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どうしたら推しと結婚できますか!?

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書籍紹介

大好きなキャラが、リアルなエリートとして現れた!?

2次元に人生(とお金)を捧げてきた隠れオタクな由華。同期の蓮弥に趣味を知られてしまい――。「バラされたくなかったら僕と婚約してくれ」脅迫じみた申し出に戸惑うけれど、意外にも紳士的で優しいエスコートに高鳴る胸。甘いキスで迫られれば初めての快感が全身を駆け抜ける。中をこすり上げる熱い幹に喘がされて――。ガチオタ女子とエリート同期の2.5次元ラブ!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
インテリ
シチュエーション:
甘々・溺愛 | オフィス・職場
登場人物紹介

藤川蓮弥(ふじかわはすみ)

藤川商事の御曹司(次男)で、笹木電気のエリート営業社員。由華とは同期で、とある事情で参加していたオタクイベントで彼女の弱みを握り、婚約を迫るが!?

笹木由華(ささきゆか)

笹木電気の令嬢。美貌の受付嬢として社内外から人気だが、中身はかなりの二次元オタク。オタク衣装全開でイベントに参加しているところを藤川に見られ――?

立ち読み

 東京屈指のオフィス街の中心地に大企業・笹木電機のオフィスは在った。
 そびえ立つタワービルのガラスには広がる青空が映され煌めいている。ビルのエントランスを囲うように植樹された銀杏並木は黄金色に染まり、洗練されたオフィスをよりいっそう輝かせていた。
 そんなある日、笹木電機の受付を担当している笹木由華は昼休憩の時間に、ひとり社長室に呼び出されていた。
「失礼します。お呼びでしょうか」
(わざわざ内容は聞かなくてもわかっているけれど、ね)
「やあ。来たか。休憩の時間にすまないね。君に話というのはだね──」
 対面した社長の口の動きから次に何を言われるのか、由華は瞬時に読み取った。
「お断りします。社長」
 間髪入れずに由華が返事をするので、社長は困惑した表情を浮かべた。
「いや、まだ何も言っていないんだが?」
「何回も同じ手を使うんですもの。言われなくてもわかりますわよ。『お父様』」
 呆れた表情を浮かべている由華に対し、社長は苦笑する。
「参ったね。由華……」
 情けない顔でため息をつく父を前に、由華はにこにこと笑顔を返すだけ。
 そろそろ婚約を、と社長兼お父様にせっつかれているけれど、何かと理由をつけて先延ばしにしてきたのだった。
 娘に激甘の社長、笹木康介はひとり娘と跡取り問題の板挟みにあい、頭を抱えている状況なのである。それをわかっていながら、由華はあえて父を困らせたままにしている。
「いいかい? 誰でもいいから婚約しなさいとは言っていないんだ。こちらも娘の幸せが第一なのだからね」
 疑いの目を向ける由華を前に、康介はなんとか彼女のご機嫌をとろうとする。それも由華にはお見通しだ。娘から白い目を向けられた康介は、苦笑いを浮かべてごまかすばかり。
「頼むよ。そんな顔をしないで。よい店を見つけたんだ。きっとおまえも気に入るはずだ。そこで食事でもと思ったんだが……まあ、いい。まずは候補くらい聞いてもいいだろう?」
 由華はツンとした姿勢を崩さない。
「では、候補についてだけお聞きしますわ」
「うむ。同期の藤川くんはどうかな? 彼は良家の次男。君も知っているとおり、我が社の若手のホープであり、営業成績トップを争う有能なエリートだ。お互いの親同士よく顔を知っている仲でもある。君も藤川くんの人となりを見て知っているだろうし、申し分ない相手だと思うんだが」
 今回はよほど自信があったのだろう。康介はタイムカプセルを見つけた少年みたいな興奮した様子で、意気揚々とアピールする。そんな父とは真逆に、由華はますます冷めた表情を浮かべた。
「またお相手の口車に乗せられたんですね」
