ベルリンへ風水旅行!
「あれ? なんでそんなに頑張って掃除してるの?」
仕事から帰って来たクリスは、スーツのジャケットを腕に掛けたままただいまのキスをすると、私の手にしている大きなゴミ袋を見て首を傾げた。
「だって明日は風水旅行なんだから、幸運が収まるスペースを作っておかないと!」
「あ、そうだったね。ぼくが手伝うこと、ある?」
「ほとんど終わったから大丈夫。ありがとう」
正直、占いはいいことだけを信じる私。でも去年、親友の美奈子が『風水旅行ってね、訪れる方角によって恋愛運、金運、仕事運その他諸々運気が良くなるんだよ!』と、熱く語るのを聞いてから、今年は実施してみようと思ってたんだよね。
部屋のどこに鏡を置くといい、西には黄色を、という定義は正直あまりピンと来ない。でも、掃除をしてすっきりしたら運気が流れるっていうのはなんとなく頷ける。まあ、一年に一度か二度の旅行で運を呼び込むというのなら、それもイベントとして楽しんじゃえばいいじゃない?
それに、クリスの吉方位は東南方面。ハンブルクから東南と言えば……ベルリン! 私のドイツライフの起点、ベルリンに行くのはやっぱり嬉しい。
「あ、風水旅行はね、吉方位は家族で行くならご主人様の吉方位に合わせるんだ」
「あれ? うちのご主人様はマミだと思ってたけど」
バスルームに行きつつ、振り返ってにやりと笑うクリス。うーん、憎たらしい。
翌朝は十時に出発。
やっと暖かくなり出した四月の空はからりと晴れているし、出だし良好じゃありませんか。
ドイツの高速鉄道ICEに乗ると、私は早速、彼に風水旅行のレクチャーを始めた。
「旅行先では開運行動があって、それらの行動をクリアすると幸運吸収率がアップするの」
「例えば?」
クリスは雑誌から目を上げ、可笑しそうに私に向く(ちなみに移動中に雑誌を一冊読んで捨てるというのも開運行動のひとつなのだ)。
「方角ごとに開運行動も違うんだけどね、今回の東南はとくに社会運、恋愛運がアップする方角で、ここでは例えば、ショッピングを楽しむ、眺めの良いホテルに泊まる、ご飯はパスタ、シーフード料理、ハーブを使った料理、トマトソース、ロゼ、白ワイン、ハーブティー……」
「何? 食べる物も決まってるんだ。面白いね」
「そうなの。まあ、私に任せてよ! ベルリンは私の庭なんだし!」
「それは頼もしい。じゃあ、一日ガイドお願いします」
午後一時前、ブランデンブルグ門正面に立つ、アドロンに到着。国賓はもちろん、マイケル・ジャクソンも泊まったことのある由緒ある五つ星ホテルだ。そのジュニアスイートを彼は取ってくれていた。
チェックインにはまだ時間があるので、私たちは荷物を預けたあと、観光客が徘徊するブランデンブルグ門を過ぎ、その南側に開設された、ホロコーストで犠牲になったユダヤ人の記念碑の方へ行った。
ぱっと開けた広大な敷地にコンクリート製の、大きいものは人の背よりも高い石碑がグリッド状に並んでいる光景は、一見テーマパークの巨大迷路のよう。でも、その中に入り込むと視界は狭まり、両側から石が迫ってくるような威圧感を感じ始める。どこが出口か、終わりがあるのかわからない恐怖は、捕らえられたユダヤ人が感じたものかもしれない。
「戦争が生む被害者達は、時代を超えても減ることはないよね。そして、ドイツはこの歴史を恥じ続けるんだ」
ふと足を止めたクリスが、きっぱりと言う。
「でも、この歴史があったからこうしてマミと会えたっていうのも事実なんだよな」
「まさか、その頃から私に会うっていうのは決まってなかったと思うけど……その間に選択肢はいっぱいあるんだし……」
「いや、決まってた」
すっと屈んだクリスにキスをされると、さっきまで石の向こうからさんざん聞こえていた観光客の声が聞こえなくなる。
「ぼくは、マミが住んでいた辺りを見てみたいな」
記念碑の石の迷路から出ると、クリスがすかさず言った。
「えっ、ダウンタウンだよ? あ、もちろん面白いけど、クリスは好きかなあ」
ベルリンの東南を占めるクロイツベルクはトルコ人が多く、昔は家賃が激安だったのでミュージシャンやアーティストのるつぼでもあるマルチカルチャーな地区だ。でも、公園にはアフリカから流れて来たドラッグのディーラーが立ってるし、アルコール中毒の人たちがたむろしている路地もある。私は三年の暮らしでそういうのを見慣れてしまったけど、ハンブルクのセレブ地区で育ったクリスには、そういう光景は不快じゃないかなと、ふと心配になった。
