恋と嘘 独占欲強すぎ年の差幼馴染みに朝から晩まで愛されてます 1
「可愛いね、詩(うた)……蕩けた顔になってる」
ピンと勃ち上がった乳嘴を舌で擦り上げられ、腰がゆらゆらと艶めかしく浮き上がった。
「あ、はぁ……んっ」
幼い頃から大好きな人。その人が今、詩を組み敷いている。
大事にされていても、それが恋愛感情じゃないのは、そばにいた自分が一番よくわかっていた。だって、彼は大人で、自分は子どもでしかなかったから。
恋愛感情に気づいたのは中学生の頃だけれど、十五歳上の彼がその頃の自分に簡単に手を出すような大人だったら、好きにはなっていなかったかもしれない。
脚を開かされて、脚の間に男の顔が近づいてくる。あまりに卑猥なその光景を見ていられず、詩は目を逸らす。
「こら、恥ずかしくても、俺がすることをちゃんと見ておきなさい」
「はぁ……っ、だって、だめ……そんなの……無理ぃっ」
「男に抱かれるっていうのは、こういうことだよ」
誰にも暴かれたことのない秘めた部分が晒され、ぬるりとした舌の感触が伝わってくると、いても立ってもいられず悲鳴のような声を上げてしまう。
「ひぁっ、あっ、だ、め、それ……やぁっ」
濡れそぼった秘裂に舌が這い、溢れる愛液を舐め取るように動かされた。
「あぁ、本当だ。詩はもう子どもじゃない。ここはもうとっくに女だ。ほら、愛液でぬるぬるになって、舐めると中から溢れてくる」
詩がどれだけ年を重ねても、同じだけ彼も年を取る。
だから二十三歳になっても、大人扱いをされないのだ。
それが悔しくて、今までとは違う関係になるために一案を講じてみたけれど、愛されているわけではないと思うと、やはりほんの少しだけ虚しさがあった。
「詩……もう、止められないよ」
熱の籠もった彼の声にうっとりと目を細める。
彼の下着の中で張り詰めていたものが露わになると、息を呑んで見つめてしまう。
年の離れた妹としか見てくれなかったのに、今、こうして女として見てくれている。彼が自分に興奮してくれることがなにより嬉しい。
「……ん、して……したい」
詩は誘うように掠れた声でねだった。
「いいよ。俺が満足するまで抱いてあげる。でも、こんなことほかの誰にもさせてはいけない。こんなに感じやすくて、可愛い子は、男にいいようにされてしまう」
詩は胸の内で笑いを漏らす。
最初から、彼以外の男性とどうこうなる気は欠片もない。
詩が抱かれたかったのは彼だけ。
あんなことを言ったのは、もし少しでも女として見てもらえる可能性があるのなら、そのチャンスを逃したくないと思ったからだ。
「祥仁(よしひと)くんなら、いいの?」
「あぁ、俺だけだよ。約束できる?」
「うん、祥仁くんだけ」
興奮しきった祥仁のものが、狭い蜜口をメリメリと広げながら浅瀬に入ってくる。
「ん……っ」
早くもっと奥に欲しくて、彼の腰に脚を巻き付けるが、もどかしいまでにゆっくりと腰を動かされる。
「詩……だめだよ、君には少しの痛みも与えたくない」
「あ、あっ、でも……早く、欲し」
焦らされた身体は限界で、詩は自ら腰を揺らした。
「詩は、俺が思っていたよりもずっと大人で、エッチだね」
そうだ、この一件で認識してくれればいい。詩はもう二十三歳の大人なのだと。
祥仁とはかなり年が離れているけれど、それでも恋人になったっておかしくない年齢だ。
詩は荒い息を吐きつつも、興奮で赤らんだ目をする祥仁を見上げる。
しかし、詩は気づいていた。自分を抱きながらも祥仁が、どこか思いつめたような、苦しそうで複雑そうな顔をすることに。
彼が様々な葛藤をした上でこうしているのはわかっている。
自分を抱いてくれるのは、恋愛感情でも、性欲に駆られたからでもない。
ただ、わがままを言って困らせたから、仕方なく応じてくれただけ。
