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新妻代行承ります!?
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書籍紹介

僕だけの可愛い奥さんになってハート

家事代行として御曹司・要の家を訪ねた愛莉。真面目に仕事をこなしていたら「新婚夫婦みたいだね」と微笑まれ!? 仕事なのに、紳士な彼と過ごすうちに惹かれてしまう。「君を僕のものにしたい」甘い告白に想いはもう抑えられない。唇を重ね、もつれるようにベッドへ倒れ込む。丁寧な愛撫に蕩けるほど感じてしまい――。穏やかな御曹司との夢のようなスイートホームラブ!

ジャンル:
現代
キャラ属性:
社長・セレブ
シチュエーション:
玉の輿・身分差 | 甘々・溺愛 | お風呂・温泉
登場人物紹介

九条要(くじょうかなめ)

九条不動産の御曹司で、物腰穏やかな美丈夫。愛莉と出会ってから、頻繁に家事代行を頼むようになる。その理由は……?

冴島愛莉(さえじまあいり)

家業の代行サービス業で働いている。「恋人に別れを告げる代理役をしてほしい」という依頼を受け、相手の要に会いに行くが……。

立ち読み

『あなたのお悩み解決! 代行サービス承ります』
 東京都内、中目黒のオフィスビルに設置されたその看板は、宣伝文を主張するように、陽の光を反射していた。
 しかし経年劣化により色褪せているため、代行サービスという文字だけが浮き上がっている。
「なんかもうちょっと……キャッチコピー変えた方がいい気がする」
 オフィスビルを出た冴島愛莉は、古くなった自社の看板を見上げ、思わずぼやいた。
 キャッチコピーの下に併記された『エージェンシー冴島』。愛莉はここの社員である。まるで芸人みたいな名をした会社の実態は、いわゆる『なんでも屋さん』だ。
 世の中には様々な『代行サービス』が存在する。食事の準備、掃除、洗濯、買い物、といった家事手伝いの類、司会進行の文章代筆、パーティーの代理出席、創立記念の会場設営といったビジネスのサポート、キャンプ時のテント設営、ゴルフの代打などの趣味のアシスト、さらには、レンタルおじさん、レンタルフレンド、といったプライベートのケアに至るまで、顧客のニーズに合わせた多種多様なサービスだ。
 それらを引き受けるのが『なんでも屋さん』、エージェンシー冴島という会社なのである。先に挙げた内容以外にも、お客様のためになることならば、できる限り断らずに何でも引き受ける。
 十四年前、都内の一流商社に勤めていた愛莉の父は脱サラし、当時まだ小学生の彼女を連れながらはじめたハウスクリーニングの仕事を皮切りに、様々な代行業務を請け負うようになった。仕事が軌道に乗ってからは、多様なジャンルのサービスに対応できるように社員を雇い、やがて小さなオフィスを構えるようになった。
 現在、社員は二十人、請け負うサービスに合わせた派遣スタッフ、学生アルバイトが数名ほど在籍しており、様々な依頼に備えて業務も細分化されている。
 脱サラする前、父は愛莉と一緒に小さな喫茶店でも開こうかと言っていたことがある。それなのに、いつの間にか一つの会社を興していたなんて……と、父は自嘲気味に言うけれど、きっと父にはそういう才覚があるのだろう。父の同期が開業の御祝いに訪ねてきたときに、父は会社にいたときも企画営業のセンスが抜群だったというこぼれ話をしてくれた。
 そんな冴島社長の一人娘である愛莉本人はというと、彼女も学生の頃から家業の手伝いをしていたが、社会人になったら自立して、他の会社に就職しようと思っていた。
 これといって他にやりたいことがあったわけではないけれど、そもそも父が独立したのは、父子家庭で一人娘の愛莉を寂しくさせないためであるということを知っていたからだ。
 いつか自力で就職し、親離れをして安心させたい。父の背中を見つめながら、愛莉はそう思っていた。
