
 くちくちとわずかながらに濡れ音が響きはじめて、結香は身悶えながら目を閉じた。
(痛いけど……叔父さんがやっとしてくれた……)
 ずっとこうされたかった。どれだけ望んだかわからない。大好きな人に抱かれているだけで幸せで、心が満たされていく。その歓びは身体の痛みをわずかに和らげてくれた。
「んぅ……あぁ……ぅ……あぁ……」
 塞がれた結香の唇から、今までになかった甘味を帯びた声が漏れはじめ、中に埋められた晟の物が、一層大きくなって結香の身体を占有する。
(叔父さん……好き……)
 そんなとき晟が結香の背中に乗ってきた。知っている重みと、ぬくもりと、匂いが嬉しくて、胸があたたかくなる。
 彼は今、どんな表情(かお)をしているんだろう? 顔が見たい。キスしてほしい。キスはまだしていないから……
 結香がわずかながらに首を反らせて晟のほうを見ようとしたとき――
「ぅっ!?」
 突然、首筋に歯を立てられて痛みに呻く。でも口を塞がれた結香からはくぐもった声しか漏れず、響くのは晟が結香の中に出たり入ったりする音だけ。
 彼はもう片方の手をキャミソールの中に入れて乳房をまさぐり、同時に結香の口を塞いでいた手で唇を触り、口内に指を入れてきた。
「ふ……んぅ……ぉひ、ひゃん……」
 ぬるぬると舌を指で擦られる感覚が、理由(わけ)もなく恥ずかしい。
 揉みくちゃにされた胸も、噛まれた首筋も、貫かれた処女穴も痛くて苦しいのに、晟に抱かれているのだと思うだけで、結香を蕩けさせる。
「あぁ……」
 結香が吐息混じりの声を漏らしたとき、晟の物がより奥に入ってきて身体の中に違う熱が広がった。結香はそれがなんだかわからなかったが、お腹の中で晟の物がビクビクと跳ねているのはわかる。
 晟は結香の口から指を引き抜くのと同時に、結香の処女を奪った凶器も引き抜いた。
「あ……」
(お、わった?)
 思わずホッとしてしまう。想像以上に痛かった。挿れられていた処がジンジンする。噛まれた処もヒリつく。でも心は幸せで、結香は新しく涙を流していた。
 もう叔父と姪じゃない。男と女だ。
 そんな結香の身体を反転させ、仰向けにすると、今度は正面から晟が中に入ってきた。
「え……? あうっ!」
 さっきよりもぬるんとスムーズに挿れられて、奥まで突き上げられる。終わったと思ったのにまた……そのままズコズコと連続で中を穿たれ、結香の視界に火花が散った。
 後ろからされたときとはまた違う処を突き上げられたようで、お腹の奥が熱く燃える。
 大きく抜き差しされるたびに、身体の中を掻き混ぜられているような感覚に陥るのだ。
「ふぁ……! あぁ……!」
 一瞬、高い声が上がって、晟に「うるさい」と言われたことを思い出し、結香は唇を噛んで必死に声を抑えた。
