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英国蜜恋旅行
冷徹貴公子の溺愛シンデレラ

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書籍紹介

指輪に導かれる運命の恋

「俺は君が好きなんだ。最初からそうだった」桜の曾祖母が遺した指輪が縁で知りあった、伯爵家嫡男・ヴィクター。互いに反発する仲だったのに、突然唇を奪われ!? 意外なほど優しく丹念な愛撫に隠しきれない想いがこぼれてゆく。私も本心ではずっとあなたに惹かれていた。熱い欲望で最奥を抉られ、淫らな快感に酔いしれる。美貌の貴公子と身も心も溺れる情熱的な運命愛!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
王子・王族・貴族
シチュエーション:
玉の輿・身分差 | 船上・旅もの | 甘々・溺愛
登場人物紹介

ヴィクター・ブラッドフォード

イギリスの名門伯爵家の嫡男。当主ジョージの代わりに事業を切り盛りしている。極端な女嫌い。端正な顔立ちの美貌の持ち主だが、冷たい印象。ブラッドフォード家に伝わる指輪を桜が持ってきたため、彼女にあらぬ疑いをかける。

三田村桜(みたむらさくら)

大和撫子タイプの美人だが、正義感あふれる強気な性格。空手有段者。大好きだった曾祖母・歌子の遺言により、イギリスにあるブラッドフォード家に形見の指輪を届けにいく。第一印象の最悪なヴィクターと反発しあうけれど?

立ち読み

 ──三月初めのロンドンの早朝は肌寒い。
 キングスクロス駅の構内でも、気温は外と変わらないように思える。イギリス人でも体感温度は同じなのか、通行人は皆アウターを羽織っていた。
(マフラー巻いてきて正解だったわ)
 桜はポケットに手を突っ込んだ。その拍子に艶やかな長い黒髪がさらりと揺れる。
 時折見かける日本人観光客らしきカップルが、スマホを取り出し撮影に夢中になっている。この駅がかの有名なファンタジー小説、「ハリー・ポッター」シリーズの、舞台の一つになっているからだろう。「ハリーが」「ハリーが」とはしゃいでいるのが聞こえる。
 主人公ハリーはこの駅の九と四分の三番線から、ホグワーツ特急に乗って魔法学校に向かった。
 一方、今日桜が乗る路線はヨーク方面行きである。
 ふと天井のアーチ型のガラス戸を見上げると、小雨が降り注いでいるのが見えた。
(ヨークの天気はどんなものかな。晴れているといいんだけど)
 イギリスには学生時代から旅行や交換留学で五、六度来ているが、ヨーク北部へ行くのは初めてだった。
(到着したら取り敢えずご飯を食べて、もう一度現地からブラッドフォード家が運営する会社に連絡してみて、それでも駄目だと言われたら直接出向くしかないよね)
 脳内で計画を反芻しつつ、ショルダーバッグのストラップを握り締める。
(とにかく、置き引きと引ったくりには気を付けなくちゃ。この指輪だけは死守しなきゃならないんだから)
 ここは日本ではないのだからと、警戒心を新たにしていたところで、背後から何者かに「ハーイ!」と声をかけられた。ついくせで振り向きざまに、特技の空手の回し蹴りを食らわせそうになる。
 声の主は茶髪のいかにもチャラそうな現地人らしき男だった。
「あっ、ごめんね。君、英語わかる? 日系かな? 中国系かな? それとも韓国系? あんまり綺麗な黒髪だから、悪いとは思ったけどつい声をかけちゃって」
 なんだ、ナンパかとうんざりする。
「ヨーク方面の電車に乗るの? 僕もなんだ。よかったら席隣にしない?」
 この手の人種は日本もイギリスも変わらない。
「彼氏も次の駅で乗るんだけど……」
 その一言でチャラ男の首ががっくりと垂れた。
「そうか……。そうだよな。君みたいな子に、彼氏がいないはずないもんな……」
 しつこい性格ではないらしく、苦笑しつつ「よい旅を」と手を振ってくれる。
 桜も手を振りつつ肩から流れ落ちる髪に目を落とした。
(やっぱりちょっと目立つか。結構伸びたもんね)
 桜の髪は夜の闇をそのまま紡いだような艶やかな漆黒である。癖がない見事な黒髪は背の半ばを越え、今や腰に達しようとしていた。
 髪だけではなく長い睫毛に縁取られた目も色が濃く、薄紅色の形のいい唇とともに、シミ一つない象牙色の肌を引き立てている。
 日本人形そのものという顔立ちだったが、背筋がすっと伸びて健康的な肉体だからか、さらりと巻いたマフラーに、ショートトレンチとワンウォッシュジーンズ、ショートブーツのカジュアルな服装も似合っていた。
 チャラ男と別れて約五分後、赤い車体の列車がホームに滑り込む。ビジネスマンと思しき男性に続いて乗り込み、二等の窓側席に腰を下ろした。
 早朝だからかその後も隣には誰も座らず、のんびりと窓の外の流れゆく景色を楽しむことができた。
 緑の絨毯と点在する可愛らしい家々、低木の生い茂るなだらかな丘──そんな田園の風景に心癒やされながら、周囲に誰もいないのを確認し、ショルダーバッグを開ける。
 ベルベット地の小箱を取り出しそっと開けると、黄金の台座にセッティングされた、大粒の宝石がキラリと光った。
 五カラットはあるだろう、ローズカットのダイヤモンドの指輪だった。
 宝石にそれほど興味はないので詳しくはないのだが、大きさと輝きから相当高価なものだとは判断できる。台座は王冠と唐草を合わせたようなデザインで、現代の宝石店ではまず見かけないことから、アンティークなのだろうともわかる。
 そう、今回ヨークに向かう目的は、この指輪をある人物に返すためだった。半年前に亡くなった大好きな曾祖母に頼まれたからだ。

