脱・幼馴染宣言! 執着度高めのお巡りさんが「俺のこと好きだったくせに」と離してくれない 3
エンドロールまできっちり観た映画は可もなく不可もなかった。残念ながら若干肩透かしで消化不良感がいなめない。館内が明るくなってから立ち上がり廊下に出る。
「ものすごく怖いって評判だったのに」
軽く首を回すとミシミシと音が鳴った。日頃の運動不足がてきめん体に出ているようだ。
「ネットの感想は、ウケを狙って大げさなこともあるからな」
龍之介がふっと笑って手を伸ばし、真帆の肩のあたりをぐいぐいと揉みほぐす。
「固いな~……少しは運動しろよ」
「うん……まぁ、そのうち」
素直に揉まれながら目を閉じる。すっかり猫の気分だ。
「それ一生しないやつだから」
クックッと肩を揺らしながら笑う龍之介の大きな手は肉厚で、真帆の首など一掴みだ。ちょっと力を入れたらへし折られてしまうのではないだろうか。
「もうちょっと上~」
「はいはい」
龍之介がクスクスと笑いながら指に力を込める。
「ちょうどいい時間だし、メシ食いに行くか」
「うん」
ふと、一昨日の合コン男を思い出す。バッグを奪われただけで、自分の領域を理不尽に踏みにじられた気がした。あの時感じたのは、怒りと恐怖がごっちゃになったもどかしさだったように思う。
(やっぱり龍之介なら、首ねっこつかまれても怖くないなぁ……)
そう思った瞬間、真帆の脳裏に遠い昔の記憶が流れ込んでくる。
(いや……一度だけ……あったかな? 龍之介のことを、ちょっと怖いと思ったこと)
昔を思い出し、軽く目を伏せる。
あれは真帆が中学生の頃だ。下校途中に、おかしな男に車に引きずり込まれそうになったことがある。
駅を出たところで突然雨が降り始め、急ぎ足で帰宅中の真帆に、ぴったりと隣を徐行していた車の運転手の男が『家まで送ってあげる』と声をかけてきた。進行方向を車で塞がれてしまい、とっさに回れ右をして逃げようとしたところで、後ろから追いかけてきた男に抱き着かれてしまったのである。
真帆がカバンにつけていた防犯ブザーを引っ張るのとほぼ同時に、通りの向こうから傘を持った龍之介が駆け付けた。けたたましい警告音を聞きつけた近隣住人によって真帆はすぐに保護されたが、龍之介は警察が来るまでずっと犯人を殴り続けていた。持っていた傘はもはや原形をとどめておらず、龍之介は血まみれだった。
真帆はその姿を見て悲鳴を上げ、そのまま意識を失ってしまったのである。
実際は龍之介が一方的に犯人をのしてしまっただけなのだが──。
(あの時は本当に怖かった……けど、あれは龍之介が怪我したと思い込んだだけで……龍之介自身を恐ろしいって思ったわけじゃなかったかな)
慣れというものは恐ろしいもので、振られても相変わらずな幼馴染の関係が今に至っている。
進路も友人関係も、悩んだらまず龍之介に相談してきた。龍之介はいつだって穏やかで、真帆を一番近い場所で見守ってくれている。きっとこれからもそうだと思う。
龍之介に彼女がいたら真帆も適切な距離を取ったはずなのだが、中学でも高校でも大学でも警察官になっても、龍之介に恋人を紹介されたことは一度もないままだ。
彼に恋人がいないはずがない、と思う。
剣道少年の頃からモテていたし、小学校でも中学校でも、バレンタインには両手で持ちきれないほどのチョコレートを貰っていた。男子高に進学した後は通学電車で『東西線の君』と呼ばれ、女の子たちから告白されるのは日常茶飯事だったし、学園祭では彼目当てに女子が押し掛けてくるので、周囲からは客寄せパンダとして扱われていた。
大学は国立大学の工学部に進んだが、バイトとして選んだ某チェーン店のコーヒーショップでは、毎週のように連絡先を渡されたり芸能界へのスカウトを受けていたらしい。
そして警察官になった今でもその人気は衰えず、近隣の女子高生たちから『弁天前交番のイケてる警察官』として勝手に動画を上げられるほどの有名人になっている。噂ではファンクラブまであるのだとか。
龍之介ほどの男が女性から放っておかれるはずがないので、彼は真帆の知らないところで、自分に似合う女性とお付き合いをしているのだろう。