(静かにしなきゃ……叔父さんに嫌われるのはいや……)
 痛いのは辛いけれど、大丈夫耐えられる。だってこれは、晟がくれる痛みだから。
「ぅ……ん、はぁはぁはぁ……んっ……」
「…………」
 結香は鼻を啜りながら晟を見上げた。
 今日、初めてまともに目が合った気がする。けれど、瞳の奥が真っ黒だ。逆光になっているから……? そう思いたいけれど、結香が処女を捧げた男は、眉間に深く皺を刻み、読み取れない表情でこちらを見下ろしていた。
(叔父さんじゃないみたい……)
 なにも言ってはくれないけれど、見つめられるだけでドキドキする。裸になった晟の上半身は、彫刻のような美しさとはまったく別で、野性味あふれていて逞しい。
 晟は縛った結香の両手を、無造作に頭上へと押しやると、キャミソールを捲って露出させた乳房を鷲掴みしてきた。その力が強くて痛い。
「叔父さんっ! 叔父さん……うっ!」
 いきなり乳首を摘ままれて、ビクッと身体が強張る。痛い。痛いのに、濡れる。
 明らかにさっきよりも濡れていて、晟の抽送が強く烈しくなっていく。
 じゅぼっじゅぼっと、はしたない音を立てながら出し挿れされて、結香は身悶えながら腰をくねらせた。晟から逃げたいわけじゃないけれど、烈しく突かれすぎて勝手に腰が引けるのだ。これ以上、されたら駄目だと、本能でわかっているかのように、無意識に脚をバタつかせて抵抗する。
 しかし次の瞬間には、結香は腰と足首を掴まれ、今までにないほど深く突き上げられていた。
「ひぃぅっ!?」
 仰け反った結香の身体は上から乗ってきた晟に組み敷かれ、強引に膝を割り広げられる。それだけでも深い処に入るのに、晟はお腹の裏を擦り上げるように腰を遣ってきた。
「あああああっ!」
 凶悪な雁首が経験不足の処女肉を抉り、結香を啼かせる。
 晟はただ真っ直ぐ突き上げるのではなく、伸び上がる動きを加えながら結香の中を掻き回し、強烈な蹂躙と共に責め立ててくるのだ。
「……ぅ……あ……うぐ……くる、しぃ……」
 ぐじゅっ、ぐじゅっと音を立てながら、晟が入ってくる。奥に奥に奥に――
 これ以上は入らないのに無理やり挿れられて、入り口がみちみちに広げられていく。根元までずっぽり咥えさせられた身体はビクビクと痙攣する。痛くて苦しいはずなのに、繋がった処からとろとろの液が滴っていく。
「もぉ、や……おじさん……たすけ……こわい……ぃ、いや……」
 初めて怯えた声が出る。でもそんな結香を無視して、晟は奥を突き上げた。結香の脚と腰を押さえ付け、叩き付けるように遠慮のない抽送を繰り返す。
「いた、ごめんなさぃ――――!」
 一瞬で頭の中が真っ白になり、ぶつりと意識が途切れる。
「ゆい……」
 晟の押し殺した声は結香の耳には届かなかった。

