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今日、初恋をリセットします。 憧れの先輩に実はずっと愛されていたなんて!? 2

第二話

 
 春名と出会ったのは、中学校の卒業式の翌日だった。兄の親友であり、幼馴染でもある加賀谷宏樹【かがやひろき】に誘われて、高校の部活動の見学に行ったときのことだ。そこで、加賀谷に紹介されたのが、部長の春名だった。
(――別名が〝歩くマイナスイオン〟って、考えた人すごいって思ったよ……)
 結局仕事に身が入らず、ヨーグルトを食べて葵は退社した。もう一度春名に会えないかと思い、エントランスでしばらく待っていたが、諦めて駅に向かう。
 出会った当時の春名は、少女漫画から飛び出てきたような、爽やかで甘いマスクの好青年だった。笑うと目尻が垂れて人懐っこさが倍増するイケメンだ。
 むさ苦しい兄とは違い、かっこいい先輩。春名は部長をしながらも、部活の顧問がバレーボール未経験者という理由で、実質の指導者も兼ねていた。冷静に判断し的確な指示を出す、その姿を目の当たりにして、葵は密かに尊敬の念を抱いた。
 というのも、葵は中学時代、バレー部で部長をしていた。部員をまとめる難しさをよく知っている。できればもっと早く春名と出会いたかった……、そして色々と相談に乗ってほしかった……と悔やんだほどだ。仲間に頼りにされ、後輩に慕われる姿は葵の描く部長の理想像だった。
 彼は技術力も申し分なかった。チームの中でひとり飛び抜けていたと思う。
 葵はどこかで春名が将来バレーの道を進むと思い込んでいた。兄が早くから「バレーで飯を食っていく」と決めていたので、きっと春名もそうなんだろう、と。
 しかし、春名は笑いながらそれを否定した。
『――俺は、普通に企業勤めをして好きな人と結婚して家族を作りたい。スポーツ選手なんてつぶしが効かないし、引退後の人生の方が遥かに長いだろ? だったら、バレーは趣味でいい。学生の間は本気でやるけど、職業としては考えていないよ』
 とても現実的な高校生だな……と思うけれど、十五歳の葵には、春名の語る未来も、その言葉や横顔も、なにもかも格好よく見えた。
 ただバレーが好きだからという理由で職業を決める兄とは大違いだ。
(――また、会えるかな……)
 ホームに続く階段を降りながら、葵は嘆息する。まもなく午後九時になる駅は、葵の心を映すようにとても寂しげだった。

「――ただいま」
 帰宅すると、リビングがやけに騒がしかった。玄関には見慣れた大きな靴が二足ある。うち一足はスニーカーで兄のものだ。もう一足は黒の革靴。
「お、おかえり」
「「「おかえり~」」」
「遅かったな」
 そこには、両親と共に我が物顔でソファーに座る兄と加賀谷が寛いでいた。あの革靴は加賀谷のものだったらしい。テーブルには空いたビール缶や食べかけのつまみや食事が並んでいる。四人とも楽しそうに団欒していた。
「また帰ってきたの?」
「いいじゃん。自分家【じぶんち】なんだから」
「帰ってきすぎじゃない?」
「わん!」
 まるで「そうだぞ!」と言うように愛犬のコユキが吠える。そんなコユキを葵は抱き上げてでれっとした顔で頬擦りした。
「コユくん、ただいま~」
 コユキは名前の通り、白い毛のもふもふボディを持つポメラニアンの男の子だ。ただいま四歳。食いしん坊で遊びたい盛りである。
「――そうだ、葵。また薬膳カレー作ってくれよ」
「えー。お店に食べに行けば?」
「お前の作ったやつの方がうまいし」
 葵は薬膳マイスターの資格を持っている。休みの日は腕を振るうこともあり、母は「冷え性がよくなった」父は「よく眠れるようになった」と言ってくれた。
 兄にも先日初めて振る舞ったのだが、案外気に入ってくれたらしい。
「つーわけで、やるぞ、薬膳カレーパーティー。宏樹も来いよ」
「行けたらな。お前の時間に合わせるの、会社員の俺には難しい」
「わたしも平日は無理」
 兄の試合は基本的に土日に行われ、オフは平日だ。したがって、自然と集まるのは平日の夜になる。しかし、葵も加賀谷も会社員のため、早い時間からは集まれない。
