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恋はまだ知らない。

「うぅ……」
 新宿区内にそびえ立つタワーマンションの一室で、絵理菜は今日も呻いていた。ヤクザの志藤に買われて以降、絵理菜の口から呻吟が漏れない日はない。
(この服、っていうか衣装、すごくかわいいんだけど……)
 絵理菜は自分の身を包む衣装の胸元に手を当てた。ピンクの総レース、ふわりと広がるスカートは、少女のあこがれを体現したようなデザインだ。が、絵理菜は二十歳である。少なくとも絵理菜自身は、自分のことを少女だとは思っていない。
「つらい……つらいです……二十歳を超えてからのツインテールは……ッ」
「そんなの絵理菜ちゃん以外誰も気にしてないからだいじょうぶ。このギョーカイ、三十歳過ぎてからのツインテールも有りだよ! 大体みんな年齢詐称してるけど!」
「そんな業界の裏話は聞きたくありません……」
 うつむく絵理菜を、志藤の舎弟分である小林が励ますが、彼の激励は大体いつも的はずれだ。小林に撮影を任せ、壁にもたれていた志藤が言った。 
「どうせ演技なんかできねえんだから、素のままで困り顔してろ。それでじゅうぶんだ」
「うぅぅ……ッ」
 絵理菜はまた呻いた。つらい。つらすぎる。人権を侵害されている気がする。気がするというよりほぼ確実に侵害されているが、親の借金と奨学金でがんじがらめの身の上では文句は言えない。ここを追い出されたら、また路上生活に逆戻りだと絵理菜は自分に言い聞かせる。
 父は行方不明、母は借金を遺して死亡、さらに金のかかる美大に通う絵理菜には、奨学金という名の借金まである。夢を抱いて入学した美大を中退することだけは避けたくて、絵理菜は必死で働いた。最初から破綻寸前の生活だったが、決定打となったのはやはり母の借金だった。小林に騙され、危うくAVに出演させられそうになった絵理菜を助けてくれたのは志藤だが、もちろんタダではない。絵理菜はその類い希な画力と、男好きのするベビーフェイスと巨乳を買われ、コスプレエロ同人作家としてデビューさせられたのだった。すべては志藤の策略だった。
(志藤さんは、やっぱり本当に、ヤクザなのでしょうか……)
 志藤本人に聞いても、もちろん彼は正直には答えない。舎弟の小林いわく、「今時自分で正直にヤクザだなんて名乗るのはバカだよ。暴対法知らねーのかっつうの」とのことだったが、それは即ち、志藤がヤクザであると言外に肯定したようなものだった。志藤も小林もまるで男性モデルのような容姿だが、チャラさ全開の小林はともかく、志藤はその端整な頬に刀傷までつけているから余計に怖い。絵理菜は志藤を怖れずに会話できるようになったのは、最近のことだった。
(同人誌で、絵を描かせてもらえるのはうれしいんだけど、これは……コスプレは、しなければいけないものなんでしょうか……!?)
 絵理菜は何度も志藤に聞いたが、結果的には志藤の商才のほうが正しかった。絵の巧い作家など、今時ごまんといる。差別化して、本人の容姿も込みで売るべきだというプロデュースは見事、当たった。お陰で絵理菜はAVには出なくても済んだが、際どいコスプレ衣装を着させられるだけでも充分恥ずかしかった。
(けど、でも、AVよりは……!)
 知らない男といきなりセックスするよりはマシだとは、絵理菜にも思えた。そこまで考えてから、絵理菜はちらりと志藤に視線を送る。
 志藤と目が合いそうになると、絵理菜は慌てて顔を背けてしまう。絵理菜は、志藤の顔を直視できない。
(志藤さんは……『知らない人』じゃ、ないから……)
 今の絵理菜は、絵が描けない。数ヵ月前、暴漢に襲われ、指を折られたせいだ。骨折そのものは完治しているのに、何かが絵理菜の心を壊していた。絵が描けなければ自分は志藤にとって用済みのはずだから、AVに出るべきだと絵理菜も一度は覚悟を決めた。なのに、他でもない志藤がそれを承諾しなかったのだ。絵理菜にはそれが理解できない。売り物であるはずの自分が、なぜ売られないのか。
 無償で優しくされることには耐えきれず、絵理菜はある『条件』とともに、志藤に撮影を頼んだ。
 条件はただ一つ。志藤が男優役をしてくれること。
 絵理菜は、夜毎志藤に抱かれていた。撮影された映像は、まだ発売されていない。