祥仁からすれば、ゼロ歳の頃から知っていて、自分を兄と慕う妹を犯しているようなものだ。詩の中に突き挿れながら、彼は今、どれだけ己を責めているだろう。
その結果、もう二度ともとの関係に戻れなかったとしても、たった一度の肉体関係だとしても、この選択をしたのは詩自身だ。
どういう結果に終わっても、後悔はしない。
五月頭、世間は長期連休初日とあってどこも混雑している。
日永(ひなが)詩はシフト休みの今日、自宅で慌ただしい時間を過ごしていた。
約束は昼前だが、着替えて化粧をしてと考えると、時間はあと三十分もない。
「お母さん、これも祥仁くんのところに持っていっていいの?」
詩はキッチンで料理をする母の隣で、作りたての唐揚げを、キッチンペーパーを敷いたパックの中に入れる。
幼馴染みの柳澤(やなぎさわ)祥仁は、母親同士が友人ということもあり、詩が生まれたときから家族ぐるみで親しくしている相手だ。
柳澤家は日永家と同じ世田谷区内に居を構えている。とはいえ向こうは高級住宅街の成城で、こちらは駅から徒歩三十分という立地の違いはあるが。
「えぇ、祥仁くん、唐揚げ好きだったでしょ。食べきれなかったら冷凍してって伝えてくれる?」
「祥仁くんの家で私も一緒に食べるから、いっぱい入れておいていい?」
「いいけど、あまり長居して迷惑をかけないようにね。祥仁くんにだって予定があるでしょうから」
「迷惑なんてかけるわけないでしょ。子どもでもあるまいし。祥仁くんは私のこと、子どもとしか思ってなさそうだけどさ」
「その顔がお子ちゃまよ。もう二十三歳になるのにねぇ」
詩が拗ねたように頬を膨らませると、母が頬を突いた。
年齢が十五も離れているから仕方がないのかもしれないが、祥仁に片思い中の詩としては、子ども扱いが不服である。
母にとっても詩はまだまだ子どもらしいが、社会人になってからまだ一カ月強とはいえ、自分としてはすっかり大人になったつもりだった。
学生時代とは打って変わった忙しさに翻弄され、アルバイトの頃とはまったく違う責任を伴う仕事に難儀していたとしても。
「この顔はお母さん似ですぅ~」
文句を言いつつも、料理を詰め終わり、パックを大きな紙袋に入れていく。
駅から近い柳澤家はここからバスと徒歩で十五分ほどの距離だ。これを持って歩くとなると、それなりに重労働である。詩はどうしようかと頭を悩ませた。
「自転車で行こうかな」
「あ、そういえばさっき祥仁くんから連絡があって、うちに迎えに来るって言ってたわ。あなたにメッセージ送ったけど返信ないからってお母さんに来たみたい」
「えっ、そうなの!?」
詩は慌ててスマートフォンをチェックした。すると一時間ほど前に祥仁からのメッセージが入っている。荷物が重いだろうから車で迎えに行く、という内容だ。
「やだやだっ! お母さんっ! 私、髪おかしくない!? 着替えてくる!」
「もう着いちゃうと思うけど」
「来たら玄関で待っててもらって!」
のほほんと母に返され、詩はエプロンを放り投げ、二階の自室へダッシュする。
料理で汚れたら大変だからとトップスは部屋着のままだ。Tシャツを脱いで、初夏らしいブラウスに袖を通す。姿見で格好を確認し、肩の下まで伸びた髪をブラシで梳かした。
前髪を伸ばし左右にわけているのは、コンプレックスの童顔を少しでも大人っぽく見せるため。祥仁の隣に立ったとき、彼に少しでも大人の女性として見てもらえるようにだ。
目は大きめなのに鼻と口が小ぶりだから、大人っぽい美人を目指すには、もとの顔がわからないほど陰影をつけた濃い化粧をするしかない。
仕事柄、化粧はできないため、休日に会うときくらいはと頑張っているのだが、一度チャレンジしてみたものの、詩の顔を見た祥仁に止められてしまった。
(やだ、おでこテカってる!)
