異世界から帰還した元聖女ですが、逆転生した人気絶頂アイドル(元勇者)に結婚を迫られてます!? 1
第一話
「うう、思いつかない……」
私、間宮仁奈(まみやにな)は、小説家として生計を立てている二十五歳の独身女性だ。ペンネームはとある理由で『深爪(ふかづめ)』にした。
現在はデビュー作でもある『女子高生、異世界転移して聖女になる』(略して転聖)というシリーズを書き続けている。
日本で女子高校生だった主人公の咲菜が異世界に召喚されて聖女となり、ヒーローである勇者マインハルトと恋愛をしながら、魔王を倒すために冒険するという話だ。
私は高校在学中に転聖を書き上げて小説投稿サイトに載せたところ、それが運よく出版社の目に留まり、書籍が発売になった流れで、小説家になることができた。
ちなみに転聖は十巻まで出ている。コミカライズやアニメ化もされ、現在の部数はコミカライズも合わせると、一千万部を突破した。
人気が出ると続編の依頼もくるわけで、現在は十一巻のプロットに頭を悩ませている。
脳を使うと甘いものが欲しくなって、買っておいたチョコを開封したところで、電話が鳴った。
最近担当になった編集の榊(さかき)さんからだ。
「はい」
『深爪先生、お疲れ様です! プロットの進み具合はいかがですか?』
プロットというのは、話の構想のことだ。自分の頭の中にあるものを誰が見てもわかるように文章にまとめ、榊さんに提出してチェックして貰う。それを修正してOKが出たら、本文を書き始めることができる。
「不調です~……全然思いつかなくて……」
『頑張ってください! 読者の皆さん、新刊を待ち望んでますよ! そうだ。差し入れしますよ。何がいいですか?』
「いえ、そんな」
『深爪先生、チョコが好きですよね? 最近うちの会社の近くにできたケーキ屋さんのチョコレートケーキ、すっごく美味しいんですよ。濃厚だけど全然くどくなくて何個でもいけちゃう感じです! 中にサンドされてるラズベリーソースが絶品で! どうです? 食べませんか?』
「い、いただきます」
遠慮していたのに、美味しそうな食レポに負けた。
『じゃあ、明日持っていきますね! 焼き菓子も売ってるので、日持ちしそうなのを持っていきますから!』
「うう、ありがとうございます……」
『もう一度打ち合わせしましょうか。話しているうちに、良いアイディアも浮かぶかもしれませんし!』
「そうですね……じゃあ、お願いしてもいいですか? 忙しいのにすみません」
『全然構いませんよ! じゃあ、明日差し入れを持っていくついでにどうですか?』
「はい! お願いします」
榊さんはとても気の利く人で、行き詰まった時はこうして支えになってくれている。
ちなみに彼女は三十五歳で既婚、お子さんは二人。仕事も育児も完璧にこなすスーパーウーマンだ。
デビュー時からお世話になっている慣れ親しんだ担当さんから、最近榊さんに変わった。相性が合うか不安だったけれど、全然心配することなかった。以前の担当さんと同じぐらいいい人だ。
『実は今日お電話をしたのは、嬉しいお知らせがあるからなんです』
「嬉しいお知らせ?」
『はい! なんと、転聖……実写映画化が決まりましたよ!』
「えぇっ!? 本当ですか!?」
『詳細は、明日お伝えしますね!』
「はい! 楽しみにしていますね」
『いや~! 深爪先生は本当にすごいですよ。異世界ものはたくさん出版されていて、市場では正直飽和状態ですが、深爪先生の書かれるキャラクターたちはとても個性的で魅力があるので人気なんですよね。物語もすごく引き込まれますし! どうしたらこんなキャラや物語を思いつくことができるんですか?』
「え、えーっと……そのー……なんだか舞い降りてきた? 感じで?」
『舞い降りてきた!? ですか!?』
「そ、そうなんですよ。フワッと……ははっ」
『はぁぁ~……すごいですねぇ! あっ! 作業の邪魔をしてしまって申し訳ございません。それでは、また明日!』
「はい、明日よろしくお願いします」
電話を切った後、私は本棚から転聖の一巻を手に取り、大きなため息を吐いた。
「どうしたらこんなキャラや物語を思いつくことができるんですか……かぁ」
本当のことを言ったら、驚くだろうな。というか、絶対に信じてくれないだろうな。
この話は、私が実際に経験したこと──異世界に召喚された女子高生で聖女になった主人公の咲菜のモデルは、実は私……。
そう、私は異世界に召喚されたことがあるのだ。
異世界アークトチス大国に召喚されたのは、私が十六歳、高校一年生の夏だ。
学校帰りにコンビニに足を踏み入れた瞬間、眩い光に包み込まれ、気がつくとゲームの背景で見たようなおごそかな神殿にいて、ファンタジーな服を着た人たちに囲まれていた。
「成功したっ! 聖女様だ! 聖女様を召喚することに成功しました! 陛下、これで我が国は救われますっ!」
「へ?」
え、何? ここ、どこ? コンビニは?