***

 ──桜の曾祖母は名を小池歌子という。「曾おばあちゃん」は言いにくいので、「歌子おばあちゃん」と呼んでいた。
 もう百歳近くになっていたからか、この数年は入退院を繰り返していた。
 歌子は数多くいる曾孫の中でも、女児ではとりわけ桜を可愛がった。
 桜が自分によく似ていたからだけではなく、名付け親でもあったからだろう。同じく歌子を慕っていた桜の母が、歌子に頼んで付けてもらったらしい。
 桜も歌子が大好きで、幼い頃からよく彼女の暮らす、横浜の小池本家に遊びに行った。
 小池家には珍しいものがたくさんあった。イギリス製の年月に磨かれたクルミ材の家具に、銀色のポットと砂糖入れ、ミルク入れ、小花柄のティーセット。戦前から時を刻んでいるという、二人の天使が支える置き時計──
 歌子はイギリスという国を愛していたらしく、インテリアをイギリス風に調えていた。なのに、イギリス旅行には出かけようとしなかったのが不思議だったが──
 桜はその頃両親とともに、都心のマンションで暮らしていたので、ヨーロッパと時代の香りの感じられる横浜の小池家を面白がり、やがて歌子の影響を受けイギリスにも興味を持つようになった。
 同じ流れで英語を熱心に勉強し出したのは小学生から。家庭教師は歌子本人だった。それまで知らなかったのだが、歌子は流暢なイギリス英語を話せたからだ。
「英語と米語は違うのよ」が歌子の持論だった。一部の単語や発音も違うのだと。
「桜はびっくりするかもしれないけど、イギリスは階級によっても発音が違うの。『マイ・フェア・レディ』って映画を見てみるといいわ。主人公のイライザは花売り娘で労働者階級。彼女が話す英語はコックニー英語といって、ちょっと粗野で下品な響きがあるのね。何も貴族の英語を話せとは言わないわ。でも、せっかく外国の言葉を覚えるのだから、綺麗な発音を覚えましょう。桜はまだ小さいからすぐに私より上手になるわ」
 歌子の発音はテレビ番組でネイティブが話す英語よりも、桜には上品に魅力的に聞こえたものだ。だから、一生懸命その真似をして練習した。
 桜の英語の実力はどんどん上がり、小学校を卒業するまでには大まかな語彙と文法、日常会話をマスター。中学二年生で英検二級、高校一年生で一級に合格した。
 なぜ歌子はそうもイギリス英語が堪能なのか──そんな疑問を抱いたのは英検一級に合格し、小池家にその報告に行った日のことだった。
 歌子は桜の合格を、相好を崩して喜んでくれ、とっておきだという銀の食器に、ケーキとフルーツを盛り付けて祝ってくれた。
「桜ちゃんなら絶対に合格すると思ったわ」
「ありがとう。先生にもすごく褒めてもらったの。ねえ、歌子おばあちゃん、おばあちゃんはどうしてそんなに英語が得意なの?」
「そうねえ。向こうで暮らすためには、話せなければ何もできなかったから。といっても、私も十七歳くらいまでは、そんなに上手ではなかったの」
 このセリフは聞き逃せなかった。桜は思わずテーブルに身を乗り出した。
「えっ、歌子おばあちゃん、イギリスに住んでいたことがあるの?」
「ええ、そうよ。桜ちゃんももう大きくなったものね。そろそろ話してもいいかしら。私のお父さんは戦前、イギリスに駐在していた外交官だったの」
 その関係でイギリスに暮らしていたのだという。
「イギリスで暮らしたのは三年だったけど、その三年が私の人生を大きく変えた……」
 どう変わったのかまでは教えてくれなかったが、その頃の桜は歌子の激動の人生よりも、一九三○年後半から四〇年にかけてのイギリスの暮らしを聞く方が楽しかった。
「ねえ、どんなものを食べていたの?」「男の人はまだシルクハットを被っていた?」「女の人は皆ドレスを着ていたの?」
 歌子も思い出話を曾孫に聞かせるのが楽しいのか、桜に聞かれるままに答えてくれた。
 桜はやがて歌子がイギリスを語るたびに、遠い目になるのに気付いた。ずっと会っていない誰かに思いを馳せているような──
 それから何年もの月日が過ぎて、桜が大学に進学し、やがて卒業し、社会人となって二年後、歌子は通い続けていた病院に、ついに最後の入院をすることになった。
 桜はその頃英語力を生かして旅行会社に勤めており、休日出勤だ、残業だと何かと忙しかったのだが、歌子の見舞いだけは欠かさなかった。
 小春日和となった十月のある日の午後、歌子はベッドに横たわっていたのだが、ふと、見舞いの黄薔薇を花瓶に生ける桜に目を向けた。
「桜ちゃん、一つお願いがあるんだけどいいかしら?」
「うん、なぁに?」
 花瓶をサイドテーブルに置き、椅子をベッド際に引き寄せ腰かける。