(全然、教えてくれないけど……っていうか、プライベートに関しては秘密主義っぽいところがあるのよね)
龍之介は真帆の友人を全員ひとり残らず知っているのに、龍之介は友達を紹介してくれない。たまに話に出てくる同級生に会ってみたいと言ったこともあるのだが『悪い影響を受けたら大変だから』と引き合わせてはくれなかった。
悪い影響ってどんなだ? と思うが本人が嫌だと言うのだからそれ以上は強く出られない。男友達ですらそうなのだから、彼女はもっとハードルが高い。ちょっぴり悲しいが、異性なので仕方のないことかもしれない。
(てか、彼女さんのほうからしたら、私なんか紹介されたくないだろうし)
物語の中では、幼馴染の女は悪役と相場が決まっている。それでなくとも真帆は身に覚えがないにもかかわらず『人の彼氏に色目を使う悪女』『略奪女』と言われ続けてきた女だ。龍之介が大事に思う恋人を煩わせたくはない。
(警察官になった今でも私とふたりきりで出かけてるから、彼女とは長続きしてないのかも。忙しいからかなぁ……?)
嬉しいような申し訳ないような、複雑な気持ちになるのだった。
少し遅めのランチに、繁華街から少し離れた雑居ビルの中にあるタイ料理店へと向かう。休日ということもあってそこそこの人数が並んでいたが、客席が多いので十五分もすれば順番が回ってきた。テーブルにつくと同時に、龍之介が慣れた様子でスマホからQRコードで注文をする。
「グリーンカレー? パッタイ?」
「今日はカレーかな」
好き嫌いがあるわけではないが、この店はカレーとパッタイがおいしいのでいつもそのどちらかを注文している。
「じゃあ俺はパッタイにしよう」
てきぱきとオーダーを終えた龍之介はメニューを戻す。それからふたりで映画の感想をああでもないこうでもないと言い合い、運ばれてきたカレーを食べ、龍之介のパッタイを一口貰って食後にタピオカミルクティーを飲んで外に出た。
腹ごなしにと、テクテク歩きながら伊勢丹のメンズ館で時間をかけて龍之介の香水を選び、おまけのミニボトルを真帆が貰い、それからバッティングセンターへと向かう。最近は外国人観光客の姿が目立つが、常連らしき男性や親子連れも多い。
「よし、打つぞ!」
気合を入れつつ機械にコインを投入して一番遅い球を選んだが、半分も打てなかった。ちなみに龍之介は運動神経も抜群なので全部打ち切った。見事なスイングに周囲から拍手すら起こっていた。それを見ていた真帆は、悔しい気持ちと誇らしい気持ちが半分半分で、複雑だった。この男にできないことはないのだろうか。
「やっぱり打てないと面白くないよね!」
今にもつりそうな脇腹を撫でながら唇を尖らせていると、
「アイス買ってやるから、ぶーたれるなって」
龍之介は売店で真帆の好きなチョコミントを購入してくれた。
「ありがと」
このやりとりもいつもの流れだ。
差し出されたアイスをご機嫌にもしゃもしゃと食べながら、ハッと気が付く。
「ねぇ……」
「ん? お茶飲むか?」
慣れた様子で自販機に向かいかけた龍之介のシャツを慌ててつかむ。
「違う、そうじゃないの」
真帆は慌てつつ、言葉を続けた。
「映画を観て感想を言い合いながらランチして、ショッピングをして体を動かすの、デートとしてすごく楽しかったんだけど」
「うん」
「これっていつもの私たちとなにが違うの?」
そう言った瞬間、龍之介がわざとらしく目を見開いた。
「おっと」
そのわざとらしい態度に真帆はハッとする。
「気づいてたんだ!」
「アハハ!」
龍之介は快活に笑って、真帆の肩を抱き寄せた。
「いつ言い出すのかと思ってた」
「もうっ! なんなの、意地悪すぎるっ!」
真帆ははぁ~とため息をつきながら、チョコミントアイスにかじりつく。
観る映画で悩まないのも、食べ物の趣味が合って一口頂戴と気軽に言えるのも、バッティングセンターで当たらないバットを振るのが楽しいのも、全部龍之介だからだ。
世間でデートと言われる一連の行動が龍之介との日常でしかないのなら、ほかの男と楽しく過ごせる気がまったくしない。
(やはり私に彼氏ができないのは、龍之介のせいなのでは?)
