新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円
新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円

営業部のモテ男は孤高なリケジョに夢中です

本を購入

本価格:650(税抜)

カートに追加しました
電子書籍を購入

電子書籍価格:650円(税抜)

獲得ポイント:7pt
電子書籍を閲覧するにはビューアアプリ「book-in-the-box」(SHARP)をインストールしてください。
書籍紹介

犬猿の仲なのに、甘く抱かれてしまいました!?

会社では犬猿の仲な営業部のエリート・永誠と那希。でも一緒に呑んだら意外といいやつで!? 「可愛すぎてめちゃくちゃにしたい」普段の余裕な態度は鳴りを潜め、性急で飢えたような激しいキス。濡れそぼった秘所に待ち焦がれた甘い刺激を与えられ、愛おしさがこみ上げる。本当はずっと好きだった……。「今日も明日も帰さないからな」身も心も蕩ける淫らなオフィスラブ!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
ワイルド・騎士・軍人
シチュエーション:
オフィス・職場 | 甘々・溺愛 | 玉の輿・身分差
登場人物紹介

藤科永誠(ふじしなえいせい)

食品会社営業職の優秀な社内一のイケメン。コンビニチェーンの担当をしており、事あるごとに那希と衝突する。

小田桐那希(おだぎりなき)

食品会社の商品開発部で、おにぎりの商品開発をしている。クールで人と群れない一匹オオカミなリケジョ。

立ち読み

「うん。いいんじゃないかな。美味しいよ」
 そう言ってくれたのは、品質保証部の折口課長だ。趣味は食べ歩きで、試食審査にはもってこいの人物といえる。
「ふーむ。僕も嫌いじゃないな。ピリッと刺激があってさ、後味も悪くないし」
 もぐもぐと咀嚼しながら、第一工場の赤坂主任がうなずく。味にうるさい彼が太鼓判を押してくれたら、かなり心強い。
 いいぞ、いいぞ、その調子っ……!
 気分が高揚し、小田桐那希はデスクの下でグッと拳を握った。
 ここは株式会社イラクサデリカ第三会議室。那希は商品開発部のおにぎり・米飯チームに所属している。このたび、新しく開発したおにぎりの試作品を引っさげ、意気揚々と開発試食会議に臨んでいた。
 その名も『プルタッおにぎり』。那希が何か月も熟慮に熟慮を重ねた末に編み出した自信作だ。プルは韓国語で「火」、タッは「鶏」の意味で、現地の人でさえ火を吐くほど激辛だと名高い、唐辛子をたっぷり使った鶏の炒め料理だ。チーズを加えてマイルドにし、おにぎりの具としてふさわしいようアレンジしてある。
「なかなかいい辛味だよね。香りも独創的というか、印象深いというかさ……」
 製造部の飯島係長はしみじみ言う。普段は辛辣な批判が多い彼にしてはめずらしい。
 審査員たちは口々に「いいね」とつぶやき、会議室内に肯定的なムードが漂った。
 もしかしたら、これは行けるかもしれない。まさかの一発オーケーが出るやも……?
 さっきまで判決を待つ被告人のような心地だった那希が、期待に胸を膨らませた。
 そのとき。
「……辛ッ! ダメだ。口当たりが辛すぎる」
 冷たく厳しい声が、和やかなムードを切り裂く。
 にべもないにもかかわらず、魅惑的な美声の主のほうへ、一同は一斉に振り返った。
