うっかりセフレになった私たちですが、クールなエリート同期の独占欲が止まりません! 1
この晩、私は高級ホテルの最上階にあるスイートルームのベッドの上にいた。
薄暗い部屋の中、フカフカのベッドに仰向けに寝転がる私を同期の染谷(そめや)くんが見下ろす。その瞳には確かな熱がこもっている。
シャワー上がりでしっとりと濡れた髪は、いつも以上に色っぽくてドキリとしてしまう。
今の状況に混乱しつつも、それ以上に私の心は高揚していた。
五年間、一途に片想いを続けていたものの一切進展のなかった染谷くんから押し倒されているのだ。
「……はぁっ、やばっ」
吐息交じりに興奮気味に唸られると、女としての喜びが全身に込み上げてくる。
バスローブの紐をほどかれ、上半身が露わになると染谷くんの呼吸が一気に熱くなった。私の胸に釘付けになりながら「はぁっ……綺麗すぎる」とうっとりと漏らす。
「やっ、見ないで……」
「ダメ。全部見せて」
恥ずかしさに両手で胸を隠すも手首を掴まれてシーツに縫い留められてしまう。
穴が開いてしまいそうなほどじっくりと体を見られれば羞恥心が込み上げて、顔が赤くなる。
「興奮してやばい。こんなピンク色なの反則だろ」
染谷くんは右手で私の胸を押し揉みながら興奮気味に囁く。彼は知的でクールでいつも冷静沈着だ。けれど今はすっかり語彙力を失ってしまったみたいに「やばい」と繰り返す。そう言われるたびに、私の官能もどんどんと高まっていく。
染谷くんはとろんっとした瞳でまるで吸い寄せられるように胸の先端をひと思いに口に含んだ。私はたまらず体を弓なりに反らした。
「あんっ……」
枕からほんのわずかに顔を持ち上げると、私の視界には染谷くんの顔がドアップで映し出される。毎日顔を合わせる会社の同期が今、私の胸にしゃぶりついている。
堪らず膝同士を擦り合わせると太ももにゴリッと固く大きななにかが触れた。
それは、熱を帯びて滾った彼の雄の象徴だった。
「めちゃくちゃ可愛い。可愛すぎてやばい」
彼は恋人にするように愛おしそうに髪を撫でつけ、私のおでこにキスを落とす。
でもこの夜、彼は頑なに私の唇にキスをしようとはしなかった。
冷たい秋風が吹く十月末。この日、無事に海外メーカーのT社との商談を成功させた私、清水麗華(しみずれいか)は、駅に向かう道中、隣を歩く同期の染谷悠真(ゆうま)に目を向けた。
「無事契約が結べて本当によかったね!」
「ああ」
大型商談を取り付けたことで営業成績もぐんっと上がり、部内での評価も鰻上りのはずだ。喜ぶ私とは対照的に、染谷くんは淡々としていた。
私は大学卒業後から五年間、星の門という意味を持つ『アストラ・ゲート』という総合商社の営業部で働いている。総合というだけあって、小さな金属部品からはたまた航空機まで幅広い分野の商材を扱う。
私はその中の発電所建設や鉄道整備などを担当するインフラ部門で働いている。社会への影響力が大きく、花形とされる部署に配属されたことは幸運としか言いようがない。
とはいえ、一緒に働く先輩や同期はみんな優秀だった。
一、二年目は雑務と呼ばれる仕事を必死にこなしつつ、それにプラスして専門知識を頭に叩き込むだけで精いっぱいだった。実際、五年目の今も日々勉強は怠れない。
配属が営業部だと知った両親には『大丈夫なの?』と心配されてしまった。昔から『しっかりしていそう!』と評されることの多い私だが、相当なポンコツなのだ。
意志の強そうなパッチリとした二重瞼に焦げ茶色の瞳。背中まであるロングヘアをゆるっと巻いて、前髪はシースルーバングにしている。
営業職の人間には、清潔感が大切だ。出勤日にはきっちりヘアメイクをし、服装にも気を配っている。ただその反動で、休日はスッピンにルームウエアでベッドの上でゴロゴロと怠け者になって過ごす日も珍しくない。