 ◇◆◇◆

「おら、カメラ回してるぞ。ちゃんと演技しろ。敵に捕らえられて辱めを受ける魔法少女って設定だろ?」
「う、うぅ……た、助け、て……ッ」
 棒読みで、絵理菜は助けを求めた。絵理菜には演技などできないと知っているのに、志藤はわざとからかう時がある。意地が悪いと絵理菜は思う。
 撮影はいつも、マンション内で行われた。絵理菜は、いつも羞恥で極限状態だった。他の誰も見ていなくても、志藤が見ている。それこそ、刺さるような視線で。
「ンン……ッ」
 パフスリーブを引き下ろされ、あらわにさせられた乳房に志藤の指が沈む。大きすぎるその部分が、絵理菜には恥ずかしい。
「ひ、うッ……」
 大きな乳房には些か不釣り合いなほど小さい乳首が、志藤の指で押し出される。絵理菜のそこは陥没気味で、そうして無理矢理勃たされるのに弱かった。
「ン……や、ぁ……ッ」
 指先で揉みこまれ、柔らかかったそこが硬くなる。志藤の髪に手を置いて、絵理菜はぼんやりと辺りを見回した。
(あ、カメラ……映って……ない……)
  志藤の手から、デジタルカメラが落ちていることに、絵理菜は気づいた。それでは撮影ができないはずだと言おうとして、やめる。志藤がそれでいいのなら、絵理菜に異議を唱える理由はない。
「あァッ……は……っ」
 撮影されていないとわかると、絵理菜の心は少しだけ和らいだ。やはり、撮られるのは恥ずかしいのだ。志藤一人でも恥ずかしいのに、他の誰かに痴態を見られることなど、考えるだけで身が凍る。
(もう、恥ずかしいところ、たくさん……撮られちゃった、けど……)
 志藤に抱かれながら、絵理菜は追憶にまで羞恥を感じていた。胸も、性器も、全部撮られてしまった。花弁の奥や、恥ずかしい窄まりまで、全部。それだけでは済まず、志藤の雄蘂を呑みこんでいる場面まで撮影された。 
(い、や……っ)
 その時のことを思い出して、絵理菜は無意識に太ももをこすり合わせようとした。が、志藤の胴がねじこまれているせいで、足を閉じることは叶わない。開かれた太ももの付け根に、熱いものが滴るのが絵理菜自身にもわかった。下腹の奥に、痺れるような切なさを感じる。
「あぁ……っ」
 左の乳房を強く揉みしだかれ、右の乳首を優しく吸われて、絵理菜の腰が自然と揺れる。
「あぅ……っ」
 太ももの付け根から、下着の中に指を入れられ、膝が跳ねる。すでに熱く潤んでいる部分を、志藤の指先が優しく抉る。指先は冷たく感じられたが、自分のそこが熱いのだと気づき、絵理菜はいたたまれない気持ちになった。
「……あ……っ!」
 割れ目の上部にある膨らみを押された瞬間、花弁から濃厚な蜜が噴き出した。執拗にそこを弄られた後、蜜に濡れた花弁の中を少し強く掻き回され、絵理菜の唇から熱い息が漏れる。
「う……ぅ、……ン……ッ」
 じん……と痺れるような疼きに支配され、絵理菜の理性は蕩けていく。最初は恥ずかしいだけの行為だったが、志藤に抱かれるうちに、絵理菜はすっかり行為に溺れるようになってしまった。志藤は、そういう空気を作り出すのが巧いのかもしれないと絵理菜は思った。志藤以外に抱かれたことはないから、比べようはないけれど、志藤以外のことなど絵理菜には考えられない。
(志藤さんは……何を、考えているの……?)
 目を伏せて、行為に没頭しながら絵理菜は、志藤を想う。正確には、何を、ではなく、誰を、だった。
 絵理菜が知りたいのは、志藤の心だ。
「や……っ……だめ、ぇ……っ」
 思考はすぐに寸断される。志藤の愛撫が、激しさを増したせいだ。
「あ……ッ……そん、な、強く……したら……あ、ァ、ん……ッ!」
 愛液で濡れた指できゅっと強く淫芽をつままれ、コリコリと芯を揉みこまれ、志藤の胸板の下で絵理菜の肢体が揺れる。こみあげる絶頂感に、爪先がきゅぅっと丸まった。
「は……ぁぁ……ッ」
 ちゅく……と濡れた音をたてて、蜜肉が志藤の指で暴かれた。強くされたあと、柔らかい愛撫をされると、絵理菜は焦れったくて堪らなくなる。柔らかな蜜肉が、甘えるように志藤の指に吸いつくのが自分でもわかった。絵理菜の心に、新たな羞恥が湧く。 
「わたし、ばっかり……気持ち、よく、なるの……ずるい、です……」
 拙いながらも、絵理菜は志藤の愛撫に応じようとした。が、志藤は絵理菜に夢中の様子で、聞き入れない。
「志藤、さん、の、も……あ、ンぅ……ッ」
 志藤に向かって伸ばされた絵理菜の手は、そのまま掴まれ、シーツに押しつけられた。深く唇を重ねられ、絵理菜はうっとりと志藤の感触に酔う。
(好き……)
 言えない告白を胸に秘め、絵理菜は深いキスに応じた。志藤の口づけは、長く続いた。

 ◇◆◇◆

「うぅ……跡がついてる……」
 翌朝。一人でさっさと起き出してコーヒーを飲んでいる志藤を、絵理菜はじんねりと睨んだ。コスプレの撮影に支障が出るから、跡はつけないという約束だったのに、というより、それを約束させたのは志藤本人だったのに、志藤はゆうべ、絵理菜の肌にキスマークを刻んでいた。首筋、太もも、胸部、全身の至る箇所に紅く吸われた跡がある。これじゃあコスプレ撮影もできないじゃないかと、絵理菜は怒っていた。
「志藤さんが自分で、跡つけないって言ったのに……擦り傷とか絶対作るなって言うから、わたし、包丁も使えないのに……ッ」
 振り向いた志藤がコーヒーカップをサイドテーブルに置き、絵理菜の前に屈む。てっきり怒られるのか思い、絵理菜は肩をすくめて目を閉じた。
 予想に反して額に触れたのは、優しいキスだった。
 かすめる程度のキスをして、志藤はそのまま出て行ってしまう。自分の額を手で押さえ、絵理菜は首まで真っ赤になった。
(今の)
 口づけられた額が熱い。あんなに激しいことをした、翌朝なのに。額にキスされるほうが心を掻き乱されることに、絵理菜は自分でも驚いていた。
(謝ってる、のかな……?)
 志藤の考えていることなんか、絵理菜には少しもわからない。恋は、まだ知らない。