 第一営業部リテール事業課の藤科永誠だ。鋭く涼やかな双眸に、美しい鼻筋のとおった、凜々しい顔立ち。濃い茶髪のミディアムヘアは、ワックスで毛束感のあるスタイリングがされている。当社最大の取引先であるコンビニチェーン、シチズンマートを担当していた。
 うわ……。ここでまた藤科にダメ出しされるわけ……?
 嫌な予感に襲われた那希は、メガネの下のまぶたを伏せ、横目で永誠を睨む。
 永誠は、那希より二歳年上の二十九歳だ。彼とは同期入社だが、大学在学中、二年間休学して海外留学していたらしい。一九〇センチ近い長身で、引き締まった体つきをしており、会議室内で一番目立った。流行りのブランドスーツをスマートに着こなし、「あ、すごいカッコイイ」「スーツ男子って素敵」と、あらゆる女子に自然と思わせてしまう。社内随一のワイルドイケメン、と称される男。
「悪いが、こんなの先方に出せない。これのどこが働く若い女性向けの味なんだよ?」
 永誠は整った顔を不快そうに歪め、はっきりと那希に向かって言い放った。
 那希は「お言葉ですが……」と言いながら、タブレットを手に立ち上がり、人を食ったような態度の永誠をまっすぐ見つめ、反論する。
「コンセプト案にありますとおり、韓国料理で行く方向で承認いただいてます。また、同案九ページ、マーケティング課の行った『好きな食ジャンルに関するアンケート』によると、韓国料理は特に女性若年層で比率の高い傾向にあるのがわかるかと……」
 ちゃんと資料読んどけよ! という嫌味を暗に込めたつもりだ。
「韓国料理がダメだなんて、一言も言ってない」
 永誠は冷ややかに言い、小馬鹿にしたように顎を上げた。傲慢な態度なのに、垂れた目尻に絶妙な甘さがあり、憎たらしさを倍増させる。
「チョイスが悪いと言ってる。これじゃ働く女子の好みというより、あきらかにメタボ気味の中年層……おっさん好みの味だよ」
 永誠の言葉を自分たちのことだと思ったのか、折口課長と赤坂主任は顔を見合わせた。
 那希はタブレットで資料を確認し、すかさず切り返す。
「お言葉ですが、同アンケート三番にありますとおり、最も好きな肉は? という質問に、女性若年層の多くは鶏肉と回答しておりますので……」
「鶏肉だけが原因じゃない。なぜ、もっと総合的に考えられないんだろう? いくら韓国料理がよくても、わざわざプルタッなんて辛すぎるものを選ぶ必要はないし、鶏肉は他の肉に比べてあっさりしているからこそ、体型を気にする女性に好まれるんだろ? こんなにギトギトに脂っぽくしたら、鶏肉のよさが台無しだ」
 台無し、という無慈悲なワードに、グッと怒りが込み上げる。
 これまで何日もかけ、薬さじ片手にはかりと睨めっこし、唐辛子や脂のほんの数ミリグラムのせめぎ合いの中で、微調整に微調整を重ね、苦心して編み出したこれがベストな分量だ。材料も厳選し、カットの仕方も炒め時間も火加減も試行錯誤し尽くした。
 楽して、ふざけて、遊びでやってきたわけじゃない。
 プロとして、これ以上無理なレベルまで精度を上げてから、この会議に臨んでいた。
 ……あなたになにがわかるっていうわけ?
 生み出す労苦を知らない人間に、適当に批評されるのだけは絶対に我慢ならない。
 激情を抑えるときの癖で、メガネのつるを二本指で押し上げ、那希は口を開く。
「ですが、唐辛子の量を減らすとプルタッの個性と鶏肉の旨味が損なわれ、シチズンから要望された『印象に残る味』というコンセプトから遠ざかります。さらに、これ以上脂を減らすとパサパサした食感になってしまいます」
 正念場だ。ここで彼を論破できなければ、せっかく開発した新おにぎりは守れない。
