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オネエな彼がこんなに絶倫だったなんて!?

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書籍紹介

王子系女子はオネエ男子に独占される

仕事がデキる、モテ男の志之が実はオネエ男子!?
真実を知るのは親友で彼に片想い中の葵結だけ。
私の前では素の自分をさらけ出してくれる。
でもきっと恋人にはなれない……はずだったけど!?
「トロトロに甘やかしてあげる」
普段は見せない雄の顔で迫られて。
淫靡なキスと愛撫に下腹を濡らし、熱杭を受け入れて悦びが身体中を駆け巡る。
オネエな彼のギャップに胸キュン!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
クール
シチュエーション:
幼馴染・初恋の人 | オフィス・職場 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

室崎志之(むろさきしの)

大手ランジェリーメーカーの営業部販売促進企画課チーフ。葵結の上司にして、高校生時代の同級生でもある、よき友人。表向きはクールなモテ男だが、実はオネエ口調な男子。

有坂葵結(ありさかあおい)

営業部販売促進企画課所属。女性社員にもモテモテな王子様系女子。かつて志之と付き合っていたこともあったが、とある事情で別れを切り出した。でもいまだに彼のことを……?

立ち読み

 それは、食後のカフェラテに口をつけたときのことだった。
「ところで、ほんっとーに室崎くんと付き合ってないの?」
 澄んだ青空の下、海と横浜ランドマークタワーを臨むフレンチカフェのテラス席という素敵なロケーションで放たれた一言は、その場にいる全員の興味を引いたらしい。今の今まで「午後から仕事嫌だなぁ」「さっきの研修なんだけどさ」と言っていたふたりの口がぴたりと閉じた。そして、おもしろそうな話題に入れろと言わんばかりに加わり、三人分の視線が一斉に向けられ──有坂葵結は、目を瞠る。
 思わず、口に含んだカフェラテをごくりと音を立てて飲み下した。
「ないよ」
 そうはっきり答えたのだが、三人は納得いかないという様子で矢継ぎ早に口を開く。
「なわけないでしょ!」
「さっきびっくりしたじゃん!」
「何か思い当たる節があるんだろ!?」
 他部署ではあるが、さすが同期。たびたび飲み会を開いて顔を合わせているだけあって、よく見ている。妙に感心しながらも、葵結は顔を綻ばせて驚いた理由を告げた。
「違う違う。昨日も部活の後輩に同じこと言われたから驚いただけ」
「……部活の?」
「後輩?」
 向かいに座る芳士戸と豊崎が順に首を傾げる。
「うん、高校のときのね」
 だから別にどうというわけではない、と言う葵結に、ふたりは目を瞬かせた。その様子に、葵結はあれと思う。
「私と室崎くんが、高校の同級生だったって言わなかったっけ?」
「知らないけど!?」
「今知ってびっくりしてるよ!?」
 あっけらかんと答えた葵結に、芳士戸と豊崎が驚きの声をあげた。
 隠すつもりも、互いに隠そうと示し合わせたつもりもない。単純にそういう話題にならなかっただけで、何もやましいことはなかった。葵結は、ふと気になって隣の高橋を見やる。話題に上がった室崎とは同性同士距離も近いことから、彼にはなんでも話していると思っていたのだが、高橋の表情を見る限りどうやらそうではないらしい。
「あれ、確か大学も一緒だったよね……?」
 入社してすぐ、同期で飲みに行った際、出身大学も添えて自己紹介した記憶を引っ張り出してきたのだろう。豊崎が確認するように言った。
「うん」