 ところが、繁盛していくにつれ、人手が足りなくなってきてしまい、いつの間にかあれこれ仕事を任されるようになり、すっかり辞めるタイミングを失っていた。気づけば、大学を卒業してそのまま居着いていたのである。
 そろそろ本当に転職を考えなきゃ……そんなふうに考えていたときだった。ある日突然、父が倒れた。心臓が弱っていたらしい。大事には至らなかったが、年齢的なこともあるし、過労が重なったことも原因の一つかもしれないということだった。
「まだ、愛莉の花嫁姿を見る前に、逝くわけにはいかない」
 救急車で運ばれるさなか、父はうめきながらそんな譫言を繰り返していた。
「……そういうわけで、愛莉、すまないが、社長代理を頼むよ。何、細かいことは他の社員がうまくやってくれる。愛莉はいつもどおりにしていてくれればいいよ」
 ベッドに運ばれたあと、父はそう言い、愛莉に仕事を託した。
 父の容態は幸い重症には至らなかったが、精密検査を含め、しばらく入院することになった。退院後も、しばらくは自宅で静養することになるだろう。
 かくして社長代理というポジションを任された愛莉はふと思った。このまま彼女を社長に据えて、父は隠居するつもりなのではないだろうか、と。
 愛莉としては、父が元気ならば出ていく予定だったけれど、現状を考えると、しばらく彼女が父の代わりに頑張らなくてはなるまい。
 それを抜きに考えても、実を言うと、愛莉はこの仕事をけっこう気に入っている。呼ばれればどこにでも駆けつけ、依頼人の希望に添って代行業務を請け負う。無事に業務を遂行できれば、依頼人は笑顔でお礼を言ってくれる。依頼内容は様々ゆえにスムーズにいかないこともしばしばあるし、対応力が問われるが、成功すれば、清々しい達成感が得られる、やりがいのある仕事だ。
 愛莉は、父をまるで魔法使いみたいだと思った。父が誇らしげに仕事をしている様子が、彼女はとても好きだった。愛莉が小学生にあがる前に母が亡くなってから、父一人子一人、支え合ってやってきたこの会社にも愛着はある。
(うーん。将来、社長になるのも、ありかな……)
 ただ経営のことを考えると、とてもじゃないが自分一人では難しい。今の幹部の中に、会社を継いでくれる人はいるだろうか。父の考えは聞いていないが、会社が続く限り、今後も一人の社員として在籍することはできる。
 そんなふうに将来のことを考えていた愛莉のもとに、ある一件の依頼が舞い込んだ。
 それは『代わりに恋人に別れを告げてほしい』という特殊な内容だった。
 今までもちょっと変わった依頼内容はあったが、基本的にポジティブな依頼しか引き受けてこなかった愛莉は戸惑い、事情を聞いた上で穏便に断ろうと思っていたのだが、
「会って顔を見てしまうと決心が鈍ってしまうし、もし彼に引き止められたら、別れられる自信がないんです。ただ一言、私が別れてほしいと言っていると、告げてもらえるだけでいいんです。何かをしてほしいわけではありませんから。どうかお願いです」
 と、依頼人の橋本咲良という女性は泣きついてきた。
 メールで断りを入れた直後に電話がかかってきて、咲良はとにかく代理をお願いしたいと一点張りだった。他を当たっても引き受けてくれるところはなかったらしい。
 本当に困っている様子だし、なんでも屋の看板を掲げている以上、依頼人の真摯な悩みを無下にするのは心が痛む。結局、愛莉は咲良の依頼を引き受けることにした。
 本来、愛莉は受付事務兼ハウスキーピング業務を主に担当しているのだが、イレギュラーな依頼を引き受けてしまった手前、他の社員に任せるのも気が引けて、自分の予定に組みこむことにしたのだった。
(別れさせ屋……じゃないだけ、まだよかったかな)
 人を助けるためのサービスが、人を傷つけるものであっていいはずがない。
 愛莉はこれから咲良の交際相手のもとへ向かうところだ。咲良と交際相手はデートの約束をしているらしい。そこで愛莉が依頼人の代わりに待ち合わせ場所に行き、相手の男性に別れを告げるという寸法だ。
 相手の男性から同意を得られるか否かは問題ではない。ただ、相手に告げてほしい。依頼人である咲良の要望はそれだけだった。
