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絶倫すぎます、鬼部長!

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書籍紹介

こんなにムラムラするのは、ぜんぶ君のせいだ!

「君のいい匂いを嗅ぐと堪らないんだ」荒々しく性急なキスに息もできない織江。ついこの間まで、そりの合わない上司だった成親に抱かれるなんて。普段は見せない雄の表情にどぎまぎしていると……。誰も到達したことのない深部まで貫かれ、痺れるような快感が突き抜ける。「もっといっぱいしよう」絶頂に達したのも束の間、底なしに求めてきて!? 鬼部長と淫らな愛!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
上司・先輩
シチュエーション:
オフィス・職場 | 玉の輿・身分差 | 甘々・溺愛 | お風呂・温泉
登場人物紹介

山之前成親(やまのまえなりちか)

ナラハマシステムズの部長。有能で、ストイック、仕事ひとすじ。彫りが深く整った美形であるが、いつも不機嫌そうな表情。織江の遅刻癖を徹底的に直そうとしている。

持田織江(もちだおりえ)

契約社員のプログラマー。いつも遅刻ばかりしてしまうため、上司である成親に目をつけられた。成親に恋人がいないことをバカにされ、合コンにすべてをかけるが……。

立ち読み

 据わった目つきでこちらを睨みつけ、山之前成親は言い放った。
「今日は絶対に帰さないからな。この部屋からは一歩も出られないと思ってくれ」
 口説き文句に聞こえなくもないこのセリフは、残念ながら紛れもない脅しである。
 持田織江はいたたまれない気持ちになり、モゾモゾとオフィスチェアに座り直した。
 ここはナラハマシステムズ株式会社(略してナラシス)のオフィスにある、Gミーティングルーム。
 GとはGreenのGで、文字通り室内は緑を基調としたインテリアで統一され、隅には観葉植物であるゴールドクレストの『ゴル君』が鎮座していた。
 ちなみに、ゴル君の名付け親は織江であり、水遣りなどのお世話も担当している。
 季節は六月の上旬だというのに、織江はまるで真冬みたいな寒気を感じていた。正面に座っている成親が凍てつく波動を放っているせいかもしれない。
「ここ、なんかすごく寒くないですか? さっきから寒気がとまらないんですけど……」
 織江は自らを冷気から守るように抱きしめ、肩から腕をさすりながら言った。
「いーや、ちっとも寒くない。むしろ僕は今、軽く汗を掻いているぐらいだ」
 成親に否定され、織江は少しムキになって言い返す。
「いえ、これ絶対エアコン壊れてますよ。ちょっと私、今から総務に行ってきま……」
「話を逸らすな!」
 成親は強い口調で語尾を遮ると、急に立ち上がり、部屋を出ていった。
 と思ったらすぐ戻ってきて、テーブルにドンッ、と灰色の四角い機器を置く。
「ほら、気温を見てみろ。今、二十四度だ、適温だ。寒くない。寒いわけがない!」
 わざわざ温度計持ってくるなんて、嫌味っぽくないですか……?
 と思ったけど、口にするのはさすがにやめておいた。なにをされるかわからない。
 成親の全身から放たれる、「今日こそはおまえを絶対に逃がさん!」という強烈なオーラに気圧され、一刻も早くこの場を終わらせようと、織江は口を開いた。
「あの、部長? その、案件も立て込んでますし、納期も迫ってますし、部長もお忙しそうですし、私ごとき契約社員に部長の貴重なお時間を割いていただくのは申し訳なく……」
「申し訳なくなんかない」
「いや、けど、こんな些末なことよりもっと大事なことが……」
「とんでもない。些末なことなんかじゃない!」
 成親は身を乗り出し、声を張った。
「いいか。君の件は超超超重要だからな。定例会よりもレビューよりもコンペよりも、すべてのあらゆる会議よりも、君のことだけを優先させ、僕は今、ここに座っている」
 ありがとうございます、と言うべきかな。まったくありがたいとは思えないけど……。
 成親は威圧するように両腕を組み、きっぱりと言い放った。