「何か食べたいものがあるとか? あっ、マーロウのプリン? 歌子おばあちゃん好きだもんね」
 歌子は笑って小さく首を振った。
「あのね、私の部屋……鏡台の一番上の引き出しに、宝石箱がしまってあるの。数字を合わせる鍵がかかっていて、答えは〇三一〇ね。その宝石箱の二段目に、ダイヤモンドの指輪が入っている。それをね、私が死んだらイギリスのあるお家に返してほしいの」
「歌子おばあちゃん、私が死んだらなんて言わないでよ」
「……ごめんね。でも、桜ちゃんにしか頼めないの。……桜ちゃんがいいの」
 歌子には長男である桜の祖父の勇を筆頭に、二人の息子と一人の娘がいる。孫は桜の母を含めて七人。曾孫に至っては十三人いた。なのに、桜にしか頼めないのだという。
「どうしても桜ちゃんがいいの。引き受けてくれる? それと、この件は誰にも言わずに秘密にしておいてほしいの」
 縋るような曾祖母の眼差しを、どうして拒むことができただろうか。そして、なぜか理由は聞いてはいけない気がした。桜はそうした自分の直感を大切にしていた。
「……わかったわ」
 力強く頷き痩せ細った手を両手で包み込む。
「イギリスの誰に返せばいいの?」
「……ヨーク。ヨークにあるブラッドフォード家に……」
「詳しい住所はわかる?」
「ごめんなさい。記憶が曖昧になっていて……。ああ、私はよくわからないけど、いんたーねっと? で調べてもいいかもしれない。ブラッドフォード家はイギリスの伯爵様だから、きっと今でも有名だと思うの」
「は、伯爵ぅ!? 貴族ってこと!?」
 歌子が息を引き取ったのは、この遺言から三日後のことだった。眠るような最期だった。
 宝石箱の件は長男であり、家を継いだ勇にも伝えていたらしく、葬儀が終わって間もなく呼び出され、鍵のかけられたそれを譲られた。
「これ、母さんから桜ちゃんに渡してくれって言われてね。だけど、鍵がかかっていて開けようとしても開けられないんだよ」
 鍵は四つの数字を合わせるダイヤル錠だった。勇が開けられなかったということは、歌子から数字は教えてもらえなかったのだろう。歌子の「桜以外に任せたくない」という強い遺志を感じた。
(歌子おばあちゃん、わかったわ。必ずこの指輪をブラッドフォード家に届けるから)
 ブラッドフォード家はインターネットで検索した結果、すぐに何件かヒットし住所の見当が付いた。
 歌子の説明していた通り、長い歴史のあるイギリス貴族で、ヨークのカントリーハウスをはじめとして、ロンドンの一等地に土地を所有しているのだとか。
 ちなみに、カントリーハウスとはイギリス本土において、貴族やジェントリの住居として建てられた邸宅である。
 つまり、名家である上に富豪ということだ。
 桜の父は一部上場企業に勤めているが、一サラリーマンにすぎない。一方、桜の母の実家である小池家は、戦前から何人もの官僚を輩出してきたエリート一家である。更に、分家ではあるが旧華族の子爵家の血筋でもあるらしい。とはいえ、ブラッドフォード家には遠く及ばない。
 歌子がこのブラッドフォード家と、一体どのような関係があるのか──首を傾げつつもコンタクトを取ろうとしたのだが、当然のことながらそんな名門貴族が、公にでかでかと連絡先を掲載しているわけがない。
 ブラッドフォード家はロンドンの土地運用の他、イギリス、アメリカ、中国などでいくつか事業を経営している。そこで、その本社に問い合わせてみたのだが、怪しい外国人だとでも思われたのだろう。メールの返事はまったくなかったし、電話をかけると用件を告げるが早いか切られてしまった。
(まあ、確かに、おたくの経営者一族に用事がありますだなんて言っても、詐欺師か証券会社の勧誘にしか聞こえないよね……)
 こうなれば直接ブラッドフォード家を訪ねるしかない。そう決意したのが五ヶ月前のこと。
 だが、桜は当時旅行会社にツアープランナーとして勤務していた。
 インバウンド──つまり、日本に旅行に来た、外国人観光客向けの旅行企画が仕事である。観光客らに好まれる日程、目的地、交通手段、宿泊先、レストランなどを調査し、企画し、提案する。
 桜は個人旅行客や少人数グループの担当で、顧客とはすべて英語で遣り取りをしていた。
 当然、顧客のスケジュールが優先されるために、残業や休日出勤は当たり前で、一応有給はあるものの取る暇がない。イギリスに行くからには、時差を考えれば最低三日間は必要だが、そのたった三日間ですら、連続して休みを取るのは難しかった。
 ところが、歌子の死から数ヶ月後、三日どころか、好きなだけ遊び回ってもいい身分になった。勤め先を退職したからである。

