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身代わり婚前旅行 策士な御曹司とウィーンの甘い夜

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本価格:650(税抜)

電子書籍価格:--円(税抜)

  • 本販売日:
    2020/06/04
    ISBN:
    978-4-8296-8414-6
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書籍紹介

身代わりから、愛されシンデレラへ

「もっと僕を欲しがって」ウィーンの絢爛豪華なスイートルームで、泥濘に剛直を突き立てられ、清華はあられもなく鳴き喘ぐ。ずっと片思いしていた人。私は婚約者の身代わりを演じているだけなのに。この旅が永遠に続けばいい――。やるせない気持ちでいると「もう逃げられないよ」きつく抱きしめられ、身も心も幸せで満たされる。完璧御曹司に一途に愛されるシンデレラ旅!

登場人物紹介

上條拓哉(かみじょうたくや)

国内有数の総合商社・上條グループの御曹司で次期後継者。容姿端麗の完璧な男性。とある企業の令嬢と婚約が決まった。

飯田清華(いいださやか)

中小企業で働いていたが、リストラの憂き目に遭う。そんな時、ずっと好きだった拓哉に婚約者の身代わりを頼まれ……!?

立ち読み

「友達としか思っていない相手に色目を使われると、正直気持ちが悪い。しかもこちらの都合はお構いなしに好意を押しつけられるのは苦痛だ」
 ひと気の途切れた廊下。
 教授に頼まれ、ゼミ室に本を置きに来た飯田清華は、ドアノブを掴んだまま凍りついた。
 声のトーンからして、悪口や無責任な噂話の類ではない。そもそも聞き覚えのあるこの声の主は、そういったこととは無縁の穏やかで誠実な人柄である。
 つまり誰かに聞かれても問題のない会話の一端であり、彼の本心でもあるのだろう。
 本来なら清華は、何でもない顔をしてドアを開け、笑顔で『まだ残っていたの?』とでも言うべき場面だ。気負う必要などこれっぽっちもない。
 けれど、動けなかった。
 それどころか気配さえ殺し、部屋の中の会話に聞き耳を立てている。いや、立ち去ることも、耳を塞ぐことすらできないで硬直していた。
「お前、それは贅沢な悩みってもんじゃないか? モテる奴は羨ましい。自慢にしか聞こえないっての」
 不満げに言い返しているのは、おそらく『彼』と一番親しくしている男友達だろう。「俺も一度でいいから、そんなこと言ってみたいよ」と苦笑交じりにぼやいていた。
「……煩わしさしかない。何とも想っていない相手につきまとわれたって、時間がもったいないだけだ。せっかくいい友人だと思っていたのを、裏切られた気分になる」
「こんな冷たいこと言う奴に夢中な女の子たちが可哀想だわ。この本性、彼女たちに聞かせてやりたいね」
「じゃあお前は、気の合う男友達から告白されたら、ショックはないのか? それまで仲良く遊んでいて、気心が知れた仲間だと捉えていた相手に、性的な対象だとみなされていたと知ったら? 僕にとってはそれと同じ衝撃なんだよ」
「それは……確かに素直には喜べないな……いい奴だと思っていた分、無下に傷つけるのも躊躇われるし、かと言って気持ちを受け入れるのも難しい……翌日からどう接していいのか分からなくなる」
 たとえ話に納得したのか、からかい半分だった友人の声が勢いをなくした。
「だから余計に、さも『友達』の振りをして近づいてくる女性が嫌なんだ。こう言っちゃ悪いけど、とても卑怯な気がする。だったら最初からそのつもりで距離を縮めてくる子の方が、正直な分ずっとマシだよ。仲が良くなってから、本当は別にやりたいことがあったけれど、僕目当てでこのゼミを選んだと言われても──迷惑でしかない」
 溜め息と共に吐き出された声は、疲労感が滲んでいた。
 おおかた、また同じゼミの誰かから告白されたのだろう。卒業を前にして、皆あともう一歩『彼』とお近づきになりたいと思い、焦っているのかもしれない。
 その気持ちが、清華には痛いほど分かった。他ならぬ自分も同じだからだ。
 清華は別に彼──上條拓哉目当てでゼミを選択したわけではない。そこはきちんと、自分の将来や興味を鑑みて選んだのだと断言できる。だから最初から邪な気持ちで彼と親しくなったのではなかった。
 けれど後ろめたさがあるのは、事実だ。
 友人のはずが、いつからか特別な感情を抱くようになっていた。ただの男友達とは違う。
 冗談を言い合ったり肩を叩いたり、時には一緒に出かけることにときめきを覚えるようになったのはどのタイミングなのか。明確には思い出せない。
 たぶん、この瞬間という明確な線引きができないからだと思う。
 本当にごく自然に……清華は拓哉に恋していたのだ。
 おそらく今の自分は、彼にとって気兼ねなく付き合える女友達の一人だ。それも、ひょっとしたら一番親しいくらいかもしれない。
 毎日のように教室で話をし、時には一緒に食事に行き、休日をグループの一員として共に過ごすことも少なくなかった。
 その中で拓哉に惹かれることは、清華にとって至極当たり前のことだったのだが──
 ──こんな気持ちは、彼には迷惑なだけだったんだ……
 好きだと告げる気が微塵もなかったと言ったら嘘になる。卒論に向け忙しい今は無理だが、もう少し時間と心に余裕ができたら、卒業までにはいつか──と清華だって胸を高鳴らせていた。
 いずれ友達から一歩踏み出して、恋人同士になれたらと。
 そんな浅ましさを見透かされた心地がして、清華はそっと踵を返した。
 気配を殺し、足音を忍ばせ、ゼミ室の扉から離れる。
 教授から預かった本を胸に抱き、涙を堪えて足早に立ち去った。
 永久に打ち明ける機会を失った、初恋を終わらせるために。