「君の件が片付くまで、僕はここを一歩も動くつもりはない!」
 さっき温度計取りに行ってましたよね?
 なんてツッコミをしたら絞め殺されるかもしれない。冗談が通じる相手ではない。
 どうやら、織江の件をこの場で徹底的に片付けるつもりらしかった。
 あーあ、山之前部長。これでニコニコさえしてくれたら、ため息が出るようなイケメンなのに、もったいないなぁ……。
 そんなことを考えながら、織江は著しい残念感に襲われる。
 成親は、他に類を見ないほど整った顔立ちをしていた。痩せてシャープな輪郭に、七三オールバックの黒髪が似合っている。スクエア型の縁なしメガネは、クールで知的な印象を与え、その奥にある黒い瞳は、少し暗い陰があって心惹かれた。
 いつもパリッとしたワイシャツにネクタイを締め、すらりと長い手足にダークスーツを纏う姿は、どこか憂いのある表情も相まって、大人の男性の色香を漂わせている。
 初めて見たとき、美形すぎてびっくりしたし、素敵な男性だなぁ、と憧れもした。なのに、その実態は早朝から深夜まで仕事仕事。ランチもディナーも土日祝日も仕事で、趣味は仕事、恋人は仕事、好きな言葉は仕事、好きな音楽は仕事、信仰宗教も仕事らしい。
 忙しすぎるせいか、いつも不機嫌の塊で眉間に皺が寄りっぱなし。「全人類今すぐ皆殺しにしてやる」という凶悪な表情が平常運転ゆえ、イケメンもなにもかも台無しだった。
 完全なるワーカホリックだよね、と織江は結論づける。熱心なのはいいんだけど、ちょっと苦手というか、ウマが合わないというか……。
「ここから出さないと言ったが、もちろんトイレ休憩は取ってくれて構わない。なにか飲みたいなら好きな飲み物を僕が買ってこよう。体調が悪くなったりしたら、言ってくれ」
 織江はさっそく手を上げ、「でしたら、お手洗いに……」と申し出た。
 成親はうなずく代わりにフンッと鼻息を出し、タブレット端末をいじりはじめる。
 織江は逃げるように席を立ち、特に用事もないトイレにそそくさと駆け込んだ。
 女子トイレに人気はなく、ピカピカに磨かれた鏡には疲れきった織江が映っていた。おろしたての白い七分袖Tシャツも、なぜかくたびれて見える。
 これは織江が大好きなブランドの夏の新製品だ。すっきりしたクルーネックの襟元に、幅広デザインの袖は腕が細く見える。胸元に入った控えめなロゴの黒と、タイトスカートの黒と、さらに白いスニーカーに刻まれたラインの黒を合わせていた。
 この渾身のおしゃれモノトーンコーデは、成親に見せるためのものではもちろんない。
 せっかく気分を上げたいから買ったのに、ゾンビみたいな顔になってるな、私……。
 改めて自らの顔をしげしげと眺め回した。美人じゃないけど、ブサイクでもない。ぱっちり二重まぶたと、色白の肌に産んでくれた親には感謝しているけど、丸まった鼻先と、ぽてっとした厚みのある唇のせいで、周りからは「童顔だね」とよく言われていた。
 ヘアサロンでチョコレートブラウンにカラーリングしたセミロングヘアは、寝ぐせで毛先がクシャッと乱れている。
 今朝、エレベーターで会った総務課のおじさんに「それってフェアリーヘアって言うんでしょ? おしゃれだね」と言われたのを思い出し、笑いが込み上げた。
 それを言うならエアリーね。……って、あれ? やば。私、また少し太った?
 以前より頬がふっくらした気がして、ギクリとする。実は昔、かなり太っていた経験があり、体型は常に気にしていた。現在は痩せて、決しておデブでもふくよかでもないものの、バストは大きめだし、お尻にもお肉がついており、スリムと呼ぶにはまだ遠い。
 嫌だなぁ、ストレス太りかなぁ……? ああ、部長のところに戻りたくない……。
 このあとこってり絞られると思うと、鬱々としてくる。例の件については、今までのらりくらりとかわしてきたけど、いよいよ逃げられないところまで来てしまった。
 けど、どうせいつかはやられるのだ。だったら早いほうがいい。抜歯するときと一緒だ。ギュッと目を閉じ、エイッと我慢すればやり過ごせるはず。たぶん。
 織江は目に見えない厄を落とすよう入念に手を洗ったあと、女子トイレを後にした。

 

 

 