        

「っ! ぁ……はぁはぁはぁ…………ッ!」
 荒らげた息を肩で整えて、晟は明かりの下でぐったりしている結香を見下ろした。
 涙に濡れた目元が赤い。キャミソールは乱れ、張りのある若い乳房がまろび出ている。両手は縛られ、強制的に開かれた下肢は裸で、脚の間は白濁した情欲の成れの果てに汚され――
 晟は思わず両手で自分の目元を覆い、そのまま髪を引っ掴んだ。
「ああ――」
 暴悪の餌食になった結香の姿に目眩がした。この子は初めてだったのに……
 あふれる愛を語ってやることも、優しく抱き締めることも、時間をかけて触れることさえしなかった。ただ闇雲に、男の狂暴な欲と痛みを押し付けただけ。
 無理やり挿れて、奥処を突いて、無許可で中に出して、また挿れて……気を失った彼女の身体を離さず自分が射精するまで烈しく犯す。こんなの処女に――いや、結香にしていいセックスじゃない。誰よりも大切にしてきた子を最悪な形で裏切って傷付けた。自分の陋劣(ろうれつ)さに吐き気がする。
 こんなことするつもりじゃなかった。本当にこんなつもりじゃなかったのだ。
 塚原に会って、自分の過去と無理やり向き合わされたような感覚に陥り、陰鬱とした気分のまま帰宅すれば、そこにいたのは憎たらしいくらいに無邪気な結香。なにを思ったのか彼女はほとんど下着と変わらない格好で晟の前に出てきたのだ。
「そんな格好はみっともない」と、まともな叔父として注意して、服を着せて、結香が作ってくれていた料理を食べて、甘えてくるであろう彼女にもう一度服装を注意して、素直に頷いてくれたなら「明日から連休だからどこか連れていってやろうか」と話をして、喜ぶ彼女を抱き締めて、膝に抱いて撫でて、部屋に送って――一日が終わる。
 普段ならそうできたはずだった。そうなるはずだったのに……
『わたしが好きなのは叔父さんなの! わかってよ……本当に愛してるの。わたしを愛して!』
 いつものように自分に男としての愛を求めてくる結香に向いたのは、殺伐とした恋情だ。
 ――なに言ってんだよ。愛してるよ? おまえが思ってるより、俺はおまえを愛してるよ。どうしてわかってくれないんだ? 今のままじゃ駄目なのか? 側にいて、この腕の中にいてくれるだけでいいのに。あの男が出てきたからそれすら危うくなる。結香の側に俺はいないほうがいい。
 叔父としてなら側にいられると思っていたのに――
『っ! 人の気も知らねぇで……おまえは!』
 気が付いたら結香を押し倒していた。でも、このときはまだ理性も残っていて、脅して叱って、それで終われるところにいたはずなのだ。
『叔父さんから煙草の匂いがする。なんかヘン。いつもと違う叔父さんみたい』
 この粗野な臭いが本来の晟の臭いだとは思わないんだろう。
 この子はなにも知らない。晟の過去も、晟がどういう人間(おとこ)なのかも、晟がどれだけ結香を女として愛してるのかも、なにも知らない。知らないから幻想(あい)を求めていられるのだ。
 そんなに抱いてほしいのなら抱いてやる。それで壊れるものを思い知ればいい。
 いや、この際徹底的に壊さなくてはいけないんだろう。この子が無邪気に抱いている自分への愛情を壊して、ちゃんと距離を取る――
(言い訳だな。全部)
 距離を取るのに、わざわざ結香を抱く必要なんてなかった。他のやり方がいくらでもあった。そんなに泊まりたかったのなら、泊まらせてやればよかった。あの子の気のすむまで抱き締めて夜を明かせばよかった。今まで通り、「悪いが女としては見れないんだ」と言い聞かせれば、時間はかかったかもしれないがいずれは諦めたはずだ。無理やり犯して泣かせるより、そのほうがよっぽどよかった。
 そもそも結香に構わなければいいだけ。でもそうしなかった。なんのことはない。本当のところは、晟が男として、結香を抱きたかっただけなのだ。愛する女の初めての男になりたかった。
 女として見られない? 嘘だ。女としてしか見ていない。
 抱き締めて夜を明かす? ひと晩だって無理だ。
 律義に〝叔父と姪〟の一線を守っていては、結香に触れることは叶わないから、離れる前に彼女をおもいっきり抱きたかった気持ちを否定できない。この一回で結香が孕むことさえ期待して、彼女の人生を壊し、叔父と情を交わした淫らな女にしてでも、男としての自分を残そうとした浅ましい想い。それは彼女を誰にも渡したくなかったから。
 結香は終始泣きじゃくっていた。無理やり挿れられて「痛い、痛い」と泣く彼女を問答無用で犯し続けた。結香自身、晟にあんなことをされるとは思っていなかったはずだ。中で出されたことも気付いていないかもしれない。彼女は晟を信頼しきっていたから。
 結香の両手を拘束するネクタイをほどいて、まだ涙の乾かない結香の頬に触れてみる。火照りと冷たさが混じりった肌が、しっとりと手のひらに吸い付いて、晟を苦しくさせた。
「っ!」
 脱力した結香の身体を抱き締めて、その胸元に顔を埋める。長い髪や両手がだらんとシーツに流れて、まるで死んでいるかのようだ。汗ばんだ肌が冷えはじめて、それが結香の心のように思えた。でも濡れた唇だけが赤い。
 これで結香の心が離れても、本来あるべき距離になるだけ。そして、結香の初めての男は晟。結香を女にしたのは晟。それが永遠に変わらない事実として残るのだ。
 押し寄せる後悔の横で、確かに湧き起こる歓喜があって、そんな自分に心底厭気が差す。自分なんかに愛された結香が可哀想だと思うのに、彼女を愛することをやめられない。だから離れるしかない。
「……愛してる……」
 晟は静かに、結香の頬に口付けた。