「え、ちょ、ちょっと待って?」
 困惑した芳士戸の声に、葵結は彼女のほうを見た。
「高校も大学も一緒で、部活の後輩に同じこと言われたってことは、部活も?」
「そうだよ。演劇部で、ついでに生徒会も一緒だったはず」
 十年ぐらい前のことを思い出しながら語る葵結の前で、芳士戸が両手で顔を覆った。
「やだ、どれだけ一緒にいるのあんたたち!」
「それで付き合ってないとか、正気か!?」
 彼女の発言に、高橋も驚きの声をあげた。この話をすると、だいたいみんな同じ反応をする。学生時代に何度となく言われたことを思い出し、懐かしさのあまり口元が綻んだ。
「よく言われた」
「なのに、付き合ってないんだ?」
 豊崎のなにげない問いかけに、葵結は何度となく口にした彼との関係を語った。
「うん。私たち、友達だから」
 持ち上げたカップに口をつけたところで、海側からの心地いい風が葵結の髪を揺らし、頬を撫でていく。ミルクのほんのりとした甘さとコーヒーのほろ苦さが口の中に残った。
 置いたカップについたグロスを指の腹で拭いながら、ふとした疑問が口をついて出る。
「でも、どうしてそんなこと聞いたの?」
 この話題を振った張本人を見ると、いつの間に顔から手を退かしたのか、コーヒーを飲んでいた芳士戸がカップを置く。
「んー、ちょっと面倒なことがあってさ」
「面倒なこと?」
 先を促すように言う葵結に、芳士戸は小さく息を吐いた。
「実はさ、私の後輩が室崎くんのことをどこで見たのか気に入ったらしくて、私に紹介してほしいって言ってきたんだよね」
 困った様子の芳士戸に同情する。この手の話は昔からあった。
「まあ室崎くん、イケメンだし? 同期内では一番の出世頭じゃん? さらに長身で、人当たりもよくて優しい……なんていうか、御曹司属性のないスパダリなわけですよ」
「これで御曹司属性まであったら、設定特盛だぁね」
「ほんそれな」
 カフェモカを口にした豊崎がのんびりとつっこみ、高橋が笑いながら同意した。
「そういうわけで、密かに室崎くんを狙ってる肉食女子のおねえさま方やら、後輩ちゃんたちを私は何人か知っているわけで、ぶっちゃけ今回が初めてってわけじゃあない」
「芳士戸がいるの秘書課だもんねー」
 うんうんと頷きながら豊崎が言い、カップをソーサーに置く。
「確かに、いい男を捕まえるために仕事も自分磨きも怠らない諸先輩方は、ハイスペック男子と結婚していきました! でーすーが、誤解しないでいただきたいのは、うちには仕事に生きるかっこいい女性が数多くいるということ! おもてなしの心で職務に従事するプロフェッショナルなんです!」
「そうだね。社内報作ったときに、それは十分伝わってきたよ。でも今は少し置いて、話を元に戻そうか」
 脱線して熱く語り出す芳士戸の話を、豊崎がやんわりと元に戻す。
「うん。ありがと、豊崎。それで、今までだったら室崎くんの気持ちもあるだろうし、プライベートなことだからうまーく言って適当にかわしてたんだけど、今回はちょっと逃げられそうになくて」
 ふぅ、と愛らしい唇からため息をこぼし、芳士戸は物憂げな表情をした。
「その後輩、常務の姪御さんなんだよね」
 一瞬で同情にも近い空気になる。
「……あー……それは」
 さすがの豊崎もそこから先は続けられなかったらしい。周囲も、あえて何も言わず苦笑を浮かべるだけにとどめた。
「たぶんだけど、どうにかなる。でも、近年うちの系列グループでおめでたいことが重なったじゃない? それで重役のみなさま、それも年頃の娘をお持ちの方々が地味ーに焦ってるような、そうじゃないような話を聞くような、聞かないような……」
「どっちだよ」
「どれも実際に私が聞いたわけじゃないから、はっきり言えないの。察して!」
 高橋の呆れたつっこみに、芳士戸も泣きそうになりながら反論した。