 猫のような瞳をした由華がじぃっと視線で咎めると、康介は肩をすくめてみせた。その上で、社長らしい威厳も忘れなかった。
「由華、おまえこそ口を慎みなさい。父親の私には何を言ってもいいが、先方には失礼だろう」
「たしかに。失言をお詫びします。申し訳ありませんでした」
 由華は不服だったが、ここは素直に謝ることにした。
 父は古くからの関係を大事にしてきたからこその人脈がある。そうして会社が成長してきたのも父の手腕のおかげだ。だが、押しに弱いところがあり、由華は度々巻き込まれて迷惑しているのである。
「事の経緯を話そう。創業記念パーティーの席で藤川くんのお兄さんの婚約が発表された。藤川社長が跡継ぎに身を固めてもらうと安心だとおっしゃっていた。その話の流れでね、由華さんと蓮弥の婚約はどうか、と言ってくださった。互いに適齢期だ。悪い話ではないと思わないか?」
 娘の幸せを願っていると言いながら、父が重視しているのは、結局のところ親同士の繋がりであり、家柄や世間体なのだろう。
 由華だってもう子どもではない。それで拗ねるような行動をとるわけではないが、ただ言いなりになるというのも面白くはない。
(適齢期とは?)
 素を晒して、勢いよく反発したくなった。
 仏頂面を浮かべそうになるのをぎりぎり抑えて、ポーカーフェイスを気取る。凜とした花のまま、由華は儀礼的に社長に問うた。
「そういうことでしたか。彼には聞いたのですか?」
「まずは君の気持ちを聞きたかったんだよ、由華」
 娘にまでいい顔をして取り入ろうなんてしなくていいのに。由華は内心ため息をつく。
「……申し訳ありませんが、そのお話、丁重にお断りいたします」
「由華、そう言わずに。会って食事をするくらいいいじゃないか」
 食い下がろうとする父を瞬時に睨めつけた彼女は、きっとすごい表情をしていたに違いない。雪女もびっくりかもしれない。康介は凍りつき、さすがにもう引き止めはしなかった。
「では、私はこれで仕事に戻ります。その話はもうしないでください」
 失礼します、と由華は踵を返した。
「社長、振られてしまいましたね」
「ああ。仕方ないね。また時期を改めよう」
 社長秘書と話をする父の声が聞こえてきた。
 憤懣やるかたないこの感情を、どう発散すべきか。
 由華は肩でため息をついた。
(婚約婚約って……一方的に押し付けてるだけじゃない。何度言ってきたって無駄なんだから)
 うんざりした気持ちを振り払うように足早にエレベーターに乗り込み、由華は一階の化粧室に入ってから身なりをチェックし、受付の席に戻っていく。
 優雅に、しかし慎ましく、淑やかに……。心の中で呪文を唱えた。
 社長令嬢らしく会社の顔である受付らしく、清楚に振る舞えるように、柔らかな笑顔をさりげなく意識して……。
 そうして賢者モードに入ろうとしていた由華の側で、後輩の沢村恵利が頬を染めて何かをつぶやいた。
「藤川さん、いつ見てもかっこいい……」
 そんなふうに聞こえてきた。恵利の独り言は、ほぼ無意識のようだった。
 藤川、という名前に、由華は弾かれたようにエレベーターの方を見た。
(藤川蓮弥……フジカワハスミ……HASUMI FUJIKAWA)
 父に勧められた見合い相手の男だ。気にならないわけではなかった。
 同期とはいえ、そんなに交流があるわけではない。挨拶はするし、顔見知りではある。けれど、彼がどんな人なのかは表面上でしか知らない。だから、父の言い分はさっぱり的を射ていないのだ。
 まったく情報がないわけでもない。由華はオフィスの窓口として社員のことはもちろんお客様のことまで細やかに把握している。
 今、蓮弥は海外からの来客を相手にしているらしい。流暢な英語は聞き心地がよい。絶妙なタイミングでの爽やかな笑顔は、相手の気分をよくさせるらしい。言葉巧みに相手を乗せるのがずいぶんとうまいようだ。営業の鑑といっていい。
 容姿端麗、語学堪能のマルチリンガル、営業成績はSSSランク。プレゼンは負け知らず。企画賞、部長賞、社長賞、彼は今までいくつ賞を獲っただろうか。
