新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円
新しくカートに入れた電子書籍 すべて見る
カートを見る 合計金額(税込)0円

愛囚 危険な獣

本を購入

本価格:670(税抜)

カートに追加しました
電子書籍を購入

電子書籍価格:670円(税抜)

獲得ポイント:7pt
電子書籍を閲覧するにはビューアアプリ「book-in-the-box」(SHARP)をインストールしてください。
書籍紹介

夜ごと、密室で淫悦に喘がされて

「もう逃がしませんよ」美しい容貌の真司に手錠で繋がれ、閉じ込められた綾芽。夜ごと荒々しく腰を叩きつけられ、絶え間ない快感に、なすすべもなく全身を震わせる。自由を奪っておきながら「どうか私を拒絶しないでください」懇願にも似た悲しげなつぶやき。なぜ私の心をかき乱すの――? 酷いことをされてもなお、彼の本心を知りたい……。獰猛な男に奪われ尽くす監禁愛!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
社長・セレブ
シチュエーション:
SM・監禁・調教 | 玉の輿・身分差 | 年の差
登場人物紹介

宮藤真司(みやふじしんじ)

都内に複数のビルを所有する、株式会社ウィステリア代表取締役社長。華やかな容姿で、紳士な態度の男性。だが、次第にその本性を露わにしていき――。

一ノ瀬綾芽(いちのせあやめ)

事務機器リリース会社の会社員。支配的で過干渉な両親に従って生きてきた。彼らの束縛から抜け出したくて、占い師のアドバイス通り、繁華街に行ってみたが……。

立ち読み

 腰だけ高く掲げた四つん這いの体勢で、綾芽は泣き喘ぎながら汗を飛び散らせた。
 背後から激しく腰を打ちつけられ、室内に打擲音と嬌声、ベッドが軋む淫猥な音が響き渡る。
 視界が揺さぶられ、繋がった場所はグズグズに蕩けていた。もはや疲れ果てて全身から力が抜けているのに、男の楔を頬張ったところだけが貪欲に蠢いている。
 蜜壺をこそげるように腰を回され、綾芽は肉体の反射だけで絶頂に飛ばされた。
「……ぁ、アッ、も、やぁあっ……」
 もうどれだけ長い間穿たれ続けているのか、既に分からなかった。
 時間の感覚は失って久しい。
 今が何月何日で何曜日なのかは勿論、昼か夜かも曖昧だ。
 ただ自分を後ろから激しく犯している男が仕事を終えて帰って来る瞬間だけが、時の経過を教えてくれる。
 囚われた当初は辛うじて認識していた一日の終わりも、責め苛まれて意識を飛ばすことが増えてからはサッパリ追えなくなってしまった。
 綾芽にあるのは、恐ろしいほどの快楽だけ。
 頭も身体も心さえドロドロに溶かす、危険な毒も同然だった。
「ひ……っ、んぁっ」
 容赦なく最奥を抉られて、綾芽の力の入らなくなった肘は役立たずにも崩れた。
 眼前のシーツに爪を立てても許してなどもらえない。
 むしろ更に激しさを増した抽送が綾芽の濡れ襞を満遍なく掻き毟った。
 太腿を滴り落ちる蜜液が乾く間もなく、淫猥に白く泡立っている。ぐちゃぐちゃと腹の中を掻き回され、苦痛交じりの悦楽に何もかもが塗り潰されていった。
「許し……ってっ、壊れちゃう……っ」
 無意識に這いずって逃げようとした身体は、逞しい腕で強引に引き戻された。その際角度を調整されて、綾芽が最も弱い部分を男の切っ先が刺激した。
「ひぃ……っ、ァあアッ」
「許して、ですか? 貴女は自分の何が悪かったのか、理解さえしていないのに」
「ごめ、……なさいっ……!」
「本気で悪いとも思っていないくせに、謝ってほしいわけではないと何度も言いましたよね」
 ぱぁんっと一際荒々しく腰を叩きつけられ、綾芽の全身がガクガクと痙攣した。
 下がりきった子宮の入り口をエラの張った剛直で捏ねられ、だらしなく四肢が戦慄く。
 快楽物質に支配された綾芽の全てが、大喜びで屈服した。
「……んぁああっ」
 チカチカと光が舞う。
 既に何度も達した女の身体は敏感で、多少乱暴にされても快楽を拾ってしまった。
 その上綾芽が冷静ではいられない箇所を捉えた剛直が密着したまま小刻みに揺すられ、口の端から唾液が溢れるのを止められない。
 もう綾芽の身体の全ては彼に知り尽くされており、どこをどうすれば善がり狂ってイってしまうかなど、嫌というほど把握されていた。
 抵抗など無意味。
 男は溺れるほどの快楽を毎日綾芽に与えてくる。
 それは人の判断力を奪い、情欲の虜にする。
 繋がり合った上部にある淫芽を摘まれ、綾芽は背筋をしならせた。
「ァああ……ッ」
 極彩色の世界が広がって、思考力がなくなってゆく。このままふしだらで淫猥な宴に沈んでしまいたい。
 微かに残された綾芽の理性は『逃げろ』と叫ぶのに、今日一日だけでも酷使された身体はまともに動いてくれなかった。
 ひたすら男の劣情を受け止め、いやらしく身をくねらせるだけ。
 きっと『もっと』と自らの口で懇願してしまう日は間もなくやって来る。
 そんな予感が恐ろしいのに、どこか待ち遠しくもあった。
「何ていやらしいんでしょう。とても私以外の男には、扱いきれませんね」
「あぁンッ」
 身も心も堕落して、彼に堕ちてしまうのは、すぐそこまで迫っている気がした。