***

「ったく、あのクズ……」
 退職の原因となった上司の赤ら顔を思い出し、たおやかな容姿に似合わぬ口を利く。
(まあ、結果オーライってことにしておくか。あのまま働き続けていたら、何年経っても歌子おばあちゃんの遺言を果たせなかったものね)
 それに、一ヶ月以上のイギリス滞在など学生時代の交換留学以来だ。今回は歌子の遺言を果たした後は、イギリス国内を周遊しようと考えている。
 就職して以来三年近く働き続けてきたのだ。数ヶ月滞在できるくらいの貯金はあった。
 気を取り直しなんとなく指輪を右手の小指に嵌めてみる。左手の薬指につけるのはさすがに躊躇いがあった。
 窓から差し込む陽の光に翳し煌めきを楽しむ。
(歌子おばあちゃんは何も話してくれなかったけど、返すってことはもらったってことだし、こんな高価そうな指輪をただでくれるわけがないよね。となると、プロポーズされて贈られたとか? ダイヤモンドの指輪ってプロポーズに使うよね)
 だが、歌子は二十歳で桜の曾祖父に当たる小池厳と結婚している。厳は同時期にイギリスに駐在していた高祖父の部下であり、家柄が釣り合うということもあって、特に問題なく結ばれたのだとも。
(う~ん、ますますわからない。亡くなってから返してっていうのも、どうしてって感じだし……)
 事情を知る歌子はすでにこの世の人ではない。今の自分にできることは、とにかくブラッドフォード家に向かい、指輪を返すことだけだと小さく頷く。
(でも……受け取ってくれるかしら? というか、その前にブラッドフォード家の誰かに会えるのかしら?)
 問い合わせの段階でけんもほろろの対応をされたのだ。とはいえ、まず行かないことには話にならないと頷き、指輪をそっと小箱にしまった。