 

 

 

 この世界には、大殺界や天中殺というものがあるらしい。
 占いは信じない性格だが、清華はこの一週間あまりの間に立て続けに見舞われた悲劇を思い、我が身の不運を嘆かずにいられなかった。
 端的に言えば、最悪である。
 いや、そんな軽い言葉では到底言い表せない。この世の不幸を煮詰めた気分で、清華は本日何度目か知れない溜め息を深々と吐き出した。
 事の起こりは先週の金曜日。
 大学卒業後、新卒でどうにか就職できた会社に勤めて早五年。それなりに仕事も覚え、社会人として一人前になりつつあったのだが──
 小規模の中小企業が不況の波を乗り越えてゆくのは、簡単なことではない。清華が働く会社も例に漏れず、親会社の経営不振の余波をものの見事に食らったのだ。
『……人員整理、ですか』
 どこか平板な自分の声が、まるで他人のもののようだと感じた。
『本当に申し訳ない。このままでは我が社自体、駄目になりかねないんだ』
 会議室のテーブルを挟んで頭を下げるのは、社長と人事部長の二人。顔色の悪い壮年男性が小さく肩を落としている姿は、この上ない説得力があった。
 ああ、うちの会社はそこまで追い込まれていたのかと、諦念と共に受け止める以外、清華に何ができただろう。
『退職金は多めに用意するから、どうか納得してくれないかね』
 疲れ切った社長の様子に、自分がここで嫌だと主張したところで、どう足掻いても決定は覆らないのだと、はっきり悟る。
 清華が大人しく退職するか、会社と共倒れするか二つに一つ。それしか道はないのだ。
 勿論、他にも従業員はいるのに、どうして自分だけがと思わなくもない。だが考えてみれば至極当然の選択だと頷くのも事実だった。
 この小さな会社で、事務員は清華を含め二人だけ。もう一人の女性は、一度結婚退職した後パートとして復職した、いわばベテランだ。下手をしたら現社長よりもここに勤めたキャリアが長いかもしれない。
 ようやく独り立ちした自分と比べても、圧倒的に仕事ができ、かつ給与が安いのである。
 そして営業部に配属された同期入社の同僚は、去年結婚し今年子どもが生まれたばかり。清華の直属の上司に至っては大学進学を控えた子どもを抱えている。
 他の少ない社員たちは、誰もなくてはならない人材ばかりだった。
 つまり誰がどう考えても、クビを切るなら現在独身で替えのきく存在である清華が適当なのだ。
 ──仕方ない、なんて軽々しく思えないけど……
『……分かり、ました……』
 他に言える言葉があったら教えてほしい。
 涙ながらに『ありがとう』と頭を下げる父親よりも年上の男性を前にして、清華は陰鬱に頷くことしかできなかった。
 それが、先週の出来事。
 以降、パンプスのヒールは折れるわ、酔っ払いに絡まれるわ、転んで怪我をするわと不幸の波状攻撃に遭い、そして更なる悲劇が本日清華を襲ったのである。
「──えっ」
 おそらく、リストラを切り出された時よりも、驚きの声が出てしまった。
 これから先の人生に不安を抱え、自分の部屋で一人寂しく求人情報を検索していた土曜日にかかってきた電話は、大学時代の友人からのもの。
 懐かしく思いつつ会話が弾んでいたところに、爆弾が投下されたのだ。
『だから、上條君が結婚するんだって! しかも相手は高嶺コーポレーションのご令嬢らしいよ。流石、上流階級の方は、同じレベルの女性を選ぶんだね。まぁそうじゃなきゃ、釣り合わないかぁ』
 快活に笑う友人の声は、清華の耳を右から左に通過していった。しかし、内容をスルーすることはできない。
 上條拓哉。
