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婚約者はこの人です!

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書籍紹介

イケメン御曹司が仕組んだ愛の罠!

婚約者を祖母に紹介する当日、相手に逃げられた花純。偶然その場に現れた御曹司で上司の達己が婚約者のフリをしてくれることに。一時しのぎのはずが、甘く強引に迫られ、どんどん外堀が埋められ、気付いた時には恋人に……!? 「好きだよ。ずっと君だけを見ていた」情熱的な囁きと貪るようなキスに、彼への想いが膨らんで――。一途に求められる結婚への溺愛包囲網!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
社長・セレブ
シチュエーション:
オフィス・職場 | 玉の輿・身分差 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

佐伯達己(さえきたつき)

日本人離れした抜群のスタイルに整った顔立ちで、会社でも人気ナンバーワンのマネージャー。恋には無関心だが、花純のために婚約者のふりをすることに!?

雫石花純(しずくいしかすみ)

お祖母ちゃん思いの優しい女子。真面目でちょっと天然。婚活で知り合った彼を祖母に紹介しようとしたが、当日逃げられてしまい……?

立ち読み

 日曜日午後六時半、E駅前ホテルエリオスロビー──。
 私は二十三年間の人生でこれ以上ないほど焦っていた。なぜなら今日祖母に紹介する予定の婚約者が、約束の時間となっても姿を現さないからだ。何度も電話をかけているのに繋がらない。
 オロオロとしてSNSのLINEで連絡を取ろうとすると、ホテルロビーのソファに腰かけていたお祖母ちゃんに、「花純ちゃん」と心配そうに声をかけられた。
「花純ちゃん、佐伯さんかい? 佐野さんかい? 大丈夫なのかねえ。事故とかあるんじゃないかい」
「じっ、事故!?」
 驚きに目を瞬かせて立ち竦む。そんなことはないと思いたかった。
「ごめん、お祖母ちゃん、先にお店入っていてくれる? 駅で迷っているのかもしれないから。ちょっとだけ待っていて」
 バッグを持ち直すと、身を翻して回転ドアを抜け、ホテル最寄りの改札を目指す。
 ──佐野さんはどうしてしまったんだろう。
 足を動かし、不安を抑えつけながら考える。昨日待ち合わせ場所を確認した時点では、「そのホテルなら知っている」と言っていたのに。それに、ここは中央改札を出て目と鼻の先にある、世界的に有名な四つ星ホテルなのだ。道に迷うなんて考えられなかった。
 改札前に来て佐野さんの姿を探し、その間にもスマホをチェックする。けれども、返信も着信もまったくない。
「本当に、どうしちゃったの……」
 溜め息を吐いてバッグに仕舞おうとしたその時だった。
「雫石さんじゃないか?」
 聞き慣れた声がどこからか耳に届いたのだ。この声はまさかと顔を上げる。長身の男性が手を上げて笑っていた。
「佐伯マネージャー?」
 勤務先の上司に当たる佐伯マネージャーだ。一番の出世株というだけではなく、容姿でも会社で人気ナンバーワンの男性。何せまだ独身の三十歳で、日本人離れした抜群のスタイルだ。見上げるほどの身長に私の腰の高さからある長い足。
 おまけに彫りが深く整った顔立ちをしていた。整えられた前髪は真っ黒でくせがなくて、睫毛は長くて濃い影を落としている。私がマスカラを塗ってもこうは無理だ。その下にある瞳は金色がかった焦げ茶だった。そういえばお祖父さんが外国人だと聞いた覚えがある。
 なのに、とっても気さくで部下からも慕われていた。下っ端ОLの私にもこうして気にかけてくれるくらいだ。仕事のフォローもさり気なく、それでいて完璧で、上司として申し分ないと言える。
 マネージャーは親戚の結婚式にでも参加していたのか、今日はいつものすっきりしたダークグレーのスーツとは違って、濃紺のスリーピースだった。無駄のないジャケットのラインが、広い肩幅と長い腕、厚い胸板を引き立てている。
 今も通りすがりの女の人がちらちらと、マネージャーに目を向けている。続いて前に立つ私を見て恋人だと勘違いしたのだろう。「え、あの子が彼女?」と呟いていた。自分がチビで平凡だとわかっているけど、あからさまな態度にはさすがに傷つく。