 シャワーを浴びて、結香の身体を拭って布団で包む。ローテーブルに用意されていた料理をあたためずに食べてスーツに着替えた晟は、キーケースと財布、スマートフォン、それから腕時計を取った。結香が目覚めたとき、自分はいないほうがいいと思ったのだ。いや、そうじゃない。目が覚めて泣きじゃくるであろう結香に、耐えられないから。ただの逃げだ。
 帰宅時には気付かなかった部屋の隅に置かれている紙袋を見付けて、チラッと中を見てみれば、結香の服が入っている。彼女は本気で晟の部屋に泊まるつもりだったようだ。
 でももう終わりだ。結香はもう二度とここには来ない。
 晟は結香を起こさないようにベッド横の床に座ると、じっと彼女を見つめた。
 愛おしい。少し開いた唇も、濡れて束になった長い睫毛も、滑らかな頬も。結香のすべてが愛おしい。
 彼女は自分のものになった。あの瞬間、自分たちは叔父と姪ではなく、男と女だった。
 女になった彼女が、自分のような男から離れるのはいいことだ。間違いは正されるべきなのだから。
(……さすがに幻滅しただろうな)
 晟は静かに立って部屋を出た。
 外に出ると乾いた風が頬を撫でる。エレベーターで人とはち合わせるのが億劫で非常階段を歩いて下りた。
(会社行って仕事でもすっかな)
 連休に備えて仕事は全部片付けてあって、急ぎのものはないのだが、データ分析でも、新規開拓でもなんでもいいから作業をしていないと気がおかしくなりそうだった。
 酒に逃げる? それこそ過去の再来じゃないか。養父や義兄に散々迷惑をかけた記憶が生々しく残る晟は、成人しても酒も煙草も博打にも一切手を出さずに今まで来た。もちろん、荒川組の縄張り(シマ)には近付いてすらいない。
 仕事しかない。どうせ結香しか愛せないのだから結婚もしないし、子供も望んでいない。晟が死んだとき、晟が作った財産を全部受け継ぐのは系図上の姪である結香だ。彼女に残せるものを作れるのならそれでいい。それしかできない。
(あーしまった……)
 駐車場まで下りてきた晟は、自分の愛車が駐まっているはずの場所で立ち竦んだ。
 塚原に車内で煙草を吸われて臭いが付いたのが気に入らず、馴染みの板金屋に連休明けには使えるように、分解清掃の臭い取りクリーニングを頼んだんだった。こんなことすら頭からすっぽ抜けるなんて。
(どんだけ動揺してんだ、俺は)
「はーっ」
 肺から息を吐ききるほど大きなため息をついて、晟は空を仰いだ。月のない闇にポツンと一点の煌めきだけが浮かんでいる。たぶん他にも星は出ているんだろうが、晟には見えない。それはまるで結香のようで――
(歩くか)
 考えるのをやめた晟は腕時計を見た。もう二十三時を回っている。この時間帯ならあと一、二本電車は出ているだろうが、晟は歩くことを選んだ。
 急ぐわけでもない。誰が待っているわけでもない。なにか目的があるわけでもない。それは晟の人生そのものだった。

         

 肌寒さを感じてゴソリと身じろぎする。肩までかけられた布団の感触と匂いが心地いい。まるで大好きなあの人に包まれているかのような――
 パチッと目を開けた結香は、慌てて飛び起きた。はらりと落ちた布団を握って、自分が裸なことに気付く。カーテンの端から陽差しが射し込んでいた。
(あ……わたし……)
 ツキンと身体が痛んで、昨夜の記憶が一気に蘇った。晟の重み。晟の匂い。晟の体温。自分の身体に触れた晟の手。口の中に入ってきた晟の指。そして身体の中に入ってきた晟の――そこまで思い出してカアッと身体が熱くなる。
「叔父さん?」
 辺りを見回しながら呼んでみる。声が掠れている。昨日、かなり大声で叫んでいたのかもしれない。どうりで晟に「うるさい」と言われるはずだ。
 肝心の晟の姿は見当たらず、気配もない。出掛けているようだ。でもローテーブルに用意していた晟のぶんの料理はなくなっている。食べてくれたらしい。
 結香はベッドから足を下ろした。
 シーツに少し血が付いている。己の破瓜の血を目の当たりにした恥ずかしさと気まずさに、握った布団の端を顔に押し付けた結香は、その場にしゃがみ込んだ。
 顔が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。
(想像してたより痛かったけど……でも嬉しい……)
 晟に抱かれた。ようやく抱いてもらえたのだ。身体に残る痛みはその証。晟に抱かれた歓びのほうが勝って、身体の痛みなんか苦にならない。途中から記憶がないのが残念だ。
(叔父さん、どこに行ったのかな?)
 コンビニ? それとも仕事の呼び出し? カーテンから顔だけを出して、窓から駐車場を覗いてみるが、晟の車はない。なにか他に手がかりはないかと、裸のまま布団をズルズルと引きずって、自分のスマートフォンを手に取った。晟がメッセージを残してやいないかと思ったのだ。が、彼からのメッセージはない。代わりと言ってはなんだが、晟が紹介してきた青年たちからの新着メッセージがあった。
(……叔父さんじゃないなら返信しなくていいや)
 今はこの幸せに浸っていたいから。

 


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