 咲良の話によると彼は逆上するような人ではない……ということだったが、このご時世、何が起こるかわからない。万が一のためにボイスレコーダーと防犯ブザーを所持した。
 待ち合わせ場所は、オフィスの最寄りの駅から電車で三駅ほど先のところにある、洒落たオーベルジュだった。相手の名前で予約がされているらしい。
 相手の名前は、九条要。二十代後半の一流企業の社長令息だという。九条という古風な名前から、愛莉はすぐに大手不動産会社を思い浮かべた。
(一流企業の御曹司……かあ)
 予約されているお店も、三ツ星のオーベルジュ。けっこうなセレブと思われた。
 どんな男性なのだろう。いわゆる金持ちぼんぼんの遊び人、粘着質そうな堅物メガネ、或いは傲慢で高飛車な人……不安ゆえに勝手にそんな悪いイメージが頭の中で思い浮かんでいた。とにかく話のしやすい相手だといいのだが。
 店に到着したら途端に緊張してきて、愛莉は無意識に胃のあたりをさする。話が拗れてしまって揉めるようなことになったらどうしよう。店内で何かあれば騒ぎになるかもしれない。とはいえ、人目のつかない場所に移動というわけにもいかない。
 店の受付で九条の名前を告げると、すぐに席に案内された。そこは、半個室になっているようだ。
 緊張に身を包みながら顔を出すと、仕立てのいい背広を着た男性が待っていた。彼はスマホを弄っていたようだが、彼女が到着したと察知し、弾かれたように顔を上げた。
 目が合った瞬間、愛莉は息をのみ、一瞬にして、言葉を失った。
 艷やかな黒髪、涼やかな目元、すっと通った鼻梁、どこか甘い雰囲気のある口元……彼は、どこをとっても上品な、見目麗しい美丈夫だった。勝手にあれこれ想像していた悪辣な人相の男などではない。愛莉は彼を見て、初めて男性に対して綺麗な人という形容詞がとても似合うと思った。
 こんなに完璧な容姿をしていたら、きっと一目惚れする女性も多いことだろう。そんな彼が振られるのだから、世の中、顔ではないということかな……などと愛莉が分析しているさなか、彼はその端整な顔を曇らせた。
 なぜ他の女性が来るのか、理解できていない様子である。当然の反応だ。しかし彼は店の人を気遣ってか、愛莉が着席するまで言い出さなかった。
 店の人が立ち去ってから、彼は小声で言った。
「失礼。別の方と間違えていませんか」
 そう言われて、愛莉は我に返った。
 じろじろと観察している場合ではない。彼女には果たすべき使命があるのだ。
「いえ。間違いというわけではないんです。申し遅れて失礼しました。待ち合わせのお相手、橋本咲良さんから頼まれ、代理でこちらに参りました、私、冴島と申します」
「代理とは、どういう、ことでしょうか」
 九条要は、訝しげに愛莉を見た。
「単刀直入に申し上げます。今後、要さんとお付き合いすることはできません。そういうふうに伝えてほしい、という伝言を承りました。また、この件について咲良さんへの直接の連絡も控えてほしい、とのことです」
 愛莉はなるべく落ち着いた声で、淡々と事務的に伝える。相手の心情を刺激しないためだ。
「咲良が……そう言ったのですか」
 彼の表情から、信じられない、信じたくない、といった心情が伝わってくる。彼の端整な顔からは、血の気が引いていた。
「はい。橋本様はそうおっしゃいました」
「何か、特別な事情があるのでしょうか。トラブルに巻き込まれたとか」
 要は本当に心配そうにしている。
 事情を知らない彼のことを思うと、良心がしくしくと痛む。それでも愛莉はやり遂げなければならない。これは『仕事』なのだ。
「私はあくまで代理人ですので、プライベートなことは存じ上げません。ただ彼女の安否については、ご心配なさらないでください。大変申し上げにくい話ですが、橋本様は九条様にお別れを直接告げるのが難しいとおっしゃいました。そのため、代行サービスを承っている当社が、このように代理を務めることになりました」
 愛莉は、証拠となる依頼書をバッグから取り出し、そのうちの一部を彼の前に差し出した。
「こちらをご査収ください」