この男が幼馴染でよかったという気持ちと、そうじゃなければよかったのにと思う気持ちが、マーブル模様になりながら真帆の中でぐるぐると回っている。いっそ龍之介のいない世界にいかないと、結婚なんて無理かもしれない。
そうなると、恋人ごっこは今日の一日こっきりで終了しそうである。だって龍之介は、真帆のことを幼馴染としか思っていないのだから。
「やっぱり『にーに』が相手だと、なんの練習にもならないね」
あははと乾いた笑いを上げたところで、真帆の手の中のアイスをかじっていた龍之介がじっとこちらを見つめ、目を細めながらさらりとささやいた。
「じゃあ、恋人同士じゃないとしないことするか?」
聞き覚えのない、ドキッとするほど甘い声だった。
「え……?」
驚き固まる真帆をよそに、龍之介は相変わらずしっとりとした目でこちらを見つめていた。先ほどお試しでつけた重たい香水の香りが、ふわりと鼻先をかすめる。
「行こう」
龍之介は無言で立ち尽くす真帆の手からアイスを取り上げ残りを一口で平らげると、棒をゴミ箱に捨ててサクサク歩き始めてしまった。
(えっ、ちょっと待って。行こうって、どこに?)
(恋人同士じゃないとしないことってなに?)
頭の中を疑問がぐるぐると回っている。口に出して尋ねればいいのに言えなかった。
女子校育ちとはいえ、真帆も二十四歳の大人の女性である。最低限の知識はある。同級生には結婚して母親になっている子だっている。
なのに龍之介には言えなかった。普段ならなんでも言えるのに。
ドキドキしている真帆をよそに、龍之介はいつもと変わらない様子で真帆の手を引いて駅近くの建物の中に入る。
ロビーの雰囲気は南国リゾート風で、女子会などのプランも豊富らしく『岩盤浴ができる!』というポスターまで貼られている。ラブホテルだがそれだけの用途ではありませんと主張している、そういうホテルだった。
(これはもしかしたら女子会……みたいな?)
部屋に入ってから、しどろもどろになる自分を見てからかってやろうという、いつもの龍之介のノリなのではないだろうか。
(うん、きっとそう……!)