 初めて清華が彼に会ったのは、大学の入学式の場。
 偶然隣の席になり、最初に抱いた印象は『この世にこんなに綺麗な男性がいるんだ』だった。思わずポカンと見つめてしまったけれど、逆に言えばそれだけだったとも言える。
 清華は特別、面食いではない。
 むしろ普通の男性が好きだ。
 キラキライケメンは画面を通して鑑賞するくらいで丁度いい。仲良くなりたいとかまして交際したいなんて、考えたこともなかった。
 だからこの日は、当たり障りのない会話だけして、連絡先を交換することもなく、そのまま別れた。
 後になって親しくなった女友達から『もったいない!』と言われたけれど、清華自身は本気で何とも思っていなかったのだ。
 しかしその後、選択した授業が重なったり、同じサークルに入ったりと偶然が積み重なって話す機会が増え、互いの趣味が合うこと、喋っていて気楽なことを知り、急速に仲がよくなっていった。
 それまで異性の友達などいなかった清華にとって気さくに話ができる男性は貴重だったし、話題が豊富でかつひけらかさない拓哉の性格はとても好ましかった。
 しかも大学内で彼のことを知らない学生はいなかったと思う。それほど有名人であり、良くも悪くも他者の注目を集める人だったのだ。
 理由は、国内有数の総合商社である上條グループの御曹司という立場と、彼自身の際立った容姿のせいだ。
 芸能人もかくやという華やかで整った顔立ち。恵まれた体格。首席入学するほど頭がよく、人当たりがいい性格であることも相まって、男女問わず絶大な人気者だった。
 ゼミやサークルでは、自然と会話の中心になり、リーダーシップを発揮する。誰に対しても分け隔てない、紳士的な対応。滲み出る品と、洒脱な会話。品行方正で、スポーツ万能。
 それらを持ち合わせていて、モテないわけがない。
 他大学からも、拓哉とお近づきになりたいがために女子が押し寄せてきていた。
 まさに『王子様』という形容が相応しい、完璧な人だったのだ。
 いつも女性の取り巻きに囲まれ、たぶん告白された回数など覚えてもいないに違いない。
 次第に彼は煩わしさから逃げるためか、特定の友人とだけ深く付き合うようになってゆき、その中に清華は含まれていた。
 初めは拓哉に信頼され、懐深く受け入れられたことが誇らしかったし、大事な友人を守らねばとも思っていた。
 けれど、いつしか近しい距離が逆に自分を苦しめることになるなんて、十代だった清華は想像すらしていなかった。
「……わ、私、聞いてない」
『まだ極秘らしいもん。うちの旦那が高嶺コーポレーションで働いているから、噂を耳にしたのよ、でも上條君と清華は今でも仲がいいんでしょう? だからあんたならひょっとして知っているかと思ったんだけど』
「初耳……だよ……」
 彼女の夫は、確か高嶺コーポレーションに勤める重役の秘書だったはず。相手が妻とは言え社内の極秘情報を漏らすのはどうなんだと思ったが、今はそれどころではない。
 清華は眩暈を堪えながら、携帯電話を耳に押し当てた。
「あの、本当なの……?」
『縁談がほぼ纏まったらしいよ。まだ正式な発表には至っていないけどね。え、本当に清華も聞いてなかったの? あんたら、親友と言っても過言じゃないくらい仲が良かったじゃない』
「最近お互い忙しくて連絡を取っていなかったから……」
 最後に会ったのは、ひと月前だ。
 小規模会社の平社員である清華と違い、拓哉は上條グループの次期後継者として多忙な日々を送っている。
 ただの友人に過ぎない清華に割ける時間はたかが知れていた。