 

 

 

『もうあの子と仲良くしちゃ駄目だぞ。──お前は人を見る目がないんだから』
『貴女に似合う服はこれ。そんなみっともない格好をしないで。本当にセンスがないのね。いったい誰に似たのかしら……』
『高校はここへ進学しなさい。将来のために一番いい学校をお父さんが選んであげたぞ。綾芽が考えても、ろくな結論が出ないからな』
『お母さんの言うことが聞けないの? だから失敗するのよ。貴女は私たちが決めた通り生きていけば、間違いないの。分かったわね?』
 耳鳴りがする。頭痛も酷い。
 いくら目を閉じ耳を塞いでも、容赦なく呪いの言葉が追いかけてくる。
 全力で駆けていた足が縺れ倒れ込めば、黒くベッタリとした腕が背後から綾芽の全身へ絡みついた。
 やめて、放して──叫んだ言葉は音にもならず消えてゆく。
 いや、反抗的なことを口にするなど許されていない。
 綾芽にできるのは、微かに首を振り彼らの手からほんの少しでも逃れようと身を捩ることくらい。しかしそんな抵抗は、何もしていないのも同然だった。
『お前のために』
『貴女のことを考えて』
 一見愛情溢れる文言は、支配欲の表れ。だが両親は心底娘を思いやっていると勘違いしているから、質が悪い。
 もしもほんの少しでも綾芽が拒絶の態度を取ろうものなら、すぐさま『被害者』の立場でこちらを糾弾することだろう。
『こんなにお前のためにしてやっているのに、何て恩知らずな娘だ』と。
 ──もう疲れちゃった……
 自分の意思や希望を表に出すことに。愛されたいと願うことも。
 ──どうせ否定され、貶められるだけ。
 だったら、何も感じない方がいい。
 お人形でありさえすれば、少なくとも罵られることはない。可愛がってももらえる。
 口を噤み、目を逸らして。でしゃばらないよう、都合のいい人間を演じる。
 自分を押し殺して生きてきた二十数年間。
 両親の決定に逆らわず、彼らが敷いたレールに乗って。ひたすら俯き加減で。
 きっとこれからも変わらぬままだろうと諦念に侵されかけた頃──綾芽は唐突に、『このままではいけない』と思った。