 そして今はその素晴らしい能力を買われ、たった二十五歳という若さで経営戦略室に在籍している。そのうち彼の名前でブランド商品が企画されてもおかしくはない。次期社長の座を狙っているのでは、という噂もあながち嘘ではないだろう。
(私と婚約すれば、の話ね)
 由華は少しだけ冷めた心地になった。
 藤川蓮弥には特に何か思うところはない。容姿も才能も、完璧だがどこにも嫌みなところがない。親の会社には入らず、身分にあぐらをかくことはなく、地位も名誉も努力で得た男だ。素直に尊敬するし、嫌な感じもしない。父が自信ありげに縁談を勧めたのも納得ができる。彼は本当の好青年だ。
 でも親同士が知り合いと父に言われると、どうしても反抗心の方が先立ってしまう。素敵な人だとは思うけれど、彼が婚約者になることを想像してもいまいちピンとこない。
(たしかに見目麗しいエリート美男子だけど……)
 理想のAIと揶揄されているのを耳にしたことがある。彼はあまりにも完璧すぎて、人間らしくないというのだ。たしかにこれほど優秀な人材はそう現れないに違いない。
(2次元キャラの方がよっぽど人間らしい気がするわ。いえ、声を吹き込まれ、生きているんだもの)
 2次元キャラというワードに、由華の中でスイッチが入る。彼女は居ても立ってもいられなくなり、うずうずと腰を動かした。
 藤川に見とれていた恵利が振動に気づいたらしく、こちらを振り向いた。
「先輩? どうしたんですか?」
 怪訝な表情を浮かべている恵利を見て、由華はハッとする。
(まずい。素が出そうだったー! 私、今ものすごくニヤけてなかった? ちょっと落ち着け、自分)
「い、いいえ。何でもないわ。姿勢が歪まないように少しストレッチをしただけよ」
 由華はそう言い、なるべく上品にと意識しながら、骨盤を揺らしてみせる。
「さすが! 美意識が高いんですね。私も見習わないと」
【由華の良心は百のダメージを受けた】
(……ごめんね、えりちゃん。私を見習うなんて、とんでもないったら)
 なんていったって私は──。
 懺悔をしようとしていた由華はハッとする。
「そろそろ時間だわ」
 彼女は時計の秒針をカウントしはじめた。一刻一刻と過ぎていく針を見つめる眼差しは、獲物を逃すまいといった獣の……否、乙女の顔になっているに違いない。
 定時を示した瞬間、由華はすくっと立ち上がる。逸る気持ちを示すように、彼女の鼓動は早鐘を打っていた。もうその瞬間に、息が上がっている。
「先輩、ひょっとして……恋人との約束ですか?」
 恵利はこっそり耳打ちをしてきた。
 そうではないのだが、あながち外れてもいない。
「ええ。最高の週末にしなくちゃ。お先に失礼するわね」
 とりあえず由華は曖昧に答え、にっこりと笑顔を決める。
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様」
 由華はロッカーに立ち寄り、さっと着替えを済ませたあと、颯爽とオフィス内を闊歩する。
 あの自動ドアを通り抜けるまでは、オフィスの華でいなくてはならない。通り過ぎる社員に笑顔で挨拶をして、美しい所作に気を遣い、ゆとりをもたなくては。
(恋人なんてウソ、無理。やっぱりリアルな恋愛なんて私には程遠いわ)
 社長令嬢としてあるまじき行動は避けるべき。所作には気を遣う。学生の頃は習い事をたくさんしてきた。茶道に華道にピアノにバレエに弓道……文武両道を心がけてきた。
 中学生の頃に母が亡くなってから、片親だからといった偏見による外聞を寄せ付けないように、自分なりに考えた親孝行のつもりだった。
 由華は徹底してお嬢様を演じてきた。しかしその反動はすべて私生活に現れた。
 東京駅周辺のスポーツジムのロッカールームで着替えて、由華が向かうところといえば、オタク女子の聖地……池袋だ。
 駅を一つ通過するたびに由華はそわそわと落ち着かない気持ちになった。
 由華の目的は、大好きなイケメン俳優育成アプリ『DOLLS学園』における『推し』の「等身大アクリルスタンド」の予約だ。
 イケメン俳優養成DOLLS学園に集うイケメンキャラ総勢二十名、その中でも爆発的な人気を誇るキャラの予約は瞬殺で定員オーバー。
