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意地っぱりはお互いさま!? 策士な御曹司とバリキャリ女子の恋愛攻防戦

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書籍紹介

今度こそ、おまえを手に入れたい

長年想いを寄せてきた大樹が、勤め先の上司に!? 偶然の再会で葵衣の胸は高鳴るけれど、彼とは軽口をたたく“腐れ縁”の友人で仕事上のパートナー。恋人にはなれない……。切ない気持ちでいると「そろそろ素直になれよ」欲望を孕んだ瞳で射貫かれ、情熱的なキス。熱杭を受け入れ、ひとつになる悦びに身体中が沸き立ち――。「やっと俺のものだ」十年越しに実を結んだ初恋!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
社長・セレブ
シチュエーション:
幼馴染・初恋の人 | 玉の輿・身分差 | オフィス・職場
登場人物紹介

八重樫大樹(やえがしたいき)

アパレル企業の常務取締役。葵衣とは学生時代の同級生で、海外から帰国し再会した。仕事熱心で新ブランドを起ち上げるためのパートナーとして葵衣を指名する。

黒澤葵衣(くろさわあおい)

アパレル企業商品開発課の主任。社内では女性社員たちに人気があり、王子さま扱いされている。大樹が初恋の相手だが、突然の再会に嬉しい反面……?