 マネージャーは「おっ」と目を見開き私を眺めた。
「見違えたな。友だちの結婚式か何か?」
 今日は淡いオレンジのレースのワンピース、紺のボレロというコーディネートだ。セミロングの髪は慣れないながらもどうにか巻いている。
「は、はい。そんなもので……。マネージャーは」
 不思議な色合いの切れ長の目を向けられると、今はそれどころではないのにどぎまぎしてしまった。
「俺も大学時代の友人の結婚式だったんだ。明日仕事だからさすがに二次会は遠慮したよ」
「そ、そうですか……」
 そう答えた直後のことだ。手の中のスマホの画面が変わる。LINEにメッセージが入ったのだ。
 慌てて目を落とす。そして次の瞬間、頭からすべてが吹っ飛んだ。なぜならこう表示されていたからだ。 
『花純ちゃんへ ごめん。やっぱり妻に悪いから、この話はなかったことにして』
「つ、ま……?」
 体が硬直して動かない。
「妻って、妻って……」
 佐野さんは結婚していたの? じゃあどうして同じ婚活サイトに登録して、結婚したいなんて言っていたんだろう? どうして私と付き合っていたんだろう? どうしてプロポーズまでしたんだろう?
 いくつものどうしてが頭の中を回る。
「おい、雫石さん、大丈夫か?」
「どっ、どおしよう……」
 パニックになって何も考えられず、泣きたい心境でスマホを握り締めるしかない。こんなことを知ればお祖母ちゃんが卒倒してしまう。
 お祖母ちゃんは亡くなった両親に代わって、大学を卒業するまで私を育ててくれた人だ。今年の四月に初任給でプレゼントをしたくて、何が欲しいと聞いてみたら、「もうものはいらないから、花純ちゃんの花嫁姿が見たいねえ」と笑った。
 だから、頑張ってネットで婚活をして、やっといい出会いがあったと思ったのに。お祖母ちゃんも東京見物に合わせて、ぜひ彼に会いたいと言って、群馬から来てくれたのに。まさか相手が既婚者だった挙句に、騙されていたなんて言えるはずがない。
 足からくずおれそうになる私を、マネージャーが驚いて支えた。
「おい、何があったんだ?」
「……どうしよう」
「何があった?」
 マネージャーは呆然とする私の手から、スマホを「悪い」と言って取り上げ、卑怯かつ身勝手なメッセージを見て絶句していた。
「これ、雫石さんの彼氏か?」
「か、彼氏というか、婚約者というか」
 既婚者だったのだからどちらでもないのだろう。
「そう、思っていたんですけど、どうも、私が、浮気相手だったみたいです……」
 やっとの思いでそう言ってしまうと、体中からどっと力が抜け落ちた。
 マネージャーが私の肩に手を置く。
「もしかしてその恰好って今から夕食を兼ねて、お祖母さんに挨拶する予定だったとか?」
「そ、そうです……」
 どうにか声を絞り出した。
「相手のフルネームは?」
 判断力を失い問われるまま答える。
「さ、佐野卓也さんです……」
「佐野卓也……」
 佐野さんの名前を聞くなり、マネージャーの眼差しが鋭くなる。目だけで人を射殺せるんじゃないかと思うほど怖かった。マネージャーのこんな顔を見るのは初めてだ。だって、いつも頼り甲斐があって優しくて、怒った顔なんて見たこともなかったのに──。
 ところが、そのナイフのような眼差しはすぐに消えて、私の顔を見下ろすころにはすっかり優しいものになっていた。錯覚だったのかとつい目を瞬かせたほどだ。
 マネージャーが「よし」と頷き私の手首を掴む。
「雫石さん、俺を連れて行けよ。そいつの身代わりになるから」
「えっ……!?」
 思いがけない申し出にぎょっとして顔を上げた。
「マネージャーを、ですか?」
「ああ、そうだ。俺は佐伯達己だから、読みだけだったら似ているだろう? 佐野卓也、佐伯達己、うん、そっくりじゃないか」
 マネージャーは名案だと思っているのか、満足そうにうんうんと頷いている。
「お祖母さん、相手の男の名前ははっきり覚えているのか? どんな仕事をしているとかどんな人柄だとか、詳しい話はしているのか?」
「名前はたぶんうろ覚えかと……。職業は普通のサラリーマンだって言ってあります」
 最近物忘れが激しくなったと言って、どちらも何度も尋ね返された覚えがある。
「なら、いける、いける。ほら、行くぞ」
「い、いやいやいや! そんな無茶な!」