 那希は努めて冷静に持論を展開する。
「すでに定番となっているツナマヨもマヨネーズを多めに使っていますが、女性にも不動の人気があります。つまり、女性は脂っぽさよりも美味しさを優先しておにぎりを選んでいる、という無視できない真実があると思いますが?」
 うんうん、そのとおりだ、とうなずく飯島係長の薄くなった頭髪が、視界の端に映る。
 それに力を得、那希は会議室をぐるりと見回して言った。
「おにぎりを買うとき、いったい何人の女性が品質表示のシールを見るでしょう? 脂質が一・六グラムなのか、一・九グラムなのかを気にして買いますか? 答えは否です!」
 那希は声に力を込め、さらに熱弁を振るった。
「どんなおにぎりを買うか? 答えは非常にシンプルです。それは、味です! 美味しければ買うのです。味が一番重要なんです。それが原点にして頂点です、絶対に!」
 ヒートアップする那希をなだめるように、直属の上司である泉課長が助け舟を出す。
「本品は辛味と旨味のバランスに集中し、余計なものをそぎ落としてあります。一度食べたら絶対に忘れない味です。印象に残り、美味しい。商品化に値するかどうか、慎重にご判断願います。開発課からは以上です。さ、小田桐くん、座って……」
 泉に促され、那希は肩でぜーはー息をしながら座る。とりあえず説得は尽くした。
 しばしの沈黙が下りる。隣の泉がメガネを外し、ハンカチでレンズを拭いた。
 永誠は気怠そうに首を傾げ、冷たく鋭利な眼差しで睨んできた。眉頭と目の距離が近く、刃物ですっと割いたような切れ長の目が、個性的な色気があって惹きつけられる。
 負けじと睨み返しながら那希は、この乱れ打つ鼓動が動揺しているせいか怒りのせいか、自分でもよくわからずにいた。永誠に見つめられると、なぜか冷静でいられない、いつも。
 永誠はゆっくりまばたきしたあと、「開発課の主張はわかりましたが」と口を開く。
「いずれにせよ、これじゃ先方に出せません。俺自身が営業として自信を持って勧められないものを、到底シチズンに勧められるわけがない。たしかに美味しいが、辛すぎる」
「ですがっ……」
 勢いよくデスクに両手をつき、立ち上がろうとする那希を、永誠の一言が鋭く刺した。
「これのどこが、春らしいんです?」
 ギクッとした那希は、腰を少し浮かせたままとまる。
 まるで獲物を前にした肉食獣のように、永誠は半眼を凝らし、那希だけに狙いを定めた。どこか妖艶なその表情に、那希のうなじはゾクッとする。
「忘れてないですよね? シチズンの要望したコンセプトを。働く若い女性に愛され、印象に残る味で、春を感じさせるおにぎり……これのどこが春なんです?」
 不必要に優しい声が、鼓膜にねっとりまとわりつく。
 たとえるならそれは、生肉を前にした空腹のライオンみたいだった。致命傷を負ったシマウマを、愛おしそうに舐めるライオン。どうせこのあと食いちぎる癖に……。
「あ……。あ、そ、それは……」
 那希は一気に旗色が悪くなり、どっと冷や汗が噴き出す。きっと指摘が入るだろうと、事前に泉と打ち合わせておいた回答を必死で思い出した。
「え、えーと、それは、な、菜の花ですっ! 菜の花が具材に入っていて……」
「申し訳程度に。ほんの微量ですよね? コンセプトをとりあえず満たすために?」
 被せ気味に言う永誠は、舌なめずりでもしそうな勢いだ。その低い声はたしかな愉悦を含んでいた。那希をいたぶり、追い詰め、いじめる快感を抑えられない響きが……。
「あ、そ、それは……」