 今回はオンラインと店頭それぞれひとりあたりの購入数の制限を設けた上で、十分に在庫を用意していると聞いていたけれど、油断は禁物。上限に達した場合は早期に受付終了する場合がございます、と赤字で示している。約束できないものを完全に信用することはできない。この手で勝ちとりに行くまでは確定ではないのだ。
 その上、由華の推している矢ヶ瀬レンというキャラは人気でいうとトップ3に入る。グッズ交換の取引において、ファンの間では高レアとか高レートと呼ばれるキャラなのだ。
 つまり入手困難、品薄になりやすいキャラということ。
(はやく、はやく、はやく……!)
 由華は焦る気持ちを抑えようとオンラインショップの予約画面を確認する。オンライン予約の分は押さえたのだ。店頭予約の分は押さえられたらいいなという気持ちでいればいい。それでも、推しの限定グッズは一つで満足しきれないくらい沼にハマっている彼女からすれば、ますます焦るばかりだった。
 電車内にいる人間が皆、同じ目的を持っているのではないかと感じて身構えてしまう始末。
(あああ、どうしよう。オンラインの予約分は休憩のときに無事にポチったけど、店頭予約間に合うの!? 間に合わなかったらダメ……もう死んじゃう!)
 やっと電車が池袋に到着し、由華は慣れた足で最短のコースを行く。同じ道を歩いている女の子たちに取られてしまうかもしれない。
 焦れば焦るほど、急ぐ足がどんどん加速する。髪を振り乱し、息を切らしながら、滑り込むような勢いのまま店の前に立った。
 由華はそこで額の汗を拭った。無論、ここから店内はマナーを守って行儀よく。人に迷惑をかけるようなことはしてはいけない。それはオタク女子たる由華なりのポリシーだ。SNSで度々マナーの悪いオタクが炎上しているが、大好きなジャンルを燃やすことなど言語道断。彼女は急ぎつつも邪魔にならないようにまっさきにレジに向かった。
 息を弾ませながらも、必死になりすぎないようになんとか自分を抑えるものの、もう限界は近づいていた。目は血走っているし、鼻息も荒い。全力で海を何キロも泳いだあとのような疲労感だった。
「こっこちらのレンくん、まだ、予約間に合いますか?」
 由華はレジ前のパネルを指差し、女性店員に尋ねた。気が急いているせいで、言葉に詰まった。
「少々お待ちくださいませ」
 緊張の一瞬。彼女は息をのむ。たった数秒のことなのに心臓が飛び出しそうだった。
「はい、ございますよ。店舗分の予約はラスワンです! よかったですね」
 その瞬間、天を仰ぐような気持ちだった。
「あ──ありがとうございます! おねえさん」
 握手してしまいたいのをグッとこらえて、脇のあたりでグーを握る。
 無事に予約確保ができ、SOLD OUTの札がつけられるのを見て、由華はホッと胸を撫でおろした。
「じゃあ、こちらに記入してくださいね」
 由華はさらさらと予約注文表に記入し、漏れがないか確認した。
 女性店員と『DOLLS』の話を少しだけ交わしつつ、由華は会計を終えた。
(よっし、無事に予約完了!)
 清々しい気持ちでレジ前から撤収したあと、エレベーターの付近に推しの等身大のパネルを発見する。
 パネルには、予約受付中という吹き出しがついていた。
 由華はその場で腰が砕けそうになった。
(待って。やっぱり無理。リアルな恋愛なんて私にはぜーったい無理っ)
「はぁ……本当に好き。レンくんさん様。私の恋人はやっぱりあなたしかありえないよ」
 由華は2次元のキャラに恋をするオタク女子なのであった。
 無論、親には内緒である。このことが知られたら、娘を溺愛している父は卒倒することだろう。
 生産性のない、なんて差別するような言葉で片付けてほしくない。
 推しへの愛は生きる希望であり、推しの供給は生きる糧なのだから。
(そうよ……これが私の生きる源なんだから)
 清々しい気持ちで由華は店を出た。
 薄暗くなった秋空にオレンジ色の光が輝いている。
『恋よりも仕事よりも美よりも食よりも推し! 結婚するなら推しがいい!』
 オタク女子の聖地の中心で推しへの愛を(心の中で)叫ぶ由華には、お嬢様の姿など微塵もなかった。