「私が実際に巻き込まれてるのは、常務の姪御さんが、室崎くんのことを気に入ってるってことだけ。仕事もできるし気配りもできる、すごくいい子なんだけど……」
 芳士戸が、ちらりと葵結を見る。
「けど?」
「私が紹介したくないんだよね」
「……どういうこと?」
「なんていうか、私の中では室崎くんと有坂が最推しなわけですよ」
 最推し。
 芳士戸の発言から、その場にいる三人の頭上に同じ言葉が浮かんだことだろう。『推し』という概念は知っていても、実際に他人から推されることはほとんどない。それを目の当たりにしたせいか、芳士戸以外みんなぽかんとした表情をしていた。そんな周囲などおかまいなしに、芳士戸はテーブルに置いた手をぐっと握りしめる。
「いや、いっそのこと同期全員推してるから箱推しなんだけれども!」
 箱推し。
 それは、ありがとう。──葵結と同じく豊崎、高橋の心の声も聞こえるようだった。
「だってあんなにいた同期がどんどん辞めていく中、部署は違えどここまで一緒に働いてきたんだよ? 仲間意識が芽生えるのは当然だと思わない? 私は思うよ!」
 興奮した芳士戸が、今にもテーブルを叩かん勢いで言い、高橋が同意するように頷いた。
「あー、まあ、なんとなくわかる気がする。同じ営業部とはいえ、仕事内容が違うから他部署みたいなもんだけど、室崎と有坂のいいコンビっぷりが俺の耳にまで入ってくると、同期として嬉しくなってくるもんな」
「でしょ!? ほんっと、室崎と有坂の仕事っぷり、見てるこっちも最高に気分がいいから好きなんだよね。そういうわけで、この中から同期婚が出るのを期待するのはしょうがないことだと諦めてほしいし、私自身もぶっちゃけ結婚したい!」
 芳士戸から浴びせかけられた熱意に、豊崎と高橋が揃ってうんうんと頷く。
「私たち、もう二十八だもんね……」
「周囲の友達は駆け込むように結婚するし、三十が近づくだけで焦ることはないのに妙に焦るっていうか、まだ大丈夫って自分を慰める回数が増えたっていうか!」
「わかる!」
 豊崎は隣を向いて芳士戸と手を握り合った。
「まあ、そうだよな。結婚式に出席するたび、なんつーか人生を考える機会は増えた。今はぴんぴんしてても、親もそういつまでも元気ってわけじゃないしなー」
 ため息とともに吐き出された内容に、芳士戸と豊崎の顔が高橋に向けられる。
「……高橋でも人生考えることってあるんだ」
 呆けたように言う芳士戸に、豊崎が黙って頷いた。
「おまえら、俺のことなんだと思ってるの……」
「ごめんごめん」
「確かにそう思われるぐらい適当に生きてきた気はするから、そろそろ自分のこと考えようとは思ってるよ。この間辞めた水本だってキャリアアップで転職してったしな」
「少なからず、最近辞めてった同期は寿退社だけじゃないもんね」
「男女関係なく、人生を考えるような年齢を迎えてしまったのかー」
 はあ。──葵結以外の三人から、特大のため息が同時に漏れる。
「まあ、そういうわけで」
 気持ちを切り替えるような清々しい声で、芳士戸はテーブルに伏せられている伝票を手に取った。
「これから先どうなるかわからないけど、会社を去っても去らなくても、同期がみな等しく幸せであることを願っているので、みんなの幸せな報告を待ってます!」
 言いながら、手にした伝票をテーブルの中央に置き、
「ということで、お時間です。まだまだ話し足りないけど、午後も仕事がんばろっか」
 芳士戸のかわいらしい笑顔が青空の下でよく映えた。
 研修後の気分転換と称したランチタイムは、これにて終了。
 それぞれ出したランチ代を芳士戸が取りまとめ、支払いをすませて各々仕事に戻る。
 秘書課の芳士戸は所用があると言ってひとり別の駅に向かい、広報の豊崎と営業の高橋はそれぞれ別の理由で本店に、そして葵結だけが本社に戻ることになった。