『見た目はいいのに中身が残念』って女友達にはよく言われるもんなぁ……。
そんな風に思考を巡らせていると、すれ違う女性が染谷くんを目で追っているのに気が付いた。
百八十センチほどある身長にすらりと長い手足に小さく整った顔。
清潔感のあるほんの少し癖のある黒髪にセンターパートの前髪。インテリ然とした丸眼鏡の下の漆黒の瞳は利発さをうかがわせる。派手な見た目ではないが、ただその場にいるだけで華があり、男女問わず人の目を引く抜群の容姿の持ち主だった。
けれど、当の本人は見られることには慣れっこなのか、常に平然として動じない。
モテる人は違うなと心の中で呟きながらも、心中は穏やかではなかった。
会社に戻った頃には陽が傾きかけていた。二十階建ての『アストラ・ゲート』のビルには傾斜した太陽の光が射し込む。
自席に座りパソコンを立ち上げると、どこからか男性の弾んだ声が耳に届いた。
目を向けると、ふくよかな体型の部長のデスクの前には染谷くんが立っていた。
フロア内は暖房が利いていて暖かい。外回りをして戻って来て暑いのか、ワイシャツの袖を腕まくりしている。細いけれどしっかりと筋肉のあるしなやかな前腕についドキッとしてしまう。
左手首には、某有名メーカーの高級品の時計がさりげなくつけられている。目立つデザインではなく、よく見なければ気付かれないであろうシンプルなデザインを選ぶところが染谷くんらしい。
「この間、染谷が作った予測データが完璧だったと先方からお褒めの言葉をいただいた。俺も出来の良い部下を持って鼻が高かったぞ! この調子で頑張ってくれ」
「はい」
褒められているのに喜ぶ様子も見せずクールな表情を崩さない染谷くんをジッと見つめていると、「さすがねっ!」と耳元で囁かれて心臓が跳ねた。振り返るとそこには同期の山森加奈(やまもりかな)の姿があった。
身長は百七十センチほどで、部内の女性の中では一番背が高い。黒髪ショートにゴールドのピアスをつけた加奈はさながらモデルのようにスタイルがいい。
「もう加奈ってば驚かせないでよ~!」
「あははっ、ごめん。でもさぁ、やっぱり染谷くんってすごいよね。同期の中でも飛び抜けて優秀だもん。営業部のエースだって上のお偉いさんにも期待されて目をかけられるわけだ」
私と加奈と染谷くんは、共に二十七歳の同期だ。
加奈とは入社前の研修のときに親しくなり、偶然にも同じ営業部に配属された。今ではお互い親友と言い合うほどに仲が良い。
仕事で失敗して落ち込んでいるときも、底抜けに明るい性格の加奈に何度も助けられた。
「なんでもそつなくこなしちゃうから、ホントすごいよ」
「そうだね」
加奈の言葉に同意して頷く。
「しかもあの強すぎる顔面の持ち主だもんっ。天は二物を与えずって言うけどさ、二物どころか十物くらい与えてると思うんだけど。私にも何個か分けて欲しいよ」
加奈が唇を尖らせる。
確かに彼の優秀さは、入社当時から群を抜いていた。
有名国立大卒という肩書も伊達ではなく、数字や計算にめっぽう強く、頭の回転が誰よりも速い。複雑な財務諸表の作成業務を任されれば涼しい顔であっという間にやってのけ、『こんな新人初めてだ!』と上司を唸らせた。
さらに、配属された営業部ではわずか三か月で難航していた海外の新規案件を獲得。完璧な語学力はもちろん、スラングや現地の最新トレンドを把握しているため、その後も大規模な商談をいくつも成功させてきた。現在では、営業部内はもちろんのこと幹部クラスからも大きな期待をかけられ、エリート街道まっしぐらだと噂されている。
「そこの女ども、ぺちゃくちゃうるさいぞ」
すると、私たちの前まで梅島(うめじま)課長が歩み寄って来た。
五十代半ばの梅島課長。白髪交じりでやや薄くなってきた後頭部を髪でカバーするようにオールバックにしてガチガチに固めてある。酒太りなのか、腹部はたぬきのように膨らんでいた。