立ち読み

「みーっけ!」
 その声音には、甘酸っぱい思い出を掘り起こす効果があった。
 それどころか、苦い苦い感情までえぐってくる。
 かくれんぼが得意だった小学校時代。いつも見つけにくるのは同じ男の子……。
 ──黒澤を見つけられるのは、俺だけだから!
 自慢げに……そう言って……。
「常務!」
 焦りを隠せない叫び声が頭上から聞こえ、その場にいた誰もが天を仰いだ。
 閉じこめ続ける甘酸っぱい感情を思いだしかけた黒澤葵衣も、その一人。
 アパレル企業だから、というわけではないが、自社ビルの階段はお洒落なデザインの螺旋状になっている。一階か二階ぶんならついつい階段を使ってしまいたくなる、高級ホテルのようなデザインである。
 その階段を、葵衣は五階から一階に下りてきたところだった。
 エレベーターを使えば早いのに、数名の女子社員が彼女のあとに続いて一緒に階段を下りている。
 それは、綺麗な階段だからとかではなく、“商品開発課の王子”のあだ名を持つ葵衣の姿を眺めるためだ。
 王子、と言われてはいても、葵衣はれっきとした女性である。
 そんな注目度の高い彼女の前に、もっと注目を集めて──人が、落ちてきた。
 手すりを蹴り、手すり支柱を掴んで身体の向きを変え、それは見事に一階へ着地したのである。
「黒澤ぁ! みーっけ!」
 周囲が呆然とするのをよそに、落ちてきた男性は勢いよく葵衣に抱きつく。取り巻きの女子社員たちが「いやー!」と叫ぶなか、驚きのあまり一瞬声が出なくなった葵衣だったが、すぐに男性のスーツを掴み思いっきり引き剥がした。
「たっ、大樹!? 八重樫大樹!?」
 とっさにフルネームを叫んでしまったのは、間違いないと確信したかったからかもしれない。引き剥がされた男性、八重樫大樹は、葵衣が気づいたことを喜ぶように笑顔を見せた。
「大当たり。捜してたんだ、黒澤」
 その笑顔が学生時代と重なる。
 昔から顔の作りが破壊的に秀逸な男ではあったが、十年ぶりに見た笑顔は二十九歳の大人の男を感じさせ、不覚にも胸の奥を鷲掴みにされる。
 しかしながら、それを顔や態度に出すわけにはいかない。葵衣は眉を寄せて表情を作り動揺を隠した。
「なにやってるの……。どうしてここに……」
「常務! 大丈夫ですか、常務!」
 階段を駆け下りてきた男性の声で、葵衣の言葉はさえぎられる。その呼びかけに答えたのは大樹だった。
「大丈夫だ。いきなり、すまない」
「医務室へ行かれますか? あんな高いところから飛び降りて……」
「大丈夫だよ。子どものころは高いガレージの屋根から飛び降りたりもした」
「そんな……! お子様のころとは違うのですから、常務になにかあったら、社長に、……いいえ、副社長や専務にもお叱りを受けますっ」
「父や兄たちの監視体制がキツイな~。よっぽど私は日本にいたくないと思われているらしい。悪かった、気をつけるよ。捜していた顔を見つけたら、いてもたってもいられなくなった」
「……常務……って……」
 不審げな葵衣の声を耳にして、大樹は顔を向け自分を指さす。三つ揃いのスーツ姿が映える男前。確かに知っている顔だが、昔の面影を残しつつも堂々とした雰囲気が完成されすぎていて別人にも感じる。
 小中高のころ、女子の中では一番の高身長だった葵衣より大きかった彼。今も頭ひとつぶんくらい大きい気がする。
 葵衣は一七〇センチだ。とすると一九〇センチくらいあるのではないか。
(なに食べてそんなに大きくなったんだろう……)
 いや、そんなことより今は、彼が常務と呼ばれていたことを考えるべきだ。
 新しい常務が就任するのは知っている。
 この会社の、社長の息子だという話だったが……。
 会長、社長、副社長、専務。すべて八重樫一族で構成されている。大学を卒業して入社したとき、「ここの重役、あいつと同じ苗字だ」などと思ってはいたのだが……。
「海外支部から帰ってきたばかりなんだ。今日が初出社」
「……知らなかったんだけど」
「なにが?」
「……八重樫が……この会社の……」
「言ったことないし」
「まったく気がつかなかった……」
「冷たいな。会社のトップが全員八重樫姓なんだから、俺を思いだしてくれてもいいんじゃないのか?」
「わかるわけがないっ」
 わずかにムキになりかかると、なぜか彼はくすぐったそうに微笑む。
 胸の奥で顔を出しかけている甘酸っぱさが、さらにくすぐられそうになるが、周囲の女子社員たちが「新しい常務、かっこいいー」とはしゃいでいるのに気づき、葵衣は平常心を意識した。
 大樹が常務。だとすれば、焦って走ってきた男性は秘書かもしれない。父親ほどの年代だろう。彼は葵衣の顔を見てから大樹に視線を戻した。
「お知り合いでしたか。学生時代の、ですか?」
「そうなんだ。こいつに会えるのが楽しみだった」
 大樹は葵衣の肩を抱き寄せ、声を弾ませる。
「こいつ、俺のパートナーになる女だから」
 その言葉の意味は正確にわからなくとも……。
 明らかに誤解をした女子社員たちの声が螺旋階段に響きわたり……。
 同じく誤解をしそうになりながらも、葵衣は「意味不明な言いかたしないっ」と突き放すことしかできなかった。
 十年越しの……恋心を刺激されながら────。

 

 

 