 乗り換えで途中下車したふたりと別れ、葵結はひとり電車に揺られる。
 気持ちよく船をこぐサラリーマンや、音楽を聞く学生らしき男性、読書をする中年男性、他にもスマートフォンを操作している女性もいたが、誰もが自分の世界に没頭していた。
 これが都内と横浜を結ぶ路線だとは思えないぐらいの穏やかさだった。
 時間帯と車両にもよるが、普段電車移動する都内の路線はもう少し騒がしかった気がする。そんなことを思いながら、葵結はドア付近でぼんやり窓の外を眺めた。
(みんな相変わらずで楽しかった)
 今日は半休を取って会社の研修で横浜支社まで来たのだが、まさかそこで同期に会えるとは思ってもみなかった。研修終わりに豊崎とばったり会い、そこに芳士戸、高橋が加わったら、ランチでもどうかという話になるのは自然な流れだ。あのメンバーが揃うとだいたい話題がとっちらかるのだが、葵結はそれを聞いているのが好きだった。
 今日もまた話題がいったりきたりしていたのを思い出し、自然と笑みが浮かぶ。
(あ。……そろそろ切らないといけないかな)
 ふと、窓に映った自分の姿を目にして、そんなことを思う。
 忙しさにかまけて自分のメンテナンスがおろそかになることが多く、気づくと髪は伸び放題。そこで導入したのが、襟足短めの前下がりボブだった。襟足が伸びたら美容院に行こうと決めていたのだが、すっかりうなじまでかかっている。
 それにも気づけないほど忙しいのかと嘆息した。
 こうして、あっという間に時間が過ぎていくのだろう。
 先程、同期たちが憂慮していた話題が頭をよぎる。
(人生か)
 葵結自身、考えなかったわけではない。
 まだ二年あるとはいえ、三十を目前にしたら年齢によるライフステージを嫌でも感じることが増えた。転職や結婚。どれも言葉にしてみればたった一言。だが、その言葉の裏にある事情はさまざまだ。親が倒れて実家を継がなければいけない友人もいた。結婚後も仕事を続けるつもりでいたが、旦那の仕事都合で引っ越すことが決まり、泣く泣く辞めていく同期もいた。他にも事情は違えど人生の岐路に立った友人や同期も、一度は悩んでいる。
 人の数だけ事情があり、人それぞれに背負う荷物は違う。
 いろいろな人の話を聞き、人生の重みだけが増していくのを感じながらも、葵結が不安や焦りを感じずにいられたのは、支えてくれる大切な友達がいたからだ。
『大丈夫。そのときがきたらあたしが一緒に悩んであげるから』
 その人さえそばにいてくれれば、葵結は何もいらなかった。
(……いつも助けられてばかりだな、私)
 思えば、この身長がコンプレックスにならなかったのも、友達のおかげかもしれない。
 葵結は世の中にいる女性の中では、身長が高い部類に入る。
 だからといって、長身でもない。あと五センチあったら、女子バスケや女子バレーボールから声がかかったかもしれないという中途半端さだ。
 髪も短く、女性らしい格好が似合わなかったことから、親しい女友達からは『葵結が男だったら絶対彼氏にするのに』とよく言われていた。
 それを嫌だと思ったことは一度もない。
 みんなが喜んでくれるのならと、周囲が望む『有坂葵結』になろうとした。だが、高校生になってからも、部活で男役を求められたり、中学と変わらないことを言われたりしていたら『周囲が望む自分』でいるのに息苦しさを感じるようになった。
 きっと、求められるままに自分を押し殺してきたのだろう。その反動で、時折かわいいものにどうしようもなく触れたくなる瞬間があった。似合わないとわかっていても、フリルのついたドレスが着てみたい──という強烈な欲求が。