「じゃあ、俺の試合終わりにするか。日曜の夜とかどう?」
 どうあっても兄は薬膳カレーパーティーをしたいらしい。葵は兄の説得を諦めつつ、抱き上げていたコユキをおろした。
 冷蔵庫から夕食を取り出して電子レンジで温める。今夜は生姜焼きだ。お弁当箱を洗いながらお味噌汁を火にかけていると、加賀屋が缶ビールを持ってキッチンにやってきた。彼は葵の目の前でプルタブを開ける。プシュッと炭酸が抜ける音がして喉が急激に乾きを覚えた。
「――ほら、ビール」
「あ、ありがとう」
「いつもこんな遅かったっけ?」
「月初だし、今日は先輩が休みだったから」
 葵は泡がついた手をすすぎ、タオルで拭いて缶ビールを受け取った。そしていそいそと一口含む。
「――あぁ、美味しい……」
 喉に流れ込むアルコールとほろ苦い味わい。鼻に抜けるフルーティーさが、旨みを伝える。生き返る……と言いながら葵は口元を拭った。
(――いつの間に、ビールが飲める年になったんだろう……)
 いつか大人になると思っていた。そして、年齢だけは大人になった。
 自分ではそれほど変わったつもりはない。だけど、十年ぶりに春名に会って、彼の驚く姿を見て、時の流れを思い知る。
「そっか、お疲れさん。葵にしては珍しいと思って」
 葵は新卒で入社して以降、ずっと総務部に所属していた。総務部時代はあまり残業がなかったが、経理部に異動になり、月末月初はどうしても帰宅が遅くなってしまう。
「そういえば今日、ハル先輩に会ったの! 同じビルで働いていたんだって。びっくりした」
「へぇ~」
 葵は先ほど起きた奇跡のような偶然を加賀谷に報告した。だが、加賀谷から返ってきた反応は予想以上にそっけない。もう少し驚いてくれてもいいのに……と、葵は唇を尖らせた。
「もしかして、ハル先輩と会う?」
「会うというか、年に数回集まるからな。高校の同期で」
 当時の男子バレー部員は今も仲がいいらしい。夏はバーベキュー、冬は忘年会と定期的に顔を合わせているようだ。
「……そうなんだ」
「で、再燃したわけ?」
「えっ!? そ、そういうわけじゃないの。ただ、会ってびっくりしたって話で」
「ふぅん?」
 探るような視線を向けられて葵は否定した。葵の気持ちを加賀谷は知っていた。高校一年生のバレンタインの日に、加賀谷に泣きながら愚痴を聞いてもらったから。
「春名はやめておけよ」
「え、どういう……。もしかしてチャラい? 遊んでいる系?」
 春名のルックスならそれも頷ける。だいいち、女性が放っておかないだろう。きっと彼女のひとりやふたりぐらいいるはずだ。
 しかし、真面目な春名に限ってそんなことはない……と思いたい気持ちもある。
「……な、なに」
「――バカだな」
「え、な、なにが」
「バカだからバカって言ったんだ。ばーか」
「ば、バカって。理由がわからないから聞いたのに」
「わからないから、バカって言うんだろ」
「――いたっ」
 加賀谷は心底がっかりだと溜め息を吐き、葵の頭頂部に軽く手刀を落した。葵は頭を撫でながら恨みがましい目を向ける。そんな葵を見て加賀谷は笑い、何事もなかったかのようにリビングへと戻っていった。
「どういう意味なの……」
 葵はひとり、台所で夕食を食べながら加賀谷の言葉の意味を考える。しかし、すぐにわからず、加賀谷に教えてもらうこともできなかった。

 

(――食事をしにきたの。そう、目的は昼ごはん)
 それから数日後。葵はビルの二十階にある従業員食堂に来ていた。このビルで働く人なら誰でも利用できる場所。ただし営業時間はランチ時だけ。
 ビル近辺に飲食店は他にもあるが、お手頃な価格とフードコート形式の豊富なメニューで、従業員からの人気は高い。とはいえ、葵はお弁当ユーザー。入社して四年目になるが、ほとんど食堂を利用したことがなかった。貴重な昼休みに移動したり、列に並んだり……というのが非常に面倒くさいので。オフィス各階には休憩室があり、葵はそこでいつもお弁当を食べていた。
 だが今日はお弁当を持っていない。というのも、あれから何度かコンビニに行ったが、春名に会えずじまいだった。もしかすると昼は食堂かも、と思い至りぎゅうぎゅう詰めのエレベーターに乗って食堂まできたのだ。