詩が化粧ポーチの中からパウダーファンデーションを手に取ったところで、下からインターフォンの音が聞こえてくる。
「嘘! もう来ちゃった!」
詩はポーチにファンデーションをしまうと、慌ててバッグを掴み、もう一度、姿見で髪を整え、部屋を出た。
階段を駆け下りて、大好きな彼の名前を呼んだ。
「祥仁くん!」
「あぁ、おはよう、詩」
玄関先に立つ彼は爽やかな顔で笑いながら、詩に視線を向けてくる。
体躯がよく、百八十を超える長身だ。艶のある髪は七三にわけられ、毛先にパーマがかかっているのか、ワックスで軽く整えられている。
会社帰りに会うときはいつもスーツだが、今日は祝日ともあってポロシャツにサマージャケットを羽織り、下は黒のジーンズというラフな格好だった。
表情なく立っていれば近づきがたさを感じさせる美貌で、そこに三十八歳という年齢相応の精悍さが加わると、ますます圧倒されるような雰囲気がある。ただ、彼が詩に向ける顔はいつだって穏やかで優しいものだ。
いつもそばにいてくれる、自分に甘い幼馴染みが詩は大好きだった。
どういうきっかけで恋をしたかは、実際のところほとんど覚えていない。
恋ではないかと気づいたのは、中学の同級生に告白されたことがきっかけだったが、それよりずっと前から、詩にとって祥仁はただ一人の特別な人だった。
詩は見目麗しい彼に抱きつきたい衝動を抑えて、駆け足のせいでやや荒くなった息を整えると、玄関に足を踏み出す。
「詩! あなた、お料理を忘れてどうするの!」
そのとき、エプロン姿の母がリビングから顔を出して叫んだ。
「あっ! そうだった!」
詩はえへへと笑って誤魔化しながら、靴を履こうとしていた足を引っ込める。
「ごめん、荷物取ってくるね」
「ゆっくりでいいよ。彩子(あやこ)さん、いつもありがとうございます」
「ううん、こちらこそ。いつも詩の面倒を見てくれてありがとね」
面倒を見られるほど子どもではないのに。詩は不服ながらも言葉を呑み込み、紙袋を手に、今度こそ玄関で靴を履く。
「お待たせ」
「いい匂いがするね」
「唐揚げだよ。あとはそっちでカレー作るから、その材料も入ってる」
家の前に駐められた車は超有名なメーカーのスポーツカー。ブルーパールの2シーターだ。車高は低いが乗り込みはしやすく座席も広い。
そしてなにより祥仁に似合っている。
「楽しみにしてる。どうぞ」
祥仁が助手席のドアを開けてくれたため、スカートが捲り上がらないように気をつけて乗り込む。
「ありがとう」
大人っぽい言い方で笑みを作っても、彼はまったく気づかない。
(ちょっとはドキッとしたりしないもんかな)
車で十分ほど走り、祥仁が一人暮らしをする家に到着する。
二台分ある駐車場スペースに車を駐めると、詩は自分でロックを解除し車から降りた。
祥仁が鍵を開けてくれるのを待って、玄関に入る。
5LDKの広いこの家は、詩にとっては第二の実家であった。
詩が五歳の頃、母が大病を患い入院することになり、父は海外へ単身赴任中のため、柳澤家にしばらくの間、預けられることとなったのだ。
父は会社を退職して母のそばにいるつもりだったようだが、母と柳澤家の人々がそれをなんとか押しとどめ、そういう形になった。
あの頃は祥仁の両親と、祥仁、そこに詩が加わり四人がこの家で暮らしていたが、今は祥仁の一人暮らしである。
祥仁の両親は、数年前にこの家を一人息子に譲り、ここからそう遠くない場所のマンションに引っ越した。
夫婦二人にこの家は広すぎるためだと話していたが、まだまだ元気で仕事もしているから、本音では祥仁の結婚を願ってのことだろう。
「お邪魔しま~す。ご飯炊けてる?」
「蒸らす時間を含めてあと三十分くらいか。出るときにスイッチ入れたから」