「あー、やっぱ最悪だよぉ、あたし、このまま帰るー」
「出社したばっかじゃん」
 朝のエントランスで女子社員二人が立ち話をしている。帰ると言って不機嫌なのは、入社三年目ほどの総務課の女性だ。
 一緒にいるのは同僚。二人とも、よく営業のお土産やクライアントからの差し入れなどを配ってくれるので各部署に顔が広い。
「見てよー、昨日美容院で前髪切られすぎちゃって……。昨日はセットしてあったから気づかなかったんだけど、この短さ、自分でどうしろって?」
「うわぁ、なんでそうなった」
「もーやだぁ、恥ずかしい、帰るー」
「バーカ、課長になんて言うの? 我慢せいっ」
「やだぁ」
 戒めながらも、同僚女子はケラケラ笑っている。本気でへこんでいるらしく、不機嫌女子は泣き顔女子に変貌し本当に帰ってしまいそうな勢いだ。
「おはよう、総務課のレディたち。あれ? 髪切った?」
 そこに、タイミングを図ったように現れたのが、葵衣である。──実際のところ、図っている……。
 サイドで分けられたゆるいワンレン。肩にかかるかかからないか微妙な長さの髪は、ストレートヘアならばシャープな印象を与えるだろう。
 身長一七〇センチ、パンツスーツが似合う商品開発課主任の葵衣を柔らかく頼りがいのあるバリキャリに見せてくれているのは、毛先を散らしたナチュラルなパーマのおかげかもしれない。
「黒澤主任……! おはようございます!」
「葵衣さまっ……!」
 予期せぬ人物に声をかけられ、驚いて背筋をピンッと伸ばす二人。同僚女子は挨拶にまで気が回ったものの、切りすぎた髪に目をつけられた彼女はついつい葵衣の愛称を口にしてしまう。慌てて前髪と口を同時に押さえた。
 彼女に近寄った葵衣は、前髪を押さえている手に自分の手を添え、自然に外させ顔を近づけた。
「やっぱり。かわいいおでこが出ていたから、切ったんだなってわかったんだよ。いいね、いいね、あなたはひたいの形がいいから、とても綺麗」
「へ、ヘンですよね……、なんか、いつもと顔が違って……」
「そんなことない。メイクが上手だから、アイメイクが映えて、いつもよりずっとかわいいよ」
 このときの彼女の変化に音をつけるなら、ボンッという瞬間湯沸かし器が壊れそうな音になったことだろう。
 真っ赤になった彼女は、視線をぐるぐるさせながら声を震わせた。
「あっあああっあたしっ、あとからピン買って、前髪留めておきますっ」
「そうだね。おでこが出ていたら、わたしとおそろいだ」
「一生おでこ出してますっ」
 失礼しますと葵衣に頭を下げ、二人は落ち着きなく去っていく。
「あたし、この手、一生洗わない~」
 賛同できない盛り上がりをしている彼女らを眺め、帰らなくてよかったと、葵衣はホッと表情をなごませる。
「……王子」
 にゅっと横から顔が出てくる。生えるように飛び出てきたせいか、葵衣は思わず「うわっ」と声をあげてしまった。
「相変わらず“王子”だねぇ、“葵衣さま”だねぇ」
 葵衣の横に立ってニヤニヤしながら腕を組んだのは、企画課に籍を置く須藤舞である。
 葵衣と同期の二十九歳。大学で仲がよかったことから、部署が違っても社内では一番親しい友だちだ。
 こういう場合、片方が出世してしまうと友情にひびが入る例もあるが、葵衣は驕らない性格だし、舞も仕事に対してマイペースなので特に問題はない。
 舞だって葵衣に負けてはいない。役職にはついていないものの、企画課でプロジェクトを組めばリーダー抜擢の常連だ。
 葵衣とは対照的なストレートのロングヘア。ややボディラインが綺麗に出るタイトスカートスーツにメリハリのあるメイクは、企画課の女王様と言われるだけのものがある。
「あれをさ、素でサラッと言えるあたり、並の男にはできないよね」
「……わたし……女」
「こう、さりげな~く手を外させて、顔なんか近づけちゃってさ『いつもよりずっとかわいいよ』……とかってぇ。このぉ、商品開発課の王子様がっ」