「とにかくだな……」
 成親はつぶやき、自らを鼓舞するように右の拳をギュッと握りしめる。
「原因をつぶさに分析し、一つ一つ対処していこう。僕がいるから大丈夫だ。必ずなんとかなる。明けない夜がないように、この世界に解決できない問題など、ない!」
 そうかなぁ? 無理なものは無理だと思うんだけどなぁ……。
 なんてことを考えつつ、織江は「はぁ……」と苦笑いするしかない。
「君のほうでなにかないのか? 大きな原因として思い当たりそうなことは?」
 織江は両腕を組み、「原因ですかぁ……」と考え込む。
「原因っていうか……。私が思うに、もうこれって一種の病気なのかなって……」
 成親が片眉をぴくりと動かし、「病気だって?」と声を上げた。
「医者の診察は受けたのか? どこの医者だ? なんという病名だ? 診断書は?」
 矢つぎばやに質問してくる成親に、両手を広げてみせて「いやいやいや」となだめる。
「医者に行ったとか、診断を受けたわけじゃないんです。そういう私の体質というか、人格というか、遺伝子に組み込まれたレベルの、変えられない病なんじゃないかなって」
 成親は小馬鹿にしたように、フンッと鼻で笑った。
「そんな妄想が生み出した架空の病気を、企業組織が真に受けるわけないだろ。疾患だと主張したいなら、医師の診断書が必要だ。いいか、何事もエビデンスが必要なんだよ」
「はぁ……。まぁ、主張したいわけじゃないんですけど……」
 成親は気を取り直すように、テーブルの上で両手を組み合わせ、語り出す。
「一つずつじっくり見ていこう。まずは今日。今朝はなぜ遅刻した? 寝坊したのか?」
「いえ、今日はめずらしく早く起きられたんですけど……」
 そう言いながら、織江は今朝の出勤を振り返る。
 織江は荒川区南千住で独り暮らしをしており、オフィスは江東区豊洲にある。地下鉄を乗り継いで豊洲駅まで来て、そこから十分ほど掛けて歩いていた。
「私、いつも築地で乗り換えるんです。電車降りたら、ちょうど目の前に青い顔してうずくまってる女の人がいて……。たぶん貧血だと思うんですけど、私もよくなるんで」
「それで? その女の人と君の遅刻が、どう関係あるわけ?」
「関係もなにも……。その人、しゃがみ込んだとき、ハンドバッグの中身をぶちまけてしまったんです。それを拾って集めてたら、吐きそうだと言うので、ビニール袋をあげました。そのあとお水を買ってあげて、駅の事務室まで連れていって休ませてあげました」
「……で?」
「そのあと、電車は無理なのでタクシーで家に帰るとおっしゃったんで、まだ足元もフラフラしていたし、乗り場まで付き添ってタクシーに乗せてあげました」
「それで遅刻したと?」
「ええ、まぁ……」
 突然成親がヒステリックに笑い出す。驚いて見ると、彼の目は全然笑っていなかった。
「ハハハッ、君がタクシー代を全額払い、その人の家まで付き添わなかったのが、不思議なぐらいだよ!」
 嫌味なのかどうか図りかねていると、成親は呆れた顔で質問した。
「そのとき、会社のことは思いつかなかったの? このままだと遅刻だとか、そろそろ始業時間だとか、頭の中をよぎらなかったわけ?」
「それはもちろんよぎりましたけど……。会社よりも人命尊重かと思いまして」
「話を聞く限り、命に関わるような事態だとは思えないが? 放っといてもなんとかなっただろ」
 あまりに冷淡な物言いに、織江は眉をひそめざるを得ない。
「命に関わらない限り、見て見ぬ振りをしろと? そんなことできません! 外から見ただけじゃ、わからないじゃないですか。なにか持病があるかもしれないし……。その女性だって、あとで話を聞いたら、妊婦さんだったんですよ!」
「そういうセリフは、普段定時にちゃんと出勤できる人が言って、初めて説得力があると思うが?」
 小馬鹿にしてせせら笑う成親に対し、織江は内心ムッとする。
「人命救助に定時出勤スキルなんて関係ありません。見て見ぬ振りして、万が一のことがあったら、どうするつもりなんですか?」
 成親は「わかった、わかった」とうるさそうに手を振り、こうまとめた。