「ちょうどいいかな。じゃあ、作っちゃう。祥仁くんはゆっくりしてて」
「どうして? 俺もやるよ」
「そう?」
祥仁とキッチンに立つのはこれが初めてではないが、片思いに浮かれていた高校時代、彼に手料理を食べさせようとして大失敗したのは記憶に新しい。
祥仁は一人暮らしが長いだけあって自炊もしていたようで、好きな人から料理を教わる羽目になったという情けない思い出がある。それ以来、詩は母に料理を教えてもらい、祥仁にちょこちょこ作るようになったのだ。
「詩、だいぶ手際がよくなったね」
タマネギを切っている詩を祥仁が覗き込んでくる。その距離は幼馴染み故の近さがあり、肩と肩が触れあうほどだ。
「そうでしょ」
詩が顔を上げて言うと、額をこつんと小突かれた。
祥仁はなんとも思っていないのだろう。だが詩は、彼に恋心を抱くようになってから、こんなふうに触れられるたびにドキドキしている。
「こら、包丁から目を離さない。危ないよ」
「は~い」
平然とする祥仁に、諦め交じりのため息が漏れそうになる。
詩が生まれたときからの付き合いなのだから、致し方ないとわかっているけれど。
日永家にも柳澤家にも、生後ゼロ日の詩を抱っこした祥仁の写真、幼稚園の入園式、卒園式に祥仁と撮った写真が何枚もある。
目に入れても痛くないとばかりに祥仁は幼馴染みの詩を可愛がり、イベントごとには欠かさず参加していた。直近では大学の卒業式にも半休を取ってまで来ていたくらいだ。
あのイケメンは誰の保護者かと場が騒然として、優越感を覚えたものだ。
ただ、卒業生たちの視線を虜にしているというのに、とうの祥仁は詩しか目に入っていないかのごとく額にキスをしたり、頬を撫でたりするから、恋人だと勘違いした友人たちへの説明が大変だったのだが。
「あとは俺がやるよ」
祥仁は詩が材料を切る間に肉をフライパンで炒めて、水を張った鍋に入れていた。詩が切ったタマネギやにんじん、なすも炒め鍋に投入。
「ん、じゃあ、唐揚げとか出しとくね」
「サラダも作っておいたから、皿に出してくれる?」
「わかった」
圧力鍋だから煮込む時間もほとんどいらず、あっという間にカレーができた。タイミングよくご飯も炊けて、唐揚げと一緒にテーブルに運ぶ。
「いただきます」
「詩が作ってくれると、より美味しそうだね」
「大げさ。カレーだよ? 誰が作っても同じ味です」
「それじゃあ可愛い詩と一緒に食べられるからだろうな」
いつでもこの調子。甘すぎて、目や口から砂糖がどばどば溢れそう。
(可愛いとか言われたら、そりゃ嬉しいよ)
好きな人からの言葉なのだから、当然、悪い気はしない。その〝可愛い〟にほんの少しでも恋心が含まれているのなら。
けれど、彼の〝可愛い〟は親馬鹿ならぬ兄馬鹿のそれだ。彼は詩を少しも〝女〟としては見ていない。
「そういえば、仕事始めてみてどう? 少しは慣れた?」
「まだ研修が終わったばかりだし、覚えることもたくさんあって、社会人って大変だなって思うくらいかな。でも、先輩も同期もみんないい人だよ」
詩はスポーツジムを展開し運営する会社――グランリブレスポーツの渋谷区にある本店でトレーナーとして働いている。
主な仕事はスイミングスクールのコーチで、早番のときはベビースイミングのクラスを担当し、遅番のときは小中高生のクラスを受け持っている。
それ以外にも、事務仕事やマシンを利用する会員へのアドバイス、清掃など、仕事は多岐にわたり、身体を動かすことが好きな詩にうってつけの仕事であった。
ちなみにグランリブレスポーツは、詩が柳澤家でお世話になっている頃、祥仁がスイミングスクールのコーチとしてアルバイトをしていたところだ。