「マミが大好きな地区だって話してたし、すごく興味あるよ」
「そう? じゃあ、そこまで言うなら……」
地下鉄で私の住んでいた最寄り駅まで移動する。お気に入りの雑貨屋、レコード屋、その隣のケバブ屋、クロワッサンのおいしいパン屋も相変わらず健在だ。帽子屋や金細工職人のアクセサリーの並ぶショウウィンドウを過ぎ、あらゆる香辛料やナッツの揃ったお店、「今日は安いよ、明日は高いよ!」とトルコのおじさんが呼び込む食材屋を覗いていく。その度に懐かしい店員さんや、カフェの常連客に「ハロー、久しぶり」と声をかけられた。ベルリンを離れて一年近くになるのに、みんなに覚えられているのが嬉しくて、思わず「ハロー! 元気?」なんて手を振ってしまう。
「マミ、人気者だな」
「地元定着型ですから。といってもアジア人は目立つし、行動範囲が超限定なだけ」
自慢にならない自慢に私が胸を張ったとき、
「あれ? マミじゃね? ああ、やっぱりそうだ!」
聞き覚のある声がした。振り向くと、クラブ友達のアクセルが近付いてくるところだった。彼は人気DJをブッキングするエージェントに働くブッカーの一人で、週末はよく彼のゲストリストでクラブに出入りしていた。間近に来た彼は、がしっと昔のようにハグをした。
「久しぶり! 元気かよ! 時間あったらちょっとカフェ行かない? ハロー。おれ、アクセル」
彼の差し出した手をクリスはにっこり笑って「クリス。よろしく」と握り返す。私たちはさんさんと日が降り注ぐカフェの外の席に座ってオーダーをすると、近況を語り合った。
テーブルの上の手にクリスの手が重なっている。相づちを打ちつつも、アクセルを見る彼の目に緊張が現れているのに気付くと、変に意識してしまう。
「ハンブルクでもパーティー、行ってる?」
男友達に、慌てて首を横に振った。
「ううん、友達に赤ちゃんが生まれたし、ここと違って、あのクラブに行けば知ってる人に会える、って言うのがないから、もう行かないな。よほど好きなDJが回せば行こうかな、って思うくらい」
「たまにハンブルクのクラブでもやるからさ、連絡するよ。でも久々に誘って、またあの時みたいにひっくり返られても困るな」
「え、マミが倒れた?」
まるで、今すぐ私が倒れるのを心配するかのようにクリスは私の顔を覗き込む。私は握られてない方の手をアクセルに向かって、ぱたぱた振った。
「そんなっ、大袈裟だって!」
「でも、実際ひっくり返ったじゃん」
「あのときは、隣に座ってたヤングの吸ってた葉っぱで酔いが一気に回って立ちくらみしただけだよ!」
「『躍ってくる~』って立ち上がったと思ったら、マミ、すうーっと後ろにひっくり返ったもんな。オレが抱きかかえて外に連れ出してやったんだよ。重かったな」
「連れ出したはいいけど、普通側に付き添ってくれるよね!? 入り口の石垣の上に座らせ、放置したままあなたがさっさと中に戻ったのは、朦朧とした頭でもしっかり覚えていますから!」
「だって、真冬だぜ? あの寒さでTシャツ一枚じゃ三分ももたねえ」
「おかげですぐに覚醒しました」
「だろ?」
顔を見合わせて、爆笑する。
「あとさ……、」
「えっ、まだ何かあったっけ!? 私の封印したはずの黒歴史!?」
「いや、マミが喧嘩に巻き込まれた……」
「えっ……!」
クリスの手に力がこもり、思わず彼を見ると、さっきまで緊張気味だった顔がさらに強張っている。あ、何かとんでもない想像をしているんじゃ……。
「あ、あれは相手が勝手に勘違いして、何も無かったし!」
「飛んだとばっちりだったよな。あのDJの彼女、サラは嫉妬深いからな。マミ、浮気相手に間違えられて、クラブ中に響き渡るような声で、」
「うわああああ、ストップ!」
身を乗り出したが時遅し。
「『スシビッチ!!』って叫ばれたよなあ。あれは、すごかった」
「すごかったじゃないよ! ガンツ勘違い。それ、喧嘩にもならないって!」
「ていうか、直後、マミは持ってたビールでシャンパンファイトして相手ずぶ濡れ」
「暴力反対だし」
ほっとクリスが溜め息を吐く。
「別に怪我したとかじゃないんだ……」
「全然!」
ぶんぶんと首を横に振ると、アクセルも楽しそうに口を歪める。
「あとで普通にサラが詫びを入れてずいぶん仲良くなってたよな。あ、そうだ、船上パーティー企画してるから、よかったら是非。ハンブルクにも寄るし、そっから乗船して、イギリス、スペイン、最後はイビザ」