「女どもって、私たちのことですか?」
すかさず加奈が言い返す。百六十センチ台前半の梅島課長よりヒールを履いた加奈は十センチ以上背が高い。見下ろすように言う加奈を梅島課長は威嚇するように睨みつける。
「お前ら以外に誰がいるって言うんだよ」
「女どもとかお前らとか、そういう言い方不快なのでやめてもらえません?」
「なにをデカ女が偉そうに。可愛げがないからいつまで経っても結婚できないんだ」
「で、デカ女……?」
吐き捨てるように言う梅島課長に、加奈はワナワナと唇を震わせる。
会社同様に家庭でも横暴に振る舞ったのか、妻が三行半を突き付けて出て行ったと噂になっていた。
年功序列で役職は課長だが、全くその器ではない。現に営業成績は常に下位。そして、営業成績の良い部下を妬んで足を引っ張ろうとするような心根の腐った人間だった。
さらに、女性の存在を軽視し、パワハラまがいの言動が多い。梅島課長のせいで今まで何人もの女性社員が退職を余儀なくされた。
すると、梅島課長が私に目を向けた。
「今日お前と染谷がとってきたT社の大型案件の件だが、規模が大きいから課長の俺がお前たちを補佐してやることになった。ミスせずしっかりやれよ」
「……はい」
上から目線の梅島課長に腹を立てながらも頷くと、課長はそのままフロアを後にした。
「マジであの男、いつか痛い目見せてくれるわっ!」
加奈はギリギリと憎しみを込めて歯を鳴らす。
「それにT社の案件は、麗華と染谷くんのふたりが長い時間準備して勝ち取ったのに。横から手柄をかっさらうみたいなことして恥ずかしくないのかね!?」
「うん……。梅島課長が補佐に入るなんて……不安しかないよ」
私はポツリと呟いた。
すると、加奈が「そういえば」とふとなにかを思いついたように手を叩いた。
「牛島(うしじま)さん、来月結婚だって」
「そうなの?」
牛島さんは入社してまだ二年目の二十四歳だ。大学生の時から付き合っている彼氏がいるという話は聞いていたものの結婚とは。
「さっきちらっと聞いてさ。また私たち先越されちゃったね」
「だね。でも、加奈は今のところ結婚願望はないんでしょう?」
「ないない! 今は推し活に忙しいし、3次元の男にうつつを抜かしてる場合じゃないのよっ!」
加奈は得意げにフンッと鼻を鳴らして胸を張る。加奈はこう見えて、アニメや漫画が大好きな生粋のオタクなのだ。入社してしばらくの間は社内の人に言い寄られたこともあったらしい。
でも『今は3次元の男に興味がないのでっ!』と断り続け、今では誰一人寄り付かないと清々した様子だった。
「でもまあ、私には推しが、麗華にはレオくんがいるしね」
「……う、うん」
加奈のあまりの勢いに押されるように頷く。
レオとは、私が里親会から引き取った雄猫のことだ。
「ま、私の話は置いておいて。あとでみんなで盛大にお祝いしてあげましょう」
「そうだね。何か企画しよう」
加奈を見送り、再びパソコンの方に向き直る。
「いいなぁ。本当は私も今すぐにでも結婚したいのに……」
誰にも聞かれないようにポツリと小声で呟きながら、斜め向かいのデスクに座る染谷くんにチラリと視線を向ける。
実は私はかれこれ五年間、営業部のエースである染谷くんに片想いをしている。
きっかけは入社してすぐのこと。
『アストラ・ゲート』では一年目の新人が任される雑務がある。
それはPL、BS、CFなど『財務三表』と呼ばれる企業の経営状態を把握するために最も重要な会計書類の作成だった。
『財務三表』は株主にも配布するため、ひとつの間違いも許されない。
その年の年度末の予測をして作るのだが、文系脳で数字に弱く、簿記などもやったこともない私にはなにがなんだかさっぱりだった。