 もはや見慣れたと言っても過言ではない悪夢にうなされていた綾芽の意識を浮上させたのは、枕元に置いたスマホの着信音だった。
 けたたましく鳴り響きながら、バイブレーションが端末を震わせている。
 その音と振動が、綾芽を一気に現実世界へと引き戻した。
「……ぅ、ん……」
 寝起きの緩慢さで時計を見れば、まだ六時を数分過ぎたばかり。今日は土曜日。
 やや非常識な時間帯の電話に、着信相手が誰であるか液晶の表示を確かめるまでもなかった。
「……はい」
『あら、何なのその寝惚けたような声は。まさか貴女、まだ寝ていたわけじゃないわよね? いくら休みの日でも、だらしないわよ』
 通話ボタンを押し電話に出た瞬間、耳に飛び込んできた非難に、綾芽は首を竦めた。
 いくら想定していた相手の声でも、起き抜けの頭には痛みとして響く。いや、時間帯など関係なく、憂鬱な気分にさせられるのはいつも通りだった。
「……お母さん……昨日は残業で、帰ったのが十二時近かったの……ベッドに入れたのは深夜二時を回っていたし」
『まぁ、若い娘がそんなに遅くまで出歩いていたの? 危ないじゃないの、いったい何を考えているのよ』
 言外に仕事が忙しくて休日はゆっくり休ませてほしいと匂わせたが、母には欠片も伝わらなかったらしい。それどころか、まるで綾芽が遊び歩いて帰宅が遅くなったかのように彼女は声を尖らせた。
『だからそんな会社は辞めなさいと言ったのに! やっぱりお父さんが勧めた地元の企業に勤め続けていればよかったのよ。それを貴女ったら、我が儘ばっかり──』
「お母さん、何か私に用があったんじゃないの?」
 放っておけば際限なく文句を垂れ流しそうな母を遮り、綾芽は殊更優しく問いかけた。ここで母を刺激しては、余計に話が逸れて長くなってしまう。
「今日はお母さん確かお花のお稽古がある曜日だし、忙しいでしょう? ボランティアもあるって言っていなかった? 本当にお母さんは偉いよね。意識が高いし、色んな人の役にも立っている。私にはとてもできないな。──そんなに多忙なのに、私のために時間を割いてくれて申し訳ないよ」
 さりげなく、母が望む言葉を織り交ぜ綾芽は自身を卑下した。
 胸の奥がずしんと重くなるが、そこはあえて無視する。
 母は綾芽が『駄目な子』で母を『褒め称える』と非常に機嫌がよくなるのだ。
 案の定、電話の向こうで苛立っていた様子の母の声が柔らかくなった。
『そうね。私も暇じゃないんだから、時間を浪費するのはもったいないわ。単刀直入に言うわね、綾芽──貴女、結婚なさいな』
「……え?」
 おそらく大した内容ではないから、母の話を聞くだけ聞いて、もう一度眠りたいと目論んでいた綾芽は、その一言で完全に目が覚めた。
 聞き間違いかと思ったけれど、確実に違う。
 妙な沈黙の後、母がもう一度同じ台詞を繰り返したからだ。
『結婚なさいと言ったのよ。反応が鈍い子ねぇ……そんなんじゃ、会社でもろくな仕事ができていないのではないの? 貴女みたいな子は、できるだけ若いうちに嫁入りした方がいいのよ。それくらいしか、取り柄がないんだから』
「あ、あのお母さん」
『この前、とてもいいお相手を紹介していただいたの。これ以上は望めないような好条件よ。詳しく話したいから、今日にでも帰っていらっしゃい。できるだけ早くお見合いの日取りを決めなくちゃ』
 口を挟む隙もないまま捲し立てられ、綾芽は呆然とした。
 毎回こちらの都合などお構いなしに物事を決める親ではあるが、流石に結婚まで口出しされるとは思っていなかった。
 まだ自分は二十五歳。世間的に見れば、婚姻を焦る年齢でもないだろう。そもそも今のご時世、独身を貫くことだって珍しくない。
 だが綾芽の両親にとって『娘が二十五歳にもなって独り身』なのは、充分『世間体がよろしくない』ことであったらしい。
『どうせ貴女のことだから、お付き合いしている人もいないでしょう? 私たちがいい人をきちんと選んであげるわ。綾芽に任せておいたら、ろくな男を選ばないに決まっているもの。感謝しなさい』
「ま、待って、お母さん。私はまだ結婚なんて……」
『全部貴女のためなのよ。これ以上我が儘言わないで。貴女が転職したいと言った時は、認めてあげたでしょう。まさか私たちの許可もなく一人暮らしまでするとは思ってもみなかったけれど……それだって許してあげたのよ? いい加減になさい』
 高圧的に叱られて、綾芽の身が竦んだ。