結論に至り真帆はようやく息が吸える心地になった。龍之介が選んだ部屋に「それでいいよ」と真剣にうなずき、目的の部屋へとさっさと入室する。
「わぁ……結構広いね!」
部屋の中を見回し、感嘆のため息をつく。
リビングと呼んでもよさそうなスペースには、ちょっとおしゃれな南国風インテリアが並び、部屋のあちこちのスペースに観葉植物が飾られている。普通のビジネスホテルより広いし楽しそうだ。
「これって造花なのかな……あっ、本物だ。たくさんお部屋があるから水やりが大変だね」
葉っぱをすりすりと指で撫でていると、後ろからそのまま抱き寄せられる。
「こういうのはレンタルで、管理も頼んでるんだよ」
「そ……そうなんだ」
後ろから抱きしめられてドキッとしたが、場所が場所だから緊張しているだけだ。たぶん、そう。きっとそう。
真帆はふぅんとうなずきながら目を伏せるが、背後の龍之介は真帆の顎先に手をやると、そのまま喉を撫でるように持ち上げる。
こちらを見下ろす龍之介と視線がぶつかる。黒髪の奥から覗く静かな瞳は幼い頃からなにも変わらずとてもきれいで魅力的だった。
「りゅ、のすけ……?」
名を呼んだ次の瞬間、彼は覆いかぶさるように真帆の唇を塞ぐ。唇の表面がちゅうと吸われて吐息が触れた。
(え、は……!? えっ、キ……キス……!?)
頭を大きな石で殴られたようなショックを受けると同時に、驚きすぎて指一本も動かせなかった。
普段からスキンシップは多いし距離も近い自覚はあるが、性的な匂いがしない龍之介とキスなんて考えたことがなかった。
真帆はその場で棒のように立ち尽くし、目を見開いたまま硬直する。一方、彼は伏し目がちな長いまつ毛をゆっくりと持ち上げ、やんわりと微笑みながら音を立てて唇を離した。
「あ……あの」
「ん?」
「い、今、キスした……」
「したよ」
龍之介は相変わらず案山子状態の真帆をその場でひょいと抱き上げる。
「わっ!」
慌てて彼の首の後ろに腕を回すと、龍之介はそのまま至近距離にある真帆の頬に唇を押し付ける。
一度、二度、三度。ちゅっちゅと可愛いリップ音を鳴らしながら龍之介は部屋を突っ切り、壁際のベッドへ真帆を運んで、頭の後ろを支えながらシーツの上に横たえた。
「ちょっ、龍之介?」
戸惑いながら足をばたつかせたが、
「サンダル脱がせるから、暴れるなよ」
彼は慣れた様子で片手でサンダルのバンドを外してベッドの下に放り投げ、そうして自分も当たり前のように真帆の上にのしかかり、顔の横に腕をついた。
ベッドのスプリングがぎしりと鳴り、体が少しだけ傾く。
「ちょ、ちょっと待ってっ……」
真帆は迫りくる幼馴染の胸に手をのせて距離を取る。
「うん」
その瞬間、待てと言われた龍之介は言われた通り『待ち』の姿勢になった。
大きな男の腕の中に閉じ込められて身動きは取れないが恐怖は感じない。相手が龍之介だから、ちょっとドキドキしているだけだ。他の男にこんなことをされたら、真帆は恐怖で発狂していたはずだ。とはいえ混乱していないわけではないのだが。
「あのね、えっと……」
えっと、えっと──。
色々言いたいことはあるのに、言葉が出てこない。
あうあうと唇を震わせていると、龍之介が少し心配そうに顔を近づけてきた。
「真帆、息して。吸って、吐いて……」
「うっ……すうっ……はっ……は~~っ……」
言われて自分の呼吸が止まっていることに気が付いた。
大きく息を吸って吐くを繰り返していると、締め付けを感じていた鎖骨のあたりから力が抜ける。危うく過呼吸になるところだった。
「……急にキスしてごめんな」
龍之介はそうつぶやくと、両肘をシーツについて指の背で真帆の頬をそうっとくすぐるように撫でる。まるで子猫か子犬を撫でているような雰囲気だ。
「俺とこういうことするの、やっぱり苦痛か?」
龍之介の凜々しい眉がしょぼんと下がる。
「あ、いや……」
ラブホテルに一緒に入っておいて、キスされてビックリする自分が悪い……のではないだろうか。
「別に……びっくりしただけだから」
そう、驚いただけだ。龍之介に恐怖を覚えたわけではない。
「本当に?」
「うん……本当だよ。びっくりして……それだけ……」
嫌だったわけでも苦痛だったわけでもない。
しどろもどろになりながら答えると、龍之介はニコッと微笑んで、
「そっか。じゃあ今からたくさんキスするから。ちゃんと意識しろよ」
と宣言し、額にかかる前髪を手のひらでかきあげながら頬を傾け──口づける。
「っ!?」
龍之介の唇は弾力があって、ふわふわで、柔らかかった。男の唇は柔らかくないなんて同級生の女の子が言っていたのはなんだったのか、と思うくらい甘やかな感触をしていた。
龍之介は真帆の唇の表面をたっぷり堪能した後、ぺろりと舐める。
「口開けて。舌入れたいから」
「あっ……」
ほんの一瞬口を開けると、待っていたと言わんばかりに龍之介の舌が口内に滑り込んで来る。かすかにチョコミントの味がして、すぐに口の中が舌でいっぱいになる。
(し、舌……! 舌が……!)