「おお、聖女よ! 名をなんという?」
「仁奈……」
「ニーナ! そなたは我が国の救世主だ!」
「えっ!? 何、言って……」
「これで我が国は救われたも同然だ! ニーナ、頼んだぞ!」
魔王を倒すためには、異世界の人間の力が必要だったらしく、私を召喚したそうだ。
なんで私が選ばれたのかはわからないけれど、あれよあれよという間に聖女にまつり上げられ、私はアークトチス大国を滅ぼそうとしている魔王を討伐するためのパーティーに参加させられた。
そんなの怖いし、断りたかったけど、魔王を倒さないと元の世界に戻れないと言われたので参加せざるを得なかった。
私以外のパーティーメンバーは、神殿のお告げで三人選ばれた。
勇者は、マインハルト・エッカート、十八歳の男性で、エッカート公爵家の次男だ。金髪碧眼のイケメンで、THE・王子様という見た目。
魔法使いはロミルダ・ヒューゲル、十六歳で地方の神殿に仕えていたシスターだそうだ。同じ歳とは思えない色気を放っている魅惑的な人。すっごくスタイルがいい。
剣士はアルバン・リーツ、平民の十九歳の男性で、騎士団に務めていたそうだ。勇者とは違ったタイプの硬派なイケメンである。
「ニーナ、怪我をしてしまったよ。治してくれる?」
ここに来てからというもの、私には怪我や病気を治す力と、周りにいる人たちの潜在能力を高める力が使えるようになっていた。
「え、どこですか?」
「ここだよ。ここ、ささくれができちゃったんだ」
「さ、ささくれぇ? この人差し指に、ほんのちょっとだけピッと出てるこれのことですか?」
「ああ、そうだよ」
「こんなの治すまでもないですよ。爪切りで切れば……」
「じゃあ、ニーナが切ってくれる? 俺、不器用だから」
「マインハルトさん、この前ボトルシップを作るのが得意だって言ってませんでした? 絶対器用じゃないですか」
「覚えていてくれたんだね。嬉しいよ。それから俺のことは、そろそろ敬称なしで呼んで欲しいんだけどな。あと、敬語もやめて砕けた話し方がいいんだけど」
「いや、でも、年上ですし」
「そんなの関係ないよ。なんだか距離を感じるんだ。魔王を倒しに行く仲間なんだし、そういうのはよくないと思うんだ」
「まあ、確かに……」
「さあ、その可愛い手で俺の手をギュッと握って、ささくれを切ってくれる?」
「あ、別に握らなくても大丈夫です。じゃなくて、大丈夫だから」
「うん、砕けた話し方の方がやっぱりいいね。そして、ぜひ、手を握って欲しいんだ。ささくれを切るなんてとても恐ろしいよ。手を握って貰わなければ、とても乗り越えられない」
「マインハルト、この前、めちゃめちゃグロい魔物を倒してたでしょ。そっちの方が恐ろしいよ」
この通り、勇者マインハルトになぜか気に入られていて、何かとちょっかいをかけられ、猛アプローチを受けていた。
ちなみに私の容姿は平々凡々、中身も以下略……。
異世界の人間っていうのが、珍しいのかもしれない。普通なら、魅力的なロミルダの方へ行くはずだ。
「はい、切れたよ」
「ありがとう。ああ、ついでに爪も切って貰えないかな? それなら手を触ってくれるよね?」
「なんとしてでも触らせようとしてくるじゃん! しかも、切るとこないけど……というか、深爪じゃない?」