 要は依頼書を見ると、信じがたい表情を浮かべる。そして、額に手をあてがい、参った……とつぶやいた。
「少しだけ、お待ちください。理解が追いつきません。彼女とは結婚を前提としたお付き合いをしていたんですよ」
 それを聞いて、愛莉は息をのんだ。咲良からはとにかく恋人と別れたいということしか聞いていない。彼女がそれほど切羽詰まった勢いで依頼してきたのは、結婚を前提にした交際だったから、という部分が大きかったのだろう。
 要は苦悶の表情を浮かべ、依頼書の端をくしゃりと握りしめた。現実と向き合い、混乱を収めようとしているのかもしれない。それほど彼はショックだったのだろう。
 愛莉が要の立場だったなら、やはり同じようにショックを受けるだろう。長年付き合った、愛している人からの裏切りの行為に、何も考えられなくなるに違いない。
 愛莉は心から彼のことを気の毒に思う。けれど、依頼人の咲良は困っているから、わざわざ依頼をよこしたのだ。彼は、執拗に食いさがって別れてくれない男性なのかもしれないし、愛莉としては、何より依頼人の気持ちを最優先しなくてはならない。
 しばしの沈黙のあと、
「サインをすればよろしいのですか」
 要から縋るような目を向けられ、いたたまれない気持ちになるが、いちいち彼に同情していては、依頼を遂行することができなくなる。
「同意をいただけるのでしたらそのままサインをいただけますでしょうか。もし不服があるようでしたら、その旨をご記入ください。私から橋本様の方へ連絡を入れさせていただきます」
 心を鬼にしつつ、愛莉はなるべく穏やかな口調で、用件だけを伝えた。
「そう、ですか。彼女は僕からの連絡は受け付けないでしょうね」
 要は落胆したように言った。彼の瞳は、悲しそうに揺れていた。もっと逆上される心配をしていたし、執拗に食い下がられるかと思いきや、彼は案外すんなり認めようとしている。ひょっとして、彼女の心変わりについて薄々勘付いているところがあったのかもしれない。
「そのつもりだそうです」
 愛莉は心を鬼にして、淡々と告げた。
 いつもなら、相手の立場になって考えて仕事を全うするようにしているけれど、今日の案件は反対に相手の感情にのまれてはいけないのだと思う。あくまでこれはビジネスなのだと割り切るほかにない。
 要は黙ったままサインをし、力が抜けたように、ペンを置いた。
 彼の様子を見て、愛莉の心に迷いが生じる。
「もし、よろしければ、アフターサービスをご利用ください。何か困ったことがあったら当社はいつでも力になります。その際、こちらへご連絡を」
 愛莉は迷った末、自分の名刺をテーブルの上に差し出した。
 アフターサービスというのは、各種代行サービスを一日無料で利用できるというもの。内容は限定的だが、買い物や家事掃除、運転や代筆などといった分野までカバーできる。これも新たな顧客を得るための商法である。本来、一度でもサービスを利用した客へのフォローがメインになるが、愛莉は依頼人の咲良を含め、彼もその一人だと考えたのだ。
 代理で別れを告げた相手にこんなことを持ちかけたら不機嫌になるか怒り出すかの二択だろう。余計なおせっかいは、受け取り方によっては、その人のプライドを傷つけるものにもなりかねない。けれど、このまま見捨てていくには心苦しく、何か声をかけてあげなければいけない気がしたのだ。
 要からの反発を覚悟した愛莉だったが、彼は黙ったまま、名刺をぼんやり見ているだけだ。
 けれど、ずっとこのままお見合い状態になっているわけにもいかない。
「それでは、私はこれにて失礼いたします」
 そう言い、愛莉は席を立つ。
 要は反射的に顔を上げ、「待って」と愛莉を引き止めた。その声音の強さに、彼女の鼓動が大きく跳ね上がる。
「なんでしょうか」
 動揺を悟られないように、愛莉は平静を装った。
「君は、彼女から引き受けたこの依頼について、何か思ったことはない? 個人的な意見でいいんだ。聞かせてくれないか」
 まさか、そんなふうに問われるとは思わなかった。要が何を求めているのか、真意ははかりかねるが、あくまでも主観ということで、正直に伝えていいものだろうか。