なんとか作成した書類を提出すると、経理や経営企画にはひたすら尋問まがいの質問を受け、間違いを指摘されて何度となく修正を迫られる。
営業という仕事柄外回りも多く、フロアに上司がいないことも多いため、何か疑問点があっても聞くこともままならない。
同期の加奈は別件で忙しそうにしていて頼れない。
ここは勇気を出して染谷くんの手を借りようかとも考えた。けれど、エリートで仕事のできる染谷くんは他にもいくつもの雑務まで任されているし、彼の手を煩わせたくなかった。
その後も必死に頑張ったものの、限界が迫っていた。
ひとりで抱え込み、不甲斐ない自分を責めて夜も眠れなくなった。焦りとプレッシャーで押しつぶされそうになっていたが、逃げるわけにはいかない。
その日も夜遅くまで残業し、誰もいないオフィスで頭を抱えていたとき、『大丈夫?』という声がした。
その声は、温かくて優しかった。顔を上げた瞬間、染谷くんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
途端、張り詰めていた糸がプツンッと切れた。『大丈夫』と言いたかったのに、代わりに大粒の涙が溢れて頬を濡らした。
『ごめん……っ』
突然泣き出して迷惑になると思って謝ると、染谷くんは黙ってデスクの上にあったティッシュを数枚引き抜いて私に差し出した。そして、『俺にできることある?』と尋ねた。
涙を拭って今の状況を話すと、染谷くんは『そんな詳しくないけど』と言いながらも、書類作成に協力してくれた。そのお陰でなんとか修正を終えて、無事に提出することができた。
後日、『染谷くん、手を貸してくれて本当にありがとう』と改めてお礼を言うと彼は『よかった。お疲れ』と眼鏡の下の奥二重の瞳を細めて微笑んだ。その笑みに私は一瞬で心臓を撃ち抜かれてしまった。
当時の彼は私の手伝いをする暇なんてないぐらいの激務だったはずだ。それにもかかわらず、同期のよしみで手を貸してくれたのだ。
入社してからずっとクールで口数も少ないため、彼に対して少しだけ冷たい印象を持っていた。でも、それは私の勘違いだった。染谷くんは容姿端麗で仕事ができるだけではなかった。心の根っこの部分にある彼の優しさに触れ、それからどんどん彼に対する気持ちは大きくなっていった。
けれど、それから約五年が経っても同期という関係以上になることはなかった。
それは、私の恋愛経験の乏しさ故だろう。
大学一年のとき、告白されてお付き合いした男性はいるけれど、自分から積極的にアプローチをしたことはない。ましてや染谷くんは営業部のエースで社内でも彼を狙っている女性社員は多い。
彼はとにかくモテるのだ。
今まで浮いた話は聞かないけれど、彼女がいる可能性だってある。そもそも、気持ちを伝えて同期としての関係が崩れてしまえば、仕事だってやりづらくなるだろう。
それを恐れてズルズルと五年間も片想いを続けてしまっている。
さらに半年前に彼を諦めなければならないという決定的な出来事が起こった。
部内で会社の近くにいる野良猫が可愛いという話になった時のこと。
『染谷、お前が引き取ったらどうだ?』と軽口を叩く部長に染谷くんは『俺、猫だけは無理なんで』とハッキリ告げた。
その口調には猫に対する強い拒絶反応が感じられた。冷ややかな空気が流れ、部長は『あ、そっか。なんか、ごめんな?』と顔を引きつらせていた。
猫の話題が上がったとき、我が家で引き取った六歳の雄猫レオの話をしようとしていた私は思わず口を噤んだ。
きっとこれは自分にとって良い転機だったのだ。五年間も片想いを続けても勇気が出せず彼へアプローチすることも、想いを告げることもできなかった。
もう私は二十七歳だ。人並み以上に結婚願望もあるし、出来ることならば両親に孫も抱かせてあげたい。でも、このままでは永遠に独身で彼氏もできそうにない。