 何か反論しなければと気持ちは焦るのに、心が委縮してしまっている。
 二十五年の間に染みついたものは、そう簡単に拭い去ることなどできるわけもない。
 一年前、決死の覚悟で転職し親元を離れて生活を始め、少しは強くなれたと思っていたのに──綾芽はまだ、両親に逆らえない従順な幼子のままだった。
『とにかくもう決まったことだから。今日中にこっちへ帰って来られるわよね?』
「……この土日は、週明けまでに片付けなきゃならない仕事があるの……完成しないと他の人に迷惑をかけちゃうし……だから、あの……来週末なら行かれるよ……」
 忙しいから無理、と断れるならば話は簡単だ。けれど何か言う度に電話先の母の不機嫌さが滲んでくる気がして、綾芽はつい代替案を述べていた。
 本音では、来週だって帰りたくない。仮に仕事が立て込んでいなくても、固辞したい。
 それでも母におもねるように提案している自分が、嫌で堪らなかった。
『明日も無理なの?』
「ごめんなさい。どうしても資料を纏めておかなくちゃならなくて……」
『要領の悪い子ね。休日まであくせく働かなきゃ任された仕事を終わらせられないなんて……全くもう。他人様に迷惑かけるなんて、恥ずかしいことよ? 事務機器リース会社の事務員って、そんなに忙しいの? 貴女が一際使えないんじゃない?』
 溜め息交じりの呆れ声に、綾芽の指先が冷えた。
 全身に嫌な汗をかき、視界が黒く狭まる錯覚を起こす。
 心持ち速くなった呼吸を落ち着かせるため深呼吸すれば、綾芽の口元には引き攣った笑みが張りついていた。
「お母さんの言う通りだね。本当にごめんなさい。来週は絶対に家に帰るから、許してください」
『仕方ないわね。それじゃ、来週待っているわ。朝から来るのよ』
 素直に「はい」と返事をしつつ、綾芽は『帰る』と自然に言った自分自身に失望した。
 両親から距離を置き、成長できたつもりになっても、結局はあの息苦しい実家を『帰る場所』だと認識しているらしい。
 ちっとも独り立ちなどできていない。
 ──どうして『行かない』と言えないの。ううん、それよりもお見合いも結婚もしないって言わなきゃ駄目なのに……
 綾芽は電話を切り、自分好みのものだけで揃えられたアパートの室内を見回した。
 自らの趣味で選んだ家具。大好きな緑でコーディネートしたカーテンとラグ。居心地のいい部屋。
 それらは全部、両親と暮らしていたあの家では手に入らなかったものたちだ。
 当時は何もかも、母親の意思が尊重されていた。
 女の子はピンクと白が当たり前で、かと言って可愛らし過ぎる装飾は許されない。
 機能的かつ清楚なもの。女性らしさはありつつも媚びた印象を与えるものは恥ずかしい……そう教え込まれて、綾芽はいつしか自分が好きな色さえ分からなくなっていた。
 緑が好ましいと気がついたのも、一人暮らしを始めて数か月経った頃だ。
 この部屋で暮らすようになって約一年。ようやく肩の力の抜き方を覚えたのに──来週のことを想像するだけで、とてつもなく気分が沈んだ。
 別に、両親のことが心底嫌いなわけでも憎いわけでもない。
 厳しく躾けられたけれど、身体的暴力を振るわれたことはなく、教育や習い事も存分に受けさせてくれた。金銭的苦労をしたこともなく、どちらかと言えば裕福な方だろう。
 やや過剰に干渉してくるのも、愛情の裏返しだ。
 つまり、綾芽はそれなりに恵まれた子どもだったと言える。
 だがどうしてか、彼らと一緒にいると息が詰まるのだ。
 贅沢な悩みかもしれない。
 それでも、『何を言っても私の意見なんて聞いてもらえない』と諦めが染みついていた。
「……結婚なんて、したくない」
 見も知らぬ男性とお見合いなんて、男女交際どころか男友達もいない綾芽にはハードルが高過ぎた。そもそもまだ結婚願望などない。
 やりたい職種につけて、もっと仕事を頑張りたいと思っている。
 それに万が一とんとん拍子に話が進めば、きっと地元に連れ戻されてしまう。
 両親は綾芽が都会に出ることに大反対していたのだから、お見合い相手というのもまず間違いなく地元の人間に決まっていた。
 ──そうしたら、私はもう一生変われない気がする……
 せっかく震える足でも、一人で立とうと決意したのに、全てが無駄になってしまう。それだけは嫌だ。
 しかし綾芽一人では両親を説得する術など思いつきもしなかった。
 せいぜい、『今日来い』というのを来週に引き延ばせただけだ。でもそれが限界。