「つまり、妊婦を助けたせいで遅刻したと。それについて、反省も後悔もしていないと。そういうことだな?」
 織江は異論もないのでうなずく。今朝の行動については本気で正しいと思っていた。
「じゃ、昨日はなにがあったわけ? 昨日の朝も遅れて出勤してきたと記憶しているが」
「あー、昨日はですね、ちょっと特殊な事情がございまして……」
「君のところには、毎日のように特殊な事情が群れを成してやってくるんだな!」
「実は家から駅まで歩く途中で、毎朝犬を散歩させてるおばあちゃんとすれ違うんです。昔から南千住に住んでるミサコさんというかたで、笑顔で挨拶を交わす仲なんですけど……」
「毎朝笑顔で挨拶を交わす?」
 成親は大げさなほど目を剥いてオウム返しし、織江のほうがびっくりしてしまう。
「そうですけど? なにか?」
「いや、僕も長らく独り暮らししているが、ご近所さんと話す機会なんぞなかったから」
 それは部長が無愛想だからじゃないですか? 顔が怖いから誰も近づけないんですよ。
 という余計なセリフは口にしないと心に決め、織江は遅刻の説明を続けた。
「ミサコさんのワンちゃん、カハクちゃんていう雑種なんですけど、やんちゃな子なんです。その朝、ミサコさんがリードを手放しちゃったみたいで、駅前で脱走したカハクちゃんにたまたま遭遇したんです。首輪からこう、ずるずるリードを引きずってて」
 成親はイライラしたように「で?」と言い、指先でトントンとテーブルを叩く。
「ひと目見て、あ、これはマズイぞって思いました。犬の性格にもよるんですけど、迷子犬の捜索ってほんっと大変なんです。時間が経てば経つほど遠くへ行っちゃうし、警戒心も強くなって捕獲しづらくなり……」
 成親は「ちょっといいか?」と遮り、さっぱりワケがわからないという顔をした。
「さっきから君はなんの話をしてるんだ? 犬がなんだって? 僕は遅刻の理由を質問したはずなんだが……」
「ですから、そのあと、急いでコンビニに飛び込みました。で、ドッグフードをゲットし、駅前まで取って返したんですけど、カハクちゃんはもうそこにいなくて。けど、少し付近を探したら、すぐに見つけました。高架下の自転車置き場のところにいて……」
「それで、ドッグフードで犬をおびき寄せ、確保した犬を飼い主に引き渡し、その一連の行為のせいで出勤が遅れた、と? 君はそう言いたいわけか?」
 成親の左目の涙袋の辺りが、ヒクヒクッとするのを見つめながら、織江は「その通りです」とうなずいた。今のはもしかしたらストレス性の痙攣かもしれない。ネットの記事で読んだことがある。
「……で、君の頭の中で出勤の存在はどうなってるわけ?」
「私、ミサコさんにはお世話になってるんです。去年もミカンをたくさんいただいて……」
 成親は、世界一汚らわしい単語でも口にするように、「ミカン?」と聞き返した。
「そうです。ミサコさんの妹さんが、愛媛でミカン農家をされてるらしいんです。万が一、カハクちゃんが迷子になってしまったら、ミサコさんはすごく悲しむだろうなと思って。遅刻はしても私が怒られるだけですし、ここはひと肌脱ぐしかないと覚悟して……」
「そこは出勤を優先すべきだろ。君はここの契約社員なんだぞっ! それでも社会人かっ!」
 とうとう成親が雷を落とし、織江は「すみません……」と縮こまった。
 さすがにこの件は怒られても仕方ない。犬を飼ったことのない人には、迷子犬捜索の大変さを理解できないだろうから。他人にとってはただの犬でも、飼い主にとっては我が子と同じ大切な存在なのだ。織江も子供の頃、実家で飼っていた子犬と一緒に育ってきたから、喪ったときの悲しみは痛いほど知っている。
 成親は忌々しそうに舌打ちし、ガミガミ言った。
「どうせ僕が怒っても、怒られることを前提に犬を確保したんだからまあいいや、ぐらいに思ってるんだろ? すると、あれか? 君はこの世のすべての妊婦を助け、あらゆる迷子犬を確保し終えるまで、定時に出勤してくれないってことか?」
 成親の嫌味を冷静にやり過ごし、織江は「いえ、そんなことはありません」と答えた。
