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エリート国際弁護士にロックオンされました!!

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書籍紹介

究極の甘やかしダーリン、爆誕!

「僕なしじゃいられない身体になったんだろ」見目麗しいレイモンドに囁かれ、沓子の身体は甘い期待に震え、熱を帯びる。英国法曹界のサラブレッドで紳士な彼からは想像もつかないほどの淫らな愛撫。張り詰めた分身を奥深くまで突き進められて、得も言われぬ快感に苛まれ……。大好きな人に抱かれるのが、こんなに気持ちがいいなんて。恋を知らない理系女子の運命婚!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
インテリ
シチュエーション:
玉の輿・身分差 | オフィス・職場 | 甘々・溺愛
登場人物紹介

レイモンド・エルフィンストーン

英国人と日本人のハーフ。イギリスを拠点に置く、世界的に有名なオルトナー法律事務所のオーナーの三男。事務所に訪れた沓子を気に入り……。

堀井沓子(ほりいとうこ)

事務機器メーカーの開発部門スタッフ。仕事が恋人な理系女子。先輩に頼まれ重要顧客の元に複合機の修理に行ったところ……?

立ち読み

 目の前に聳え立つビルを見上げ、沓子はふうっと息を吐いた。
「時間外の通用口は……あっちか」
 時刻はもう少しで二十二時を回ろうとしている。月の半ばの水曜日ということもあり、高層オフィスビルが立ち並ぶこの周辺は既に閑散としていた。
 工具が詰め込まれた鞄は相変わらず肩に食い込む。久々に修理用具一式を手にした沓子は、足早に唯一明かりの灯った場所を目指して歩き始めた。
「すみません。三十八階のオルトナー法律事務所に修理で伺いたいのですが……」
 通用口でそう切り出すと、人の良さそうな守衛がちらりと胸元に視線を向けた。沓子の羽織っている作業服の胸ポケットには「Halios」と刺繍が入っており、彼はそれを見るなり人懐っこそうに微笑んだ。
「ハリオスさんね。はいはい、聞いてますよ」
 先方はご立腹だと聞いていたが、どうやらちゃんと連絡は入れてくれていたらしい。
 今までの経験から、ここでまたひと悶着あるだろうと身構えていた沓子は密かに胸を撫で下ろした。
「時間外入館申請書」と書かれたカードに必要事項を記入し、入館バッチを受け取る。エレベーターの場所を教えてもらい、静まり返ったロビーを横切った。
 やけに広いエレベーターに一人で乗るのはどこか心細さを覚えてしまう。しかし今はそんな事を考えている場合ではない。沓子は手にしたタブレット端末に目を落とし、これから向かう先の情報を頭に叩き込んだ。
 今から沓子が訪問するのは世界的に有名な法律事務所である。企業法務のコンサルタント業務を専門としており、沓子の勤め先である事務機器メーカー「ハリオス」では「プレミア」と呼ばれる重要顧客なのだ。
 その特別対応ぶりといったら、専任の営業担当とサポート担当が一つのチームとして対応にあたっているほどの高待遇である。
 しかし沓子はそのチームに所属している訳ではない。確かに以前は修理担当のサービスマンだったが、こことは違う下町エリアの担当だった。
 今は開発部門へ異動している身でありながら、とある事情によって修理に向かわされている。
 今回の修理対象はハリオスの主力製品である複合機である。
 プリンターとコピー、そしてスキャン機能を兼ね備えているだけあり、他の機器よりもトラブルが起きやすい。連絡があった時、表示されているエラーコードは教えてもらっていた。念の為にもう一度マニュアルに目を通して確かめながら、沓子は深い溜息をついた。