 あれこれ結婚を回避する言い訳を考えたけれど、妙案を捻り出せず、綾芽は深々と嘆息した。彼らを嫌いではないが、苦手であることは間違いない。
 ──自分の人生なのに、まるで私のものじゃないみたい……
 こんな気持ちになるのは、もう何度目だろうか。
 数えきれないほど浮かんだモヤモヤとした蟠りが、胸の中に広がってゆく。
 何とかしなければという思いが空回りして、最終的に身動きが取れなくなる。何故なら、『自分の意思』で行動すれば、大抵ろくな結果にならないからだ。
 母親の『私の言う通りにしないから、失敗したのよ』という幻聴が頭の中に響き渡る。
 だが『結婚』は簡単に流されていい問題では流石になかった。
「──……そうだ。あそこで相談してみよう……」
 綾芽がこんな時頼れるものは一つだけ。
 勢いよくベッドから起き上がった綾芽は、素早く出かける準備を整えた。
 顔を洗い、歯を磨き、最低限の化粧をする。
 肩に触れる程度伸びた髪は結び、お洒落ではないが動きやすい格好に着替えれば準備完了。
 母親に見られたら眉を顰められてしまいそうな、ジーパンにグレーのトレーナー、スニーカーという可もなく不可もない普段着だ。
 まだ先方がオープンするには時間が早いので、朝食は駅前でとることにした。
 一刻も早く、憂鬱な気分を払拭したかったせいもある。
 何となく一人でこの部屋にいることが耐えがたく、外の空気を吸いたい。
 とにかく気持ちを切り替えたくて、綾芽は小さな鞄を持って部屋を出た。
 目指す先は電車で数駅。途中、適当に時間を潰し、辿り着いた場所は──
「──よかった……混んでない」
 商業ビル内の片隅に設けられた『占い』所。
 パーテーションで区切られただけの一角は、閑散としていた。
 時間帯によっては並んでいることもあるのだが、今日は先客がいない。
 綾芽はホッとして、馴染みの占い師に会釈した。
「あら、久し振りね。ここ最近、顔を見せなかったのに」
 にこやかに手を振ってくれたのは、年齢不詳の女性だ。まだ三十代前半にも見えるし、五十代と言われれば納得してしまいそうな貫禄もある。
 どちらにしても、ハッとするような美女だった。
 全身黒尽くめの衣装を纏い、目の下は紗で覆われ、長く伸ばした爪は重そうなほどストーンやラメで飾り立てられている。
 一見して、『怪しい』と思ってしまうような出で立ちだが、彼女にはよく似合っているし、奇妙な説得力があった。
「お久し振りです。その、最近は忙しくて」
「ふぅん? てっきりご両親と離れられて、悩み事が減ったから足が遠のいたのかと思っていたわ。でもその様子だと、また色々あったみたいね」
 何もかもお見通しだと言わんばかりの占い師の台詞に、綾芽はゴクリと息を呑んだ。
 彼女と出会ったのは、一人暮らしを始める前だ。
 物件を探すため、この近くにある不動産会社へ行った帰りだった。
 いつもなら寄らない商業ビルの薄暗い片隅。引き寄せられるように足を運んだのは、何故だろう。
 以来、何か悩む度にここへやって来てしまう。この数か月はご無沙汰だったけれども。
 だが、綾芽は昔から占いの類が嫌いではなかった。
 雑誌に載っている星座や血液型占いはつい目を通してしまうし、朝のニュースで流れる運勢も無視できない。
 ラッキーかアンラッキーかに一喜一憂し、運気上昇のグッズやカラーも気になる。
 特に実家を出てから、その傾向は顕著になったかもしれない。
 ──本当は自分で決めて行動しなくちゃいけないのに……
 どうしても、背中を押してもらいたくなるのだ。
 おそらく、これまでずっと親の決めたレールの上を歩いてきたからだろう。
 そこから完全に逸脱するのが怖い。自分で何もかも決める自由は、裏を返せば『全部自分で責任を取る』ということに他ならない。
 綾芽は未だにそのことに躊躇を覚える。
 長い間否定され続け、自らの頭で考え選択することを抑圧された弊害だと思う。
 重々分かっている。だからこそ、両親と距離を置く決意をしたのだ。
 自分なりにあのままでは駄目になると思い、あらゆる決定権を己の手に取り戻そうとした。
 それでも綾芽の意思で踏み出せば失敗するという二十年以上にわたる刷り込みは、強固過ぎる。たった一年では、まだ完璧に変わることなんてできなかった。
「私のアドバイスが必要って顔ね。座りなさい」
 占い師にテーブル越しの椅子を指し示され、綾芽は腰かけた。