舌を入れることを受け入れたわけではないが、流れ的にそうなってしまった。
体を強張らせる真帆をなだめるように、龍之介の大きな手が肩を撫でる。優しく、何度も。そうやってしばらく体をさすられていると、体から力が抜ける。やはり幼馴染の龍之介とは、長く一緒にいて心も体も距離が近いのだ。これは恐ろしいことではないのだと、理性が受け入れ始めていた。
真帆の緊張がほどけたのを龍之介も敏感に感じ取ったのだろう。舌が自由に真帆の中を動き回り、口蓋を舐めあげ真帆の舌に巻き付き、ちゅうと吸い上げる。舌の根にピリッと痛みが走り、思わず顔を顰めたところで舌を甘噛みされ、全身に淡い快感が広がっていく。
(頭の芯がぼうっとする……)
チョコミントの味が消えても龍之介の舌は甘かった。いや唾液が甘いのかもしれない。舌をこすり合わせているだけなのに、もっと欲しくなってしまう。本能の赴くまま口を開くと、龍之介はかすかに身じろぎして上半身を深く沈めてくる。
ぎしりとスプリングがきしむ音が耳元で響いて、体の奥がゾクゾクと震えた。
「ん、ふっ……」
深いキスのせいで、唇の端から飲み込めなかった唾液が零れて首筋を伝っていく。その感触が不快で思わず息を漏らすと、龍之介が舌を引き抜いて唇の端にちゅうと吸い付いた。
これ以上はまずい。心臓がまずい。
「ちょっと……待ってっ……」
こめかみのあたりがズキズキと痛くなってきた。息を整えながら彼の鎖骨のあたりを手のひらで叩く。完全にギブアップの体勢だ。
「はいはい」
龍之介は困ったように笑って上半身を起こすと、ぐったりしている真帆を見てかすかに目を細める。
「息も絶え絶えだな」
「は……? そういう龍之介は……全然平気そうだね……」
肩で息をしながら、真帆はぼんやりと龍之介を見上げる。
「軽いキスで全力疾走したみたいに息が上がる、お前が体力がなさすぎるんだよ」
龍之介はそう言うと、頬に張り付いた真帆の髪を指ですくい、丁寧に耳の後ろにかける。
「──軽いキス?」
今のが?