 事の発端は一時間前に遡る。
 新製品の発表まで半年を切り、試作品の組み立てに追われていたところにサービスサポート時代の先輩である森下から電話が入った。
 現在彼が担当しているオルトナー法律事務所で、先週納入したばかりの複合機が故障した。本来なら自分が行くべきなのだが、妻と娘が熱を出して寝込んでいる。しかも他のメンバーも出張やら接待ですぐに対応が出来ないので、代わりに行ってもらえないかという連絡だった。
 完全にサポート時間外ではあるが、そこは上顧客ゆえの特別対応なのだろう。その上絶賛残業中だった沓子のいるオフィスからであれば、社用スクーターで三十分と掛からずに到着できる。沓子の上司には話をつけておくので急いで向かって欲しいと頼み込まれ、渋々ながら了承したのだ。
 柔らかな電子音がエレベーター内に鳴り響き、ドアが静かに開く。廊下に敷き詰められた絨毯の柔らかさに驚き、思わず「おぉ……」と声が漏れてしまった。
 このフロアにはテナントが一つしか入っていない。「Ortner GLOBAL Law Firm」と大きく書かれた銀色の看板を横目にガラス戸を押し開けた。
 その先には立派な受付カウンターがあるが、今は当然ながら無人である。しかも内線電話らしきものも見あたらない。どうやら教えてもらっている連絡先へ電話を掛けるしかなさそうだ。
 更に奥のドアから淡い光が漏れているのを見つけ、沓子はポケットからスマホを取り出しながらそちらへと足を向けた。
「あ……」
 番号を打ち込み、通話ボタンを押す寸前で内側からドアが開かれた。慌てて姿勢を正した沓子の前にすらりとしたシルエットが浮かび上がる。
 女性の中では標準的な身長である沓子が見上げるほどの長身。柔らかな光を背に現れた男の姿に思わず固まってしまった。
 咄嗟に浮かんだのは「どうしてこんな所にモデルさんが?」という疑問。
 緩くウェーブがかった髪に縁取られた顔は小さく、目鼻立ちはCGかと疑いたくなるほど完璧なバランスで配置されている。一見して高級な生地だとわかる三つ揃いのスーツ姿は、現実に存在しているとはとても思えない均整の取れた身体つきをしていた。
 弁護士事務所に来たはずなのに、高級服飾ブランドの広告に出ていそうな男性が沓子の前に佇んでいる。しかも、じっとこちらを見つめてくる瞳がヘーゼル色をしているのに気付き、沓子はにわかに焦りだした。
 そうだ。ここはいわば外資系企業。沓子は英語が全くと言っていいほど出来ないので、どう切り出すべきかわからない。
「あ、えーっと……」
「修理の人?」
 わたわたとスマホで検索しようとした指が止まる。この人、日本語が通じる……!
 沓子は首から提げたIDカードを顎のすぐ下まで持ち上げた。
「はい! ハリオスの堀井と申します。この度は弊社製品の件でご不便をおか……」
「そういうの要らないから、早く入って」
 男は低い声でそう言い放つなり、くるりと背を向けた。
 虚をつかれて動きを止めた沓子だが、肩紐がずり落ちた鞄を慌てて持ち直すと広い背中を追いかける。
 広々とした廊下の両脇にずらりと並んだドアは応接室だろうか。彼はずんずんと廊下を進み、ドアの横にあるパネルにカードをかざした。この先がオフィスエリアのようだ。
「右側の奥だ」
 表情は相変わらず不機嫌そのものだが、開けたドアを先に通してくれるあたりは紳士的だと言える。軽く頭を下げてから沓子が足を踏み入れた場所は、映画のセットのような印象を受けた。
 いくつも個室があるものの、ガラスの壁で仕切っているので窮屈さは感じられない。