 ヨークには古くは四百年前からある、貴族の邸宅であるカントリーハウスが点在しており、うちいくつかは観光客向けに開放されている。ホテルに改装されているところもあり、桜もそれらをガイドブックでは知っていた。
 もちろん、子孫がそのまま暮らし続け、一般には公開されていない邸宅もある。ブラッドフォード家もその一つだった。
 イギリスは現代となっても階級社会であり、日本ではお伽噺にしか登場しない王侯貴族なるものが、いまだに身分と財産を維持している。
 桜は大学で英文科を専攻して英国史も学んでいた。だから、英国滞在時にはバッキンガム宮殿や、ロンドンのタウンハウスや地方のカントリーハウス、マナーハウスなどを観光で回り、そうした世界があること自体は知っていたのだが──
 ブラッドフォード家のカントリーハウスは、遠目では長方形の紅茶味のデコレーションケーキに見えた。
 タクシーが速度を上げ五分ほど経つと、ようやく全貌を捉えることができて目を見開く。
 ケーキの台の部分はベージュの壁の横広がりの建築物で、凝ったマジパン細工のようだと思ったものは、平らな屋根の上に等間隔に並べられた彫刻だった。
 大きな窓が二十四もあり、部屋はいくつあるのかと冷や汗が流れる。
(……これってイングリッシュ・バロック様式ってやつよね。もう邸宅っていうよりお城じゃない?)
 横浜の小池家も神奈川ではそれなりの広さだが比較にならない。桜が一人暮らしをするワンルームマンションなど比べるのもおこがましい。
 タクシーの運転手が車を停め振り返る。
「お嬢さん、ここがブラッドフォード家のゲート前だよ」
「ああ、はい。ありがとうございます」
 キリがよくなるようカードで一ポンド多く乗せて払うと、運転手はたちまち機嫌がよくなり、「良い旅をしてくれよ」と、桜に食べていたキャンディを一つ分けてくれた。
 カントリーハウスの前にはギリシア神殿を思わせる、金色の装飾の施されたベージュ色の石門がある。その左右に数人の警備員と思しき中年男性が立っていた。
 桜の姿を見るなり顔を顰める。
「あー、お嬢さん、ここは観光地じゃないよ。ほら、帰った、帰った」
「違うんです。私は観光客ではありません。ジョージ・ブラッドフォードさんに用事があって……」
 現在、ブラッドフォード家の当主は、ジョージ・ブラッドフォードといい、なんと今年百五歳になると聞いていた。歌子も百歳近くだったのだから、恐らくジョージが歌子の知人なのだろう。なら、ジョージに返すのがいいだろうと見当を付けていた。
「アポイントは取ってあるのかい?」
「いいえ。ありません」
「じゃあ、諦めるんだね」
「そういうわけにもいかないんです。私は小池歌子という日本人女性の曾孫の三田村桜です。曾祖母はどうもジョージさんの知り合いだったらしく……。そうお伝えいただければわかると思います」
「多分……」と内心で付け加える。
 だが、警備員は「ダメダメ」とうんざりとした口調で腕を組んだ。
「借金の申し込みなら他を当たってくれ」
「いや、借金の申し込みではなくて……ああもう!」
 最終手段のつもりだったが、ショルダーバッグから小箱を取り出し、警備員の目の前で開けた。
「これは……」
 灰色の目が大きく見開かれる。
 宝石の素人でもダイヤモンドの大きさと輝きで、いかに高価なものなのかがわかるのだろう。
「亡くなった曾祖母がこれをブラッドフォード家に返したいと遺言しまして、事前に連絡を取りたかったのですが、門前払いされてしまったので直接参りました」
「う、う~む。ちょっと待っていてくれるかい」
 警備員はもう一人の警備員に相談していたが、やがて「お嬢さん」と桜を手招きした。
「ちょっとその指輪を写真に撮ってもいいかい。ヴィクター様に見てもらうから。今ジョージ様は具合が悪くてね……」
(ん? ヴィクター様?)
 そういえばジョージは妻も一人息子もすでに亡くしているが、孫息子が一人いると先ほどのお喋りのタクシー運転手から聞いている。ということは、ヴィクターがその孫息子の名前なのだろう。
(孫息子っていっても多分アラフォーのおじさん? 何せジョージさんが百五歳なんだし)
 桜が「わかりました」と頷くと、警備員はスマホで指輪を撮り、すぐさま送信したのち、五分ほどしてから電話をかけた。
「もしもし、お忙しいところ失礼します。ゲートの警備員のサムですが、先ほど送信した写真は拝見していただけましたか。ええ、はい。若い日本人女性の方がいらっしゃっておりまして、曾おばあ様のご遺言でこの指輪を返したいとのことで……」
 警備員は電話の向こうの相手と二言、三言言葉を交わし、やがて電話を切って改めて桜に目を向けた。
「えー、なんて名前だったかな。ミズ……」
「三田村桜です」
「ミズ・ミタムラ、ヴィクター様がお会いしたいとおっしゃっている。どうやらその指輪に心当たりがあるみたいだね。よかったね。ほら、通っていいよ」
(よっしゃ)
 思わず心の中でガッツポーズを決めた。
(やっぱり会って渡すのが一番よね。ああ、よかった。歌子おばあちゃんとの約束、結構早く果たせそう。終わったら友だちを誘って遊びまくろっと)
 意気揚々と邸宅の敷地内に足を踏み入れる。
 この時にはまさか約一時間後、怒り狂って駅へ直行し、ロンドンへとんぼ返りする羽目になるとは思ってもいなかった。

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