思わず眉を顰めたところで、彼は肩をすくめた。
どうやら今繰り広げられたキスは、龍之介にとって軽いものだったらしい。信じられない。
唖然としていると「じゃあ続きな」と、龍之介は何事もなかったかのように真帆の着ているカットソーに手を伸ばす。
「うん?」
小首をかしげたところで、下からグイと持ち上げられてあっという間に剥かれてしまった。
「わあ!!!」
「俺も脱ぐから」
龍之介は羽織っていたシャツを脱ぎ、さらにTシャツの裾を両手でつかんで頭から抜き取る。
「ほら、おあいこ」
がちがちに鍛え上げられた腹筋や腹斜筋が露わになって、真帆はとっさに両手で顔を覆ってしまった。
「おあいこじゃないっ!」
「俺の裸なんて見慣れてるだろ」
「言い方!」
幼い頃は龍之介の家族と一緒に、プールや海に数えきれないほど行った。真帆が高校生になってからはふたりで行くようになった。龍之介の水着姿なんてこれまで何十回も見ている。だがこれはそういうのとはわけが違う。
「ここはホテルだよ!」
「そうだぞ。ほかの男に休憩しよって連れ込まれないようにしろよ」
この期に及んでも保護者面なので、本当にこの男は罪深い。
「そのくらいの危機管理能力はあるってば……さすがに」
世の中には悪い男はいくらでもいる。むしろ真帆の世界において信用できる異性など、祖父と剣道場の師範たち、そして幼馴染の龍之介くらいしかいないのだ。
「私もそこまで子供じゃないから」
真帆がふてくされて唇を尖らせると、龍之介は困ったなと言わんばかりに眉を下げる。
「俺に連れ込まれたくせに」
彼の眉は凜々しくて立派なので、そうすると大きな犬がしょんぼりしているように見えてしまう。真帆は幼馴染のこういう顔に昔から弱かった。
「龍之介は……違うでしょ。その……練習なんだし」
確かに最初はいつもの冗談かな? と思ったけれど、冗談じゃないことがわかった今でも、真帆は龍之介を受け入れている。
「まぁ、そうなんだけど」
龍之介はふっと笑って、それから優しく真帆の穿いていたデニムスカートを脱がしてしまった。
最悪の合コンからわずか二日しか経っていないというのに、六歳から二十四歳の今までずっと一緒にいた幼馴染と新宿のラブホテルにいる。
「下着……上下揃っててよかった」
「揃ってなくても、それはそれで可愛いよ」
真帆が必死にひねり出した軽口を聞いて、ホテルに連れ込んだ張本人がゆったりとした口調で微笑む。こちらはいつも通りに振舞えない自分に焦りを感じているというのに、この男はいつも通りの平常運転だ。
「龍之介って、いつも女の子をそうやって甘やかしてるんだ?」
反射的に憎まれ口を叩いてしまったが、彼は特に気分を害した様子もなく、
「お前にだけな」
と低い声でなだめるようにささやく。
「そ……そうなの」
「そうだよ」
龍之介はこくりとうなずいて、また優しく目を細めた。
これはいつもの『特別扱いという名の甘やかし』だとわかっているのに、途端に真帆の心はふわふわと軽くなってゆく。
(ああ……やっぱり龍之介と一緒にいるの、安心するな)
イレギュラーな環境下であっても、素肌に優しく触れる指先も、いつも通りの声色も、真帆を怖がらせることはない。
真帆が軽く体から力を抜くのを見て、龍之介はブラジャーの表面をそっと撫でた後、背中の後ろに手を回して器用にホックを外す。胸をさらすのが恥ずかしくて両手で胸を覆うと、龍之介は「見せて」と言って手を外し、そのままゆっくりと胸の先にちゅっと音を立てて口づけた。
「っ……!」
「大丈夫。俺を信じて」
龍之介は穏やかにささやく。
信じて──なんて。きっと他の男に言われたら鼻で笑ってしまうような言葉だけれど、龍之介なら信じられる。彼はいつだって泣きじゃくる真帆の頭を撫で、必要があれば抱きしめ、自身の温度を分け与えてくれた。
彼だけは真帆を傷つけたりしないから。
大丈夫、大丈夫。
まほちゃん、大丈夫だよ。
おれが一緒にいるからね。
頭の中に、これまでたくさん注ぎこまれた、優しい龍之介の声が響く。
「真帆、大丈夫だ」
もう一度、なだめるように彼がささやく。
「──うん」
そうだ。龍之介は大丈夫。絶対に嫌なことはしないから。
こくりとうなずくと同時に、龍之介が真帆の乳首を唇で挟む。
「はっ……」
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ご愛読ありがとうございました!
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