 図星を突かれ、しどろもどろになる。
「はっきり言って、菜の花の味は浮いてますよ。ぜんぜん調和していない。なくていい」
 冷淡に切り捨てる永誠に、あきらめない那希は食ってかかる。
「ですが、合わなくもない。春を感じる野菜で他に合うものはありません。これしか」
 永誠は美しい口角を上げ、ひどく楽しそうに冷笑した。
「そんなくだらない消去法で、バランスを欠いたものを世に出すんですか。シチズンに言われたコンセプトを、ただやっつけで満たすためだけに?」
「百パーセントの精度なんてあり得ません。納期や予算が無限にあるわけじゃない。顧客の要望を満たすため、妥協せざるを得ないケースなんて山ほどあるでしょ?」
 那希の弁明に、永誠は忌々しそうに小さく舌打ちし、怒りを込めた声で言った。
「俺たちの怠慢で、本来はその資格がないものを世に出してしまったとき、なにが起きるかなんてよくわかってるだろう? 開発と営業だけじゃない。うちの社全体とシチズンの信用に傷がつくんだぞ!」
 たしかにそのとおりだ。那希はぐっと言葉に詰まった。
 二人の熱量に気圧されたように、会議室の面々は固唾を呑んで見守っている。
「……いいでしょう。開発課がそこまで言うなら、現実にターゲット層から判断してもらえばいい」
 永誠はそう言い、大きな手のひらを上に向け、前方に差し出す。その先には製造部の新入社員、内田由香が座っていた。彼女も試食審査員として呼ばれている。
 急に白羽の矢を立てられた内田は、「え? 私?」と目を丸くした。
「内田は短大卒で今年の春入社した二十一歳です。ターゲット層に合致します」
 淡々と言う永誠に、三秒ほど見惚れていた内田は顔を赤らめ、「あ、は、はい」と居住まいを正した。これは永誠を前にしたときの、女子社員あるあるの反応だ。
 那希は「わかりました」と承諾し、内田のほうへ向き直り、真剣に諭した。
「内田さん。どうか、あなたの正直な感想を聞かせて欲しいの。後輩だからとか、新人だからとか、気にしなくていいから、純粋にお客さんとしてどう感じたのかを……」
「内田、想像してみて欲しい。君はコンビニに行ってこのおにぎりを買ったばかりだ。さっそくフィルムを開けて食べてみて、どう感じるかをシンプルに」
 そのとおり想像しているのか、内田はウーンと中空を睨み、おにぎりを一口かじった。
 もぐもぐと咀嚼する内田を、那希は祈るような気持ちで見つめる。
 ややあって、内田は口を開いた。
「あ、あの……。やっぱり、ちょっと……辛いかなって思います……」
 その瞬間、那希はおでこでデスクをぶち割りたくなった。
 勝ち誇ったようにニヤリと口角を上げる永誠が、視界の端をよぎる。
 内田はすまなそうに那希をチラリと見て、おずおずと続ける。
「あと、脂っぽいのも気になるかも……。すごく美味しいし、印象にも残るけど、また買うかって言われたら、微妙かもです……」
 内田は語尾を濁し、「本当にごめんなさい」と言って顔を伏せた。
 会議室内では口々に「あぁ……」という残念そうな声が漏れる。
 勝敗はもう、決したのだ。
 食品業界において、いわゆる味見をして評価することを官能検査と呼ぶ。
 審査員たちはタブレットを取り上げ、官能検査シートに結果を入力しはじめた。
「最後に、試食審査の決を採ります。合格と思うかたは挙手を」
 進行役の泉課長が声を張ったものの、すでに那希は結果がわかっていた。
 審査員十名のうち、挙手したのは二名のみ。
 プルタッおにぎりの商品化は見送られ、開発課は多くの課題を残すこととなった。