 ──それでも、月に一度は何だかんだ顔を合わせていたのに……
 考えてみたら、このところメールもSNSも途絶えていた。
 過労で倒れやしないかと心配になるくらい、仕事で世界中を飛び回る彼の邪魔をしてはいけないと思い、清華からは極力連絡を取らないよう心がけている。輸入食品の中でもワイン部門を任されている拓哉は、主にヨーロッパ圏内を忙しく行き来しているのだ。
 そうこうしている間に自分がリストラ問題にぶつかり、最近連絡のないことを嘆いている場合ではなくなっていた。
 ──どうしよう……目の前が真っ暗……
 先ほどから変な動悸が止まらないし、吐き気もする。
 取り落としそうになる携帯を握り締め、清華は大きく息を吸った。
 いくら懇意にしていても、所詮友達でしかない自分に拓哉が結婚報告をする義務はない。彼の立場を考えれば、多分に家や会社が関わる問題だろうし、むしろ秘密にするのは当たり前だと思われた。
 それでも──
 ──せめて上條君の口から聞きたかったな……
 こんな風に第三者からの伝聞ではなく、彼の言葉で面と向かって言ってほしかった。
 ──それはそれでショックが大きいけど、上條君にとって私は、知らせる必要もない程度の付き合いでしかなかったってことなんだな……
 そもそも恋人がいることすら知らなかった。本当に蚊帳の外ということか。
 どちらにしても、清華は再起不能レベルの痛手を被った。
 五年勤めた会社から『君はいらない』と宣告された瞬間よりも大きな絶望感が、清華の胸を突き刺す。
 端的に言えば、心が折れた。それはもうポッキリと。
 つい数分前まではどうにか新しい仕事を探し、都会で心機一転頑張って生きていこうと思っていたけれど──
 そんな気持ちは吹き飛んでしまった。
 頭に浮かぶ選択肢はもはや一つだけ。『地元に帰ろう』だ。
 元々、都会の生活は性に合わなかった。本当は清華はのんびり自然に囲まれて暮らしたかったのだが、少しでも拓哉の傍にいたくて、必死にしがみついていただけなのだ。
 今更、拗らせ続けた恋心を告白するつもりはないし、想いが成就するとも期待していない。
 それでも諦めきれず、ズルズルと九年間も『友人』の仮面を被ってきた。
 届かない気持ちであっても、容易に捨てられる軽いものではなかったからだ。
 清華の指先が、力なくパソコンのマウスを操作する。
 ディスプレイに表示されているのは転職サイト。検索していた『都内』のチェックを外し、地元を新たに選んだのは無意識だった。
 検索ボタンを押してほんの一瞬で画面が切り替わる。
 並んだ求人募集の少なさと基本給の乏しさに、乾いた笑いがこぼれた。
「……まぁ……ないよりマシか……選ばなければ、何とかなるかな……」
 本当にうんざりするほど、どうしようもない。
 諦める努力も、振り向いてもらう努力もしてこなかった自分には、傷つく資格すらないというのに。
『何ブツブツ言っているの? ああ、でも清華も聞いてなかったんだ。もしかしたら結婚に向けて準備やら根回しで忙しかったのかもね』
 しかしこちらのヒビだらけになった心も知らず、友人は呑気に駄目押しの攻撃を仕掛けてきた。悪意がない分、質が悪い。
 これ以上普通に会話する気力もなく、清華は適当に相槌を打ってやや強引に通話を終了させた。
 電話を切れば、訪れるのは静寂だけ。
 独り暮らしのアパートの部屋の中、清華は魂が抜けたようにノートパソコンの前で座り込んでいた。
「……完全に、失恋かぁ……」
 初恋だった。
 あんなに魅力的な人の傍にいて、心惹かれないはずはない。