 楽しんでいるとしか思えない口調で興奮気味に肩を叩かれ、葵衣は渋い顔だ。しかし通りすぎる顔見知りの女子社員に「主任、おはようございます」とかわいらしく声をかけられ、パッと表情が切り替わる。
「おはよう。今日のリップ、ピンクにしたの? かわいいね」
 女子社員は頬を染め、小走りに去っていく。ニヤニヤしていた舞は苦笑いになった。
「ほら~、それだから“王子様”だって言われんの。あんた、大学時代からずっとそれだもんね」
「別に、意識してやっているわけでは……」
「わかってるって。葵衣の、顔もイケメンだけど態度もイケメン、なのは、お兄様がたの教育の賜物だと思ってるから」
「別に教育されてはいない……」
 ……とはいうものの、影響は受けている……。自覚はある……。
 葵衣は四人兄弟の三番目にして長女だ。
 長男はホストクラブチェーン店のオーナーで、次男は総支配人。三男、葵衣の四つ年下の弟にいたっては、一号店から三号店まで総なめのナンバーワンホストである。
 葵衣が知っている兄弟たちの友人知人もその関係者が多く、昔からシッカリ者で行動力があった葵衣は、いつの間にやら男より女の子の扱いに長け、長身も手伝って今では兄弟に混じって立っていてもなんの違和感もない。
 高校では女の子に告白され、大学では彼氏にしたいナンバーワンに選ばれた。
 自他ともに認める……葵衣が認めているかはさておき……周囲が完璧に認めるイケメン女子なのである。
(あの兄弟たちの中で生活していれば……ねぇ……)
 自分の私生活を思い、ふっと遠くを見てしまう葵衣なのだ。
「そんな虚無にならないでよ。それより、またお兄様のお店の優待チケットが出たらよろしくね~」
 肩を叩いて葵衣を元気づけつつ、自分の要求は忘れない。葵衣は苦笑して鼻でため息をつく。
「わたしが言うのもなんだけど、ホストクラブ通いはやめたほうがいいよ?」
「葵衣のお兄様のお店だから、安心して行くんじゃない」
 忠告はするが、身内を褒められれば嬉しい。心なしか声も弾む。
「ま、まぁ、明朗会計で初心者にも優しいお店だし。管轄のお巡りさんにも優良店指定されているホストクラブだからね」
 腰に手をあてて自慢げにしてみる。今夜会える可能性は低いが、今度兄弟に会ったら褒められたことを報告してあげよう。
「え? 黒澤、ホストクラブで副業か?」
 今度は後方から声がする。顔を向けると、大樹が爽やかな笑顔で「よぉ」と軽く片手を上げた。
「八重が……常務っ」
「なんだ? 水くさい。昔のまま『八重樫』って呼んでいいのに」
「よ……よくない、です。会社ですから」
「クールビューティーなのはわかるが、俺にまでつれなくするな」
「……誤解を招きそうな言いかたはやめていただけますか……。それに、クールなんちゃら、なんて、初めて言われましたが」
「いつもはなんて呼ばれているんだっけ? ああ、商品開発課の王子、葵衣さま、か。……おまえ、相変わらず“王子”なんだな」
 グッと言葉に詰まる。小中高の腐れ縁のせいで、いろいろと知りすぎていて困る。
「おはようございます、常務。あまり黒澤主任をいじめないであげてください」
 助け舟を出してくれたのは舞だった。葵衣のうしろに隠れ、彼女の両腕に掴まりながらひょこっと控えめに顔を出す。
「おはよう。企画課の須藤さんだったね。いじめていたのではないよ。彼女は小中高の同級生だから、懐かしくて、つい、ね」
 舞と話すときの口調は、葵衣のときと全然違う。
 この変わり身の早さたるや……。
「仲がよかったんだろうな、っていうのは見ていてわかるんですが、こちらにいらした一ヶ月前だって、新しい常務が王子にプロポーズしたって女の子たちが大騒ぎしていて。黒澤主任、誤解を解くのに大変だったんですよ?」
「私も、いまだに秘書に注意されるよ。言動には気をつけてくださいって」
