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パーフェクト御曹司の戦略的溺愛婚 昔フラれたはずなのに、こんなに甘やかされるなんて聞いてません!? 3

第三話


 義実家が見えてくるころには真っ暗だったけれど、見間違いようがなかった。
 道に沿ってどこまでも続く、白亜の外壁。
 その向こうに覗く、どっしりとした佇まいの屋敷。
 周囲にも豪邸が軒を連ねているのに、それらが霞むほどの迫力だ。
 威圧感すら覚える立派な外壁沿いに進んでいくと、重厚な門扉が見えてきた。
 七年前、女性と二人で入っていった光景を思い出して切なくなる。
 とはいえ、もう気にすることはなかった。
 七年も経っているのだ。大学でもたくさんの出会いがあっただろうし、過去の異性関係を気にしていたら誰とも結婚なんてできない。今は自分が妻なわけで、平気で不倫をする男性ではない。それだけは確信している。
「私はマネージャー、私はマネージャー……女は出さずに、明るく笑顔で……」
 ぶつぶつと自己暗示をかけつつインターフォンを押すと、すぐに誠一郎の声が迎えてくれた。
『ああ、よかった。迎えに行こうと思って何度も電話したんだけど……まさか、駅から歩いて来たの?』
「ええ。すみません、電車内だったり、荷物で手が塞がってたりして」
『あっこら、蓮司』
「……?」
 にわかにインターフォンの向こうが騒がしくなって、次々に知らない声が聞こえてきた。
『え! やば、超可愛い……! うちで暮らしてくれるってマジ!? てかお見合い結婚なのにもう仲良さげだし、どゆこと?』
『誠一郎くん、もーおれお腹すいた~~、お菓子食べていい~~~?』
『こらこらこら、服が伸びる……! 琥太郎、離れなさい。宿題がまだ終わってないだろう』
 ──……? ……?????
 どうやらインターフォンのカメラ越しに観察されているらしい。
 誰が何を喋っているのかわからないまま、騒ぎが広がっていく。
『だって雪斗くん、ずーっとメール見てて、教えてくんないんだもん~』
『だから俺が教えてやるって』
『蓮司くん答え言うだけじゃん!』
『二人とも、頼むから向こうでやってくれ。さっき言っただろう? お兄ちゃんにとって、すごくすごく大切な人だから、しばらくいい子に、』
『んじゃ俺、出迎えてくる!!』
『あっ、待ちなさい! 片付けがまだ……あーもう! 琥太郎、重いから離れなさ──』
 ぶつ、と音が途切れた。
 すっかり暗くなった住宅街に、静寂が訪れる。
「……………………」
 ──え…………。
 ──え?
 優衣の知っている誠一郎と、なんだか少し──いや、だいぶ違う。
 穏やかな笑みを湛えつつも、いつだって知的で冷静で、包容力たっぷりで、後輩に慕われている“完璧な先輩”だった。慌てたり、取り乱した姿なんて見たことがない。
 それに何より。
「三人兄弟じゃ……ないのかな……」
 もう一度インターフォンを鳴らすべきか迷っていると、門扉がガチャリと解錠音を立てた。再びインターフォンが繋がって、今度は誠一郎と似た低音の声の男性が案内してくれる。
『小鳥遊さんですよね。はじめまして、次男の宗助です』
「はっ……はじめまして、小鳥遊優衣です」
『さきほどは騒がしくてすみません。鍵は開けたので、そのまま前庭を通って、玄関前までいらしてください。多分、三男の蓮司が迎えに出ると思うので』
「あ、ありがとうございます……」
 次男と言っていたし、おそらく彼が高校時代噂になっていた弟だろう。
 いったい何人兄弟なのだろうと思いつつ、重厚な門扉を開け、外壁の中へ足を踏み入れる。
「わぁ……すごい……」
 壁を一枚隔てた先には──現代日本の無機質な住宅街から一転、ロマンチックな光景が広がっていた。