 こうして占いに頼ってしまうのは、親の言いつけに従っていた心理と大差ないのかもしれない。いや、おそらく誰かに『これが正しい』と言ってもらいたいだけなのだ。
 綾芽は自分でもそんな分析をしつつ、微かに自嘲を漏らした。
「……もうどうしたらいいのか、自分では分からなくて……」
「話してご覧なさい? でも前にも言ったけど、私にできるのは助言だけよ? 決めるのは貴女。それを忘れないでね」
「はい……」
 妖艶な美女に促され、綾芽は母からかかってきた今朝の電話について話した。
 両親とあまり上手くいっていないことは既に伝えてある。
 綾芽が洗いざらい語り終えるまで、占い師は黙って耳を傾けてくれた。たったそれだけでも、随分心は整理され軽くなる。
「──なるほど。それで、貴女はどうしたいの? 私に聞きたいのは、その結婚で幸せになれるかどうかということかしら?」
「い、いいえっ! 私は……まだ結婚なんて考えられなくて……どうすれば回避できるのかを、知りたいです……」
 まだ初恋経験もない綾芽にお見合いや結婚なんて、想像すらできなかった。
 それ以上に両親の言いなりになりたくない。
 拳が白くなるほど手を強く握り締め、綾芽は潤んだ瞳を瞬いた。
「どうすれば……自分で未来を切り開けますか……っ?」
 答えは最初から出ている。綾芽が己の口で両親に『嫌だ』と告げればいいだけだ。
 しかしそれこそが一番難しい。
 来週実家に戻れば、きっと何も言えずに諾々と従ってしまうことは目に見えていた。
 さりとて、親の呼び出しを無視する度胸もない綾芽に、縋れる相手はもはや眼前の占い師だけ。
 情けない心地に押し潰されながらも懸命に訴えれば、彼女はゆっくり息を吐いた。
「……何度も言うけれど、それは貴女次第よ。私はきっかけを教えられるだけ」
「それでもいいんです。このままじゃ私、結局何もできないまま終わってしまいます……!」
「もしかしたら、親御さんの選んだ方と幸せな結婚生活が待っているかもしれないのに?」
「だとしても──親が決めた人とこのまま結ばれるのは、絶対に嫌です。それくらいなら……ずっと独り身の方がいい」
 これはただの意地。
 しかも消去法の希望だ。けれど臆病な今の綾芽には精一杯の勇気だった。
 二人の間にしばらく沈黙が落ちる。
 先に動いたのは、占い師の方だった。
「──分かったわ。それじゃ、貴女の運気を変えられるかどうかを占ってみましょう」
「是非、お願いします……!」
 彼女が扱うのは水晶玉だ。
 胡散臭いと忌避する人も多いだろうが、長い睫毛を伏せ、華やかな長い爪をのせた指を動かす占い師には、どこか侵しがたい雰囲気がある。
 占いなら、カードや生年月日を使ったものなど他にいくらでもあるけれど、綾芽がついここへ通ってしまうのは、彼女の醸し出す厳かさが理由の一つだ。
 ピンと張り詰めた空気が、先ほどまでとはうって変わっていた。
 騒めいていた館内の気配が遠ざかる。
 呼吸音も憚られる静寂の後、無色透明の球体に視線を注いでいた彼女が動きを止めた。
「……今日これから、繁華街に行きなさい」
「繁華街……ですか? え、どこの……」
「できるだけ大きなところがいいわ。そうね、方角を考えると新宿辺りかしら。お酒にまつわるところが見える。そこで貴女の運命を激変させる出会いがあるはずよ」
「でもまだこんな早い時間じゃ……」
 飲み屋街などは開いていないのではないか。
 もっとも、夜の盛り場などうろついたことがない綾芽にはよく分からないのだが。もっと言うなら、昼間だって賑やかな場所は苦手だ。
 特に沢山のお洒落な人が行き交う煌びやかな街は、気後れしてしまう。
 綾芽は今の会社に転職して都会に住むようになってからも、そういった場所へ積極的に出入りすることはなかったし、ごくごく地味で質素な生活を送ってきた。
 だから一口に繁華街と言われても、あまりピンと来ず首を傾げる。
「そこで私は何をすれば……」
「言ったでしょう。重要な出会いがあるわ。大きな流れを感じる。その波に乗るか流されるか溺れるかは、貴女次第よ」
 そう言って大きく息を吐いた占い師は、ぐるりと肩を回した。
「私に言えるのはこれだけね。……ああ、それからもう一つ。この出会いで貴女の運命は確実に変わる。でもそれがいい方向か悪い方向かはまだ何とも言えないわ」
 つまり、例えば両親の言いつけに従って結婚した方が、結果的に正解の場合もあるということだ。占いはあくまでも可能性の話。解釈と選択は、綾芽に委ねられていた。