(――って、会えたらいいなと思うけど期待しない。そう、お昼ごはんを食べないと。その前に席を探さなきゃ)
 休憩時間は限られているので、これで食事ができなければ本末転倒だ。一食ぐらい食べなくても死にはしないが、業務中お腹が鳴るのは恥ずかしい。
 葵は空席を探しながら彼の姿をも探してしまう。これだけ人が多いと探すのも困難だ。
 たとえ彼が居たとしてもわからないかも……と若干諦めモードに入っていると、記憶より男性らしい後ろ姿を見つけた。
 頭の形、肩の落ち具合、姿勢。髪が伸びても、Tシャツがスーツになっても、あの後ろ姿は――春名だとすぐにわかる。葵は席を探すふりをしながら遠目から窺った。
(――ハル先輩、いた……っ)
 春名を見つけた途端、鼓動が大きく跳ねた。心臓がドキドキして、キューっと締め付けられる。自分に気づいてほしい。でも、休憩の邪魔はしたくない。
 緩んでしまう頬を引き締めながら、ふと春名の正面に座っている女性を見て、すぐに視線を逸らした。
(――どうして……)
 脳裏で警鐘が鳴る。葵はあたりを見回して、ちょうど空いたカウンター席を確保した。ここなら彼らに背中を向けることになるので、気付かれないだろう。葵は席にハンカチを置き、財布を持つと彼らの目を避けるように食堂の列に並んだ。
(――どうして、高橋先輩が……っ)
 高橋清乃は葵の中学時代の部活の先輩で、春名の高校の同級生だ。春名は清乃を含めた四人でテーブルを囲んでいた。
(――もしかして、ずっと続いている……?)
 高校卒業を目前に彼らは交際を始めた。奇しくも葵が想いを伝えようと準備していたバレンタイン前のことだ。葵は春名に告白できないまま失恋した。
(――なんだ、そっか。……だからか)
 ようやく加賀谷の言葉の意味を理解する。春名が清乃と付き合っているから「やめておけ」と言ったのだろう。つまり、葵に見込みはないということだ。
(――よかった。また、間違うところだった……)
 加賀谷に「再燃していない」と言っておきながら、本当は春名のことが気になって仕方なかった。かつて好きだった人が、格好よくなって現れたのだから夢を見てしまった。けれど、同時に苦い記憶まで引っ張り出された。これはきっと「これ以上深みにハマるな」という警告だ。葵は失笑してしまう。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
「――ごろごろ秋野菜たっぷりハンバーグ定食でお願いします」
「ごろごろ秋野菜たっぷりハンバーグ定食ですね。九百二十円です。お支払い方法はいかがしますか?」
「電子マネーでお願いします」
 葵は春名のいる方を見ることなく、まっすぐ席に戻った。イヤフォンを装着し、動画再生アプリを開く。そして、周囲の音を遮断するように動画の再生ボタンを押した。


 清乃は、葵が中学校に入学した当時、女子バレー部の部長だった。彼女は小学生の頃からバレーをしており、技術も確かだ。しかしその一方で、未経験者を見下したり、練習に参加させなかったりといった態度が、周囲から反感を買っていた。
 ちょうど、前任の顧問が異動となり、部活は彼女の独壇場と化していた。新任の顧問はバレー未経験者。おまけに新学期という忙しさもあり、たまに顔を出す程度。部の状況を把握しているのかも怪しかった。
 そんな時、清乃のやり方に我慢できなくなった二年生が練習をボイコットした。その二年生に感化されて一年生の一部も練習に来なくなった。
 しかし、清乃はその問題を放置した。他の部員たちも清乃を恐れてか、その件についてなにも言わない。
 葵は仕方なく担任を通じてこの件を相談した。部活動の空気も悪く、せっかくバレーボールに興味を持ってくれた部員たちが辞めそうな勢いだったので。
 結果、清乃は新任の顧問や担任にも随分と叱られたらしい。おまけに、直後の大会で試合に出してもらえず、清乃は悔しい思いをした。だが、その一連の件について、告げ口した葵のせいだと思っている。その試合の後から彼女が引退するまで、葵は無視されるようになった。部活に参加してもいないものと扱われる。