 無茶過ぎて絶句するしかない。けれども、マネージャーは笑顔で私の手を引っ張った。
「大丈夫。上手く乗り切ってみせるから。安心しろ」
 ──そんな、安心しろと言われても。
 困惑する私をマネージャーが「早く」と引っ張る。
「お祖母さん、待っているんだろ?」
 その力強さにようやく我に返った。
「いけませんって! 絶対ばれちゃいます!」
 私はどうも嘘を吐くのが苦手だ。思ったことが顔に出てしまうらしい。お祖母ちゃんはそんな性格をよく知っていて、すぐに気づくに違いなかった。
 ところが、マネージャーはまったくめげない。
「大丈夫だから安心しろって。営業の最前線を舐めるなよ。こっちも人の機嫌取るのが仕事なんだから。嘘と演技には慣れているんだよ」
「でも……」
 まだ躊躇う私の前で髪を掻き上げて笑って見せた。
「いいから任せとけ」
 オフィスでは滅多に見られない、少年のような悪戯っぽい笑顔に、ドキンと心臓が鳴る。こんな笑顔は反則だと心の中で呟いた。だって、断れなくなってしまうもの。
 それに、マネージャーなら大丈夫かもしれないと信頼してしまう。マネージャーが担当する顧客の気持ちがよくわかる。さすがは営業一課のリーダーだと溜め息を吐いた。
 ついに顔を伏せて白旗を掲げる。
「じゃあ……お願いします」
「よしきた」
「ご迷惑おかけします……」
「気にすんな。可愛い部下のためだからな」
「か、可愛いって……」
 マネージャーがまたにっと笑う。
「お、これってセクハラになるか? ほら、行くぞ!」
 マネージャーの手が私の手に絡められる。大きくて骨ばった男の人の手だ。途端に意識してつい引っ込めようとしてしまった。
「あのっ……」
 けれども、手はしっかり繋がれたままだ。マネージャーが「どうした?」と振り返る。
「手を繋ぐ必要とか、ないと思うんです」
 男性に免疫がないのでどうしても恥ずかしい。マネージャーは「おいおい」と苦笑した。
「雫石さん、婚約者がいたんだろ? それなりに付き合ってきたんじゃないのか?」
 呆れたように尋ねられて黙り込むしかなかった。実は、私はまだ男性経験がない。男の人と付き合う機会は何度かあったけど、体の関係を結ぶのが怖くて躊躇う間に、相手に我慢の限界がきて振られてしまうのだ。
 佐野さんは唯一焦らずに付き合ってくれた人だった。だからこそ、結婚しようと言われた時には、この人なら信頼できると思ったんだけど、まさかの既婚者だったのだから、自分の見る目のなさに嫌気がさす。
「深く聞くつもりはないけど……」
 マネージャーは何を察したのか、ちょっと気まずそうに声を潜めた。腰を屈めて私の耳元でそっと囁く。その吐息に体がぞくりとなるのを感じた。
 ──やだ、何これ……。
「婚約者なら、手を繋ぐくらい当たり前だと思わないと」
 その言葉に確かにそうだと我に返った。手も繋がない婚約者同士なんて不自然だ。
「じゃ、じゃあ……」
 ぎこちなくマネージャーの手を握り返すと、マネージャーは「合格」とまた笑った。
「じゃあ、行くか。歩きながらちょっと設定考えような」
 さすがマネージャーだと溜め息を吐くしかない。きっと周囲からすれば私たちは、本物の婚約者のように見えるだろう。これなら乗り切れるかもしれない。
「出会いは雫石さんが俺の課に入社してきたから。俺の一目惚れだったんだけど、仕事に一生懸命なところにますます惚れて、付き合い始めて三ヵ月でプロポーズ。ちょっとうぶなところも好きとでも言っておくか」
「説得力ないですよ……」
 マネージャーほどの素敵な男性が、平凡な私に一目惚れだなんてありえない。これじゃやっぱりお祖母ちゃんにばれちゃうと不安になる。なのに、マネージャーは自信満々だった。
「大丈夫。大丈夫。説得力ありまくりだから。絶対バレないから。保証してもいいよ」
 一体何を根拠に大丈夫なのかと思いつつ、なぜか楽しそうなマネージャーと一緒に、お祖母ちゃんの待つホテルのレストランを目指した。
 今日は頑張って個室でのコース料理を予約している。お祖母ちゃんの分は私が出して、それぞれの代金は割り勘の予定だったんだけど、こうなれば全員分出さなければならないだろう。マネージャーへのせめてものお礼だ。
 お金を多めに下ろしておいてよかったと胸を撫で下ろす。そんなことを考える間に、私たちはレストランに到着し、ちょっと緊張して姿勢を正した。