 奥に進むほど個室のスペースが広くなっているから、どうやら立場順に部屋割りがされているらしい。となると、奥の部屋が割り当てられている彼は若そうなのに有能な弁護士なのだろう。
 言われた通りに右奥へと進むと、目的のものがすぐに見つかった。
 どうやらオフィスには彼しか残っていないらしい。部分的に照明が灯された薄暗い空間では故障を知らせるランプがやけに目立つ。沓子は吸い寄せられるように真っ赤な光へと近寄っていった。
 これが、オルトナー専用機……!
 噂には聞いていたが、まさか現物にお目にかかれる日が来るとは思わなかった。
 大口顧客らしく機能やパーツにも専用のカスタマイズが入っているが、最大の特徴は筐体の色だろう。落ち着いた雰囲気のオフィスに馴染むよう、白ではなくダークグレーのオリジナルカラーが使われているのだ。
 やっぱり格好いい。写真撮りたいけど状況的に難しいよね……お願いだけしてみる?
 沓子が静かに興奮していると、背後から響いた低い声が容赦なく現実へと引き戻してくれた。
「どれくらいで直る?」
「えーと、そうですね……」
 大急ぎで思考をサポートモードへ切り替え、液晶パネルに表示されているメッセージを確認した。
 エラーメッセージから判断するに、給紙ローラーに不具合が出ている。大体の場所は表示されているものの、実際に見てみないとわからない。
 沓子は未だ点滅を続けるランプをしばし見つめてから口を開いた。
「三十分……いえ、二十分いただければ」
「わかった。とにかく急いでいる。二十分では難しいと判断した時点で教えて欲しい」
「承知いたしました」
 隣の部屋にいる、と言い残して去っていく背中を思わず見送る。その先にあるものを見つけ、慌てて声を掛けた。
「あのっ、あちらに置かれているものは使えないのでしょうか?」
 ガラスの壁を挟んで逆側にも全く同じモデルが置かれている。そちらは省エネモードになっているようだが普通に使えそうだ。ドアノブに手を掛けた彼は半分だけ振り返ると小さく肩をすくめた。
「セキュリティレベルが違う。ネットワークも別なので利用は不可だ」
「あ……なるほど」
「それに、もし使えるのなら、わざわざ君を呼んでいない」
「そうですね、失礼しました」
 そんなこともわからないのか、と言わんばかりの口調にさすがの沓子もムカっとした。──が、森下から「重要顧客なのを忘れるなよ!」と念を押されていたことを思い出し、下がりそうになった口角を何とか引き上げる。
「それでは、作業を始めさせていただきます」
「あぁ、頼む」
 沓子はぺこりと頭を下げてから問題の複合機へと向き直った。
 久々の修理作業だが勘は鈍っていない。それに、以前から参考資料として社内公開されていたオルトナー専用機の仕様書は散々読み込んである。
 ハンドルを引いて前面パネルを開き、ロックレバーを手際よく順番に外して目的の箇所を外側に引き出す。工具鞄からペンライトを取り出して奥の方からチェックを始めた。
「うっわ……」
 思わず声が漏れる。これはなかなかの大仕事だと、沓子は大急ぎで専用のクリーナーとクロスを取り出した。
 紙を送る部分に細かく千切れた薄い紙が沢山貼り付いている。しかもそれはローラーと同じ色をしているので見つけにくく、ひとつひとつ探すより、全て拭き取ってしまう方が手っ取り早いと沓子は判断した。
 いっそ「間に合わない」と白旗を上げてしまおうか……?
 脳裏にそんな考えがよぎる。──が、先ほどの呆れ顔を思い出した途端、負けず嫌いの沓子は燃え上がる。
 主電源を落としている間に用意を済ませ、高そうなフロアマットの上にどかりと胡座をかいた。
「……よしっ!」
 自分に気合いを入れ、沓子は猛然と手を動かし始めた。