母の入院で落ち込んでいた詩は、祥仁の母の勧めでスイミングスクールに通うようになり、泳ぐことが大好きになった。そんな縁で就職までするとは思っていなかったが、会員たちに運動や水泳の楽しさを教えるため日々奮闘している。
「ならよかった。詩ならどんな仕事でも大丈夫だと思うけどね。誰とでも打ち解けられるし、なんと言っても可愛いし」
「仕事に可愛いとか関係ないでしょ。祥仁くんのそれは身贔屓だもん」
「なにを言ってるの。どこからどう見たって詩は可愛いよ」
詩を見て可愛いと言う祥仁の顔はデレデレだ。
大人が赤ちゃんを見て『可愛いねぇ』と相好を崩すのと同一なのである。だからこそ褒められたところで喜べないし、むしろ悔しさの方が大きい。
「それにしても詩がもう社会人かぁ。月日が経つのは早いな。この間までこんなに小さかったのに」
祥仁は両手を五十センチほど開き、サイズを示すが、どう見ても赤ちゃんサイズである。二十三年前はそれくらいだったかもしれないが。
「祥仁くん……それもう何百回も聞いてる……」
詩は恋心を知ってから、この言葉を聞くたびに自分が身内枠でしかないという事実を突きつけられ複雑な感情を覚えているのだが、祥仁はそんな詩の気持ちを知るよしもない。
「いくつになっても、まだまだ子どもに見えるってことだよ」
「私がおばあちゃんになっても同じこと言ってそうだよね」
「あぁ、言うかもなぁ。詩は可愛いおばあちゃんになりそうだ」
「そのときまで独身でいるとか言わないでよ?」
詩は自分の恋心を押し隠し、探っているのがバレないようにいつもの軽い調子で言った。
本音では祥仁に結婚なんてしてほしくないし、彼にもそのつもりがないのも知っている。でも会うたびに、彼の気持ちに変化はないか、恋人はできていないかと確かめたくなってしまう。
「さぁ、そもそも俺は結婚に興味がないからね」
「それも何回も聞いて知ってるけど、そろそろ自分の子どもが欲しいとか思わないの? 同年代とそういう会話も出るでしょ?」
「本当に大人みたいなことを言うようになったなぁ」
「私はもう大人ですぅ~」
祥仁は感心したように言うが、はぐらかされているのだと気づかないはずもない。
(結婚の話題になると、いっつもそう言うんだから)
祥仁は結婚に興味がない。頻繁にここに泊まっている詩が知る限り、この家にも女性の形跡はまったくなく、恋人もいないらしい。
女性と親密な付き合いをするのを避けているように見えるのは、気のせいではないはずだ。仕事が忙しいからなどとそれっぽく言っているが、だからといって、女性と今までなにもなかったことにはならないだろう。
彼は詩を幼児だと誤認しているので、男女のセクシャルな部分に触れさせてはいけないと頑なに思っていて、そういう会話は即行ではぐらかされてしまう。
祥仁がいつまで経っても詩を子ども扱いするのは、十五歳という年齢差もあるが、幼い頃の同居生活で長い時間を一緒に過ごし、親が困るような質問を度々祥仁にぶつけていたせいでもあった。
『よしくん、赤ちゃんってどこからくるの?』
『あの人たちお布団でなにしてるの~? ちゅっちゅ!?』
たまたま流れていたテレビドラマを観ては、詩は気になったことがあれば祥仁を質問攻めにした。そのたびに祥仁は慌てて子ども向けの動画を流し、詩の質問を躱してきた。
『赤ちゃんは神様からのプレゼントなんだよ』
『あの人たちは、俺と詩ちゃんみたいに仲良しなのかもね』
数年して詩が実家に戻ったあとも、母の体調が優れない日などに柳澤家に泊まることが多々あった。
思春期に入り、さすがに祥仁が困るような問いは投げかけなくなったが、いまだに彼は詩がいるときにテレビで恋愛ドラマが始まると、すぐさまチャンネルを変える。
(どうせ叶いっこないのに……どうして祥仁くんを好きになっちゃったかなぁ)