彼は革ジャンのポケットから出したフライヤーをくれた。カフェを出てアクセルと別れると、私達は夕暮れの公園を散歩した。
「彼は、僕の知らないマミをたくさん知ってて羨ましいな」
「え……」
クリスの、意外にも嫉妬深い一面を知っている私は、アクセルと私の友情が疑われているのかと、少し不安になる。でも、彼はすぐに笑顔を見せた。
「船上パーティー、仕事休めるように調整してみるから。一緒に行こう」
「本当? 嬉しい……。でも……あのね、クリス」
「ん?」
私は足を止めて彼を見上げた。
「これからの私を見ててくれるのは、クリスだけだよ。ていうか……これからもずっとずっと、私はクリスと一緒にいたいな……」
「うん。もちろん」
彼の優しい笑みが、さらに広がる。私は嬉しくなって、つないでいた手を引き寄せた。
「それでは、夕ご飯はとっておきのイタリアンにご招待しまーす」
私たちは公園を抜けると、その近くにあるリーズナブルで美味しいと定評の“ジーノ”でトマトソースのパスタと、シーフードのピザを食べ、ホテルに戻った。
バルコニーから見える、ライトアップされたブランデンブルグ門を堪能して再び部屋に入る。出しゃばりすぎない高級感、モダンとクラシックの調和した心地く、贅沢な空間。
用意されていたウェルカムシャンパンとスイーツに感激しながら、乾杯をする。クリスは飲み干したグラスを私から取ると、それをテーブルに置き、私をお姫様抱っこした。
「えっ、あれ?」
私が腕の中で状況を確認している間にベッドへと運ばれ、優しく押し倒されてしまう。
「ま、待って、シャワー浴びてから……」
「どうして? ぼくはマミのすべてが好きだって、知ってるだろ?」
クリスは聞く耳を持たずにブラウスを左右に開き、その手をシーツと背中のあいだにすべり込ませると、容易くブラジャーのホックを外す。
「あっ、ダメ……やっ」
二つの膨らみを剥き出しにされ、反射的に両腕で覆い隠すが、すぐに手首を掴まれて引き剥がされてしまった。
「明るいし……恥ずかしい」
「奇麗だよ」
クリスは上からじっと見つめる。私の首筋に唇を寄せて肌を軽く吸いながら、乳房を下から掬い上げるように捏ね回してくる。乳首を口に含み、舌で転がす。
「はんんっ」
既に期待で膨らんでいる乳頭が、さらに強張を増していく。
「マミがこんないやらしい声を出すなんて、ぼくしか知らないよね」
片手がシフォン素材のスカートの中に入って、下着の脇から差し入れられた指が襞の間でぬるりと滑らかに蠢き、既に濡れているのを自覚させられた。
「すごく硬くなってる。ほら」
舌先で左右に殴打され、その度に甘い刺激が全身を走り抜ける。乳房をいやらしく揉みしだかれながら、更には先端を大きく咥えられ、ちゅるちゅると吸い上げられると、どうしようもないほど激しい疼きが湧き上がってくる。
「あ……っふ……そこ、ばっかり……クリス……ぅ」
そんなつもりじゃないのに、甘えるような声音になってしまう。
「じゃあ、どこならいいの? ご主人様にお願いは?」
「えっ……」
「ぼくはマミのご主人様だって……」
「あっ……ご主人様って……そういう……んっ!」
彼は一気に私の下着をはぎ取り、自分も忙しげにズボンの前を開くと、そのまま熱くなった情熱を勢い良く、ねじ込んで来た。
膣道が広がる感触に全身が戦慄いた。自然と背が反り返り、滑らかな膣壁はクリスを嬉々として最奥まで誘い込む。ずんっと奥を突かれる重圧感にたちまち理性が飛んでしまう。彼が耳に口を寄せ、ささやく。
「これも開運行動のひとつだと思ったけど? 風水旅行は楽しむのが大事なんだろ? 今夜は一晩中楽しませてあげるよ」
クリスの顔に薄い笑みが浮かんでいる。普段はなんでも我がままを聞いてくれる彼だけど、こんなふうに妖しく瞳を光らせる彼には、どんな抵抗も意味がない。
彼がゆっくりと腰を振り始めると、隙間無く埋め込まれた場所から、大量に分泌した華蜜が?き出されて、ぬちゃぬちゃと湿った音が響き渡った。太くて熱い固まりが何度も何度も自分の体内を往復する。じっくりと高められて行く愉悦に意識が朦朧としていくなか、体に沸々と多幸感が満ちていく。
――結局……クリスが私の幸せなんだよね……。
揺れる視界の中で、私を見下ろす熱い視線を捕らえると、彼の首に腕を絡ませた。