 

 

 

 季節は九月の上旬。めずらしく冷夏だった余韻を引き、涼しい日が続く。
 新作のおにぎりは来春発売予定なので、生産製造の工程を踏まえると、なるべく早めにレシピを確定させなければならなかった。
 ゴシゴシと乱暴に手を泡立てたあと、自動センサーに手をかざし、勢いよく出る水流に頭ごと突っ込みたくなる衝動を抑え、那希はため息を吐く。
 ここはオフィスの十三階にある試作開発室。工場での大量生産を想定した試作品が設計できるよう、大型キッチンとさまざまな機器がそろっていた。
 白衣に着替えた那希は、消毒液を手に擦り込む。消毒は入室するときの規則だった。
 前方の鏡には、大きな真円型のメガネを掛けた那希のほっそりした顔が映っている。
 長年愛用しているこのメガネは黒のチタン製で、極細のフレームが気に入っていた。
 先ほどの開発試食会議の熾烈なバトルのせいだろうか。元々色白な肌はいつにも増して蒼白で、ぱっちりした漆黒の瞳は輝き、恨みがましくこちらを睨んでいる。勝ち気に上がった眉に、アーモンド型の目は冷めた印象を与えるらしく、同僚から「凜とした冷たい顔立ち」と評されていた。
 とはいえ、うちの会社は華やかな美人が多く、自分は目立たず埋もれているのだけど。
 黒髪を顎先で切りそろえたボブヘアの、毛先が少し乱れているのが気になり、そういや最近忙しくてヘアサロンに行ってないや、と思い至る。
 そこへ、同じ白衣に着替えた泉の丸い巨体が現れた。
「泉課長! お疲れさまです。今日はありがとうございました」
 那希が声を掛けると、泉はふっくらした丸顔をニコニコさせた。
「お疲れさま。いやーすごかったね! 藤科くんも、小田桐くんもさ。丁々発止の激論っていうの? 営業VS開発、まさに天下分け目の戦い、これぞ頂上決戦って感じでさ」
 泉は興奮気味に語り、那希にならって手を洗いはじめる。
「藤科くん、まだ若いのにすごいよなぁ。入社五年目にしてシチズンマートの担当に大抜擢されてさ、我が社が誇る営業部のエースだもの」
 泉が感心したようにうなずくと、二重顎がぷるぷると揺れた。
「藤科くんみたいに業務知識が深いとさ、やっぱり言葉に説得力が出るよねぇ。それでイケメンで好青年なんだもの。おじさん、敵わないなぁ。ふぁっふぁっふぁっ」
 社内での永誠の評判は、那希も痛いほど知っていた。
 顔やスタイルのよさだけじゃない。その仕事ぶりは正確にして迅速で、顧客のために身を粉にし、納期も約束も必ず守り、取引先から絶大な信頼を得ている。有能ぶりが社外から高く評価される一方で、性格は明るく大らかで人当たりもよく、若い社員のみならず年配の役員たちからも人気を博していた。
 今回の新おにぎり開発もシチズンマートからの依頼で、那希がメニューの発案、試作、開発を担当し、永誠がシチズンマートとの間に立って交渉、材料調達や広告宣伝、進捗管理といった、商品化の全体を統括する役割を担っている。
 開発と営業はさながら両輪のように、一体となって進まなければいけないが……。
「営業に……なにがわかるっていうんですか?」
 那希はそう吐き捨てた。大人げないと知りつつ、永誠に対する怒りが胸に渦巻く。
「小田桐くん、今回はものすごく頑張ってたもんねぇ。毎晩遅くまで残業してさ……」
 同情に満ちた目をする泉。そうやって気の毒がられるほど余計にやるせなさが募る。
「私もこの仕事を五年やってるプロですから、開発の大変さに対して文句はありません。私なりにスキルと時間の許す限り頑張るし、舞台裏の努力について消費者は知らなくていいと思ってます。美味しいでもマズイでも、評価してくれるだけでうれしいし」
 収まらないこの胸のモヤモヤをどうにかなだめたくて、ひと呼吸置く。
「けど、営業は別です。営業は私たちと同じ社員じゃないですか。なのに、私たちが開発にかけた膨大な工数を無視して、偉そうに批判するだけ。レッテル貼りするだけ。揚げ足取るだけなら、小学生でもできるんですよ!」
 軽蔑の気持ちが込み上げ、つい声が高くなってしまう。
「いったい、何様のつもりなんですか? 営業って……」
 藤科永誠って、と言いたいところを堪え、営業と言い換えた。
「うーむ。藤科くん自身も言ってたようにさ、最終的にシチズンからのクレームや批判の矢面に立つのは営業なわけだし……。真剣だからこその、厳しさじゃないかなぁ」
 泉は細い目をますます細め、のんびり言う。そうなるともう、目を開いているのか閉じているのか、見分けがつかなかった。
「シチズンに怒られるのが怖いんですか? なら、臆病なだけじゃないですか。そんなビビリの感情論で毎回毎回ダメ出しされたら、こっちは堪ったもんじゃないですよ」
「まあまあ、小田桐くん。辛味と脂と春らしさはさ、君も事前に心配してたじゃない。これは指摘が入るかもって。やっぱり、藤科くんの舌は誤魔化せないってことだよ」
「ただ、マウント取りたいだけですよ。私をけなして優位に立ち、恥をかかせて快感を得たいだけ。昔からそうです、あの人。おにぎりの精度なんて考えてないですよ、絶対」