だったらもう染谷くんへの想いを断ち切ろうと心に決めた。とはいえ、それから半年が経つが、想いの強さ故か残念ながらいまだに終止符は打てずにいる。
すると、デスクの上に置いてあったスマホがブブッと震えた。
【染谷くん:悪い。今日のT社との課題ヒアリングの内容まとめておいてほしい】
メッセージは染谷くんからだった。
ちらりと目を向けると、すでにデスクに彼の姿はない。フロアのホワイトボードの染谷の名前の横には【外出】のプレートが貼られている。どうやら急な顧客の呼び出しがあったようだ。仕事ができて頭が良くて体力オバケの染谷くん。弱点ひとつない彼に脱帽しつつ私は【了解です】と返事をした。
その晩、私は家に帰って週末に作り置きしておいた冷凍のおかずを食べた。
食事後、ゆっくりとお風呂に入りソファに寝転ぶと、白黒のハチワレ猫のレオがピョンッとソファに飛び乗って私の膝の上にやってきた。
レオとの出会いは 偶然通りかかった店の軒先で開催されていた里親会だった。
ゲージに入れられたたくさんの猫たちの中に、レオはいた。
両隣にいた子猫はすでにお試し期間のトライアルが決まったようだ。レオはゲージの中の毛布に丸まり顔を見せてくれない。
里親会の人に話を聞くと、緊張しているのだと教えてくれた。レオは高齢の飼い主が亡くなった後、誰もいない家に取り残された。しばらく一匹だけでひもじく寂しい思いをしながら暮らしていたところを里親会の人にレスキューされたのだという。
しばらくゲージの前に立ち声をかけたり毛布の上からナデナデしていると、ひょっこりと顔を出してくれた。
薄緑色の潤んだ瞳が私に向けられた。その瞬間、『この子を家族にしよう』と私は決断していた。
「ん~、レオは今日も可愛いね」
「にゃぉ~ん」
人間が大好きで甘えん坊のレオは私に腕枕をせがむみたいにくっついてくる。レオのおでこを撫でているとついつい顔が綻んでしまう。
一緒に暮らす前はレオをきちんと育てられるだろうかという不安もあった。子供の頃から猫は大好きだったものの、動物を飼ったのは初めてだったからだ。
でも、半年間一緒に暮らしてレオは私の家族になった。この子は私の手で必ず幸せにすると心に決めている。
しばらくレオと触れ合っていると、急激な眠気が襲ってきた。抗えず目をつぶると同時に、母から近々一緒に食事でもしようというメッセージが届いた。必死に瞼を開いて返事をする。
【母:お父さんの仕事終わってからだから十九時くらいになっちゃうかも】
【大丈夫だよ】
【母:麗華の仕事の都合もあると思うし時間分かった方がいいよね?】
【母:それとも十九時半にする?】
【母:麗華は何時がいい?】
眠気はすでに限界を超えていた。食事は大歓迎だけれど、急かすように連続で送ってくるのは勘弁願いたい。
「よいしょっと」
レオがずり落ちないように体を支えながらソファに仰向けに横になる。
もうほとんど目も開かない状態で腕を伸ばしてスマホ画面をタップすると、手が滑ってスマホが顔面に落っこちてきた。
「いったぁぁぁぁ!」
私の大声に驚いたのか、レオが私から飛び降りてバタバタと部屋の奥へ駆けて行く。
その尻尾はパンパンに膨らんでいた。
「レオ……驚かせてごめんね」
鼻が折れたと思ったものの、鼻血も出ておらずどうやら無事のようだ。しばらく痛みに悶絶したが、痛みよりも眠気が勝っていた。ドジな自分に心の中で文句を言いつつ、床に落ちたスマホを拾い上げる。
ああ、眠い。
正直、十九時でも十九時半でも問題ない。とにかく一刻も早くメッセージのやりとりを切り上げようと努める。
意識をほとんど飛ばしながらアプリを開き【大体でいいよ】と返事をしてソファの上にスマホを放り投げると、私はそのまま夢の世界へ吸い込まれていった。