中学生の頃までは、祥仁を家族として、兄として慕っていられたのに。
彼への恋心に気づいたのは中学に上がってすぐの頃、同級生の男子に告白されたとき。
正直、すごく驚いた。
今も大して変わらないが、詩は男勝りで髪も短かった。身長はそこまで高くなくとも、水泳部だから肩はそこそこがっしりしているし、しゃれっ気もないのに、と。
彼は詩の好きなところをつらつらと語り、好きな人がいないなら付き合ってほしい――そう言ったのだ。
そのとき詩の頭に浮かんだのが祥仁だった、というだけの話。
祥仁に恋をしてから、詩の世界は一変した。
まさか自分が好きな人に可愛く思われたくて化粧をする日が来るなんて。少しでも女の子らしく見せるために髪を伸ばすとは思ってもみなかったのだ。
けれど、詩がどれだけ努力しても、祥仁は詩を女として見なかった。抱きついても、キスをする距離まで顔を近づけても、焦りもしない。
そのくせ、毛玉だらけのパジャマを着ていても、可愛いの嵐だ。
親が子を慈しむようにそれはもう大事にされてきたからこそ、祥仁が自分に恋愛感情を抱けないといやでもわかってしまう。
(せめて祥仁くんが結婚してたら、諦められたかもしれないけど)
好きな人に結婚なんてしてほしくない。けれど、祥仁が家庭を作っていたならば、今とは気持ちも違ったのではないかと思う。
しかしながら、祥仁は結婚にまるで興味がなく、何年経っても変わらず詩を溺愛してくるから、諦めようにも諦めきれないのだ。
「祥仁くんは? 仕事はどう? いつも忙しそうだけど」
「忙しいのはいつもと同じ。この年になれば、がむしゃらに突っ走るような働き方はしないから大丈夫だよ」
「でも、いつも帰ってくるの遅いんでしょ。ストライドアークの取締役だもんね。私、うちの会社の役員となんて面接のときにしか会ったことないよ。グランリブレスポーツとストライドアークじゃ、会社の規模もまるで違うけどさ」
ストライドアークはスポーツ用品の製造販売をしている大企業で、祥仁の父が社長を務めている。祥仁は若くして取締役の地位に就いており、さらに言えばグループ会社の社長をも兼任していた。
ストライドアークが特に力を入れているのがシューズ部門で、開発部に配属された祥仁が、災害をきっかけに疲れないビジネスシューズ『Walkence(ウォーケンス)』の開発に乗りだした。『Walkence(ウォーケンス)』は今も尚、新シリーズが出るほどの大ヒットとなり、彼はその実績を買われ三十代の若さで取締役の地位に就いたのだ。
次期社長とのしての能力は申し分ないと言われていると、祥仁の母から聞いている。
「俺の場合は親の七光りでもあるから」
「難しいことは私にはわからないけど、祥仁くんが作った靴、履きやすくておしゃれで大好きだよ。七光りで立場を手に入れた人は、毎日遅くまで仕事をしないと思う」
祥仁は、詩の言葉に感動しきった様子で眩しいものでも見るかのように目を細めた。
「詩にそう言ってもらえると嬉しいよ。ごちそうさま」
祥仁は口元を拭うと、食べ終えた食器を持って立ち上がった。
彼が通り過ぎる際、いつものように頭頂部を撫でられ、そこに口づけられる。
その程度で動揺しないくらいには、詩も慣れてしまっている。
(頭じゃなくて、口にキスしてくれればいいのにな)
嬉しさはあるのに、ため息が漏れそうだ。ここでため息を漏らせば、具合でも悪いのかと心配し、おでこをこっつんとされてしまう。
「ごちそうさまでした」
詩も手を合わせ、自分の食器を片付けるべく腰を上げた。人差し指で無意識に唇に触れる。
(キスかぁ……どういう感じなんだろう。祥仁くんは、女の人に、キスしたことあるのかな。まぁ、あるに決まってるか……)