 見かけなんて関係なく、彼の人柄に触れ、知れば知るほど心奪われるのを止められなかった。
 優しくて、公平で、誇り高い人。見知らぬ人へ当たり前のように手を差し伸べ、理不尽に憤り、行動できる人。
 同年代にも年上の男性の中にも、女性の中にも、そんなに素晴らしい人はいなかった。
 最初は友情だと信じて疑わなかった清華の気持ちが形を変えるのに、大した時間はかからなかったと思う。それでも、三年以上は上手く自分をごまかすことができたのだ。
 これはただの気の置けない友達関係。異性間の友情は成立するのだと。
 恋なんて、それまでの人生にしたことがなかったから、清華には胸に灯る感情の名前が、本当に分からなかった。
 滑稽である。
 いざ自分の心臓を高鳴らせるものの正体が恋愛感情であると自覚してみたら、失恋が確定したなんて。
 あれは大学四年の初夏。
 学生最後の夏休みを前にして、どこか浮足立っていた時期。
 とは言え、卒論やなかなか決まらない就職活動で清華も少なからず焦燥に駆られていた。世間はもう何年も就職難真っただ中。
 先の見えない不安の中、目の前の現実よりも恋愛に逃げたくなる者もいたのかもしれない。いつも以上に拓哉は、方々から告白を受けていたようだ。
 その上、まだこれから顔を合わせないわけにはいかない同じゼミ生からも想いを告げられ、対応に苦慮し、愚痴の一つも吐き出したくなったのは仕方ない。
 清華が彼らの話を盗み聞きしてしまったのは、全くの偶然だった。
『友達としか思っていない相手に色目を使われると、正直気持ちが悪い』
 その台詞に、まるで自分のことを言われたのかと思い、瞬間的に心臓が凍りつきそうになった。
 これまで、邪な気持ちで拓哉に接したことは一度もない。当然だ。清華は自分の恋心にきちんと気がついてさえいなかったのだから。
 それでも、『見透かされた』と感じたのは、疚しさがあったからに他ならない。
 続く『さも友達の振りをして近づいてくる女性が嫌』という言葉に、ますます居た堪れない心地がした。
 いくらこれは別の女性の話だと頭が理解していても、心は『卑怯』なのが清華自身だと糾弾する。
 あの時の惨めな自分に、その場を逃げ出すこと以外で、どんな方法があっただろう。
 以来ずっと、清華は心に蓋をして、絶対に本当の気持ちを彼に悟られないよう、万全の注意を払ってきたのだ。
 ──結果的に上條君に嘘を吐くことになっても、全部バレて軽蔑されるよりはマシだもの……
 永遠に想いを告げるつもりも、煩わせるつもりもないから、許してほしい。
 友人を望む彼の期待を裏切ったりしない。
 清華は一生『最高の女友達』を演じ続けるつもりだ。どれだけ辛くても、苦しくても。
 だからむしろ拓哉が結婚するなら、これで良かったのかもしれない。
 理性はそう判断を下したが、未だ心はぐちゃぐちゃに乱れていた。容易に気持ちを切り替えられるほど清華は逞しくないし、長年の片想いは伊達じゃないのである。
 けれど、『終わった』とは思った。
 自力で断ちきれなかった恋慕が、強制終了されたのだ。言ってみれば幸いだったのだと思う。そうとでも考えないと、やりきれなかった。
 瞼の裏が熱くなり、鼻の奥がツンと痛む。泣いてしまう前兆を感じ取り、清華は殊更強く瞑目した。
 ──泣くな。とっくに諦めていたくせに、情けないぞ……!
 奥歯を噛み締め、こみ上げる涙を気合で押し返そうとした時。
 ピンポーンと軽やかな電子音が室内に響いた。

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