「なら、一昨日はどうなんだ? 一昨々日の朝も、貧血の妊婦と迷子犬たちが列を作って、君の救済を待ち望んでいたわけか?」
「いえ。それはどっちも単なる寝坊です」
 織江は完全に開き直って答えた。
「どうして寝坊するんだよ? 目覚ましとかセットしてないのか?」
 成親は今にも歯ぎしりしそうだ。
「もちろんセットしてますよ。けど、朝が弱くてどうしても起きられないんですよね」
「いいか、この世に朝に強い人間なんていない。一人もな! 皆、朝は弱いしすごく眠いけど、頑張って起きて出勤してるんだよ。それが仕事だからだ。それが義務だからだ!」
 掴みかからん勢いで言われ、織江は「そうですよね、すみません」としょんぼりした。
「……いや、君を攻撃してもしょうがない。とにかく原因を分析し、解決策を見出さなければ」
「私、アラームがダメなんです。一応起きはするんですけど、とめてもまた寝ちゃうんです」
「なら、簡単にとめられないアプリでも入れなさい。あるだろ? パスコード入力したり、ミニゲームクリアしたりしないととめられない、目覚ましアプリが」
「そんなの、とっくに試しましたよ。けど、私、割と迅速に的確にとめて、二度寝しちゃうんですよね」
「なぜだ? なぜとめて、また寝る? ミニゲームしてる時点で、迅速に的確にとめてる時点で、確実に覚醒してるだろ? さっさと起きて会社に来ればいいじゃないか」
 たしかに成親の言う通りだ。自分はなぜ、また寝てしまうんだろう……?
 そのことについて、人生でこれほど真剣に考えたことがなく、かなり時間を要したものの、一つの結論らしきものにたどり着いた。
「たぶんですけど。私、そもそもなぜ遅刻しちゃダメなのか、わかってないのかも」
「は?」
「すごく基本的な質問なんですけど、なぜ、遅刻しちゃダメなんでしょう?」
「へ?」
「私、根本的にその答えがわかってなくて、だから軽視しちゃうんです。心のどこかで遅刻しても残業すればいっか、みたいに思ってる部分があり……。遅刻することによって、社会にこんなに悪い影響がある、ってことを理解できれば、たぶん起きられると思うんですけど……」
「君は就業規則というものを知っているか?」
「……はぁ。お名前だけは存じております」
「会社と労働契約を結んでる以上、君は決められた業務開始時間に仕事を始めなければならない義務がある。それを怠れば義務違反になるワケだが、遅刻っていうのはな、正社員でさえ解雇の対象になるんだよ。職場の秩序を乱すからクビだ、ってことになりかねん」
「うーん、違反だからと言われても、ピンと来ないというか。なぜ、就業規則に遅刻がダメって定められてるんですか?」
 成親はひどい頭痛でもするように額を押さえ、はぁーっ、と深いため息を吐く。
「そんなこと言ったら、なぜ遅刻しちゃダメかなんて、僕だって知らん! いいか。このナラシスは楢浜重工業の子会社だ。楢浜重工ってのはな、旧石器時代の会社なんだよっ!」
「はあ、旧石器時代……ですか?」
「そうだよ! どいつもこいつもいまだに槍持って土器作ってマンモス狩ってるんだ!」
 成親は人が変わったように早口でまくしたて、織江は軽く混乱する。
「ちょっと、たとえが唐突すぎてわかりづらいんですが……」
「旧石器時代ってのはな、理不尽なんだよ! ムラ社会なんだよっ! 朝は絶対定時前出社。上司には絶対服従。自社製品以外の購入絶対禁止。アホみたいに忠誠を誓わされ、社長の命令は絶対だ! そこに理由だの個性だの情熱だの、いらないんだよ。そんなこと言ってたら、あっという間に僻地へ追放だぞ! クソッ……!」
 なんだろう……。部長の私怨なんだろうか……?
 突如として始まった成親の親会社disは、織江の遅刻とはあまり関係ない気がした。
「本音を言えば僕だって君と同じ気持ちだ。ゆっくり出勤して作業効率が上がるならそれがいいし、その分残業して帳尻を合わせればいいと思ってる。なんなら出勤自体、必要ないと思ってる。だがな、ここは旧石器時代だ。竪穴式住居なんだよ! わかるか?」
 そのとき、成親のこめかみに青筋が浮き出るのを、織江はたしかに目撃した。