 そこで葵結は、放課後に誰もいない演劇部の部室に忍び込み、衣装のドレスをこっそり着てみた。が、鏡の中に、思い描いていたお姫さまはいなかった。いるのは、肩幅が邪魔をして背中のファスナーが上がらず、裾も足りなくて足首が見えている間抜けなお姫さま。
 ああ、やっぱり似合わない。
 鏡の中にいる、泣きそうな顔をした自分を見て、どんなに男役を求められても、周囲から理想の王子さまを望まれても、自分の本質はやはり女なのだと理解した。
 そんなときだ。
『サイズがぴったりなら、もっとかわいいわよ』
 友達が、今にも泣き出しそうな葵結を見つけてくれたのは。
『そんなに泣くことないのに』
 振り返ってぼろぼろと泣き出した葵結に駆け寄った友達は、そう言って涙を拭い、そっと抱きしめてくれた。
『葵結は、そのまんまでいいの。そのまんまがいいんじゃない』
 そのときの気持ちを、葵結は一生忘れないだろう。
 自分でいていいのだと、教えられた瞬間を。
 その瞬間があったからこそ、葵結は自分を受け入れられたのかもしれない。今ではあの頃より丸みを帯びた身体になり、少し髪を伸ばしたことで多少は女性らしい服装も似合うようになった。そして何より、この中途半端な身長も含めて今の自分を受け入れている。
 そう思えるようになったのも、友達のおかげだ。
(がんばろ)
 ほんの少し下がっていた視線が上がったのと、降車駅に着いたのはほぼ同時だ。電車を降りた葵結は、差し入れを買ってから会社に戻ろうと思い立つ。駅ビルで目当ての菓子を購入してから会社へ向かうと、道すがらビルの街頭大型ビジョンが目に入った。
『ワタシを、大人かわいいでラッピング』
 そんなナレーションとともに、動画が流れる。
「あ、これカルマンのCMでしょ」
「私このシリーズ好きなんだよねー」
「私もー。今度、和モノの新作出るらしいよ」
 すれ違いざまに聞こえた通行人の声に、葵結は密かに握りこぶしを作った。
 株式会社カルマンといえば、人気のランジェリーブランドをいくつも展開している大手下着メーカーだ。カルマンが作る下着は女性の美しさを際立たせるとして有名で、世代を超えて愛されている。
 人々の美しさと幸せをサポートしたいという理念のもと、製造から販売を一手に担い、日常に寄り添う商品開発だけに留まらず、今ではブライダル関連事業にも参入している一大企業グループだ。
 葵結は、そこの営業部販売促進企画課で働いている。
「──ただいま戻りました。あとこれはみんなで……」
 フロアに戻ってきた途端、全員の視線が一斉に葵結へと向けられる。ランチのときよりも人数の多い視線に、葵結は一瞬たじろいだ。
「有坂さぁあああん!」
「有坂さん、あの」
「バターフィナンシェだ、やったぁ!」
「じゃあ私は紅茶淹れてきまっす」
 葵結は自分に向かって駆け出してきた新人ふたり(ひとりは涙目ですがりつき、もうひとりは不安しかない表情を浮かべている)をまずは抱きとめ、席を立ったひとりを見送りつつ、紙袋を見ただけでテンション爆上げでやってきたひとりに差し入れを渡した。
「ありがとうございまっす」
 それを元気に受け取った彼女は、いそいそとデスクに戻っていく。
 そこでようやく、葵結は腕の中のふたりを解放した。
「さ、話を聞かせてくれる?」
 優しく言う葵結に、ふたりは順に何があったのかを説明してくれた。
 それを聞くに、どうやら他部署の部長に突然仕事をゴリ押されたようだ。
 ブランドチームがどうしてもと指名してくれるのはありがたいが、こちらにもこちらの都合と抱えている仕事がある。その調整をしているのがチーフの室崎で、彼を補佐しつつ仕事をしているのが葵結だ。今日に限ってチーフは会議、葵結は研修で会社にいなかったことから、強引に仕事を押し付けられたらしい。正直、その状況でゴリ押すほうがどうかしているのだが、ときどきこういう強引な手段をとる人間は少なからずいる。