 レストランは評判のフランス料理店というだけあって、外装からして一瞬入るのを躊躇うセレブな雰囲気だった。石造りの壁に一木造りのドアがはめ込まれている。ニスで磨かれた木目がとても綺麗だった。こんなお店に来るのは当然初めてだ。
 マネージャーがすっと前に進み出て、さりげなくドアを開ける。
「雫石さん、どうぞ」
「えっ……」
「フレンチでは男がドアを開けて、女の子が先に入るんだ」
「そ、そうなんですか……」
 テーブルマナーはなんとか覚えたんだけど、入店のことまで考えていなかった。
 言われるままにドアを潜りながら、それにしてもとちらりとマネージャーに目を向ける。
 仕草がなんとなく上品でさまになっている。容姿こそ芸能人レベルだけど、普通の会社に勤める一般人のはずなのに。そんなマネージャーが遠い人に思えて、ほんの少しだけ胸が痛むのを感じた。
 やがて、白いシャツ、黒いベスト姿のギャルソンさんが現れる。私たちは早速お祖母ちゃんの待つ個室へと向かった。
 個室は落ち着きのあるベージュの壁に、紺色の絨毯の敷かれた一室だった。四つの椅子は上品な焦げ茶で統一されていて、テーブルの純白のクロスが目に眩しい。ほのかなオレンジのランプの明かりが、インテリアを静かに照らし出していた。お祖母ちゃんは上座に腰かけている。
「あら、まあまあ、こんばんは」
 私たちの姿を認めてお祖母ちゃんが立ち上がる。
「初めてお目にかかります。佐伯達己と申します。花純さんの勤務先の同じ課で、マネージャーを務めております」
 マネージャーが深々と頭を下げた。一方、私は顔を引き攣らせながら、どうにかお祖母ちゃんに紹介する。
「こ、婚約者の佐伯マネ……佐伯達己さんです……」
「あら、佐野さんじゃなかったのかね?」
 背筋からどっと冷や汗が流れるのを感じた。
 ──なんて心臓に悪いんだろう。やっぱり私は人を騙すだなんて向いていない……。
「や、やだなあ、お祖母ちゃん、佐伯さんよお」
「ああ、そうだったかね。最近物忘れが激しくてね」
 お祖母ちゃんが席に着くのを待って、ギャルソンさんの引いた椅子に腰かける。お祖母ちゃんが私たちの顔を見られるように、席順は私とマネージャーが隣同士、お祖母ちゃんが向かいの席の私の前になっていた。
 お祖母ちゃんがマネージャーの顔を見てにこにこと笑う。
「こんなにイケメンさんだとは思わなかったねえ。花純ちゃん、頑張ったじゃあないの」
 マネージャーがそこにすかさずこう突っ込んだ。
「いいえ、頑張ったのは僕ですよ。プロポーズにうんと言っていただけるまで、三ヵ月もかかったんですから」
「まあまあ、そうだったのかい」
 プロポーズまで三ヵ月とは聞いたものの、私が答えを渋ったなんて設定は聞いていない! 逆ならまだ納得できるだろうけど、私レベルの女が答えを出し渋るとか、いくらなんでも不自然過ぎる! お祖母ちゃんも怪しむに決まっている!
「ちょ、ちょっと、マネージャー……」
 焦る私にお祖母ちゃんが「おや」と首を傾げる。
「せっかくの彼氏なのにマネージャーなんて呼んでいるのかい?」
 私はまたぼろを出したと動揺し、あわわとなって黙り込んでしまった。同時に、私がプロポーズの答えを待たせたことについては、お祖母ちゃんはおかしくは思っていないみたいだと首を傾げる。
 すると、マネージャーが笑みを浮かべ、代わりにこう答えたのだ。
「僕もつい仕事のくせで今も雫石さんと呼んでしまいます。どうも花純と呼ぶのは照れくさくて。けど、いい機会だからこれからは名前で呼ぼうか」
「ええっ!?」
 意外な展開につい小さく叫び声を上げ、今度はいけないと口を押さえた。一体何度ドジを踏めばいいんだろう。