「さて、貴女はどうする?」
「あ……」
 今までの綾芽なら、身動きが取れなかったかもしれない。
 余計な真似をして事態を悪化させることが恐ろしく、親に従うことを選んだと思う。
 だが今日は不思議なくらい『嫌だ』と感じた。
 せっかく彼らのもとを離れて一年。それなりに自力で頑張ってきたのだ。
 仕事だってまだまだ駆け出しではあるけれど、少しずつ信頼され任されるようになっている。自分の給料だけで生活の全てを賄うのは容易なことではなくても、充実したものがあった。
 己の人生を、自ら考え選び生きているという実感。それを手放したくなかった。
 たとえ呪縛めいた支配から未だに脱却しきれていないとしても──
「……行きます。私は自分の手で、未来を切り開いてみたい」
「そう。じゃあ頑張って。餞別に私のパワーが詰まったブレスレットをあげる。貴女はお得意様だし、サービスよ」
 占い師はそう言うと、卓上の籠に盛られた天然石のブレスレットを一つ綾芽に渡してきた。
 紐に一粒石が通されているだけのものだが、これも売り物の一つだ。
「え、これもちゃんと支払います!」
「頑張る子には特別よ。それに貴女のそういう真面目なところ、嫌いじゃないし。きっと石が貴女を守ってくれるわ」
 ブレスレットの料金を払う払わないで多少押し問答したが、最終的に綾芽は占い師の好意を受け入れる形になった。
 結局、占いの見料だけを支払い、何度も頭を下げながら商業ビルを後にする。
 時刻はまだ十一時にもなっていない。それでも綾芽は目的地に向かうため電車に揺られた。
 今日やろうと思っていた仕事は明日頑張ろう。来週のことを考えると、どうにも不安が頭を擡げてくるが、極力暗い方向に引き摺られまいとした。
 変わりたい。変わると決めたはずだ。
 にもかかわらず『指示』をくれる占い師に頼ったことは、矛盾としか言いようがない。それでも最後の選択をしたのは、綾芽自身。
 亀の歩みであっても、前へ進めているはず。人はそう簡単に変化することなど難しいのだから。
 そんなことをつらつら考えていたら、電車はあっという間に目指す駅に到着していた。
 大きな駅の構内は出口がいくつもあり、それだけで戸惑ってしまう。
 普段の綾芽なら初めての場所を訪れる際は、入念に調べてから行動するのだが、今日はそうもいかない。
 平日よりも人が多く、どこへ向かおうと迷うより先に、流れに押されて改札をくぐっていた。
 雑踏に圧倒され、心細い。明確な目的地があるわけでもないので、まごつくばかりだ。
 綾芽はひとまず前を歩く女性にしばらくついていってみることにした。
 年齢が同じくらいで、綺麗な人だったからかもしれない。
 自分にはとても着こなせない服や靴を格好良く身に纏い、堂々と歩く姿に憧れに似た思いを抱いたせいもある。
 特別意識したこともないけれど、『なりたかった自分』を垣間見た心地がした。
 ──行かなきゃならない場所がはっきりあるわけじゃないし……足の向くまま気の向くまま……もしかしたらこの女性が私の運命を激変させる人かもしれないじゃない……!
 そう言えば占い師は、出会う相手の性別や年格好などは言及していなかった。
 今更ながらちゃんと聞いておけばよかったと綾芽は後悔したが、後の祭りだ。
 仕方なく、当てもないまま人ごみを縫う。
 しかし想像以上の人の多さに、しばらくすると綾芽は前を歩いていたはずの女性の背中を見失ってしまった。
「……あ、あれ……っ?」
 周囲を見回しても、それらしき後ろ姿が見当たらない。
 すれ違う人と肩がぶつかってしまい、謝っている間にはぐれてしまったらしい。
 どこか建物に入ったのかもしれないけれど、沢山の飲食店やアパレルショップが並ぶ中から見つけ出すのはほぼ不可能だ。
 しかも間の悪いことに、信号が点滅し始めた。綾芽は小走りになって横断歩道を渡ったものの、追っていた女性がどの方向に行ったのか皆目見当もつかない。
 困り果て、覗き込んだ路地の奥に、先ほどの彼女が穿いていたスカートの裾が翻った気がした。
「あ……!」
 冷静になってみれば、その女性を追いかけなければならない理由はない。
 しかし他に当てのない綾芽はつい引き寄せられ、更に細い裏道へと誘われるかの如く足を踏み入れた。
 そこは昼間でもなお薄暗い。
 表通りの明るい喧騒とは様変わりした様相に、綾芽は足を鈍らせた。