 そういう場合の対応を学ぶのも、社会勉強のひとつと思うしかない。
 申し訳ないと言って涙目になるふたりをなだめつつ、研修とはいえ葵結自身もいなかったことを詫びた。聞けば、葵結が戻ってくるまで昼も食べていないというので、まずはふたりには一旦落ち着いてもらうべく、差し入れのバターフィナンシェを手渡してランチに行ってもらった。
 それからすぐに次のタスクに取りかかるべく思考を切り替えた直後。
「チーフへの報告と、私の進捗はおふたりにメールで送ってありまーす」
 背後から聞こえた声で、葵結は振り返る。
「とりあえず、依存関係のないタスクで今私にできることをなるはやでやっているので、急ぎのものがあったらいつでもタスク振ってくださいね」
 デスクで葵結へ親指を立てた彼女──相馬は、バターフィナンシェを口に咥えてから高速でタイピングをしていった。そこへ紅茶を淹れて戻ってきた彼女──清水も、落ち着いた様子で続ける。
「私もスタンバってますから、有坂さんは有坂さんの仕事をしてください」
 新人たちの様子に気づきながらも、不安を与えないよう今できる自分たちの仕事をしてくれていたようだ。あとは任せてください、という空気が伝わり、頼もしくなる。
「ありがとう、助かる」
「だてに、室崎さんと有坂さんの仕事っぷりを見てませんからね」
「ふぉうふぉう」
 そう言って、各々の仕事に戻っていく彼女たちを見て、葵結も気持ちを切り替えた。
「何かあったらすぐ電話して」
 ふたりが揃って右手を上げたのを見届けてから、葵結は踵を返してフロアを出た。
 気持ちは急くが、走るわけにはいかない。
 歩く速度が少し速くなるぐらい許してほしい、などと誰に言うわけでもない言い訳を胸にエレベーターのエントランスを通り過ぎ、階段を駆け下りた。
(たぶん、カフェにいると思うんだけど……)
 二階のワンフロアを丸々改装した社内カフェは、ところどころに置かれた緑のおかげで開放感がある。休憩だけでなく、ノートパソコンを持ち込んで仕事をしたり、会議する場にも使われていた。カフェの端には歌舞伎の花道のような大きな台が設置されており、それをテーブル代わりにする人や、作業台にする人もいる。葵結たちは、そこをランウェイとして使うことから、イメージを伝えやすいという理由で会議場所にカフェを指定することも多い。だから、ここにいるとばかり思っていた。
(……いない)
 当たりをつけてやってきた社内カフェをぐるっと一周回ってみたが、探し人の姿を見つけることはできなかった。もしかしたら入れ違いになったのかもしれないと思い、葵結が戻ろうと振り返った瞬間。
「おっと」
 目の前が暗くなり、頭上から声が落ちる。
 葵結が慌てて一歩下がると、両手を上げている営業部のエース・服部が爽やかに笑った。
「有坂さんだったか」
「服部さん、ぶつかってすみません」
「大丈夫。急いでるときこそ、気をつけてね」
「はい。ありがとうございます。失礼します」
 葵結は会釈をし、中に入る服部とすれ違うようにしてカフェを出た。少し先にあるエレベーターのドアが閉まっていくのを見て、葵結が階段のほうへ足を向けると。
「室崎くん?」
 壁際で佇んでいる探し人──室崎志之の姿があった。
 葵結の声が届いたのか、スマートフォンに視線を落としていた彼の顔が上がる。キリッとした目元に綺麗な鼻筋。女性社員たちの間で噂されている彼の整った顔が、ゆっくりと向けられた。
 だが、目の前にいる彼は彼女たちの知っている“彼”ではない気がする。
 駆け寄った葵結を視界に入れた瞬間、彼の瞳がほんの少し揺れたのがわかった。

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