     ***


 とある休日の午後のこと。
 創立記念パーティーの終盤、藤川蓮弥は折を見て会場を出ようと思ったのだが、運悪く厄介な人物に捕まった。
「蓮弥、挨拶しなさい。笹木社長が来てくださった」
 父親の信彦だった。そして笹木社長というのは、勤務先の笹木電機の社長、笹木康介のことである。これは挨拶だけでは終わらなそうだな、と蓮弥は悟った。
「お疲れ様です。社長」
「今日はおめでたい日だね。君の活躍には目を瞠るものがある。我が社の誇りだ。今後ともどうかよろしく頼むよ」
 手を差し出され、蓮弥はその手をしっかりと握り返した。その傍らで、信彦が嬉々として胸を張った。
「仕事のことだけじゃないぞ。お嬢さんともよい関係を築いてもらいたいとおっしゃってくださってる」
 上機嫌でそう言い出した父に、よそいきの顔をしていた蓮弥は一瞬だけ眉をぴくりと動かした。
「笹木社長のご令嬢、由華さんとの婚約はどうかと話をしていたところだ」
「君とは同期で、知らない間柄ではないし、一度ふたりで会ってみたらどうだろうか。話が合うかもしれない」
 面目を潰されることを嫌う父親と、自分が世話になっている会社の社長を無下にも扱えず、蓮弥はポーカーフェイスを崩さぬよう、静かに頷いてみせた。
「僕でよいのなら。由華さんに気に入っていただけるといいのですが」
 社交辞令だ。とりあえずそう言っておけば、ふたりは納得するだろう。実際に話を取り付けられるかどうかは別だ。相手の気持ちもある。そう思っている矢先に、笹木社長は満面の笑顔で言った。
「きっと由華も喜んでくれるはずだよ」
 そうだろうか、と蓮弥は内心苦笑する。
 笹木社長の社員に慕われる温厚な性格は好ましいが、娘には相当甘いという噂もあり、なんとなく気の強い娘に手を焼いているような印象がある。
 蓮弥はいつも受付に座っている笹木社長のひとり娘、由華のことを思い浮かべた。
 彼女は美人だ。清楚で凜としていながら、柔らかな空気がある。社員の中には憧れる者が多くいるようだ。
 しかし高嶺の花には誰も近寄らない。遠くから可憐な存在を眺めているだけでいいのだ。それだけで満たされる。或いは美しい者が持つ毒を避けるように、あえて危険を犯してまで手に入れようとはしない。
 実際に声をかけられることが多いのは、彼女の隣にいる後輩の女子社員だった。
 遠くの美人よりも手の届きそうな距離にいる女子の方がモテるのは、道理であるかもしれなかった。
(まあ、社長令嬢を軽い気持ちで誘うやつはいないか……)
 正直、蓮弥は恋愛も結婚もどうでもよかった。会社で成績を上げるのも出世のための野心からというわけではない。ただ、自分の責務をまっとうするだけのこと。昔からそういう性質で、その延長線上に今があるというだけだ。
 本能と呼ぶべきか、細胞に染み付いた習慣と言うべきか。蓮弥は外から圧力をかけられるまでもなく、良家の御曹司といわれる自分のなすべきことだとわかっているのだ。
 実際、兄よりも優秀だと囁かれ、弟の自分が親の跡継ぎに期待されていたことは知らないフリをした。兄が肌で悟っていたとしても自分だけは兄を慕っていようと誓った。息苦しい跡継ぎ問題で揉めたくなかったのだ。
 蓮弥は兄を立てて親の会社には入らず笹木電機に入社した。家からも出てひとり暮らしをはじめた。その方が蓮弥にとっても都合がよかった。
 なぜなら、実は彼にはやりたいことがあり、それを誰にも知られないように秘めているのだった。
 そのことに理解を示せる相手でないと、結婚は難しい。
 これは断定ではなくもちろん予想だが、由華はそういうタイプではない。彼女の容姿は正直好みだし、割と気に入ってもいる。彼女の持つ雰囲気は興味をそそられるし、彼女の笑顔には癒やしを感じたこともある。
 だが、恋愛まで漕ぎ着けたとして、結婚にまでは至らないだろう。仮初で終わるのならそれでちょうどいい。今の蓮弥にとって時間稼ぎが一番のメリットになる。そういう目論見があったからこそ、蓮弥は『僕でいいなら』と答えたのだった。

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