私のペンネームの由来は、ここからきている。
この日以降も、爪を切って欲しいと頼まれ、そのたび深爪だったのが印象的で、どんなペンネームにしようかと考えた時、これしか思いつかなかった。
「男としての嗜みだよ。いつでもニーナを抱けるようにね」
「だ……っ……抱かれないから!」
「ニーナは、いつになったら俺を受け入れてくれるの? 俺くらい、麗しい美貌の持ち主はいないよ?」
「自分で言わないでよ……」
マインハルトはナルシストだった。でも、それに頷けるほど、本当にハイスペックな男性なのだ。
「もしかして、ニーナは不細工の方がお好みなのかな?」
「そういうわけじゃないけど……」
「マインハルト、いい加減にしろ。もっと勇者として、慎みのある行動をとらないか」
マインハルトがグイグイ迫ってくると、剣士のアルバンが止めに入ってくれるのがお決まりだった。
「勇者が恋をしてはいけないなんて決まりはないよ。ああ、もしかして、羨ましいのかな?」
「だ、誰が……っ」
「ニーナは渡さないよ。ニーナは俺のお嫁さんになるんだから」
「な、ならないから! 魔王倒したら、元の世界に帰るし」
「魔王を倒すまでに、俺を選んでくれるよう努力するよ」
「いや、努力されても……ちょ……顔、近づけてこないでっ」
「ねーえ、ニーナ、この前のガムっていうの、まだあるぅ? くれたら、おっぱい触らせてあげる」
魔法使いのロミルダが私の腕に抱きつき、豊かな胸を押しつけてくる。
「まだあるけど、おっぱいは……」
いいかな、と言おうとしたら、マインハルトが割り込んできた。
「ニーナ、俺に振り向いてくれないのは、もしかしてそっちなのか!? ロミルダ、魔法で俺にも胸を生やしてくれ! 大きいのを頼む!」
「どっち!? 変な勘違いしないで!?」
「残念、そんな魔法ないわよ~」
「そんな……だが、大胸筋を鍛えれば、胸が大きくなるんじゃないか?」
「馬鹿か、お前は」
真剣な表情で呟くマインハルトを見て、アルバンが吐き捨てるように言う。ロミルダは私から貰ったガムを堪能し、笑っている。
「俺は大真面目だ」
マインハルトとアルバンが言い合っている中、ロミルダはクスクス笑いながら私にくっついてくる。
背中に胸が当たる。プニュプニュで、フカフカで、フニュフニュだ。
自分から触らせて貰うことは一度もなかったけど、今ではそのことをちょっと後悔している。
「ねぇ、ニーナ、国に帰るのはやめて、マインハルトのお嫁さんになってあげなよ。マインハルトって遊び人で有名だったのに、今じゃニーナ一筋で他の女なんてまるで興味がないのよ? 可愛いじゃない。それに公爵家の次男坊で家を継ぐうんぬんなんて面倒なことがないし、魔王討伐に成功したら大金持ちよ? これは逃す手はないでしょっ!」
「異世界から来た人間が珍しいだけだよ。それに私は帰らないといけないし……」
「どうせどこにいても嫁いだら実家を離れるのよ? 今急にそのタイミングが来たと思えばいいじゃない」
「嫁ぐなら、前もって家族との別れをするものじゃない? そもそも私、まだ女子高生だし……っ! 十六歳だし!」
「適齢期じゃない」
この国、結婚が早いのね……!