 迷った末、愛莉は依頼を受けたときに感じたことを、ありのまま素直に答えることにした。
「これは私の勝手な見解ですが、きっと、お二人はいずれ同じ答えを出すんじゃないかなと思いました」
 片方の熱が冷めたら、同じ温度で向き合うことはできなくなるだろう。心変わりをした方も、その心変わりに気づいて知らないふりをする方も、どちらもそのうち嘘をつくのが辛くなっていく。そして、別れを選択せざるを得なくなる。そんなふうに、愛莉は咲良と要の両方を見て、思ったのだ。
 恋は一人でもできる。でも、恋愛は一人ではできない。独りよがりでは、未来を掴むことはできない。互いの将来への展望、その理想が一致しなかった段階で、別れは訪れるものかもしれない。
 恋愛経験がさほど豊富ではない愛莉だが、恋人の一人や二人くらい、いたことがある。残念なことに、大抵は、愛莉は振られる側だったが……。
 幼い頃からの習慣で、家事全般を器用にこなしてきた彼女に対し、結婚したい、理想どおりの恋人だ、と歴代の彼氏はよく言った。だが、別れるときになると、「やっぱり」平凡で物足りない、思っていたのと違ったと手のひらを返すような言葉が待っていた。やっぱり……って、なんだろう。愛莉はそのとき、とても悔しかった。
 誰しも、理想を思い描いているものだ。その理想が噛み合わなくなった時点で、恋は急激に冷めて、終わってしまう。未練から一方的に別れたくないと縋っても、それはただの延命措置になるだけだ。一度離れてしまったものを取り戻すのは、新しく手に入れるよりも難しい。
 学生の頃と違い、新しい出会いすら難しくなってしまったが、いつか、理想の恋愛ができるだろうか。理想どおりの人と出会うことはできるのだろうか。
 彼への回答を導き出すまでに、愛莉は自分の苦い過去をぼんやりと思い返していた。
「……そっか。ありがとう」
 要は静かに聞き入ったあと、脱力したようにそう言い、力なく微笑んだ。
 なんだか追い打ちをかけたような複雑な気持ちだ。こちらに当たられた方がまだすっきりしたかもしれない。お礼を言われるのも何か違う気がして、愛莉はただ彼に真摯に向き合い、頭を下げるだけだった。
 それから、半個室の席を離れ、料理を運んできた店の人が不思議そうな顔をするのを尻目に、愛莉はさっと店を出た。彼は、独りで食事をするのだろうか。そう考えたら、胸が痛かった。
 午後五時過ぎ。吹き付けてくる風がほんのり冷たい。愛莉はぶるっと身震いをする。
 先月の末までは残暑が厳しかったが、十月も中旬を迎えると、だいぶ涼しくなってきている。足元では黄色になりかけた銀杏の葉がダンスをしていた。
 愛莉はバッグにしまっていたストールを首にぐるっと巻き直し、トレンチコートに手を突っ込む。そうして、しばらく黙々と駅に向かって歩いていたが、別れ際の要の顔が忘れられず、空を見上げてため息をついた。
「やっぱり、こういうのは後味が悪いなぁ……」
 イレギュラーな案件だったため、先方から提示された着手金、達成報酬は共に高額だった。それほど咲良は真剣だったということだ。半端な気持ちで、代理を頼んだわけではないのだろう。だからこそ愛莉は引き受けた。
 とはいえ、今度からは引き受ける内容をよく考えなければならない、と反省する。
(でも、あの人……どうして振られたんだろう)
 見た目だけではなく、家柄も職業も、申し分のない結婚相手のようだ。しかし、それだけではない中身の問題だってある。相性とか、家の事情とか、何か結婚できない理由があったのだろう。そこは部外者が介入すべきことではないし、これ以上知る術はない。
 あとは依頼人である咲良に状況報告の連絡を入れ、書類一式を送付するだけだ。
(こういうのは弁護士の領分じゃない? なんて言ったら、なんでも屋は務まらないけど……)
 しかし、なんでも屋だとしても、今後はネガティブな依頼を引き受けるのは控えようと、心に誓う愛莉だった。

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