 前面パネルを閉じて電源を入れ、エラー表示が出ていないのを確認するなり腕時計へと目を遣った。開始からの経過時間は十八分。どうやらギリギリ間に合ったらしい。
 沓子はほっと安堵の溜息を吐き、鞄からクリップボードを取り出した。
 ドアをノックすると書類を手にしていた彼が顔を上げた。組んでいた足を解き、こちらへ歩いてくる姿に思わず見惚れてしまう。
「終わった?」
「は、はい。動作確認の為に、何かテストでコピーか印刷をお願いしたいのですが」
 最近はクレーム対策としてルールが細かく決まっている。いくらテストでも印刷枚数としてカウントされてしまうので、適当なものをコピーする訳にはいかない。沓子の頼みに彼が躊躇いの気配を見せた。
「機密性の高い書類しかないのだが……」
「でしたら、こちらでテストデータを出力させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わない」
 許可を得た沓子は取って返し、パネルを操作して設定情報を印刷する。しばらくすると微かな稼働音が響き、排紙トレイにふわりと一枚の紙が舞い降りた。
 沓子は取り出した紙の状態をじっくりと眺める。不自然な跡が付いていないか、汚れがないかを確認してからすぐ近くにやってきた彼を見上げた。
「動作確認も取れました。もうお使いいただけます」
 これで任務完了。何とか重要顧客を失わずに済んだようだ。
 思わずにっこり笑うと、ずっと仏頂面だった彼も釣られたように端整な顔に笑みを浮かべる。
「ありがとう」
「いえ、ご不便をお掛けして申し訳ありませんでした。ただ、その……」
 立場上あまり文句は言えないのだが、これだけは伝えておくべきだろう。沓子は所々が千切れた黒い紙を差し出した。
「これは?」
「内部に落ちていました。どなたかがこれを挟んだまま印刷されたようです」
 ローラーに貼り付いていたものの正体は複写用のカーボン紙だった。恐らく裏紙を使った際に紛れ込んだのだろう。内部へ取り込まれた時は静電気でどこかにくっつき、彼が印刷した拍子に巻き込んでしまったのが故障の原因だった。
 今後は利用者に気をつけてもらえれば再発は防げる件だが、彼のタイミングの悪さには同情してしまう。
「こちらは報告書に添付させていただきますが、不要でしたら破棄をお願いします」
「うん、わかった」
 沓子はその場で書いてしまおうと思っていたのに、彼は少し離れたミーティングテーブルを使うよう勧めてくれた。さすがに疲れているのでありがたく座らせてもらい、急いでペンを走らせる。
 視界の端では透明な箱の中で彼が何やら書類を片手に電話を掛けている。こんな時間に仕事だなんて、弁護士は想像していたよりも優雅な職業ではないらしい。
 ──と、ふわりと香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「よかったら飲んで」
「えっ? あ、ありがとうございます」
 スマートな仕草でプラスチックのカップが傍らに置かれる。砂糖とミルクは? と尋ねられ不要だと答えたのに、何故か彼はその場から動こうとしなかった。
「その……さっきはすまなかった」
「何が、でしょうか?」
 きょとんとする沓子の前に立った彼は気まずそうに前髪をかき上げる。そんなさりげない仕草ですら、彼がやると何かのCMのように見えてしまうから不思議だ。
「わざわざ遅くに来てくれたというのに、随分と失礼な態度を取ってしまった」
 再び申し訳ない、と言いながら軽く頭を下げられ、沓子は慌てて立ち上がった。
「いえいえ! あの、そういうのは本当に気になさらないで下さい」
「しかし……」
「こんな遅くまで仕事をされているって事はとてもお忙しいんですよね? そんな時に機械が壊れたら腹が立つのは当然ですから」
「……そう言ってもらえると助かる」
 だだっ広い事務所だというのに、今ここにいるのは沓子と彼だけ。彼も本来ならプライベートを楽しんでいる時間なのだろう。