 大樹は楽しげに笑うが……笑い事ではない。
 あんな曖昧な言いかたをすれば、誤解をする者が出て当然だ。
 一ヶ月前を思いだし、葵衣はため息をつく。
 あの日、──大樹が常務として就任したという日、彼は会社で葵衣を見つけ、階段を飛び降り華麗なまでの運動能力で彼女の前に舞い降りた。
 親しげに葵衣を呼び、抱きついたかと思えば肩を抱き寄せ、あげくにパートナー宣言。
 ──こいつ、俺のパートナーになる女だから。
 あの言いかたは……誤解を招くだろう。そんなわけはないとわかっている葵衣自身でさえ、ドキリとしたのだ。
 すぐにその言葉の真意がハッキリしたのは、彼の秘書のおかげである。常務のおめでたい話が聞けるのかと期待をしたのだろう。嬉しそうに「それはどういった意味ですか」と聞いたところ、アッサリと答えが返ってきた。
『こいつと一緒にやりたい仕事がある』
 ──ほら、やっぱり……。
 葵衣の心が、寂しげに呟く……。
 おかしな期待はしてはいけない。絶対に。ほんの一ミリだって。
 大樹の気さくさも笑顔も、決して特別なものではない。少しでも気持ちを揺らせば……十年前と同じことになる。
「常務が事情を説明してくれる前に、これは一大事とその場からいなくなった女の子たちが誤解したまま噂を広めてしまって……。女の子たち、半泣きで主任のところに聞きにきていましたよ」
「そうなのかい? 私のところには一人もこなかったよ? 嫌われているのかな」
「来たばかりの常務に、聞けるわけがないじゃないですか」
「聞いてくれても構わないのに」
 無茶なことを気楽に言い、大樹は葵衣に顔を向ける。
「で? 話を戻すけど、黒澤、ホストクラブで副業するの?」
「するわけがないじゃないですかっ。兄です、あ にっ」
「お兄さん? ああ、四人兄弟……だったっけ」
「兄二人、弟一人ですよ。夜の商売系なんです。その話をしていただけです」
「なるほど。けど、黒澤が混じっていてもおかしくなさそうだな」
(はいはい、どうせ女っぽさのかけらもありゃしませんからね)
 心で拗ねるが、顔にも態度にも出さないのが葵衣なのである。
「腐れ縁っていうわりには、あまり主任のことをご存じないんですね。お兄さんのこととか知らなかったんですか?」
 舞が不思議そうに口を挟む。小学校から高校まで、通算十二年の腐れ縁だ。家族のことをあまり知らないので気になったのだろう。
 これには葵衣が答えた。
「腐れ縁っていっても、本当に学校の友だち程度のつきあいだったから。わたしだって、常務が社長のご子息だったなんて知らなかったよ。四人兄弟の三番目で、兄二人弟一人ってところが、わたしと同じ兄弟構成だな、ってことくらいしか」
「ふーん、そう言われれば、学校時代の友だちって、相手のことをなにからなにまで知ってるってわけでもなかった子がほとんどだなぁ」
「そうだよ。だから、腐れ縁の昔馴染みってだけ」
 なにか思いついたのか、舞は大樹を見てニヤッとする。
「やった。私の勝ちですよ常務。大学四年間からの今まで、十年のつきあいがある私のほうが、主任に関しては詳しいです」
「それは悔しいな」
「最近の嗜好から、お気に入りの映画、漫画、小説、雑誌、文房具、好きな小動物、使っているシャンプー、ボディソープ、入浴剤。視力聴力、足のサイズからスリーサイズまで。抜け目なく知ってます」
「最後のやつ詳しく」
「はい、ストーップッ」
 いい盛り上がりを見せるなか、葵衣が会話をさえぎる。さすがはプロジェクトリーダー抜擢の常連。舞の話術も最たるものだが、それに平然とついていく大樹も、つきあいのいい男だ。
 ハッと気づけば、通りすぎる人通りすぎる人、みんなが振り返っていく。大樹を見ているのか。葵衣を見ているのか。……おそらく両方だ。
 悪目立ちを避けようと、葵衣はコホンと咳払いをする。
「そろそろオフィスに……」
「ああ、そうだ、黒澤」