「私の国では、適齢期はもっと先だよ。まあ、マインハルトも私のことなんて、すぐに飽きるから」
「んふふ、そうかしらね」
ロミルダは何もかも見通しているような顔で笑う。その表情は、私よりもうんと年上のお姉さんのようだ。
「ニーナ、大きな胸と小さな胸なら、どちらがいい!? ニーナ好みになれるよう努力するよ!」
「いや、だから、そういう趣味じゃないって……」
「変な努力よりも、魔王を倒す努力をしろ。この色ボケ勇者が」
私のことなんて、すぐ飽きる……と思っていたのに、旅が進むにつれて、マインハルトのアプローチは激しく……というか、変質的なものになっていった。
旅をしていると、入浴できないことがある。汗もかいて、ベタベタだ。水浴びできればいいけれど、砂漠を越える時はそうもいかない。
匂いが気になる……。
みんな同じ状況なのだから、気持ちは一緒だ。だから、いつもより距離をあけるようにしているというのに……。
「ちょっと、近づいてこないで……」
「そんなことを言わないで。仲間なんだから、傍に寄るのは当たり前だろう」
マインハルトは、そんなことお構いなしで私に近づいてくる。しかもむしろいつもより近い。
ふわりといい香りがする。
なんで水浴びもできてないのに、いい匂いなの? どういう仕組み?
なんて考えていたら、マインハルトは私を後ろから抱きしめ、首筋に顔を埋めて、思いきり匂いを嗅いできた。
「スーハースーハースーハー……」
「ぎ、ぎゃああああああ!?」
バタバタ暴れても、鍛えられたマインハルトの腕からは逃れられない。
「馬鹿馬鹿! 嗅がないでよ! 変態!」
「ああ、なんていい香りなんだろう」
「そんなわけないでしょ! いやあああああ! お風呂入ってないのにーーーーっ!」
「あーあ、またマインハルトの発作が始まったわよ」
「マインハルト、やめんか!」
アルバンに止められ、ようやく解放されたけれど、しばらく水浴びすらできていない汚い身体の匂いを散々嗅がれた。
なぜ、そんなことをするのかアルバンに尋ねると、石鹸に誤魔化された香りではなく、素の匂いを嗅げるチャンスを逃すわけにはいかないと言っていた。ド変態にもほどがある。
恍惚とした表情で「とてもいい香りだった……」と呟いていたので、ドン引きしてしまった。
自分でも臭いと思う匂いが、いい匂いなわけあるかーっ!
変態行動は、日増しにエスカレートしていった。
着替えを覗く。私の洗濯前の衣服の匂いを嗅ぐ。しかもショーツまで……! 信じられない!
野宿で夜這いしてこようとしたこともあったけど「それやったら、大嫌いになるからね」と言ったら、それ以降、仕かけてくることはなかった。
王子様系のイケメンが台無しの行動ばかりだったけれど、決めるところは、きちんと決めるのがズルい。
「ニーナ! 危ない!」
聖女は魔物から狙われやすいらしい。
道中、何度も私めがけて、魔物が襲いかかってくる。そのたびにマインハルトが、いち早く気づいて私を庇ってくれた。
「ニーナ、大丈夫!? どこも怪我してない!?」
「う、うん、それよりも、マインハルトの方が……」
マインハルトは、時に大怪我をすることもあった。(聖女の力で治した)戦う姿は格好よかったし、庇ってくれて嬉しかったし、一番に私の無事を確認してくれる姿にドキドキした。
それでも、マインハルトとの関係を進展させるつもりはなかった。だって、私は元の世界に帰らないといけないから。