 しかも悲しいかな、サービスマン時代に怒られることに慣れてしまっている。あれはいつだったか、現場に到着するなり怒鳴られた時はさすがに驚きのあまり硬直してしまったが、故障という状況を考えれば仕方がないと思えた。
 だから、それに比べたら彼の刺々しい態度など可愛いものにすら思える。顔を合わせた当初は「すごく格好いいのに嫌な奴」という印象だったが、修理を終えたらちゃんとお礼も言ってくれた。
 それだけでも十分だったのに、わざわざ座らせてくれてコーヒーまで出してくれた。その上しっかりと謝罪までしてもらい、沓子の中で彼の株は急上昇していた。
 再び報告書作りに取り掛かっていると、彼は早速複合機を使い始めている。少し気になって顔を上げると二つ折りにされた紙束が目に入った。
「そちらをコピーされるのでしょうか?」
「うん。明日の打ち合わせでどうしても必要でね」
 紙束を広げ、一番上の自動原稿送り装置へ紙を乗せたものの、操作に迷っているのかパネルのボタンをいくつも押している。見かねた沓子が立ち上がってそちらへ向かうと、彼は少し困った表情を浮かべた。
「あっ、大丈夫です。私は英語が全然わかりませんので!」
 いくら機密保持契約を結んでいるからといっても、その点に関して慎重になるのは職業柄なのだろう。数歩手前で沓子がそう告げると、彼は一瞬だけ目を丸くしてからくすっと笑みを零した。
「これを二部ずつコピーしたいんだ」
「承知しました。ホッチキス留めは必要でしょうか?」
「ホッチ、キス……?」
 一瞬戸惑った顔をされ、沓子は慌てて言い直す。
「ええっと、ステープラー? ……ですかね」
 確かメニューにはそう書かれていたはず。それなら伝わるかも、という目論見は当たっていたようで、二つ折りかつ長辺二箇所を留めて欲しいと希望を伝えられた。
 メニューの配置は指が覚えている。沓子は素早く指定された通りのオプションを設定するとスタートボタンを押した。
 結構な枚数があったのでその間に報告書を終わらせてしまおう。沓子は再びテーブルに戻るとペンを手に取った。
「よし……と」
 ちょうど書き終わる頃にコピーが終わったらしい。彼は一部を手にしてパラパラとページを繰っている。
「すみません、こちらにサインをお願いします」
「わかった」
 クリップボードを手渡すと、彼はそこにさらさらと迷いのない手付きでサインを入れてくれた。綺麗な手に握られると、どこかのノベルティでもらったボールペンですら高級品に見えてくる。
 流れるように書かれた文字はなんと書いてあるのかさっぱりわからない。そういえば彼の名前を聞いていなかったと今頃になって気がついた。とはいえ、森下は把握しているだろうし、修理は無事に終わったので特に問題はないだろう。
 報告書は二枚の複写式になっている。べりっと剥がした上の紙を沓子が受け取り、下になっていた方を例のカーボン紙と共にクリアファイルへと挟み込んだ。それを氏名不明の彼に渡す。
「本当に助かったよ。ありがとう」
「いえ、お待たせしまして申し訳ありませんでした」
 ストレートな感謝の言葉がなんだかくすぐったい。しかもとんでもない美形の笑顔は、薄暗い部屋の中でもやけにキラキラしていて眩しかった。
「コピーは大丈夫でしたか?」
「うん、完璧」
 満足そうに冊子を眺めている姿を見ると、こちらまで嬉しくなる。
 修理が無事終わった解放感からか、沓子はつい余計なことまで語り始めてしまった。
「実は、中央にできた折り跡はコピーしないという機能があってですね。これを使っていただくと仕上がりも綺麗ですし、トナーの削減にもなるんです」
「へぇ……凄いね」
 本をコピーする際にも使えますよ、とハリオス自慢の機能を紹介した沓子はボタンの位置を指で示す。と、ここまで説明してふと気がついた。沓子はパネルをもう一度確認してからおずおずと口を開く。
「もしかして、メニューは英語表記の方が良いですか?」
「えっ、できるの?」