(――そこから、高橋先輩は苦手なんだよね……)
 さいわい、清乃たちは夏の大会で初戦負けした。引退時期は最短だ。彼女がいなくなった部活動はとても風通しがよくなり、部員たちはのびのびと活動できた。
 そして中学校を卒業し、すっかり彼女のことを忘れていた矢先、高校に入学して清乃と同じ学校だったことに驚いた。清乃の進学先を聞いていなかった葵が悪いのだが。
(――だって興味ないと、どうでもいいんだもん……)
 ただし、葵は中学時代に足を負傷し、日常的に激しい運動ができないと医師に診断され、高校では選手として活動する予定はなかった。だから清乃を校舎で見かけることはあれど、直接的な関わりはない。――はずだった。
(――嫌いな人間を勧誘するほど人気がないって……)
 葵もまた兄と同様に、中学時代県の代表メンバーに選出されている。足の怪我でほとんど試合に出られなかったが、それでも選ばれたのは事実だ。
 そのことを知ってか、女子バレー部の先輩が葵の教室までわざわざ勧誘に来た。葵は怪我で選手として活動できないことを理由に丁重に断ったものの、清乃は葵の答えが気に入らなかったらしい。
 しばらくすると、見知らぬ男の先輩に呼び出されるようになり、そのたびに「男と遊びたいんでしょ? 俺暇だよ」と誘われた。中には縁の妹と知って、逃げていく人もいたが、立て続けに知らない先輩に呼び出されると怖くなる。
(――それで星野先輩がすごく怒って……。申し訳なかったな……)
 マネージャーリーダーの星野絵梨にその件を相談したところ、彼女が真相を確かめてくれた。黒幕は葵に入部を断られた女子バレー部。他の部活ならまだしも、男子バレー部のマネージャーに入部というのが面白くなかったらしい。また、自主練に付き合う葵を見て「普通に動けるじゃん、怪我って嘘だったの!」と思ったようだ。葵の足は日常的に強い負担が掛からなければスポーツをすることに問題はない。それに自主練に付き合うと言っても、長時間コートの中を走り回ったり、ボールを打ち続けたりするような激しいものではなかった。部員たちにも怪我のことは共有されているので無理しない程度で彼らのサポートをしている。
 それをきちんと説明できなかった葵にも非があるが、だからと言ってありもしない噂を流すのは違うだろう。知らない男性に呼び出されるのは普通に怖いし、一歩間違えれば大きな問題になりかねない。
 星野は部員の管理監督の責任を清乃に追及した。途中、掴みかかって揉み合いになったらしく、春名が仲裁に入るほどだったという。
 葵に謝罪した部員たちは、この場に清乃がいないことを不満そうにしていたのでなんとなくことの顛末がわかった。とはいえ、反省もしていない人に上辺だけの言葉を促すつもりはないし、謝ってほしいとも思っていない。葵は彼女たちの謝罪を受け入れ、この問題は解決した。
 ただ、春名に『怖い思いをさせてごめんな』と謝らせてしまった。
 彼はなにも悪くないのに、クラスメイトもいたからと言って謝罪した。
 おまけに、その騒動が終わっても春名は毎日教室まで葵を迎えに来るようになった。一年生の教室は校舎の三階で体育館や部室棟から一番遠いのに。
(――また、高橋先輩に会うなんて思わなかったな……)
 春名と再会できたことは嬉しい。素直に喜べる。だが清乃とは、できれば一生、会いたくなかった。社会人として付き合えるなら別だが、どうにも彼女とは話ができる気がしない。葵も歩み寄るつもりはないので、初めから近寄らないが吉だ。
 葵はぼんやりとしながら、もしゃもしゃとハンバーグを咀嚼する。動画の内容はまったく入ってこないし、音声も右から左だ。だが、いくらぼんやりしているからといって、突然目の前に手を翳されると、誰だって驚く。
「――わっ!? えっ!? なに……」
 驚いて隣を見ると、にこにこしながら葵を覗き込む春名がいた。いつの間にか隣に座っていたらしい。葵は慌てて耳からイヤフォンを外した。
「ど、どうしたんですか!?」
「吉川っぽい人がいるなと思ったから」
「び、びっくりしました」
「何回か呼んだけど、全然こっちを見ないからついね。驚かせてごめん」