「ナラシスの多くの社員が、君が毎日のんびり優雅に出勤をしているのを見ている。社長も、常務も、取締役もだよ。当然、あいつはなんなんだ、という話になる。僕のところにどうなってるんだと話が来る。契約社員の怠慢は、僕の監督不行き届きということになる。君のせいで僕は責任を取らされるハメになるんだぞ!」
「そうなんですか。それはお気の毒です……」
 織江は漫画やアニメで言うところの怒筋なるものをしげしげと眺めてしまう。こんなに立派なの、生まれて初めて見た。
 山之前部長って……たしか三十二歳だっけ? 笑ってるところ、見たことないなぁ。
 織江は七歳年下の二十五歳だけど、もっと年が離れているように感じる。
 よくよく見ると、成親の目の下にうっすらクマまでできていた。顔色は蒼白な上に眉間の皺は深く刻まれ、なまじ顔が美形なだけに凄味がある。
 まるで人間離れした美しさを誇る、血の通っていない吸血鬼のような……。
 うわぁ……。人って、仕事ばっかりしてると、こんなんなっちゃうんだ……。
 密かに内心ゾッとした。まかり間違っても、絶対こうはなりたくない。
「こんなことなら、とっととフレックスでも導入すりゃいいんだ。もう、この古すぎる体質が時代と合ってないんだよ。まったくいつまでマンモス狩ってるつもりなんだ……」
 成親はひとしきりぶつくさ独りごちたあと、ギッと織江を睨みつけた。
「なぜ、遅刻しちゃダメなのか答えてやろう。理由なんて、ない! 答えは、無だっ!」
 無だっ! に合わせ、成親は人差し指を突き立てる。
「いいか。朝ゆっくり寝たいなら、会社の体制を自分で変えるしかない。それにはまず、黙って定時に出社しろ。話はそれからだ。ルールを守れない奴に発言権など、ない!」
 今一つピンと来ない気持ちで、織江は「はぁ……」と曖昧にうなずくしかない。
 会社の体制を変えろなんて……。そんなの、私たちには無理じゃない?
 そもそも、織江みたいな契約社員のプログラマーは正社員と待遇が違う。契約期間は短く設定され、いつ切られるかわからない不安定な身の上だし、ボーナスも退職金もない。
 新卒で楢浜重工に入社し、ナラシスに部長として出向している成親と、同じ熱量で仕事に取り組めと言われても、無理な話だった。
 それに、正社員と契約社員を隔てる、見えない壁はたしかにある。正社員だけが持つ楢浜重工への思い入れ、彼らの間にある強い連帯感は、織江には入れない世界だった。
 誰もはっきり口にはしないけど、社内にはヒエラルキーが存在する。ピラミッドの頂点に君臨するのは、成親のように本籍は楢浜重工にある出向社員。次がナラシスに直接入社したプロパー社員。その次が契約社員、派遣社員、パートアルバイトの順番だ。
 さらに、ナラシスの名刺を持ちつつ、業務を外部委託された個人業者もおり、立場によって仕事に取り組む姿勢がそれぞれ違っていた。
 そう考えるとある意味、山之前部長って平等かも。今もこうして、私のためにわざわざ時間を割いてくれているワケだし。これまでの上司でここまで真剣な人、いたっけ……?
 しばらく考え、いなかったと結論づける。思い返せば、成親は派遣社員やパートアルバイトに対しても同じ厳しさで接していた。
 苦手なキレキャラではあるものの、メンバー全員をちゃんと大事な戦力とみなし、立場がなんであろうが態度を変えない、非常に公正な人物とも言える。
 めっちゃ前向きに、超ポジティブに、敢えて美点を上げるとしたら、だけどね……。
 内心苦笑する織江に対し、成親は脅すようにこう言った。
「これは君のためでもあるんだぞ。知っての通り、契約の更新が迫ってる。君の勤務態度じゃ、庇いきれないんだよ。このままだと、じゃ更新ナシで、なんてことになりかねん」
「えええっ! そんな……」
 織江の顔面から、サァーッと血の気が引いていく。
「正社員でさえ遅刻を理由に解雇できるんだぞ。契約社員ならなおさらってことぐらい、さすがの君でもわかるだろ? 現に人事評価会議で、君の遅刻の話は何度も出ている」