 イングリッシュガーデンのように整えられた庭に、赤いレンガで舗装された小径。足もとはオレンジ色の電球でライトアップされ、まっすぐ玄関まで続いている。まるで絵本の世界に迷い込んだようだ。
 玄関ポーチは、どこに立っていればいいのか不安になるほど広い。
 木製のドアはあたたかみのある自然な風合いで、さらなる夢の世界を想像させてくれる。
 インターフォンの存在に気付いたとき、勢いよくドアが開いて──。
「はじめまして! 三男の蓮司です! 春から高校二年で──って、やば。え。ほんとに超可愛い……!」
「えっ……、と、……」
 固まってしまったのは、飛び出してきた青年が浮世離れしたイケメンだったからだ。
 誠一郎のほうが格好良いとは思うけれど、単に好みの違いでしかないだろう。
 優衣より背が高く、明るい色の髪と跳ねた毛先に、オーバーサイズのフーディー。“今どきのイケメン”という形容がぴったりの好青年だ。
「は、はじめまして、小鳥遊優衣です」
「えー、ほんと美人だし服も可愛いくてセンスあるし……あ、それ持ちます! 入って入って」
 遠慮する前に、ひょいっとスーパーの袋を奪われて家の中へ促された。
 下校デートで、誠一郎はいつも優衣の鞄を持ってくれたことを思い出して、ああ、兄弟らしいなと微笑ましく思う。
「ありがとうございます。お邪魔します」
 吹き抜けの玄関はシンプルで、白とナチュラルウッドを基調とした、ホテルライクな印象だ。
 庭と同様にあたたかな印象を受けるのは、電球色の間接照明の効果だろうか。はじめて訪れるのに、『ただいま』と言いたくなるようなぬくもりが感じられる。
 ──それにしても、玄関でこれって……どれだけ広いの?
 高い天井を見上げたとき、廊下の奥から、誠一郎が慌ただしく出てきた。
「優衣、さっきは話の途中でごめん。来てくれてありがとう」
「いえ、そんな」
「え。何、もう呼び捨ての仲なんだ?」
 スリッパを並べてくれた蓮司が目を丸くする。つまり誠一郎は、家族にも一切、優衣との交際を打ち明けていなかったのだろう。
「ええと、優衣も、俺たちと同じ学校に通ってたから」
「え、マジ? 優衣さんも中高は京橋?」
「はい。先輩とは、部活が一緒で」
「へ~~~~! てことはバスケ部のマネージャー? お見合いで再会して結婚ってこと!? ドラマある~!」
 契約も完全に非公開だから、何も知らないのだろう。実際はそんなロマンチックなものではないから、苦笑するしかなかった。
「蓮司……大人をからかうのはやめなさい」
「えーなに、誠一郎くん照れてる?」
「っ……照れてない……!」
 耳元が赤く染まって見えるのは、オレンジがかった照明のせいだろうか。
 いや、それよりも──。
 誠一郎の斜め後ろで、参考書らしき本を抱えている男の子と目があった。じ~~っと観察されている。おそらく彼が小学生の末弟だろう。
「ああ、琥太郎。ほら、ご挨拶して。お兄ちゃんと結婚してくれた、小鳥遊優衣さんだよ」
 人見知りされるかと思いきや、琥太郎はふわっと笑みを浮かべた。
「はじめまして、よろしくお願いします」
 ぱっちりとした瞳を笑みの形に細め、首をこてんと傾けた姿はまさに──。
 ──か……かわいい……。天使……!
 とても高学年とは思えない、あどけなくて女の子のような顔立ちだ。目鼻立ちは驚くほど整っていて、将来は美男子間違いなしだろう。
 このときはまさか、この天使が、家で一番ワガママで甘えたがりな小悪魔だなんて思いもしなかった。
「リビングに案内するね。片付けが全然間に合わなくて、ちょっと驚かせるかも……」
「気にしないでください。それをお手伝いするために来たんです」
 部活で、誠一郎は誰よりも整理整頓好きだった。
 だから謙遜か、実際は大して汚れていないのだろうと思った、が──。
「この、廊下の奥がリビングで。ダイニングとキッチンが一緒だから、弟たちの面倒も見やすいんだけど……」
「……………………」
 ──きっっっっったな……!!!!