「ふーむ。それは違う……と否定したいところだけど、一理あるかもなぁ。うちの社内に限らず今の世の中、多くの人がマウント取りに躍起になってるのは、否めないねぇ」
「でしょう? いいものを作ろうとか、そういう気持ち、全部二の次ですよ」
「ふふふ、なぜだろうね? 大人になると人は、他者を踏みにじることに楽しさを見い出すようになる……実に不思議だ。僕が常に考えている人生のテーマでもある」
 そういえば、この人が誰かをけなしたりするの、見たことないかも……。
 泉のふくふくした丸い顔を見ていたら、ふとそんなことに気づく。
 還暦前の泉の性格は温厚穏和で、なにを言われても常にニコニコ、見た目は七福神の布袋様のようにふっくらしている。かつて三十七歳という異例の若さで親会社の営業本部長まで務めた人物だが、なにがあったのか左遷され、今のポジションに収まった。
 人望が異様に高く、若手社員には「なんか見てるだけでありがたーい。拝みたーい」と愛されるキャラで、あまり出世にも仕事にも興味がないらしく、開発課の日当たりのいい席で、いつもほのぼのしながら孫の写真を眺めている。特技は謝罪とクレーム対応で、味覚は鋭く物腰柔らかく、たまにしてくれる助言は存外に的確。なにかトラブルがあれば率先して謝ってくれ、上層部や社内外との調整もうまく、仕事の邪魔にもならないので、不思議と那希は泉とうまくやっていた。
 なにより、信頼して開発を任せてくれるのがいい。下手に手出しされるよりはるかに。
 役員や部長クラスは皆、「泉は無能」と見下しているが、果たしてそうだろうか? と那希は疑問に思っている。有能か無能か、たしかに掴みどころはないけれど……。
「けど、藤科くんはちょっと違うと思うな。彼のダメ出しには愛があるよ」
 泉はそう言って、消毒液のポンプを数回押し、手に擦り込む。
「ただの好き嫌いですよ。私、藤科に嫌われてますから。なにをどう作ろうと結局、ダメ出しを食らうわけです」
 すると、泉はふっと相好を崩し、優しい目をした。
「そんなことないと思うよ。藤科くんはむしろ小田桐くんのことが好きだと思うなぁ」
「えええっ? まさかっ!」
 びっくりして目を剥いてしまう。どこをどう見たらそんな推論になるわけ?
「生き生きしてたじゃない、藤科くん。普段の彼ってさ、お世辞がうまくて抜け目ない印象だけど、小田桐くんにだけ本性を剥き出しにするよねぇ。いや~あの追い込みかた、見てるこっちがゾクゾクしたよぉ。小田桐くんて、彼の狩猟本能に火をつけるのかな」
 ……は? 狩猟本能に火をつける?
「なんなんですか、私は追い込み漁の魚かなんかですか。迷惑でしかないです、それ」
「小田桐くんはさ、今ひどく怒っているけれど……。それは果たして、彼のダメ出しがマウント目的だったということに対してなのかな?」
「……どういう意味です?」
「ん? いや、僕にはなんだかさ。君が嫌われているという事実に、傷ついて怒っているように見えたんだけど……」
「傷ついてません!」
 とっさに泉の言葉をさえぎってしまう。声のトーンを落とし、さらに付け加えた。
「別に傷ついてません、ぜんぜん。私も藤科のこと、苦手ですし」
「そうかそうか。こりゃ、失礼。おじさん、的外れなこと言っちゃったなぁ」
 ふぁっふぁっふぁ、と泉は愉快そうに笑う。
「まだ時間はあるし、一つ一つ課題を潰していこう。小田桐くんは開発部のエースだもの。小田桐くんにできなければ、他の誰にもできないわけで。僕も小田桐くんの手となり足となるからさ。頑張って営業部をギャフンと言わせてやろうよ」
 泉のニコニコした丸顔を見ていたら、那希も釣られて笑顔になった。
「そうですね。ウジウジしててもしょうがないし、切り替えないと。私、頑張ります!」

おすすめの関連本・電子書籍
電子書籍の閲覧方法をお選びいただけます
ブラウザビューアで読む

ブラウザ上ですぐに電子書籍をお読みいただけます。ビューアアプリのインストールは必要ありません。

  • 【通信環境】オンライン
  • 【アプリ】必要なし

※ページ遷移するごとに通信が発生します。ご利用の端末のご契約内容をご確認ください。 通信状況がよくない環境では、閲覧が困難な場合があります。予めご了承ください。

ビューアアプリ「book-in-the-box」で読む

アプリに電子書籍をダウンロードすれば、いつでもどこでもお読みいただけます。

  • 【通信環境】オフライン OK
  • 【アプリ】必要

※ビューアアプリ「book-in-the-box」はMacOS非対応です。 MacOSをお使いの方は、アプリでの閲覧はできません。 ※閲覧については推奨環境をご確認ください。

「book-in-the-box」ダウンロードサイト
一覧 電子書籍ランキング 一覧

ジャンル・シチュエーション検索

 

ジャンル

キャラ属性

シチュエーション