 管理者モードでのログインが必要だが、その情報ならちゃんと共有されている。沓子ができますと答えると彼はまた嬉しそうに笑った。
「正直、漢字がちょっと難しくてね」
「ドット表記は独特ですよね。日本人でも一瞬読めない時があります」
 サポートセンターに電話をすれば遠隔操作で日本語に戻せることも忘れずに伝えた。複合機の周辺をぐるりと見渡し、忘れ物がないかを確認してから片付けに取り掛かる。
「はい、これ」
 撤収の用意が整った沓子へ、最後まで名前を聞けずじまいだった彼が名刺を差し出してくる。名刺と彼の顔へ視線を往復させてからおずおずと口を開いた。
「あの、サインをいただきましたので、特に必要は……」
「いいから、はい」
 半ば強引に押し付けられて沓子は渋々受け取る。高級な紙を使っているのが手触りですぐにわかった。一番目立つ文字で「Raymond Elphinstone」と記されているから、それが彼の名前なのだろう。正直……ファミリーネームは長過ぎる上に発音に自信がない。
 目の前では彼がじっとこちらを見つめている。何かを待っているような様子をしばし眺めていたが、その理由に思い至った沓子は、慌てて鞄に戻したばかりの名刺入れを取り出した。
「す、すみません。改めまして堀井と申します」
「うん、ありがとう」
 沓子の名刺は報告書に貼り付けてある。わざわざ渡す必要があったのかは疑問だが、とりあえず彼が満足そうなのでよしとしよう。
 複合機を始めとした事務機器メーカーなので、名刺も自社で印刷しています、と言い添えると形の良い眉の間にすっと皺を寄せた。
「堀井さんは……開発のスタッフなの?」
 沓子自身は英語ができなくても、名刺の裏面にはちゃんと英語表記が入っている。どうやら彼はそちらを見たらしい。
「はい。三ヶ月前にサービスサポートから異動したばかりです。今日はたまたま会社に残っていたのでこちらへお邪魔しました」
「そうだったんだ。お陰で助かったよ」
 半年後に新製品のリリースを控え、開発部は最終確認に追われている真っ最中なのだ。連日の残業にうんざりしていたが、彼の言葉で少しだけ元気を取り戻した。
「それ、重そうだね。持とうか?」
「いえいえ! お構いなく」
 工具の詰まった鞄にすっと手が差し伸べられる。今まで何件も修理に行ったがそんな事を言われたのは初めてで、沓子は急いでそれを肩に掛けた。思わぬ申し出に動揺したらしく、重さでふらつきかけたが何とか気合いで持ち直す。
 来た時と同様に彼の後に続いて出口を目指した。しかし先導する彼の歩みはゆっくりしていて、時折振り返っては沓子の様子を窺ってくれる。
 行きと帰りでは随分と扱いが違うなぁと沓子は内心で苦笑いを浮かべた。
「それでは失礼します」
「あ、ちょっと待って。そのまま……」
 来た時と同じく、再び沓子はだだっ広いエレベーターに一人で乗り込む。階数ボタンのある右側へと顔を向けた瞬間、なぜか彼がジャケットのポケットに手を入れながら近寄ってきた。
「何か付いてる」
「えっ? ……あぁっ! す、すみません!」
 素早く出されたハンカチで頬を拭われた。ほら、と黒い汚れを見せられ、沓子は思わず大きな声をあげる。なにかの拍子にトナーがくっついていたらしい。
 気付かなかったことにも驚いたが、それ以上にお客様のハンカチを汚してしまった。しかもあれ、絶対に高いやつ! 焦りまくる沓子を前に彼はくすりと小さく笑った。
「ああああのっ」
「まだ少し残ってるね、動かないで」
 彼はすっと身を屈めると沓子に更に近付く。さっきより念入りに頬を拭われ、鼻先を甘く優しい香りがふわりと掠めた。
「うん、これで大丈夫」
 柔らかな声が耳朶を打ち──綺麗になったはずの頬に何かが触れる。
「気を付けて帰って」
 呆然とする沓子の前でエレベーターの扉が静かに閉じられた。

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