 ──本当に、普通に、めちゃくちゃ汚いな!?!?
 男兄弟だと、こんなものなのだろうか。
 家具やインテリアだけを見れば、玄関同様のモダンでホテルライクな印象だ。しかも広さは、優衣の実家のリビングの倍以上はある。
 が。
 そこは巨大な怪獣が踏み荒らしたかのように荒れていた。
 床にはゲームやら勉強道具やら筋トレ道具、ローテーブルの上はお菓子のゴミや食べかす、缶やペットボトルの容器が散乱し、ソファーにはスクールバッグやあらゆる衣類が脱ぎ散らかされている。
 ──あああああ、今すぐ片付けたいっ……ゴミを全部かき集めて、服をまとめて、洗濯しまくりたい……っ。掃除機かけたい…………。
 一つでもモノを置きっぱなしにすると、ここぞとばかりに母から小言を言われてきた優衣にとっては、ムズムズする光景だ。
「あっ、やべ」
 蓮司が慌てて衣服をかき集め、背中に隠した。ちらりと、ボクサーパンツらしきものが覗いていてぎょっとする。
 誠一郎が居心地悪そうに「……引いたよね」と呻いた。
「家政婦さんが休みに入ってから、休日にまとめて片付けてはいたんだけど、親父が雷落とさないと、すぐこの惨状に戻るから……もう……追いつかなくて……」
 項垂れた彼は、やっぱり、優衣の知っている完璧な先輩とはほど遠い。
 でも彼の新しい一面を見られたことが嬉しかったし、何より、やっと尽くせるのだと思うと、めらめらとやる気が湧いてきて。
「確かにちょっと驚きましたけど、むしろ、来た甲斐があります!」
 実家での強制的な花嫁修業に、はじめてほんの少し感謝した。
 奥のアイランドキッチンに目を向けると、タートルネックのトップスにエプロン姿の男性がやってきて、手を差し伸べてくる。
「先ほどインターフォンでご挨拶した、次男の宗助です。よろしくお願いします」
「あっ……こちらこそ。よろしくお願いします」
 シャープで涼やかな目鼻立ちに癖のない黒髪は、どこかミステリアスで近付きがたい印象だ。けれど握り返した手の体温からは、内面の繊細さと優しさが伝わってきた。
 ──四人兄弟かぁ。みんな顔が整いすぎてて、感覚が麻痺しそう……。
「宗助は大学生でね。春休み中もアルバイトと勉強で忙しいのに、よく家事を手伝ってくれるんだ」
 誠一郎の声音からは、強い信頼が感じられる。
 宗助はいつの間にか、蓮司からスーパーの袋を受け取っていたらしい。
「食材ありがとうございます。夕食、もうすぐ完成するので、これは明日使わせていただきますね」
「あの、私が家事をするつもりで来たので。さっそくお手伝いさせてください」
 トレンチコートを脱いで腕捲りをすると、誠一郎が割って入ってくる。
「優衣、そのことでちょっと……。宗助、このまま夕食、任せていいかな?」
「もちろん。小鳥遊さんに、家の中を案内してあげて」
「おれも一緒に案内する~~!」
 元気よく手を上げたのは、ずっと誠一郎のあとをついてきた小学生の琥太郎だ。
 けれど誠一郎は、今まで聞いたこともない甘い口ぶりで「だーめ」と優しく叱った。年齢差も相まって、まるで父親だ。
「琥太郎はご飯の前に、自分のものを片付けて、宿題をやって」
「……はぁい……」
 琥太郎は不満げにリビングのテーブルへ向かいつつ、ちらっと優衣を見た。その瞳は、『兄の嫁』という新しい存在への興味に輝いている。
 こっそり微笑んで返すと、琥太郎は悪戯っぽくウインクしてくれた。あまりの可愛さにきゅんとする。将来ナチュラルにこんなことをするイケメンに育ったら、勘違いする女子があとを絶たないかもしれない。
「ほんと、ごめん。いろいろ……驚かせたよね」
 誠一郎とともに廊下へ出ると、すかさず頭を下げられた。
「いえ、こちらこそ、突然押しかけてしまって」
「えっと、今後についてすり合わせをしたいんだけど──先に、四男の雪斗も紹介しておくね。二階の自室にいるから」
「えっ……」
「ん?」
「よ、よんなん?」
「うん。今は中学生でね。全員、小中高大、ってバラバラだから、毎朝家を出る時間が違って、大変な時期なんだ」
「なる、ほど…………」
 ──ごっ……五人兄弟!?!?