「なんですかっ、常務っ」
 注意しているにもかかわらず気軽に呼んでくるので、常務呼びを強調する。刹那、苦笑いをした大樹だったが、すぐに素に戻って言葉を続けた。
「構想もすっかり固まったし、そろそろ話し合いに入りたいから、おまえのオフィスに行くから」
「なんの構想ですか?」
「一緒に仕事をするって言っただろう」
「は?」
 頭に浮かぶ、一ヶ月前のパートナー宣言。
 あれは、その場の勢いではなかったのか。
「常務、ここでしたか」
 いろいろ聞きたいことはあるが、大樹を呼ぶ声とともに彼の秘書が急ぎ足で近づいてきた。少し焦っているように見える。大樹もそれがわかるのか“仕事用の顔”になった。
「どうした?」
「吉住さんが、常務に伺いたいことがあると息巻いていらっしゃいます」
「朝から元気だな。わかった、すぐに行く」
 大樹は二人に軽く手を上げてから歩いていく。彼のうしろ姿を眺め、十年前よりも広く逞しくなった背中に、なぜか胸が痛くなった。
(そういえば、こんなに話をしたのって就任してきてから初めてじゃないか)
 驚きの再会ではあったが、特に仕事で接点があるわけではない。葵衣も忙しいが、大樹だって見かけたときはいつも忙しそうに移動している。
 一緒に仕事……なんて言っている場合ではない雰囲気だ。
「あーあ、吉住さん、また絡んでるのかな」
「絡んでるって、今回は誰に?」
 いつまでも立ち止まっているわけにもいかず、どちらからともなく歩きだす。舞が眉をひそめ、あからさまにいやそうな顔をした。
「吉住さんさ、なにかと常務にいちゃもんつけてるらしいんだよね。海外部門の件らしいけど、常務がこっちに来たことで、マーチャンダイザーとしての自分の立場が危ないとでも思ってるんじゃない? 常務は海外部門を一気に盛り立てた人だよ……。レベルが違うよね。小者が足掻いているみたいで、なんか見苦しい」
「まぁ、いつもちょっと面倒な人ではあるし……。でも、よく知ってるね」
「秘書課では話題になってるらしいよ。常務って暴力的なほどのイケメンだから、かなり人気があって、その常務に突っかかっているから吉住さんの株はガタ落ち」
「へぇ、知らなかった。そうなんだ?」
「少しは関心持ってあげなよ。腐れ縁なんでしょう? 驚くことにこの短期間で“王子”をしのぐ人気になりつつあるのに」
「昔からモテる男だったし。特に驚かない」
「張り合いないなぁ。王子の座は渡さない、……とかないの?」
「張り合ってどうするの」
「それもそうかぁ」
 アハハーと笑って、舞は葵衣の背中をバンバンと叩く。ちょうどドアが開いていたエレベーターに乗る。閉まりそうになったとき、走ってくる女子社員が目に入った。
 必死に走る姿を見て、よほど乗りたいんだなと感じた葵衣は操作盤に手を伸ばすより先にドアの両側に手をかけて、閉じるのを防いでしまった。
「そんなに急ぐと、綺麗にセットした髪が乱れるよ? 大丈夫? 乗って」
「あっ……ぁあ、ありがとうございます……!」
 王子の行動力と、とっさのイケメン度にエレベーター内がざわつく。
「間に合ってよかったね。何階?」
「あああっ……八階ですぅ……」
 女子社員は声を震わせ涙目だ。葵衣はクスリと笑って彼女の背を優しく叩く。
「まだ遅刻にならないから大丈夫だよ。泣かないで」
「はははっ、はいっ」
 とうとう彼女の声は裏返ってしまった。エレベーターに間に合ってよほど安心したんだ、よかった、と……葵衣は思うが……。
 誰もがわかっている。彼女が泣きそうになったのも、声が裏返るほど動揺したのも、エレベーター云々……ではない。
 王子に手を差し伸べてもらったからだ。
「……天然の女ったらし……」
 舞がポツリと呟くが……。
 もちろん、葵衣はわかっていない。

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