 それでも再び見失っては大変だと己を鼓舞し、より奥へと歩を進める。いくつかの角を右へ左へ曲がり、既に方向感覚はない。
「──え……?」
 だが見つけたと期待し曲がった先には、誰もおらず、勘違いだったのだと悟る。
 目の前に広がるのは、飲食店の裏なのか、大きなごみ箱が置かれ僅かに生ごみの臭いが漂う、お世辞にも綺麗と言いがたい路地。
 大量の酒瓶が積まれていることからも、きっとお酒を提供する店なのだろう。
「……ここ、どこ?」
 何となく恐ろしさを感じたのは、高いビルの影になって濃い暗がりができているせいかもしれない。いつもの綾芽なら、絶対に入り込まないエリアだ。
 明らかに場違いなのを悟り大通りに戻ろうとしたが、夢中で女性を追いかけていたため自分がどちらの方向から来たのか曖昧になっていた。
 背後を振り返っても、似たような薄汚れた光景が広がるだけ。
 空はやけに遠く、雲が増えたのかどんよりと灰色に沈んでいた。心なしか、空気も湿っている。
 湿度が上がったからか、余計に饐えた臭いが狭い路地に充満する錯覚を覚え、綾芽は無意識に鞄の取っ手を握り締めた。
「早く戻らなくちゃ……」
 そう気持ちは焦るのに、現実はどちらに進めばいいのか分からない。
 勘に頼って選んだ方向は、行き止まりになっており途方に暮れた。
「どうしよう……」
 誰かに道を聞こうにも、この辺りの店はまだ開店前らしく静まり返っている。
 しかも吐瀉物の痕を見つけてしまい、一層気持ちが萎えた。
 やっと人影を見つけたと思えば、誰かと電話越しに怒鳴り合う水商売ふうの男性で、綾芽は慌てて踵を返す。
 ──どうしよう。怖いところに来ちゃったみたい……
 焦るほど綾芽の耳に聞こえるのは、思い出したくもない幻聴だけだった。
 ──『だから言ったでしょう。貴女が自主的に何かすると、ろくなことがないのよ』
 ──『お前は大人しく、私たちの言ったことだけしていればいい』
 ──『ほらご覧なさい。勝手な真似をするから、この様なのよ』
「やだ……っ」
 耳を塞いでも、己の内側から聞こえる声から逃げる術はなかった。
 やはり自ら行動しようとしたこと自体が間違いだったのではと、弱気な綾芽が糾弾してくる。
 両親だって、別に娘を不幸にしようとして結婚させるつもりではないのだ。それなりに幸せを願ってくれているはず。
 だったら余計な意地を張らず、受け入れてみるのも悪くなかったのかもしれない──
 少しばかり迷子になっただけなのに足が竦んで動けず、綾芽はそんな自分が情けなくてなおさら前にも後ろにも進めなくなった。
 しかも泣きっ面に蜂と言わんばかりに雨粒がぽつりぽつりと空から落ちてくる。
 慌ただしく部屋を出たせいで、天気予報のチェックも折り畳み傘も忘れていた。用心深い綾芽にとっては、珍しい失態だ。
 ──まさか私がお母さんたちの言うことを素直に聞き入れなかったから、天気も味方してくれないの……?
 焦燥感に心が荒らされ弱気になったところに、一層陰鬱な気分が重なる。
 そんなはずはないと何度自身に言い聞かせても、植えつけられた劣等感や卑屈さが綾芽の意思とは無関係に納得していた。
 ──どうせ運命を変える出会いなんて、私には……もうこのまま帰ろうかな……
「──傘をお持ちでないのですか?」
 段々大粒になる雨が、突然綾芽の頭に降り注がなくなった。

おすすめの関連本・電子書籍
電子書籍の閲覧方法をお選びいただけます
ブラウザビューアで読む

ブラウザ上ですぐに電子書籍をお読みいただけます。ビューアアプリのインストールは必要ありません。

  • 【通信環境】オンライン
  • 【アプリ】必要なし

※ページ遷移するごとに通信が発生します。ご利用の端末のご契約内容をご確認ください。 通信状況がよくない環境では、閲覧が困難な場合があります。予めご了承ください。

ビューアアプリ「book-in-the-box」で読む

アプリに電子書籍をダウンロードすれば、いつでもどこでもお読みいただけます。

  • 【通信環境】オフライン OK
  • 【アプリ】必要

※ビューアアプリ「book-in-the-box」はMacOS非対応です。 MacOSをお使いの方は、アプリでの閲覧はできません。 ※閲覧については推奨環境をご確認ください。

「book-in-the-box」ダウンロードサイト
一覧 電子書籍ランキング 一覧

ジャンル・シチュエーション検索

 

ジャンル

キャラ属性

シチュエーション