穏やかで優しくて性格がいい。さらに目を引く美貌を持ち、三十八歳の若さで取締役の地位に就く彼がモテないはずがない。この家に女の影がなく、現在交際している相手がいないにしても、過去にはそれなりに女性との付き合いがあっただろう。
(だって……あのときの……絶対そうだよね)
恋心を自覚したばかりの頃、詩は祥仁に会いたくて、深夜に家を訪れたことがあった。勉強を教えてもらうという名目で、泊まりに行っていいかとメッセージを送ったのに、珍しく全然返信がなく、とてつもなく不安になってしまったのだ。
仕事が忙しいのかもしれないと今なら簡単に想像ができるが、中学生の詩にはそれが難しかった。なにかあったのではないかという漠然とした不安に突き動かされ、母には祥仁の家に泊まる約束をしていると嘘をつき、塾の帰りにそのまま彼の家に向かった。
でも、祥仁はまだ帰宅していなかった。母に嘘をついた詩は、そのまま帰るに帰れず、ずっと門の前で待っていたのだ。
祥仁は終電間際にようやく帰ってきた。思わず駆け寄って抱きついてしまったが、そのとき祥仁から、お酒と香水の匂いがしたのを今でも覚えている。
自分にも女の勘というものが備わっていたようで、瞬時に察した。女だ、と。
詩は箱入りも箱入り。なにせ幼少期から徹底的に男女に関係することは誤魔化されてきた。それでも年頃になれば、ある程度のことは知っている。
気づきたくないのに、彼が女性とそういう行為をする大人の男性であると気づいてしまった。あのときの感情を詩は言葉にできない。
強烈な怒りと焦り、心が真っ黒に塗りつぶされていくかのような不安に襲われた。
祥仁が幼馴染みの兄ではなく〝男〟であると突きつけられ、憧れめいたぼんやりとした恋心が、明確な独占欲を伴う恋に変わった瞬間である。
祥仁は門の前に立つ詩に気づくと、『こんな遅い時間に一人で来るなんて、なにかあったらどうするんだ!』と珍しく声を荒らげて怒った。
『ひどい、ひどいっ! 祥仁くんが怒った~!』
今思えばただの嫉妬なのだが、誰とどこにいてなにをしていたのか、どうして電話に出てくれなかったのか、怒りなのか悲しみなのかわからない遣る瀬なさに振り回され、詩はコアラのごとくしがみついて号泣するしかなかった。
嫉妬心を隠すためにあえて幼い振る舞いをしたものの、詩を幼児だと思っている祥仁には覿面に効く。
彼が纏う女性の匂いを上書きしたい。祥仁はそんな詩の胸の内に気づきもせず、途端におろおろして、泣きわめく詩の機嫌を取った。
泣き続ける詩を宥めて、寝かしつけるために仕方なく同じベッドに入る。母がおらず泣いていた五歳の頃と同じように。
(今、思い出しても恥ずかしい……)
髪を撫でられ、背中をとんとん叩かれる羞恥と闘いながらも、それを甘んじて受け入れたのは、好きな人に触れてもらえるチャンスを逃したくなかったから。
幼児扱いが悔しいのに、子どもだと思われても仕方のない行動をしている。矛盾を抱えながらも、兄としての彼も好きで甘えてしまっているからどうしようもない。
詩は過去を思い出しながら、洗い物を終えた。隣に立つ祥仁は詩から受け取った皿を丁寧に拭き、食器棚に片付ける。
「はい、これで最後かな。余った唐揚げは冷凍庫に入れとくね」
「ありがとう。なにか飲む?」
「ううん、今はいい。お腹いっぱい」
「腹ごなしに散歩でも行く?」
「歩いて帰るから平気。ちょっと休みたいな」
「じゃあ、おいで」
祥仁に手を引かれて、ソファーに腰を下ろす。
たまに休日が合うと、二人でランニングに行くこともあれば、この近くにあるグランリブレスポーツの支店に行き、マシンを使ってトレーニングすることもある。
けれど今日は、部屋でゆっくりすると決めている。アプローチするチャンスを少しでも逃したくない。