 ごめんという割に悪びれた様子はない。葵は嬉しさを誤魔化しながら唇を尖らせた。
「もう、驚かさないでくださいよ」
「でも、全然気づかないし。なにか考えていた?」
「あ、そ、そうです。仕事のことを……」
 葵はもごもごと口籠る。さすがに本人を前にして「お二人のことを考えていました」とは言えなかった。
「そうだ。今度男子バレー部で忘年会をするんだけど、吉川も来ない?」
「いいんですか?」
「うん。俺たちが三年の時の二年や一年もくるし。ってか、ここ数年はそのメンツで集まることが多くなって。あ、星野が結婚するからそのお祝いも一緒にする」
「星野先輩、結婚ですか? えぇ~、おめでたい!」
 結婚って、もうそんな年なのか。月日が流れるのは早いな、としみじみ思う。
 たしかに彼らは二十八歳。葵もそうだが、結婚適齢期だ。もしかすると彼も清乃と結婚を考えているのだろうか。そう思うと気分が沈む。
「そういえば昔に、吉川と連絡先交換したつもりだったんだけど、探してもどれかわからないんだ。スタンプかなにか送ってもらえる?」
「実は、大学時代にキャリアを変更して、その時電話番号も変えたんです。それで引き継ぎがうまくいかなくて、たぶんいないと思います……」
 よって、高校時代の友人の連絡先はまったく知らない。大学時代の友人の優希と家族だけだ。社会人になるタイミングで、同期や同僚、加賀谷が追加された。彼はわざわざ葵の就職祝いを持ってきてくれたので、お礼を伝えるため、兄経由で連絡先を尋ねたのだ。
「あ、そういうこと? だから見つからなかったんだ」
「そうなんです、すみません」
「てっきりブロックされたのかと」
「いやいやしませんよ。えっと、コード出しますね」
 葵は動画停止ボタンを押してメッセージアプリを起動させた。そしてコードを出す。春名がそのコードを読み取ると「春名陽裕」が葵のスマホに追加された。
 春名と再び繋がれた感動がじわじわと込み上げる。口元がだらしなく緩んでしまいそうで、意識して引き締めた。
「ふたつのグループに招待するよ。ひとつは同窓会用で、もうひとつは星野の結婚を祝う用。あ、皆でプレゼントを渡すんだけど」
「はい、大丈夫です。わたしもお祝いしたいですから」
 春名は安堵した様子を見せて、それぞれのグループに葵を追加してくれた。すると、瞬く間に既読が付き、トーク欄が俄かに騒がしくなる。「吉川ちゃん!?」「生きてた!!」とすぐさまメッセージが届いた。中にはハートのスタンプを連投してくる猛者もいる。
「後藤先輩と村中先輩もお元気そうで」
 後藤と村中は星野と同じマネージャーの先輩だ。葵が入部した当時、三年生に三人マネージャーがいた。二年生はいなかったので、葵は三人に随分かわいがってもらったと思う。その二人からのコメントが多い。そんな二人に「仕事しろ」と文句を言う人もいて、思わず笑ってしまった。
「二人はすごく元気。ってか、皆反応速すぎないか」
「ちょうどお昼時なので、スマホを見ていたんですかね」
「いや、毎回〝どうして吉川がいないんだ〟って言う奴がいたから、ただ単に歓迎されているだけだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん」
 懐かしい人たちの近況がわかって、胸が温かくなる。卒業して十年経つが、今もこうして葵を気にかけてくれていることが嬉しかった。
「もしかすると、村中たちに買い出しに連れて行かれるかも」
「むしろ行きたいです」
「たぶん、全然帰してもらえないから覚悟した方がいいよ」
 春名が遠い目をする。先輩の宮地が二年前に結婚した。その際、彼女たちと春名の他数名で、結婚祝いを買いに行ったが「大変だった」と春名が零した。
「で、今回は被害に遭わないように、俺たちはただの財布係。プレゼントは二人に任せようってなって」
「言い方」
 春名の口ぶりに思わず笑ってしまう。彼もまた笑ってくれた。
「――そうだ、今度さ」
「陽裕?」
 まるで楽しい時間に水を差すように、聞きたくなかった声が割り込んできた。
 春名の言葉のその先が遮られてしまう。振り返ると清乃が立っており、葵は嘘がバレた時のような居心地の悪さを感じた。