 今、独り暮らしをするので生活はギリギリだ。東北の田舎に住む両親は、父親が不動産事業に失敗し、母親がパートでどうにか家計を支えている始末。織江に兄弟はおらず、実家に仕送りすることはあっても、逆に助けてもらうなんて到底無理だった。
 万が一、契約解除されようものなら、家賃も光熱費も払えず、路頭に迷う羽目になる!
 学歴も資格もない織江がやっとありつけた職だった。契約解除だけは避けなければ!
「どうしよう、無職になりたくない。私、本当に起きられないんです。ああ、遅刻が原因でクビになるなら、会社に住みたい。一生退社しなければ、出社する必要もないし……」
 血迷ったことを口走っていると、成親が腕組みしたまま言い放った。
「よし、わかった。僕が毎朝電話する。君が起きるまで何度も執拗に電話してやる」
「ええっ……!」
 あまりにも恐ろしい申し出に、ぎょっとしてしまう。
「君に拒否権はない。僕が責任を持って、徹底的に完膚なきまでに叩き起こしてやる」
「いやいやいや。ちょ、ちょっと待ってください! さすがにそれだけは……」
 必死でなだめようとする織江に、成親は、ニタァと悪魔みたいに微笑んだ。
「安心しろ。僕はしつこい男だ。君の睡眠欲と僕のしつこさ、どちらが勝つか決着をつけようじゃないか。どちらが真の王者なのかを……」
「部長、落ち着いてください。それだけは勘弁してください。さすがにやりすぎ……」
「いや、もうこれは決定事項だ。なにを言われようが、僕は明日の朝電話する。着拒するなよ? 契約解除されて無職になるか、僕の電話で朝起きるか、今すぐ選べ。さあっ!」
 差し伸べられた成親の大きな手を見つめ、織江はゴクリと唾を呑む。
 部長から毎朝電話……なにその無間地獄!
 あまりのことに織江は絶句し、成親の薄く整った唇と手のひらを交互に見る。
 成親は美しい口角を上げると、凜々しい双眸を冷淡に光らせ、静かに宣告した。
「時間は六時でいいな? いいか、君が家を出たという証拠をUPするまで、切られようが雨が降ろうが槍が降ろうが電話し続けるから、覚悟するように」
 そこから、織江は死にもの狂いで成親を説得し、せめて電話ではなく、SNSのメッセージを送信する形にするよう、変えてもらった。
「わざわざ部長の手を借りなくても、実家の母に頼んで毎朝起こしてもらいますから!」
 そう主張したのに、成親は断固として首を横に振った。
「ダメだ。それこそ、君のお母様にご迷惑を掛けるわけにはいかない。それに、実の母親だと君が甘えてしまって、どうせ起きられっこない」
 毎朝強制的に連絡なんてハラスメントです! プライバシーの侵害です!
 猛抗議したかったけど、遅刻魔の自覚があるゆえ、あまり強くは出られなかった。
 それに、契約解除を前にしたら、自分は完全に無力だ。抗う術はない……。
「だが、誰かに起こしてもらうというのは名案だ。他に誰かいないのか? 彼氏とか」
 そう聞かれ、織江は肩を落とし、蚊の鳴くような声で「……いません」とつぶやく。
 すると、成親は世にも意地悪そうな顔で高笑いした。
「はははっ! だろうな! そりゃロクに定時出社もできない女に、寄りつく男なんていないわな」
 こ、こいつっ……!
 愉快そうに笑う成親を見て、織江の怒りゲージがググッと急上昇する。
「なら、仕方ない。僕がやろう。ナラシス社員としての君の不手際は、上司である僕が責任を持って対処する」
 偉そうによく言いますね。自分だって女っ気皆無の癖に。そりゃ常時鬼みたいにキレ散らかしてる男に、寄りつく女なんていませんよね!
 という暴言は内心にとどめ、織江はじっと怒りを抑えた。
 こうして、成親の抱えるストレスはウィルスのように周囲へ伝染していくのだ。
「ところで君、寒いのは大丈夫なのか? エアコンが壊れてるとか言ってなかったか?」
 大仰に心配そうなそぶりを見せる成親を、心底嫌味な奴だと思った。
 今は寒いどころか、腋の下にじっとりと嫌な汗まで掻いている。
「大丈夫です。今はもう、暑いぐらいなんで……」
 渋々そう答えると、成親は「よろしい」と満足げにうなずいた。

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