詩はお腹を休めるためころりと寝転がり、祥仁の太腿に頭をのせた。そうされても彼は顔色ひとつ変えない。
「祥仁くん、頭撫でて」
自分で口に出しておきながら、いささか気持ち悪いなと思う。でも、こんなふうに子どものように振る舞わなければ、触れてもらえない。
髪を撫でる手の心地良さに目を瞑りながら、詩は祥仁の腰に抱きついた。うりうりと下腹部に顔を埋めると、慣れ親しんだ匂いがする。
大丈夫。今日も女の人の匂いはしないと安心して腕を離すと、膝の上に頭をのせたまま彼を見上げた。
「詩は相変わらず甘えん坊だね」
顔にかかった髪を軽く払われた。その手を取って、頬を擦り寄せる。
(このまま覆い被さって、キスしてくれたらいいのに……私がしてって言ったら、祥仁くんはなんて言うんだろう)
きっと『大人になって好きな人ができたらしなさい』とでも言うのだろう。そんな彼が簡単に想像できてしまう。
「一緒にお昼寝する?」
「この時間に寝たら、夜眠れなくなるな」
お腹がいっぱいでうつらうつらしているのは本当だが、同じベッドに入って、〝その気〟になってくれないかという下心を、彼はあっさりと躱す。
「え~嘘」
「若い子とは違うんだよ。詩が眠ってしまったらベッドに運んであげるよ」
笑いながら髪をくしゃくしゃに撫でられ、柔らかい頬の感触を確かめるようにふにふにと突かれる。
祥仁は詩の触れ心地を案外気に入っている。
だから、プールの水で傷む髪を気遣ってシャンプーを少しお高めのものにしたり、スキンケアにも気を遣ったりしているのだが、それにより祥仁を喜ばせはしても詩の望む方向には進んでいないのが現状。
(ちょっとは動揺すればいいのに)
詩は祥仁の膝に跨がり、彼の背中に腕を回して抱きついた。そこまで大きくはない胸をしっかりと押し当て、彼の肩に顔をのせて首筋に埋める。だが。
「重くなったなぁ」
祥仁は詩の背中をぽんぽんと叩きながら頬を緩めただけ。詩を慈しむ目はまったく変わっていなかった。
「祥仁くん、レディになんてこと言うの?」
祥仁の胸から顔を上げると、キスでもしそうなほどの距離感。互いの呼気がかかろうとも、まったく狼狽える様子がない。それどころか甘える詩に慣れきっている。
「詩ちゃん、レディは抱っこを求めてこないと思うよ?」
「むぅ~じゃあレディじゃなくていいです」
「レディになるのはちょっと早いかな。俺が寂しいから、君はゆっくり大人になりなさい」
祥仁の唇が額に触れて、軽い水音と共に離れていく。
いつもこうなのだ。自分が女として見られる可能性なんて微塵もない。
(無理矢理押し倒してキスくらいしないと、まったく気づかないんじゃない……?)
押し倒してキスをしても気づかない可能性がなきにしもあらず。恋が前途多難すぎる。
普通の兄妹がこの年齢で抱きあったり、頭にキスしたり、一緒に寝たりはしないと思うし、祥仁がそれを知らないはずもないのに。
彼は、こと詩に関してだけ常識がバグっているのだ。
今は結婚に興味がない祥仁だが、人の気持ちは変わるもの。彼が結婚する日が来たら、間違いなく詩も式に呼ばれるだろう。
何年も恋心を抱えてきて、今更、隣に立つ誰かと祥仁を祝福できるとは思えない。
だからこそ、祥仁との関係を一歩でも二歩でも進めたいと願っているのだが、必死のアプローチはいつも空回りして終わる。
「詩? 寝ちゃった?」
「ん~ん、寝てない、眠いけど。もうちょっと抱っこ」
「はいはい」
寝かしつけるかのごとくぽんぽんと背中を叩かれた。
幼い子どもに接するように大事にされていることが悲しくて悔しいのに、そんなふうに甘やかしてくれる彼もまた好きで、女として見てほしいと思いながら、今の心地良さを手放したくないとも思ってしまう。
詩は、そんな自分自身にこっそりとため息を漏らしたのだった。