 私がひとりで慌てて悩んで落ち込んでいる間に、お祖母ちゃんとマネージャーが膝にナプキンを広げる。
「うん、絶対にそれがいいよ! 花純って名前はこの子が生まれた朝に、庭に百合の花が一輪咲いたからなんだ。その百合がそれは綺麗な純白だったから、亡くなった息子の嫁が花純ってつけたんだよ。あの百合の花のように美しく、清らかで凜とあれって意味でね」
「本当にいい名前ですね。そうか、花純はそんな由来なんですか。花純、花純……」
 その声がいつになく優しかったから、私はつい端整な横顔に見入ってしまった。
 マネージャーはお祖母ちゃんと楽しそうに話している。下手にあれこれ話して怪しまれるよりも、任せたほうがいいのかもしれない──私はそう感じて運ばれてきたアミューズを口に入れた。
 帆立と白身魚とタルタルが絶妙の味わいだ。けれども、数秒後にせっかくの美味を噴き出しそうになってしまう。なぜならお祖母ちゃんがこんな質問をしてきたからだ。
「ところで、結婚式はいつ挙げるんだい?」
「そうですね……」
 どうしようと慌てふためく私をよそに、マネージャーはワインのグラスを置いた。どうしてだか、ちらりとこちらの目を見てニヤリと笑う。
「来年の花純さんの誕生日だと決めています。ちょうど日曜日で日取りもいいですから」
 この発言にはさすがにぎょっとしてしまった。どうして時期を明言するんだろう?
 ──お祖母ちゃんが本気にしたらどうするの!?
 マネージャーをじろりと睨んで、目でそう伝えようとしたけれども、マネージャーは涼しい顔のままだ。おまけにちょっと硬い声で念を押してきた。
「そうだな、花純さん」
「えっ……」
「そうだな?」
 いつものマネージャーらしくはない、有無を言わせぬ口調だった。でも、ここで「違います」だなんて訂正するわけにもいかない。お祖母ちゃんに疑われるだけだろう。その事態だけはどうしても避けたかった。だから、結局こう答えるしかなかったのだ。
「そう! 私が頼んだの! 誕生日と結婚記念日が同じだなんて素敵だなって思って!」
 不自然な態度になっていませんようにと願う。すると、お祖母ちゃんの表情がぱっと明るくなった。
「まあ、それは楽しみだねえ。その日は絶対空けておかなきゃね。これで来年まで生き延びようって気力が湧いたよ」
 ──ああ、罪悪感で脳味噌がズキズキする……。神様、これは嘘を吐いた私に対する罰ですか?
 マネージャーが何を考えているのかわからない。あんなふうにはっきり言ってしまえば、あとから困るだけだろうに。
 それから運ばれてきた料理の味なんて、私にはもうとっくにわからなくなっていた。ひたすら痛む胃を叱咤し機械的に詰め込んでいく。
 マネージャーとお祖母ちゃんは相変わらず談笑していた。なんともう会場はどこがいいかを話し合っている。けれども、私には反論する気力なんてなくなっていた。
 ようやくお魚とお肉のメイン料理が終わり、デザートの苺のミルフィーユがテーブルに置かれる。すると、マネージャーがトイレに行くからと席を外した。
「すぐに戻りますので」
「ああ、いいよ、いいよ。ゆっくりしておいで」
 お祖母ちゃんはマネージャーがすっかり気に入ったのかご機嫌だ。またもや罪悪感に打ちのめされそうになりつつ、私も立ち上がる。
「お祖母ちゃん、私も行ってくるね」
「おやおや、仲がいいねえ」
「違うから!」と主張したかったけれども、私は代わりに力なく笑うしかなかった。すぐにマネージャーのあとを追う。どうして日取りまで言及したのかを、トイレで問い質すつもりだった。

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