 ──どう考えても、先輩一人で家を回すなんて無理! っていうか家政婦さんが見つからないと、お義父様だって無理でしょう!?
「このへんは全部、弟たちの部屋とかゲストルームで……」
 玄関ホールから階段を上がり、二階の廊下を進みながら、誠一郎はいくつも並ぶドアの一つをノックした。
「雪斗、ちょっといいかな?」
 顔を覗かせたのは、色白で中性的な面立ちの、線の細い美少年だった。
 寒がりなのか、ワイシャツの上に、三月らしくない分厚いニットを着込んでいる。たっぷりとした袖が指先を覆っていて、右手の先にスマホが見えた。
 誠一郎が優衣を紹介すると、礼儀正しくぺこりと頭を下げる。
「はじめまして、雪斗です。来月から、中学二生で……。よろしくお願いします」
 ぼそぼそとした小さな声だ。声変わりの真っ最中なのだろう。途中で音がひっくり返って、恥ずかしそうに喉を鳴らした。
「そろそろ夕食だけど、その前にリビングで、琥太郎の宿題を見てやってくれる?」
「……わかった」
 雪斗はもう一度優衣に頭を下げて、階下へ向かう。
 背中を見送りながら、つい末っ子の琥太郎や三男の蓮司と比較してしまった。
「中学生なのに、すごく落ち着いてるんですね」
「ああ……うん。もともと身体が弱くて、家で過ごすことが多かったせいかな。悩みを抱えがちなところがあるから、一番気を配ってる」
 家に上がってたった数分だけれど、わかったことがある。
 誠一郎が弟たちへ向ける眼差しは、雛鳥を育てる親のような慈愛に満ち溢れていると。
 弟たちが誠一郎に甘え、心を許しきっている姿から、その愛が本物であることは一目瞭然だ。
 ──私と先輩は、生まれ育った環境も、“家”に対する感覚も、違いすぎて……。
 羨ましく思う反面、馴染みのないあたたかな空気が、なんだか落ち着かない。
「先輩は本当に……弟さんたちを大切にしてるんですね」
「あはは。よく親戚にも『親より親みたい』って言われるよ。可愛がったり、甘やかすのが好きなんだ。庇護欲が異常に強いというか……俺も両親に溺愛されて育ったから、同じようにしてあげたいのもあるし。母が病気で亡くなってからは、なおさらね」
「ああ……」
 ──お母様は、ご病気で他界されたんだ……。
 いつの出来事か気になったけれど、家に押しかけた直後で、しかも釣書を見ればわかりそうな話をあれこれ聞くのは躊躇われた。
「っと、今後について、少し座って話そうか」
 さらに廊下を進んだ先のゲストルームに通されて、促されるがままベッドの端に腰を下ろす。誠一郎はドレッサーに付属した椅子を優衣の向かいに引き寄せた。大きな彼が座ると、華奢な椅子が、ぎし、と軋む。
「優衣が来てくれて嬉しいのは大前提として……想像とはだいぶ違ったんじゃないかと思って。電話でも言ったけど、俺は家政婦代わりにしたくないし、」
「確かに驚きましたけど、私もさっき電話で伝えた通り、この結婚や、自分の立場について……覚悟を決めましたから」
 真意を推し量るように、じっと見つめられた。
 昔振られて、契約も拒んでいたのだから、疑われるのも当然だ。
「……優衣。嘘はつかないで。昔、俺に甘えてくれたときの表情と全然違う」
「……え?」
 誠一郎は立ち上がると、なぜか優衣の隣に腰を下ろす。それから──。
「っ!? ひ、っ……!?」
 太い腕が背中に回って、分厚い胸板に、むぎゅ、と包まれた。

 

 

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